「冥琳!」
「戻ったか雪蓮!」
無事に戻ってきた親友の姿を見た冥琳は、ホッと安堵の息を吐く。
「話は蓮華から聞いたわ。曹操が攻めて来たんですって?」
「ああ、袁紹と劉備が居るから動かないと思っていたんだが、とんだ見当違いだ」
冥琳は悔しげに顔を歪める。彼女は既に、雪蓮が暗殺されかけた事、それを庇った北郷一刀が重体な事も知っている。
自分の予測が甘かったせいで、偽報を偽報と知らずに信じてしまったせいで愛する男が死の淵に立たされている。
そう思うと歯痒くて仕方がない。
「冥琳、一刀なら大丈夫よ。一刀はあの程度で死にはしないわ!」
「・・・ああ、そうだな」
雪蓮に励まされはしたものの、冥琳の顔色は未だに暗いままだった。
「それよりも冥琳、医者は呼んだの?早く一刀を医者に診せないと・・・」
「ああ、呼んだ。だがまだ到着まで一刻ほど掛かるらしい」
「!?な、何ですって!?」
冥琳の返事に雪蓮は驚愕の声を上げる。冥琳も悔しげに顔を歪めていた。
「さらに言うなら今軍医は全員負傷者の救護に追われていてほぼ不在だ。つまり今居る医者は私が呼んだその一人位しか居ない」
「そ、そんな・・・・」
冥琳の言葉に雪蓮は呆然と呟いた。
雪蓮は応急処置はしたものの、それでも体にまだ毒は残っている。
もしも、もしも医者が来る前に一刀が死んだら・・・。
雪蓮はそんな不吉な事を考えてしまうが、すぐに頭を振ってその考えを振り払った。
自分は言ったではないか、一刀はあの程度では死なない、と。
そう言った自分が自信を無くしてどうするのだ。
今の自分に出来ることはただ一つ・・・・。
一刀に矢を射た曹操を叩き潰すのみ。
「冥琳、私が戦場に居る間、一刀を頼むわね」
「雪蓮・・・」
「一刀をこんな眼にあわせた曹操に、眼に物を見せてあげるわ」
そう言った雪蓮の眼は、自分の愛する者を射た曹操に対する怒りで燃え上がっているようだった。
冥琳はそんな雪蓮の姿を息を呑んで見ていた。が、すぐ気を取り直すとゆっくりと頷いた。
「分かった・・・、北郷殿はまかせろ。そして・・・、必ず生きて帰って来い!」
「大丈夫よ、一刀が救ってくれたこの命、こんな所で捨てられないわ」
と、雪蓮は不敵な笑みを浮かべた。
関平side
ご主人様が・・・傷ついた・・・・。
毒矢から・・・、雪蓮を庇って・・・。
「ご主人様・・・・」
私は意識を失っているご主人様の側でご主人様に呼びかける。
答えが返ってこないことを知りながら・・・・。
「ご主人様!!眼を覚ましてください!!月と、月と呼んでください~!!」
「こ、この馬鹿!!ゆ、月を泣かせるなんて、ふざけるんじゃないわよ!!早く、早く眼を覚ましなさいよお・・・・」
「・・・・ご主人様・・・・」
私の隣では月がご主人様の腕に泣きながら縋りつき、詠は口では罵りつつ、眼には涙を溜めてご主人様に呼びかけている。そして恋は、その真紅の瞳からぼろぼろと涙を溢してご主人様を見つめている。
そんな姿を、華雄、霞の二人は悲しげに、そして悔しげに見つめていた。
無理もない。元董卓軍の将達はご主人様の事を慕っていた。
ご主人様はたとえ捕虜であったとしても、分け隔てなく月達と接しておられた。
そんなご主人様を、月達も段々慕うようになってきた。
そんなご主人様を・・・・・。
ご主人様を、よくも・・・・・。
「・・・・華雄、霞」
「む、む?」「な、何や?」
