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少女の航跡 第2章「到来」 8節「西域七か国」

各地から集まった有力者達によって、ディオクレアヌ革命軍残党討伐の会議が行われますが、お互いの理念が一致せず、意見は割れてばかり。

2011-06-03 11:50:18 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:369   閲覧ユーザー数:273

 

 各地から集まった有力者達をもてなす会食が終わり、しばしの休憩の後、私達は、黒翼の間

へと移動した。

 

 それは、《シレーナ・フォート》の王宮の中でも上層に位置する。しかし他の部屋のように見晴

らしが良い構造にはなっていない、特別な部屋だった。窓は無く、重厚な鉄板で覆われた、ま

るで鳥籠のような部屋だ。広さこそ狭くは無い、先程の白海の間に比べて半分ほどはある。だ

が、窓が無い事で暗く、しかも壁や床が黒い色で塗り固められているので、奇妙に圧迫感があ

った。

 

 無駄な装飾も何も無い。50人は押し込められるであろう部屋の広さを考えなければ、牢獄の

ような部屋だ。だが、逆に、入り口の扉以外に、外から侵入する事も、覗き見る事もできない。

王宮内で外部に漏らせない機密事項を話し合うには、ぴったりの部屋なのだろう。

 

 西域7カ国の内、既に集まっている5カ国の有力者達は、次々とその一室の中へと入ってい

った。中に入る事ができるのは、ほんの一握りの人間だけに過ぎない。代表者とその従者、も

しくは補佐を行う者。

 

 例えば、『リキテインブルグ』からは、ピュリアーナ女王、カテリーナ、ルージェラ、そして私だ

けと言った具合だ。他の国は代表者と従者の2人だけで来ている所もある。

 

 そして、皆が、それぞれの腹の中を探り合うような話し合いが始まった。本来ならば、『ディオ

クレアヌ革命軍』討伐の為の話し合いだと言うのに、まるでお互いの様子を探り合い、陰謀を

張り巡らせる事を目的とするかのような場の空気だ

 

 そんな場の空気を、更に緊張させるかのように、ピュリアーナ女王の使いのシレーナが緊張

した面持ちで現れ、女王に事を告げた。

 

「…、『ボッティチェリ帝国』から、ドノヴァン侯爵が参られました…」

 

「分かった。こちらに通しなさい」

 

 女王は答え、使いのシレーナは去って行く。そして、代わりに黒翼の間に現れたのは、黒塗り

の重々しい鎧を身に付けた数名の騎士達だった。

 

 西域諸国の有力者が集まる中、兜さえも被り、帝国からやって来た者達は、その素顔をさら

さない。だが、ピュリアーナ女王がその内の一人、周りの騎士達に守られているような位置に

いる者と目線を合わせる。

 

 すると、その一人は兜を脱いだ。意外にも、そこに現れたのは女性だった。そんな重厚な鎧

を身につけているから分からなかったのだが。

 

「アンナ・ドノヴァン侯爵。よくぞ参られた…」

 

 まるで、相手の出方を伺うかのように、ピュリアーナ女王は言った。

 

「…、南の大国、『リキテインブルグ』からの申し出…。そう簡単に蹴ることはできないものだろ

う? ピュリアーナ女王?」

 

 『ボッティチェリ帝国』の代表。アンナ・ドノヴァンは、堂々と、重々しい口調でそう言った。女の

声としてはかなり低い。

 

 彼女は、ピュリアーナ女王やディアナ公女と違って、若々しい外見をしていない。おそらく40

に手が届くか、それを超えている女性だろう。きつい顔をした人物で、非常に近寄りがたかっ

た。背が高く、髪は灰色だった。

 

 『ボッティチェリ帝国』では、厳しい気質の国柄からか、彼女と同じような顔をしている者が多

い。その中でも軍略の代表者が来ているのだ。兜を脱ぐならば、皆、同じ顔をしているだろう。

 

「…、これで、6カ国が集まりましたなあ? ピュリアーナ女王陛下。しかし、残る一国、『セルテ

ィオン』は一体どうしたというのでしょう? まだ姿を現さんので?」

 

