No.209886

これはゾンビですか? いや、根暗マンサーの無駄あがきだろ

今月は某小説大賞募集の締め切りが迫っており新規に書いている余裕がないので
未発表作品やpixivからの転載作品、また過去の小説大賞で清清しく落選した作品などを
あげていきたいと思います。

今回はpixivからの転載となるこれは『ゾンビですか?』です。

続きを表示

2011-04-04 07:26:11 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:4236   閲覧ユーザー数:3958

これはゾンビですか? いや、根暗マンサーの無駄あがきだろ

 

 

 最近ユーの元気がない。

 バラエティー番組をいつも以上に無表情、いや、悲しみを湛えた瞳で見ている。

 ユーの元気がないのは、昨今この街で起きている数々の事件が原因だと思う。

 でもこの街で連続殺人事件が起き、メガロが跋扈して魔装少女と死闘を繰り広げるようになったのはユーの責任じゃない。

 俺が京子に殺されたのだってユーの責任じゃない。それどころかユーは俺をゾンビとして生き返らせてくれた。

 ユーには何の非もない筈だ。

 なのにユーは全てを自分のせいであるかの様に抱え込んでしまう。

 声を発するだけで世界に影響を与えてしまう自分の強大な力が周囲を不幸にしていると考えてしまっている。

 確かにユーの強大な力に惹かれて良からぬ者たちがこの町に集まって来ているのは事実かもしれない。その為に争いが生じている。でも、それはユーのせいじゃない。

 ユーの力と命を狙ってやって来る方が悪いに決まっている。

 だけどユーはそんな悪い奴らが群がってくること自体を自分の咎と考えてしまう。

 ユーは純粋だから。優しすぎるから。

 そんなユーに俺は何をしてやれるだろうか?

 俺はユーを元気付けることができるだろうか?

 

 

 

 晩秋の風が身にすさぶ11月のとある日の放課後、俺は校舎の屋上でどんよりと曇った灰色の空を眺めながら物思いに耽っていた。

「どうした相川? 空から女の子が落ちてくるのを待っているのか?」

 1人でいたかったのに織戸のバカが陽気な顔してやって来た。マジでウザイ。

「そうだよ。少女が落ちてくるのをずっと待ってるんだよ」

「バカだな、相川は。俺も1ヶ月毎日空を見上げていたが少女は落ちて来なかったぜ。あれは作り話だっての」

 バカはお前だ。

「で、本当は何をしていたんだ?」

 ほぉ、それを察するぐらいの知能はあるのか。

「この屋上からは大学女子寮が見えるからな。洗濯物のパンツをチェックしてたんだろ」

 ……所詮はパンツ伯爵か。

 

「それで、らしくもなく何を悩んでいるんだ?」

「最初にそれを聞け」

 軽く溜息を吐く。

「なあ、織戸は落ち込んだ女の子の元気付け方って知ってるか?」

 何気なくを装って尋ねてみる。

 ユーがどうすれば元気になってくれるのか、正直俺独りでは煮詰っていた。

 織戸にまともな答えなど期待していない。けれどヒントぐらい得られればと思った。

「フッ。傷付いた女の慰め方なんて古今東西決まっているぜ」

「そうなのか?」

 織戸の声が普段より頼もしく聞こえた。俺は藁にもすがる思いでツンツン頭の友を見る。

「良いか、相川。女ってのはどんなに理屈っぽく見えても、結局は感情を優先する。つまり、傷付いた女を慰めるには無限の共感を示して負の感情を和らげるのが一番なんだよ」

「そうなのか?」

 織戸の答えは意外にもまともに聞こえた。それだけに言っていることが妥当なのか却って判断に迷ってしまう。

「女は感情の生き物という法則を軽んじた為に世の数多の男たちは振られてしまうのさ」

「お前もそうなのか?」

「おかげ様で振られ率は100%をキープしているぜ」

 歯を無駄に光らせる織戸。正真正銘のバカだ、こいつは。

 だけど織戸の言葉が正しいのか間違っているのか俺は知らない。しかし、無視できない何かを持っているのも確かだ。

 共感、か……。でも、だ。

「なあ、共感ってそんな簡単にできるものなのか?」

 気になった点を質問してみる。

「んにゃ。共感してもらうに相応しくない人間に共感なんてされると、却って相手の神経を逆撫でするぞ」

「もう少し具体的に言ってくれ」

「例えば、社会人の仕事の辛さを俺ら学生が共感しますと言っても相手は喜ばないだろ? 知りもしない癖になんだって。共感では経験やポジションみたいな物が重要になる」

「経験やポジション、ねえ……」

 ユーと俺の経験とポジションを見比べてみる。

 冥界でもこの世界でもずっと辛い想いをし続けて来たユー。そのユーに対して、幾ら殺されてゾンビになった辛い経験があるとはいえ、平凡な高校生である俺が簡単に共感などして良いのか?

 今も苦しみ続けているユーの辛さを俺がよくわかるなんて言って良いのか?

「共感じゃなくて他の方法はないか?」

 いつかユーに共感することを許される日が来るかもしれない。が、それは今じゃない。

 代わりに俺に今できることを探さなくては。

 

「相手への共感が不可能な場合は、その真逆の方向を行くしかないな」

「真逆の方向?」

 首を傾げながら織戸を見る。

「そうだ。相手の領域に踏み込めないのなら、相手を自分の領域に引きずり込んでしまえば良い。つまり、俺色に染めて嫌なことを全部忘れさせてしまえば良いってことなんだよ!」

