「さて、と。お三方の今後についてなんですが」
南皮城・玉座の間。
昨日、この地を制圧した一刀たちは、夜明けとともに袁紹、顔良、文醜の三将を呼び出し、彼女たちの今後の処遇を告げようとしていた。
三人はそれぞれ、意気消沈とした状態で、床に座って黙りこくっている。袁紹たちの正面-玉座には一刀が座っており、その両隣に徐庶と李儒が立って、袁紹たちを黙って見据える。その袁紹たちをはさむ形で、徐晃と華雄、そして張郃と高覧が左右に分かれて立っている。
「……俺たちとしては、手荒い真似をするつもりは、これっぽっちもありません。……出来うるなら、今後は俺の下で、その能力を発揮していただけたらと思っています」
『?!』
一刀のその言葉に、思わず顔を上げて彼を凝視する三人。
-自分たちを配下に欲しい。
まさか、そんなことを言われるとは、彼女たちは露ほどにも思っていなった。以前の虎牢関でのこともある。顔良と文醜はともかく、袁紹自身は確実に、その首をはねられるものとばかり思っていた。
なのに、その予測とはまったく逆のことを、一刀は笑顔で言ったのである。
「……北郷さん?それにお答えする前に、一つだけ、お聞きしてもよろしいかしら?」
と、袁紹が一刀に声をかける。
「……構いません。何でしょう?」
「……そちらにいらっしゃるのは、元・禁軍将軍の華雄さんですわよね?……何故、この人がここにいらっしゃるのかしら?この人は、亡き先帝陛下を殺害した、あの逆賊の仲間とお聞きしてますけど?」
ちらり、と。華雄の顔を横目で見つつ、袁紹はそう問うて来た。
「……そう、ですね。まずは先に、そこから、お話をしておきましょうか。……俺が、勅命に歯向かう事にした、一因の一つでもありますしね」
『……?』
その言葉に首をかしげる袁紹たちを見つつ、一刀は長安での事の顛末を、三人に語って聞かせた。
『…………』
どう反応していいかわからない。そんな感じの表情であろうか。一刀のその話に、ただ呆然とする袁紹たち。
少帝を”殺害”したのは、実際には王淩ではなく、おそらく、その伯父である王允の息のかかったものの仕業であること。……華雄たちは、”たまたま”その場に居合わせただけの被害者である、と。
にわかには信じがたい話ではあった。
王允は、まがりなりにも、漢の三公の一人である。その彼が、皇帝を殺害しようとする暴挙にでるなど、到底信じられるものではなかった。
「……王允さまが、その首謀者だとする、その根拠はあるんでしょうか?」
と、顔良がそう問いかけてきた。
「……確たるといえるかは分からんが、今、鄴に残っている少帝陛下のお付だった侍女殿が、陛下の外出を知っていたのは、自分たち以外には王允のみであったと、そう証言している。……それでは駄目だろうか?」
顔良の問いに、華雄がそう答えを返す。
「……信用できるのかよ、その侍女の人ってのは?」
文醜が当然のように、その侍女-月のことに疑問を持っていう。
「……それは信用できる。月-いや、その侍女は先帝の専任の者であったからの。……良く尽くしてくれていた…そうじゃぞ?」
「……貴女、何者ですの?……へんちくりんなお面をつけていますけど」
「へんち……ぷっ」
「む?……何がおかしいのだ、一刀?」
「あ、いや、その。……ごほん、この人は、李儒っていいましてね。……まあ、その、なんだ、先帝陛下の……そう、よき臣であった人なんだ。……”彼”のことも良く知っているし、信用のできる人ですよ」
李儒のジト目に、その顔を引きつらせつつも、一刀は彼女をそう紹介した。
「……ま、いいですわ。で?もしそれが真実だとして、貴方はこれから、どうなさいますの?……司徒様を討つために、都にでも攻め入るおつもりですの?」
いつぞやの自分の様に、各地に檄でも飛ばすつもりなのか、と。袁紹は一刀に問いかける。だが、一刀はその問いに、静かにその首を振った。
「……おそらく、ですけど。……もし、檄を飛ばしたとしても、諸侯がそれに応じることはないでしょう。もちろん、俺が逆賊になっているってのもありますけど、それ以上に」
『……それ以上に?』
「……多分、諸侯はもう、朝廷を救うためには、動くことはないと思いますから」
「んな!?何を馬鹿なことをおっしゃっておいでですの?!すべての諸侯は、漢の禄を食んだ漢の臣ですわよ!漢のために働かないわけが……!!」
一刀のその言葉は、袁紹には到底、信じられるものではなった。漢朝の臣たる諸侯が、漢のために動こうとしないなど、ありえないことだと。
