No.206860

アタシと尾行と男の子同士の熱い夜

1日でも早い復旧がなることを祈るばかりです。
この1週間は忙しかったり、執筆が気分的にも乗らないということもあったりと半端な作業の繰り返しなので、pixiv投稿作からの加筆修正作品となります。
作品発表して少しでもみなさんの気分転換になることが私のなすべきこととも思います。
ベストフレンド決定戦最終話もエピローグ部分をどうするかという点で再検討中ですが、近い内に発表できると思います。

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2011-03-18 12:56:47 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:23424   閲覧ユーザー数:22914

バカとテストと召喚獣 二次創作

アタシと尾行と男の子同士の熱い夜

 

 

バカテスト 国語

 

【第?問】

 

問 以下の慣用句を完成させなさい

『人の恋路を邪魔する奴は(1)』

 

 

木下秀吉の答え

『馬に蹴られて死んじまえ』

 

教師のコメント

 正解です。ちなみにこの『人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ』という慣用句は江戸時代末期に流行った都都逸という口語による定型詩の1つで作者不明の作品と言われています。

 

 

須川亮の答え

『FFF団入会大歓迎!』

 

教師のコメント

 馬に蹴られて死んでください

 

 

坂本雄二の答え

『翔子を止めてくれるなら大歓迎!』

 

教師のコメント

 坂本くんの恋の相手は吉井くんではないのですか?

 

 

工藤愛子の答え

『その、ボクとムッツリーニくんのことは放っておいて欲しいなあ』

 

教師のコメント

 FFF団は他人の幸せを許さないそうです

 

 

吉井明久の答え

『嫉妬に狂った女の子に命を狙われるのは僕の運命なのさ』

 

教師のコメント

 吉井くんの国語の点数を0点にします

 

 

姫路瑞希の答え

『いつまでも私の気持ちに気付いてくれない明久くんが悪いんです……』

 

教師のコメント

 吉井くんの点数を0点にしておきました

 

 

島田美波の答え

『あんなにアピールしているのにウチの想いに気付かないアキが悪いのよ!』

 

教師のコメント

 吉井くんの次回の国語の試験も0点にしておきます

 

 

木下優子の答え

『邪魔されたぐらいで挫折するようなら恋とは呼ばないのよ!』

 

教師のコメント

 先生の中で木下さんがどんどん漢らしくなっていきます

 

 

島田葉月の答え

『お姉ちゃんたちに葉月の邪魔ができると言うのですか?』

 

教師のコメント

真の大物は言うことが違いますね

 

 

 

 

「それでは女性FFF団緊急集会を始めるわよ!」

 アタシの声にちゃぶ台を囲む3人の少女が一斉に頷く。

 もうしばらく経てば春が訪れる3月下旬の土曜日の夕暮れ時、固くカーテンが閉ざされた真っ暗なF組の教室の中でアタシたちは緊急会議を開いていた。

「姫路さん、状況を報告してくれないかしら?」

 女性FFF団幹部の1人である姫路さんに問題点の整理を依頼する。

「はいっ、最高死刑執行官。私たちの要注意観察対象である吉井明久くんは、明久くんは……坂本雄二くんと……ううう、うわ~んですぅっ!」

 姫路さんは報告の途中で泣き出してしまった。

 宥めてみるものの泣き止まない。

「島田さん、代わりに状況を報告してくれないかしら?」

 女性FFF団のもう1人の幹部である島田さんに報告の続きを頼む。

「明日の日曜日アキは坂本と2人でゲームを買いに、つまりショッピングに行くらしいわ」

 島田さんは下唇を強くかみ締めながら悔しそうな表情を見せる。

「それはつまり……」

「……雄二は吉井とデートするということ」

 女性FFF団外部協力員である代表がうな垂れたまま小さく言葉を繋げた。

「明久くんと坂本くんがデートだなんて、酷いですぅ。あんまりですぅ!」

「そうよ。アキの癖にデートだなんて生意気よ! 絶対に許せないわっ!」

 デートという言葉に激しい反応を見せる2人。姫路さんの瞳からは涙が止め処もなく流れ、島田さんの顔は火が付いたように真っ赤になって怒っている。

「落ち着きなさい、2人とも。少しは代表を見習いなさいよ!」

 坂本くんの浮気を知っても取り乱さない代表を2人を見せることで落ち着かせようとする。だけど──

「翔子ちゃんっ、早まっちゃダメですぅっ!」

「自殺、カッコワルイわよっ!」

 代表は何かを口に入れようとし、2人は必死になって留めていた。

「……これ以上生きていても楽しいことはもう何もないから」

 世を儚んで自ら命を絶とうとする代表が口に入れようとしているもの。それは──

「アタシの手作りクッキーじゃないのよっ!」

 アタシが今日差し入れに持って来たお手製のクッキーだった。

「……致死性は十分」

「姫路さんのパンケーキでも良いじゃないのよ!」

「私のパンケーキは吉井くんたちがみんな食べたぐらいだから不味くはない筈です!」

 何か、論点がずれてきた。ここはアタシがビシッと締めなければ。

「とにかく、吉井くんと坂本くんが明日デートするから、そのデートに武力介入して恋愛を根絶するのがアタシたちの今回の任務よ」

 アタシの言葉に姫路さん、島田さん、代表が背筋を伸ばし直して頷く。

 

