「なんということだ・・・」
小さな、かき消されそうな声が響く
その声の主である男は、大きく体を震わせながら眼前に広がる光景に唯々“恐怖”していた
「乱世は・・・乱世は、終わったんじゃなかったのか!!?」
叫び、男は涙を流した
その光景が、あまりに凄惨で、残酷で・・・救いのないものだったからだ
それは・・・一言で表すならば、“地獄”だった
いや、それすらも生ぬるいだろう
いっそ死んだ方がマシだと、泣き叫ぶ人々の姿に
男は、唯々震えることしかできないでいたのだ
自分も、きっとあと少しで・・・“同じ目に合うのだと”
「ぁ・・・?」
そんな中、男の瞳に“あるもの”が映った
恐ろしい空間の中でも、はっきりと男の瞳に映りこむ“ソレ”は
男の体の震えを、僅かにおさえたのだ
「“アレ”は・・・そんな、まさか!」
声をあげ、男はその表情を驚愕に染める
震えは、止まっていた
その瞳に映っている“旗”が、ユラリと揺れている
「知らせなくては・・・」
呟き、彼は眼前ではためく旗から視線を逸らす
そのまま見つめた先
未だ続く地獄から目を逸らすことなく、彼は口を開いた
「“姜維様”に・・・早く、知らせなくては!!」
振り絞るように叫び、彼はその場から駆け出した
その彼の、遥か後方
“馬”の文字が記された巨大な旗が、風に靡いていた・・・
≪遥か彼方、蒼天の向こうへ-真†魏伝-≫
第一章 十一話【蒼炎の馬旗】
「よし、今日の診察は終わりだ」
「ん・・・」
太陽が真上に昇る頃
一刀は、もはや日課となった華佗からの診察を終えた
「うむ・・・特に異常は見当たらないな」
華佗の言葉
一刀の隣にいた美羽は、小さくガッツポーズをする
彼女はそれから一刀の手をとると、何か思い出したのか“あっ”と声をあげた
「そうじゃ、華佗よ!
すっかり伝え忘れておったのじゃがな・・・」
「なんだ?」
「この間、一刀が“笑った”のじゃ♪
一瞬じゃったが、確かに童に笑顔を見せてくれたのじゃ」
「・・・っ!」
美羽の言葉
華佗は“それはよかったな”と、笑顔で言った
だがその隣・・・卑弥呼は、険しい表情を浮かべていた
「体の回復と共に、記憶のほうも回復の兆しが見えているのかもな」
「そうじゃったのか」
「もしかしたら、何かの拍子で思い出すかもな」
「おお、そうか
よかったのう一刀♪」
「ん・・・」
華佗の言葉に、美羽は喜び一刀の手をとる
そしてそのまま、彼を立ち上がらせ歩き出したのだ
「それでは、今日はいつもより街をいっぱい見て回るのじゃ!
もしかしたら、何か思い出すかもしれんしの♪」
「はは、気をつけてな」
「うむ
それでは華佗、また明日なのじゃ」
「ああ、また明日な」
手を振り、二人は歩いて行った
仲良く、手を繋ぎながら
そんな二人の姿に、華佗は優しげな笑みを浮かべていた
「随分と、ここでの生活にも馴染んだみたいだな」
「うぬ
それに心なしか、あ奴ら四人の様子も以前よりも明るくなった気がするぞい」
「ああ
これも全て、あの青年のおかげか・・・」
“しかし・・・”と、華佗はそこで言葉を止める
それから、軽く息を吐き腕を組んだ
「未だに、わからないままか・・・」
「ぬ、どうかしたのかダーリン」
「いや、何でもない」
言って、華佗は椅子から立ち上がった
それから思い切り背を伸ばし、窓から空を見つめる
蒼く、晴れ渡った空を
「良い天気だな・・・」
「うぬ」
華佗の言葉
卑弥呼は、頷き窓を見つめる
その視界の隅に、先ほど出て行った二人に姿が映った
仲良く並んであるく、美羽と一刀の姿が・・・
「笑った・・・じゃと?」
“そんなこと・・・【絶対に有り得ない】”
ーーーー†ーーーー
「一刀~、早う行くぞぇ」
「ん・・・」
美羽に言われ、一刀はその歩みを僅かに速める
そんな一刀の姿を見つめ、美羽は嬉しそうに頬を緩めるのだ
現在二人は、天水の街中を歩いていた
いつもの散歩である
今日も、街は賑やかだ
その中を、二人は仲良く歩いていたのだ
「ん・・・?」
そんな中、美羽はその視界の隅にあるものを捉えたのだ
「あ~、やってもうたぁ」
街の片隅
いくつもの見慣れない物を落とし、慌てふためく人物の姿を
「一刀っ」
「ん・・・」
美羽は一刀の名を呼び、その人物のもとへと駆けだす
そして傍まで寄ると、一緒に落ちているものを拾い始めたのだ
「手伝うのじゃ」
