稟√ 名前で呼んで
ノックが三回。
俺は扉を開けると、面食らった。
「あの……一刀、殿?」
「……はっ!」
しまったあまりのことにびっくりして、言葉を掛けるのを忘れてしまっていた。
俯きがちに恥らう稟を俺は愛おしく思いながら、その髪を撫でるようにしてこちらを向かせた。
「稟、こっち見て」
「……はい」
いつもの正装?と違い、ロングコートを脱ぎ捨てた稟は代わりに胸元に柄をあしらった黒を基調としたチャイナドレス姿で現れていた。
首元の留め口は肩側へと流れるように金の刺繍で縫われ、生地の意匠も金と銀の龍が交わるといった美しいものだった。
「よく、似合っているよ」
スリットから見える白い太ももに、あ、今日はガーターベルトではないんだということに気がついた。
それにしても相変わらずきれいな脚してるよなぁ。
「……一刀殿、……その、あまり直視されるのは……」
「あ、ごめん。あんまりにも綺麗だったから」
「はうっ! くっ、大丈夫、まだ、まだ今日という日は始まったばかりなのですから……」
どうやら噴出しそうになった鼻血を堪えたらしい。昔に比べてだいぶ稟も進歩したものだ。
それになにより、稟のことをいやらしい目で見ても侮蔑されなくなったのが嬉しい。あぁ、恋人同士っていいものだなぁ。
「それじゃあ、行こうか」
「はい、今日はよろしくお願いいたします」
「うーん、まだちょっと硬いな。稟、俺たちは恋人同士なんだからさ、そう畏まらずに」
「ですが、これが私の地ですし……」
少し、しゅんとなる稟。その憂い顔がどうもこの男性の征服欲を駆り立てるのだ。
俺は強引に稟の手を取りそのまま腕を組んだ。
「か、一刀殿!?」
「殿はいらないよ、稟。俺の大事な大事な女の子」
「……かず、と」
「よし、じゃ、出発と行きましょうか!」
こうして俺と稟は城外へと出た。そう今日はかねてから約束されていた稟とのデートの日。
なんでもないようで大切な一日が始まる。
俺がまず向かったのは公衆広場だった。
主に数え役萬姉妹の公演で使われているこの広場は、普段一般解放され街人たちの憩いの場となっている。
とりあえず、俺たちはベンチへと座った。
広場の一番奥の会場では、天和たちの前座をしたりする芸人たちが練習をしている。
「のどかだなー」
「……」
「稟? どうかした?」
「……」
稟はプルプルと震えながら、俺の問いかけにも黙してしまっていた。
ふむ、何かまずいことでもしただろうか?
「稟俺まずいことしたかな?」
「……は……い」
「へ?」
「一刀殿は、ひどい!」
「はい?」
「あんなに許してといったのに、……あんな、……あんなに身体を密着させて……」
「密着って、腕組んでただけじゃない?」
「だったら、あんな見せ付けるように歩かなくても……」
「だって、俺自慢したかったし」
「え?」
「稟は、綺麗で、それで、……俺の女なんだってさ」
自分で言っていて恥ずかしくなってしまった。
二人で赤面する。お互い身体も許した仲だというのに、初心なところは相変わらずだ。
途中ですれ違った俺の部下三人、凪、沙和、真桜からとてつもない殺気を感じたのは気のせいにしておこう。
おっと、そろそろ人が集まりだしたな。
「それじゃ、稟。行こうか?」
「え? ここが目的だったのではないのですか、一刀殿?」
やれやれ、折角恋人っぽく雰囲気を変えようと思っているのに、また語尾が戻ってる。
あ、そうだ、いいこと思いついた。
「稟」
「はい? !!」
首をかしげる稟の唇に俺は全力で塞ぎにいった。抵抗しようとするが、後頭部を抱えているので、稟は動きが取れない。
長いこと唇を重ね、俺が少し力を緩めると、稟がこちらを突き放すように距離をとった。
「何をするんですか、一刀ど……」
「稟、これから先、『一刀殿』は禁止だ」
「な!?」
「もし呼んだら、その場で口付けする。例外はない。何処でもするからな」
「そんな、……破廉恥ですよ」
「……それとも稟は俺の名を呼ぶのが嫌かい?」
「……いいえ、そんなことはありません、一刀、ど、の」
「ん!?」
今度は稟のほうから口付けを迫ってきた。俺は急な展開に、なす術もなくそのまま唇を奪われる。
がっつくように重ねられた先ほどとは違い、味わうように互いを思いやるその接吻に、俺と稟は心と身を委ねた。
俺の舌が稟の閉じられた唇をノックする。もちろん三回。驚いたよううに稟は閉じていた目を開き俺の眼を見つめた。
すると俺の意図に気づいたのか、そのノックに応えるように、稟はその扉をあけると俺の侵入を自らのを持って相対した。
淫らに絡み合う二匹の赤い蛇。
時には相手の懐に攻め入りくすぐり、時には相手を上から制圧する。
俺たちは既に周りに誰がいるのかもお構いなしになっていた。
互いの自我が求めるままに、
「……ぁあっぁぁぁぁぁっぁああぁぁあぁぁあ」
雄たけびを上げて……?
