No.199908

機動戦士 ガンダムSEED Spiritual Vol28

黒帽子さん

 アイオーンは統合国家との約束を違えていない。だが世界を傾けたその所行が許される理由になりはしない。世界を滅ぼす存在達へ世界を守る者達の視線が注がれる。
 燃え猛る復讐心が平和を噛み砕かんと迫るとき黄金の介入が怒れる瞳に映し出される―105~107話掲載。自分を捨てる。死とは異なる生の放棄。

2011-02-05 21:07:44 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:1447   閲覧ユーザー数:1435

SEED Spiritual PHASE-105 心の底まで見通して

 

 キラは港の方へと視線を降ろした。海に臨んだドックの中央では〝アークエンジェル〟と〝ソロネ〟に大気圏離脱用のブースターが取り付けられようとしている。脇にはイズモ級戦艦の中央ブロックがマスドライバーへの運搬手順を待っているが彼の目はそちらへ向くことなく空へと投げかけられた。

「ここにいたのかキラ」

「……カガリ」

 ラクスはあのテロ組織とは全面戦争も辞さない考えのようだ。〝ブレイク・ザ・プラネット〟――『地球との戦争』冷めやらぬ今であるというのに、地上にいるキラに招集をかけたことからも推し量れようと言うものだ。

「〝アークエンジェル〟ならお前も勝手が分かるだろ。別にお前は第二宇宙艦隊に加わる必要はない。あくまで統合国家の客分で――」

「いいの? カガリは」

 言葉を遮りキラが不安げに問うてきた。カガリも継ごうとしていた言葉を失い彼に対する返答を探すが……。

「あの〝ターミナル〟が次のテロを起こさない限り攻撃する意志はないって、言っちゃったんでしょ?」

 キラの視線にカガリは憮然とした。こいつに『誘拐』されて以来……弟に口で勝てたためしがない。

「あぁ。彼らは、地球を救ってくれたんだ。それに応えることをしてもいいだろ」

「地球を滅ぼしかけたのも彼らでしょ?」

 彼らとも限らない。が、あの〝エヴィデンス〟の言葉にはそれを臭わせるニュアンスがあった。彼の言葉を否定する材料はない。カガリは黒の〝デスティニー〟に搭載された動力炉が星の命を喰うのを、一度目にしている。

「それに、彼らはこれだけ世界を混乱させた。折角平和へ向かっていた世界を」

 キラの怨嗟にカガリは懸念を覚えた。わたしは、安定した世界を造れていたのか、自信がない。

「キラは、彼らと協力するつもりはないのか? 彼らの力はキラも思い知ってるだろ。彼らとザフトの全面戦争にでもなったらどれだけの――」

 独白は彼の視線に遮られた。何気なく合わせた彼の目からはこちらの意見の全否定――ともすれば殺意とも採れる絶対意志が注ぎ込まれてくる。

「カガリは、彼らを許すって言うの? あれだけのことをしてるのを、知ってて!?」

「っ…そうではない。考えてみろ。わたしだって殺されかけた身だぞ。だがそれでも、客観視しなきゃならないことはあるんだよ」

 話す価値などないと断じられたか。弟はこちらと目を合わせようとはしなくなった。彼は整備を受ける艦を、いや、その先にある戦場を見据えているように思える。いつからだ? 彼が戦争を『手段』と考えるようになったのは……デュランダル議長のせいか? だとすれば――死してなお影響し続ける彼の力に、自分の力は足元にも及ばない。

「ところで……アスランは?」

 その問いかけに姉の目が明らかに曇った。真っ向から見返すこともできなくなった彼女の目も外のドックへと投げられる。かすめ見た弟の目には困惑があった。……カガリはキラの心を読み解こうとする。それは思いの外簡単なことだった。

 自分の仲間だけは何があろうと守りきる。

 ……公人にあるまじき思考と言われるかも知れない。だが、確かに見ず知らずの誰かのために世界を救うなど言える人間がどこかにいるのか? 国の崩壊を防ぐ為に家族一人を生贄にする。為政者としては立派なのだろうが、それを実行できるものがいるか? もし大多数がいると答えるのなら、公人としてのキラはいつか追い落とされるのだろうか。

「流石に、あれだけのことをしてしまうとな。わたしとしても庇いきれるものじゃない」

 アスランの抱える心も、キラのそれと同じなのだろう……。だが彼の行為を認められる立場には二人とも立っていない。

「キラも解ってるだろ……アスランは、それだけのことをしたんだ」

 キラは口を開きかけたが言葉は飲み込まれた。それに「勝利」を感じ、カガリは己の心を恥じた。再び窓の外を眺めるキラの傍らでその肩を叩いたカガリは〝アークエンジェル〟を見下ろし感じる。

 他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の争いに介入しない。

 ――ザフトとの盟約に従いフェイスにオーブ軍の第二宇宙艦隊を預ける行為は理念に乗っ取った行為だろうか。確かに件の組織は『国』ではない。だがカガリはそう言った抜け道を探すことを由としない。キラに批判された「お目こぼし」の方が寧ろ悩まずにすむくらいに。

「キラ、わたしにとっても彼らは倒すべき存在だ。だがわたし達は彼らと話し合うべきなんじゃないかとも思う」

「何度か話したよ。彼の――黒い〝デスティニー〟のパイロットには復讐心しかない」

 不当な決めつけとは言えないか? キラは本当に、彼の心の底まで見通した上で彼を復讐鬼と断じて――

 はっとした表情で凍り付いたカガリにキラが怪訝な視線を向ける。

「どうしたの?」

「………いや、なんでもない」

 心の底まで見通して。

 わたしは今、それを望んだ

(わたしは……彼らの行い認めると言うのか)

 心を操られた地域が最も早く復興を果たした。実際目にしたわけではない。危険と言われて視察の許可は出ない。だから真偽の程はわからないが、そこに嘘は存在しないとされている。

「ヘンだよカガリ」

 弟のヘンはどこまでを意味しているのか解らず目を反らす。なんでもないではぐらかしたかった。心を吐くのは時に苦痛を伴う。

「わからないんだ。正しいことが」

「僕だって、わからないよ。でも彼らを放っておくことはできない。多分僕の中では……」

「彼らが、悪か?」

 キラは少しの間をおいて深く頷いた。カガリはその意志に不安を感じる。

「おまえ、前に言ったはずだよな。そうやって善悪二色に塗り分けるのは危険だって」

 キラは開きかけた唇を噛んだ。自分の言った言葉ではない。マリューの言った言葉だ。だがそれでも、彼女の意見には賛同した。

「ならお前が言ってるのは何だよ?」

「…………そう、だね。僕も、正しいことが解らない。だけど、やっぱり彼らを許しちゃ行けないと思うんだ」

 ――それが世界の毒だ――。

 だから争いが無くならないのだ。オーブの理念はそこをこそ一番怖れていると、カガリは感じるのだが、キラは違うのか? カガリは弟を諫めるため口を開きかけたが背後に聞こえたノックに遮られた。振り返り許可すると、一礼はしたもののこちらに一目もくれることなくキラへとまくし立てる男。わたしは統合国家の代表なのだがそこの所は解っているのか?

「キラ! なにを油売っているぅっ! 自分の機体くらい自分で積み込んだらどぉだっ!?」

「あ、そうだねごめん。じゃカガリ、僕は行くから!」

 あ、と手を伸ばしたがキラは前しか見ていない。イザークが「何か?」と尋ねてきたが彼に言えるわけもない……。

「あ……と、ディアッカは? 彼の傷の具合は大丈夫か?」

「ご心配をおかけしています。ですが、不要ですよ。眼球を切られたわけでもなし、傷も一月程度で消せるでしょう。何よりあいつは丈夫ですから」

 快闊に微笑むイザークから厚い信頼を感じ取れたものの、それ以上は何も出来ない。部屋から二人がいなくなって、ようやくカガリは口を開いた。

「オーブの理念は守らないと。蔑ろにした結果は思い知った」

 だが――解釈を変えれば抜け道はできる。このまま傍観することと、ラクスらに協力してキラの言う悪を討つこと――

 カガリは天を見上げた。天井と豪奢な照明器具。その先に空は見えなくとも天国を見通したい。

「お父様なら、どちらを選ばれますか………?」

 だが――オーブの獅子が選んだ道が本当の正義と言い切れるか? カガリは〝ミネルバ〟で突きつけられたシンの怒れる瞳を思い出していた。

 それでも、問いたかった。他の誰に尋ねるではなく、ウズミ・ナラ・アスハの決断に縋りたかった。

 

 

