満月と満天の星が輝く夜空の下、小川の畔に二人の青年と少女がいた。
少女は青年に背を向け、青年は少女に軽く微笑んでいる。
ただ、その姿は今にも消えそうな程薄くなっている。
「どうしても……逝くの?」
背を向けたまま、少女は青年に問いかける。
少女の名は曹孟徳、真名を華琳。
三国県立をなした魏の覇王。
「ああ……もう終わりみたいだからね……」
そう答えるの青年の名は北郷一刀。
別の世界からこの世界に降り立ち、覇王を支えながら三国県立へと導いた天の御遣い。
「そう……。……恨んでやるから」
「ははっ、それは怖いな……。けど、少し嬉しいって思える……」
「……逝かないで」
それは覇王としてでは無く、一人の女の子としての言葉。
素直になれない少女の、心からの言葉。
「ごめんよ……華琳」
しかし、そんな華琳の願いは届かず、一刀の姿は消えていく。
「一刀……」
「さよなら……誇り高き王……」
それは覇王への別れの言葉。
「一刀……」
「さよなら……寂しがり屋の女の子」
それは一人の少女への別れの言葉。
「一刀……!」
「さよなら……愛していたよ、華琳――――」
それは最愛の人への別れ言葉。
――そして、天の御遣い、北郷一刀はこの世界から消えた。
「…………一刀?」
背後の気配が消えるのを感じ、華琳は最愛の人の名を呼ぶ。
しかし、返事は返ってこない。
「一刀……? 一刀………!」
いくら呼んでも、返事が返ってくることはない。
既にその人物は、世界から消えてしまったから。
「…………ばか。……ばかぁ………っ! ……ホントに消えるなんて……なんで、私の側にいてくれないの……っ! ずっといるって……言ったじゃない………! ばか……ぁ……!」
満月の下、寂しがり屋の女の子の泣き声だけが響いていた。
「う……」
目が覚める。
真っ先に目に入ったのは天井。
見慣れた魏の天井でも、聖フランチェスカの天井でもない、白い天井。
「ここは……?」
一刀は上半身を起こし、周りを見回す。
視界に入ったのは自身の腕に繋がった点滴と、ベット横の棚に飾られた花。
無駄な装飾等の無いその部屋は、現代で言う病室だった。
「病院……?」
呟いて、一刀は自分の腕に包帯が巻かれている事に気づく。
何故自分が病院にいて、包帯を巻かれているのか考えていると、病室の扉が開きナース服に身を包んだ看護士が入ってきた。
そして、起き上った一刀を見ると同時にその動きが止まった。
「あの……」
「先生! 北郷さんが目を覚ましました!」
どうして病院にいるのか尋ねようとするが、その前に看護士は病室を出て行ってしまった。
そしてすぐに廊下から足音が聞こえ、再び病室の扉が開いた。
入ってきたのは初老の医師と先ほどの看護士だった。
「君は彼のご家族に連絡を」
医師はそう看護士に指示すると、ベッド横の椅子に座った。
「体調はどうだい? どこか痛む所はあるかい?」
「いえ、特には。……あの、どうして俺は入院してるんですか?」
「……覚えてないのかい? 君は車に轢かれたんだよ」
「……車に轢かれた?」
「ああ、学校の帰り道に子供を庇ってね。これといった外傷は腕以外にはなかったし、腕の傷もすぐに治るものだったんだが、どういうわけか意識が戻らなくてね。しばらく入院することになったんだよ」
「……そう、なんですか」
医師の言葉に一刀はショックを受けた。
夢、だったのか? あの世界での出来事が?
「……目が覚めたばかりで記憶が混乱しているようだね。検査などはまた明日にしようか」
「……お願い、します」
医師の言葉に一刀はなんとかそう返す。
そして、医師が部屋を出ると同時にその双眸から涙が溢れた。
「う……うぅ……!」
ポツリ、と涙がシーツに零れ落ちる。
本当に夢だったのだろうか、あの世界は。
夢じゃない。
そう、否定したい。
しかし、周りの状況と医師の言葉がその考えを肯定する。
「くぅ……ぅ……!」
春蘭との、秋蘭との、桂花との、風との、凛との、季衣との、流琉との、凪との、真桜との、沙和との、霞との、天和との、地和との、人和との、そして……
「華琳との日々が……夢だったってのかよ……!!」
『何諦めてるのよ、一刀!』
「……え?」
華琳の声が、聞こえた。
一刀はつい周りを見回す。
しかし、当然だが華琳はいない。
「なんで……華琳の声が……」
『あなたにとって私達はその程度の存在だったの? そんな簡単に諦める程度の』
「違う……」
『聞こえないわ。もっと大きな声で言いなさい』
「違う! 俺にとって華琳達は大切な存在だ! 愛する人だ!」
『だったらそんな簡単に諦めるな! 死ぬまで足掻いて、私達の下へ帰る方法を探しなさい! 例え見つからなくても、高みを目指し自身を鍛えることぐらいはできるでしょう!?」』
「そう……だよな……。何やってんだ、俺は。俺は魏にいて、華琳達と一緒に天下三分を成し遂げた。その事実は変わらないし、夢なんかじゃない。……俺は帰ってみせる。また華琳達に会う為に。……その時までに、華琳達の事を守れるくらいにはなっておくよ」
『……いい目になったわね、一刀。またあなたに会える日を……そして、強くなったあなたに会えるのを楽しみにしてるわ』
そして、華琳の声は聞こえなくなった。
それは一刀が生み出した幻聴だったのかもしれない。
それでも、一刀を立ち直らせるには十分だった。
「ああ、絶対に帰るから……。また会おう、華琳」
窓から青空を見上げ、一刀はそう呟いた。
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初めまして、mebiusです。
恋姫の二次は初めてですが、他の所で別の作品の二次を書いています。
とはいってもまだまだ素人ですので何か直した方が良い所があったらアドバイスお願いします。
あ、でも誹謗・中傷はご勘弁を。
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