あっという間に2日間が過ぎた。
今日は、各国からの有力者達がこの街、《シレーナ・フォート》へと到着する。街には異様な
緊張感が漂っていた。
これは、お祭り騒ぎなどではない。100年程前までは、いがみ合い、ぶつかり合っていた国
の者達までも、この地にやって来ようとしているのだ。
この隙を突いて、『リキテインブルグ』の有力者の暗殺。そこまでは行かなくとも、その為の準
備、視察なども考えられる。もし彼らによって、『リキテインブルグ』の弱点、弱みなど見つけら
れたらどうなるだろう。
その隙を突いて、戦争を仕掛けてくるかもしれない。
普段、西域7カ国の者達が一つの国の、そして、一つの都市に集結する事など、まず有り得
ないのだ。
同じ西域大陸にある国。いや、同じ大陸にあるが故に、ぶつかり合って来た国々なのだ。
それが今日に限って集まろうとしている。何か、裏の目的があるのではないのか。
ピュリアーナ女王は一体何を考えているのか。幾ら軍略会議とはいえ、同盟国のみならず、
『ボッティチェリ帝国』まで呼び出すとは、何のつもりだろう。
《シレーナ・フォート》に住む者のみならず、『リキテインブルグ』中の民がそのように考えてい
た。
それは、賢明なピュリアーナ女王の考えがあっての事だ。そう考え、自らを落ち着かせる者
達も少なくは無かったが。
そんな、各国の有力者が集う王宮に招かれている私。緊張する者達を横目に見つつ、この
都市にやって来てからの2日間、初めて訪れた土地に、わくわくしつつ過ごしていた。
城下町を見て周る時間は幾らでもあった。朝、起き出せば、真っ先に王宮から外へと出て、
《シレーナ・フォート》の街を探索した。
街は立体的な構造になっていて、王宮から城壁の方の外側へと、まるで山を下るかのような
構造になっている。建物の高さが、王宮に向かうに従って高いものが多いからそう見えるのだ
が、加えて城下町の道は、大抵が、街の外周に向かって下り坂、もしくは階段になっていた。
王宮に近いほど、背が高く、重要な建物である事が多い。教会であったり、商工会所の本部
であったりする。だが、十数分も外側へと向かって歩いていけば、庶民的な区画に出る事がで
きた。
そこは賑やかな商店街だったりして、人間が、または、人の言葉を話すことのできる亜人種
達がものを売買するバザーがあった。
建物と、建物の隙間に広がっている商店街。そこでは様々なものが売買されていた。この地
方の特産品である魚介類もそうだが、内陸の地方から交易で入ってくる肉類や穀類も売買さ
れている。もちろん、食べ物ばかりではなく、日用品の雑貨なども多く売られていた。
この街に来てからずっとだが、商店街を歩く人々は、ほとんどが人間でない、亜人種ばかり
だ。エルフのような、本来、人と交わりたがらない種族はまるでいないが、動物の顔を持った亜
人種が多い。時々、空中からシレーナが舞い降りて来たりもする。
そんな、人でない者達も、普通に商店街で人と同じようなものを売り買いしている様は、かな
り不思議な光景だ。
私はたった一人で商店街を歩き、夕方まで王宮には戻ろうとしなかった。食べ物は街で十分
に食べる事ができたし、何時間もの間、街を彷徨っていても飽きなかった。
城壁の中の街は道が大分入り組み、初めて訪れた者ならば迷いそうだ。だが、特に街に出
る事に目的も無いのだ。ずっと同じ城壁の中にいるのだし、私は、あえて迷い、街を彷徨って
いた。
夕方、日が落ちる時刻まで街を彷徨っていても飽きない。それだけ、この《シレーナ・フォー
ト》の城壁の中には見て周れるものがあったのだ。
それは、私にとって初めて訪れる街、初めて触れる文化だったからなのだ。
だから、私にとっては、時間の経過も感じられないほどあっという間に二日間が過ぎ去ってし
まっていた。
街の雑踏から離れた王宮では、にわかに騒がしくなる。客人を迎えるための準備が進んでい
た。
もちろん、華やかな迎えをするわけではない。やって来るのは王族などではなく、武力の実力
者。騎士達なのだから。
王宮の警備が強化された。至る所に、物々しい様子で警備兵達が警備に当たり、王宮には
一般人の立ち入りが禁じられる。
そして、西域諸国の実力者が一同に会す日。その正午を過ぎた頃、続々と《シレーナ・フォー
ト》に、王宮に、他国からの実力者が集まって来たのだった。
