No.207887

バカとテストと召喚獣 僕と木下姉弟とベストフレンド決定戦 その8(最終話)

およそ2ヶ月に渡って連載してきましたベストフレンド決定戦も今回が最終話になります。
気が付けばシリーズ全体で文字数約13万6000字、原稿用紙450枚に達する長編バカコメとなりました。
これもひとえにみなさんのご声援があってこそのことです。
本当にありがとうございました。

続きを表示

2011-03-24 08:18:59 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:11035   閲覧ユーザー数:10499

総文字数約16800字 原稿用紙表記61枚

 

バカテスト 道徳

 

【第八問】

 

問 以下の質問に答えなさい

『あなたが友人である吉井明久くんの為にしてあげたいことを自由に述べてください』

 

 

姫路瑞希の答え

『友人じゃ困るんですぅっ!』

 

教師のコメント

 下僕とか奴隷とか犬の吉井明久くんにした方が良かったでしょうか?

 

 

島田美波の答え

『アキが友達のままなんてウチは絶対に嫌ぁっ!』

 

教師のコメント

 吉井くんは女子生徒からあまり人気がないようですね。これは出題を誤ってしまったかもしれません。

 

 

土屋康太の答え

『女装姿の写真を沢山撮ってあげる』

 

教師のコメント

 土屋くんは吉井くんの特殊な趣味の理解者ということでしょうか?

 

 

霧島翔子の答え

『私と雄二の結婚式で友人代表のスピーチをお願いする』

 

教師のコメント

 一見妙案に聞こえますが吉井くんの場合、スピーチの最中に坂本くんの女性遍歴などを喋り出して両家の親族を引かせるかもしれませんよ?

 

 

坂本雄二の答え

『メタボにならないようにパシリ執事(バトラー)の称号とそれに見合う仕事を与えてやる』

 

教師のコメント

 吉井くんの食生活ではどうやってもメタボにはなれないと思います

 

 

久保利光の答え

『法律を改正して同性婚を公に認めさせる』

 

教師のコメント

 吉井くんが女子生徒からあまり人気がないのはそういうことでしたか

 

 

玉野美紀の答え

『雄二×明久の為に全面サポートをする』

 

教師のコメント

 みなまで言わなくても吉井くんのことは先生よくわかっています

 

 

吉井玲の答え

『アキくんはとても恥ずかしがり屋さんなのでまずはお友達から始めたいと思います』

 

教師のコメント

 吉井さんは確か吉井くんのお姉さんでしたよね?

 

 

木下秀吉の答え

『そんな恥ずかしいことを試験用紙に書けるわけがないのじゃ』

 

教師のコメント

 吉井くんの道徳の点数を0点にしておきます

 

 

島田葉月の答え

『葉月は友人ではなく、バカなお兄ちゃんのお嫁さんなのですよ』

 

教師のコメント

 これは失礼しました

 

 

木下優子の答え

『友達から恋人にクラスチェンジできるようにアタシのことをもっと知ってもらいたい。主に肉体言語で』

 

教師のコメント

 つまり関節技ですね

 

 

吉井明久の答え

『お願いですから僕のことはどうか放っておいてください』

 

教師のコメント

 吉井くんの解答にこんなに感動したのは初めてです

 

 

 

 

 

バカとテストと召喚獣 二次創作

僕と木下姉弟とベストフレンド決定戦 その8(最終話)

 

 

『何だか今日はこっちの世界にばかりいる気がするよ。お姉さんも雄二の口車に乗せられて攻撃して来るし、本当についてない1日だよ……』

『あれっ、じぃちゃんが呼んでる。何だろ?』

『えっ? 僕の結婚を認めてくれるの? さっき訪ねた時は出直してこいだったのに』

『秀吉~これで僕たちはようやく家族公認の元で正式な夫婦になれるよ~♪』

『それで僕のマイ・スイートハニー秀吉は今どこに? えっ、もう連れて来ているって? じゃあ、僕はさっそく花嫁さんの所に行ってくるねぇ~♪』

『……で、何で雄二がいるのさっ!』

『お前のじぃさんを名乗る老人にここに連れて来られただけだ』

『しかもウェディングドレスを着ているなんて……この変態がぁっ!』

『うるせぇっ! 気が付いたらこの格好でこっちの世界にいたし、脱ごうとしても脱げないんだから仕方ないだろうがっ!』

『雄二にそんな趣味があったなんて。これからは付き合い方を改めないといけないよ』

『人の話を聞けよ、おいっ!』

『雄二はこんな変態一直線なのに、どうしてこんな男が女の子から人気があるのだか? 幼馴染の霧島さんはともかく、姫路さんもお姉さんもこんな奴のどこが良いんだか?』

『ちょっと待て? 何の話をしている?』

『雄二が憎らしいほど女の子たちからモテてるって話だよ。姫路さんは試召戦争を始めた頃には既に雄二にホの字だったし、お姉さんとは今日とても親しそうに話してた』

『明久の頭が救い難いのはわかっていたつもりだが、ここまでバカだったとは……』

『僕は姫路さんたちを真剣に案じているというのに、酷い言い草じゃないか!』

『お前のバカさをわかった上で一応聞いておくが、島田が好きなのは誰だと思う?』

『美波が好きなのはチンパンジーでしょ? 校内新聞にもでかでかと出ていたじゃない』

『お前は、自分が姫路や島田に異性として好かれていると考えたりはしないのか?』

『……そんなことを考えていた時期が僕にもあったよ。でも、そのドリームもさっき粉々に砕け散ったさ』

『お前に一体何があった?』

『ドライでクールな現実を知って少年は男へと変わっていくのさ』

『明久よ。お前は自分が女にモテるとは考えないのか?』

『考えるも何も、実際にモテないし。僕のことを好きと言ってくれた女の子と言えば……姉さんは除外するとして、後は僕の女装した姿だけが好きな玉野さん。それから葉月ちゃん。でも、葉月ちゃんはまだ幼いから後3ヶ月ぐらい経たないと恋愛対象としてはとても見られないよ』

