No.202637

名家一番! 第十席・前篇

第10話の前編です。

袁家以外の恋姫キャラが、初登場。

よろしければ、今回もお付き合い下さい。

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2011-02-20 14:07:08 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:3007   閲覧ユーザー数:2630

 玉座の間では、すでに近衛兵達が謁見時の持ち場についており、将軍である猪々子も玉座の横に控えていた。

 

使者を迎えるための準備は万端。どう見ても袁紹待ちです、本当にありがとうございました。

 

袁紹が玉座に腰掛けると、斗詩も玉座の横に控える。

 

俺は……邪魔にならないように部屋の隅にいとこうかな?

 

「そこのあなた。使者の方を呼んで来てくださるかしら?」

 

「はっ!」

 

袁紹に命じられた兵士が、使者が待つ控えの間に駆けて行く。

 

今からやってくる使者の報告によっては、俺はペテン師のレッテルを貼られ、ここから叩き出されるかもしれない。

 

そう考えると胃がキリキリと、締め付けるように痛みだしてくる。

 

(あぁ、気分悪りぃ……)

 

「袁紹様、御使者をお連れしました」

 

俺が緊張による吐き気をもよおしている間に、さっきの兵士が戻ってきた。

 

……いよいよか。

 

神に祈ったところで、どうしようもないと分かってはいるが、祈らずにはいられない。

 

「そう、では通しなさい」

 

袁紹が扉を開けるよう命じると、玉座の間へと繋がる重厚な扉が、ゆっくりと動き始めた。

 

 扉が開いていくその様を俺は、相反する二つの感情を抱きながら眺めていた。

 

一つは、“狼狽”。預言が外れた時のことを考えると、この感情がどうしても顔を出してくる。

 

そしてもう一つは、僅かな“期待”。

 

胸を高鳴らせている状況ではないのは、百も承知だ。なにしろ、自分の命が懸かっているのだから。

 

けど、“朝廷からの使者”だよ? そんなの物語の中の人種じゃないか。

 

そんな人間を生で見ることができると思うと、心が躍ってしまっても無理ないだろ?

 

……不安を紛らわす為に、なるべく楽しいことを考えておきたいという理由もあったが。

 

(朝廷からの使者って、どんな人なのかな? やっぱり、長い髭をたくわえた、偉そうなおっさんとか?)

 

俺が使者のステレオタイプな人物像をあれこれと頭に浮かべていると、扉が開き切り、俺の今後の人生を左右することになる人物が入ってきた。

 

 玉座の間に入ってきたその人物を見た瞬間、思わず我が目を疑った。それは、俺の予想の遙か斜め上の姿をしていたからだ。

 

猪々子に似たエメラルドグリーンの髪をツインテールに束ね、一昔前の応援団のような長ランを着込んでいる。

 

城の文官達のような服装を想像していた為、使者のその格好にも大きく驚かされたが、それ以上に衝撃的だったのが、

 

(女!?)

 

それも年端もいかぬ小さな女の子。

 

この娘は付き添いで、本当の使者がもう一人いるのでは? と、思ったが、少女以外の人間が入ってくることはなかった。

 

信じがたいが、目の前にいる少女が正真正銘、朝廷からの使者らしい。

 

少女は、自分の小さな体を大きく見せようとしているのか、肩で大きく風をきるような歩き方で玉座まで近づくと、立ち止まり袁紹に向かって拝礼した。

 

「お初にお目にかかります、袁紹殿。私、陳宮と申します。本日は、何進将軍の名代として洛陽より参りました」

 

幼い見た目とは不釣り合いな、畏まった口調で喋りだす。

 

(ちんきゅう、ねぇ? 名前は聞いたことはあるんだけど……どこで聞いたんだっけ?)