 『ベスティア』のサルトルが、場の空気をかき乱し、ぬけぬけと女王に尋ねた。女王は、彼の

方をちらりと見ると、まるで彼の言葉を受け流すかのように言った。

 

「『セルティオン』の一行は、嵐のせいで数時間遅れるそうだ」

 

「ほほう…。南の地方に突如として襲い掛かる嵐は、厄介なものですなあ…」

 

 そのサルトルの言葉に、カテリーナが鼻を鳴らしているのを、私は見逃さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 黒翼の間の中央の、黒い鉄で練り上げられたようなテーブルの上には、西域7カ国の中で

も、文明の発展が著しい東側の地方の地図が広げられている。7カ国は全てその地図の範囲

に収まっていた。

 

 西域大陸と私達は呼んでいるが、実際、その全てを知る者はこの文明にいないはずだった。

大陸もどこまで続いているのか、誰も知らない。私達が知っているのは、東側の海岸線だけ

で、内陸の奥地に至っては、地図は真っ白になっている。ただ人が踏み入れないほど険しい

山々が続いているだけ、それだけしか知らないのだ。

 

 その山々のごく一部には、昨年、『セルティオン』のエドガー王を救出する為に乗り込んだ。あ

の時、2週間近くもかけて山の奥地に入って行ったものだが、それでも大陸の範囲に比べれば

微々たるものだっただろう。

 

 西域大陸にはまだ謎の地方が幾つもあった。例えどんなに準備を整えた調査部隊が奥地に

乗り込んで行っても、その全てを知る事はできないのだ。

 

 大陸は、北の海岸線から南の海岸線まで国々が文明として延びている。最も北にある国が

『ハイデベルグ』で私の故郷。そこから、西側の内陸に少し入った所に『ボッティチェリ帝国』

が、最も大きい範囲として載っている。

 

 大陸中央部、沿岸部に3つ続いて並んでいる国が、『レトルニア』『エカロニア』『ベスティア』

だ。そして、大陸最南端に位置する『リキテインブルグ』。その『リキテインブルグ』と『ベスティ

ア』に国境を接し、内陸の山々の中にあるのは『セルティオン』である。

 

 今、その地図の上に、異様に長い爪を持つ、繊細な指が置かれ、大陸南部が指差されてい

た。それはピュリアーナ女王の指だった。

 

「革命軍の攻撃が最も著しいのは、この『リキテインブルグ』地方。次に『セルティオン』。すでに

百箇所以上で革命軍の活動の目撃情報がある。そして、他国でも少なからず襲撃事件がある

ようだな…?」

 

 この話し合いは、ピュリアーナ女王が直々に仕切っていた。彼女は最も目立つ場所に立ち、

自らが動き、議題を動かしている。そして、話が行き詰れば、新たな切り口を展開していた。

 

 彼女の軍略会議は、手馴れたものであるようだ。

 

「我が『エカロニア』でも、山岳地方から、得体の知れない者達が、集落を襲撃しているとの報

告を得ております。それも、ただの山賊無勢などではない。統率の取れた亜人種共、兵力も並

大抵では無いと…」

 

 『エカロニア』のモアブル候が言った。

 

「我らが国でも、大規模な活動は見られないものの、謎の襲撃事件が相次いでおります。民

は、1年前、『セルティオン』は《リベルタ・ドール》を襲った革命軍の攻撃では無いかと不安がっ

ており…」

 

 そう報告したのは、『レトルニア』のカルロス・ブエンテだった。

 

「どうやら、事件は、西域大陸全土に広がっている模様ですなあ…?」

 

 まるで他人事のように言うかのような声。それは、『ベスティア』のサルトルだった。彼は、女

騎士ブリジットを従え、椅子に座り、傍観するかのように話し合いを見つめている。

 

「そう言うあんた達の国からは、何も報告は無いのかい?」

 

 と、カテリーナの声が、黒翼の間に響き渡った。声も通り、堂々としている。各国の有力者達

を前にしても、全く動じる事は無い。

 

 すると、サルトルは、カテリーナの方を見据え、言葉を発した。

 

