No.214774

名家一番! 第十二席・後篇

第12後編です。

今さらながら、自分の頭の中の画を文章にするのって難しい。
“プロジェクション能力”が使えたら……って、それは最早SSじゃないね

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2011-05-03 14:00:40 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:2578   閲覧ユーザー数:2167

 踏みしめられる度に、乾いた大地から砂埃が舞い上がる。

 

一人や二人では僅かに舞い上がる程度の砂塵も、万の数の人間が歩を進めれば、茶褐色の霧が立ち込めたように辺りを包む。

 

砂塵の霧の中心にいる集団。皆、まるで何かに取り憑かれたような胡乱な目で進み続けていた。

 

誰でもこの異様な光景に唐突に出くわせば、白昼夢でも見ているのかと自分の目を疑いそうなものだが、

 

彼らが頭に巻いている布の色を見れば、目の前の光景が紛れもない現実だと即座に理解し、脱兎の如く逃げ出していただろう。

 

男達の頭に巻かれている布の色は“黄色”。

 

主が不在の城を陥とし、街を侵し掠めようと黄巾党が行軍していた。

 

「いやぁ、ここまで事が上手く運ぶとは……さっすが、アニキ!」

 

背の低い男が、騎馬にまたがっている頭目らしきヒゲ面の男に語りかける。

 

「あったりめぇだろ! 城の守りを探るために細作を出したり、敵に気付かれないように各地に散ってる仲間と連絡を取り合ったり、下ごしらえに散々手間をかけたんだからな。

かけた分の苦労が報われなきゃ、やってられねぇぜ」

 

「ほんと、苦労したんだなぁ」

 

普段、何を考えているのか分からない様な顔をしている太った大男も、慣れない作業を繰り返した辛い日々を思い出すと、流石に苦い表情を浮かべる。

 

「最近は官軍だけじゃなく、曹操や孫策なんて奴らも討伐に加わって、今までの数頼みのゴリ押し戦法じゃ、勝てなくなりましたからねぇ」

 

「全く、ウスノロの官軍相手だけなら、こんな面倒な真似しなくてもよかったのによぉ。

……だがぁ、苦労した甲斐あって今回の獲物は大物だ」

 

ヒゲ面の男は口元を歪めると、後ろに続く多くの同士に発破をかける。

 

「いいか野郎共っ! 今から向かう名門様の治めている街は、主力が出払って手薄もいいとこだ。

これだけの人数がいれば陥とすなんざ、わけねぇ! 金目の物も食い物も根こそぎかっさらうぞぉっ!!」

 

「ほわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! ほぉぉぉっ、ほぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

臓腑も絞り出さんばかりの雄叫び。巻き上がる砂塵がより濃くなった。

 

「アニキ、見えました! 報告通り、旗は文醜の物しかねぇ。城壁にしかないところを見ると、連中籠城するつもりみたいですぜ」

 

背の低い男の言う通り、平地に展開している部隊は見られず、城壁の上に大量に突き立てられた“文”の一文字が描かれた軍旗は、横から吹き付ける風にたなびいている。

 

「ほぉ、猪武者で有名な文醜が籠城戦とはな……まぁ、この兵力差なら当然といえば当然だな」

 

自分の思惑通りに事が運んでいることに、ヒゲ面の男の心は浮つく。

 

「連中は怖じ気付いて、城に引き籠ってやがる。このまま一気に城壁まで貼り付くぞぉ!