 

思い出せそうで中々思い出すことができない彼女の名前。実にもどかしい。

 

「しかし袁紹殿、使者をあまり待たせるのは感心できませんなぁ」

 

揶揄するように袁紹に話しかける少女。

 

しかし、そんな少女の揶揄に対して袁紹は、どこ吹く風といった御様子。

 

「わたくし、こう見えても多忙の身でしてね。まぁ、待たせたのは申し訳ないと思っていますわ」

 

枝毛でも探しているのか、毛先をいじるのに夢中で、少女の方には目もくれていない。

 

賭けてもいいけど、この人絶対に申し訳ないと思ってない。

 

少女は、俺と同じようなことを袁紹から感じたのだろう、不満げに口を尖らせた。

 

「むぅ、確かにお互い多忙の身。さっそく、将軍から授かった書状をば――」

 

少女が気を取り直して本題に入ろうとしたのだが、

 

「その前に聞きたいことがあるのですけれど?」

 

袁紹が遮った。

 

「……聞きたいこととは、いったい何ですか?」

 

話の流れを遮られ、少女は、少し苛立った様子を滲ませつつ答える。

 

「何進将軍の名代なら、飛将軍と名高い呂布殿が来られると思っていたのですけれど、どうやら、使者はあなた一人のようですわね?」

 

(呂布……。あ、思い出した。陳宮って確か呂布に仕えた軍師だ)

 

中々思い出せずにいた少女の正体が分かり、喉に引っかかっていた魚の小骨がとれたような清々しい気分になる。

 

……ん? ちょい待ち。黄巾の乱の時に、呂布が官軍の将だった……なんて、聞いたことないぞ?

 

元々この世界が三国志とは似ているようで、全く違う世界なのか、それとも俺が来たことで、三国志の世界が歪んでしまったのだろうか?

 

今はっきりとしているのは、このままだと俺の“予言”が外れる可能性が大ということだ。

 

(ヤバイ……)

 

みるみる顔が青ざめていくのが、自分でも分かる。

 

“使者って、どんな人間なのかなぁ?”

 

そんな、浮ついた気分なんぞ軽く吹き飛んでしまった。

 

「れ……。おほん、呂布将軍は体調が優れないとのことですので、代理としてこの陳宮が参った次第です」

 

「剛勇無比と謳われている飛将軍が病欠ねぇ……。まぁ、そんなことより本題に入ってくれるかしら?」

 

((じ、自分から脇道に外れさせといて、その言い草……))

 

この場にいた袁紹以外の人間が、呆れ返る。

 

「? あなた達今、何か不快なこと考えましたわね?」

 

こういう自分に向けられる悪意に対しては、敏感なんだよな、この人。

 

「ほ、ほら麗羽さま。御使者の方もお忙しいようですし、早く済ませてしまいましょうよ」

 

斗詩が慌てて話を逸らす。

 

「……それもそうですわね。陳宮殿、お願いしますわ」

 

何か言いたそうだったが、話を進めることを優先させたようだ。

 

「では、読み上げるのです」

 

陳宮さんはそう言うと、懐から取り出した書状を読み始めた。

 

「今、天下を乱している黄色い賊どもに裁きを下す時がきた。袁本初殿は直ちに兵を挙げ、洛陽の官軍と共に賊の掃討にあたられたし。

 

なお、これ以降、賊どもの呼称を“黄巾党”とする……とのことです」

 

「……それだけですの?」

 

「それだけなのです」

 

陳宮さんが読み上げたのは、黄巾党討伐の檄文。

 

官軍だけでは乱を抑えることができないので、力を貸せとも読み取れる文面だったが、今はどうでもいい。

 

俺は思わずその場にへたりこみそうになる両脚に活を入れ、踏み止まる。

 

(た、助かった……)

 

呂布が官軍の将になっていると聞いたときは、どうなることかと思ったが、概ね俺の予言通りだ。

 

この時期に朝廷から使者が来れば、黄巾党絡みしかないと斗詩は言っていたが……、心臓に悪すぎるよ。

 

 檄文を聞いた俺以外の反応は、三者三様といったようで、猪々子や兵士の方々は気合が注入されたのか、やる気満々といった様子。

 

斗詩は何か考えているのか、黙り込み地をじっと見つめている。

 

袁紹は……なんか、怒ってる?