「我が国では、そのような者達など、ただのならず者集団としてしか扱っておらんのでね…。手

を焼くまでも無い…。革命軍の存在など、我が国では認めていない」

 

 自信ありげに彼は言った。周囲の者達の注目を引き付ける。

 

 そう言えば、『ベスティア』は、昨年の『セルティオン』は《リベルタ・ドール》の事件の時、隣国

でありながら軍を派遣しなかったそうである。

 

「随分な、自信じゃあないの」

 

 そう口から出したのはルージェラだった。サルトルに対して言ったつもりだったのだろうが、そ

の時、彼女は『ベスティア』のブリジットと目が合う。

 

 ブリジットは、ルージェラに敵対の眼を向けていた。私ならば怯えてしまいそうな目線だった

が、ルージェラは憮然とし、目線を反らせた。

 

「それでは、『ハイデベルグ』の方からも報告を頂きたい」

 

 そんな我々の様子に割り入り、ピュリアーナ女王が、話を展開させる。『ベスティア』から報告

を聞いても無駄だと思ったのだろう。

 

 女王の言葉に、一同と会し、地図の広げられたテーブルに付いていた、『ハイデベルグ』のデ

ィアナ公女が立ち上がった。

 

 白い礼服に着替えている彼女は、堂々とした姿と口調で言った。

 

「我が国では、今年に入って、全部で5度の報告が寄せられております。いずれも、南部の山

岳地帯に位置する農村に対する襲撃です。1度までは、規模の広い街にまで襲撃の手が及び

ました。全て、我が国の騎士団により鎮圧されましたが。

 

 去年までは、このような出来事はありませんでした。せいぜい、山賊や盗賊達の襲撃程度。

しかし、今年に入ってからというもの、略奪とも取れる襲撃が続いております。

 

 ただ、4年前に起きた出来事を除けば…、ですが…」

 

 ディアナ公女は、堂々とした声でピュリアーナ女王に報告した。彼女はそこにいるだけで、そ

の威厳が伝わって来そうな程、洗練された騎士だった。

 

 私と同じ北方出身なのだが、その瞳は、瞬く度に、ルビーのような赤い光を見せている。年の

頃は、30代に見えた。だが、私が最後に彼女の姿を見た時から、まるで歳を取っていない。

 

 ディアナ公女は人間ではない。それは、彼女の外見から醸し出される匂いとして辺りに漂って

いた。

 

 彼女が30代に見えるというのも、ずっと、騎士としての威厳を保ち、厳しい顔をしているせい

だろう。彼女が騎士でなかったならば、実際の外見年齢はもっと若いはずである。

 

 そう、第一、『ハイデベルグ』は、人間が王族にいる国ではないのだ。この『リキテインブルグ』

と同じように。

 

 ディアナ公女も例外では無い。

 

 そして、彼女は、同じテーブルについている、私に気付いているのだろうか。ほとんど、カテリ

ーナとルージェラの後ろにいるようなものだが。

 

「4年前に起きた出来事…」

 

 ピュリアーナ女王がこっそりと呟いた。

 

「オルランド侯爵が治めておられた、《クレーモア》消失事件、ですな?」

 

 『レトルニア』のブエンテが尋ねた。

 

「ええ、一夜にして、《クレーモア》という街が消失してしまったのですよ。残されていたのは地面

が抉れた跡のみ。生存者はいないと我々は見ています」

 

 と、ディアナ公女は言ったが、

 

「それが、革命軍無勢と、どう関係がある? 4年も前の話だろう? それに、一夜にして街が

消える事などあるものか」

 

 『ベスティア』のサルトルはそのようにきっぱりと言い、言葉を遮った。

 

「では、その目撃者がいる、となると、どうだ? 『ベスティア』のサルトルよ」

 

 そう言ったのは、ピュリアーナ女王だ。サルトルの態度を戒めるかのような口調と目線であ

る。

 

「だとしたならば、是非ともお話を伺いたいですな?」

 

 と、彼が言うと、ピュリアーナ女王は私の方を向いて来た。その目線に私はびっくりしたが、

彼女が私に立つように言っているような気がしたので、カテリーナとルージェラが座っている後

ろで、私は立ち上がった。

 