全軍――」

 

ヒゲ面の男が右手を掲げると、まるで示し合わせたかのように皆、己の武器を握り直し号令に備える。

 

胡乱な目に、残忍で仄暗い色が広がっていく。

 

掲げた右手が振り降ろされようとした、まさにその瞬間――、

 

「ぎゃあぁぁっ!?」

 

後方から、布を引き裂いた様な野太い悲鳴が上がった。

 

「何事だぁ!?」

 

「アニキ、後ろから奇襲をかけられたみたいなんだなっ!」

 

「奇襲だぁ!? 後ろの連中は何してやがってたんだ! 敵の数は!?」

 

「味方が混乱していて、敵の数がいまいち掴めねぇです!」

 

前方の獲物しか見えていなかった黄巾軍は、突如背後を突かれたことで浮き足立つ。

 

右往左往する兵士が混乱に拍車をかけ、状況の把握を妨げる。

 

(クソがっ! 少し不意を突かれた程度でこの様かよ。こんなことになるなら、斥候を出しとくべきだったぜ……)

 

自軍の不甲斐なさと、己の軽率さにヒゲ面の男は歯噛みする。

 

 見取り図が丸まらないよう端に文鎮を乗せる。紙面には、開拓予定地である森林や岩壁、そしてこの城が描かれている。

 

大規模な公共事業の書類だからか、森林の周囲の地形や大きさなどは、かなり詳細に書きこまれていた。

 

これならば、いざ策を実行した時に戸惑うことも少なく済むだろう。

 

部隊駒の代わりになりそうな物を引き出しから取り出し、俺は口を開く。

 

「俺が考えたのは端的に言えば、伏兵を使っての奇襲になる。

おそらく連中は、斥候を出さずに行軍しているから、うまく兵を伏せることができるはずだ」

 

「敵が斥候を出していないって、どうして分かるんだよ?」

 

「さっき伝令さんが言ってただろ? 黄巾党は“狂った獣のように進んでいる”って。普通、敵の領地に侵略をしかけたら、伏兵を警戒して慎重に進むと思うんだよね。

それをしなかったってことは、斥候を出す手間を省いてでも行軍速度を上げたいんじゃないかな? 歩兵部隊って、言ってたし」

 

「あー、なるほど。あたいもどちらかと言えば、斥候を出す暇があれば距離を稼ぎたいもんな。そのせいで、よく斗詩に注意されっけど」

 

コイツの性格なら、そうだろうな。実際、さっきまで野戦で総力戦を挑もうとしてたし。

 

猪々子の独断専行で、斗詩が半泣きになっている場面が容易に、そして詳細に場面が浮かぶ。

 

「けど、ちょっと奇襲した程度じゃ三倍の戦力差をひっくり返すのは、難しいぜ?」

 

猪々子の心配はもっともだが、敵が数に頼り切っているならば、つけ込む隙はある。

 

(……うまく説明出来るかな?)

 

駒を握った手に力がこもる。

 

自身のプレゼン能力に若干の不安を感じつつも、見取り図に黄巾軍の部隊駒を設置し、説明を始めた。

 

「まず、こっちの兵を四つの部隊に分ける」

 

「はぁ!? ただでさえ数で劣るってのに、四つも分けるのか?」

 

呆れ返った猪々子の声に出鼻をくじかれる。そう言いたくなる気持ちもわかるのだが――、

 

「――猪々子、とりあえず俺の話を最後まで聞いてくれ。そこで使えないと思ったら、はっきり言ってくれていいから」

 

「お、おう? 悪かったな」

 

「続けるぞ? まず千五百で編成した部隊をここ――」

 

この城から見て右前方にそびえ立つ、岩壁が書き込まれている地点に駒を置く。

 

「この岩壁の影に伏せてもらう。で、その部隊の後方に四千で編成した二つ目の部隊を配置。

三つ目の部隊も数は四千。配置場所は、この開墾予定地の森だ」

 

岩壁の地点にもう一つ、森に一つ駒を置く。

 

森はこの城から見て左前方。部隊を配置した岩壁と森とこの城を線で結ぶと、二等辺三角形のような形になる(鋭角の地点に城。底角が森と岩壁といった具合だ)。

 

「ふーん……で? 最後の四つ目の部隊はどこに置くんだ?」

 

「ここの防備として城壁の上に……五百だ」

 

そして、城が書きこまれている地点に駒を設置した。

 

「……あー、あのさ一刀?」

 

いつも歯切れの良い物言いをする猪々子が、言いよどんでしまうその理由は分かっている。

 