 アスランは伝えられた結果に頷いた。

「だが……何も代表自ら来なくても……」

「お前は今、他の閣僚達に良い印象持ってないだろ。だったらわたしが来るしかないじゃないか」

 言葉に込めた皮肉にも気付かずアスランはソファから腰を浮かせた。胸の前で腕を組むカガリが持ってきた報告に彼はようやくとの思いを抱いている。

 一連の独断専行の代償として、自宅蟄居を命じられていたアスラン・ザラは――時代に救われる。成長する洗脳人間達の構成国家、捕捉できなくなった〝ルインデスティニー〟の存在、そして〝エターナル〟が見たという月の戦力……。心の独立を重んじ、苦服や従属を選べない地球圏汎統合国家としては彼らと手は結べない。彼らは一度、オーブを攻めた。〝プラント〟も攻められている。侵略を疑えないとなれば――彼の力を眠らせておくのは問題がある。それが国の判断だった。

「あの、よかったですねっ。アスランさん」

「ああ。キミにまで迷惑かけたな。すまなかった」

 メイリンほど手放しで喜べない自分に少しばかり悔しさを覚えた。

「ほら」

「ああ」

 アスランは特赦を伝えてくる紙切れに署名をし、ほくそ笑んだ。そのまま大股に二人の前を横切ると樫作りの大扉を両手で押し開いた。

「キラはもう〝アークエンジェル〟に?」

「大分前だ。〝フリーダム〟の積み込みも終わっている。あぁ、お前が〝ジャスティス〟入れるのは〝ソロネ〟にしろよ。ザフトの二人が積み込んだからスペースに余裕がない」

「そうか。解ったすぐに行く。あいつらは、俺が討つ」

 アスランの意識は既に戦場を向いている。立ち上がって以降の挙動をいつものようにじっと見つめてしまっていたメイリンは時を追う毎に心が冷えていくのが感じられた。彼に飽きた? そんなわけはない。ときめきを上回り覚えたのは違和感であり、彼女の心を冷やしたのはその違和感がもたらす怖ろしさだった。

「あ、あの……!」

 出て行こうとするアスランを、メイリンが引き留めたことにカガリは驚かなかった。ああやはり。彼女も感じていたのだ。彼の全てを見通せる唯一の人間と言った優越を打ち崩された。悔しさと嬉しさがない交ぜになった気持ちを持て余しながら、彼女もアスランを見据え、メイリンが続ける言葉を待つ。

「アスランさん……その、か、変わらないでください……」

 アスランは片方の眉だけを持ち上げ眉間を固くしたが、カガリは言葉足らずな彼女の意図を正確に汲み取れるような気がしていた。メイリンが扉を掴んだ彼に歩み寄り、未だ理解を灯さない彼の目を見上げる。それでも彼女の性格は、言葉を向けることを躊躇った。

「今のアスランさん……あの時のシンと同じ感じがします」

 あの時の、シン? ……しばし黙考したアスランの脳裏に〝ミネルバ〟の営倉が思い描かれる。〝エクステンデッド〟を逃がした軍規違反者を本国は処罰もなしに開放した。増長するシンは説得しきれなかった自分へと、得意げに、見下しながら言葉を紡ぐ。

 

 ――「あなたの言う正しさが全てじゃないってことですよ」

 

 アスランはその記憶とメイリンの言葉に猛烈な反発を覚えた。俺が、俺が!? あの時の、自分の殻に閉じこもり反対側に立つもの全てを否定し自分の全てが正しいと主張していたあいつと、同じだと言うのか!?

 アスランは感情のままに心の内を吐き出そうとしたが紅く塗り潰された思考に――彼女の潤んだ視線が差し込まれてた。

「――っ……」

 彼女の気持ちを思いやる余裕は、自分にはある。アスランは突発的な怒りを二度の深呼吸で押し込めると自分の心を見つめ直した。

 俺の言う正しさが全てではない――

 シンにも、クロフォードにも言われた。彼らに言われれば激昂する他ない。だがメイリンには、言い尽くせないほどの借りがある。彼女は常にこちらを気遣い続けてくれた。時に命をかけてまで。

「…………確かに、な。俺は、前しか見えてない、か……」

「す、すみません。なんか生意気なことを……」

「いや、いいんだ。考えて、見なきゃならないことなのかもしれない」

 だが、どうすればよいのか。彼らは恐怖で心を縛ろうとしたのみならず、心そのものに介入し、ともすれば世界征服しかねない力を見せ付けてきている。

 だが、それによって救われた者たちもいる。オーブは、カガリはアレをどう捉えている? 他の国々は? だが大多数が認めたとして、それが正しいと言い切れるか? 

 どこかで誰かを救っているのかもしれないがどこかで大量の何かや誰かを殺している。アスランの中にはそれを許すつもりはない。戦うべきか、戦わざるべきか。話し合うべきか、そうではないのか。そもそも最強のモビルスーツと人を記録ディスク扱いする存在に話し合える余地などあるのか。

「――それでも、俺はあいつらを放っておいて良いとは思えない。メイリン、君は、俺に行くなと言いたいか?」

 メイリンは約一秒俯いたが、彼女は首を横に振った。言葉はない。アスランはそれに頷いた。

「行けよアスラン。わたしがこっちは任される。お前が戦士であることを望むってんなら、お前を止めるつもりはない」

 カガリがドアの外を指差した。しばし言い淀んだ気配を見せながらも、アスランへと……頼み込んだ。

「――キラを、頼むな」

「ああ。行ってくる」

 気をつけてとの彼女の言葉に手を振り、アスラン・ザラが囚われ人から戦士へ変わる。メイリンは、カガリは、互いの心を確かめることもできずただ、祈った。

 

 

 

 スペースデブリに背を預け、相手の様子を窺う。騙し討ちのような戦術に従ったことはあっただろうか? シンは自分の戦歴を振り返ってみる。――常に最前線の最前衛を務めていた〝インパルス〟と〝デスティニー〟に隠密行動など似合わない。そう考えながらも思い至る経験はあった。

(コニールは、今何してるだろうな)

 ガルナハンでの〝ローエングリン〟ゲート突破作戦でシンは〝インパルス〟で奇襲を行った。今更ながら汚れたと嘆く必要はない。

(余計なことを考えるな。今は今すべきことを……)

 怨敵〝フリーダム〟はもう地上にはいなかった。N/Aのもたらす情報に縋り宇宙に上がったシンは、そのまま〝プラント〟を目指し、一気に決着を付けるつもりだった。マユの残した宇宙艦〝クリカウェリ〟は先年追い回した〝ボギーワン〟と同型らしく、見咎められることなく〝プラント〟にまで接近できる機能を有している。コロニー一基まるごと人質にとればキラとの一対一が叶うだろう――組み立てたシンのプランはその情報をもたらすN/Aに待ったをかけられた。

 彼我の戦力差を甘く見すぎている。今は〝ファントムペイン〟とは名ばかりの単艦戦力、モビルスーツの数にも不安がある状況でザフト丸ごとと戦闘も交渉もできるわけがない。シンの力が幾ら抜きん出ていても、突出した個人を無効化するのが組織の力というものだ。現状戦力でコロニーを人質扱いしたならば、残る仲間全員が人質扱いされる。それでは思いのたけをぶつける戦いなどできようはずもない、と。

 その代替案として提示されたのが、海賊行為だった。すなわち人質を取る場所をより我らに有利なポイントに移動させる。一度で応じなければ繰り返し、こちらの戦力増強も図る。搭乗員に関しては有り余っている。モビルスーツを強奪できればその分だけ戦力は充実させられる。焦燥感を抑えられれば、彼にそれらを反対する理由はない。

 ターゲットはどうするか。できるだけ小規模な艦隊が望ましい。哨戒に従事する弱小戦力を探していたN/Aだが、探査を始めてすぐさま予想だにしなかったものが網にかかった。

〈シン、来たわ。ザフトよ〉

「! ああ。こちらでも確認した」

 確認した機影に息を飲むしかない。いきなりとんでもないことをする羽目になったとシンはうんざりした。通信先を切り替え愚痴の一つも零すことにする。

「N/A」

〈いえ。ザフト艦のシグナルを追っただけです。はい。ダミーなどではありません。艦長アンドリュー・バルトフェルドの本物です。〉

「あの艦に、奴はいないんだよな?」

〈はい。まだ彼は本国へ移動中です。ターゲットは月の監視任務の途中とありますが、補給か戦力増強の為戻ってる最中、といったところでしょうか〉

 モニタの中には淡紅色の鳥を思わせる戦艦が大きくなっていく。

 ターゲットは……〝エターナル〟だ。

 そう認識した途端シンの中に言いようのない不快感が走る。彼はその気持ちを意図して切り離した。

「いきなりデカ過ぎるが…考えようによっては好都合だな。相手がこれならわざわざ忍び込むなんてしなくても〝フリーダム〟を呼びつけられるかもしれない」

〈艦載機は 〝ザクウォーリア〟3、〝ザクファントム〟1、〝グフイグナイテッド〟2、あと〝ガイア〟です〉

 その辺りは抜かりがない。同様に二隻の艦載データも伝えてくれた。大隊と呼ぶには小さすぎる規模。シンの戦場を見る目にはいささかの不安もない。

 ターゲットは、〝エターナル〟。シンは操縦桿を確かめるように握りしめた。

SEED Spiritual PHASE-106 示される卑怯

 