「こちらは、『ハイデベルグ』の《クレーモア》領主だった、オルランド侯爵の一人娘、ブラダマン

テ嬢だ。その革命軍の攻撃を目撃している、唯一の生き残りであり、訳があって我が国に協力

してもらっている」

 

 ピュリアーナ女王の紹介に、各国の有力者達は、私の方をまじまじと見つめて来た。それだ

けでも緊張が高まる。

 

「ブラダマンテ…? あなたが、あのブラダマンテ…? オルランド侯爵の?」

 

 そう驚いたように言って来たのは、ディアナ公女だった。やはり、彼女は私の正体に気付いて

いなかったようである。

 

 ディアナ公女と最後に会ったのは5,6年も前だし、その時、私は10歳か11歳だった。そこ

から17歳の今になるまで、背も伸びたし、成長している。外見もかなり変わった事だろう。

 

「お…、お久しぶりです。ディアナ様…」

 

 私は頭を垂れて、彼女に挨拶をした。

 

「てっきり、あなたは亡くなったかと思っていたが…? なぜ、この国に?」

 

「それは…」

 

 ディアナ公女のルビーのように赤い瞳の目線が、私に向けられて来る。私は何も答えられず

に彼女から目線を反らすしか無かった。

 

「ディアナ公女。理由はあとで聞かれたら良いだろう…? 我々は、ブラダマンテ嬢から、《クレ

ーモア》の事件に関しては詳細を聞いている。白い光の存在も」

 

「白い光…、ですと?」

 

 『エカロニア』のモアブル候が言葉を発した。白い光、と言う言葉に反応したのは私だけでは

ない、ルージェラもそうだった。

 

「あの日…、あの晩…。私の故郷、《クレーモア》が消えてなくなってしまった時、私が見たもの

は、白い光でした。白い光が空から落ちて来て、それが、全てを飲み込み、消し去ってしまった

んです。

 

 本当に一瞬の出来事でした。私は丁度離れた所にいて無事だったんですけれども、《クレー

モア》の街も、私の家も、両親も、何もかも消えてしまったんです」

 

 私は、各国の有力者達が見て来る中で、必死にそう言った。今でさえ、思い返すのは辛い出

来事なのだ。

 

「私が知っているのは、白い光なのです。革命軍が関わっているかもと言うのは、後になって知

った事で、その時は関連について何も知りませんでしたが…」

 

 しかし私に向けられている視線は、哀れみなどというものではなく、疑いというものが強かっ

た。幾ら、オルランド侯爵の娘とは言え、まだ17歳の娘に過ぎない。それもカテリーナのよう

に、一つの国の女王に信頼を置かれている存在なのではなく、半ば保護されている身も同然

なのだ。

 

 そんな私の言う言葉を、誰が信じてくれるのだろう。

 

「では、あなたは、その白い光が、全てを飲み込んでしまったと言うのか? 《クレーモア》の街

は、その白い光によって、全て消し去られてしまったと?」

 

 ディアナ公女が私に尋ねて来る。私は、彼女と目線を合わせる事ができないまま答えてい

た。

 

「はい…」

 

「しかし、それと革命軍との間に、一体どんな関係があると言うのだ?」

 

 『ベスティア』のサルトルは、疑いもたっぷりに、ディアナ公女に向かって話していた。彼は、私

の言った言葉が、小娘の戯言であるかのように思っているようだ。

 

「『ベスティア』のサルトルよ…。白い光は、何も『ハイデベルグ』でだけ目撃されたのではない。

ここ、『リキテインブルグ』でも、白い光は空から落ちてきたのだ」

 

 黒翼の間全体に響き渡るかのようなピュリアーナ女王の声。皆が一斉に彼女の方を向く。

 

「『ディオクレアヌ革命軍』の残党共の討伐中、その白い光は、我らの精鋭騎士団を飲み込ん

だ。飲み込まれた者達は、未だに戻って来ない。もう戻って来る事も無いだろう。現場には、巨

大な地面の陥没が残っている」

 

 と、女王が言うと、皆は静まり、彼女の言葉に耳を傾けていた。皆の態度は、私の時とは大

分違う。

 