「……張郃さん?この街では、大陸各地の情報なんてものは、集められていないんですか?」
「え?……あ、ああ。……その、恥ずかしい限りだが、姫様は、その、なんだ」
「……沙耶さん?別に口を濁すことはありませんわよ?……私に遠慮などせず、はっきりいっていただいて構いませんわよ?」
ばつが悪そうに口ごもる張郃に、袁紹がそう声をかける。
「……その、遠く離れた他国の情勢など、知っていたところで何の得になるのか、と。……そう、いつも言っておられましたので」
「……つまり、何も知らない、ということですね?」
「……直接関わって来ない様なところのことなんて、調べたところでお金の無駄遣いですわよ。でしょう?斗詩さん?」
「へ?!な、何で私に話を振るんですか?!」
突然名前を出され、顔良は思いっきり狼狽する。
「何でも何も、私たちのお財布係は貴女じゃありませんの。いつも無駄遣いは駄目だとおっしゃっているから、私は必要なところにしか、お金を使っていませんわよ?」
「……金のみこしとか、兵士全員の鎧を金無垢にしたり、ですか」
「そうですわよ?名門たるもの、まずは世間さまに恥じない容姿を、していなければいけませんもの。かく言う私自身も、毎日お肌をしっかり磨いておりますわよ?お風呂は絶対に欠かさずにね。おーほっほっほっほ!」
自分の今の立場をすっかり忘れているのか、いつもの高笑いを始める袁紹。
「……なるほど。分かりました。先の言は撤回させていただきます」
「~っほっほっほ……え?」
「……人手はいくらあっても足りないですから、貴女方にも手伝って貰えたらと思ってたんですけど、やっぱり止めておきます」
すっく、と。
それだけ言うと、一刀はおもむろに玉座から立ち上がり、袁紹たちの方へと歩き出した。……腰の鞘から、朱雀を抜き放ちつつ。
「か、一刀さん!?」
「一刀!ちと待て!少し落ち着かんか!」
「……(ジロ)」
『う』
その一刀を制しようとし、徐庶と李儒が一歩踏み出そうとするが、一刀が向けたその視線に、二人は逆に一歩も動けなくなってしまった。そして、それは袁紹立ちも同じことだった。
『あ、あ、あ、あ』
一刀のその迫力に押され、完全に腰が抜けてしまっている袁紹たち。その彼女たちの正面に立った一刀は、朱雀のその切っ先を、袁紹の鼻面に突きつける。
「……袁紹さん?……貴女は一度、飢えに苦しんでみるべきです」
「へ?」
ヒュンヒュンッ!!
一瞬の風切音。そして、一刀が朱雀を、その鞘に収めた、その瞬間。
ばらばらっ!
『え゛?……ぎゃあああああああっっ!?///」
袁紹たちの着ていた服が、見るも無残に切り刻まれ、床に散乱した。……当然、袁紹たちは下着姿になった。
「あ!貴方!なんて破廉恥なことをなさいますの!!」
「そーだそーだ!この変態!」
「……お、男の人に、下着姿を見られ……きゅう」
体をその手で隠しながら、一刀に猛抗議をする、袁紹と文醜。そして昏倒して倒れる顔良。
「……輝里」
「へ?!あ、は、はい?!」
「……三人に、新しい服を持ってきてあげてくれ。……昨日、回収した”あれ”の中から」
「……あ。……分かりました」
一刀の意図を理解した、といった感じで、玉座の間を慌てて出て行く徐庶。暫くして、
「さ、どうぞ。これに着替えてください。……貴女たちの、新しい服ですよ」
「こ、これは……!!」
「うげ、ぼろっちい……」
そう。一刀が徐庶に言ってもって来させた物。それは、昨日南皮に入城した後、街の人々からかき集めた古着であった。何でそんなものを集めさせたかというと、要はリサイクルをするためである。
ぼろぼろになったり、着古して使われなくなったそれらを、一刀は再び着られるように仕立て直させ、本当に着るものにも困っている人々に、無償で提供しようと思い立ったのである。しかし、袁紹たちに手渡されたのは、仕立て直す前のもの。……完全な(?)古着状態のものである。
「こんなものを、名門たるこの私に着ろというんですの?!ふざけるんじゃありませんわ!」
「……ふざけてるのはどっちだ?」
「へ?……ひ!?」
袁紹の抗議の声に、ゆっくりと言葉をつむいだ一刀のその顔。それを見た瞬間、袁紹はその顔を真っ青にした。
……地獄の閻魔。
一刀の顔は、まさにそんな表現がピッタリであった。