私は華雄達に眼を向けると、ただ一言告げた。
「・・・兵の指揮はお前達と咲耶に任せる。自由にやってくれて構わない」
「な、何!?」
「ちょ、ちょっと待ってえな!!そないなこといきなり言われても・・・・」
二人とも突然の事でかなり困惑しているようだが、私は構わず続ける。
「・・・分からないことは咲耶に聞け、ではな」
「お、おい!!関平!!」
「ちょっ、待ってえな!!関平、関平~!!」
後ろから二人の声が響いてくるが、構いはしない。
これでいい、これで軍の指揮は大丈夫だろう・・・。
これでだれも私の邪魔は出来ない・・・・。
「曹操・・・・、許さぬぞ・・・・・ご主人様を殺そうとするとは・・・絶対に許さぬ・・・・」
私のこの世でたった一人の愛する人、私の身も心も捧げたたった一人の主君、私の、ただ一つの居場所たるあの方を
殺そうとしたその代償は
曹操一人では到底足らぬ。
今存在する曹操軍全て
曹操の寵愛する武将、軍師全て
イッピキノコラズゼツメツサセテヤル。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああ!!!!!!」
雪蓮side
そのころ、雪蓮は曹操と舌戦を行うために前方に進んでいた。
その隣には、念の為の護衛として明命が付いていた。
そして魏・呉、両軍が展開し、睨み合っている戦場の前方に出ると、魏軍から曹操が単騎で姿を現した。
「あら、遅かったじゃない孫策。隣にいるのは護衛かしら?どうやら一人では戦場にすら出れないみたいね?」
曹操からの侮辱に、明命は怒り、前に飛び出そうとするが、雪蓮はそれを抑えて、曹操に向けて笑みを浮かべた。
「仕方がないでしょ?あんた相手だといつ闇討ちされるかわかったもんじゃないし」
「何?」
雪蓮の言葉を聞いた曹操は笑みを止める。雪蓮はそんな曹操を無視して話し続ける。
「まったく恐れ入ったわ曹操、あんたは誇り高い覇王って噂だったけど、噂はあてにならないわね。実際の人物は、こんな卑怯者なんだから」
「ひ、卑怯者ですって!?」
雪蓮の言葉に曹操は激昂する。それを見た雪蓮は嘲笑いを止め、曹操を睨み付ける。
「知らないとは言わせないわよ。ここにいる全員が知っているのよ、あんたが私を暗殺するために許貢の残党を刺客として送ったことを!!」
「な、何ですって!?どういうことよ孫策!!」
雪蓮は混乱する曹操に構わず、呉の将兵達に檄を飛ばす。
呉の将兵よ!!我が朋友達よ!!
我等は父祖の代より受け継いだこの地を袁術より取り返した!!
だが!!
愚かにもその地を奪おうと無法にも大群をもって押し寄せてきた者達がいる!!そしてその者達は、卑怯にもこの身を亡き者にせんと、刺客を放ってきたのだ!!
だが、私の傍にいた白き天の御使いが、その身を挺して我を救ってくれた!!私は天の加護によって救われた!!
しかし、その代わりに天の御使いはその身に毒を受け、生と死の境を彷徨っている!!
この孫策、そのようなことをされて黙っている人間ではない!!
我が身は鬼神となりて戦場を駆け巡ろう!!
我が気迫は盾となり、戦場で戦う皆を守ろう!!
勇敢なる呉の兵よ!!卑怯者の魏を恐れるな!!
我らには天が付いている!!我等は皆天の加護を受けた天兵である!!
天に向かって叫べ!!心の奥底より叫べ!!己の誇りを胸に叫べ!!
天に唾する魏兵に、天に代わりて天罰を下せええええええ!!!!