駒の配置だけを見れば、文醜軍は敵を三方から囲む優位な形を取っているように見えるが……、

 

「守備部隊の数が、少な過ぎるってんだろ?」

 

「うん。いくらなんでも五百はねぇだろ。この城を陥されたら、それで終わりなんだぞ?」

 

いくら敵の背後に兵を伏せていようが、最重要地点の城の守りが薄いことは、致命的と言えるだろう。

 

「だけど、五百人しかいなくても、それが敵に気付かれなければいい」

 

「どういうこと?」

 

「猪々子さ、行軍するときに“文”って書かれた軍旗をいつも使っているだろ? あれを城壁の目立つ場所に、ありったけ立てて欲しいんだ」

 

「う……ん? 旗を?」

 

俺の言わんとすることの意図を理解できない猪々子は、首を傾げている。

 

「つまりだな。“今、文醜軍は全員城に籠っていますよ~”って、敵に見せつけるんだよ」

 

「あぁっ! 指物が沢山あるところに兵が集まってるって、普通は思うもんな」

 

俺の意図を理解してくれた猪々子は満足気な表情を浮かべたが、それはすぐに怪訝なモノに変わる。

 

「あれ? 敵が城の守備が多いって思ったんなら、すんげぇ勢いでこの城攻め立てられるんじゃね?」

 

「そうなるだろうな」

 

「うぇっ!? じゃあ、五百ぽっちだと、やっぱ足りなくねぇか!?」

 

「こっちの主攻は森と岩壁の影に伏せた部隊だから、なるべくそっちに人数を回したいんだよ。

上手く行けば、敵が城壁に張りつく前に決着をつけることができると思う」

 

「敵の注意を前方の城に引きつけておいて、背後からあらかじめ伏せておいた部隊で痛撃を与える……ってことか?」

 

「そういこと」

 

普段の会話では察しが悪いけど、さすがに戦術面に関しては鋭い。

 

褒めているのか、貶しているかよく分からない感想をモノローグで述べていると、猪々子が腑に落ちない様な表情をしていたことに気付いた。

 

「どうした? なにか気になることがあるのか?」

 

「え? ああ……うん。伏せている部隊が本命だっていうなら、この岩壁の影に伏せている部隊の配置おかしいよな?」

 

見取り図の岩壁の上に置かれている二つの駒を指差す。

 

「なんで、同じ場所に配置するのにわざわざ二つに分けるんだ?

そんなことしないで、え~っと? 二つの部隊を合わせて六千か? それで攻めた方が良くないか?」

 

「岩壁の二つの部隊を合わせると五千五百な。

部隊を二つに分けたのは、まず千五百の部隊で初撃を与えて……敵の注意を引きつけてもらおうかと」

 

「囮役ってことか?」

 

猪々子のその言葉にドキリとする。

 

あえて“囮”と言葉にするのを避けていたことが、見透かされたような気がしたからだ。

 

だが、猪々子はそれ以上何も言わず、俺が次に言う言葉を待っている。

 

「……ああ。城壁に旗を立てるだけじゃ、敵の注意を引くのに少し弱いからな。

だから、敵軍にひと当てしたら、直ぐに城壁の前まで戻ってきて欲しいんだ」

 

出来る限り平静を装い、見取り図の岩壁の駒の一つを城まで動かす。

 

「敵の数は三万。目の前に千五百という寡兵が出てくれば、飛びつかずにはいられないはずだ。

そうなれば、敵の背後がよりがら空きになるだろ?」

 

「そうしといてから、岩壁の影で待機している残りの部隊と、森の部隊で背後を攻めるんだな?」

 

「ああ。その時は、岩壁の部隊から先に動かしてくれ」

 

「なんで?」

 

「さっき、猪々子も似たようなこと言っていたけど、敵も伏せた兵をわざわざ二つに分けているとは、思わないだろうからな。

そう思い込んでいる時に、同じ場所から奇襲をかけられたら、かなり混乱すると思うんだ」

 