『島田の妹は後3ヶ月経っても小学生のままだ。この犯罪者めが』

『とにかく葉月ちゃんを今すぐ恋愛対象として見ることはできないし、やっぱり僕には……愛の告白をしてくれた秀吉しかいないよぉ~♪』

『本当に報われねえな。どいつもこいつも』

『何を言ってるんだよ? 雄二の方こそ、霧島さんを選ぶのか、姫路さんを選ぶのか、お姉さんを選ぶのか、きちんと返事しないとダメじゃないか! それは男のケジメだよ』

『翔子を選べば俺の自由な人生が終わる。姫路か木下優子を選べば一瞬にして振られる。そして怒った翔子に殺される』

『ヤレヤレ。こんな時でも霧島さんとの惚気話かい。まったく、妻帯者って奴はこれだから……』

『バカは死ななきゃ治らないと言うが、明久。お前は1度逝った方が良いぞ』

『フッ、どうして僕たちがここにいると思っているんだい? 本当にバカだなあ、雄二は』

『畜生っ! 死んでも治ってねえじゃねえか!』

『まあまあ、雄二がFクラス並のバカだってことは僕が一番良く知っているから』

『そのFクラス並のバカはさっき翔子を上回る点数を取れることを示したのだが?』

『嘘はいけないよ、雄二。もしくはずるはいけないよ。相手の尊厳を踏み躙るような方法で勝とうなんて、そんなの根本くんや変態先輩コンビと変わらないじゃないか。プライドってのは相手を大事にする為に使うものだよ』

『グッ。まさかお前に人の道を説かれることになろうとはな』

『本当にそんな卑怯な手段を使おうとしていたの? 霧島さんもこんな卑怯者が旦那だなんて可哀想に』

『卑怯じゃなくて制度の不備を突いた作戦だけどな。けど、俺の作戦がA組の連中の心を傷つけるものであるのは確かだ。試召戦争のルールも変更されそうな情勢だし、また別の手を考えるとするか』

『雄二はそれで良いの?』

『そもそも俺が試召戦争を始めたのは学園に一泡吹かせてやる為だ。試験制度そのものの見直しとなればF組がA組に勝つより学園側にとっての打撃は大きい。目標は果たしたさ』

『いや、そうじゃなくて今度A組に負けたら雄二は霧島さんと結婚することになるんじゃ?』

『しっ、しまったぁ~~っ! 何か手を打たないと俺は翔子と結婚する羽目になる~っ!』

『つまり、今回の一連の出来事は、雄二が霧島さんと結婚したいが為に学園に大きな打撃を与え、なおかつA組の生徒たちのプライドまで傷つけた壮大な自作自演劇という訳だね。うん、最低だ。人間の屑だよ』

『違っう~~っ!』

『雄二が霧島さんに一言「結婚してくれ」と言えば済むだけの話だったのに。それに僕を含めた全校生徒・教員が巻き込まれるなんて本当にヤレヤレだよ』

『だから違うと言っているだろうがぁ~~っ!』

『あれっ? じぃちゃん? どうしたの、そんなに慌てて?』

『人の話を聞けっ!』

『えっ? 2人の結婚を認めたのだから、さっさと結婚式に参加しなさいって? 何を言っているの、じぃちゃん? 僕が結婚するのは秀吉っていう超可愛い女の子でこのむさ苦しい雄二じゃないから!』

『いや、確かに秀吉は今こっちにいないみたいだけど……へっ? せっかく予約した式場が無駄になるから結婚しなさいってそんな無茶苦茶だよっ!』

『明久? 何故俺は老人とは思えない腕の力で引っ張られているんだ?』

『このままじゃ雄二と結婚なんていう最悪な結末を迎えてしまう~~っ!』

『ちょっと待て! 何でそんな話になっている!? 大体俺もお前も男じゃねえか!』

『こっちでは結婚に性別は関係ないんだよ。って、いつの間にか式場に連れて来られてる!』

『おいっ! 知らない奴らに温かく拍手されちゃってるぞ!』

『「おめでとう」なんて言わないでぇっ! ちっともおめでたくないからぁっ!』

『それでは誓いのキスをって!? やめろっ、その老人とは思えない強い力で俺の顔を押すなあ!』

『じぃちゃん。嫌ぁっ、やめてぇ~。僕の純情が雄二のケダモノに奪われちゃう~』

『気持ち悪い表現するなぁっ! って、もう明久の顔が目の前にぃっ!?』

『寄るな、寄らないでよ、雄二ッ! この世界から消え去ってよ。って……ウプッ』

『お前こそ、今すぐ俺から離れて銀河の果てにでも行ってくれ! って……ウプッ』

『『うぎゃぁああああああああぁああああああああああああああぁっ!』』

 

雄二×明久 True End

 

僕と木下姉弟とベストフレンド決定戦   ―完―

 

 

 

長い間ご愛読頂きましてありがとうございました。

 

 

 

以下は本編終了後のおまけです。

 

 

 