 シンは〝デスティニー〟の操縦桿を握りしめ、闇に浮かぶ岩塊越しに視線を投げた。カメラが望遠する、その先にはザフトの艦群。その中心には、〝エターナル〟。

「おれが最初に出る。お前らの機体じゃちょっと不安だ。砲撃装備で後方支援、頼むぞ」

〈らじゃ〉

〈って、えぇ? 今から装備変えると隊列崩れるよー〉

「構わねぇ。多少の時間オーバーでもおれが保たせてやる。月で似たようなことはやったことがあるしな。じゃ行くぞ!」

〈早っ!〉

 シンはデブリ裏で長射程砲を展開すると振り向き様に一閃を放った。コンピュータにも頼らない一瞬の照準固定による狙撃は過たずナスカ級一隻を貫いた。エンジンを狙おうか。そんな迷いは生まれなかった。一瞬にしてブリッジを蒸発させられた戦艦は頭頂部から盛大に煙に吹き上げながら隊列から遅れていく。続けて二射。モビルスーツハンガーを破壊する目的で放った赤光はそのまま戦艦を貫通し――光輝に変えた。罪悪感が吹き上がるも黒い何かがその感情を完全に抑え付ける。

「出る。援護しろよっ!」

 〝デスティニー〟が岩塊裏より飛び立つ。それを認めた敵母艦からモビルスーツが吐き出された。だがシンの目にはそれらの動きがひどく緩慢に見えていた。これが如実に表れた実力差という奴か。ふと頭に閃くものがあり、シンは試したくなった。

「どけよっ!」

 殺意とは裏腹に狙いを研ぎ澄ます。こちらの銃器のスコープとあちらの頭部のカメラが重なる。

 いつまでも重なっている。

 シンはトリガーを引き絞った。ライフルの一射は過たず〝ザクウォーリア〟の頭部を、続く連射がビーム突撃銃を貫通した。

「できるじゃないか」

 コクピットブロックには全く損害を与えないまま一機を戦闘不能に陥らせる。次も、次も、次も!

〈なに? 昔の仲間は殺したくないとか? 甘っっまァァい!〉

「そんなんじゃねえよ! ただ……軍神の力を、試して見たかっただけだ!」

 次々と吐き出されるモビルスーツは〝デスティニー〟に指一本触れられずに脱落していく。その後ろから、数十機の〝ウィンダム〟と〝ダガーL〟が覆い被さる。

 無数のモビルスーツがザフトの戦艦を取り囲んだ。

 

 

 バルトフェルドが敵襲を知ったのは一風呂浴びて頭を乾かしている最中だった。今後に思いを巡らせれば生まれる暗澹たる思いを一時のリラックスで洗い流した途端、艦を激震が襲った。

「っ! 艦橋(ブリッジ)! どうした!?」

〈たっ、隊長敵襲です! ああ〝ルソー〟が撃沈されましたぁっ!〉

「なんだとっ!? すぐ行く!」

 艦橋(ブリッジ)に戻ったバルトフェルドを待ち受けていたのはクルーの喧噪と迎撃システムと味方モビルスーツが寸刻みにする宇宙空間だった。既に迎撃は始まっているが、艦橋に伝えられる報告は味方の撃墜や帰投を知らせるものばかり。彼が詳細な報告を求めようとしたがそれより先に届いた報告が心から驚愕を溢れさせた。

「隊長! 〝デスティニー〟です!」

「なにっ!?」

 シン・アスカなのか! いつまでも行方を眩ませる男が何故ここに? なぜザフトの機体が〝エターナル〟を攻撃する!? 疑問に思う暇すら与えてはもらえないらしい。〝デスティニー〟と思しき高速で行き過ぎる機影が眼前の〝グフイグナイテッド〟の頭と右腕を持っていった。続く報告に目を剥く間に虹の翼の後を追って無数の〝ダガー〟タイプが迫り来る。

「ちぃっ! こいつはマズいな」

「なんて性能だ……ええマズいですよ!」

 黙考は一瞬だった。結論を出すしかない。

「えぇい俺が出る! 救援要請を出してひとまず下がれ! もう少しL5に近づけば何とかなるだろう!」

 ダコスタは困惑した。と、言うことは隊長は〝ガイア〟で出る気なのだろうが、幾ら何でも〝デスティニー〟を抑えきれるモノだろうか。そう思いながらも代替案は出せない。〝フリーダム〟や〝ジャスティス〟の力など望めない。

〈アンドリュー・バルトフェルド、〝ガイア〟出るぞ!〉

 ダコスタは艦長席の背もたれに腕を乗せると戦況を睨みやった。

 

 

 一瞬のうちに総崩れだ。これが世界最強の軍隊かとシンは失望すら覚えた。〝グフイグナイテッド〟には剣を、〝ザクウォーリア〟には銃を向ければ全ては射的の人形の如く無抵抗に倒れていく。徐々に思考は今の戦闘より未来の選択へとシフトしていった。〝エターナル〟――歌姫の旗艦を盗られたとあってはザフトも奪還に全力を振り向けてくるのではないか。ならば中にいる人員は下手に捕らえるより追い出して漂流してもらった方が得策だろう。拘束のために人員やスペースを割るのも無駄があるし何より反逆の可能性など内包できる余裕はない。有名どころの艦長一人を確保すればいい。

 だが、この艦を戦力として考える場合は問題がある。量産ラインに乗らないワンオフ艦のパーツが手に入るかどうか不安になる。戦況に余裕の出てきた今、戦力増強の観点からいくと残る艦をスクラップにしてしまうのは勿体無い。

「余裕のある奴はナスカ級に取り付いてくれ。あっちももらう。撃沈させるなよ」

〈あぁ〝エターナル〟盗られたらザフト、泣くよねー?〉

「泣かしてやるんだよ。あいつだけは絶対許さねぇ」

〈……喧嘩してる奴は泣くと強くなるぞー〉

 アサギとマユラに軽口を返していく間にもシンは二機、非殺傷を貫き墜としていた。もう敵陣はガタガタだろう。そう考えていた彼だが眉を顰めることとなる。寧ろ陣形が整ってきたような――

〈! シン!〉

「ああ見つけた。隊長機か?」

 ヴァーミリオンカラーの〝ガイア〟が〝エターナル〟から現れた途端明らかに敵軍の戦意が変わった。

「あいつはおれが相手する。みんなは残りと艦を頼むぞ!」

 〝デスティニー〟が虹の翼を吐き出した。

 シンは仲間と周囲の敵機を置き去りに指示に専念する朱い〝ガイア〟へと瞬時に肉薄した。ミラージュコロイドの応用効果で残像を生み出し幻惑する。或いは残像を誤射し、あるいはそのスピードに全くついて行けずに硬直し、誰もその行く手を阻めぬまま隊長機までの侵攻を許してしまう。

 ビームライフルを撃ちかけた。朱い〝ガイア〟は流石の反応を見せ光の殺意にシールドを差し込む。シンは昂揚した。

 光の速さで迫ったビームの脅威冷めやらぬ内にシンはソードに手をかけた。連撃する脅威。〝ガイア〟は下がりつつシールドを掲げたがデュランダルの剣はアンチビームコートデバイスなど苦もなく切断する。左のマニピュレータ毎潰された〝ガイア〟は全てのバーニアを逆噴射させ距離を稼ぐと四足獣型に変形し、そのまま速度を緩めずMA-81Rビーム突撃砲を乱射してきた。シンは余裕を持ってその三連射を回避したが〝ガイア〟は砲身が焼け付くことも厭わないのか更に連射を繰り返す。シールドでカメラを守ったその一瞬、奴が反撃に転じた。瞬く間に眼前へと迫ったウィング部分のビームブレイドがバイタルブロックを両断せんと迫り来る。

「――その程度で!」

 全てが緩慢な世界には世界を検討する時間がある。左右に避ければ腕のどちらか、急上昇したところで足の一本も持って行かれそうなブレードの矢に対して、〝デスティニー〟はその場でとんぼを切った。反転した機体の頭上、速度を殺しきれなかった〝ガイア〟が行き過ぎる。シンの一射が獣をかすめ、右のブレイドから光が消えた。

 

 

 バルトフェルドは機体状況を確かめ、冷たくなった心地を慰めた。戦闘続行不可能ではない。だが、苦々しく呟くことは止められなかった。

「シン・アスカか……なんて腕前かねぇ!」

 彼とあの機体は〝メサイア〟を攻めている際、アスランと競り合っていた所を見ている。確かにエースクラスだとは思ったが、キラという刮目して舌を巻くほど圧倒的な存在を目にしていたため目を見張るほどの興味はなかった。だが、この威圧感はなんだ。相対してみると違った、機体性能に差がある、それだけのことか?