まずやって来たのは、いかにも騎士という出で立ちの男性2人だった。長い旅路を、甲冑姿
でこの街までやって来たようだ。遠目で見ても騎士だという事がはっきりと分かる。いかめしい
顔立ちの中年男性2人。
この南方の『リキテインブルグ』の人間の顔立ちとは異なる顔立ち。髪は茶色で、口髭を生や
し、背は高い。それだけでも、どこの国の出身かは大体分かる。
華やかな王宮、人間には理解できない幾何学模様の装飾がされた王宮には、不釣合いなこ
の2人が、最初に姿を見せていた。
「沿岸三カ国『エカロニア』より、モアブル侯及び、アントニヌス公が参られました!」
彼らの到着を女王へと告げる声。ピュリアーナ女王は、その声を聞き付けると、すぐに自分
の部屋から、私達も最初に入って行った、王宮入り口の大広間へと、翼を使って舞い降りてい
った。
自分と同じ、シレーナの従者を2人従えながら、女王は、『エカロニア』からの来訪者の前へと
舞い降りる。
人間社会での有力者である彼らが、どう思った事だろうか。彼らは、『リキテインブルグ』の女
王が、人でない、鳥乙女シレーナであるという事は知っているようだったが、女王そのものを見
るのは初めてだったようだ。
「『エカロニア』のモアブル候にアントニヌス公。よく、この《シレーナ・フォート》に参られた。歓迎
いたそう…」
ピュリアーナ女王は、形式的ではあるが、油断を許さない声でそう言った。
「これは、これは…」
一歩引いた態度で、『エカロニア』のモアブル候は言った。中年、というよりも、もう初老に達し
ているような男だ。もう一人のアントニヌス公とは、こちらは40代ほどの中年の男性で、他の数
名の従者と共に、モアブル候に付き添ってやって来たようである。
『エカロニア』の有力者。候や公と呼ばれていても、彼らの物々しい出で立ちは、貴族と言う
様子ではない。むしろ武人だ。
ピュリアーナ女王が呼び寄せたのは、各国の軍部の有力者なのだから、そのような者が集ま
って当然なのだが。
そのおよそ1時間後、『エカロニア』からの使者が、客間に入った後の事。
新たにやって来たのは、同じく沿岸3カ国の、『ベスティア』からやって来た者達だった。
『ベスティア』とは、『リキテインブルグ』の隣国の沿岸国。現在ではその関係は修復されたも
のの、20年ほど前まではいさかいが絶えず、戦争沙汰になる事も絶えなかった国。
『リキテインブルグ』の国民も、あまり快く思っていない国の者達だ。
そんな『ベスティア』からやって来たのは、長身の体躯の中年の騎士。そして、彼に従ってや
って来た、若い女性だった。
2人とも、やはり騎士なのだろう。物々しい様子で甲冑を身につけている。いや、女性の方
は、かなり軽装の鎧だったが。
「『ベスティア』から、アンドレ・サルトル氏と、従者のブリジット・ヴァルタンなる者が参りました」
新たなる来訪者を伝える声が、王宮中に響き渡った。既に、入り口の広間で待ち構えていた
女王が、彼らの元へと姿を現す。
私はと言うと、その様子を、吹き抜けの上層階から見ていた。今の私の立場では、有力者達
を目の前で迎える事など、身が縮みそうで嫌だったからだ。
「ようこそ、『リキテインブルグ』へ。よくぞ遠路遥々参られた…」
『ベスティア』からの使者は、ピュリアーナ女王の事をよく知っているらしく、彼女の目の前に
立っても、至って動じる事は無かった。
「これはこれは、ピュリアーナ女王陛下。お目にかかれて光栄です。貴国と我々は過去に色々
な事がありました。ですが、これはその際水に流し、協力するとしましょう」
『ベスティア』からの、アンドレ・サルトルという男はそのように言った。しかし、どこか言葉に裏
があり、わざとらしい喋り方だった。
そして、もう一人の、ブリジットと言うらしい女騎士は、彼の背後に立ちながらも、用心深く周
囲を警戒している。いつ、どこから襲いかかれても良いように、常に、腰に吊るした剣に手をか
けていた。
「では、あなた方を客室に案内させましょう…」
ピュリアーナ女王も、そんな彼らの態度に気付いているのか、幾分と油断を許さない声でそう
言っていた。
そして、『エカロニア』『ベスティア』と、沿岸3カ国の内、2つの国からの使者がやって来た後、
日が西に傾くまでの数時間に、相次いで各国からの有力者は姿を現した。