「その、”こんなもの”すらまともに着れない人が、あなたの治めてきたこの街には、それこそたくさんいるんだ。……なのに貴女は、見た目ばかりを派手にすることだけ考えて、つまらないものにばかり、人々から集めた税を使っている。……一度、しっかりと味わってみるといい。その日その日を、ただひたすらに、生きるためだけに生きる日々を、大勢の人々に混じって」
そんな形相のまま、一刀は袁紹を見下ろしたまま、彼女にそう吐き捨てた。そして、恐怖に縛られている彼女たちに背を向け、
「……蒔さん。袁紹さんを、街から”放り出して”ください。……望むのなら、顔良さんと文醜さんも一緒にね」
「……分かった」
徐晃が、いまだ体を震わせている袁紹を、ひょいとその肩に担ぎ、その場を立ち去ろうとする。そして、同じく座り込んだままの顔良と文醜に、
「……お前たちはどうする?……ついて来るのか?来ないのか?」
そう声をかけた。
「……行きます。……麗羽さまは、一人になんて、出来っこないですから」
「斗詩が行くんならあたいもだ。……なんたって、斗詩はあたいの嫁だかんな」
「ちょ!文ちゃん?!」
軽口をたたきながら、袁紹を担いだ徐晃についていく二人。そして、彼女たちが部屋から出たあと、一刀はその視線を、沈黙していた張郃と高覧の二人に向けた。
「……お二人は、どうしますか?……彼女たちに、ついていきますか?」
「……いや。姫のお守りは、あの二人がいれば十分だろう」
「ですね。……何だかんだ言って、あの二人が一番、姫様のことを分かっていますから」
一刀の問いに首を振る張郃と高覧。……少しだけ、寂しげなその顔で。
「……そうですか。……これから、どうしますか?」
「……配下になれと、言わないのか?」
「勿論言いたいですけどね。……でも、強制はしません。……お二人の、納得いく答えを出していただければ、それでいいです」
「……わかった。少しだけ、考える時間をくれ。狭霧も、それでいいな?」
「はい、沙耶ねえさま」
互いにうなずきあった後、二人は一刀に礼をしてから、その場を退出していった。その二人が出て行った扉が閉じられた後、李儒一歩を踏み出して、一刀にその視線を向けてきた。
「……一刀よ。ちと、外に出てきても良いかの?」
「……見送り?」
「ふふ。お見通しか。……声ぐらい、かけておいてやりたい。……許しておいても、やりたいしの」
たたた、と。
最後の言葉だけ小声にし、袁紹たちの後を追って、李儒は早足で玉座の間を出て行く。
「……命さま、もしかしたら」
「かもな。……ま、彼女がそう判断したんなら、俺たちはなにも言うことはないさ。……さて、と。じゃ、俺たちは、アイツの尋問に行くとしようか。……華雄さん、貴女も一緒に来てください」
「はい」 「わかった」
一刀たちもまた、そうして玉座の間を出て行く。
そして、場面は南皮の街の外、城門の前に移る。
「……本当に、無一文で、出て行かないと、ならないんですのね……」
肩を落とし、とぼとぼと城門をくぐって行く袁紹と、その後に続く顔良・文醜の二人。
「しょーがないっしょ、姫?こうして生きてるだけでも、めっけもんですよ」
「そうですよ、麗羽さま。私と文ちゃんがいれば、少なくとも、ひもじい思いだけはさせはしませんから」
「そーそー。いざとなりゃ、あたいが猪でも何でも採ってきますってば!」
「斗詩さん……、猪々子さん……。うっ、ううっ」
ぐい、と。
その目に浮かんだ雫を、思い切りぬぐう袁紹。
「そうですわね。……貴女達がいれば、怖いものなんか何もありはしませんわね」
『はい』
「では、二人とも参りますわよ!……でも、とりあえず、どこに行きましょうかしら?」
顔良と文醜に励まされ、その、もって生まれた前向きな性格もあって、すぐさま落ち込み状態から回復する袁紹。ではあったが、実際これからどうしたものかと、三人は顔をつき合わせて考え込む。
そこに。
「お~い!!」
「……あら?麗羽さま、あれ、あの人」
「何ですの?人が考え事をしているというのに。……あら?あれは確か、けったい仮面さんじゃありませんの」
自分たちのほうに駆け寄ってくるその人物-李儒のその姿を捉え、そんな風な勝手な呼び名をつける袁紹。
「李儒さん、ですよ~。……どうされたのかしら」
そんな袁紹に顔良が突っ込みをいれつつ、李儒へとその視線を集中させる三人。すると、李儒は三人の近くまでは来ることなく、少し離れた、城門の真下でその足を止めた。
「はあ、はあ、はあ。……ふ~、どうにか間に合ったの。……三人とも!私の声が聞こえておるか?!」