言って、ニッと笑う美羽
その言葉に、その人物は一瞬呆気にとられていたが・・・すぐに、弾んだ声で“おおきに”と礼を言った
「いやぁ、助かったわぁ」
やがて、全てを拾い終えたあと
美羽と一刀に向い、その人物は大きく頭を下げた
それに対し、美羽は“どういたしまして、なのじゃ”と笑った
「しかし、あれじゃの
お主、妙な格好をしているのう」
美羽の言うとおりである
その人物は、一言でいえば“浮いていた”
ボロボロの黒い外衣を纏い、背中には何やら布を巻いた長い棒のようなものを背負っている
しかも、顔は被っているフードで見えない
だが声を聞く限りは女なのだろうと、美羽は一人納得する
そんな中、その人物は苦笑と共に声をあげた
「ウチはアレや、所謂“旅人”っちゅうやつやねん」
「旅人、とな」
「せや
この大陸はもちろんのこと、こっから遥か西の向こう・・・“羅馬”まで行ったことあんねんで?」
「羅馬じゃと!!?」
旅人と名のる女性の言葉に、美羽は目を輝かせる
話だけは、聞いたことがあったのだろう
そんな美羽の隣・・・一刀は、僅かに表情を歪めていた
「“羅馬”・・・?」
呟き、彼は額をおさえる
その様子を見て、女性は心配そうに彼の傍に歩み寄ってきた
「なんや、顔色悪いで?
大丈夫かいな・・・アンタ」
「な、なんじゃと!?
大丈夫かや、一刀!」
「ん・・・大丈夫
少し、頭が痛いだけ」
「頭が痛い・・・まさか、何か思い出したのかや!?」
「違う・・・と、思う」
一刀の一言に、“そうなのか”と美羽は溜め息を吐きだした
その横で、旅人の女性は“むぅ”と唸り声をあげる
「アンタ、もしかして・・・記憶喪失か何かなんか?」
「ん・・・」
「そっか・・・そら、大変やなぁ
あ、そや!」
言って、女性はゴソゴソと持っていた鞄の中を漁り始める
それから少しして、お目当てのものを見つけただろう
何かを取り出すと、それを一刀の前に差し出したのだ
「荷物拾ってくれたお礼に、これ受け取ってや」
「ん・・・」
差し出されたソレは、白く美しい・・・十字の首飾りだった
彼はそれを受け取り、首を傾げる
「コレ・・・なに?」
「これは、お守りや」
そう言って、彼女は鞄を背負った
それから、ゆっくりと歩き出す
「これから先、どんな困難がアンタを待っとったとしても・・・そのお守りが、アンタを守ってくれるはずやで♪」
“そんじゃな”と、彼女はヒラヒラと二人に向い手を振った
そんな彼女に向い、一刀は声をかける
「名前・・・」
「ああ、ウチか?
ウチはな・・・“王異”っちゅうねん
そんじゃまたな、記憶喪失の兄ちゃん」
王異
そう名乗り、女性は歩いていく
「王異・・・」
その背中に向い手を振り、美羽と一刀は見送ったのだった
「きばりや・・・“一刀”」
その呟きは、いったい誰のモノだったのか
誰にも、わからないままに・・・
ーーーー†ーーーー
「“天の御遣い”・・・か」
呟き、彼女・・・姜維は手に持っていた書簡を、静かに机に置いた
そこに書かれていたことに、彼女の表情は険しいものとなる
「北郷・・・“一刀”」
“北郷一刀”
乱世を終わらせたとされる、天の御遣いの名前
そして・・・
「“一刀さん”・・・」
その天の御遣いと同じ名を持つ、一人の青年
記憶を失った、あの静かな青年
「偶然・・・なのでしょうか?」
机の上に置かれた書簡を見つめたまま、彼女は誰に言うでもなく問いかける
無論、答えなど返ってこない
そんな自分のおかしな行動に、彼女は思わず苦笑してしまった
「ふふ・・・私らしくもない」
言って、彼女は椅子から立ち上がった
それから、深く深呼吸をした
「こんなとこで考えてても、答えなんて出てこないですもんね
それなら、行動あるのみです」
笑顔のまま言って、彼女は懐から一枚の書状を取り出した
それを見つめ、フッと笑いをこぼす
「まずは、これを“魏”へと届け返事を待ちましょう」
持っていた書状を再び懐へと仕舞い、彼女は歩き出す
“考え込んでいたら、お腹が空いた”
そう思い、彼女は厨房へと向かおうとしたのだ
その時だった・・・
「きょ、姜維様!!!!」
「・・・んぉ?」
今まさに、部屋から出ようとした矢先のことだった
突然、勢いよく扉が開いたのだ
彼女はそれに一瞬驚きつつも、駆け込んできた文官に笑顔を向ける
「ちょっと、そんなに慌てていったいどうしたんですか?