「では、その白い光の正体は何なのです?」

 

 『レトルニア』のブエンテが尋ねた。

 

「途方も無い破壊力…。我々が知っているのはそれだけだ。一瞬で地面を数キロに渡って吹き

飛ばし、大地を抉るほどのね。まるでトールの鉄槌さ…。

 

 しかし、革命軍と関係が無いとは言い切れない。彼らがいるところに、白い光は現れたんだ。

少なからず、いや、必ず奴らと関係がある。あの『リヴァイアサン』さえも、完全にでは無かった

が味方に付けられたような連中さ。目先にいる亜人種共に騙されてちゃあいけない」

 

 その落ち着いた口調はカテリーナ。彼女は静かに言葉を発したのだが、皆の注目を引き付

ける。彼女の声はピュリアーナ女王のように、よく通る声だ。

 

「ほうほう。そう言えば、あなた様は、確か1年前、『セルティオン』は《リベルタ・ドール》での戦

いで、その『リヴァイアサン』とやらを打ち倒したとな?」

 

 再び『ベスティア』のサルトルが言って来た。その、カテリーナが『リヴァイアサン』を打ち倒し

た戦いは、彼らが、わざと眼を背けた戦いだ。

 

「ああ…、倒したよ…。とんだ災難だったけれどもね…」

 

 カテリーナのその言葉に、黒翼の間にいる者達はざわついた。皆、『リヴァイアサン』の存在

に疑いを持っている。

 

 あの場にいた者達は皆、上空に浮かぶ、巨大な生き物の存在を知っている。しかし、今日集

まっているのは、遠く離れた国の者達がほとんどだ。ただ話としてだけ、『リヴァイアサン』の存

在を知っている。

 

 元々、神話の中でしか登場しないはずの生き物だったのだから、実際に現れた。それも革命

軍と共に。と言われても疑いを持つのは当然である。

 

「良家のお嬢様が、伝説に登場する怪物を倒したって言うのかい? それも一人で?」

 

 と、ざわめきの中で、一人の女の声が黒翼の間全体に響き渡る。私は声の主の方を向き、

皆の注目も集まった。

 

「カテリーナ。フォルトゥーナの娘。所詮は、母の跡を継いだに過ぎない、こんな綺麗な顔をした

娘が…?」

 

 その言葉を発していたのは、『ベスティア』のサルトルに付いて来た女。ブリジット・ヴァルタン

だった。

 

 彼女は片目を布で隠した、その隻眼でカテリーナを見つめながら、ゆっくりと彼女の方へと近

付いていく。

 

 カテリーナもブリジットの方を見返していて、両者の目線ははっきりと合っていた。

 

「ちょ…、ちょっと待ちなさいよ! あんた、そんな事言って、どう言うつもりなの!」

 

 そう言ったのはルージェラだ。しかし、ブリジットはそんな事など構わず、カテリーナの目の前

に立つと、

 

「あんたが『リヴァイアサン』とやらを倒したって言うのなら、是非ともその力を見せて貰いたい

ものだね…」

 

 と、ブリジットはカテリーナの眼を覗き込むかのようにして言ったが、カテリーナは、ただ彼女

を見返す。

 

「突然、何を言い出すんだ?」

 

 カテリーナは平然と尋ねたが、ブリジットの方は、必要に迫って来た。

 

「下手な嘘とか、つけないようにさ。お飾りのお嬢さん」

 

「ちょ…、あんた、ふざけないでよッ! 嘘なんてつくわけないでしょ!」

 

 と、見かねたルージェラも間に入ろうとするが、

 

「人間の話は、人間同士にさせな。所詮、穴掘り種族のくせに」

 

 ブリジットが一喝した。すると、さすがにルージェラも頭に来たのか、

 

「いい加減にしなさいよッ! ここをどんな場だと思ってんのッ!」

 

 そう声を張り上げ、座っていた椅子を後ろに蹴り飛ばしながら立ち上がった。

 

「ふっふっふ。ブリジットよ…。そのぐらいにしておけ…」

 