「お前が何か言うといつも犯罪の臭いがするよな」

 だが、織戸の言っていることがあながち間違いとは思えなかった。

 嫌なことを忘れるほどに楽しいことで埋め尽くしてしまえば良い。

たとえ負の感情を根本的には消せなくても、正の想いが沢山あれば心の重荷に押し潰されることはないだろう。

 それに過去の出来事は変えられないけれど、楽しい思い出ならこれから作っていける。俺にだってユーに楽しい思い出をプレゼントしてあげられる筈だ。

「で、俺色に染めるってどうすれば効果的なんだ?」

「そうだな。あまり自分の願望を前面に出すと相手に嫌がられる。だから相手の願望を読み取って自分なりに答えを巧みにコントロールできるかが鍵だな」

「お前はできるのか?」

「だからおかげ様で振られ率は100%をキープしているぜ」

 織戸の顔はどこか誇らしげだった。

 

「相手の願望を汲み取りながら自分なりの道を示して嫌なことを忘れさせる、か……」

 口にしてみるとなかなか難解な問いだった。

 まず、ユーの願望が何であるのか見極めないといけない。

「相川はユーちゃんを元気付けようとしてるんだろ?」

「ああ、そうだが」

 返事してから気付く。

「って、何故お前がそれを知っている?」

 こいつまさか超能力者か?

 それとも、俺にはギャルゲー主人公のように思ったことを口に出してしまう癖でもあるのか?

「だって、ハルナちゃんとトモノリは悩むより行動するタイプだし、セラさんは歩が自分の為に何かするのを快く思わないだろう。となると、残るはユーちゃんしかいない」

 かなり大雑把だが、意外に鋭い観察眼を発揮する織戸。

「それに何よりユーちゃんの悲しみを湛えた瞳は男の心を掻き乱さずにいられない。故に相川も何かせずにはいられない。フッ」

「まさにその通りだよ。チッ」

 織戸に俺の行動原理が読まれていると思うとそれはそれで腹が立つ。

 

「そこまでわかっているなら単刀直入に聞くが、織戸はどうしたらユーが喜ぶと思う?」

 ユーは日本茶のお茶っ葉が変わるだけでも喜んでくれる。表情は変わらないけれど。

 夕ご飯のおかずが1品増えるだけでも喜んでくれる。表情は変わらないけれど。

 でもその喜びはユーの心の嘆きまでは癒してはくれない。

 もっと、他の何かでユーを喜ばさないといけない。だけど、一体どうやって?

「フッフッフ~。相川よ~、お前は何かを忘れちゃいませんか?」

 織戸がいやらしい笑みを浮かべながら肩に手を乗せてくる。

「俺が何を忘れているって言うんだ?」

ぶん殴りたい衝動をグッと堪えて話に付き合う。

「ユーちゃんが誕生日のプレゼントにもらったものの中で何に興味を示したのかということだよ」

「あっ!」

 言われて思い出す。

 あれは数週間前のこと。

 俺たちはユーの誕生日をみんなで祝った。一部誕生日を惨劇に変えようとするバカ魔装少女もいたが。

 セラが用意したプレゼントはネックレス。

 友紀(トモノリ)が用意したのは白昆布。

 俺が用意したのはマグカップ。

 だけどユーが一番喜んでいたのは、織戸が準備した……

「「あなたの悩みもボインボイン! バストアップマスィーン・ボイーンXっ!」」

 織戸と声が揃った。

 

「つまり、胸なんだなっ!?」

「そういうことだ、相棒!」

 ユーのことを思うと悲しみで胸が張り裂けんばかりだった俺に光明が差し込んできた。

 ゾンビだけど光が嬉しい。

「ユーの胸を大きくして俺色に染めれば悲しみもなくなるってことだな?」

「そうだ。ユーちゃんの胸を大きくして悲しみから解き放つことこそ、お前がこの世に生を受けた意義の全て。天命なのだ!」

 俺は今、生まれてきたことをこんなにも良かったと思ったことはない。ゾンビっすけど。

「ありがとう、織戸。俺はやるぜっ!」

 心の熱い衝動に従うままに、階段に向かって全速力で駆け出していく。

「水臭いこと言うな、相棒っ! 俺も手伝うぜっ!」

 併走して付いて来る織戸を黙ったまま200%の力で殴る。

「ユーの胸を大きくするのは俺だけの仕事だっ!」

 男にはどうしても譲れないものがある。

 男は譲れないものの為に戦わなくてはならない時がある。

 それがまさに今だった。

「待ってろよ、ユーッ!」

 ユーを元気にするという大志を胸に抱きつつ、俺はスキップしながら家へと帰った。

 

 

 

「ただいまっ。ユーはいるかっ!?」

「おかえり、相川。遅かったな」

 さて、今のやり取りで何かおかしなことはなかっただろうか?

 何故、俺に殴り飛ばされた筈の織戸が家にいて、しかも居間から出てくるのだろうか?

「なあ、何でお前は俺よりも早く家に着いているんだ?」

 スキップとはいえゾンビの脚力で来たのだから普通の人間の全速力より速い筈なのに?

「いいか、相川。よく聞けよ。エロい時の俺は…………特質系なんだ」

「つまり24時間常に特質系なんだな」

 エロ煩悩は人間に本来備わっている力を無意識に抑えるリミッターを取っ払って常時100%の力を出せるようにするらしい。

 うん、最低な力だ。

「まさか、お前、もうユーに胸を大きくしてやるって言ったんじゃないだろうな?」

 それは俺が言うべき言葉。

『ユーの胸を大きくしたいだなんて、お兄ちゃんのエッチぃ~っ♪』

 恥ずかしがるユーが見たい。恥ずかしがりながらも期待を寄せる瞳で俺を見るユーが見たい。俺はユーに上目遣いで目をウルウルしてお兄ちゃんと呼んで欲しいんだっ!