「……ふ~ん」

 

「敵部隊が混乱しきったところで、森に伏せた部隊と先行させた部隊を反転させて、敵を三方から叩く!」

 

黄巾軍の駒に三つの駒をぶつける。

 

「――これが俺の考えた策なんだけど、どうだろ?」

 

一通り説明を終えて、一度大きく息を吐き出す。口を動かしていただけなのに、ずいぶん疲労感を感じる。

 

少ない脳細胞を振り絞り、今まで見聞きした記憶と知識を総動員して考えた策。自信が全く無いわけじゃないが、俺は戦なんて経験したことは無い。

 

その揺るぎ無い事実が、俺の自信に薄暗い影を落としている。

 

(果たして、百戦錬磨の文醜将軍が現場の裏付けが無いこの策を採用してくれるかどうか……)

 

説明すべき事は全てしただろうか? どこか穴があったのではないだろうか?

 

プレゼンの内容を脳内でザッとおさらいしながら、猪々子の答えをじっと待つ。

 

……が、脳内で流れ始めたプレイバックのVTRは、すぐに停止ボタンが押されてしまった。

 

「いいね。採用!」

 

「……さいよう?」

 

猪々子の言葉がすぐには理解できず、ついオウム返しをしてしまう。

 

「“採用”って言ったんだよ」

 

え、マジで?

 

「なんだよ、お前。自信の無い策をあたいに託そうとしたの?」

 

俺の反応に対して不信感を抱いたのか、猪々子がなじってくる。

 

「そんなことないよ! ただ……」

 

こんなにあっさりと採用されると思っていなかったから、面食らったと申しますか……。

 

驚きが大きすぎて、素直に喜べない。

 

……寿司の出前でも取ろうか? あぁ、でもこの辺りだと淡水魚しか獲れないから……いや、その前に電話が通じないし……あれ? 俺は何を言っとるんだ?

 

「あたいは、敵の虚を突く良い作戦だと思ったよ? これなら、勝てるって思える」

 

困惑し、凝り固まった俺の表情を揉み解すかのように、優しい声音で猪々子は語りかけてくる。

 

その言葉一つ一つが、薄暗い影をゆっくりと確実に拭い去っていくれる。

 

“勝てる”か……。

 

実践で通用するかどうか、不安で仕方がなかったのに……ははっ、なんだろこの感じ。

 

「じゃあ、俺の策で戦ってくれるんだな?」

 

猪々子が“勝てる”と言ってくれた途端、俺までイケる気がしてきたよ。

 

「さっきから、そう言ってるじゃんか」

 

「そうだな、ごめん」

 

戦の前だというのに、いつもと同じ調子で話す猪々子のお陰か、張り詰めていた気が少し和らいだ気がする。

 

(言いにくいことだけど、今の雰囲気なら大丈夫かな?)

 

「あのさ、猪々子。もう一つお願いがあるんだけど」

 

「あん? なんだよ?」

 

「俺を囮の部隊に――」

 

「ダメっ!」

 

言い終える前に、俺の申し出は突っぱねられた。

 

「俺、まだ全部言ってないんですけど……」

 

「全部聞かなくても分かるっての。どうせ“囮部隊に入れてくれ”とか、言う気だったんだろ?」

 

「うぐっ……まぁ、その通りなんですけど」

 

図星を指されて俯いている俺に向かって、これ見よがしなため息が吐きかけられる。

 

あからさまに呆れられると、結構傷つくんですけど。

 

「あのなぁ。たったの千五百で三万の敵軍の中を突っ切らねえといけねぇんだぞ? そんな中にド素人を連れて行けるわけないだろが」

 

「いや。敵軍に一当てしたら、すぐに城門前まで移動してくれていいよ?」

 

寡兵が自分達の前に現れたことを認識させればいいわけで、敵がひしめき合う危険地帯を通り抜ける必要はない。

 

「そんな猫を撫でるようなやり方で、敵の注意を引けるもんかっ!

