No.211010

真・恋姫†無双 黄巾√ 第十九話

アボリアさん

黄巾党√第十九話です
本当ならば、これで連合とは決着……と行きたかったのですが、今回も少々長くなってしまった為、もう一分割する事になりました
長々と、申し訳ないばかりで御座います
まあ、それはともかくとして。どうか、一人でも楽しんでいただける方がいれば、これ幸いに御座います

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2011-04-10 12:38:06 投稿 / 全12ページ    総閲覧数:9195   閲覧ユーザー数:6994

「な、七乃ぉ~、怖いのぢゃ~……」

 

「は~い、よしよし。私が付いてますから大丈夫ですよ~……多分」

 

「多分!?多分ってなんなのぢゃ!?」

 

場所は後曲、袁術軍本陣。

ぴいぴいと喚く美羽を七乃の手が優しく撫でる。例の、黄巾党の叫び声が響く様になってからはこんな有様だった。……まあ、後曲ならば安全なはずと高を括っていた所でのこの状況では、それも仕方ないかもしれないが。

 

「それにしても、黄巾の中に天和ちゃん達が居たのは驚きでしたよね~。というか寧ろ中心人物、って感じでしたし」

 

言う割りに、特に驚いた様子も無く七乃が言う。

 

「そう、それなのじゃ!!なにゆえ、天和達があんな所におるのかえ?」

 

「さぁ~?何ででしょうね~?」

 

話の話題が彼女達に移ると一転、美羽が声を上げるが、七乃は流すように答えた。

 

(まあ、大体予想は付きますけどね)

 

彼女達は元々義勇軍だったかを連れて旅をしていると聞いたし、人数に関しても、彼女達の歌に心酔していた信者――彼女達は『ふぁん』と呼んでいただろうか――を集めたと考えれば、規格外ではあるが分からない話でもない。

ただ、何故彼女達がこんなところへ、等々疑問はあるものの……まあ、今気にする必要も無いだろう、と七乃は思い直す。大事なのはこの場をどう切り抜けるかだ。

 

(さてさて、どうしましょうかね~?)

 

美羽の頭を撫で続けながら、七乃は今後の展望について思いを馳せ始める。

とりあえず自分達に極力被害が及ばず、寧ろ得になるような都合の良い方法があれば良いのだけれど……などと考えていると、彼女達の居る天幕の外が俄かに騒がしくなった。

何かあったのだろうか?と七乃は首を傾げる。すると視線を向けた天幕入り口の方から慌てた様子の兵士が駆け込んできた。

 

「袁術様!張勲様!大変で――」

 

「え~い、控えおろぉ~。恐れ多くも袁術様の御前ですよ?ですから……大声出して驚かすような真似は止めて下さいね?」

 

にこやかな中に凄みを含めた笑顔で答える七乃に兵士は慌てて平伏した。

 

そうして無理矢理に落ち着かせた兵士から報告を受ける。の、だが……

「……え~っと」

 

七乃はやや困惑した口調。

 

「つまり……この陣に突如、逞しい身体を惜しげもなく晒した化物が乱入。その化物は袁術様にこの手紙を渡して欲しいと言い残して遁走した、と」

 

「は、その通りです」

 

何処からが冗談ですか?

 

と突っ込みたい七乃であったが、兵士の必死の形相を前にその言葉を飲み込む。

 

「あ~……それじゃあ直接被害があった訳じゃないみたいですし。とりあえず紀霊ちゃんの指示に従って、兵の動揺を抑えておいて下さい。後は追って連絡いたしますから」

 

とりあえず無難な指示だけ出して伝令兵を下がらせる。

 

そうして何気なく渡された手紙に目を移すと……

 

「あれ?美羽様。この手紙、天和ちゃん達からみたいですよ?」

 

「な、なぬぅ!?それはまことかえ!?」

 

美羽が驚きの声を上げる。確かに、手紙の表書きには天和、地和、人和と彼女達の名前が書かれていた。

 