まず、沿岸3カ国の残りの1国、『レトルニア』からの来訪者が現れた。
カルロス・ブエンテと言う、どちらかと言えば、若い風貌の騎士だった。年齢で言えば30代後
半と言った所だろう。彼は、一人の女騎士を従えていた。派手な赤い髪の色をした長身の女で
あまりに目立っていた。
『レトルニア』からの騎士は意外と軽装で、騎士と言うよりも、私のような傭兵を思わせる。
ピュリアーナ女王を前にしても、彼らは動じる事も無かったし、何か裏があるような素振りも
見せなかった。
そして、その数十分後にやって来たのが、私の祖国である、『ハイデベルグ』からの者達だっ
た。
私は知っている。王宮に堂々と入って来た、背の高い女騎士を。会って話をしたような事は
無いが、家の関係で『ハイデベルグ』の王宮に招かれた時に目にしていた。
兜を脱ぎ、重々しい銀色の甲冑に身を包んでいる。従者に、自分よりも年上の男数名を従
え、王宮の中に入ってくる姿。大体、年齢は30代後半と言った所だろう。私が最後会った時
と、彼女はあまり変わっていなかった。
「『ハイデベルグ』より、ディアナ・ツヴェルフ公女が参られました」
彼女と、『ハイデベルグ』の騎士達が来た事で、私は戸惑った。北の遥か彼方の地まで、私
が『リキテインブルグ』で一時活躍とか言うような話は届いていないだろうが、もし、顔を合わせ
るような事があったらどうだろう?
父は、『ハイデベルグ』でも有力な貴族だった。王族や、他の貴族にも顔が広かったし、もち
ろん一人娘である私も、国では知られている。
表向きは、父達と一緒に、私も死んだ事になっているだろう。それに、あれから4年も経って
いる。私だって相当成長して、大分外見も変わっているのだ。
ただ、私の名が、ブラダマンテ・オルランドだと知られれば、話は変わって来るだろう。国に連
れ戻されるような事もあるだろうか。私の心配は募った。
『リキテインブルグ』の外から、4つの国の有力者達が集まって来ていた。だが、王宮に堂々
とやって来たのは4カ国だけで、時は夜になってしまった。
西域7カ国の残り2カ国、『セルティオン』と『ボッティチェリ帝国』はどうしたのだろうか?
遠路遥々集まってきているのだ。遅れる事もあるのだろうけれども。
夜になり、遠くの地からやって来た者達に対して、『リキテインブルグ』式の豪華なもてなしが
される事になった。
各国から集まった有力者達に混じり、『リキテインブルグ』からは、『フェティーネ騎士団』団長
として、カテリーナが出席する。
だが、慌しくなった王宮内。与えられた部屋にいた私の元に、いきなりルージェラがやって来
た。
「あなたも出席しなさいよ。どうせ、黒翼の間での会談にも出てもらう予定なんだから?」
彼女は、いつものように、活動的な姿をしているのではなく、幾分も整った服を身につけてい
た。それは、『リキテインブルグ』式の、女騎士の制装で、青や緑色の入ったブラウスに、地味
な色のズボン。色鮮やかさは抑え目だが、どこか、華やかな装いがある。しかし、私の国など
では、男性が着るようなものだ。
「わ、私が、ですか…?」
私は戸惑った。ルージェラのような制装は持っていないし、何より、私は騎士でも何でも無
い。
「あなた、お嬢様出なんでしょ! もてなしみたいなものは慣れていて、堅苦しい事は嫌だって
言う田舎者とは違うんでしょ?」
「で、でも…。私の祖国からも、知っている人が、来ていますから…」
私の頭の中に、『ハイデベルグ』から来た人々の顔が浮かぶ。
「いいじゃない。『リキテインブルグ』代表だって顔していれば、バレやしないって」
「わ、私が、どうやったら『リキテインブルグ』の人見たいに見えますか?」
西域大陸では、大体、南方では黒い色の髪の人間が多いし、眼も濃い色だ。背だって私より
高いだろう。
そう、丁度、ルージェラのような姿が南方の人間だろう。彼女は人では無くドワーフ族だが、
両親の内、どちらかが、この地方の人間なのだ。
私のように、ブロンドで、青緑の瞳、小柄な体ではどう見ても北方の出身、というのが西域大
陸の常識だ。カテリーナが黒髪でなく銀髪で青い瞳、白い肌なのは、ただ彼女の祖先が北方
出なだけだろう。ただ、彼女は顔を良く知られている。
私も、一部の人には、顔を知られているが、それは、『リキテインブルグ』の傭兵としてではな
く、オルランド家のブラダマンテとしてだった。