思いっ切り後ろからガツンとぶん殴って、振り向かせるぐらいのやり方じゃないとダメだね」

 

むむむ。そりゃあ、俺のやり方よりも猪々子の言う“後ろからぶん殴る”やり方のほうが、敵の注意を引くことができるだろうが。

 

――ん? そういえば、こいつの口ぶりだと、

 

「おい! まさか、お前が囮部隊を率いるつもりかよ!?」

 

「そりゃそうさ。こんな危険な任務、あたいと麾下の精鋭部隊ぐらいしかこなせないだろ」

 

その返答を聞いた俺の心がざわつきだす。

 

「ちょ、ちょっと待てよ! 他の部将じゃ駄目なのか?」

 

「駄目だ。今回は、どれだけ一糸乱れぬ動きが出来るかが決め手になるからな。自分で鍛えた兵のことは、自分が一番良くわかっている。

だから、あたいが出るしかない」

 

「けど……さ」

 

不安を拭えない。

 

「そんな情けねぇ顔すんなよ、一刀。これは、悪いことばっかりじゃないぜ?

総大将のあたいが一番危険な任務をこなすことで、兵達の士気はハネ上がるからな」

 

この策が成功するかは、敵の注意を前方に引きつける為の囮部隊の動きに全てがかかっていると言っても過言ではない。

 

だから、猪々子の言うことはもっともだ……だが、猪々子を助けたいと思って考えた策が、猪々子を一番危険に晒す事になってしまう、この矛盾。

 

これでいいのか?

 

「――うごっ!?」

 

不意にみぞおちに鈍痛が走り咽返ると、ループしかけた思考が止まる。

 

「ゲホっ!? な、何すんだよ!?」

 

猪々子の拳が、俺の胸に突き出されていた。

 

「お前。“自分の考えた策で、あたいが危ない目に遭うなんて嫌だ”とか、考えてんじゃないだろうな?」

 

「そ、それは……」

 

図星を再び指され狼狽していると、猪々子の拳に力が込められるのを感じた。

 

「あたいは、一刀の策を信じて戦うんだ。だったら、一刀もあたいを信じろ。

そうすりゃ、あたいは誰にも負けないからよ」

 

拳を通して、堅く熱い意志が流れこんでくる。

 

(……そうだ。猪々子の言う通りだ)

 

猪々子はこんな俺を信じてくれたんだ。だったら俺も信じよう。

 

“袁家の二枚看板・文醜将軍”の実力を。

 

突き出されている拳に自分の手を重ねる。

 

よく見ると猪々子の手には小さな傷痕がいくつもあり、節くれ立っているうえに固く、とても年頃の娘の手ではなかった。

 

だが、この手を造り上げるまでに、どれだけの努力と歳月が必要だったかは、想像に難くない。

 

あの鉄の塊の様な剣を振り続ければ、手の皮が剥ける様なこともあったはず。そして、傷が治る度に少しずつ皮は固くなり、斬山刀を振るのに適した手へと徐々に変化していったのだろう。

 

この手によって多くの敵が討ち倒され、そして、それ以上の数の命が救われた。その救われた命の中には、俺の分も入っている。

 

(大きいな……)

 

この手に触れることで、文醜という武人の今まで歩んできた道程が少し垣間見えた気がした。

 

「……分かった、猪々子。お前に全て任せる」

 

「応! 任されたぜっ!」

 

俺に向かって頼もしく答えてくれた途端、

 

「――あっ」

 

何かを思い出したのだろうか? 急に居心地が悪そうにモジモジとし始める。

 

ほんと、表情とか態度がよく変わるヤツだな。見ていて飽きないよ。

 

「どうした? 厠か?」

 

「ち、違うって。

……あのさ。あたいは、一刀のことを信じてるよ? けど、他の連中は、その……分かるだろ?