じゃなくて、これからすることの責任を述べるのは俺の役目だ。

「安心しろ。居間に入って話し掛けようとした瞬間、セラさんに問答無用で斬られたからユーちゃんには何も言えてない」

 セラ。吸血忍者として一生に一度あるかないかの大儀を果たしてくれてありがとう。

「で、セラさんが仕事の上司とかに呼び出されたとかで出掛けてしまったから、俺が声を掛けようとした瞬間に相川が戻って来たんだ」

 俺。ゾンビとして一生に一度あるかないかの大儀を果たしてくれてありがとう。

「ていうか、織戸はセラに斬られてよく平気だったな?」

 吸血忍者は掟によって人間は殺さない。しかし、セラはスケベ男を半殺しにするぐらい容赦がない筈なのに。

「言った筈だぜ、相川。エロい時の俺は特質系なんだって。傷だって自己治癒能力を高めてあっという間に治っちまうさ。ほらっ、さっきお前に殴られた箇所もこの通りさ」

 やけに艶々した肌を見せる織戸。確かに傷一つ見当たらない。

「お前、それはもうゾンビの域に達しているぞ」

 いや、もしかすると、俺の治癒能力が高いのもゾンビの力ではなく織戸と同じ理由なのかもしれない……。

 

「って、こんな玄関先で変態の相手をしてないで早くユーの所にいかなければ!」

 織戸を300%の力で殴り飛ばしながら居間へと駆け込む。

 するとそこには正座しながらお茶を飲む長い銀髪の少女の姿があった。

 プレートアーマーにガントレットという騎士を髣髴とさせる服装で日本茶を飲む少女は世界広しといえどユーしかいないだろう。

 もっともユーが上半身鎧に身を包んでいるのはコスプレ趣味だからではない。膨大すぎる魔力が放出するのを抑えているからだ。

 だからユーは入浴する時も泳ぎに行く時も鎧を外すことができない。とても不自由な思いを常に強いられているのだ。

 そんなユーの気分を少しでも晴らさせる為に、今、俺はここにいる。

『お帰り 歩』

 喋るだけで世界に影響を与えてしまうユーは紙に文字を書いて俺に挨拶を述べる。

 ユーの声がとても綺麗な物であることを知っている俺としては時々寂しくもなる。

『歩 後ろの腐生物は何?』

 感慨に浸っているとユーが2枚目の紙を見せた。

「後ろの腐生物って……」

 振り返るとそこにはアロハダンスを踊る織戸の姿があった。ユーを見ながらすっごくご機嫌な顔をしていた。

「あれは妖怪変態といって、ユーは決して関わっちゃダメな災厄だ」

 ふすまを閉めながらなかったことにする。

「それよりもユー、話があるんだ」

『何?』

 ユーは可愛らしく首を傾げる。

 ここで落ち込んでるから元気付けたいみたいなことは空気嫁なので言わない方が良いだろう。ならば、俺が伝えるべきは一つ……

「俺と一緒に胸を大きくしようぜ!」

 白い歯を見せながら親指を突き立てて見せる。

 そして言い終えてから気付く。

「俺は、何てバカな言い方をしてしまったんだ……」

 両手両膝を地面につけてorzと嘆く。戸の隙間から織戸が俺を見てバカにしたように笑っているのが見えた。

 織戸をぶん殴ってやりたいが、今はそんな塵生物に構っている場合じゃない。

 恐る恐るユーの顔を見る。

 するとユーは意外にも鼻息荒い表情で次の紙に文字をしたためていた。

『打倒ハルナ』=『お兄ちゃ~ん。ユー、ハルナちゃんにだけは胸の大きさ負けたくないよぉ~』

 紙を見せ付けるユーの鼻息は荒い。

 これって……っ!

「どうやらマイスイートエンジェル・ユーちゃんには俺の助けが必要なようだねっ!」

 喜び勇んでユーの手を握ろうと思ったら、織戸のバカが割り込んで来やがった。

 この野郎、俺が交渉が成功したのを見ておこぼれを預かりに来たな。何て卑しい奴だ。

「ユーちゃん、どうせ目指すならハルナちゃんなんてちゃちいことを言わないで、セラさんを倒すぐらいの勢いでいきましょう!」

 ……幾らなんでもそれは無理だろ。ユーがハルナに勝つには革命でも起きないと無理だ。

『成功した暁には巨乳絶対王制を敷く』

 ユーはプラカードを高々と掲げた。

 何か変なスイッチ入っちゃってるよ、ユーさん。

「その意気ですぞ、ユー女王さまぁ~」

 鼻息を荒くして右手を振ってみせるユー。

 どうも胸のこととなるとユーの感性は俺よりも織戸に近くなるらしい。

 まあ、ユーが乗り気になってくれたのだから別に良いのだけど、ちょっと寂しい。

 

 

 

「それではユーちゃんの胸を大きくして絶対王制を敷く計画、略してカノッサの屈辱作戦を始めるに当たってだが……」

「ツッコミは入れないからな」

 居間に集まった3人での作戦会議。

 織戸は機密保持の為にユーの部屋での会議を提唱したが俺が却下した。あいつは絶対にユーの下着を漁る気に違いない。そんなことはユーのお兄ちゃんである俺が許さん。

「胸を大きくするには本人のポテンシャルが最も重要な訳だが……ユーちゃんの年齢によって対応策を変えないといけない」

 ユーがコクコクと頭を振る。そう言えば俺もユーの年齢を知らない。見た目だと13、4歳ぐらいなのだけど果たして?

「ぶっちゃけユーちゃんは幾つなの?」

 そう言えばユーの誕生日の時に織戸が同じ質問をして全員が眠らされたな。年齢はユーにとってタブーなのかもしれない。

 ということは今回も同じ結末を迎えるのか?