 準決勝を終えた秀吉がゆっくりと舞台を降りて来た。

 秀吉は久保くんに勝利したのに敗北したかのような暗く険しい表情を浮かべていた。

「のぉ、姉上」

 通り過ぎざまに秀吉が呟く。

「ワシは勝ったのかの?」

 酷く苦渋に満ちた声だった。

 だからアタシは

「勝ったのはアンタよ」

 そう短く答えた。

「じゃがワシは、久保が本気で点を取りに来ていたら負けていた」

 秀吉の足は止まっていた。

「アタシだって坂本くんが本気出していたら完璧に負けていたわよ。でも、アタシもアンタも決勝に進出した。それで良しとしなさいよ」

「じゃが、雄二も久保も実力的にワシらよりも優れておる。そんな2人を差し置いて、ワシらが決勝に進んで良いものか……」

 秀吉は下唇を噛んで戸惑い、というか納得がいかない表情を見せている。

「坂本くんは試召戦争の為、久保くんは受験の為。それぞれ事情があったから準決勝では全力を尽くせなかった。一方アタシたちは100%の力を発揮して2人を倒した」

 秀吉がジッとアタシの顔を見ている。

「アタシたちの方がこの決定戦に想いをより強く篭めることができた結果でもあるのだから、この際胸を張れば良いのよ」

 実際に胸を張ってみせる。

「姉上のその強気で前向きな姿勢は本当に凄いのぅ」

「アタシを誰だと思っているの? 木下優子様を舐めないでよね」

 目を丸くして驚く秀吉。その顔は、アタシがよく知るいつもの弟のものだった。

「張っているのに少しも出っ張る気配がないその胸も凄いのぅ」

「折るわよ」

 言った時には既に両肘の関節はあらぬ方向に曲がっていた。

「ワシが決勝戦に出られなくなったらどうするつもりじゃ、姉上!」

 器用に関節を戻しながら抗議して来る秀吉。流石に関節を外され慣れているだけのことはある。関節を元に戻す技術なんて忍者以外で早々習得している人もいないだろう。

「それだったらアンタの不戦敗で大会がさっさと終わるから良いじゃないの♪」

「鬼じゃ。もうわかりきっておることじゃが、姉上は鬼じゃ!」

「失礼ねえ」

 そっと肩に手を置いて、ついでに肩の関節もそっと外してあげる。

 別に力を篭めなくても関節を外すことぐらいアタシには朝飯前のこと。

「姉上はワシにだけ酷いのじゃ~~っ!」

「そんなことないわよ。アタシは自分の障害となる全ての男に厳しいわよ♪」

「何で姉上の暴力は取り締まられないのじゃ~~っ!?」

 秀吉の叫びが体育館にこだました。

 

 

 

 

「さあいよいよ、吉井くんのベストフレンドを決定するこの大会も決勝戦を残すのみとなったよぉっ!」

 愛子のマイクパフォーマンスに観客たちは熱狂をもって答える。

「ようやく、ここまで来たのね」

 ここに来るまで長く険しい道のりだった。

 料理、歌対決と何度も自分に負けてしまいそうになった。

 姫路さん、坂本くんと直接対決は劣勢を強いられた。

 そして吉井くん、坂本くん、変態コンビと多くの強敵(とも)たちが己が運命に殉じ星となった。

 本当によく自分がこの決勝戦の舞台に立っていられるものだと驚いてしまう。

 そして決勝戦の対戦相手は実弟秀吉。

 

 弟もまた苦難の道を乗り越えて決勝へと進んで来た。

 肘や膝を不幸な事故で破壊されたり、首や腰の骨を不幸な事故で折られたりと不幸続きだった。

 そんな劣悪な環境の中秀吉は予選をトップで通過し、準決勝では学年次席の久保くんを打ち破った。

 まったく、大した弟であることを認めざるを得ない。

 弟のことを認めるなんて、ほんと、1年ぶり以上のことじゃないかしら?

 まあでも吉井くんを譲るつもりは髪の毛1本ほどもないけどね。

「お~と、優子が修羅と化した表情で木下くんを見ているよぉ。これは木下くん、今回は臨死体験じゃ済まないかもしれないよぉ」

 修羅なんて失礼な。

 それにアタシはこの決勝戦で秀吉を傷つける意図はない。ただ、勝負の内容によっては秀吉がこの世から消えてしまうという結果が待っているだけだ。

「元よりこの命、姉上と直接戦うことになった瞬間からないものと思うておる」

 秀吉までアタシが殺す気だと思っているなんて失礼な。

「それでは決勝戦のルール説明だよ。決勝戦は、こちらのサイコロを振って出た目に従って行ってもらいま~す」

 愛子は60cmはあろうかという大きなサイコロを掲げてみせた。

 バラエティー番組などでよく見るソフトビニール製の大きなサイコロ。その目には数字や丸印ではなく文字が書かれている。

「6つの面にはそれぞれ対戦種目が書かれてま~す。サイコロを振って出た種目で戦ってもらい、先に3ポイントを取った方が優勝だよ~っ♪」

 本当にバラエティーの王道みたいな勝負をさせられるらしい。

 まあ、別に構わないけれどね。

 問題は、対戦種目が何かという点だけど……。

「ちなみに、対戦種目はこうなっているよ」

 模造紙が張り出され、対戦種目が記される。

 

 『料理対決』『歌合戦』『刺繍対決』『人気コンテスト対決』『物まね対決』

 『バーリトゥード』

 

「何よこれっ! 秀吉の得意なものばかりじゃないのっ!」

 歌や料理は言うに及ばず、お嫁さんにしたい生徒ナンバーワンで家庭的な技術にも卓越した秀吉に刺繍や人気コンテストで勝てる訳がないじゃない。

 そして演劇部出身の弟に物まねでどう勝てと?

 この対戦種目、明らかにアタシに不利だ。

 だけど、秀吉は模造紙を見ながら激しく震えていた。

「バーリトゥード……何でもありの格闘技じゃと?」

 秀吉の膝はガクガクと震えている。

「何をそんなに怯えているのよ? バーリトゥードは6つの種目の内の1つに過ぎないじゃないの」

 バーリトゥードならアタシが勝つのは目に見えている。6つの種目の内で唯一アタシが勝てそうな競技。

 だけどバーリトゥードのマスが3回出てくれない限りアタシに勝ちはない。

 うん? 3回?

