No.201154

漆黒の守護者6

ソウルさん

程遠志の討伐に成功した明星の名声は大陸に産声を上げていった。

2011-02-12 16:54:01 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:3331   閲覧ユーザー数:2815

 国の基を築くことに欠かせないのが民の存在である。国に民が集うのではなく、民の上に国が成り立つのだ。民無くしての国政は無価値であり、王朝の衰退していく原因はそれである。この時代その違いに気づく者は少なく、永久に平和が続くと疑うことなく私腹だけを肥やす愚人で統治されている。黄巾賊の勃起は偶然ではなく必然だったともいえる。

 だが国の意味を知る者がいないわけではない。現在進行形でその一人が眼前にいる。紫色の髪を靡かせる優しい少女。虫すら殺したことのない純粋な瞳がこちらを見据えてくる。

 

「最近で噂の董卓殿がこれほど美しい方だったとは世界とは不可思議なものです」

 

賊の討伐で大陸全土を駆けまわっていた俺たちは襲撃にあっていた一団を目にしていた。官軍の軍旗を掲げていたので無視しようとしたが、その一団の背後には邑があり、一団が襲撃を受けている真実を知った俺たちは援軍した。

 

「へぅ~……美しいだって、詠ちゃん……へぅ=」

 

頬を赤く染め、手で顔を覆い隠し照れ隠ししている。

 

「ちょっと月に手を出す許さないわよ!」

 

軍師こと賈駆が牙を向けてくる。彼女の主に対する忠誠は溺愛ともいえる。

 

「自分にはそんな勇気はありませんよ」

 

「ふん! ……それにしても本当に不気味な義勇軍ね。魔王の軍団みたいよ」

 

「ちょっと詠ちゃん……」

 

「本当のことじゃない、月。賊の増援かと思ったじゃない」

 

助けようと思った瞬間に放たれた一撃の矢はそういうことだったのか。深々と思考に入れば確かに漆黒の黒衣を纏った義勇軍は我が明星しかないだろう。黒の基盤を変更できないけど、せめて鎧は身に着けたほうがいいかな。

 

「でも、確かに貴方たちに助けられたわ。ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

お礼に返事しただけなのに賈駆は頬を赤く染めてそっぽを向いた。

 

(そうか……賈駆は)

 

聖にそっくりなのだと思う。態度がそっくりだ。自信家で素直になれない天邪鬼だけど、本当は寂しがり屋。

 

(あいつもそうだっけ)

 

昔を思い馳せる過去の記憶に一人の人影が浮かんだ。

 

 助けたお礼の報酬として兵糧と武器を提供してもらった。程遠志など黄巾賊の将軍クラスを討伐しているううちに明星は千の大所帯となり、それと共に兵糧と武器が不足を見せ始めた。神様が存在するとは思っていないが、今回ばかしは感謝する。

 それと今日の一日は寝床を与えてくれるとのこと。董卓には感謝するばかりだ。

 

 董卓が拠点とする城は自然に溢れていた。市場も賑わっていて、善政を施していることを見解できた。まだ官軍にもこんな人物がいると知らなかった。

 

「お、いたいた。陰」

 

さらしを胸に巻いた女性が近づいてくる。

 

「張遼か。何か用か?」

 

「大事な用事があるねん。今すぐ城の訓練場に来てくれ!」

 

血相をかいた張遼に訝しげながらも俺は訓練場に向かった。

 

 訓練場には董卓をはじめとした重臣たちが集っていた。枢と壬もいる。将軍のオンパレードだ。この流れはまずい。得物を所持した重臣たちを見て悟った。俺は後ずさりしながら場を去ろうとしたが、背後の障害物でそれは防がれた。

 

「聖、どういうつもりだ?」

 

「なーに、私も主の実力を知りたいだけじゃ。けっして主の勇姿を見たいとかではないぞ。それに主はいつも手を抜いて戦っているじゃろ?」

 

不気味なオーラに後押しされた俺は皆の元に赴いた。

 

 実力のある強者は相対しただけで互いの実力の差を感じ取れるという。自信過剰な強者の戯言とかと思っていたが、事実だったらしい。眼前に佇む赤毛の少女。飛将軍こと呂布奉先だ。三万の黄巾賊を一人で滅ぼしたという伝説の持ち主。眉唾な伝説かと思っていたが、あながち事実かもしれない。

 背中に汗が垂れ堕ちていく。本能が危険だと信号を送る。

 

「……強い。……強い?。よくわからない、不思議な感覚……」

 

呂布は独白気味の声でしゃべり始めた。あらかじめに伝えておくが俺は周りが思っているほど強くないぞ。……多分。

 

「……行く」

 

仕合い合図もなく呂布は突進してきた。完全に隙を突かれた俺は反撃に移れるはずもなく、回避に徹する。神速で突き出された突を半身をずらして避けて、間合いをつくるべく後方に跳ぶ。腹あたりの黒衣がスパンと斬れる。刃を丸くして死傷性を無くした意味が何一つ効果を発揮していない。

 

「ま、待て! うわ!」

 

呂布の斬撃が頭上を横切る。咄嗟にしゃがんでなければ今頃首が地面を転がっていた。その想像が現実となる瞬間をイメージとして脳裏によぎった。

 

 俺は剣の柄に手を添える。東洋の国に存在する剣術で抜刀術というらしく、以前呼んだ書物に書かれていたことだ。速さを特徴とした剣術である。

 

「雰囲気が変わった……」

 

呂布も戟を持ち直し、構えを改める。

 

 先まで鳴いていた鳥の囀りも、風も止んだ。緊張を張りつめた空気が一帯を纏う。呼吸さえままならない空気。一瞬の隙が勝敗を決する。俺と呂布は互いにゆっくりと前に進んでいく。靴底が地面を削る音だけが静寂な一帯をうるさくする。

 

「「!」」

 

互いの得物がぶつかり合う。金属のぶつかる甲高い音が響き、衝撃が天へと昇るように大気を切り裂き、空を断絶した。それからの数合。キンキンとぶつかりあう鋭利の矛先は互いに一度もかすめることなくその原型を保っている。

 

「げっ!」

 

途中から鈍い音が響くと違和感を覚えていたら、その答えが剣に見て受け取れた。剣にひびが入っていたのだ。

 

「そこまでやな」

 

それに気づいた張遼は仕合を中断させた。これ以上の仕合は確かに不可能なのだが、それ以上に使い物にならなくなった愛刀に落ち込む。

 

 その日の一日、俺は酷い顔をしていたらしい。


 
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