 ところがユーは前回とは異なる反応を見せた。

『近似値は10万とんで14歳』

 プラカードをちょっとだけ恥ずかしそうに掲げた。

「デーモン閣下と同じ類なのかよ!?」

 俺はプラカードを見た瞬間に叫んでいた。

『あのおじさんは冥界では隣に住んでいた よくお菓子をもらった』

「閣下は魔界から来たんじゃなくて冥界人だったのかよ!」

 生きていく上で全く必要のない知識をまた1つ得てしまった。俺、ゾンビっすけど。

「そうかぁ~。ユーちゃんは14歳かぁ。それは確かにスタイルが気になる年頃だよねぇ」

 織戸は10万の部分を無視してひとりで納得していた。

 いや、ユーはあくまでも近似値と書いたので10万にどんな意味があるのかは俺もよくわからないのだが。

 

「でも、まだ14歳ということは来年、再来年あたりにはバインバインになっている可能性もあるねぇ。へっへっへ」

 織戸の言葉にユーは首を何度も横に振った。

 というか、織戸の喋り方が犯罪者のそれにしか聞こえない。まあいつものことだが。

『積極的自衛権の行使』=『一生懸命努力しないとユーの胸は大きくならないよぉ~』

 紙を叩いてみせるユーの鼻息は荒い。

 ユーの気持ちもわからなくもない。

 仮にユーの年齢を10万14歳と仮定する。その場合どう成長してきたのか考えてみる。

 閣下のように10万歳になってから急激に成長した場合が当てはまるなら来年10万15歳を迎えるユーは1年で相当成長する可能性がある。

 しかし、10万年掛けて少しずつ成長してきた場合、来年になろうが再来年になろうが肉体的な成長は望めないだろう。

 そしてユーの反応を見る限り自然に成長するのを待つという選択肢はないようだ。人為的に大きくするしかなさそう。

「それで、織戸には何か名案があるのか?」

「名案っつうか……ユーちゃん、あの機械使ってみた? 効果はどう?」

 ユーは首を横に振る。

『効果が出るのに後2年5ヶ月21日13時間55分21秒掛かる』

 ユーは残念そうに首を落とした。

「流石はユーちゃん。秒単位まで計算している所が凄いなあ」

 織戸はユーを見ながら素直に感動している……ように見えるだけできっと頭の中ではエロいことを考えているに違いない。ユーが機械を使う為に裸の胸を晒している映像とか。

 やっぱコイツ、生かしておけない。ユーの裸を想像して良いのはお兄ちゃんの俺だけだ!

『2年も待っていられない』=『ユーは1秒でも早く胸を大きくしたいのっ!』

 ユーはプクッと頬を膨らませている。

『私はあの人に勝ちたい』=『ユーはハルナちゃんだけには負けたくないの!』

 ユーはよほどハルナに胸の大きさで負けていることが不服らしい。

 まあその気持ちわからないでもない。ハルナはユーよりも身長が小さいし、言動も遥かに子供だ。そんなユーに胸の大きさで負け、しかもそのことをバカにされたのでは黙っていられないだろう。

「で、どうするんだ織戸? 機械は今すぐには効果が出ないみたいだが」

「大丈夫だ。俺に任せておけ相川。こんなこともあろうかと既に講師の先生方を頼んであるぜ」

 自信満々に下準備が整っていることを告げる織戸。だが俺は講師の先生方という点に違和感を覚えていた。強烈に嫌な予感がする……。

 

 

 

「というわけで、最初の講師の先生どうぞぉっ!」

 織戸の妙にハイテンションな声と共に居間の戸が開く。家主の俺を無視したこの進行。俺の家なのに他人の家のような錯覚に陥る疎外感。

「はぁ~い。ユーちゃん、元気してたぁ?」

 そして開けられた戸の先には、長い茶髪でメイクもばっちりの如何にも今時の少女と呼べるクラスメイトの三原かなみの姿があった。

「それじゃあ三原、早速ユーちゃんに胸を大きくする方法を伝授してやってくれ。胸のマッサージが必要な場合は俺が助手になるから」

「マジうざいんだけど、織戸」

 織戸を冷ややかな瞳で刺す三原。三原の気持ちは俺にもよくわかる。

「織戸のウザさはともかく胸のことならこの私に任せてねユーちゃん」

 自信たっぷりな三原。よほどの秘策があるらしい。

 三原の自信たっぷりな態度を見てユーも心なしか表情が明るい。

 でも三原ってスタイル良かったっけ?

 バスケをやっていて手足がスラッと長いことは知っているけれど、胸の大きさについてはあんまり記憶がない。

 確かめるべく視線をちょっとだけ三原の胸に向けてみる。すると──

「でかぁっ!」

 そこにはセラを上回る見事な果実が存在した。

 E、F、いや、それ以上か!? 

「フッ、早速反応したわね。相川のスケベ」

「い、いや、だって、それ……」

 おかしい。

 だって、三原の胸がこんなバインバインなら俺の印象に残っていないわけがない。

 織戸だって三原にルパンダイブして飛び付いている筈だ。なのに織戸は冷ややかな瞳で三原を見ているだけ。これは一体!?

 

「相川は気付いていないようだから教えてあげるわ。女はね、幾らでも自分の戦闘力を高めることができるのよ」

 ニヤリと悪女っぽい笑みを浮かべる三原。一体、三原の身に何が起きたと言うのだ!?

「相川、お前本気で気付いていないようだから言ってやるよ。三原の奴はパッドを重ねて胸を増量してるんだよ」

「な、何ぃいいいぃっ!?」

 少年のロマンを崩し、現実の刃を突きつける織戸の一言。俺のガラスのハートが砕け散る。

 いや、パッドの可能性を考えてなかった訳じゃないけれど、夢を見ていたい年頃っていうか。そういうの、わかるだろ?