「ねえ、愛子?」

「何?」

 今思い付いた疑問をぶつけてみる。

「決勝戦の最中に片方が競技を続けられなくなったらどうなるの?」

「それは残りの勝負は全部不戦敗ということで、勝負を続けられる人の優勝になるよ」

「なるほどねぇ」

 愛子の説明に首を縦に振って頷く。

「つまり、デストロイすれば良い訳ね♪」

 決勝戦は意外と単純な勝負だった。

「ひぃいいいいぃっ!? 姉上はやはりバーリトゥードでワシを殺す気じゃぁっ!」

 弟は尋常ではない震え方をしている。決勝戦のカラクリにアタシより先に気付いていたのは間違いないようだ。

「アンタ、アタシと戦うことになった瞬間から命はないものと思っていると言ったじゃない」

「覚悟を決めるのと、実際に無慈悲に殺されてしまうのでは全然違うのじゃぁ」

「えっと? 木下姉妹は一体何を話しているのかな?」

 首を傾げる愛子。

 愛子は自分でルール説明をしておきながら、決勝戦のポイントを理解していないらしい。

「つまりこの勝負、3回サイコロを振る間に1回でもバーリトゥードの目が出ればアタシの勝ちってことよ」

 秀吉を見ながらニタリと笑う。秀吉はまた大きく竦みあがった。

「へっ? どうして?」

「アタシが砕くから。秀吉の未来も、命も、吉井くんとの恋愛も。それ以降の対戦はないわね♪」

 アタシがバーリトゥードで秀吉を砕けば、以降の勝負は開催不可能になる。そうなれば秀吉の不戦敗が確定する。つまり、アタシの優勝となる。

「天国の吉井くん、アタシのことを応援していてね。絶対に、優勝してみせるからっ!」

 体育館の屋根に浮かんだ吉井くんの面影がアタシに微笑み掛けてくれる。

 吉井くんの1日自由使用権の為にも絶対に負けられない。

 そう言えばアタシ、優勝して吉井くんに何をお願いしようとしていたんだっけ?

 ……思い出せない。何だったっけ?

 まあ、優勝すれば思い出すわよね。

「そうじゃ! バーリトゥードの目が出る前にワシが3勝すれば良いだけの話なのじゃ。家事能力も美貌もワシに遠く及ばない姉上なぞ敵ではないのじゃ!」

 秀吉も気勢を盛り返した。

 それにしても秀吉の奴、よほど死にたいらしいわね。

「家事はともかく、美貌でアタシが秀吉に遠く及ばないですって?」

 同じ顔している癖に?

「フンッ。ワシと姉上では内面の清らかさが比較にならんのじゃ。故にワシは明久に愛され、姉上は恐れられている」

「本気で死にたいらしいわね」

 弟も覚悟を決めたようだ。

 そうでなくては面白くない。

「さて、2人の気分も盛り上がって来たようだし、いよいよ決勝戦を始めるよぉ」

 愛子の声に観客たちが再び熱狂の雄叫びを上げる。

 この学校の生徒って本当に乗り易い性格している。女風呂覗きに加担して2年男子全員停学になった時も思ったことだけど。

 まあ、この500人の観衆がみんなアタシの優勝を期待していると思えば、パワーも出るってものよ!

 

「それでは、今回サイコロを振ってくれるのは、大会の発起人でもある島田葉月ちゃんで~す」

「サイコロは葉月にお任せなのです」

 再び物凄い歓声。

 騒げることがあれば何でもありなのか、それともロリ犯罪者が多いのか。後者だったら困るわよね。まさか、吉井くんもそうだなんてことはないわよね?

 でも、次の休みに2人きりで遊園地に行くって約束しているみたいだし……う~ん。

 まあ、とにかくアタシの大人の色気で吉井くんを悩殺しちゃえば良いだけの問題よね。

「姉上に大人の色気などあるものか。その胸と暴力性で図々しい」

「何か言った?」

「何も言っておらんぞ」

 今、アタシの考えていることを秀吉に読まれた気がする。

 でも、アタシはこの大会に勝って吉井くんともっと親密になってみせるわよ!

「それじゃあ葉月ちゃん、サイコロを振ってね~」

「は~いなのです♪ 何が出るかな 何が出るかな 何が出るかな なのです~」

 妹さんが歌いながら勢いよくサイコロを放り投げる。

「確率的に言えば、常に6分の5の確率でワシに勝利が巡ってくるのじゃ」

 弟の言うことは確かに当たっている。

 サイコロを3回振る内、1回でも『バーリトゥード』の目が出る確率は

 1 - 5/6 * 5/6 * 5/6 = 91/216

 つまり半分の確率もない。

 でも!

「アタシはね、木下優子なのよっ!」

 確率以上の運を引き当ててみせるっ!

「どうやら葉月も本気を出さないといけないみたいなのです♪」

 妹さんがアタシを見ながら笑った気がした。

 そして、出た目は……

 

 

 

『バーリトゥード』

 

 

 

 こうしてアタシはベストフレンド決定戦に優勝した。

 

 

 

 

 

「吉井明久くん争奪ベストフレンド決定戦の優勝者は……木下~優子っ!」

 閉幕式の最中、大歓声を背に浴びながらアタシはようやく一心地ついていた。

 

「長かった戦いよ、さらばよッ!」

 木下家に伝わる三大奥義の一つ、完璧版木下スパークを掛けて秀吉を再起不能(リタイア)にすることで戦いは終わった。

 今日の戦いは本当に苦戦の連続だった。

 秀吉だって決して弱くはなかった。

「ワシは地上で最も鬼な木下優子じゃ。ぎゃっはっはっはっはっは」

 秀吉は得意の演技を利用してアタシになりきることで普段の千倍以上の戦闘力を得た。

 アタシと秀吉は全く互角の戦いを演じた。

 アタシが秀吉に披露したことがない真奥義を使わなかったら負けていたのはこちらかもしれなかった。本物にしか使えない技を持っていたのは本当に運が良かった。

 

「秀吉……お姉ちゃんはアンタの分まで幸せになるからね」

 秀吉のことを想うと涙が込み上げてきて止めるのが辛い。

「それでは、優勝者の優子に吉井くんからねぎらいの言葉を頂きま~す」

 愛子が右手を大きく横に広げながら吉井くんに注目を集める。

 そしてその吉井くんは……

「僕汚れちゃった、僕汚れちゃった、僕汚れちゃった、僕汚れちゃったよぉ……」

 審査員席の椅子の上で体育座りしながらブツブツと呟いていた。

 全身真っ白な灰になって燃え尽きてしまっていた。

 あっちの世界で何かあったのかしら?