「そ、それで、なんと書いてあるのじゃ?」

 

「はいはい、ちょ~っと待ってくださいね~」

 

興奮気味に騒ぐ美羽を宥めつつ、七乃は手紙を開く。

 

「え~と、なになに……『拝啓 袁術様――』あ~ここら辺のお堅い感じは人和ちゃんらしいですね~。でも、まあその辺りは敢えて割愛しちゃいまして~、っと」

 

そこから何枚かに至る手紙を黙々と七乃が読み進める。

 

「ふんふん、なるほど~」

 

「七乃!!一人で勝手に納得するでない!!妾にも教えてたもれ!!」

 

「そうですね~」

 

言われて、少し考え込む七乃。

色々と書いてはあるものの。果たしてこの主君に分かるだろうか……と考え、最後の一枚に目を留める。

 

「つまり……こういう事ですね」

 

手紙の一枚を美羽へと差し出す。

それには、こう書かれていた。

‘‘――最後に、美羽ちゃんへ

こんな形での再会になっちゃったけど、もし……もし、まだ私達の事を友達だと思ってくれているなら。お願い美羽ちゃん。どうか、私達に協力して。  天和 地和 人和より‘‘

 

「……のう、七乃」

 

「はい。なんですか?」

 

神妙な面持ちで問いかけてくる自らの主君に対し、七乃も少し真面目な表情をする。

だが、それに続く言葉は……ある意味予想だにしないものだった。

 

 

 

「……協力してくれ、とはどういう意味なのじゃ?」

 

 

 

「って、そこからですか!?」

 

冗談などではない、無垢な瞳で見詰めてくる美羽に七乃は前のめりに倒れそうになりながらもそう突っ込む。

 

それから七乃は本当に何も分かってない様子の美羽に最初から、それでいて彼女でも分かるように噛砕きながら説明をした。

 

「……ほうほう、なるほどの。つまり、天和達は戦いを止めたくて、その為にも妾にそっせんして戦をやめるよう動いて欲しい。と、そういう事ぢゃな」

 

「ま、本当に簡単に言ってしまえば。そういう事です」

 

何とか伝わったようで何より、と七乃は胸を撫で下ろす。

 

「うぬぬぅ……しかしのぅ」

 

言って美羽は思案顔。それもそうだろう。いきなり決められるような話ではない。

 

「のう、七乃。妾はどうすべきじゃと思うかの?」

 

「ん~、そうですね~……」

 

美羽に聞かれて「う~ん」と顎に手を当て考える七乃。

 

「それなら、美羽様の好きな方でいいんじゃないですかね?」

 

「なぬ?そんなので良いのかえ?」

 

「はい。それとも美羽様?どちらを選んだらどうなるか。一から十まで説明して、なんて面倒な方が良かったですか?」

 

「ぬぅ、面倒なのは嫌なのぢゃ!!」

 

バンッと胸を張って明らかに駄目な発言をする美羽。だが七乃は呆れるでもなく、寧ろ愛しいものを見る目で見ながら「そうでしょう?」と言葉を続ける。

 

「まあぶっちゃけますと黄巾党の方が有利ではありますが、どちらを選んでも利点、不利点はありますから。だったら、麗羽様に付くか、天和ちゃん達に味方するか。美羽様の好きなように選んだら良いと思いますよ」

本当は、明らかにそんな簡単な問題ではないのだが、それでも自信満々に七乃は言う。

だがそれは逆に、どちらでも選べるような立場でもある、という事の裏返しでもあった。

 

美羽の率いる袁術軍は、客将の立場である孫家も含めれば連合の実に三割を超えるほどの割合の兵を誇り、陣容の最後尾である後曲を一手に担う位地に陣取っている。そして前曲に居る劉備を初めとした諸侯、全体の二割ほどの勢力は寝返った形になっている。