「ちなみに三原の場合、BカップをGカップに増量しているという神を冒涜しているとしか思えない所業を実行中だ」

 織戸が冷ややかな目で三原を見ている理由がわかった。偽乳が嫌いらしい。

「ウザい織戸の好みなんかどうでも良いのよ。それに私は毎日顔を合わせている相川だって騙せた。あまり人前に姿を見せないユーちゃんなら増量したってバレっこないわよ」

 三原は人差し指を立てながら笑う。

「バカだな、三原は。俺がユーちゃんと服を脱がせ合う関係になればパッドなんて一発でバレちまうぜ」

「織戸がユーとそんな関係になることなんて永久にないから心配すんな」

 笑いながら400%の拳を織戸の顔面に叩き込む。しかし、パッド、か……。

「牛乳だの怪しげな機械だの豊胸剤に頼るよりパッドの方がお手軽だし効果も保障するわよ」

 三原の口調は新しい口紅を試しに塗ってみることを勧めるような軽いものだった。実際三原にとって見ればパッドを付けることなんかその程度のことなのだろう。

 だけど男である俺にはその辺の感覚がまるでわからないから判断のしようがない。

 

「なあ、ユーはパッドつけることに抵抗あるか?」

 肝心要の本人の意見を聞いてみる。

 ユーが嫌なら付けなければ良いし、やりたいのならやってみるのも良い。

俺はユーの意思を尊重するだけ。今回の件に関して俺ができるのはそれだけだ。

さて、ユーの判断は?

『界王拳4倍ッ!』=『パッドさえあれば、ユーは巨乳界の女王セラにだって勝てるよ』

 ユーが織戸の頭を踏みつけながらガッツポーズを作っていた。無表情だけど。

そうか。ハルナだけでなくセラにも本気で勝ちたかったんだな。ならば、存分に戦うが良いさ、ユーっ!

「じゃあ、さっそくパッドを試してみましょうか。それじゃあユーちゃん、ちょっと鎧を脱いでみてよ」

 三原の声にハッと気付いた。

ユーも呆然と自分のプレートアーマーを見ている。

「悪い三原。パッド作戦はなしだ」

 ユーの代わりに俺が告げる。

「どうして? あんなにユーちゃんも乗り気だったのに?」

「……ユーはな、その鎧を脱ぐわけにはいかないんだよ」

 ユーがパッドの為に鎧を脱いでしまえば強大な魔力が漏れ出して世界にどんな影響を与えてしまうかわからない。しかもパッドを付けるとなれば、鎧はずっと脱ぎっ放しの状態になってしまう。

「何? 宗教とか風習とかそういう何かなの?」

「人の力を超えたものということでは……宗教が近いのかもしれないな」

「そういう面倒くさそうな事情だったら私もパスね」

 両手を広げてお手上げのポーズを見せる三原。

 パッド作戦はユー本人が乗り気だっただけに残念な結果となった。

「今度またプールに行くことがあったら、その時はガンガン増量しようぜ」

 我ながら慰めになっているのだかいないのだかわからない言葉。

『プレートアーマーの形状改良を検討』=『ユーの胸が大きく見えるように鎧の形を変えるんだもん』

 ……ユーは俺が思うよりも逞しい女の子だったようだ。

 

 

 

「パッドに頼るような邪道三原を呼んだのは失敗だった。だが、次の講師にはちょっと自信があるぜっ!」

 別に三原のプランは悪くなかったのに、パッドを嫌う織戸が勝手に失敗と騒ぎ立てる。まじでウザい男だ。そして三原は織戸のウザさに嫌気が差して先に帰ってしまった。

「次の講師って、お前、まさかこの家に何人も連れて来て待たせているのか?」

「三原を含めて3人だけだから安心しろ」

 何が安心できると言うのか?

「で、残り2人はどこにいる?」

「勿論お前の部屋だぞ。流石に女の子の部屋に勝手に上げるわけにはいかないからな」

 織戸の判断はある意味常識に則っていた。だが、それはまずいっ!

 俺の部屋には健全な男子高校生なら持っていておかしくない魅惑の本が沢山ある。いや、それだけじゃない。俺の知識源ともなっている数々のオタグッズ。人によってはエッチぃ本よりも毛嫌いするだろう。

 そんな危険なグッズがある部屋を俺不在で漁られるわけにはいかない。

「俺の部屋に戻らせてくれぇええええぇっ!」

 200%の力で猛ダッシュをかけようとする。しかし──

「部屋の中で走り回るのは危ないよ」

 長身のイケメンが俺の行く手を阻み立ち止まらざるを得なかった。

 

「という訳で2人目の講師はアンダーソンだぁっ!」

 身長1m90近い長身のイケメンがユーを見ている。バスケ部の主力だけあって鍛え上げられたその体には少しの無駄脂肪も見られない。

「って、男のアンダーソンくんを連れて来ても、ユーの胸が大きくなる方法を教えられるわけがないだろうがっ!」

 最低限女を呼べ、女を。

「甘いな、相川」

「何がだよ?」

「アンダーソンくんと言えば我が校きってのモテ男。当然数多の女の子たちとねんごろになって様々な情報を仕入れているに違いないない。いや、きっと、俺が君の胸を大きくしてあげるよとか言ってエロの限りを尽くしているに違いない。羨ましいぞっ!」

 地団駄踏んで悔しがる織戸。こいつのバカさは底なしなのかもしれない。

 だが、途中まで言っていることに関しては一理ある気がする。

 合コンに参加すれば女の子をみんな惹き付けてしまうアンダーソンくんのことだ。胸を大きくする方法についても色々情報が入ってきているかもしれない。

 意外と期待できるかも。

「さあ、アンダーソン。お前の知っている乳関連エロトークをユーちゃんに喋るんだ」

「卑猥な言い方するな!」

 500%の力で織戸を殴る。しかし奴は超回復を見せるまでもなく平然としている。

 恐るべし、エロ煩悩……。

「胸を大きくする方法と言われても……俺は特定の女の子と深く付き合ったことがないからそういう情報が入って来たことはないな」

「「へっ?」」

 俺と織戸は揃って間抜けな声を出していた。

「アンダーソンくんは女子の間で大人気なのに?」

「異性の友達は何人もいるけれど、彼女と呼べる人は1人もいないよ」

「じゃあ、エロトークは? 可愛い女の子に出会ったらまず胸のサイズとブラとパンツの柄を聞くだろ?」

「そんなことをするのはよほどの変態だけだと思うよ」

「おいおい、俺を変態みたいに言うなよ」

 なるほど。だから織戸は選ばれた変態なんだな。

「じゃあ、胸を大きくする方法は?」

「そういう情報はないと最初に言ったと思うが?」

「だったら何で相川の家までついてきたんだよ!」

「君が何も言わずに引っ張ってきたからだろうが」

 織戸のバカがアンダーソンくんに迷惑を掛けたことはわかった。

「あー、すまなかったな。アンダーソンくん」

 織戸の顔にマシンガンジャブを放ちながらアンダーソンくんに謝罪する。

「別に構わないよ。それよりユーの悩みが乙女っぽいもので何よりだったさ」

「まー確かにな」

 アンダーソンくんの立場から言えばユーの落ち込みが気になるのは当然のこと。世界の危機がどうということでなくてホッとしているようだった。俺たちの漫才に付き合わずにお茶を飲んでいるユーを見て僅かに目尻を下げている。