「俺は汚れちまった、俺は汚れちまった、俺は汚れちまった、俺は汚れちまったさ……」

 会場の隅では坂本くんが同じように体育座りしながら真っ白に燃え尽きている。

 一体、2人の間に何があったのかしら?

 あっちの世界(True Route)を進んでいないアタシにはよくわからない。

「え~と~、これは……吉井くんから言葉をもらうのはちょっと無理かなぁ?」

 愛子も困った表情を浮かべている。

 ちょっと残念だけど、吉井くんがこの状態では何ともしようがなさそうだし……。

「大丈夫なのです。葉月に任せて欲しいのです」

 そんな最中、吉井くんの目の前に立ったのは妹さんだった。

「深い闇に囚われてしまった王子様を救う方法はただ一つなのです」

 そう言って妹さんは吉井くんの顔に両手を添えて──

「ちゅっ♪」

 吉井くんにキスをした。

 ……ほっぺ、ではなく唇に。

「うなぁあああああああああああああああぁっ!?」

 気付けばアタシは大絶叫していた。

 だって、だって、だってぇ~っ!

 キスなのよ! キスっ!

 アタシだってまだ生まれて1度もしたことないのにっ!

 アタシがこの大会で優勝したのにっ!

 何で妹さんが吉井くんにキスしているのよぉ~っ!

「これが大人のキスなのですよ、バカなお兄ちゃん♪」

 妹さんはアタシの激昂は無視して吉井くんの顔を覗き込んでいる。

 な、何て妖艶な瞳……。すると──

「あれっ? 葉月ちゃん? 僕、一体どうして?」

 吉井くんは精神を取り戻した。

「愛の力なのです♪」

「へっ? 何のこと?」

 吉井くんは自分に何が起きたのか全然理解していない。

 でも、だけど、アタシにとっては……。

「葉月ちゃんだけずるいですっ! 姉さんもアキくんにキスしますっ!」

 お義姉さんが吉井くんに向かって猛ダッシュを敢行する。

「うわぁっ! 姉さん、突然何をトチ狂ってるのさっ! やめて、顔を近づけないで!」

「葉月ちゃんとはキスできても、姉さんとはキスできないって言うのですか?」

「葉月ちゃんとキスって一体何のことなんだよぉっ!」

 吉井くんはお義姉さんからのキス攻撃を避けようと必死になっている。

 審査員席はテーブルがひっくり返りもう大混乱状態。

「え~とぉ、何だか取り込んじゃってるみたいだから、そろそろベストフレンド決定戦を閉幕するね……」

 愛子も冷や汗を垂らしながら審査員席を見ている。

「それじゃあみんな、次があったらまた盛り上がろうね~っ!」

 愛子の拳を突き上げるパフォーマンスに、500人の観衆が大歓声をもって応える。

 こうして、ベストフレンド決定戦の閉幕式はドタバタの内に幕が降りることになった。

 だけどアタシの関心は──

「これでバカなお兄ちゃんの唇は名実共に葉月のものなのです♪ バカなお兄ちゃんはもう葉月だけのものなのです♪」

 とても無邪気なのにどこか他者を圧倒する雰囲気を放つ小学生の少女と

「何で僕は姉さんに唇を狙われなきゃいけないのさぁっ!」

 お義姉さんに唇を奪われまいと抵抗する片想いの男の子に向けられていた。

 

 

 

 大会が終わって1時間が経っていた。

 ベストフレンド決定戦実行委員は人数が少ないので参加者も片付けの手伝いをしている。

「あれっ? 姫路さん、美波。今日は全然姿が見えなかったけど、片付け手伝ってくれるんだ」

「え~と、今日はその、色々と立て込んだ用事がありまして……」

「ウチらがどこにいたなんてどうでも良いじゃないのよ。今、片づけを手伝ってるんだし」

 いまだに謎の仮面美少女戦士2人の正体に気付かない吉井くん。

 そして、あれだけバレバレだったのにも関わらず白を切り通そうとする2人。

 やっぱりF組って特殊な空間な気がする。

 まあ、それはともかく吉井くんも元気になったことだし、大会に優勝したアタシを労ってもらおうかしら。

 アタシにはその権利がある筈。

「あの、吉井くん……」

 後ろから近づいて声を掛ける。

「ひぃいいいいぃ。お姉さんっ!? これ以上殴らないでぇ~っ!」

 いきなり失礼極まりない反応が来た。

「アタシはむやみに暴力振るったりしないわよ。失礼ねぇ」

「姉上は自分の暴力性に対する自覚が足りんのが致命傷じゃの」

 秀吉のしかばねが立ち上がって一言だけツッコミを入れるとまた倒れた。

 本当に失礼な。

「それよりも吉井くん」

「はいっ、何でしょうか?」

 何でそんなに怖がるのよ。失礼を越えて悲しくなって来る。

「あの、アタシ、優勝したのだけど?」

 吉井くんがアタシに優勝して欲しいといってくれたから頑張れた。

 吉井くんもアタシの優勝を喜んでくれているはず。

「えっと、あの、優勝おめでとう」

 アレ? 何か反応薄くない?

 ま、まあついさっきまで燃え尽きて灰になっていたのだし、まだ熱情が戻りきっていないのかもしれない。

「それで、優勝した際の賞品の話なのだけど……」

 吉井くんの1日自由使用権。どうやって使おう?