そんな今、袁術軍が連合を見限れば一気に黄巾側へと戦況は傾き、逆に連合を支持する動きを見せれば身の振り方を迷っている諸侯を一気に纏める事ができる。

 

つまり袁術軍は黄巾、連合の命運が懸かった天秤を傾けられる位置にいるといっても過言ではないのだ。

 

(とはいえ。民を敵に回してまで連合に付く理由なんて董卓さんを潰した後についてくる権威と、麗羽様への身内としての義理ぐらいのものですけどね~)

 

前半はもしこの場を乗り切れたら。董卓を打ち倒せたらと不確定要素満載な為、本当についてきたら儲け物程度のもの。大事なのは後半だ。

 

(幾らなんでも、麗羽様を切って連合を離れるべき~なんて進言は出来ませんしね)

 

あんなの……といったら失礼だが、あれでも親族。血の繋がった従姉妹同士。幾ら利が少ないとはいえ、自分達が味方すれば切り抜けられる可能性は有るのだ。それを切って捨てるなんて簡単に決断することは……

 

 

 

「だったら簡単なのじゃ!七乃、妾は我が友、天和達に味方する事に決めたのぢゃ!!」

 

 

 

「……え?」

 

そんな簡単に?と呆気に取られる七乃をよそに美羽は上機嫌なまま続ける

 

「あの忌々しい乳と態度ばっかりでかい麗羽と、真名を交わした友。どちらを取るかなんて決まっておるからのぅ」

 

うむうむ、それが良い。と美羽は満面の笑顔。

 

(……あ~、そういえばこの従姉妹仲の悪さだけは忘れてましたね~)

 

考えて七乃は苦笑。けれども、主である美羽がそう決めたならば。

 

(麗羽様や斗詩ちゃん猪々子ちゃんには悪いですけど、もう迷う余地はありませんね~)

 

まあ、あの悪運の持ち主達ならばどんな状況になっても生き延びていそうだし。気にしない事にしよう。

そう決めて、七乃はそちらについては考えないことにした。

 

「だったら美羽様。そうなれば麗羽様は皆から糾弾を受けることになるでしょうし、この機会に袁家筆頭の座を奪っちゃうなんてどうですかね~?」

 

「おお、それは良い案じゃの!!」

 

「でしょ~?」

そういって二人は黒い笑みを浮かべる。

 

「それでは私達は黄巾に味方するってことで、諸将の皆さんと孫家の方にもその旨を伝えておきますね?」

 

「うむ!!よきに計らえ」

 

それだけ言い残すと、七乃は伝令兵を呼ぶために天幕の外へと出て行ったのだった。

「こんな所にいたのか、雪蓮」

 

ふと、聞こえてきた親友の声にしなやかな桃髪を翻しつつ、孫呉の主、孫策こと雪蓮が振り返る。

 

「あら冥琳。何か用?」

 

雪蓮が答えるとその親友――周瑜、真名を冥琳――は眉間に皺をよせた。

 

「ほぅ。孫家当主たるものがこの一大事に本陣を抜け出しておいて、何か用、だと?はっはっは。流石、英雄たるものは器が違う、とでも褒めそやした方が良いか?」

 

乾いた声で笑う冥琳。だが、目は全く笑っておらず、絶対零度の冷たさを放っていた。

 

「な、何よ。軽い冗談じゃない……」

 

「冗談ならば時と場合を考えて欲しいものだな?大体お前は……」

 

(あ~、少しまずったかな……)

 

心中で後悔を浮かべる雪蓮。この付き合いの長い友人との経験上、この説教は長くなるだろう。

そう思い浮かべ、雪蓮は先手を打って話を逸らす事にした。

 

「まあまあ。それよりも冥琳。首尾はどうなってる?」

 

「伯符っ!!まだ話は終わって――」

 

「はいはい、お説教なら後で聞くから。それよりも、今は『一大事』なんでしょ?」

 