 すると、ブリジットの背後で見守るように見ていたサルトルが、彼女に呼びかけた。しかしそれ

は叱責するようなものではなく、まるで面白いものを見ているかのような態度だった。

 

 だがしばらく、ブリジットの茶色い瞳、切れ長い眼は、カテリーナとはっきりと目線を合わせて

いた。

 

 各国の有力者達が見て来る中で、カテリーナとブリジットの視線はぶつかり合う。かたや『リ

キテインブルグ』で、かたや『ベスティア』。国と国としてのぶつかり合いではなく、そこには、二

人の個人としての感情も含まれている。私にはそう見えていた。

 

 二人のぶつかり合う視線の中には、ただの女同士の口喧嘩以上のものも含まれている。

 

「それぐらいにしておくんだな、お嬢さん達」

 

 と、他の者達が踏み入れられないような空気の中、部屋全体に響き渡る声。

 

 若い男の声だった。どこかで聞き覚えがある声だ。皆が、はっとして、黒翼の間の入り口を見

ると、そこには、背の高い一人の男と、子供ぐらいの体格の二人が立っていた。

 

「『セルティオン』王家近衛騎士団団長、ルッジェーロ・カッセラート・ランベルディ…。只今、参り

ました…」

 

 黒翼の間に遅れて姿を現したのは、あのルッジェーロだった。すらりとした長身に、整った不

敵な表情を持つ顔、そして銀髪も1年前とほとんど変わっていない。

 

「同じく、フレアー・コパフィールド、参りました!」

 

 更に、張り詰めていた緊張感とは余りに場違いな声。子供のように元気良くそう言ったのは、

魔法使いのフレアーだった。彼女も変わらず子供のような体格のままで、愛想の良い表情を周

りに振り撒いている。つばの広い頭の尖った帽子を被り、紫色の派手な服装も相変わらずだ。

 

 そして、ルッジェーロとフレアーの他には、もう一人の魔法使いの姿をした者もいた。

 

「ほら…、あなたも挨拶して…」

 

 そう、フレアーに後ろから囁かれ、この場の今の雰囲気を知っていたかのように少し緊張した

面持ちで、皆の前に顔をさらす。

 

「こ、こんにちは…。スペクターと言います。スペクター・クリストフです…」

 

 先の二人に比べれば、随分と小さな声でそのスペクターという魔法使いは名乗った。

 

 正直、彼らのような魔法使いは、子供程の体格しか無いので、性別の差がはっきりと分から

ない10代前半くらいの人間のように見える。その装束でさえ、男女に差はほとんどなく、皆、紫

や青色の装束に頭の尖った帽子を被っているのだ。

 

 だから私は、そのスペクターという魔法使いが、男か女かさえも、言葉を発せられるまでは良

く分からなかった。だが、フレアーと同じような帽子のから見える髪は短いようだし、声もフレア

ーよりも幾分か低かったから、男である事は間違い無いようだが。

 

 そんな魔法使い達2人を従え、ルッジェーロは、カテリーナとブリジットの前を通り、ピュリアー

ナ女王の前まで来ると、彼女に向かって恭しく挨拶をする。

 

「遅くなりまして申し訳ございませんでした、ピュリアーナ女王陛下…。どうかお許し下さい」

 

 とは言うものの、ルッジェーロの表情には、どこか自信があった。

 

「いや、良いのだルッジェーロよ。嵐の中、よくぞ遥々来てくれた。話し合いは今、ちょうど貴国

に現れた『リヴァイアサン』と、我が国に現れた白い光との関連性について意見を求めていた

所だ」

 

「承知致しました」

 

 女王に言われ、ルッジェーロは話し合いの場へとやって来る。彼は、当然の事であるかのよ

うに、カテリーナの側へと寄って来た。

 

 『ベスティア』のブリジットが攻撃的な視線を向ける中、ルッジェーロはカテリーナのすぐ近くの

席に座ると、

 

「お久しぶり。調子はどうだい?」

 

 との挨拶をかけるが、カテリーナは、彼の顔の方は見ずに、

 

「今、大切な所だから、また後にしてくれないか?」

 

 と、そっけなく言ってしまうのだった。

 