「その、お姉さんは言ってくれたよね?」

「何の話のこと?」

「準決勝の時、後で何でも言うこと聞いてくれるって話だよ」

「あっ、その話……」

 もしかして吉井くんは「僕のものになれ」とか「僕の味噌汁を毎日作って欲しい」とか「吉井優子になれ」とか「結婚してくれ」とか言うつもりなのかしら?

 そんな強引でケダモノな話……もう覚悟はできているけれど。

 さあ、どんな滅茶苦茶な要求でもアタシはO.K.よ。

 ドキドキワクワク♪

「その……僕の望みはお姉さんが持っている僕の1日自由使用権をチャラにして欲しいってことで……」

「へっ?」

 何、その望み?

「吉井くんは高校生の健全な男の子なんだからもっとすごい欲望があるんじゃないの!? こう、高校生にあるまじき破廉恥で浅ましい劣情をアタシにぶつけてみたいとかっ!」

 ぶつけなさいよ、こん畜生っ!

「同級生の女の子に酷いお願いなんてできるわけがないよ」

「何でこんな時だけそんなに紳士なのぉっ!?」

 吉井くんのご両親とアタシの両親への挨拶をもう256パターンも考えていたのに……。

「とにかく、僕にとってはお姉さんも大事な人だから酷いことなんてできないよ」

「吉井くんが、そう言うなら……」

 大事な人なんて言われてはそれ以上強く言えない。

 お姉さん“も”という部分は少し残念だけど。

 

 

 

 結局、ベストフレンド決定戦には優勝したけれど、アタシたちの関係は何も変わらない。

 1日自由使用権もなくなってしまった。新たな絆を作る大義名分も実行の機会もない。

 アタシと吉井くんの縁なんて、そんなものなのかしら?

 …………否。断じて、否よっ!

 こんなことで諦めるなら最初からこの決定戦に出場したりしない!

 それにアタシはこの決定戦を通して吉井くんと今までより多くの会話を交わした。親しくなった。吉井くんのことをもっと理解した。

 それらは決定戦の賞品として得られたものじゃない。

 アタシが吉井くんと仲良くなろうと努力した過程で得た結果。

 与えられたものじゃなくてアタシが勝ち取ったもの。

 そうよ。

 ここから1歩踏み出すのも賞品とかお願いとかじゃない。

 アタシが、アタシが自分で進んで得ていくものに決まっているじゃない!

 アタシは木下優子。

 欲しいものを得るために努力を惜しまない完璧な優等生。

 それがアタシじゃないの!

 決定戦とか関係ない。

 アタシはアタシの意志で吉井くんと親しくなってやるわよ!

 

『姉上。よくぞ重要なことに気付いたの』

 

 秀吉の霊もアタシを応援してくれている。

 だからアタシは、自分の信じる道を自分で切り開く。

「あの、吉井くんっ!」

「どうしたの、お姉さん?」

 吉井くんの前に立つ。

 だけど、何を言えばいいのかしら?

 勇気を振り絞って立ってはみたものの、何を言えば良いのかわからない。

 でも、このまま何も言わずに立ち去るなんて真似もできない。

 そんなことをしたらアタシは前に進めなくなってしまう。

 そうよ。

 今必要なのはアタシが吉井くんとの関係を前に進められる一言。

 アタシたちの関係を変えられる一言。

 それは……っ。

「あのさ、吉井くん。アタシのこと……優子って、名前で呼んでくれないかしら?」

「ええっ? どうしたの、突然?」

 急な申し出に吉井くんも戸惑っている。

 でも、言ったアタシがそれ以上に戸惑っている。

 考えてみればアタシは男の子に名前で呼ばれたことなんかない。

 それを、自分からお願いしている。

 考えてみると、すごく恥ずかしいお願いをしている気がする。

「ダメ……かな?」

 恥ずかしくなって吉井くんから目を逸らす。

 目を逸らした先には物言わぬ姿となった秀吉が倒れていた。首が180度捩れている。

「是非っ、呼ばせて頂きますっ! 優子さんっ!」

 ……吉井くんがアタシのことを名前で呼んでくれた。

 吉井くんがアタシのことを優子さんって名前で呼んでくれたっ!

 直立不動で敬礼しながらなのがちょっと奇妙だけど、アタシのことを名前で呼んでくれたっ!

 

『良かったのぉ、姉上』

 

 秀吉の霊も喜んでくれている。

 でも、ここで満足しちゃダメ。

 ううん、今のままじゃ一方的に名前で呼んでもらっているだけ。

 そんなの、おかしい。

「あ、あ、あ、あき………………明久、くん」

 言った。

 言った!

 言っちゃった!

 明久くんって名前で呼んじゃった!

 これでもう、2人は特別だよね?

 そうだよね?

「えっと、何でしょうか、ひゅっ、優子さん?」

 だけどどうして明久くんはそんな怯えたような表情を見せながらアタシの名前を呼ぶのかしら?

 

 

 

 明久くんと名前で呼べ合える仲になった。

 これだけでもアタシはとても幸せ。

 だけど2人の関係が進展したこの雰囲気をこのまま逃がしてしまう手はない。

 もう1歩、もう1歩だけ関係を進めたい。

 そうだっ!

 アタシには明久くんとの関係を進展できるステキなアイテムが福引で当たっていたじゃないの。

 そうよっ。

 アタシはこの流れに乗って、今こそ明久くんを如月ハイランドパークでのデートに誘うべき時なのよっ!