冥琳としては憤慨冷めやらぬといった風だったものの。雪蓮の言葉に大きく息を吐いて怒気を鎮める。彼女自身の言葉、時と場合を選んだ故だ。

 

「……最初こそ兵卒に動揺が出ていたものの、蓮華様や祭殿、思春の働きもあって今は落ち着いている。が、それでも今すぐ軍を動かすような真似は出来んがな」

 

「ん。それで、他の軍の動きは?」

 

「同じく先鋒を務める劉備、公孫瓚が動いたと明命の細作部隊から連絡が入っている。それに触発されたか、黄巾に気圧されてか周囲の諸将にも厭戦気配が広がっているようだ」

 

「あ~、確かにあの桃香なら、いの一番に動きそうよね」

 

呟いて、一人苦笑する雪蓮。

対する冥琳はその笑い声に不機嫌そうに眉根を顰めるものの、先を急ぐように「それで?」と続ける。

「聞きたい事は山のようにあるが……とりあえず、単刀直入に聞こう。雪蓮。お前はこれからどう動くつもりだ?」

 

真剣な声で問いかける冥琳。しかし雪蓮は「ん~……」と無関心なように、腕を真上に上げて体を伸ばすように力を入れて脱力。

一連の動きを終え、しかし視線は彼女ではなく、黄巾の一団の方へと向けたまま答えた。

 

「別に。どうこうしよう、って状況でもないじゃない?」

 

そんな雪蓮の呟き。

 

事実、彼女達が黄巾を討ったとしても、義どころか利すらない状況。それどころか今の状況で争いになればそれこそ無駄な血……守るべき民と、守るべき兵の血が流れる事になるだろう。それこそ、本末転倒だ。

 

雪蓮は、冥琳へと向き直って、一息。

 

「私達の悲願は江東を取り戻す事。それはただ土地を取り返すだけじゃないわ。土地と、そこに暮らす民が一体となってこその悲願。でしょ?」

 

笑顔で話す雪蓮に、冥琳は難しい顔をし……溜息交じりで「そうか」と答える。

 

「ならばかまわん。私も同意見だ……というか、正直な所それ以外に良い策も思い浮かばんからな。それでは暫くは流れに任せ様子を見ることにしよう」

 

ただ、と冥琳は続ける。

 

「袁術がいる手前、我々は劉備のように大っぴらに動く事は出来んがな」

 

袁術の名前が出た瞬間、うげっ、と雪蓮の顔が苦虫を噛んだ様な表情へと変わる。

 

「あ~、そういえばあのチビがいたっけ。まさかあの馬鹿、私達に『敵に向かって特攻するのじゃ~』とか抜かさないでしょうねぇ……」

 

流石にそこまで馬鹿ではないだろう、とは思うものの。事実、かなりの馬鹿なのだから始末に負えない。

そうして少し悩むようにする雪蓮だったが……瞬間、良い事を思い付いたとばかりに笑顔になる。

 

「あ、そうだ冥琳!!どうせならこの混乱に乗じて袁――」

 

「却下だ」

 

即断で冥琳が答える。

 

「……まだ何も言ってないじゃない」

 

「貴様が言わんとしている事など、簡単に分かるさ」

 

そういって冥琳が肩を竦める。その時だった。

 

「孫策様!!周瑜様!!只今、袁術軍より使者が参りまして御座います!!」

 

「……噂をすればって奴ね」

 

「ご苦労だった。して、袁術はなんと?」                                                                     先を促すよう伝令兵に言う冥琳。だが、伝令が放った言葉は二人の予想を斜め上に飛び越すようなものだった。

 

「はっ、それが……『黄巾の指導者達は袁公路が友であり、袁術軍は黄巾に味方する事と相成った。それ故、友軍である貴軍もそれに従って欲しい』とのことで御座います!!」

 

「「……は?」」

 

ぽかん、という表現がしっくりくるように呆ける二人。

 