一刀には本当に悪いんだけど、この作戦はあたいが考えたってことで兵士に伝えても大丈夫……かな?」

 

ああ、そういうことね。

 

言葉が途切れ途切れだったが、何を言いたいのか理解した。

 

「別に構わないよ。俺の考えた作戦なんて言えば、誰も納得しないだろうからね。猪々子のその判断は、間違ってないよ」

 

「けどなぁ……他人の手柄を横取りするみたいで、なぁんか気が進まないんだよね」

 

そんなことは、この戦いを無事に乗り切ってから思う存分に悩めば良いと思うのだが。

 

……けどまぁ、こうやってどんな時でも他人のことを気にかけることができるのは、猪々子の美点か。

 

――おっ、そうだ。いいこと思いついた。

 

「だったら、俺の頼み聞いてくれよ。それで、おあいこにしようぜ」

 

「またかよ!? だぁかぁらぁっ! 囮部隊に入れるのは無理――」

 

「それは分かってる」

 

さっきまでの心苦しそうな喋り方とは打って変わって、イラつきの色が滲んでいる猪々子の言葉を遮る。

 

「その代わりと言ってはなんだけど、俺を城壁の部隊に入れてもらえないかな?」

 

「えぇ!?」

 

困惑する猪々子というのも中々に珍しい。もう少し眺めていたい気もするが、今は時間も無いし、揺らいでいる内に叩き込んじまおう。

 

「この策がうまくいけば、城壁部隊の危険性はほとんど無いから大丈夫だって」

 

「いや、けどさぁ……」

 

「“文醜将軍”が上手く事を運んでくれるんだろ? だったら何も心配する必要なんてないじゃなか」

 

「ぐぬぬ……」

 

威勢よく啖呵を切った手前があるため、猪々子は反論できず押し黙ってしまった。

 

ごめんな。卑怯なやり方だとは思うが、こうでもしないと許可してもらえそうにないからさ。

 

「頼むよ、猪々子。他の兵隊さん達は俺が考えた策と知らずに戦うんだ。

たとえ何もできなくとも、策を考えた俺には、見届ける責任があると思うんだよ」

 

俺が見届けたからといって、どうかなるわけでもない。自己満足かもしれない……それでも自分だけ安全な場所にいるのは、我慢できない。

 

「むぅ~」

 

「絶対に邪魔はしないから、頼むっ!」

 

後はもう、頭を下げるしか方法がない。ただただ頭を下げ続けた。

 

「あぁ、もうっ! 分かったよ!! けど言われたこと以外は、絶対に何もすんなよ!? それが条件だかんなっ!」

 

とうとう猪々子も折れたのか、投げやり気味に声を上げる。

 

「ああ、ありがとう猪々子!」

 

「ったく、一刀の駄々のせいで、余計な時間を喰っちまったじゃねぇか」

 

「うっ、すまん……」

 

“邪魔はしない”と言った側から、早速、手間を取らせてしてしまった。

 

「まぁ、いいや。あたいはこれから兵達に作戦を説明して、すぐに部隊の配置に取りかかるから」

 

「俺はどうしたらいい?」

 

「一刀は、蔵に眠っている予備の指物を引きずり出して、城壁に立ててくれ」

 

「わかった」

 

「こっからは時間との勝負だ。急げよ!」

 

猪々子の指示を受けた俺は、部屋から飛び出す。

 

――この時は、目の前の戦いを無事に乗り切ることだけを考えていた。

 

だからなのだろうか? 

 

自分で“見届ける”と言いながら、“あの光景”を見るまで自分のしでかした事を自覚していなかったのは?

 

あとがき。

 

さて、第12話いかがだったでしょうか?

書いた本人としては、前・後編を通して視点と時間軸がコロコロ変わるし、一刀の策を文章で説明するの難しいわで、凄いダル…じゃなくって、大変な回でした。

……しかし、時間と手間をかけたからといって、良い文章が出来るかどうかは別問題なわけで……。

もっと、こうしたほうが良いなど、御意見頂けたら大変有難いです。

 

ここまで読んで頂き、多謝^^


 
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