「FFF団は他人の幸せを許さない。デートなどもってのほか。それはFFF団最高幹部である吉井くんだって例外じゃないの。デートへの武力介入は私怨じゃない。正義なのよ!」

「明久くんを正しい道に戻す為なら仕方ないですよね。デートの粉砕も」

「正義なんて言われたら殺る、じゃなくてやるしかないわよね」

「……雄二、浮気は許さない」

 任務を明確にすることでアタシたちの心は一つにまとまっていく。

「それじゃあ、明日は吉井くんと坂本くんのデートを潰す為に朝8時半に校門前に集合よ。………………吉井くんが坂本くんと別れた暁にはアタシが代わりにデートするんだから」

「はい、わかりましたぁ。………………任務完了後には私が明久くんとデートです。うふふふふ」

「アキが幸せになんて絶対させないんだからっ! …………まぁ、アキにも少しぐらいの幸せは必要よね? 任務が終わったらウチがアキとデートしてあげる程度のフォローが」

「……雄二は吉井には渡さない。…………雄二を自宅に拉致監禁洗脳調教しなきゃ」

 アタシたちの心は一つにまとまっていく。

 気のせいか任務が完了した瞬間にバラバラどころか骨肉の争いが起きそうな気がしないでもないのだけど。

 

「……のぅ、姉上たちはさきほどから何をそんなに騒いでおるのじゃ?」

 そして口を開くこの教室に残っていたもう1人の人物。

「男同士でゲームを買いに行くぐらい別に普通のことじゃろうが。それをデートなどとけったいな物言いをしおって」

 アタシの恋のラスボスである愚弟はアタシたちを見ながら大げさに首をすくめて見せた。

「妨害などせず、姉上も姫路も島田も明久にデートを申し込めば良いではないか? 霧島の場合は雄二の交友関係を狭めるような真似をするでない」

 秀吉は実に楽しい解決策を提示してくれる。アタシの体は震えて止まらない。勿論怒りでだ。

「姫路さん、島田さん。愚弟を拘束してくれないかしら?」

「「はいっ!」」

「な、何故なのじゃ姉上っ!? 姫路っ!? 島田ぁ~っ!?」

 2人の純情可憐な乙女に両手を押さえ付けられて身動きが取れなくなる愚弟。この愚弟には己の罪深さを体で思い知らせてやらないと。

「それでは異端審問を始めるわ」

「何故ワシが異端審問に掛けられねばならんのじゃ!?」

 しらばっくれるとはね。アンタの悪行なんてとっくに調べが付いてるのに。

「被告木下秀吉は先週土曜日、吉井明久くんと2人きりで洋服を買いに出掛けデートを楽しんでいた。事実に相違ないわね?」

「「相違ありません!」」

「待てっ! 先週ワシは確かに明久と2人で出掛けたがあれはデートではない。単なる買い物じゃ!」

 秀吉は必死に首を横に振りながら疑惑を否定する。しかし──

「木下くんは明久くんが選んでくれた服を試着するのをとても楽しんでいました。私だってそんな経験まだ1度もないのに……」

「そうよ! 女物の服も嬉しそうに着て、しかもプレゼントされていたじゃないの。ウチだってアキに洋服を贈られたことなんてないのに……」

「お主ら、ワシらがデートした時も尾行しておったのか。……あっ!」

 秀吉が慌てて口を塞ぐがもう遅い。

「語るに落ちたわね、秀吉っ!」

 秀吉がプレゼントしてもらったスカートを密かに着ようとしたら腰がきつくて入らなかった恨みも込めて罪を告げる。

「女性FFF団は他人の幸せを許さないのよ。よって、吉井くんとデートした秀吉は有罪、死刑っ!」

「ワシはFFF団とは一切関係がないのにその判決は理不尽じゃあ!」

「死刑執行♪」

「姉上、首も腰もそんな方向に曲がるようにできてはおら……ぎゃぁああああぁっ!」

 こうしてアタシは17年間共に人生を歩んできた最愛の弟を失った。

 夜空に1つ、星が流れた。

 

 

 