 今、ブリジットによって張り詰めさせられた緊張感は、どこかに消え去ってしまっていた。彼女

自身の、カテリーナ達へ向ける視線を除いては。

「我が国には関係の無い話だ!」

 

 『ベスティア』のサルトルの声が、黒翼の間に響き渡った。

 

「革命軍の連中が、『ベスティア』の方から涌くように出現しているという情報が入ったのでな。

貴国が何かをしているのではないのかと、我々は思っている。

 

 それも、彼らが急に貴国の周辺から姿を現したのは、1年ほど前からだ」

 

 更に、黒翼の間に響き渡る声は、『ボッティチェリ帝国』のアンナ・ドノヴァンの低い女の声。

 

 話し合いは進み、革命軍の情報について、各国が提示する段階になっていた。襲撃事件が

相次いでいるという情報だけで、大したもの、例えば彼らの本拠地が今どこにあるのか、など

は誰にも分かっていないかのように思われた。

 

 しかし、『ボッティチェリ帝国』のアンナ・ドノヴァンが、革命軍の本拠地を発見したと言い出し

ていた。

 

 しかもそれは、『ベスティア』の奥地にあるのだと言う。

 

「それならば、『セルティオン』はどうなのだ? 『セルティオン』には、革命軍の根城があったと

言うではないか!」

 

 サルトルは、ルッジェーロの方に目線を向けつつ言った。

 

「あそこは、『セルティオン』の領土じゃあないぜ。それも、《ヘル・ブリッチ城塞》は、カテリーナ

達が攻め込んだ後は、忽然ともぬけの殻になっていたんだ。革命軍の気配どころか、人が住

んでいたって気配も消え失せちまった」

 

「そして、奴らが、今度は我々の国に根城を変えたとでも言うのかッ! 馬鹿馬鹿しいッ! 我

が『ベスティア』では、そんなくだらん革命軍などに屈してはおらんぞッ!」

 

 サルトルは声を張り上げた。だが、彼の立ち上がっている目の前のテーブルに、一振りの剣

が投げ込まれた。それはテーブルへと突き刺さる。彼の言葉を制止させるかのような行為だっ

た。

 

 その剣を投げたのはドノヴァンだった。

 

 剣は半ば錆びており、柄も刃もごつごつとした作り、磨きがかかっておらず、それはさながら

鉄の板だ。だが、はっきりと『D』という文字が刻まれている。

 

「それは、貴国の領土の山岳部で発見されたものだ。我々の協力者が、数ヶ月前、貴国の領

土内で革命軍と思われる者達と遭遇した」

 

 ドノヴァンは、相手を貫き通すかのような視線を向け、胸に突き刺さるかのような声で話す。

彼女がまたの名を、冷血女と呼ばれる所以だ。重厚な黒い鎧に身を包んだ彼女の顔は色白

で、鋭い眼差しと合わせ、どこか恐ろしげな所がある。

 

「くだらんッ! こんなものッ! それよりも貴様、勝手に我が国の領土に踏み入っているのか

ッ!」

 

 サルトルはドノヴァンに凄んだ。しかし彼女は、

 

「信じないなら、他にももっと見せようか? 全て貴国の領土で発見された武器だ。大規模な軍

を形成できるほどのね」

 

「ええいッ! 帝国だからと言って良い気になるなよ! 勝手に領土まで侵し負って! ピュリア

ーナ女王陛下! これは立派な陰謀ですぞ。この剣は恐らく、帝国の領土内で発見されたも

の。あのドノヴァンが話しているのも、全て帝国での事に違いない! 帝国は革命軍と組み、

本拠地を置かせているのです。そしてそれを、我が『ベスティア』が行っているものと言い張る。

 

 我が国の名誉にかけて、これは立派な陰謀としか言いようがありませんッ!」

 

 サルトルは、皆が向けて来る疑いの視線に耐えかねたのか、自分の視線はピュリアーナ女

王へと向けていた。先程までは敵対とも言える視線を向けていた彼だったが、今はピュリアー

ナ女王に自分の国の味方になるよう求めている。

 