「……っていうか、あの子友達なんて居たの?」

 

「……いや、今はそんな事を考えている場合ではないだろう。……ああいや、お前もご苦労だった。それでは……そうだな。袁術の使者に『承った』とだけ返しておいてくれ」

 

それだけ言って、冥琳は伝令兵を下がらせた。

そうして又、二人きりになった所で雪蓮が切り出す。

 

「え~と……とりあえず、良かったのかしら?」

 

袁術が何を考えているのか……いや、寧ろ本当に、何か考えているのかは甚だ疑問ではあるが。

 

「……とりあえず、現状において最善ではあった。それだけで満足しておくことにしよう」

 

自分に言い聞かせるように冥琳は頷くと、近くにいた兵を呼び寄せ、本隊で指揮を取る諸将へと伝令を走らせる。

そうしてそれらを済ませた後……冥琳はもう何度目かになる溜息を吐いた。

 

「さて。これで連合はほぼ瓦解した、といっても過言ではないだろう。……我等の悲願を叶える為の、名声を上げる機も逃してしまったな」

 

「あら、それはどうかしら?」

 

独り言のような呟きに雪蓮が反応。それに対し、冥琳が怪訝な表情をする。

 

「……どういう事だ?」

 

意味が分からず問いかけると、雪蓮は笑顔で断言した。

 

「なんか、それも含めて良い方向に転がるような気がするのよね~。勿論、いつもの勘だけど」

「袁術様が黄巾の言を支持し、停戦をすると表明したとの由に御座います!!その属軍に当たる孫家も、それに追随。先に動いた劉備、公孫瓚軍もその勢いに乗じ、しきりに周りへの訴えを――

口角泡を飛ばし、しきりに諸侯の静動を伝えてくる伝令兵の言葉を話半分に聞き流しながら華琳は思考を巡らせていた。

 

(さて、どうしたものかしら……)

 

そう考えながらも、その考えに思わず自嘲の笑みを浮かべてしまう。

 

(ふふっ、どうしたも何も無いでしょうに)

 

不和を抱えつつも、一応一つの目的を持っていた為に辛うじて纏まっていた連合軍。それがそのままであれば別の対処方法もあっただろう。

しかし膠着状態からの、徳が高く、汜水関では武名すら高めた軍の離脱。これで元々連合が内包していた『ひび』が『亀裂』となってしまった。

 

そうなれば周辺諸侯の動揺、混乱は日の目を見るより明らか。そんな中、連合を二分するほどの有力諸侯である袁術の表明とあれば――

 

(この連合。この戦いは、詰んだも同然ね)

 

思わず失笑を零してしまう。しかしそれが癇に障ったのだろうか、猫耳の被り物を被った筆頭軍師の少女――荀彧。真名を桂花――が不満げな表情をする。

ちなみに、彼女達の天幕には彼女達二人を除けば、護衛の二人。季衣と流琉だけで、後は皆、兵を統率する為に出払っていた。

 

「華琳様っ!!今はそのように嗤っていられるような状況では――」

 

「あら、ごめんなさい桂花」

 

特に悪びれるわけでもなく言う。対する桂花は愛する主君が相手とあってその事にはそれ以上二の句を継げなくなってしまうが、有事なことには変わりない。

真剣な表情で臣下の礼を取ると、桂花が言った。

 

「華琳様。こうなった以上、連合は最早意味を為しません。我々曹軍は至急本拠に戻る準備をするべきかと!!」

 

「戻るべき、ねぇ……」

 

そっけなく答える華琳。桂花はその芳しくない対応に対し、更に説明を重ねる。

「このままでは遅かれ早かれ、身動きが取れなくなります。しかし今ならば。我が軍は兵の統率も乱れておらず、後方、汜水関は占拠されたとて敵は民兵ばかり。今ならば苦も無く脱せられます。今それを為さねばいずれは敵に膝を屈することになり、そうなってしまえば覇業への道は果てしなく困難なものになってしまいます!!」