 彼は〝ラゴゥ〟を駆り、キラの〝ストライク〟と相対した時のことを思い出していた。戦闘開始、圧倒していた敵は秒を追う毎に力を増し、こちらを圧倒するまでになっていた。それでも互いを食い合い、武装の限りを潰しあい肉弾戦にもつれ込んだ。こちらはビームサーベル、対して相手は装甲もダウンしリーチにも難あるアーマーシュナイダーで突きかかってくる。弾き飛ばされる〝ストライク〟。だが――硬質の短刀は〝ラゴゥ〟の急所を引き裂いていた。

 そして恋人を失った。

 今の心地は、〝ラゴゥ〟最期の瞬間と酷似している。

「やれやれ…とんでもない役目を引き受けちまったかな!」

 だが俺にも自負はある。キラより精確(うま)くはない。だが戦闘ではなく戦争をしたならば彼を圧倒できる。そう確信できる。

 その自信を打ち砕く殺意が来る。〝ストライク〟のような降伏勧告はあろうはずもない。殺意に反応し機体を人型に戻しながら銃口を突きつける。その先には剣の切っ先――

「ぐおぅっ!」

 斬り落とされたか弾き飛ばされたかライフルはロスト。バーニアを利用したバックステップで距離を稼ぎつつ腰のサーベルに手を伸ばした。対艦刀は確かに凄まじい破壊力を誇っている。が、ならばビームサーベルの方が有利な密着距離まで攻めるだけだ。バルトフェルドは思考と行動を瞬時に繋げたが、実際動いたその瞬間、メインカメラが砲口で覆い尽くされた。

「なにっ!?」

 機体を激しく揺さぶろうともその砲口はこちらを捉えたまま揺れない。その砲口は掌だった。〝デスティニー〟の掌部にはゼロ距離に対応できる射撃武装MMI‐X340〝パルマフィオキーナ〟がある。〝ガイア〟の顔面を掴み取った〝デスティニー〟へと僚機からの援護射撃が入ったが敵機はモビルスーツ一機分の追加重量をものともせず射線の全てを回避せしめた。

〈アンタが隊長だな? 聞きたいことがある〉

 接触回線か。声だけの通信に苛立ちを募らせたバルトフェルドはその回線を有視界通信に切り替えた。

「シン・アスカだな。どういうつもりだこれは」

 例え〝フェイス〟に上り詰めた者とて上官にも相当する自分の顔を見て後ろめたさがないわけがない。そう考え怯む少年の表情を期待したバルトフェルドだったがサブモニタに現れたシンの表情は小揺るぎもしなかった。

〈質問してるのはこっちだ。キラは…〝フリーダム〟はどこへ行った? 宇宙へは上がったはずだ〉

 二人に何があった? 彼の表情から感情は容易に読み取れる。「殺したいほど憎んでいる」その心が。

〈あいつをここに呼びつけろ。一人でだ。でないとおれはアンタを殺す〉

 殺意は本物だ。だがこちらも長年戦場に投じられた身。そんなものには慣れている。バルトフェルドは相好を崩すと

「できることだけを言いな坊や。キミがわざわざくっついてくれたおかげでボクもキミを殺せる距離にいることを忘れないでくれよ」

〈呼ぶ気はないのか?〉

「キラのことだから呼んだら絶対来るだろうしねェ。それはちっと、面白くない」

 〝ガイア〟を鷲掴みにしたまま〝デスティニー〟が長射程砲を〝エターナル〟へ向けたとダコスタからの悲鳴が届く。

〈……モビルスーツを全部帰艦させろ。アサギ、ステラ、変なことしたらナスカ級を墜とせ〉

 バルトフェルドは呻いた。これは裏工作が必要になりそうだと彼は密かに部下へと指示を出す。

「こんなことをして何になる……キラに会うより先にザフトの軍事力に潰されるだけだ。お前の願いはかなわんよ」

〈そうやって高みから見下ろしてっ! アンタ達は結局自分達の都合のいいことがしたいだけなんだ! そのくせ平和の守護者って、言ってて恥ずかしくないのかよ!?〉

「無知を晒す論法だな。そうやって対極も見ずに戦渦を広げた結果、お前はどこにいた? それを経験してなおこんなことしかできないのならお前は軍人じゃない。ただの破壊者か人殺しだ」

〈なにを! ならアンタの機体は何だ!? 〝ガイア〟はステラが使っていた機体だろ!? 修理して〝ミネルバ〟に届けられて、おれ達で使うはずだった機体を勝手に盗んで行ったんじゃないのか!? だったらアンタだって軍人じゃない! ただのコソ泥だ!〉

 論点がずれていくことは喜ばしいがそれを言われると立つ瀬がない。

〈あぁ折角だ! その機体も返してもらう!〉

 言葉を探す内にシンは予想もしなかった暴挙に出た。いきなり〝ガイア〟のハッチをマニピュレータで掴み取ると強引に揺さぶり引きちぎる。先ほどよりも抑えられた、しかし危険が近すぎ恐怖をあおる振動にバルトフェルトは呻いた。スーツがなかったら死んでいる世界が広がる。吸い出された空気に連れ去られまいと四肢を強張らせている間にまたも信じられないことが起こる。〝デスティニー〟のコクピットハッチが、開いた。

「何を考えているっ!?」

 脅迫したいならモビルスーツの脅威で充分だ。コクピットが狭くて機体の指先が入らないとしても銃口突きつけて「出て行け」の一言で事足りる。それをしないのは――相当頭に血が昇っているらしい。ハッチの上に立つシンの姿を見せ付けられ、バルトフェルドは好機と感じ左手をさすった。

「おやおやわざわざ来てくれるのかい」

 遠隔操作のためかただの命綱か。シンの体はケーブル状のもので機体と繋がっている。無重力での格闘術などめったに使うものではないが――腰を浮かせ、相手の出方を探ろうとしていたバルトフェルドは

「う!?」

 一瞬の跳躍で間合いを駆逐してきた敵に度肝を抜かれた。ヘルメットに殴打は無意味と理解してか伸ばされた掌が首筋をつかむ。頚動脈を締められないようバルトフェルドは軸をずらし、機外に放り出されないよう操縦桿に体をかける。シンは何かを叫びながら次手を放ってくるが相手が拳を引き戻す間に勝負は決まると確信できた。虎が笑み、左手が突き出されている。

 音のない宇宙に閃光ははじけ視界を白ませた。以前にキラに殺されかけ、義手義足となった時腕に仕込んだ散弾銃(ショットガン)による一撃。近距離での散弾は人の体などはじけさせるほど暴力的な威力を生み出す。

 視界の中にシンはいない。訝しむ。幾らなんでも消し飛ぶわけはなく、弾き飛ばされたにしても――疑問にゆがめられた思考が、真上からの激烈な衝撃に断絶された。

「ごはっ!?」

 今度は痛みに白んだ視界に彼の怒りの表情が大写しになる。両手で頭をつかんできたシンはヘルメットをぶつけてきた。

〈騙まし討ちかよ! そんな奴に!〉

 信じられない。仕込み銃の存在を知らず、あの一瞬で判断してかわしたというのか!? バルトフェルドは次手を思いつけず焦燥に苛まれるが、二人に届いた通信が格闘戦を中断させた。