 

「……わかりましたわ、陳宮殿。袁紹は準備が整い次第、洛陽に向かうと、

大! 将! 軍! に伝えてくださるかしら?」

 

袁紹はなぜか“大将軍”を強調して、陳宮さんに返答した。

 

「そのように伝えます。では、私はこれにて失礼させてもらうのです」

 

任務を無事終えて肩の荷が下りたのだろうか、陳宮さんの表情が少し緩んだような気がする。

 

「陳宮殿、少しお聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

 

下がろうとした陳宮を斗詩が呼び止めた。

 

「聞きたいこととは、何でしょうか?」

 

「はい。官軍の方々が掴んでいる黄巾党についての情報を聞かせて頂きたいのです。

 

我々も何度か討伐に出ているのですが、お恥ずかしながら、彼らの実態がイマイチ掴めていなくて……」

 

斗詩の質問を聞いた瞬間、一度緩みかけた陳宮さんの表情が、この部屋に入ってきた時のように引き締まったものになった。

 

「……残念ながら、我々も大した情報を入手できていないのですが、連中を率いているのが“張角”という名の人物だということは、掴んでいるのです」

 

“張角”……俺の知っている歴史でも、黄巾の乱の首謀者だった人物の名前だ。

 

やっぱり、張角も女の子になっていたりするんだろうか? 漫画やゲームのイメージが強すぎて、全く想像がつかないが。

 

「おぉ! うっかり忘れるところでした。これは一部の捕虜の証言を元に描いた、張角の想像図なのです」

 

陳宮さんはそう言うと、懐から巻物を取り出し広げた。

 

 その巻物には、張角の姿が描いてある……らしい。

 

“らしい”と、つい曖昧な表現になってしまったのは、その巻物に描かれている姿が、あきらかに人外の生物だったからだ。

 

なにしろ、身の丈3メートルはあろうかという、ひげもじゃの大男で、腕が8本 足が5本もあり、角と尻尾もご丁寧についていた。

 

わざわざ、上等な紙を使って巻物にするよう情報じゃないないよ。

 

「まぁ、こんなでたらめな姿、とても有益な情報とはいえないので、伝えるのを忘れそうになったのですが……袁紹殿?」

 

言葉を途中で切り、袁紹の方に目を向けた陳宮さんにつられて、俺も袁紹を見ると、

 

「…………」

 

彼女は顔を青ざめ、言葉を失っていた。……まさか、今の張角の想像図を信じたとか?

 

「あの、姫? あれは、捕虜が罪を逃れるために吐いた嘘の証言を元にした姿絵ですから、実際はあのような姿はしていないはずですよ」

 

斗詩が袁紹にそっと、耳打ちした。

 

「そ、そんなこと顔良さんに言われなくても、わかっていましたわ! 馬鹿にしないでくださるかしら?」

 

声が思いっ切り上ずっていますけど。

 

「なんだぁ、嘘の情報かよ。てっきり、あんな妖怪みたいな奴と戦わなきゃいけないのかと思っちった」

 

猪々子、おまえもか!

 

「なんだか、不安ですのぉ」

 

袁紹と猪々子の様子を見ていた陳宮が、小さく声を漏らす。援軍を頼んだ相手が、こうだと不安になるその気持ち、わからんでもない。

 

「他に質問がなければ、下がってもよろしいですかな?」

 

「あ、はい。ありがとうございました」

 

斗詩がお辞儀すると、陳宮も一礼して下がった。

 

 陳宮さんが帰ってから、結構な時間が経っているのだが、場は静まり返ったままだった。

 

静寂を生み出している原因は、袁紹から発せられる怒気のせいだ。

 

あまりにも重苦しい空気が漂い、誰も声を発することができないでいる。“あの”猪々子ですらも。

 

俺は仕事に戻るべきか、それとも、ここにいるべきなのか分からず、立ち尽くしていた。

 

……できれば、仕事に戻りたい。決して、この殺伐とした空気を吸いたくないという理由じゃないよ?