 

確かに桂花の言う事にも一理はあるのだろう。

民の声に一切耳を傾けないような主君は愚暗以外の何者でもない。しかし、そうはいえども、何でもその声に何でも答えてしまうような者も又、問題である。

そんな様では民からは敬愛されども軽んじられ、結果、国の頂点たる責務を果たせない愚物に成り果てるからだ。

一国の主でもそうなのだ。それが大陸の王を目指し、覇業を進む者であればいかほどのものか。その上に民に屈したという風評も相成れば尚更困難なものになるのは明白。

 

……けれど、なんと言うか。

 

(この、脇目も振らず覇道のみを見据える所は、この娘の美点でもあり欠点でもあるわね)

 

心中で華琳は苦笑するも、まあそれはそれ。やや逸り気味の忠臣の訴えに、華琳が口を開こうとした、その時だった。

 

「あ、あのっ!!ちょっといいでしょうか!?」

 

華琳の隣から、そんな声が上がる。その声の主……護衛として侍っていた流琉は少し緊張したような面持ちでこちらを見ていた。

 

構わないわ、と華琳が促すと、暫く話しづらそうにしていたものの、「あの、決して異を唱えるとか、そんなつもりは無いんですが」と前置きをしながら話し始めた。

 

「えっと、桂花さんの言いたい事は分かるんですけど。でも、私思うんです。なんていったらいいか、よく分からないんですが……天和さん達は私達の『敵』なんでしょうか?」

 

「はぁ!?何、訳わかんないこと――」

 

流琉の言葉に食って掛かろうとする桂花。だが、華琳がそれを手で制する。

 

「続けなさい、流琉」

 

「華琳様!?」

桂花が驚愕の声を上げるも、華琳に止められたとあって大人しく口を噤む。

華琳は満足げに一つ頷くと視線を流琉に向け、それを受けた流琉はおずおずと続けた。

 

「も、勿論華琳様や、華琳様の軍に害を為そうとする相手なら『敵』なんだと思いますし、勝負を仕掛けられたなら勝ち負けもあると思うんです。でも天和ちゃ……黄巾の人達は“戦を止めて”って言ってるだけで、それって戦いとか、そんなのじゃ無いんじゃないか、って思って……」

 

上手くは言えないんですが、と流琉。

 

「そう。……季衣。貴方はどう思うかしら?」

 

華琳が振ると、季衣は「ボクですか?」と、少し考える風にして言う。

 

「う~ん。ボクには、難しい事は分からないんですけど……ここで兄ちゃんや天和ちゃん達と戦うのは正直嫌かもしれないです。えっと……だって、意味が無いじゃないですか」

 

「意味が無い、とは?」

 

華琳が聞くと、「はい」と季衣が答える。

 

「だって、華琳様の覇道は『すべての民の為』でしょう?天和ちゃん達が覇道の邪魔だって言うなら、友達とだって全力で戦いますけど……ここで戦いを止めたって、華琳様の覇道は、何も傷つく事無いんじゃないかなって。それなら逃げたり、戦ったりする理由は無いですよね?」

 

そこまで言って、「ボク、間違ってますか?」と純真な目で見つめてくる季衣。

その視線を受け、華琳は……小さく笑みを零した。

 

「いいえ、間違っていないわ。季衣。流琉」

 

「華琳様!?な、何を!?」

 

華琳の言葉に今までは黙っていた桂花も驚愕の声を上げるが、それを気にも留めないような涼しげな表情のまま華琳は言った。

 

「桂花の言い分も正しいのでしょう。けれど。民草が武力では無く、言葉を武器としてきた以上、こちらが武力を振るうも、ましてや背を向ける事もあってはならない。それは覇道以前に、一国を預かるものとしての矜持に関わるものよ」

鋭い視線に射抜かれ桂花はうっ、と言葉を噤む。

 