「それじゃあ俺はこれで失礼させてもらうよ。女の子たちとカラオケに行く約束をしているのでね」

「ああ、面倒を掛けたな」

「モテ男はこの世から全ていなくなれば良いんだ!」

 織戸にデンプシーロールをかましながらアンダーソンくんと挨拶を交わす。

「ああ、そうだ相川」

「何だ?」

 居間から出ていきがてら、アンダーソンくんは首だけ振り返りながら声を掛けてきた。

「ユーに答えを提示してあげられるのはきっとお前だけだぞ」

「何だそれは?」

「次の講師がきっと教えてくれるさ」

「次の講師って誰だよ?」

「すぐにわかるだろ」

 謎な言葉を残しながらアンダーソンくんは去っていった。

 はて、その言葉の真意は一体?

 

 

 

「それじゃあ最後の講師の先生、入って来てくれぇっ!」

 無駄にテンションが高い織戸の声が居間に響き渡る。……が、それから5分経っても誰も入って来ない。

「なー、最後の講師とやらは待ちくたびれて帰っちゃったんじゃないのか?」

 最も高そうな可能性を述べてみる。俺だったら織戸のアホ企画になんぞ乗れないのですぐに帰る。畳のめに一つ一つ仏風の名前を付けていく方がまだ有効な時間の使い方だ。

「いや、あいつがそんな行動を取るはずがない。ちょっと見てくるわ」

 織戸が首を傾げながら戸を開ける。

 すると戸のすぐ外には真っ赤な顔をしたお下げ髪の少女が立っていた。

「平松?」

 少女はクラスメイトで学年トップの成績を誇る平松妙子だった。

「……相川くんに断りもなく……勝手にお邪魔しちゃってごめんね」

 平松は顔を真っ赤にしながら頭を下げる。

「いや、別にそん……」

「気にすることないって。ここはもう俺たちの家みたいなもんだし」

「お前が言うな」

 図々しい織戸に一発くれてやる。

「……本当にごめんね」

「いや、別に構わないから。悪いのは全部織戸だし」

 しかし、重要な問題は他にある。

「平松は……俺の部屋を見たのか?」

 平松の体がビクンッと跳ね上がり、顔が更に赤くなる。

「……相川くんも健康な男の子なんだから、ああいう本を持っていてもおかしくなんて全然ないからねっ!」

「グハァッ!」

 ピンポイント爆撃を受ける。

 慰めてくれている所がまた辛い。

「……それで、相川くんはお下げの女の子、好きなの?」

「もぉやめてぇっ!」

 吐血が止まらない。

『ちなみに歩はロープとロウソクをこよなく愛している』=『お兄ちゃんにはSMの気があるから女の子はみんな気を付けないとダメだよ』

「俺の超トップシークレットがユーにまで知られているぅうううぅっ!」

 セラにバレたら本気で殺されそうなので必死に隠蔽してきた俺の超秘蔵愛読本の存在がユーにバレていたなんて……。

「……縛ったり、垂らしたりするの好きなの?」

「お願いですからもう苛めないでください……」

 死ねないゾンビの体である自分が憎い。

「……よくわからない世界だけど……相川くんが好きなら、私、頑張るから……」

 ゴッド。平松はたまによくわからないことを言います。

 バカな私めでは秀才な彼女の言葉は高尚過ぎて理解できないということでしょうか。

「……あれっ? 私、何か変なことを言っちゃったかな?」

「いえ、全ては俺の咎です」

 なじってくれた方がどれほど救われることか。俺はMじゃないけれど。

「……相川くんが落ち込んじゃった。どうしよう? 何か話題変えないと。……えっとぉ。あっ、私もアニメ好きだよ。ドラえもんとかサザエさんとか昔よく見てたよ」

「いっそ殺してくださいっ!」

「……えぇっ!?」

 もう限界っす。

 それは違うんだ、平松っ!

 アニメオタクを自称しながらワンピースを語りだす奴ぐらいに違うんだっ!

 オタクは一般人に理解を示されることで逆に傷ついてしまうことがあるんだ……。

「いやぁ、相川と平松の間でこんなに会話が弾むなんて。俺も相川の秘蔵コレクションを平松に晒した甲斐があったなあ」

「お前は全人類の敵だぁっ!」

 織戸をボコってみたものの俺の気は少しも晴れなかった。

『歩はまだ一般人との接し方がわかっていない』=『お兄ちゃんは対一般人用の似非社交性を身に付けないとダメだよぉ』

「畜生ぉおおおおおぉっ!」

 俺はまだ若かった。坊やだったのだ。

 