〈隊長! 敵母艦、発見しました!〉

〈シン! 〝クリカウェリ〟が捕捉されちゃったって――ああステラダメよっ!〉

 バルトフェルドがほくそ笑む。部下への指示がようやく功を奏したようである。

「キミ達の母艦は握らせてもらった。ここは痛みわけと行かないか?」

〈ふざけるなっ!〉

 シンは強引な、そしてありえない力を発揮してバルトフェルドの長身を〝ガイア〟の外へと投げ出した。だが彼はバックパックのバーニアを使い悠々宇宙を滑っていく。

 奥歯をきしらせ左腕を失ったバルトフェルドを睨みすえていたシンだが、彼の奇妙な動作と機体内部の点滅に気づく。通信機が明滅、光通信か

――十数えるうちに武器を捨てろ。さもなくば母艦を撃たせてもらう――

「くそっ!」

 開け放たれていた〝デスティニー〟のコクピットへ滑り戻り〝ガイア〟の通信機へと声を繋ぐ。

「アンタっ!」

〈これは立派に戦争だよォ。キミから手ェ出しておいて卑怯だなんだはやめてくれ。じゃあ始めるよ。一……〉

 シンは息を飲んだ。世界はクリアに見渡せるが、対処法となるとさっぱりだった。砲を外すべきかそれとも撃ち落としてしまえばいいのか判断に迷う間にカウントダウンは進んでいく。周囲のロックオンアラートが叫きだした。こちらに従う謂われの無くなった〝エターナル〟とナスカ級からモビルスーツがまろび出てくる。

「くぅっ!」

 だが情勢は時に容易に切り替わる。

〈た、隊長! 敵の新手ですっ!〉

〈四、なんだと!?〉

 ――〝クリカウェリ〟の艦橋窓に銃口を突き付ける〝ブレイズザクウォーリア〟とそれに随伴する偵察型〝ジン〟が二つの小型機動兵器を捉えた。瞬間、撃破される。それを成した機体は戦場の中心へと飛翔した。

 母艦解放の報はシンにも伝わった。喜ばしいことのはずだが逆にシンを追いつめる。十秒、いやあと六秒の猶予が、今まさに消費されたのだから。犇く敵の銃口があるいは自分を、あるいは仲間を捉えている。判断する時間はゼロ。シンは目を泳がせた。

(どうする? 奴は撃ってくるか? 〝エターナル〟を、潰す――〉

〈貴様!〉

 心を読まれたか。バルトフェルドの怨嗟が届く。撃たれる!? シンは即断した。長射程砲の砲口が臨界し〝エターナル〟の艦橋(ブリッジ)に悲鳴が満ちる。だがその暴光が本懐を達するより早く間に黄金が差し込まれた。

「なんだっ!?」

 シンは〝ガイア〟を掴み取ったまま後退、光が弾け飛んだその先に視線を通そうとすがめられた彼の目が、瞬間大きく見開いた。

「アンタは――っ!」

 見覚えのある機体。宇宙用パックを背負った黄金の人型がこちらの最大出力を苦もなく無効化し、そこにいる。ORB‐01。この機体、他にはない。

「ネオかっ!」

 激情が喉元まで迫り上がる。砲を畳み剣に手をかけた瞬間、周囲の殺意が、見えていた殺意が消えた。訝り視線を巡らせれば迫っていたザフトモビルスーツの眼前に金色の砲塔が突き付けられている。〝アカツキ〟の背より放たれた〝ドラグーン〟端末がいきなりの闖入者を戦場の主役に変貌させていた。

「……どういうつもりだ?」

 〝アカツキ〟がメインカメラに光を灯し、救われたバルトフェルドへと何かを伝えている。沈黙は長かったがシンが眉間を引き絞っている内に二人の間で契約が交わされてしまったらしい。

〈オーケイオーケイ。見逃してくれるってんならこちらもそいつを見逃そう。だがその坊やを教育しておけ。二度目はないぞ〉

「なんだと!? 何を勝手な――!?」

 ライフルが突き付けられていた。その先端から銃剣状に出力されたサーベルがあと少し伸ばされれば、自分は死ぬ。悔しさで腹の皮がよじれる思いを嘲笑うかのように敵艦二隻が行き過ぎていく。シンは絶叫した。

「キラ・ヤマトとラクス……っ・く、クラインに伝えろ! おれはあんたらの正義を信じない!」

 服従する心を噛み潰す。だがそれに対する返答はなかった。シンは絶叫した。

「くっっそおおおおっ! なんなんだアンタはぁっ!?」

 真ん前の銃剣が突き出されるより早く肩から抜いたビームブーメランがその銃身を弾き飛ばす。怒りのまま更に〝アロンダイト〟を引き抜き振り降ろさんとしたが――ネオは両手を広げ、無抵抗を示してきた。シンの異常化した反射神経はそれを認め、首筋寸前で刀身を止める。大の字のまま星の海を漂おうとする〝アカツキ〟にシンの怒りはなりを潜め疑問が先に発つ。

「何なんだ……アンタは……」

〈俺は、お前に復讐されに来た〉

 疑問が膨らむ。理解できない。

〈今更だが、すまなかったな坊主。俺は、ステラを守りきれなかった〉

 シンの背筋に走ったのは怖気か歓喜か。ネオから聞きたかったのは、この言葉だ。疑問が解ける。だが言葉は出ない。

〈上に逆らえなかったなんて言い訳しねえよ……。俺はお前に約束しておきながら、ステラを、優しくて暖かい世界ってのには、返せなかった……〉

 息を飲むことしかできない。シンは差し上げた両腕を持て余し掻き抱いた。この腕の中にステラがいるような、向かいに仮面を付けたネオがいるような、信じたくないけど信じざるを得ないような、腕の中の彼女だけは守らなければならないような、もう自分の心の器では収めきれない感情が口元からあふれ出しそうになる。

「アンタは……どぉして……」

〈何から話すかな。ネオ・ロアノークってのは、俺の本当の名前じゃない。死にかけていた俺を、連合のエライさんが別の記憶植え付けた存在がお前の知ってる〝ファントムペイン〟の大佐だ。本当の名前はムウ・ラ・フラガって言う〉

「……なにを……」

〈〝メンデル〟じゃあ、俺は、ネオの時の記憶をなくしてた。――結局言い訳になっちまうが、ネオである頃ムウを忘れてたように、〝メサイア〟でムウが返ってきたとき、ネオは死んだようになっていた。だから、お前の言葉に応えられなかった。

 ――本当に、すまなかった……」

 言葉にならない意志を、彼は汲み取ってきた。それを奇妙と思うより安堵が生まれる。時間をかけて呼吸を整えたシンは目の前で待ち続けたネオへとようやく言葉を返すことができた。

「おれが……」

〈ん?〉

「おれが〝インパルス〟で、ステラの乗ってた連合の巨大兵器を叩き斬ったとき、アンタは俺を止めてくれた。アレが嘘じゃなかったってんなら…………」

 黄金の機体を、その目を見返す。仮面の男としてしか知らないネオの双眸など想像できるものでもないが、彼の目が真摯に見返してきているのが、感じられた。

「……それでいい。アンタが、ステラのことを大事に思ってたのは、おれだって、解ってる……」

〈……本当に、それでいいのか? 俺はお前に、復讐されに来たんだぞ?〉

 真摯な気持ちを感じられても、当然許せない気持ちはある。引き戻した刃を再度、奴の首筋に叩き込んでやりたい気持ちはまだある。しかし、

「アンタを殺したら、ステラに嫌われるよ」

〈シン? ステラがなんで?〉

 繋がっていたらしい小さなステラからの通信。シンは彼女に曖昧な微笑みを向けた。彼女は当然納得などできなかったらしく小首を傾げているがシンは彼女への説明を避けた。自分が死んだことなど聞いて楽しいものでもないだろう。

〈……坊主、今のは?〉

 ネオの声が震えたがシンはそれを無視した。守りたいもの。それを見つめながらネオの一つ前の質問に新たな答えを届ける。

「それに――おれは今アンタをぶった切って、怒りを減らすわけにはいかない」

〈…………〉

 彼はこの曖昧な言葉に何を感じたか。問い返してくるようなことはしなかった。〝アカツキ〟からの通信に嘆息が差し込まれる。次いだ彼の声には諦めのような笑いが含まれていた。

〈――だったらそうだな。俺に何か手伝わせろ。罪滅ぼしの無償奉仕だ〉

「そう、だなぁ。じゃあ何して奴隷にしてやるか……」

〈おいおいお手柔らかに頼むぜ……〉

 呟いたシンだが、元々彼の中には誰かに頼るような概念が乏しい。何かを押しつけると言うことに明確な応えを出せず困っていると、今度はアサギからの通信が入った。

〈あの~盛り上がってるトコ悪いんだけど、報告していい?〉

「どーした?」

〈〝クリカウェリ〟の航行システム、さっきの奴らにぶっ壊されちゃったって〉

「なに!?」

 砂漠の虎の得意げな笑い顔が脳裏に閃き、シンは怒りを持ってそのビジョンをかみ砕いた。なにが痛み分けにしたいだ! きっちりと報復だけはして行きやがって!