「そして二人の言った通り。黄巾の民達が言葉で訴え、それに大義があるならば。それと争う理由も利も無いのならば。それを聞き入れる事は、この曹孟徳にとって敗北などではあり得ない。……違うかしら?桂花」

 

訊かれた桂花はたじろぐが、まだ到底納得できないといった顔だ。

そこに至り、華琳はとどめとばかりに続けた。

 

「それに……もし争うにしても、今矛を交える必要は無いでしょう?」

 

「へ?どう言う事ですか、華琳様」

 

訳がわからないとばかりに訊いてくる季衣に、華琳は嗤いながら答えた。

 

「奴等自身がいっていたでしょう?黄巾の目的は戦を止めること。つまりはことの発端となった董卓を救う事となるわ。つまり――」

 

黄巾はこの場を上手く収めようとも、都にいる董卓を支持するとなればまた話は違ってくる。そもそもこの戦い自体、朝廷――麗羽の話だと、少なくとも三公以上の有力者が一枚かんでいるのだ。

そうなれば朝廷とも争うのは必死。奴等自身、言葉で事を収めようとしている以上、何かしらの手が無い限りそれを平穏無事に収めるのは至難の業だろう。

 

そこで武力に頼る事があれば、ここで奴等の語った言葉の説得力は無に帰す事となる。そうなったら、あの百万からなる民の統率は瞬く間に崩れさる。

そして言葉を用いようとも、朝廷を下せなければそれまで。黄巾の民はその時点で国賊と化し、それこそこの場にいる諸侯に大義の名の下に討たれることになるだろう。

 

つまり、だ。

 

「動くのはそうなってからでも遅くは無いわ」

 

そうなった後ならば自分達は大義の下、大手を振って討つこともできる。もしくは……あれだけの気概を持つ気骨の民だ。いっそ自分が受け入れ、自らの民とするのも良い。

 

と、そこまで説明をし、華琳が桂花、流琉、季衣の三人に「どうかしら?」と目線で訊く。

すると華琳の期待通り。三人共に真っ直ぐに主を信頼する眼差しとなっていた。

 

「結構。では季衣、流琉。以上の旨を春蘭、秋蘭。後、凪達に伝えてきて頂戴。桂花は本隊の指揮及び細作への指示。分かったわね?」

 

「「「御意!!」」」

 

桂花、流琉、季衣の三人はそうはっきりと答えると、足早に天幕を後にしたのだった。

……。

 

「……さて」

 

一人、天幕に残った華琳はそう呟くと、物憂げな顔をしながら座へと腰を下ろす。

 

(後は麗羽と、後は……アレの腰巾着共と、アレを煽て賺して盟主に祭り上げた愚物共くらいのものかしら)

 

麗羽では兵力はあろうと残りの諸侯を繋ぎ止める求心力は無い。腰巾着は保身の為にいつでも裏切り、自分で矢面に立つ事もしない愚物共は責任の擦り付け合いに没頭していることだろう。

 

こうなってしまえばいよいよ決定的だ。

 

(さて。この先黄巾はどうするのかしら)

 

まあ、十中八九自分の予想通りだろう、と華琳は思う。

ここでは上手く行ったが、朝廷には屈してしまうだろうか。それとも……

 

(そういえば、あの子達には言っていなかったけれど)

 

もし、万が一。奴等が朝廷を、民意だけで下すような事があれば。

民が民のままに、言葉だけを武器に世の中を革めることが出来たとしたら。

死に体同然の漢王朝と、当代の皇帝にその民意を受け入れる度量と器があるとするなら。

……それで、乱世が治まるのならば。

 

(その世の中には、乱世の奸雄などは無用の長物。……そうなれば自身の才、求められれば治世の能官として生かすのも悪くは無いわね)

 

そう、頭に思い浮かべながら。華琳は心底楽しそうに嗤ったのだった……

 


 
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