「それで、どうして平松が講師なんだ? 真面目な平松が胸のことなんか考えないと思うのだが?」

 5分ほどの時間が過ぎて時の流れに少しだけ癒された俺は平松を呼んだ意図を聞く。

 俺の見立てでは平松の戦闘力はBぐらい。別に大きくも小さくもない。そして真面目で恥ずかしがり屋の平松が自分から胸を大きくするような努力をしているとも思えない。

「チッチッチ。甘いな、相川は」

「何がだよ?」

「平松はな、誰かさんの為にずっと胸を大きくしようと努力を続けてだな……」

「……それ以上言っちゃダメぇええええぇっ!」

 平松が織戸の口を塞ぐ。こんな積極的な平松を見るのは初めてかもしれない。ついでにそのまま窒息させてくれると俺は嬉しいし世の為だ。

「何だよ。流れに乗じて一気に告白するチャンスを作ってやろうとしているのに」

「……こんな状況で告白なんてできないよぉ」

「早く言ってしまわないとユーちゃんやハルナちゃん、トモノリに相川を取られちまうぞ」

「……無理なものは無理だよぉ」

 2人は小声で何かやり取りをしている。

 困っている平松を見るに、織戸がセクハラ紛いのことを言っているに違いない。

「悪かったな、平松。変なことに巻き込んでしまって」

 織戸の顔に1秒間に100発のパンチを叩き込みながら謝罪する。

「……ううん。全然変なことじゃないよ」

 平松は俺の顔をジッと見て

「……だって、胸の大きさは私も毎日悩んでいるもの」

 恥ずかしそうに笑った。

「平松が? 意外だな」

「……好きな人には少しでも綺麗な自分を見せたい。女の子なら誰でもそう思うよ」

 潤んだ瞳の平松はとても綺麗だった。しかし……

「平松、好きな奴がいるんだ……」

「……うん」

 迷いなく頷く平松。

「そうか……」

 ゴッド。可愛いなと思った子にその場で好きな人がいると言われて振られる男の気持ちをあなたは理解してくれますか?

「ぜってー勘違いしているぞ相川の奴は」

『泣いちゃダメ』

「……大丈夫。もう5年もこんな感じだから」

 そして何故織戸もユーも平松を慰めているのだろう?

 泣きたいのは俺の方だと言うのに。

 

「とにかく、平松は密かに胸を大きくする努力を続けていた。だから講師として適役であるということで良いんだな?」

 平松と話していると深海にダイブして永遠に死んでいないと気が済まなくなるので要点をまとめる。

「まあそういうことだな」

 織戸のその一言を引き出す為だけに俺はどれだけの犠牲を払ったことか。

「で、平松よ。その努力から得たアドバイスをユーに教えてやってくれ」

 ようやく、ようやく本題に入れた。何、この感無量。

「……えっとぉ、努力はしているけど結果は出ていないから言えることは特にない、かな?」

 アドバイス終了。何、この呆気なさ。

「……だけどこれだけは言えるのは、諦めないで頑張ろうってこと。いつか報われると信じてね」

 安西先生。あなたの教えはあなたの存在さえ知らないに違いない少女にちゃんと伝わっていますよ。先生、全然要らない気もしますが。

『Never Give Up!』

 おお、何だか知らないがユーが燃えている。

 こんなに闘志を迸らせるユーを見るのは初めてだ。

『友情のシェイクハンド』

 おお、ユーが握手を平松に求めている。こんなことも初めてじゃないだろうか。

「……ありがとう、ユーちゃん」

 握られる手と手。

 20数年前のかつて、肉の星の王位を争う戦いの中で英国の鎧の超人が50億の金よりも価値があると言った、固い絆で結ばれた握手。

「……これで私たち、同じ目標を持つ同志になったね」

『目指すはF』

 ユーと平松は『汎バインバイン』同盟を結んだ。

「貧乳2人が巨乳を夢見て力を合わせる様は見ていて萌えてくるよなあ、相川」

「頼むからお前だけは死んでくれ」

 多分効かないのだろうなと予感はしながら織戸に千パーセントの拳を叩きこんだ。

 

 

 

 3人の講師に知恵を色々と出してもらったが結局の所成果なし。

 だけど、ユーは結構楽しんでいたしこれで良いのかなと思わないでもない。

 胸を大きくすることよりもユーが楽しんでくれることが本当の目的なわけだし。

 なんて、ちょっと良い話風にまとめようとしていた時にそれは現れた。

「フッハッハッハッハ。遂にあたしの時代がやって来たぁあああぁっ!」

 『暴君』と印刷された白いTシャツと青い縞パン一丁でそいつは居間に現れた。

「……何て格好しているの、ハルナちゃん!?」

「つまりそれはエロい格好なのかぁっ!? グヘッ!」

 平松の声に反応し織戸がハルナの方を振り返ろうとする所で目潰しをかます。界王拳20倍並の一撃だが、エロい時の織戸は治癒力が半端でないので問題はないだろう。

 まあ、ハルナは俺の前でちっぱいを晒していることも多いし、俺にとっては今更パンツが見えるぐらいの格好で驚きはしないのだが。

「……相川くんも見ちゃダメ!」

「はいっ!」

 慌てて回れ右をする。

「で、何の用だ?」

 背を向けながらハルナに尋ねる。

 ハルナは傍若無人で傲慢不遜で人のことを何とも思わない癖にやたらと人見知りしたりする。だから今日は1度も降りて来なかった。そのハルナが今更一体何の用だろう?

「さっき葉っぱの人から電話があってな。仕事の都合で1週間ほど帰れないらしいんだ。という訳であたしは今まで暖めてきた計画を遂に実行に移すことに決めたんだ」

 ハルナはかなり浮かれた声を出している。

「で、暖めてきた計画ってのは一体なんだ?」

 セラがいないとできないこととは果たして?

