かつて秩序が乱れていた江東の地に虎と恐れられる武将がいた。後に呉の基盤を築き上げた孫堅である。江東の虎の異名は大陸全土に轟かせるとその強さは江東の荒くれ者を委縮させ、畏怖で統一した。その孫堅も戦で命を果てた。それを引鉄に江東はまた荒れ始め、そのおこぼれを圧倒的な兵力で支配したのが袁術となる。孫策がその袁術の下で従えている理由は定かでないが、何らかの深い事情があったことに違いない。
「翡翠様、体は痛みませんか?」
片眼鏡の少女にして文武に才を持つ亞莎が行軍中に心配してきた。
「大丈夫です、亞莎殿。気遣いありがとうございます」
怪我で身動きできない状態だった時、亞莎は毎日のようにお見舞いに来ては他愛のない話をした。そこに蓮華や思春、明命も加わって一日をすごしたこともある。戦の中でしか知らない呉の人間の一面を垣間見た。
「報告します! 二里先で孫策様と袁術軍が交戦中」
斥候に放っていた兵士が報せを持って帰還した。
「わかった。行軍の速度を速めよ! 我らも戦に参加する」
蓮華は全軍に号令をかけて馬を最大速度で前進させた。それに従軍する呉の将兵たち。調練を見学して兵士の精度もだが、馬の調教にも怠りはなかった。
孫策軍は苦戦を強いられていた。蓮華が率いる部隊と合流しても圧倒的に数で劣るにも関わらず、合流前に袁術軍とやりあうのは無謀だった。だからこちらから攻撃を仕掛けることはしなかった。しかし、袁術軍は待ってはくれなかったのだ。
「冥琳、蓮華たちの姿はまだ見えないの?」
孫策は兵を斬り捨てながら周瑜に訊いた。
「まだ……いや、左翼から近づいてくる! 雪蓮、もう少しだけ耐えてくれ」
「わかった」
希望が迫っていることを知った孫策は奮起しようとした瞬間、血でぬかるんだ地面に足元をすくわれた。
「しまっ!」
「いまだ!」
袁術軍の兵士たちが一斉に剣を振り下ろしてきた。
「姉様!」
軍の先頭で馬を走らせていた蓮華の目に孫策の危機が映った。叫び声だけが孫策に届けられる。
「俺が行きます!」
馬を走らせたまま地上へと下り、地面を砕けさせるほどに強く蹴り上げた。傷ついた体にこの移動法は堪えるが、孫策を死なせるわけにはいかない。
「我が命の恩人の姉君に何をしようとしている!」
孫策に剣が到達する前に、周りを囲んでいた袁術の兵士を一刀で一掃した。
「な、貴方がなぜここに?」
「話は後で。まずはこいつらを一掃しなければ。いけますか?」
「当然よ」
互いの背を預け囲んでくる袁術の兵士に戦闘態勢に入る。小覇王と連合軍に大打撃を与えた義勇軍の頭首の共闘は大陸でも最強と呼べる光景だった。
数だけで、精度は低い袁術の兵士に負けるはずもなく、蓮華たちの協力もあって敵を一掃することに成功した。
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孫策と翡翠が再び会いまみえます。