 翌日の日曜日、アタシは姫路さんと島田さんと共に代表が来るのを待っていた。だけど──

「代表が時間に遅れるなんて珍しいわね」

 時計を見れば8時50分。既に20分遅刻している。なのに何の連絡もない。電話を入れても留守電に繋がってしまう。

「翔子ちゃんに何かあったのでしょうか?」

「風邪を引いた、とか?」

 3人揃って頭を捻るものの居場所はわからないし、待てど暮らせどやって来ない。

「ママぁ~、あのお姉ちゃんたち怪しいカッコしているよぉ」

「しっ。見ちゃいけません」

 代わりにベタな会話をしながらアタシたちの前を通り過ぎていく幼稚園児ぐらいの少年とそのお母さん。

「木下さん、美波ちゃん。何故かこの服装目立っているような気がします。先週も思ったのですけれど」

「そうよね。どうしてだか全くわからないけれど、人の注目を浴びちゃうのよね」

 カーキ色のトレンチコート、サングラス、マスク、片耳にはイヤホンという尾行ルックは何故か人目を引いてしまっていた。だけど──

「吉井くんにはバレていないのだからこの正装で問題はないわよ」

 先週、吉井くんが今は亡き弟と密会していた時もアタシたちはバレなかった。例え周囲100人に怪しまれようと、吉井くんに怪しまれなければそれで良い。

「それより、代表は既に坂本くんを追跡しているのかもしれないわ。アタシたちも吉井くんの家に向かいましょう」

 アタシたちが入手した情報によると、坂本くんは吉井くんの家を訪ねて、それからゲームを買いに行くらしい。

「そうね。商店街のゲームショップは10時開店だから、そろそろアキの家に移動した方が良いかもしれないわね」

「美波ちゃんは開店時間まで知っているって、もしかしてゲームに詳しいんですか?」

「妹が男の子の友達の影響とかで結構嵌っていてね。その関係でウチもちょっとだけ詳しくなったの。ウチはほとんどやらないんだけどね」

「へー。葉月ちゃんがゲームにですかぁ。私はゲームしないのでちょっとビックリです」

「アタシはBLシミュレ……特にゲームはやらないのよね。はぁ~」

 雑談をしながら歩いていく。

 しばらく歩くと8階建てほどの立派なマンションが見えて来た。

「明久くんのお家に到着ですぅ」

「へー。ここが吉井くんのお家なんだ」

「アキったら、ご両親とお姉さんが海外にいるからこんな立派な家で独り暮らししているのよ」

 吉井くんの家に来たのはこれが初めてだった。今日、ううん、今年一番の収穫かもしれない。

 吉井くんが独り暮らしをしているということは──

 

 

『優子、今日の夕飯は何だい?』

 甘えん坊の彼はアタシが料理の支度を始めるとすぐ後ろから抱き付いてくる困った坊や。

『もぉ、明久ったら♪ 今日は明久の大好きなパエリアよ♪』

 明久が腰に回した手を離してくれないのでなかなか作業が進まない。でも、この瞬間がアタシたちの幸せ。

『ダメよ、明久。そんなに抱きしめられているといつまでも料理が作れないわ♪』

『僕はパエリアよりも優子の方が大好きだからね。キラキラキラっ☆☆』

 裸にエプロンというアタシの格好は彼のケモノを呼び覚ましてしまうの。でも、そんなワイルドな所もス・テ・キ♪

『アタシも、この世界の誰よりも明久のことが大好きよ』

 重なり合う顔と顔。床に崩れ落ちる若い2人。荒々しく剥ぎ取られてしまうエプロン。

 台所で作るのは料理だけじゃない……。

 

 

 そんな世界がもうすぐ実現してしまうかもしれないわけで。

「明久く~ん♪ そういうことはもっと大人になってから~♪」

「アキがどうしても一緒に住んで欲しいって言うから住むだけなんだからね! 世間体が悪いんだから、早く籍を入れなさいよ! それだけなんだから勘違いしないでよね!」

 横を見れば姫路さんと島田さんもトリップしていた。

「しっかりしなさいよ、姫路さん、島田さん。高校生が同棲だの結婚なんて破廉恥よ、不潔だわ!」

「「ハッ」」

 まったく、2人の高校生らしからぬ妄想にも困ったものだ。ここは文月学園の秩序の守護者たるアタシが一言ビシッと言ってやらないと。

「あっ、翔子ちゃんです」

「やっぱり先に来てたのね」

 だけど2人の興味は既に他に向いていた。何、この切り替えの早さ。流石はF組。

 で、アタシは話題に出て来た代表を見る。

 

 代表は吉井くんのマンションに近い電柱の影に呆然と女の子座りをしていた。プルプルと全身を震わしながら何かを口に入れようとしている。あれは──

「って、何でまたアタシの手作りクッキーなのよっ!?」

「翔子ちゃん、ダメぇええええぇっ!」

「死んで何になるって言うのよ!」

 自殺しようとしている代表を3人で必死に食い止める。

「……もう私には生きていく希望が何も見出せない」

 代表の頬には涙の川ができている。

「代表っ、一体どうしたって言うのよ!?」

 代表は震える指でマンションの正面玄関を指差す。

 すると吉井くんが出てきた。坂本くんと並んで。

「へぇー。坂本くんはもう吉井くんの家に来ていたのね」

 2人とも休日は昼過ぎまで寝ていそうな雰囲気なのに。

「……違う」

 代表は首を横に振った。

「何が違うの?」

「……雄二は今朝吉井の家に来たんじゃない。夕べからずっと吉井の家にいた……」

 そして代表はまたアタシのクッキーを口に入れようとする。必死に押し留めるアタシ。

「ちょっと、姫路さんも島田さんも代表を止めるのを手伝ってよ!」

 代表を制しながら2人を振り返る。するとそこには体を震わしながらアタシのクッキーを口の中に入れようとしている2人の姿があった。

「何で世を儚んでアタシの手作りクッキーを食べようとするのよぉっ!」

「「「致死性は十分だから」」」

 3人の声がハモったのを聞いて、アタシもお手製クッキーを食べてしまいたくなった。

 

 

 