 

「れ、麗羽さま? このまま軍議に移ってもよろしいでしょうか?」

 

意を決して声を発した斗詩を袁紹は睨み付ける。

 

「あぅ……」

 

殺気すらこもっていそうな視線で射抜かれた斗詩は、思わずたじろぐ。

 

「えぇ、そうしていただけるかしら。なにしろ、大! 将! 軍! 直々のお達しですから、早急に洛陽に向かいませんと」

 

台詞だけを切り出せば、従順な臣下なのだが、表情と声のトーンがまるで台詞の内容と一致していない。

 

あそこまで嫌そうに言うことができるのは、ある種の才能だよな。

 

袁紹の許可が無事(?)下りたことで、兵士達は軍議の準備に動き始めた。

 

「な、なぁ猪々子」

 

袁紹の不機嫌な様子が気になり、猪々子の服の袖を引いてみる。本人に聞くのが一番なんだろうが、当方そのような勇気は持ちあわせておりません。

 

「なんだよ、一刀?」

 

猪々子は、袁紹の怒気を近くで浴び続けたせいか、少しやつれたような表情をしていた。

 

「袁紹の機嫌、何であんなに悪いの?」

 

「あ~それね。……姫は、何進将軍にアゴで使われるのが、我慢ならないからだよ」

 

さっき部屋で、使者と会うことに気乗りしていなかった理由は、それか。

 

けど――、

 

「何進将軍って袁紹の上司なんだろ? 上司から色々と指示を出されるのはしょうがないんじゃ?」

 

「まぁ、そうなんだけどさ。何進が実力で大将軍の地位に昇った奴なら、姫もあそこまで不機嫌にはならないんじゃないかなぁ?」

 

つまり実力以外で昇ったと?

 

「何進って元々は肉屋だったんだけど、妹が帝に見初められてさ、皇后になったその妹の口添えで大将軍にとりたててもらった……ってわけ」

 

「なるほど……妹のコネで大将軍になったってわけか」

 

いつの時代も国の重職に、そういう奴が就くんだな。

 

「こね? なにそれ、おいしいの?」

 

普段聞きなれない単語を聞き、猪々子が食いついてきた。

 

「え~っと、関係とか繋がりのことを俺のいた世界では“コネ”って、いうんだよ」

 

「へぇ~~」

 

普段、何気なく使っていた言葉を改めて説明するとなると、意外と難しいな。

 

「馬賊出身のあたいが、他人様の生まれをとやかく言う資格はないけどさ、

 

高貴な生まれの麗羽さまには、肉屋のせがれに指図されるのが気に入らないんだろうねぇ~」

 

袁紹の性格を考えれば、どれだけ良い家の生まれの人間でも指図されたら、良い顔はしないだろう。

 

それなのに、ただの庶民がコネだけで自分より上の地位に就けば……こうなるわけか。

 

――しかし、猪々子がこんなにしっかりと答えてくれるとは、思わなかったな。ちょっと、意外。

 

「猪々子は、袁紹のことよく分かってるんだな」

 

「まぁ、付き合い長いからね。酒に酔った麗羽さまの愚痴を聞いてあげるなんて、ザラにあるし」

 

袁紹が酒に酔って、猪々子に延々と愚痴っている風景を思い浮かべてみる。

 

……想像できん。配役が逆なら、容易に想像できるんだけどなぁ。

 

(袁紹が、それだけ猪々子に心を開いているってことなのかな?)

 

猪々子と袁紹の仲睦まじさに顔をほころばせていると、

 

「お~い、北郷。コレ運ぶの、手伝ってくれよ」

 

兵隊さんに呼ばれた。

 

皆、軍議のために机や資料などを運び込んでいる。

 

やべっ! 小間使いの俺が、立ち話していてどうする。仕事しないと。

 

「悪い、猪々子。また後でな」

 

猪々子に手を振って別れ、俺も運び込みに加わった。

 


 
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