〈だから、その人に頼んでもらえない? どっか補給や修理できるトコに誘導してくれないかーって こんな場所で襲撃に備えるなんてやーよ〉

 シンは自機の傍らに漂っている〝ガイア〟に目をやった。虎は動けなくした獲物をみすみす逃すような愚は犯さないだろう。

(キラが、来るか? いや、だがしかし――)

 猛る心は……例え一人であろうとも、直ぐさま復讐対象に会えるというのならここに残れと叫び続ける。明日にでも、この感覚がなくなってしまうかも知れない。だが仲間をわざわざ危険な場所に閉じこめ続けるわけにもいかない。

「聞いてたか? 足や補給先、頼って良いか?」

〈任せろ。この間そう言う手配が得意になったばかりだ〉

 一つ同意を得ると欲が出る。

「おれは、今すぐにでも〝プラント〟へ行きたい……って言うか、軍神を殺したい。そこまで手伝ってくれるか?」

 沈黙が、返答か。そう落胆させるに充分な間があったが、ネオの口からそれは搾り出された。

〈直接手を下すようなことはできないが、そこまでの道を開けってんなら協力する。お前には、それだけの借りがあるからな……〉

「…、充分だ。手間かけさせるな」

 方法は二転三転したものの、確実に〝プラント〟が近づいてくる。その感覚はシンに高揚と、それ以上の絶望感を与えていた。

(この世界は……何度おれに故郷を灼かせれば気が済むんだ……)

 それが運命だというのなら、おれが運命を殺してやる。

SEED Spiritual PHASE-107 貶される心の意味

 

「こ、このことを代表はご存じなのですか?」

「ならばお前はアレを放置していいと思うのか?」

 問題の戦艦は戦艦一隻でこちらの戦艦数隻とモビルスーツ一大隊分を手玉に取ったのだ。また問題なのは戦艦の性能だけではない。あれこそが悪の牙城。最悪のテロモビルスーツ・黒い〝デスティニー〟との関係がまことしやかに囁かれている。〝ブレイク・ザ・プラネット〟収束後、確かに代表が条件に出した破壊行為は控えているようだがだからといって温厚な集団だと感じることは到底できそうもなく、放置していいのかと問われれば、良いはずがないとしか言いようがない。

 統合国家第三宇宙艦隊は秘密裏にザフトの艦隊と合流を果たしていた。彼らがラクス・クライン議長の命を受けているのかそれとも我らのような思想で動いているのか、一兵卒には判断が付けられない。迷う内にその時は来た。

「グリーン12マーク0アルファに艦影捕捉。熱紋照合…〝アイオーン〟確認。距離八千」

 世界を網羅する統合国家の情報網から逃れられるものではない。敵艦は月付近を行き来していることが何度か確認されている。捕捉は容易であった。

「各員〝ガナー〟装備。奴の射撃は異常に精確だ。射程外からの攻撃を心がけろよ」

『はっ!』

 長距離砲戦装備の機体が速やかに艦隊前方へと発進、ずらりと並んだ〝ガナーザクウォーリア〟隊が捕捉した闇色の〝エターナル〟に狙いをつける。大気等による減衰要素のない宇宙空間での高出力ビーム砲に距離などあって無きが如し。これだけの〝オルトロス〟一斉射撃を受ければコロニーですら落ちる。

「てーっ!」

 艦砲発射の号令と共にM1500〝オルトロス〟高エネルギー長射程ビーム砲達が一斉に火を噴いた。極太の赤光が星空を斬り裂き小型の戦艦を跡形もなく消し去ろうと迫る。回避行動は見られない。艦長は勝利を確信した。しかし突如張り巡らされた光膜がその全てを弾き返した。

「な!?」

「陽電子リフレクターか!?」

 いや違う。遠目に見える光膜の中心から――放った殺意が返されてくる!? 十に迫る〝オルトロス〟の光が一つに束ねられこちらの方へと押し返されてきた。艦からの回避指示に慌てて左右に散った空隙を紛う事なき破壊の奔流が行き過ぎた。

「撃ってきたのか?」

〈違います。跳ね返されました〉

「そんなことが!?」

〈まさか〝ヤタノカガミ〟かっ!?〉

 アンチビームコーティングではここまでの収束と反射はできない。ともすればオーブの象徴が流出してしまったのか? 奇妙な不安に苛まれるより先に新たな敵影が確認される。暗黒の空間に現れたささやかな点は――

「熱紋照合……いっ、一佐!」

 突如巨大化し、ライフルの一撃で〝ガナーザクウォーリア〟一機を屠っていった。

「〝ルインデスティニー〟ですっ!」

『なんだとっ!?』

 パイロットも管制も問わずに絶叫した先で闇色のモビルスーツが虹を蒔く。〝ザクウォーリア〟の群体が全ての銃口を敵へと向けたが追い切れずトリガー制御まで失敗して同士討ちが起きた。その隙に反転した黒の〝デスティニー〟は無造作にライフルを向け、放つ。狙われたパイロットは注視していたメインカメラが一向に動くことなく銃口を突き付けられ、絶叫するしかできなかった。

〈あぅぉぉぉああああああ――〉

「莫迦な…! なんてスピードだっ!」

 叫んでいる内に左のモニタに黒い悪魔が顕現する。次死ぬのは自分か? 恐怖に足も腕もすくむ一瞬、隣の機体が狙われるのが解る。彼は気付もしなかったか。撃ち出された閃光は緑の機体を中心から両断した。接近戦では邪魔にしか成らない長射程砲を折り畳み、同時に取り出したビーム突撃銃から光弾をばらまいたが仲間の屍を削り取ることしかできない。全てのカメラから敵機を見失った瞬間、冷たい汗に苛まれるより早くシールドの内側に一閃が着弾。ビームカートリッジとシールド毎左腕部が吹き飛んでいった。

「冗談かこれは! これでは駄目だ! 着艦する!」

 現場の声を艦橋が聞き届けてくれたか? 確かめるより早く全身が閃光に塗り潰され蒸発した。黒の〝デスティニー〟は停滞なく次の獲物、いや餌食を求め飛翔する。こちらはこれだけの殺戮武装と人員を有していながら虹の羽を追い眺めるだけで決定打は一つも打てない。

「ええい換装急がせろ! 数で押し込めば何とかなる!」

 だが高機動戦にシフトするのは〝インパルス〟でもなければ瞬間的にはできはしない。その間自分たちは砲戦装備で現状を持て余すしかない。長射程砲で〝デスティニー〟を追うも元々並列して戦艦を攻撃するつもりだったこの配置では、振り回した巨大な砲身で僚機を叩く無様すら晒す。

〈すまん!〉

「気をつけろ! それより――」

 また間近で爆発。仲間が一人死んだ。

 友軍機が長すぎる砲身を持て余す。しかし敵機は長すぎる刀身を展開すると数機をまとめて叩っ斬っていく。バックパックまで貫かれたものは音のない爆発に巻き込まれ四散し、爆発を免れたものの腹にも穴がある。死んだ。死んだ。みんな死んでいく。凄まじい勢いで消費されていく人命に、こここそが戦場なのだと思い知らされる。国益? 勝利の美酒? そんなものは二の次三の次だ。玉砕覚悟の名誉などちらりとも浮かばず下がることだけが脳裏を占める。叫ぶ。反射神経による複雑操作は自分ですら意味の取れない絶叫に押し出される衝動動作に覆い尽くされる。恐怖は根源的であり、生命が残る為には最重要な感情なのか。

 一拍おいて〝ブレイズウィザード〟装備型と〝アストレイ〟、〝ムラサメ〟が戦列に加わったが、艦長はすぐに失策を悟る。実体弾と標準出力のビームでは奴の装甲を突破できない。機動性を上げたはずだが避けられる機体は増えたのかどうか解らない。もう撃墜の可能性などちらりとも頭に浮かばない。

「あいつは地上ではなかったのかあっ!?」

 それでも軍人にできることは銃口を向け殺意を吐くことでしかない。頼みは数。

 餌食以外から距離を取られ、エアポケットとなった世界で悪魔が猛る。数機の生け贄に悪魔が夢中になっている間に奴を取り巻く包囲は完成した。

 無数のビーム突撃銃と〝オルトロス〟がエアポケットの中央目掛けて吹き付けられる。だがその全ては無駄弾に終わった。何発かは擦ったのかもしれないが効果がいなら無駄弾に終わったとしか言えない。

「やったか!?」

〈いや、どこだっ!?〉

 電子警告音(アラート)。

「後ろ(ブルー・デルタ)!」

 取り囲んでいたはずが置き去りにされる。

 砲を展開した黒い〝デスティニー〟がモニタに映る――

「あ……」

 その瞬間に光の波が視界を埋め、機体を飲み、身体を灼き――

 引き延ばされ、解き放たれた長射程砲が膨大な破壊を撒き散らし、完璧だった陣形をただの穴に変えた。

 バケモノだ。

 撤退だ。

 そもそもあの機体が戻る前に母艦を沈めようという計画だったはずだ。大前提から崩されては対処のしようもない!