「ほらほら、服は、クラリスのを貸して上げるからさ。こんな所に一人でいたって寂しいよ」
各国の有力者ばかりが集まる場に出向くとなると、緊張が高まった。だが、なぜ私のような者
を、そんな場に出席させたがるのだろう。
私が、クラリスの着ていたと言う、私にとっては丈の長過ぎる真っ白なシルクのドレスに着替
えて会場に向かうと、そこでは既に会食が始まっていた。
白海の間と呼ばれる、王宮の中の大広間の一つだった。高い天井に、広々とした室内。壁は
ほとんどがステンドガラスでできていて、しかもその色は水色だ。今は夜だが、昼間になれば、
外からの光で、まるで海の中にいるようになるだろう。
豪華なシャンデリアが天井からぶら下がり、壁には壁画までも描かれている。部屋の規模か
らして、おそらく、100人以上は一同に会す事のできる部屋だ。
今は、西域7カ国の有力者達を集め、そのもてなしをしているのだが、『リキテインブルグ』か
らは、武力による有力者だけではなく、その政治の中枢を成す人々も集まっているようだった。
その場所には、割と大勢の人間がいたので、遅れて会場に現れても、あまり目立ちはしなか
った。
私とルージェラは、目立たないように『リキテインブルグ』の人々がいる席へとついた。
長いスカートのドレスなんて、着たのはいつぐらいぶりだろう? 旅に出てからは、いつも同じ
ような服しか着ていなかったから、シルクのドレスが、妙なくらいに艶々して感じられる。
私は、カテリーナの隣の席に付いていた。
「どうして、私が、この場所に…?」
カテリーナの横顔を伺って私は尋ねた。
「…、女王陛下が、あんたを、『ディオクレアヌ革命軍』の一番最初の大規模攻撃の唯一の生き
残りとして、紹介したいらしい」
「わ…、私を…?」
カテリーナの言葉に、私はひどく戸惑った。それはつまり、この場に集まっている者達全て
に、私の顔と身分をさらすと言う事ではないか。
「それ以前に、あんたは、『フェティーネ騎士団』の、最も重要な協力者、だろ?」
カテリーナはそう付け加えて来たものの。私は顔をしかめるばかりだった。
辺りを見回してみる。国ごとに分けられたテーブルに皆が付き、給仕をする者がその間を歩
き回っている。
既に、西域7カ国全ての国が集まっているかと思われた会場だったが、2つの国のテーブル
だけが空いていた。
いないのは、『ボッティチェリ帝国』と『セルティオン』。この集まりを欠席するつもりなのだろう
か。女王は帝国の来訪を危惧していた。もてなしの場に現れないのも、帝国の立場としてのも
のだろうか。
しかし、『セルティオン』はどうした事だろう? 『リキテインブルグ』と『セルティオン』は同盟関
係。最も友好的な国同士のはずだ。
なぜ、姿を現さないのだろう? 遅れているのだろうか?
一方、それぞれの国の有力者達は、従者もその場に従えていたので、それぞれが5,6人ほ
どの人数でテーブルについていた。中でも『リキテインブルグ』は最もその人数が多い。ピュリ
アーナ女王や、カテリーナとルージェラだけでなく、私や、王宮議会議長と言われる人まで参加
していた。
その議長はと言うと、体格こそ大柄な人間の男だったが、顔の部分は完全に、象だったから
驚きだ。
私が、そんな議長の異質な姿に眼を奪われていると、一人の男が、『フェティーネ騎士団』の
席に近付いてきた。
「これはこれは、『リキテインブルグ』とは、随分と、お美しい方々はお集まりだ」
『ベスティア』の席にいた男だ。中年で、かなり体躯が良く、黒髪と、黒い髭をはやした男。黒
い礼服に着替えているが、さっきやって来た『ベスティア』の代表者だ。確か、名前をアンドレ・
サルトルと言った。
「そう言って頂けて、光栄ですわ」
その男の言葉に、ルージェラはわざとらしく答えた。彼女がそんな言葉遣いをしても、皮肉に
しか聞こえない。
「このような場に私共をお連れ頂いて、ピュリアーナ女王には感謝しなければなりませんな。し
かし、『リキテインブルグ』は華やかで良い」
不敵な笑みのまま、そのサルトルという男は言って来る。時々、私と目線が合うから、どきど
きして来る。
彼は、私の事は知らないのだろうけれども。
「それは、どうも」
その男の態度に、カテリーナはそっけなく答えていた。確かに、ピュリアーナ女王を取り囲む