耳に入ってきた声が、稟のものでないと気づくのにしばらくの時を要した。
そして、俺は舞台の上にいたそいつらと目が合った。
「みんな、そこにいる種馬と眼鏡軍師をやっちゃいなさい」
「みんなぁ、おねが~い」
「姉さん、邪魔しちゃ悪いわよ。……でもいっか」
「ほぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ、ほぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁっぁあぁぁ!!!!!!!!」
地和、天和、い、いつの間に!! というか、人和止めてはくれないのか?
既に俺と稟は数え役萬☆姉妹の率いる軍勢に取り囲まれていた。
「か、ず……と? どうした、の、ですって、きゃぁ!」
「稟、逃げるぞ!」
俺は悲鳴をあげた稟を可愛いなんて場違いにも思いつつ、お姫様抱っこで包囲網を突破しにかかった。
「か、かずと、どうなっているんです?」
「悪い、ちょっと場が悪かったみたいだ」
「そうではなくて! 何故私は抱きかかえられているのですか?」
「そりゃ、今日の稟は俺のお姫様だからだよ」
「な!? は、はうっ! ……ん!」
鼻血を出そうとした稟の鼻を俺は軽く甘噛みした
「おっと、鼻血は駄目だよ。今日は鼻血を出さずに城まで帰らせるのが俺の目標なんだから」
「のんにゃ、もくにょうでひゅか!」
「はいはい、気にしなぁい気にしなぁい」
俺はするすると包囲網を突破していく。
「こらぁ、かずとー! 逃げるなぁ!」
遠くから地和の叫び声が聞こえてきた。
あらら、今度会うときはまた高い料理でも奢らされそうだ。やれやれ。
俺はそんなことを思いながらも、腕の中で顔を真っ赤にさせているお姫様を抱いて城下の外へと逃げ出していった。
包囲網を振り切って、(なぜか警備兵まで途中で借り出されていた気がしたが)川原まで俺たちはきていた。
「大丈夫だったか? 稟」
息を荒くしながら俺は、腕の中で小さくなっている稟に問いかける。
「はい……。それにしても、意外でした。一刀ど、いえ、一刀にこんなにも力があったなんて」
「おいおい、これでも一応警備隊長だぞ」
「どちらかといえば、私たちと同じ文官の類だと思っていましたから。実際戦時は武将として戦ったことはなかったではないですか」
「そりゃそうだけど……、でもさ、稟。男はさ夢見るもんなんだよ。大切な人を守れる力っていうものに」
「……男女は関係ありませんよ。春蘭殿の武も、私の智も魏の将は皆華琳様のために捧げています。一刀も、そうでしょ?」
「ああ、だけど、なんていえばいいのかな。好きな人を守りたくなるのは理屈じゃないと思うんだ。自己満足かもしれないけど、武将の皆だって俺は守りたいと思ってるよ」
「ふふふ、一刀は傲慢ですね」
にこりと笑みを浮かべる稟。そして頬を赤く染めながらも俺の首に腕を回し、言葉を続ける。
「でもそんな貴方だからこそ皆貴方を愛しているのかもしれません。覇王であろうと、魏武であろうと……私であろうと一人の女として見てくれている貴方だから」
「ああ、俺にとって皆可愛い女の子だよ」
稟が俺の頬を軽くつねった。しかし、その痛みはどこか甘美だった。
稟の指先を手に取り俺は彼女とそっと口づけを交わす。稟の蕩けるような目が俺の理性を砕いていく。
「貴方は、私たちの魂も奪っていく。時々恐ろしく思います。たった一人の男に、今まで全て培ってきた智も志も全て投げ捨ててしまいたくなる、自らの感情に」
「稟も傲慢だよ」
「?」
「俺も稟も生まれたときから死ぬときまでただの男と女だよ。それは永遠に変えることの出来ないことだ。天であろうともね」
「かずと……」
鳥がさえずり、木陰がゆれる。川のせせらぎが耳に心地よい森の中で、俺と稟は、……獣へと堕ちた。
城下へ二人で戻る頃には陽がもう落ちようとしていた。
人々もだんだんと大通りから姿を消し、やがて街は夜の姿を現すだろう。
温かい灯りが洛陽の町を包むに違いない。
「なぁ、稟」
「なんですか?」
「幸せだよなぁ」
「……」
稟が足を止める。
にこりと笑う。
そして再び歩き出す。
彼女が俺を追い越し、俺が彼女に追いつく。
ええ、とても
彼女はそう呟いた。
・・・ぶっちゃけTINAMIで二次創作を書き始めたのは呉√を書きたいからだったのに、最近は魏ばっかりですね。
というか、魏のキャラクターのほうが話自体が作りやすいのかもしれません。
てなわけで稟ルートです。
ただのあまあまのはなしです。
ラストにもうちっと次へと繋がるような感じに仕立てたかったのですが、限界がこのあたりでした。
これからしばらくは、一刀のいなくなった恋姫が続くかもしれません。
ま、よろしくお願いいたします。
ではごきげんよう!
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前々回の続きになります。
どんどんグレードダウンしていく自分に嫌気がさしながらも、なんとかup
今度は華佗√をあげる予定