 

 

「まだやるか?」

 クロは砲とライフルを連結した。照準の先にはナスカ級とイズモ級。星流炉の出力が解き放たれれば戦艦の二、三隻などまとめて飲み干すことは疑いない。〝ザク〟の一匹でも銃口向けようものなら容赦なく消し飛ばす覚悟はある。

「……」

 沈黙を破ったのはあちらの攻撃などではなくティニの嫌味だった。

〈そちらのナスカ級、アリー・サルド艦長。この間も会いましたねお久しぶりです。統合国家の代表の言葉はどーでもいいわけですかそーですか。オーブ第三宇宙艦隊大佐バンディ・トウゴウさん。あなたの責任です。仕方がないので私達は報復に出るかも知れません。責任取って老後が不安なクビにでもなってください〉

(どこで調べてるんだろうな……そーいうおっさんの所属とか)

 モビルスーツ隊が帰艦していく。〝ルインデスティニー〟は銃を構えたまま、中のクロは息を抜いた。

「なんだ。根性ねぇな」

〈ご苦労様でしたクロ。帰還してください〉

「ああ」

 戦闘態勢を解き、着艦する。格納庫(ハンガー)にてコクピットから顔を出したクロは闇色に塗られたヘルメットを取り外した。〝アイオーン〟に到着した際ディアナとティニが作成したもので機体との同調率やら耐G性能やらサバイバルやら機能が向上していると聞いているが今の戦闘だけではその利点はよく分からなかった。

「クロ、ごくろーさん」

「ああ。シールドコアの〝ヤタノカガミ〟ビームシールドで屈折やったわけだが……AIが相当賢くないと動かずやるしか使い道ねえぞ。反射を当てるなんて……よ」

 ラダー下ろし着地したクロは笑顔を浮かべたヴィーノに気のない返事を返す。腕組みをしていたルナマリアはそんな覇気のないクロに怪訝そうな目で問いかけた。

「なによ? 出てく時は殺る気満々だったのになんか暗いわね」

 知り合いでもいたか? いやそれにしては容赦なく敵陣に大穴を開けていたが。眉根を寄せるルナマリアを掠め見たクロはその視線を彼の愛機、そしてどことも知れぬ虚空に彷徨わせながら、先程までにまして暗い声を漏らした。

「むう…何というか、ラクス・クラインに見逃されてる分際でなかなかオレは恩知らずだなーと思ってな」

 殊勝な。二人はクロの呟きを鼻で笑ったがクロは何かを思い詰めたとすら思える目のまま独白を繰り返した。

「ラクスと会って、借り作っちまって悔しいって気持ちもある」

「いいんじゃないの。クロにとって、〝プラント〟の議長は敵なわけだろ」

 ヴィーノの言葉にクロは一つ頷き二度首を横に振る。

「……………が、より以上に申し訳ないって気持ちがある。恩知らずってのは、それだな」

 歯切れの悪い彼の言葉にルナマリアはいらいらしてきた。

「……どうしたいのよ。復讐、やめるの?」

 クロはルナマリアに視線を移した。すぐに言葉は返せない。借りを作り、許すような気持ちが生まれたことが別段悪いとは思えない。が、復讐をやめることだけはどうしても承伏しかねるものがある。平和を声高に叫ぶ大多数に質問してみれば、復讐を諦め敵を許すことは美徳とされるだろう。だが人間には、美徳を割り切れない、どうしようもないという部分がある。

「――そうだ、ティニはアタマ弄くるのどれくらいできてる?」

「それをわたしに聞くわけ? 彼らでも見て想像すればいいでしょ」

 彼女が不機嫌そうに腕を組んだまま指差した先には多数のモビルスーツを整備し、帰還したばかりの〝ルインデスティニー〟にも取り付き始める「彼ら」の姿がある。彼らは健康体を保っている限り、恐らくミス無く全てを完了させられることだろう。

「よし、言い出したのはオレだからな。実験体って意味も含めて一回受けてみるか」

『は!?』

 対極の表情を浮かべていたヴィーノとルナマリアが共に目を丸くした。ヴィーノはいつまでもその表情を崩せずにいたがルナマリアがおたおたし始める。持て余す感情を両手を振って表そうと苦心するが言葉はどうしても定まらなかった。

「じっ、ぞっ、自分っ!? 自分から洗脳されるって言うの!?」

「ティニがオレを丸ごと造り替える理由なんかない。裏切ろうとしてもナノマシン入れられてるから逃げ切れねーわけだしな。それにオレは、性格改変してくれってわけじゃなくて、この、申し訳ない気持ちを抑え、怨みの方を増幅させてもらおうってつもりなんだよ」

 さも当然といった風で冷静に返してくるクロにルナマリアは卒倒しそうになった。彼の言うことに矛盾はない。自分の言い出したことを自分で責任取ろうと考えていることも、誠実と取れる。言葉だけを取れば真っ当なのだがどうしても、どうしても理解できない。

「あ、あんた……そこまでアホだとは思わなかったわ……」

「無礼な」

「いや、俺も…アホだと思う。と言うか歪んでると言うか」

「むう…」

 消え入りそうな感じでヴィーノに言われクロは少しばかり言葉に困った。アホだのバカだのの意味合いはピンからキリまで。言った側が冗談のつもりでも受けた側は死にたくなるほど気にやむこともあれば逆もまた然り、また友人同士の他愛ない会話にも顔をのぞかせる。だが『歪んでいる』はどうだろうか。

「…歪んではいるわな。でもなぁ、ならこの世界は歪みまくってないか? 捩れた方を逆に歪ませれば正常になるじゃないか」

「出たまたその屁理屈。もぉいいわよ! あんたなんか連合の〝エクステンデッド〟みたいな戦闘マシーンにでもなっちゃえばいいのよっ!」

 クロは鼻白んだ。どうやら本気で怒ってしまったらしいルナマリアはこちらに背を向け格納庫(ハンガー)から出て行こうとしている。

「連合に対する差別発言だな」

「いや、クロ、それよりあんた彼女いないだろ」

「…いたことはあったけど長続きした覚えがないなぁ……で、何で彼女がオレのことでそこまでキレる? シンのことなら仕方ねえかもしれないが」

「……さすがクロだなぁ。まぁ俺もうまいこと言えないけど、親しい人を心配して、それを跳ね除けられると頭にくるというか……」

 理解できないこともないが確かにうまく言葉にはできない。正しいことと皆が認めることは違い、そして今自分が正しいと感じる方法は真に正しいかどうか模索中。世界の正義と照らし合わせれば大きく逸脱している。ルナマリアが受け入れがたいのもわかるにはわかるが。

「オレがあとを追っても殴られそうだから、ヴィーノから心配してくれてありがとう、くらい伝えといてくれ。じゃ、オレはティニのところ行って来る」

「く、クロぉ……」

 背を向けて、手を振った。

「お前にも、かよ。はいはい心配してくれてありがとうな。だがオレよりルナマリアの機体心配してやれ。〝インパルス〟や〝ノワール〟のスピードに慣れたあいつに〝ザクウォーリア〟じゃあ勿体無いぞ」

 

 

 そういえば面と向って話すのはずいぶん久しぶりだ。ロケットの回収班に拾われようやく着艦と思った途端にザフトとオーブからの襲撃があった。気を抜く暇もなく、無事先に着いていた〝ルインデスティニー〟に感慨を抱く間も無く出撃。挨拶と言うものはまず最初にすべきことだろうに…。制御室につながるドアの前に立ちクロは声をかけた。

「ティニ、入っていいか?」

〈どうぞ〉

 キースロットにカードを通すこともなく、指紋やら網膜パターンやらも無視して扉が開く。ティニは常時ここにいる。本人認証など知り合いならばできる。

「まずは地上での作戦お疲れ様でした。ご無事で何よりです」

「ん。月の状況は来る途中で聞いた。ものスゲェことしたな。まさか充実した軍隊行動がもう一度できるとは思わなかった」

「それだけ地球圏には現状に満足できない、苦しんでいる人が多かったと言うことでしょう」

「強要せずにこれなんだよな……」

「誓って一切強要はしていません。ソート・ロストさんという例外はありますが」

 記憶の底から掘り返してあぁと呻く。武力で相手を黙らせて、敵を一人一人ああしていけば戦争は終わる。だがそれは何か違う。キラ・ヤマトと言う力でラクス・クラインと言う価値をねじ込むことが〝ルインデスティニー〟と言う力で洗脳をねじ込むことに置き換わるだけではいけないと思う。彼らに反発した身として。