「聞こえておりますわよ!ていうか、もっと近くに来ればよろしいじゃありませんの!だいたい貴女!何なんですの、その話し方は!まるで亡き陛下みたいな話し方をして!不敬だとは思いませんの!?」
李儒の話し方は、一度だけ会ったことのある、あの少帝のそれととてもよく似ていた。そして、その声も。袁紹は、それによって思い出してしまっていた。
亡き少帝の、あの時の怒りを。
あの時の、自身に向けられた叱責を。
そんな袁紹の想いを感じ取ったのか、李儒は、にっと、その口元に笑顔を浮かべ、こう言った。
「……本初よ!許す!」
『…………は?』
「だから、あの時のことは、もう許すというておる!……今まで、つらい思いをさせてすまなんだ!もう、私の言葉に縛られる必要はない!これからは、そなたの心の思うまま、思う存分に生きてくれ!」
実際、李儒はもう、あの時のことはすでに怒っていなかった。それどころか、自身の中途半端なあの態度が、彼女を追い詰めてしまったことに、深い後悔の念を抱いていた。
だから、すべてを許す、と。彼女はそう叫んだのである。だが、
「……え……っと。あ、貴女に許してもらって、それがどうだと言うんですの!?少帝陛下”ではない”貴女が、そんなこと言って何の意味がありますの?!けったい仮面さん?!」
「けった……!!……そ、そんなに変かのう、この仮面。結構、かっこいいと思うんだがのう。……あ、そうか。これをしたまま言うてもしかたなかったの。ははは、”朕”としたことが失敗したわい!」
自身が仮面を被ったままだという事に、李儒は袁紹の言葉でようやく気づいた。そして、自身のことを、久しぶりに”朕”と言い、その仮面に手をかけた。
「あ!貴女!何をその一人称を使ってますの!?それを使っていいのは、この世で皇……帝……だ……け……」
『麗羽さま?』
李儒が朕という一人称を使ったことに激昂し、袁紹は彼女に、この世でそれを使っていいのは、皇帝だけだと。
そう言おうとしたのであるが、仮面を外し、ゆっくりとその顔を上げた彼女の顔を見て、まるで彫像のように固まってしまった。
「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あな、あな、あな、貴女さま、は」
「……もう一度言うぞ?……袁本初よ、朕の名において、今日を限りにそなたの罪を許す!……次に会うときは、良き将となっておること、期待しておるからな?」
「は、は、ははははははい!!この袁本初!しかと承りました!!」
ざざ、と。
その地に平伏して応える袁紹。その両の眼から、大量に涙を溢れさせて。
「うむ!……達者で、な」
くるりと。
再び仮面をその顔につけ、李儒は街の中へと戻っていった。
「麗羽……さま?」
「どうしちゃったんですか?……あの人、知ってんですか?」
”皇帝であった”頃の、李儒とは面識のない顔良と文醜は、袁紹のその行動がまったく理解できず、ただただ首をひねるばかり。
「……何でもありませんわ!さあ!斗詩さん!猪々子さん!さっさと参りますわよ!!」
「ちょ!?麗羽さま!どこへ行こうっていうんですか!?」
「あてがなんかあるんすか?!」
「そんなもの、私たちならどうとでもなりますわよ!!さあ!未来に向かって出発ですわよ!!お~ほっほっほっほっほっほっほ!!」
澄み渡る青空の下、三人はその歩みを踏み出した。
結局、どこに行くのも、何を目指すのも、何も決まってはいなかったが、袁紹の心は、まさに今のこの、頭上の青空そのものだった。
白い雲とともに、三人の旅人は進んでいく。
自分たちの、新しい未来を目指して。
-晴れ晴れとした、その高笑いとともに-
~第三章・了~
~第四章に、続く~
てなわけで、三章もこれにて終幕です。
次回からは、また拠点のシリーズに入ります。
あ、その前に、例の輝里の絵にちなんだ、ちょっとしたネタを放り込もうと思ってます。
sionさまにも、その御許可をいただきましたので、お楽しみに(?)お待ちください。
それではまた、お会いいたしましょう。
皆様、再見~!!
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はいはい。
三章もこれにてようやく終了です。
麗羽たちがあの後どうなったか、
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