「あのっ、明久くんっ! もし、時間があったら今度の週末っ! アタシと……」

「バカなお兄ちゃ~ん♪」

 だけどアタシのデートを誘う声は妹さんの無邪気な声に遮られてしまった。

「どうしたの、葉月ちゃん?」

 あっ、明久くんの注意が妹さんの方に向いてしまった。

 突然雪山の中に放り込まれたような寒気と虚しさが全身を包み込む。

「今度の週末、葉月と一緒に如月ハイランドパークに行って欲しいのです♪」

 妹さんはそう言って2枚のチケットを見せた。アタシが持っているのと同じ特別招待券だった。

「どうしたの、そのチケット?」

「福引で当たったのです♪」

「へぇ~。葉月ちゃんは運が良いんだねぇ」

「えへへ。なのです」

 照れて笑う妹さん。

 でも、今問題なのは妹さんの運が良いことじゃない。

 妹さんが今のタイミングでチケットを出してきたことだ。

「でも、一緒に行くのが僕で良いの? 美波と行った方が良いんじゃないの?」

「お姉ちゃんはお化け屋敷が苦手なので行きたくないと言っていました」

「確かに美波は大のお化け嫌いだもんねぇ」

 振り返って島田さんを見る。その島田さんはしまったという表情で俯いていた。

「そしてお姉ちゃんは葉月が1人で遊園地に行っちゃダメって言いました。小学校のお友達と行くのもダメと言われたのです。だから、バカなお兄ちゃんが一緒に行ってくれないと葉月は遊園地に行けないのです」

 妹さんは落ち込んだ表情を見せた。

「そういうことなら、僕で良ければ喜んでご一緒させてもらうよ、葉月ちゃん」

「本当なのですか? バカなお兄ちゃん」

「うんっ」

「ありがとうなのです。バカなお兄ちゃん♪」

 明久くんの手を取って振り回す妹さん。

 その無邪気な姿を見ていると毒気が抜かれていってしまう。

 ほんと、アタシは子供相手に何を張り合っているのだか。

「ちなみにこの特別招待券にはウエディングプランがついているのです。バカなお兄ちゃんと葉月の結婚式なのです」

「へぇー。結婚式の体験かぁ」

「体験じゃなくて本物の結婚式なのです♪」

 無邪気な子供?

 よね?

「女の子と2人きりで遊園地なんて不純異性交遊は姉さん認めませんよ」

 明久くんと妹さんの遊園地行きに待ったをかけるお義姉さん。しかし──

「葉月とバカなお兄ちゃんの関係は不純異性交遊ではないのです」

 妹さんは首を可愛らしく傾げながら言い返す。

「それは何故でしょうか?」

「葉月とバカなお兄ちゃんは大人のキスも交わした正真正銘の夫婦なのです。夫婦関係は不純異性交遊ではないのです」

「……完敗です。完璧な理論です。私は一体ハーバードで何を学んで来たのでしょうか?」

 お姉さんはガックリと膝を折って地面に座り込んでしまった。

 いや、アタシには隙だらけに見えるんだけど?

 頭の良すぎる人の考えることはよくわからない。

「これでバカなお兄ちゃんのお姉ちゃんの許可ももらったのです。今度の週末、バカなお兄ちゃんは葉月と遊園地で決まりなのです♪」

 そうこうしている間に妹さんが勝利宣言してしまった。

 こうなった以上、アタシに取れる行動といえば……っ!

 

 

 

「秀吉っ! 今こそ復活の時よっ!」

 不幸な事故で180度捩れてしまっている秀吉の首をもう180度捻ってみる。

 何か捻る方向を間違えたような気もするけれど、とにかくこれで秀吉の顔は元の位置を向くようになった。

「うん? 姉上。そんなに血相変えてどうしたのじゃ?」

「アタシの顔なんてどうでも良いから。それより今度の週末、アタシと如月ハイランドパークに行くわよっ!」

 このチケットは明久くんと行くのに使いたかった。けれど、今はそんなことを言っている場合じゃない。

「何故ワシが姉上と一緒に遊園地に行かねばならんのじゃ? 明久と行けば良かろう。姉上が優勝したのだし」

「何を古い情報で物を語っているのよっ! 今はもうそれどころじゃないのよ。最強の敵が遂にベールを脱いだのよ!」

「最強の敵?」

 弟が明久くんを見る。

 その隣には手を繋いだままの妹さんの姿。その瞳はチケットに書かれている無料ウエディングプランの文字を見たまま動かない。

「結婚式は法律的には必要のないものなのです。でも逆に言えば、まだ法的に結婚できない2人でも本物の結婚式を行うことは可能なのです♪」

 本物の結婚式という部分を強調していう妹さん。

 子供らしい無邪気な発想といえばそれまでの台詞。

 だけど、アタシの女の勘は今の言葉の含意を決して見落としてはならないと警告を発している。

「どうやらワシらが争っている場合ではないようじゃのう」

 秀吉も妹さんの脅威に気付いたらしい。

「ワシらが手を組まねばあの最強の敵には敵わぬ。姉上、一緒に遊園地に行こうぞ」

「まさかラスボスである秀吉と手を組む日が来るなんてね」

 秀吉とガッチリ握手を交わす。

 ラスボスと手を組むなんてどんな乙女恋愛小説を見ればそんな展開が載っているのよ。

 でも、悪くない気分。

「美波ちゃん。私たちも如月ハイランドパークに行きましょう!」

「そうね。お化け屋敷が怖いなんて言ってられないわ。葉月の野望を阻止しないと!」

 姫路さんと島田さんも再び雄々しく立ち上がる。

 やはり彼女たちは決定戦に負けたぐらいで引き下がってしまうような軟な魂(こころ)は持っていない。

 それでこそアタシの強敵(とも)たち。

「お姉さまが行くのなら美春も行きますっ!」

「吉井くんが行くのなら僕も行こうっ!」

「…………この面子が行くのなら売れる写真が沢山撮れる。俺も行く」

「ムッツリーニくんが行くのなら……ボクも行こう、かな?」

 次々と立ち上がっていく強敵(とも)たち。何か別の目的な人も混ざっているけど。

 ていうか、愛子。アンタさり気なく土屋くんとデート気分に浸ろうとしてない?