「クロ、フレデリカさんから実験結果が届いています」

「あ? オレ宛てにか?」

「いえ私宛ですが。発案者としての興味はありませんか?」

 と言うことは心の検閲についての実験なのか。もう自分の手を離れて任せきりにしているものを見てどうなる――そんな考えはティニから差し出された空間投影ディスプレイを見せ付けられるなり驚愕に埋め潰された。

「な!?」

 新型S2インフルエンザウィルスの感染力を利用した思考検閲施行システム。

「広められるのか!? 手術とかあの針とかなしで!」

「広められます。実験段階と言いつつも少しばかり実践してますし、デュランダル議長の用意した全人類規模の解析コンピュータも手に入ってますから。打ち込むのは大変でしょうが。クロ、私がアレだけの人数全てを脳改造したとでも思ってたんですか?」

「い、いや、前にフレデリカとかが機械で実験してるって聞いてたから、精神科治療機みたいなの量産してばら撒いているのかと思ってた。――あぁ手間かからないなら好都合だ。ティニに頼みたいことがある」

 アホ呼ばわりされた意味が少しだけわかった。いざ話そうとすると、覚悟が要る。

「何でしょう? 格納庫(ハンガー)で話されていた、『申し訳ない気持ちを抑えて欲しい』と言うことですか?」

 覚悟を先回りされると言葉に詰まる。

「聞いてやがったか。でも、なら話が早い。一部の感情抑制、できるか?」

「できますね」

「なら頼みたいんだが」

「却下です」

 こいつから反対意見が出るとは思わなかった。嬉々としてのーみそにメスを入れるマッドなティニを想像していたクロは再び言葉に詰まる。

「な、なんでだ? お前なら「戦闘に邪魔になる感情は問題です」とか言うかと思ってたが……」

 怪訝な目線のまん前に人差し指が立てられた。ティニが無数のディスプレイから目を離し、こちらを見返してきている。

「今からあなたを記録させてください。もちろんプライバシーや夜の生活まで立ち入るつもりはありません。例えば、一日の終わりに日記もどきの独白を保存しておくと言った形でかまいません」

「いや……いきなり意味わかんねんだけど……」

 言いたいことを言い放ったティニの指と目は再び機械に没入する。この異生物はコミュニケーションをなんと心得ているのか。

「クロは皆さんと違って心への介入に肯定的ですからね。そんな人がこの概念にどういう答えを出すのか興味があります。迷って苦しんでいるあなたの過程と結論は貴重です。反対意見は山ほど手に入りますから」

「……なるほど」

「人の心はナチュラルのままが良いのか、それともイマジネーターへとシフトすべきなのか。02も興味を持つことでしょう」

「なんだいまじねーたーって?」

「虎さんがウチの方々をそう呼んだそうです。とあるサーバ使いが傍受したのをこの間受け取ったときに知りました」

「寅さん?」

「砂漠の虎。アンドリュー・バルトフェルド〝エターナル〟艦長のことです」

 想像力が乏しかったか。だが言われてようやく思いつけるような会話はやめて欲しい。

「…ティニ、戦闘中にだけは用語でもないのを略すなよ……」

「あら、できるだけ短くするのが人類の文化ではないのですか?」

 クロが頭を抱えたくなったとき、横手から男の声が差し込まれた。

「喋くっとる最中に邪魔するぞ」

 扉が開いたのは気づいていたが、ようやく目をやり誰だか悟る。ノストラビッチがデータディスクを片手にこちらへと手を振っていた。

「クロよ。〝ルインデスティニー〟のレコーダー、見せてもらったぞ。〝バーストシード〟システムを発動させたな?」

「おぉ博士! 付けてくれたのはありがたいんですが、インターフェースも考えてくださいよ。どうやって起動させればいいのかマニュアルにもないじゃないですか」

 まくし立てる言葉はノストラビッチにさえぎられた。改良を約束するでもなく厳しい表情の博士にクロは何かを感じる。

「クロ、あとで脳波やら検査させろ。ここより〝アメノミハシラ〟にまで行きたい所だが……」

 思わず右手で側頭部を押さえた。

「なんかやばいんですかあのシステム…?」

「安全面の研鑽などしとらん。使って欲しくないからインターフェースなどつけなかったんじゃ」

 かぶりを振る博士の目にはいつものふざけた色はなく、むしろ数学者というよりも医者のそれに見えた。

「あれはシン・アスカをコピーした為偶発的にAIがS.E.E.D.を得ていたことを利用して搭乗者にもその恩恵に預れるようにしたものだ。お前が〝プラント〟を攻めたときに見つかってな。当初はお前の体が急加速のGに耐えきれんとこだけを問題視しとったんじゃが、調べていくともっとマズイことが判明した。AIはお前の脳にまで占有を求めておる」

「つまり――」

 科学者の言葉は常に理解できない遠回りをする。経路を説明する各種用語は何一つ理解できなかったもののノストラビッチが言わんとしていることだけはおぼろげながら理解できた。魂の入れ物、脳を占有されればすなわち――

「〝ルインデスティニー〟に意識をのっとられるってことですか?」

 ノストラビッチは少し目元をゆがめたがすぐに首肯した。

「結果は、わからん。前例などない。お前が記憶の欠落を抱えたり半身不随になったりするのか、それとも人格が丸ごと入れ替わるのか、あぁ、AIを起動させている間だけ意識が戻り、電源落とすと植物状態なんてのも考えられるな」

 自分を変える覚悟と自分を捨てる覚悟は別物か? クロは背筋を伝う嫌な汗を感じていた。

「ともかく危険だ。あのシステムは撤去する」

「待ってください。あ、いや――」

 反射的に否定してしまってから懼れに二の足を踏む。自分を捨てる覚悟は別物か?

「やっぱり、待ってください。アレはキラやアスランを上回れるかなり確実な可能性です。それにオレが廃人になる確率は100%よりは低いわけでしょう。奴らに負ければ100%処刑です」

 ノストラビッチは目を丸くした。否、感情のこもらない視線をクロに向けてきた。その時間が……無限にも思えてクロは居心地悪く身じろぎする。何かを諦めたような溜息が、博士の口から漏れた。

「はぁ……お前はアホじゃな」

「なんか数分前にも言われました」

 苦笑いすると下から睨めつけてくる。怒りより呆れだ。諦観だ…。

「わしはお前に確かめることなくシステムの撤去を宣告するつもりで来たんじゃが…さっきのお前の言葉を聞いて諦めたわ。本っっ当にアホじゃ!」

 ティニになにやらデータメディアを渡している。用済みなので消してくれと。

「お前の根性を信じることにするわい。耐Gだけは任せろ。足掻けるだけ悪足掻きしてやる」

 怒声にも似た言葉を残してノストラビッチが扉の奥に消えていった。

「ありがとうございます」

 お礼の言葉にノストラビッチは唾をかけて出て行った。クロは思う。

「……オレって意外と贅沢かもな。みんなに心配されてるくせに、それを蹴ってるわけだし」

「私に聞かれても知りません。他の〝エヴィデンス〟は心配したり頼ったりを嫌ってますから」

「へぇ、上位種のプライドとかか? ティニは違うのか?」

「あなた達の方が優れていると思う部分も色々見つけましたし。ですがプライドがゼロかと聞かれればやはりあなた方を下等生物と思う気持ちはありますね」

 もう少し軽口の応酬を楽しみたいところだったがティニが差し込まれた通信に答えた為口を噤んだ。盗み見ると発信元は『N/A』とあった。匿名か。ならばティニはどんな偽名を使っているのだろう。

「――わかりました。受け入れましょう。月まで戻っていただくよりも私達の艦の方が近い位置にいます」

 何か許可したティニが唐突にデータディスクをこちらに突き出してきた。

「人命救助です。ここに座標いれましたのでお迎えよろしくお願いします」

「オレがかよ……そろそろ休ませてくれよ。〝ルインデスティニー〟だって充電したいだろうし」

「ではルナさんにでも押し付けてください。あちらも足はあるとのことなので誘導だけしてもらえれば大丈夫のはずです」

 このときはただ面倒ごとに辟易しているだけだった。だが数刻後、〝アイオーン〟艦内が驚愕に包まれることになる。


 
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