「いやぁ~それにしても昨夜は盛り上がったよね、雄二」

「ああ、あんなに燃えたのは久しぶりだったな」

 吉井くんと坂本くんはアタシたちの存在に気付かないまま並んで通り過ぎていく。

 学校ではよく喧嘩しているイメージが強いけど、今の2人はとても仲良さそうに見えた。

「だけど雄二があんなにテクニシャンだったなんて思わなかったよ」

「お前の動きは直線的過ぎるんだよ。この、バカが」

 坂本くんが吉井くんの首を持ってアームロックで締め上げる。吉井くんは苦しそうな表情を見せながらも笑っている。

「い、いちゃついているわね……」

坂本くんはご近所さんに、吉井くんが自分のものであることを見せびらかしているに違いない。他に考えようがない。

「……雄二は昨夜吉井の部屋に泊まった。それにあの会話と行動。2人が熱い夜を過ごしたのは間違いない」

「「うわ~んっ!」」

 代表の一言に姫路さんと島田さんがまた泣き出してしまう。

 2人が男同士の熱すぎる夜を過ごしたことは疑いようがない。

 そもそも男同士が2人きりで泊まって何も起きない方がおかしい。

 ラノベの主人公は女の子と2人きりで泊まっても何も起こさないけれど、BL小説の主人公は男同士で泊まれば必ず何かが起きる。このことからも吉井くんと坂本くんの間には爛れた夜が訪れたことは疑いようがない。

 それに話から推測すると2人とも1度は攻めに回ったことも確実。そんな惚気話を聞かされれば姫路さんたちが泣きたくなるのは当然。でも、泣いて取り乱している時じゃない。

「落ち着きなさいよ、3人とも」

「……どうして優子は平気でいられるの?」

 代表がジッとアタシを見る。別にアタシだって平気じゃない。3人と比べて取り乱していないというだけ。でも、その差がどこから生じているのかと考えれば──

「アタシが吉井くんに興味を持ったのは『雄二×明久』本がきっかけだったからかな?」

 多分入り方の違いだと思う。吉井明久くんに興味を抱くに至った導入部が。

「アタシにとって雄二×明久はデフォルト状態なのよ。だからアタシにとっての問題は吉井くんと坂本くんが付き合っていることじゃない。如何にして坂本くんから吉井くんを略奪愛するかっていうことなのよね」

 吉井くんと坂本くんが付き合っていることなんて端から知っている。2人が既に爛れきった関係であることも。だからそれはアタシにとっては重要じゃない。

「木下さんはそれで良いのですか?」

「アキの男遍歴が気にならないの? 爛れた過去がよ?」

「くどいわね。吉井くんが誰を愛そうがどんなに汚れようが構わないわ。最後にこの木下優子の横にいてくれればね」

 アタシと付き合ってから浮気したら一片の欠片も残さずに殺すけど。

「木下さん、とっても漢乙(おとめ)らしいですぅ」

「そうよね。2人がどんな爛れた関係になっていたって、ウチの魅力でアキを更生させてやれば良いんだもんね」

「……愛は戦い。なら、アタシは吉井に勝って雄二をこの手に掴むまで」

 ようやく3人が立ち直ってくれた。

「さあ、デートを尾行して粉砕するわよ!」

「「「「エイエイオー」」」」

 こうして坂本くんから吉井くんを奪い返すアタシたちの壮大な戦いが幕を開けた。

 

 

「明久くんと坂本くん、幾らデート中とはいえ、くっ付きすぎじゃないでしょうかぁ?」

「事あるごとアームロックのふりをして抱き合っているわね、あの2人」

「……私もあんな風に雄二に激しく抱いて欲しい」

 デートを尾行し始めて気付いたこと。

 それは2人のスキンシップの濃密さと荒々しさだった。

「雄二のバーカっ!」

「明久のアホぅっ!」

 1、2分に1度の割合で抱き合っている。

 大声を出してから絡み合うのは2人きりの空間を作るための人払いに違いない。そして同時に周囲の人々に自分たちの愛し合っている様を見せ付ける効果も兼ねている。

「早々に刺客を差し向ける必要があるわね」

 吉井くんも坂本くんも自分たちの関係が公認化されることを望む段階にまで達している。

 これはもう一刻の猶予もない。

「でも、刺客って急に言われましても……」

「ウチ、殺し屋の知り合いなんて木下さんの他に知らないし……」

 一部失礼な声が聞こえたが無視する。

「姫路さんも島田さんも迂闊ね。でも、まあ今回はアタシが刺客を準備したわ」

 備えあれば憂いなし。

「10時10分前にゲームショップの前に来るように指示しておいたからそろそろ現れるはずよ」

 アタシの言葉を待っていたかのように、青いニットの帽子に白いダウンコートを着た活発的な印象を与える少女が視界に入って来た。

 見ているだけで寒くなりそうな紺色のミニスカートから素足を惜しげもなく晒しながらロングの茶髪少女が吉井くんたちに近づいていく。

「ねえねえ、君たち~。この近くにゲームショップってなかったかな? 新発売のゲームがどうしても欲しいんだよねぇ」

 更に物怖じせずに吉井くんたちに話し掛けていく。

「ゲームショップなら目と鼻の先にあるぞ」

「僕たちも行く所だから一緒に行こうよ」

「えっ、ホント? ラッキー♪」

 そして少女は吉井くんと坂本くんに挟まれながら歩き始めた。少女は楽しそうに鼻歌を口ずさみながら。吉井くんたちは目尻が下げ鼻の下を伸ばしながら。

 よしっ。ここまでは計画通り。

 