集団は、ほとんどがシレーナの女性なのだから、華やかには見えるだろう。
「いやいや、お若い女性達の事を言ったのではない。建物の趣や、国の気質、そして、並べら
れている料理。全てを取っても、華やかで美しいものばかりだ」
身振りで、白海の間全体を示しながら、サルトルは言った。部屋の装飾は、『リキテインブル
グ』ならではの、大胆で豪華かつ、芸が細かいものだった。
そして彼はカテリーナと目線を合わせる。2人は初対面のようで、サルトルは彼女に興味を持
ったようだ。
「そして、あなたが、フォルトゥーナ嬢の、カテリーナというお方ですかな…?」
サルトルは、カテリーナの側に立ち、彼女の顔をまじまじと見つめた。カテリーナはそれに臆
する事も無く、相手を見返していた。
「いかにも、その通り」
カテリーナは、ガラスのような青い瞳で相手を見返し、堂々とした声で答えた。
「ほう…。噂に聞いていた通り、お母上に似ておる。すぐに分かりましたよ。それに、まだお若い
…。年の頃はおいくつで?」
まるでカテリーナの事を探るかのように、サルトルは尋ねて来た。
「今年で、18歳になる」
「18!」
カテリーナの年齢を聞き、彼はそれを確認するかのように、カテリーナの顔を覗き込んで来
た。
「ほほう…。確かに…。まだ、うら若き娘のようだ…? しかし、僅か18で。荒々しい騎士達を
引っ張って行く任を任されているのだから、それは、ご苦労も多い事でしょう?」
「『フェティーネ騎士団』は、皆、優秀だ。私の手を煩わされる事も無い」
再びカテリーナは堂々と答える。
「ほう。それは頼もしいですな…」
サルトルはそう言って来る。まるで彼は、剣を合わせる前の眼と口調をしている。
「3年前の、我が国と合同しての海賊討伐といい、あなたの母上が活躍された、我が国との戦
役といい、ね。『フェティーネ騎士団』は実に優秀でした…」
そのサルトルの言葉に、ルージェラは苛立ったようだった。
「20年以上も前の出来事を蒸し返さないで下さいます?」
「ええ、もちろんです。幾ら、20年前は敵対していた貴国と我が国とは言え、現在は手を取り合
わなくては、ならないのですからね」
サルトルは、攻撃的な眼でカテリーナとルージェラを見つめ、丁寧な口調とは裏腹に言い放っ
ていた。
私は詳しい事は知らなかったが、『ベスティア』は『リキテインブルグ』の事を快く思っていない
ようだ。
「アンドレ様!」
突然、そう呼びかける声。
声の主は、このサルトルと一緒に『ベスティア』からやって来た女騎士だった。今では、サルト
ルが着ているような、黒い正装に着替えている。
そんな彼女は左眼を布で隠していて、片方の眼が見えないようだった。ウェーブがかった茶
色い髪をしていて、身の丈や年の頃はカテリーナと同じくらいだろうか。かなり若い。だが、目
付きがかなり厳しかった。
『リキテインブルグ』のテーブルの前を横切りつつ、サルトルに呼びかけている。
「おお、すまんなブリジット。この『リキテインブルグ』の方々と、話をしていたものでな」
ブリジットは、このアンドレ・サルトルの従者であるようだった。
私達の座っている、『リキテインブルグ』のテーブルの前まで来ると、ブリジットは流し目で見
るかのように、私達と目線を合わせていく。
そして、カテリーナの顔を見ると、まるで軽蔑するかのような視線を飛ばすのだった。
カテリーナ自身も、ルージェラも、この私もその視線に気付いていたが、そのブリジットという
女騎士の視線は敵意そのものでしかない。彼女の主である、サルトルの態度よりもはっきり
と、敵意であるという事が分かるものだ。
これが、西域7カ国の関係の一つ。幾ら、戦争が終わっているとは言え、さまざまな出来事に
よる不信から、まだ、国同士というものは、対立しなければならないのか。
私にとっては、今まで知り得る事も少なかった、国同士の大きな軋轢を身を持って感じる事と
なり、その後、ろくに食事も食べれなかった。
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8.西域7カ国
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続々と《シレーナ・フォート》に現れる、西域大陸七か国の面々。一番登場人物が多く登場する節となるかもしれません。