 ピュリアーナ女王は、そんなサルトルでは無く、彼へと革命軍の剣を見せ付けたドノヴァンの

方へと眼を向けた。

 

「帝国のアンナ・ドノヴァン候よ。この剣は、本当に『ベスティア』の領土内で見つけたのか?」

 

 するとドノヴァンは、臆する事も無く女王の方を向き、答えた。

 

「いかにもその通りです」

 

 女王は、ドノヴァンの鋭い視線と目線を合わせる。女王の全てを見通すかのような視線と、相

手の全てを突き刺すかのような視線が私の目の前で衝突している。ドノヴァンが何を考えてい

るかは分からなかったが、女王は、まるで相手の心の中を読もうとしているようだった。

 

「『ベスティア』領土内で、革命軍の大部隊と遭遇したというのも本当か?」

 

 女王は、更に質問を重ねた。

 

「はい。我々がこのような場で嘘などつくはずがありません」

 

 私のように北方の訛りが入るものの、ドノヴァンは堂々とした声で答えた。動揺しているサル

トルに比べれば、幾分も落ち着いている。

 

「ええい、嘘だ! 嘘に決まっている! 我らが『ベスティア』に、革命軍と名乗る愚か者などお

らんわ!」

 

 と、サルトルはあくまで否定の姿勢だ。周囲が彼に向かって疑いの視線を向けていても、彼

は態度を変えようとしなかった。

 

「『ベスティア』のサルトル公よ。あなたは、ドノヴァン候が提出した証拠に対して、それを否定す

るだけの証拠を持ってきているのか? 貴国は、革命軍は、自分の国では活動をしていない。

その存在を認めてすらいない。と言っておきながら、ドノヴァン候がその存在を示唆するものを

提出している…」

 

 ピュリアーナ女王は、その視線を今度はサルトルへと向けた。

 

 その視線を向けられた彼は、急に凍りついたようにその場に静止した。顔は青ざめ、手が震

えている。

 

 女王の、全てを見通すかのような視線は彼へと向けられ、その心の中を読み取っているかの

ようだった。

 

 だがサルトルはやがて、その視線を振り払うかのように喚き出した。

 

「これは、陰謀だッ! 皆をして我が国をはめようと言うのだな? 許さん、断じて許さんぞッ!

 我が国が、あの革命軍無勢と共謀しているなどと! これは帝国の陰謀だッ! こんな帝国

の子飼いの冷血女などに騙されるのかッ!?」

 

「サルトル公。何も、我々はそのように思っていない」

 

 そう彼をなだめようとしたのは、『エカロニア』のモアブル候だった。

 

 しかし、サルトルは、もう誰にも譲らなかった。

 

「だったら、どう思っていると言うのだッ!? こんな剣が我が国で発見されたと言われ、しか

も、くだらん革命軍無勢が我が国で活動しているだと!」

 

「落ち着け、サルトル公」

 

 ピュリアーナ女王は言ったが、逆上した彼を止める事は誰にも出来なかった。

 

「ええい! この事を本国へと報告してやる! 良いか? 皆、帝国の言う事を好きなだけ信じ

ていれば良い! そして利用されるのだ。利用されるだけされ、百年前の戦国の世と同じ道を

辿れば良い! 私はそれを高みから見物させてもらうぞ!」

 

 そうサルトルは言うと、椅子を蹴り飛ばすようにどけ、黒翼の間から出て行こうとした。

 

「行くぞ、ブリジット!」

 

 彼に言われ、ブリジットは席から立ち上がると、サルトルの後に従った。

 

 荒々しく鉄の扉が閉められ、残された者達は、呆然と彼の行った先を見つめていた。

 

「何で、あんなに急に怒り出すのよ、あいつ!」

 

 自分達に向けられた怒りを発散するかのように、ルージェラは言い放っていた。

 

 だが、彼女を制止するかのように、ピュリアーナ女王は皆の最も視線が集まる場所に立ち、

言った。

 

「どうやら、長旅で皆疲れているようだな。今日はここで話し合いを終えよう。今日、中断した議

題は、明日に持ち越しとする」

 

 

 

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9.新しき挑戦


 
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