「あの可愛らしい女の子は一体誰なんですかぁ? 明久くん……嬉しそう……」

「な、なかなか可愛いじゃないのよ……なによ、アキの奴。あんなにデレデレしてさ……」

 姫路さんと島田さんは突如現れた美少女に驚いている。若干の嫉妬を篭めながら。

「……雄二が女の子と一緒に歩いていてあんな浮かれた表情、見たことない」

 代表も呆然とした声を出している。よほどあの少女の存在がショックらしい。

「あの女の子が吉井くんたちの関心を惹いているのは当たり前よ。彼女は吉井くんたちの好みのタイプを集めた子なのだから」

「「えぇっ!?」」

「……雄二の理想のタイプは私の筈なのに」

 3人は更に驚いている。

「別に難しいことじゃないわ。吉井くんも坂本くんも同じ目線で遊んでくれる女の子を求めているのよ」

 吉井くんたちは恋愛でベッタリよりも一緒になって遊べる方が良いのだと思う。女から見ればまだまだ子供ってことね。フッ。

「キーワードはゲームね。それで話し易くて可愛い子なら、少なくとも数分間は虜にできるわよ」

「「ゲームかぁ(なんですねえ)」」

 自らに足りなかった点に気付いて云々と頷く姫路さんたち。多分2人は今日からゲームマニアを目指すに違いない。でも吉井くんたちはハードゲーマーなのでゲームに興味がない2人が付いていくのは多分無理だろうなとも思う。

 それに2人は既に吉井くんに最も近い女子というポジションを得ているので無理してゲームに嵌る必要はないのだけど……。

「とにかくあの子には吉井くんたちが好意を持つ行動を取り続けるように言ってあるわ。後はあの子を巡って2人が争って別れてくれればミッションは完了よ」

 我ながら完璧な作戦だと思う。仲たがいは獅子身中の虫を使うに限る。

「実に恐ろしい作戦ですが、結局あの女の子は誰なのですか?」

「文月学園の女の子じゃないわよね?」

 どうやら2人はあの子の正体に本当に気付いていないらしい。

 ならば明かしましょう。あの子の正体を。

「彼女の名前は木下秀子……かつて木下秀吉と呼ばれた弟だったものよ」

「「何ですってぇええぇっ!?」

 2人の驚きの声が街にこだました。

 

 

 

 姫路さんと島田さんの絶叫。2人は実に良い驚き役を担ってくれている。2人のポジションもメインヒロイン格から驚き役へとすっかり安定した今日この頃。

「秀吉は昨日のおしおきで完全に壊れてしまったの。再起動した時には自分の名前すら忘れていた。だからアタシが与えたの。木下秀子という名前と共に新しい人格と使命を」

 今の秀吉は自分のことを女の子だと完璧に思い込んでいる。ウィッグも付けたし、化粧も施した。姫路さんたちにもバレていないのだし吉井くんたちが正体に気付く訳がない。

「さあ、後は三角関係に陥って吉井くんと坂本くんが別れれば良いだけよ!」

 拳をグッと握り締める。アタシが勝利する日はもう目の前に!

「……あの、木下さん」

「何か、違う方向に話が流れているように見えるんだけど……」

「へっ?」

 吉井くんたちの方を慌てて振り返る。するとそこには──

「こっちの小さい方のお兄さんは私の超タイプ~。良かったら私と付き合ってくれないかな~?」

 任務も忘れて吉井くんに一方的にモーションを掛けている秀子の姿があった。

「つ、つ、付き合うって!? えぇえええええぇっ!? 急に、言われても……」

「良かったな、明久。これでお前もリア充の仲間入りだな。爆発しろ」

 そして驚いている割には満更でもなさそうな顔をしている吉井くん。ムカッと来る。

からかいながらも秀子たちを楽しそうな瞳で見ている坂本くん。彼氏が彼女を持つことには寛大みたい。だけど、だ。

「こんなの予定と全然違うじゃないのよ……秀子は何をしているのよ!」

 吉井くんだけじゃなく坂本くんにもアプローチしないとダメじゃないの。

「……木下は魂のレベルで吉井を愛している。だから記憶を失っても吉井を愛してしまう」

「そ、そんな……」

 呆然としながら秀子を見る。

「ね~ね~私と付き合おうよぉ~」

「そんなことを急に言われても……困ったなあ。本当に」

 困ったと言いながら吉井くんは鼻の下が伸び切っている。アタシというものがありながら……。

「付き合ってくれるなら、キスだって、それ以上凄いことだってしてあげちゃうよ」

「本当っ!?」

 吉井くんがとても嬉しそうな甲高い声を上げた。

 その声はアタシに一つの決断を下させた。

 

「……現時刻をもって木下秀子を破棄。目標をリア充と識別するわ」

 FFF団の血の盟約に背いた者の末路は一つしかない。

「リア充は爆発するしかないのよ」

 でも、最愛の弟改め最愛の妹をこの手に掛けないといけないなんて……まあ、良いか。

「こんなこともあろうかと新しい人格の一部にダミーシステムを組み込んでおいたわ。でもそのシステムを起動させるには、この鈴を目標の半径1m以内で鳴らす必要があるの」

 アタシはコートのポケットの中に入れておいた鈴を取り出してみせる。

「ですが、あまり接近しすぎては私たちの正体がバレてしまうのでは?」

「そうね。もしデートを尾行していたことがバレれば良くてドン引き、悪ければ嫌われるでしょうね。それで誰が行く?」

 沈黙が周囲を包み込む。

 誰だって好きな相手に嫌われたくないから当然のこと。だけど──

「ねっ? 私といいことしよっ♪」

「父さん母さん、あなたの息子は今日大人への階段を上ってしまうかもしれません」

 もう一刻の猶予もない。リア充は完全に暴走している。

 でも、一体どうしたら?