言っときますけど、これはサボりに行くつもりじゃないですよ~?」
「恐れながら、違います!!
実はたった今、近隣の村に派遣していた兵が戻ってきたのですが・・・」
「ほぇ・・・?」
文官の言葉に、拍子抜けする姜維
そんな彼女だったが、次に文官が発する言葉に・・・驚愕してしまう
「戻ってきたのは、たった一人・・・それも、全身に傷を負った状態で戻ってまいりました!!!!」
「っ、なんですって!!?」
文官の言葉に、姜維の額に冷や汗が滲む
数日前・・・彼女は近隣の村々の警備もかね、兵を派遣していた
乱世が終わったとはいえ、未だに賊の被害が出ていたりするからだ
その兵が、たった一人しか帰ってこなかった
それが意味することは、つまり・・・
「その兵は、今どこにいますか!!??」
「それが、姜維様に何としても伝えたいことがあると言い謁見の間で待っております!!」
「すぐに向かいます!
ついて来てください!!」
「御意!!」
礼をするのもそこそこに、文官と姜維は早足で謁見の間へと向かった
そして辿り着いた先・・・ボロボロの兵士が、姜維の姿を見るなり声をあげた
「姜維様・・・!」
「何という・・・誰か!
今すぐ華佗さんを呼んできてください!!」
「私のことはいいんです!!
それよりも・・・姜維様に、どうしても伝えなくてはならないことがあるのです!!」
姜維の言葉を遮り、自身の傷も後回しにし兵士は叫ぶ
その言葉に一瞬躊躇った姜維だったが、やがてその兵のただならぬ様子に“わかりました”と小さく言った
「それで、私に伝えたいこととは・・・?」
姜維の言葉に、兵士はその両目を瞑った
その手が、小さく震えている
「“五胡”が、攻めてきました」
「なっ!?
それは本当なのですか!!?」
「はい・・・近隣の村々を回っている最中、我々は五胡が村を襲っているところを発見しました
我らは急ぎ村を救うべく駆け込んだのですが・・・」
「返り討ちにあった、と・・・?」
“はい”と、兵士は呟く
体の震えは、先ほどよりも大きくなっていた
「それはもう、戦と呼べるものではありませんでした
一方的な殺戮・・・我々は、為す術もなく奴らにやられてしまったのです」
「そんな、まさか・・・」
五胡は強い
そのことは、彼女だってわかっている
しかしそれでも、ここまで一方的にやられるとは彼女には思えなかった
そんな中・・・
「その地獄のさなか・・・私は、“見たんです”」
兵士は、今にも掻き消えそうな声で言ったのだ
「あの地獄の中、はためく・・・“あの旗”を!!」
「あの・・・旗?」
戸惑う姜維もよそに、兵士は涙を流し叫んだ
あの地獄の中
自身が見た、“信じられない光景”を
「あの・・・“蒼炎の馬旗”を!!!!!」
「なっ!!!!??」
燃え盛る、地獄の中
彼は見たのだ
蒼く燃える炎を・・・そして、その中心にある“馬”一文字を
「そんな・・・馬鹿な話が・・・」
“あるはずない”
言い掛けて、彼女は止める
ならば、この兵士は自分に嘘を言っているのか?
そう思い、“違う”と彼女は自身に言い聞かせた
その言葉はきっと、本当のことなのだろうと・・・
「伝えてくださって、ありがとうございます
今は・・・その傷を癒してください」
「姜維様・・・」
フッと、男はそこで意識を失った
その男を、兵たちは慌てて運んでいく
そんな中、姜維は視線を天井へと向ける
そこにある、“あるモノ”を見つめ・・・表情を歪めていた
「一体、何が起こっているのですか・・・」
呟き、彼女は手を伸ばす
その天井にかけられた、“大きな旗”へと・・・
「まさか・・・“貴方”なんですか?」
蒼き炎に囲まれた、馬一文字の旗を
“蒼炎の馬旗”を・・・
「“お父さん”・・・」
★あとがき★
十一話、公開です
いよいよ、殺伐としてきましたw
謎の男の正体も、ついに明らかに・・・というか、予想はできるかもしれませんねw
まぁぶっちゃけ、正史だと大したことやってないんですがねww
ある人にお城を奪われt(ry
ーーー間ーーー
さて、次回もまた殺伐とした場面が続きます
相変わらず、謎は増えるばかりですがww
それでは、またお会いしましょうw
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ど~もです
早くも、十一話公開ですw
こっから、殺伐とした場面が続いていきます
そして青年は、新たな人物に出会う・・・?
それでは、お楽しみくださいww