「全軍、攻撃開始せよ!!」
雪蓮の号令と共に、呉の軍勢が魏に攻撃を開始する。
天の御使いである一刀を殺された怒りと、雪蓮の檄の影響もあり、軍の士気は高まっていた。
一方の曹魏軍は、先程曹操が糾弾された影響で、現在軍の統制が混乱、士気も大幅に下がっていた。
「一人残らず斬り殺せ!!我等の主を殺めんとした曹魏にこの世の地獄を見せてやれ!!」
「うちのご主人様の弔い合戦や!!魏の将兵共を一人残らずあの世に送ったれや!!いまこそ神速の張遼隊の力、見せたれ~!!」
「ご主人様・・・殺そうとした・・・・お前等・・・許せない。
・・・全員、死ね」
「一刀様を、御使い様を、よくも・・・!!全軍突撃!!曹魏兵を一人たりとも生かして帰すな!!」
一刀と関平の直属軍は、関平から指揮権を預けられた華雄、霞、恋、咲耶の四人の名将の巧み且つ迅速な指揮によって、次々と曹魏の軍勢を屠っていた。
「待て!!」
「此処から先は通すわけには行かないな・・・」
と、曹操の側近の将である夏侯惇、夏侯淵の姉妹が各々の獲物を構え、立ちはだかった。
「これはこれは、曹操の側近の二人組みのご登場か。だが、お前達二人で我等を抑えきれるか?」
「二人だけやないで!!」
「沙和達もいるの~!!」
「・・・忘れてもらっては困る」
と、夏侯惇達の背後から、李典、于禁、楽進の三人組が飛び出してきた。三人共、既に臨戦態勢である。
「なんや、まだいたんかい。まあええわ。誰が来ようと一人残らずあの世に送ったるさかい、なあ華雄」
「ふん、まあな。よし霞!お前は夏侯淵の相手をしろ、私は夏侯惇をやる。恋、お前はそこの雑魚三人組を片付けろ!
咲耶は軍の指揮を頼むぞ!」
「な~に勝手に指揮ってんねん!!・・・ま、ええわ」
「恋、誰にも負けない、だから、問題ない」
「軍の指揮は任されました!存分に戦ってください!」
そして将達は武器を取り、睨みあう。
「主を暗殺しようとしたのだ・・・、その首で贖ってもらおうか、盲夏侯」
「その名前で呼ぶな!!貴様如きに首を取られる私ではないわ!!」
「本当ならもっと楽しみたいんやけど、あいにく今回は虫の居所が悪いんや。さっさと片付けさせて貰うで!!」
「主を殺されそうになって怒る気持ち、分からないわけではない。だが、今討たれてやるわけにはいかんな!!」
「ぬかせ!!」
「・・・お前達、弱い。早く、終わらせる」
「だれが弱いやて~!!」
「思い知らせてやるの~!!」
「その言葉、後悔させてくれる!!」
そして次の瞬間、一騎当千の実力を持つ将達は、激突した。
「くっ、桂花!軍の撤退はどうなの!?」
「現在ほとんどの将が殿として孫呉軍を押さえ込んでいますが、かなりの軍が脱落している模様です・・・」
「くっ、とにかく早く撤退するわよ!!このまま戦っても勝ち目は・・・・」
「ダレガニガスカ・・・・・」
「ぐはっ!!」「ぎゃあっ!!」
と、突然背後から兵士の悲鳴が響いた。それと同時に何かが倒れるような音も響いた。
「なっ、何も・・・・・・!!」
曹操が振り向こうとした瞬間、彼女に凄まじいまでの殺気が襲い掛かった。
それはまるで、幾万もの人間の憎悪を凝縮したかのような、あまりにも濃く、あまりにも禍々しい気配だった。
曹操は、自身の体が震えているのが分かった。
それが高揚感、喜び等が原因でないのは明らかだった。
(振り向くな、振り向くな、振り向くな、振り向くな)
曹操の心の中で、何かが警鐘を発する。しかし、彼女はそれに反し、振り向いてしまった。
そこには
大薙刀を構えた一人の死神が立っていた。
「サア、ジゴクヲタノシメ」
黒い髪を靡かせ、白く輝く服を纏った死神は無数の屍に囲まれて、にやりと笑みを浮かべた。
EP42に続く。
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皆さんお待たせしました、第四十一話、投稿完了しました。
そしてすみません!今回で終わりになりませんでした・・・。やはり時間が足りなくて・・・。
今回は曹魏との戦闘開始編です。途中までですけど是非ご堪能あれ。