「そんなもの、巨乳絶対王制導入に決まっているだろ!」

「「巨乳絶対王制!?」」

 俺と平松の声が揃う。けど、聞き返したくもなるだろ。ちっぱい少女に巨乳絶対王制なんて言葉を自信満々に語られたらよ。

「巨乳絶対王制……とぉっ!」

 そしてハルナの言葉につられて沈んだはずの織戸が復活を遂げる。

「ハルナちゃん女王様万歳。巨乳絶対王制に栄光あれっ!」

 そして恭しく片膝をつきながらハルナを持ち上げ始めた。ハルナは単純だからすぐ調子に乗るというのにだ。

「ふっはっはっは。今日から相川家では乳の大きさこそが全て。巨乳にあらずば人にあらず。相川家一番の巨乳であるあたしの言うことにアユムも根暗マンサーも従うんだ!」

 ほらっ、図に乗り始めた。

 ていうか凄くムカつく。

 Aカップのちっぱい少女に巨乳を語られるなんて神への冒涜としか思えない。

『歩 悔しい』=『お兄ちゃ~ん。ハルナちゃんが意地悪するんだよぉ。プンプン』

 ユーも怒りで全身を震わしている。やはり、Aカップが巨乳を語ることはユーの琴線にも触れるらしい。

「今日から1週間は巨乳女王であるあたしの言うことを何でも聞いてもらうからな」

「ハルナ女王様万歳っ!」

 非巨乳女王とその取り巻きがマジでうざい。

 

 我が侭女王に対して俺がクーデターの決行を考えていると蜂起は意外な所から起きた。

「……間違っているよ、ハルナちゃん」

 蜂起の首謀者は平松だった。

「何がだよ?」

「……胸の大きさを根拠にして相川くんやユーちゃんを虐げようなんて間違っているよ」

 平松は民衆の声を代弁してくれている。

「相川家の問題に部外者が口を出すなよな」

 だが、暴君はそんな民衆の声に耳を傾けない。

「まあ、お下げの人がこの家に住むってんなら王の地位ごと譲ってあげても構わないけどな。あっはっはっは」

 それどころかいやらしい方法でその声を押し潰そうとする。

「……私が、相川くんの家に……一緒に住む?」

 平松の顔が急速に真っ赤に染まりあがっていく。

「……そんなの、まだ早過ぎるよぉ。プロポーズどころかまだ告白もされてないのにぃ」

 平松は首を左右に大きく振った。

 というか、平松の言い方だと俺がプロポーズさえすれば一緒に住むことに抵抗はないのだろうか? 秀才の考えはよくわからない。

「あっはっはっは。これであたしの絶対巨乳王制を阻む者はいなくなった。全宇宙の覇者たるあたしの名を言ってみろぉっ!」

 ハルナが三男の仮面の人のようなノリで叫びだす。

「相川家一の巨乳をお持ちのハルナちゃん女王様です」

 ハルナに合わせるバカが1匹。

「違うっ! あたしの名は、超天才魔装少女にして超巨乳の持ち主ハルナちゃんさまだぁっ!」

 ハルナの増長は留まる所を知らない。

 この世には神も仏もないのかと諦めかけていたその時だった。

 俺たちの前に救いの女神が現れた。

 

「相川ぁ~今日から1週間、オレを相川の家に泊めてくれぇ~」

 女神の名はトモノリと言った。俺の嫁を自称する吸血忍者の少女。

「泊めるのは構わないが、急にどうしたんだ?」

 うちには既に居候が沢山いるのだし、別に今更1人ぐらい増えることに問題はない。

「……えぇっ!? 相川くんはそんなに簡単に女の子を家に泊めちゃうの? ……じゃあ、私が相川くんの部屋に泊まるのもアリなのかな? ……そんな、まだ早いよぉ。でも……」

 よく聞こえないが平松はトモノリが泊まることに難色を示している。まあ、年頃の男女が一つ屋根の下というのは真面目な平松にはアウトにしか思えないだろう。

 で、トモノリがうちに泊まりたがっている理由は何だっけ?

「実はさ、オレのマンションで大掛かりな配管工事が行われることになって1週間追い出されることになっちゃったんだ。それで、夫である相川の所に助けを求めに来た」

「ああ、そういう理由なら仕方ないな」

 トモノリの住むマンションは吸血忍者たちが集団で住んでおり、セキュリティー装置やら何やらが張り巡らされている。工事となれば大掛かりになるだろう。

「そしておめでとう、トモノリ。今から君が相川家の女王だ」

 トモノリは最初見た時は中学生男子かと思ったが、その胸には結構な物を持っている。戦闘力Dクラス級の持ち主だ。

「はっ? 女王?」

 トモノリは何を言われているのかわからないよう。当然だ。でも、トモノリはいてくれるだけで良い。それだけで問題が解決してくれる。

「あたしの巨乳絶対王制がぁああああぁっ!」

 ハルナは泣きながら崩れ落ちた。

 こうしてハルナの巨乳絶対王制は崩壊した。

 

 

 

 ハルナは晩御飯抜きという名の断頭台に掛けられ、織戸は文字通りの私刑に処せられた。こうしてAカップの癖に巨乳絶対王制を敷こうとしたハルナの前代未聞の野望は潰えた。

 しかし考えてみればハルナの野望はユーの目標とは何の関連もない。織戸の存在と同じぐらいウザいだけだった。

「すまんなユー。随分トタバタした割に結局何も変えられなくて」

 講師3名の手間、俺の社会的生命、織戸の命、ハルナの晩飯を犠牲にして取り組んだ割に成果はなかった。

 だけどそんな体たらくにも関わらずユーは楽しそうに首を横に振った。

『楽しかった』

 そう文字を書いたユーの瞳は本当に楽しそうだった。

『同志もできたし』=『ユーは妙子ちゃんと仲良くなったよ、お兄ちゃん♪』

 ユーに必要なのは胸じゃなくて友達だったのかもしれない。平松と仲良くなったユーを見ながらそんなことを考える。

『でも、一番楽しかったのは』

 ユーは俺の瞳をジッと覗き込みながら

『歩と一緒にいられたから』

 なんて聞いていてこっ恥ずかしくなることを書いてくれた。

 そんなことを書かれてしまったら

「俺もユーと一緒にバカ騒ぎできて楽しかった」

 と素直に答えるしかねえじゃないか。

 まったく、今夜は星がやけに見えやがる。

 

 晩秋の大空に織戸が笑顔でキメていた。

 

 了

 

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
5
1

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択