 

「……あっ、愛子と土屋」

 でも、神か悪魔かはアタシたちを見捨ててはいなかった。

 愛子と土屋くんが2人並んで歩いてくる姿が見えた。

「ムッツリーニくん、どうかな? こんな女の子っぽい格好、ボクには似合わないよね?」

 ピンク色のコートを着ていると女の子っぽいのかは疑問の余地がある。けれど、薄く化粧までしている所を見ると愛子は本気で土屋くんを落としに掛かっているらしい。

「…………似合わなくはない」

 対する土屋くんは反応が薄い。照れているのか、それとも本当に愛子に関心がないのか。まあ、どちらでも良いや。

「姫路さん、島田さん。土屋くんを連行して。異端審問に掛けるわよ」

「「了解!」」

 2人はアタシの意図を汲み取ってくれたのか迅速に動いてくれた。

「FFF団御用改めです。土屋康太くん、あなたをFFF団の血の盟約に背いた容疑で連行します」

「…………(ブンブンブン)」

「大人しく捌きを受けなさいよ!」

「ああっ、瑞希ちゃん、美波ちゃん。ムッツリーニくんを連れて行かないでよ~っ!」

 親友である愛子の悲恋を想うと胸が張り裂けそうになる。何故愛し合っている(かもしれない)2人が引き離されなければならないの?

 悔しくて悲しくて涙が出そうになる。

「木下さん。土屋くんを連れて来ました」

「じゃあ、異端審問を始めるわ。被告、土屋康太はFFFの血の盟約に背いて工藤愛子とデートを楽しんでいた。事実に相違ないわね」

「…………(ブンブンブン)。違う。外を歩いていたら工藤と偶々会っただけ」

「「事実に相違ありません」」

「じゃあ、死刑」

 フーっ。一仕事終了。

「えぇっ!? ムッツリーニくんの反論は無視なのぉっ!? そりゃあ、ボクの方はムッツリーニくんに会おうとずっとこの辺を歩き回っていたけどさ……」

 愛子は愛しい人を守ろうと必死になっている。だけど、異端審問会はFFF団の正式な法廷。私情で罪は軽くなったりしない。私情で罪は幾らでも重くなるけれど。

「だけど、司法取引ならする余地があるわよ」

 極上の天使のスマイルを見せる。ここからが本当のお仕事♪

 

「…………俺に何を求める?」

 よしよし。上手く乗って来たわね。

「簡単よ。あの、吉井くんにまとわり付いているウザい女のすぐ側でこの鈴を鳴らしてくれれば良いわ」

 リア充を見ながら土屋くんに目標を確認させる。

「…………何を考えている?」

「土屋くんが知る必要はないわ」

「…………断ったら?」

「あなたには絶対の死が待っているわ」

 指を鳴らす島田さん。人の体重よりも遥かに重い抱き石を軽々と持ち上げる姫路さん。そしてアタシは最高死刑執行官。

「ムッツリーニくん。今日の優子たちは何かおかしいよ。……いつも変だけど」

 愛子が土屋くんに涙目でしがみ付く。そんな彼の耳元でそっと一言。

「FFF団の魔の手が愛子にまで及んで良いの?」

 土屋くんは体を瞬間的に震わせ目を大きく見開いた。

「…………わかった。やる」

「えっ? 急にどうしたの、ムッツリーニくん?」

 愛子は土屋くんの態度の豹変に驚いている。

「…………ただの気まぐれだ」

 土屋くんは愛子に素っ気無く返す。でも、アタシから見れば土屋くんの豹変は愛子が好意を抱かれている証拠。妬ましいほど両想いの2人。是非祝福してあげたい。

「じゃあ、さっそく逝って来て」

 でも鈴は渡す。

「…………わかった」

 雷のような速さでリア充に向かって走っていく土屋くん。

「土屋くんがFFF団に関わったりしなければ、幸せな未来もあったのかもしれないのに……ごめんね、愛子」

「何でそこで泣くのっ!?」

 愛子のツッコミが響く中、吉井くんたちと接触する土屋くん。

 愛の力って本当に偉大。

 

「あれ? ムッツリーニじゃないか」

「お前もゲームを買いに来たのか?」

「こっちの可愛い系のお兄さんも君たちの知り合いなの?」

「…………すまない。俺にも守るべきものがある」

 苦渋の表情を浮かべながら鈴を鳴らす土屋くん。そして……

 チリンッ

「えっ? 何で、手が勝手に動くの?」

 秀子が驚愕の表情を見せながら上着のポケットに手を突っ込む。更にそのポケットから茶色くて四角い物体を取り出した。

「やだっ! 何だか知らないけれどこんなクッキーを食べたらきっと私は死んじゃうよ! やだ、やだ、やだぁっ!」

「ねぇ、君、急に一体どうしたのさ!?」

 秀子の体は震えている。けれど、その右手はクッキーを掴んで無情にも口の中へと押しやっていく。更に余った左手は……

「…………工藤すまない。俺は生きて帰れない」

 土屋くんの口の中へとクッキーを捻りこんでいく。

 そういえば証拠隠滅用に、鈴を鳴らした者も葬るプログラムも組み込んでいたっけ。アタシが鳴らしていたら大変な所だった。

「私ね、生まれ変わったら今度こそ君とね…………ガクッ」

 リア充は滅んだ。

「…………工藤……俺のHDDを中身を見ずに破壊して……くれ…………ガクッ」

 土屋くんも滅んだ。

「ねえ、君っ、君っ、一体どうしたのっ!?」

「おいっ、ムッツリーニッ!?」

「ムッツリーニく~んっ!!」

 こうしてリア充の脅威は去った。

 しかしFFF団の血の盟約が多くの悲劇を引き起こしてしまった。

「血に塗れたこの組織は、早々に変わる必要があるのかもしれないわね」

 アタシは最愛の弟を2度失ってしまった。

 