「……吉井たちがウエディングするなら私も雄二ともう1度ウエディングする」

「俺にはどうせ何の選択肢もないんだろ? 3度目の結婚式だってもう好きにしてくれ。俺にはもう何もないからな」

「……3度目?」

「吉井くんと坂本くんが遊園地でウエディングっ!? 不肖玉野美紀、如月ハイランドパークにお供させてもらいますっ!」

「未成年だけで遊園地に遊びに行かせるのはちょっと心配ですね。私も行きましょう」

「先生も教師として引率しなければなりませんね」

 お義姉さんや高橋先生まで遊園地に行くと言い出した。

 これって、今日決定戦に関わったほぼ全員ってことじゃない(変態除く)。

「えっとぉ、何でかみんなで遊びに行くっていう流れになっちゃったけど……。良いかな、葉月ちゃん?」

 明久くんが戸惑いながら妹さんにお伺いを立てている。明久くんのほうが6歳も年上なのに小さく縮こまっているように見える。

 将来の2人の力関係が透けて見える構図。

 否っ! 

 断じてそんなことはない筈よ。ある筈がない。

 何故なら明久くんと共に二人三脚で人生を歩む関係になるのはアタシの筈だから。妹さんのわけがない。

 その渦中の妹さんはアタシたちをグルッと見回してから無邪気な顔でニッコリと微笑んだ。

「わぁ~。みんな葉月と遊んでくれるのですかぁ? 嬉しいですぅ~♪」

 妹さんは歓喜の声をあげた。ほんと、この子の顔を見ているとそれだけで気分が穏やかになってくる。こういうのを天真爛漫な表情っていうのだと思う。

「………………みんなまとめて遊んであげるのですよ」

 穏やかになって、くる?

 何か今、ウサギさえも全力で狩ろうとするライオンみたいな激しい眼光を感じたような?

 き、気のせいよね。

「みんな、どうかしたの? 蛇に睨まれた蛙みたいな引き攣った顔で硬直しちゃってさ?」

 ただ1人、事態に気付いていない明久くんが素っ頓狂な声を出している。

「何でもないのですよ、バカなお兄ちゃん」

 妹さんが明久くんを振り返ってニッコリと笑う。

 そんな妹さんの頭を明久くんは優しく撫でている。いいなぁ。

「だけど、一つだけ決まったことがあるのですよ」

「何が?」

 妹さんは気持ち良さそうに瞳を閉じながら言葉を続けた。

「第2回の決定戦の開催がです♪」

 その言葉はアタシの胸にグサッと突き刺さった。

「え~? またやるのぉ? この大会って僕にとっての利益が全然ないんだけど……」

 不服そうな声を上げる吉井くん。

 まあ、その気持ちはわからないでもない。

 だけど、アタシと名前で呼び合うようになったのだし、少しぐらい利益があったと感じてくれても良いんじゃないかしら?

「秀吉に愛の告白されたことは嬉しかったけどね」

 秀吉の関節という関節を逆に曲げてみる。悲鳴を上げてこの雰囲気に水を差すことがないように、右手は口を押さえたままで。

 妹さんも明久くんのデリカシーの欠けた返答にちょっとお冠のようだ。

「ぶ~。バカなお兄ちゃんは葉月のお婿さんなのだから他の女の人の名前を出しちゃ嫌なのです」

「ははは。ごめんね」

 子供の冗談と思って軽く受け流す明久くん。

 ちなみにアタシの右手は秀吉の口と鼻を塞いで一切の呼吸を封じている。

「そんなバカなお兄ちゃんの為に今度の大会はちょっと賭けるものが違うのです」

「どう違うの?」

「今度の大会は……バカなお兄ちゃんのお嫁さん・お婿さんの座決定戦なのです♪」

 葉月ちゃんの言葉にアタシたち全員が色めきだった。

 いえ、色めきだつなんてもんじゃない。全身からオーラが噴出して飛び出ている。

 アタシもかつてないほどに体の奥底からパワーが漲ってくる。

 今ならアタシ、月でもこの拳で砕けそう。

「勿論葉月が優勝してバカなお兄ちゃんのお嫁さんになるのです♪」

「ははは。それは頼もしいなあ。優勝できるように頑張ってね、葉月ちゃん。僕が応援してるから」

「はいっ、なのです♪」

 明久君のお墨付きをもらって喜ぶ妹さん。

 そして妹さんはアタシたちの方を振り返り

「そういうことなのです。葉月と遊びたい人は今度の週末、如月ハイランドパークまで来て欲しいのです♪」

 無邪気にして堂々たる宣戦布告を発してきた。

 だけどそんな宣戦布告を受けるまでもない。

 アタシたちはみな、新たなる闘いに向けて闘志を満々に燃やしていた。

 窮鼠猫を噛むという言葉がある。

 ウサギだって本気を出せばライオンに負けないに違いない。

 アタシはやる。やってみせる!

 第2回決定戦にだって勝って、明久くんとの仲を劇的に進めてみせるんだからっ!

「燃えておるようじゃの、姉上」

「これが燃えずにいられますかってのよ」

「じゃが、次こそワシは姉上を越え、島田の妹も越えて明久と結ばれてみせるぞっ!」

 秀吉も燃えている。

 他のみんなも見るまでもなく次の大会に向けて熱く胸を焦がしている。

 そう。

 決定戦は今日で終わりを告げたんじゃない。

 これからが本当の闘い。

 本当の勝負。

 吉井くんの愛を勝ち取る為の本当の勝負。

「アタシたちの本当の戦いはこれからなのよっ!」

 恋愛少女小説のラストシーンのように第1回ベストフレンド決定戦を大声で総括して、アタシは今日の大会を締め括るのだった。

 

 

 

 おしまい

 

 

 

 本当に長い間ご愛読頂きましてありがとうございました。

 

 

 


 
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