 

 

「という訳でアタシたちは吉井くんと坂本くんのデートを止める有効な手段を失ってしまったわ」

 刺客だった秀子を失い、自ら進んで協力を申し出てくれた土屋くんまで失ってしまった。

「うっうっ。ムッツリーニく~ん!」

 姫路さんと島田さんが回収した土屋くんだったものに縋りながら愛子は泣いている。

「愛子の為にもこれ以上の犠牲は出せないわね」

 アタシも先ほどまで秀子と呼んでいたものを見据えながら呟く。

「ボクの為にもって。優子たちのせいでムッツリーニくんがこうなっちゃったのに……」

「さて、姫路さん、島田さん、代表。これからどうしたら良いと思う?」

 秀子たちの為にも更なる善後策を検討しなければ。

「坂本くんが鬼隠しに遭ってしまうというのはどうでしょうか?」

「坂本が大量殺人事件に巻き込まれるというのは?」

「……吉井が滅菌される」

「こらこら。それじゃあこれ以上犠牲を出さないという方針に反するでしょ」

「ボクの訴えは無視なんだね……」

 なかなか良い考えは出ない。

 そうしている間に吉井くんたちはゲームショップの中へと入ってしまった。

 それから更に10分、アタシたちは今後の方策について話し合った。

 しかし、坂本くんが不幸な事故で死んでしまうか、吉井くんが不幸な偶然で死んでしまうかという意見しか出て来ない。

 そうこうしている内に吉井くんたちが出て来てしまった。

 

「これで今夜もまた熱く盛り上がれるよ」

「昨日はほとんど徹夜だったというのに、お前の体力は底なしか?」

 吉井くんが紙袋を片手にはしゃいでいる。

 坂本くんとの会話から察するに吉井くんの体力は底なしらしい。

 結婚後のアタシは体がもつだろうか? 

「雄二はこの後どうする? またうちに来て今買ったのを一緒にプレイする?」

 吉井くんは一体坂本くんとどんなプレイをしようというの?

 縛るの? 垂らすの? それとも叩くの? 

 アタシは吉井くんを縛って垂らして叩いてみたい。じゃなくて!

「そうだな。だが、とりあえず俺は寝たい」

 寝たいって? 吉井くんと?

 ダメよ。このシチュエーションは少女小説愛好家には刺激が強すぎる。

 何この、胸トキメキシチュエーションの連続は!?

 アタシを萌え殺す気!?

「……ごめんなさい、木下さん。私はこれ以上、生きていくことに自信がありません」

「……木下さん。アキにウチの好物であるクレープをお墓に供えるように言って」

「……優子。何十年か先にあっちで待ってる」

「……ボクも、ムッツリーニくんがいない世界なんてこれ以上いても」

 一方4人は思い詰めた表情で何かを口に入れようとしている。

「だからアタシの手作りクッキーを自殺の道具に使うなぁ~っ!」

 4人を必死で押し留めるアタシ。

 そして、そんなバカばかりやっていることがアタシにとって致命的な遅れになってしまった。

 そう、致命的な遅れに……。

 

 

 

「バカなお兄ちゃ~ん♪」

 少女の可愛らしい声が店から遠ざかろうとする吉井くんを呼んでいた。

「あの声は、葉月?」

 最初にクッキーを食べるのを思い留まったのは島田さんだった。

「やあ、葉月ちゃん」

 3人を止めているせいで姿は見えないけれど間違いない。少女は島田さんの妹だった。

「葉月ちゃんが欲しがっていたゲーム、今手に入れたよ」

 吉井くんの言葉にアタシ、島田さん、姫路さんがビクッと反応を示す。

「わ~い。それじゃあ葉月はこれからバカなお兄ちゃんのおうちにゲームをやりに行って良いですか?」

「うん。勿論だよ」

 吉井くんの家に遊びに行く約束をあっさり取り付ける妹さん。

 何であの子はアタシたちが苦しんでも突破できない関門を易々とクリアしていくの?

「もしかして、葉月がゲーム好きになったきっかけの男の子の友達って……」

「明久くんの家にあんなにも簡単に行けちゃうなんて……」

 島田さんも姫路さんも呆然と妹さんを見ている。多分、アタシも同じ表情をしている。

「明久の趣味を最も理解してくれるご婦人も来てくれたことだし俺は家に戻って寝るわ」

 坂本くんは大きく背伸びをしながら欠伸する。

「それじゃあ明久の面倒を任せたぞ、チビッ子」

「葉月はチビッ子ではないのです。でも、バカなお兄ちゃんのことはお嫁さんである葉月に任せて欲しいのです」

 ポンッと胸を叩いてみせる妹さん。

 愛らしい仕草。

 けれど、何故かしら?

 圧倒的強者のみが放つ威圧を妹さんから感じる。

 それに今、“将来のお嫁さん”じゃなくて、“お嫁さん”って言ったような?

 き、聞き間違いよね?

 

「じゃあ、そのバカな旦那を末永く支えてやってくれ、チビッ子や」

「勿論です。葉月はバカなお兄ちゃんのお家の鍵も持っているのでもう家族の一員なのです」

 ちょ、ちょ、ちょっ? 何で妹さんが吉井くんの家の鍵を持っているのよ?

 合鍵はアタシにとっては結婚秒読み前で初めて実行される筈のプランよ!?

「葉月ちゃんが遊びに来た時に僕がいないと寒い中外で待たせることになっちゃうから。それは可哀想だしね」

 あっ、何だ。そういうことね。ビックリしたぁ。

 合鍵にそんな深い意味はないのね。

 まったく、アタシったら、小学生を相手に何を焦っているのだか。

「とにかく葉月は吉井家の家族の一員としてバカなお兄ちゃんの生活を正すのです」

「葉月ちゃん、姉さんよりも生活態度で厳しい所があるんだよなあ……」

 へっ? 何? 吉井くんはもう既に妹さんの生活指導を受けてるってこと?

 それってつまり妹さんに生活を管理されているってこと?

「葉月はお嫁さんとして、バカなお兄ちゃんには立派な社会人になってもらうように一生懸命サポートするのです」

「ははは。それは頼もしいね」

 しかも長期計画まで!?

 吉井くんもそれを受け入れちゃってる!?

「さ~て、俺は一眠りするさ。じゃ~な」

 坂本くんはあくびを繰り返しながら2人の元を去っていく。

 妹さんは吉井くんと並んで手を振って見送っている。

 まるで隣にいるのが当然とばかりに。

 何、この風景?

「……ようやく、雄二を拉致監禁洗脳調教でペットにできる」

 だけどアタシの疑問には関係なく、変装を解きながら代表は嬉しそうに坂本くんへと接近していく。そんなKYな代表がちょっとだけ素敵。

「翔子っ!? 何でここに!?」

「……雄二、捕まえた。もう、放さない。浮気できないように調教してあ・げ・る♪」

 代表、超笑顔。

「嫌だぁあああああああああぁっ!」

 代表が坂本くんの首筋にプスッと何かの液体を注射した。

 坂本くんは一瞬体をビクッと震わせてその場に崩れ落ちた。彼が安眠できるのはきっとずっと先のことになるだろう。永眠はすぐに訪れるかもしれないけれど。

「それじゃあ葉月ちゃん。死亡フラグが立った雄二は放っておいて僕の家に行こうか」

 吉井くんが妹さんの手を握った。う、羨ましい……。

「わ~い。2日ぶりのバカなお兄ちゃんのおうちなのです」

 2日ぶり?

 妹さんはそんな頻繁に吉井くんの家を訪れていると言うの!?

 アタシたちは呆然としながら吉井くんと妹さんが手を繋いで歩き去るのを見ている。

「バカなお兄ちゃんは知ってますですか?」

「何を?」

「真のラスボスは、それまでの敵を全部合わせたよりも遥かに強いのですよ」

 一瞬、妹さんがアタシたちの方を向いた気がした。

 アタシたちとは次元の違う、王者の貫禄を無邪気な瞳の中に見た気がした。

 一瞬のことだし、アタシの見間違いだと思うのだけど。

「真のラスボスが弱いとゲームの最後が盛り上がらないからね。規格外の強さは割りとよくあることだよ」

「わ~流石はバカなお兄ちゃん。ゲームのこと本当に物知りなのです♪」

 妹さんが感嘆の声を上げる。

「じゃあじゃあ、これは知っているですか? 大切な宝物を得る為には鍵を持っていないとダメなのです。鍵も持っていない人は問題外なのですよ」

「宝物がある部屋には鍵が掛かっているのが普通だからね。鍵なしじゃ確かに問題外だね」

「はい。問題外なのです♪」

 妹さんは吉井くんの家の鍵を取り出して光にかざして見ていた。

 気のせいだとは思うけど、その鍵は私たちの方を向けられているような気がした。

 アタシたちはその後3時間、1歩も動くことができなかった……。

 

 

 

「のぉ、姉上。土曜日の午後から月曜日の朝になるまで全く記憶がないのじゃが、ワシは一体何をしておったのじゃ……メカ」

「別に。居眠りし過ぎてて記憶が飛んじゃってるだけじゃないの?」

「確かに姉上の言う通り寝てばかりで過ごしたのかもしれないのぉ。ワシが明久にあのような破廉恥な振る舞いを……いやいや、あれはただの夢じゃな……メカ」

 月曜日の朝、木下家はいつも通りの朝を迎えていた。

 再セットアップを完了した秀吉はどこかがおかしい気もするけれど。

 う~ん。電池を挿したのが不味かったのかしら?

「ねえ、秀吉?」

「何じゃ姉上? ……メカ」

「真のラスボスってどうすれば倒せるのよ?」

「姉上の質問の意図がよくわからぬが、レベルを最高まで上げるなり、敵を弱体化させるような魔法なりアイテムなり行動なりが必要じゃろうな……メカ」

「秀吉、アンタが木っ端微塵に自爆すれば真のラスボスが弱体化したりしないかしら?」

「さっきから何を言っておるのじゃ? ……メカ」

 ラスボス如きでは真のラスボスの足止めにもなりそうにない。

 バトルは既に新しいステージに移行している。

 けれど、これだけは言える。

「アタシの本当の戦いはこれからなのよっ!」

「……もうすぐ春という陽気のせいかのぉ……メカ」

 ラスボスはとても遠い瞳でアタシを見ていた。

 

 了

 


 
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