No.199140

真・恋姫無双~魏・外史伝~ 再編集完全版20

こんばんわ、アンドレカンドレです。

 寒い日が続いてますね!僕なんか朝布団から出られなくてこまっています。早く暖かくなって欲しいです。

 なんだかbasesnonの方で何やら戦国恋姫のようなものを製作するするとか、何処の戦国無双だと・・・。

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2011-02-01 19:29:57 投稿 / 全15ページ    総閲覧数:3240   閲覧ユーザー数:2932

  ―――少し時を遡る。

 

  朱染めの剣士は国境付近の深い森の中にいた。

  「・・・・・・」

  日の光が差さない鬱蒼とした場所で、剣士は周囲に誰もいない事を確認した。

  そして、太い幹の木の下に身を隠すと、右手にあった一冊の本を広げた。

  その本の冒頭、最初のページには以下の内容が手書きで記載されていた。

  それは、誰かによって書き記された日誌のようだった。

 

 

  数時間前に外史を削除したばかりだというのに、祝融は本当に人使いが荒い。

  僕は彼女の人形じゃないというのに。

  でも後で愚痴を言われるのはもっと面倒だから仕方なく、彼女が潜伏している外史に降り立った。

  この外史は突端である一刀君がいないせいで面倒な感じなってしまったみたい。

  その面倒を解消するために、銅鏡を探していたみたいだけど、ひょっとして見つけられたのかな?

  それとも、僕達の周りでこそこそ隠れてちょこまかしているネズミの事で呼び出したのかな?

  彼女の元に訪れると、そこには伏羲もいた。どうやら彼も呼び出されたようだ。

  僕の顔を見た途端、不機嫌な顔がなぜか一層不機嫌になってたね。

  祝融の話だと、どうやら銅鏡を見つけて、すでに一刀君をこの外史に降り立たせる事が出来たそうだ。

  だけど、そこで問題が起きて、色々と困っているようだ。

  そこで、僕達にネズミの動きを監視して欲しいのだそうだ。

  南華老仙の奴、この間ぼっこぼこに返り討ちにしたって言うのに、まだ懲りていないようだ。

  とはいえ、彼にはもう戦うだけの力は残っていないのだから、放っておいてもいい気もするけど、

  目の前でちょろちょろ動き回られてもうざったいのは確かだ。

  その上、祝融の話によれば彼はまだ無双玉を隠し持っていたようだ。

  一体どこに隠していたのかな。もし、それが一刀君に渡ったら、とても面倒なことになると。

  でも、話はそれだけでは無かった。

  新しい試みって奴をこの外史でしたいのだそうだ。何でも「彼」にやってくれって言われたんだって。

  その話を聞いてみると、中々面白そうな内容だった。

  特に伏羲はその話にかぶりつくように聞いていたっけね。

  『人の感情を集める』

  それを一体何に使うのかまでは教えてくれなかったけど、伏義は一目散に部屋を出て行った。

  ついさっきまで、面倒くせぇ~って悪態ついていたのに。

  彼も彼で、何か面白い事を思いついたんだろう。

  まぁ、僕は僕でやりたい事があるから、この外史でそれを実行するとしよう。

 

 

  ○月×日

  僕のやりたい事、それは命令忠実の強化人間を作る事。

  祝融も似たような技術を持っているようだけど、僕はそれを超えるものを作ることにした。

  とりあえず、僕の実験に使う人間を100人くらい適当に拉致ってこよう。

 

  ○月×日

  研究を始める前に、僕の助手となる人を作る事にした。

  そこで僕は「黄蓋公覆」を選んだ。別に深い理由は無い。

  ただこの外史ではすでに死んでいたからだ。

  僕達が今までに集めた情報から「黄蓋公覆」に関するものを拾ってきて、

  それを基に僕達と同じ分身として彼女を、祭さんを作った。

  面白いことに祭さんは、僕に盾突く様子も無く、むしろ積極的に協力してくれた。

  色々弄って人形にする必要がなかった。

  正直、彼女が何を考えているのか理解しかねたけど、人の事は言えない。

  とりあえず念のための保険も用意しているし、このままでもいいだろう。

 

  ○月×日

  手始めに、僕の情報の一部を使って、体格、性格、感情、身体の能力に関する情報を核(コア)に組み込んだ。

  適当に捕まえてきた1人の男に核を埋め込んでから、建業の街中に放り投げてみた。

  後はどうなるか高みの見物といこう。

  まぁ、最初からそうは上手くいかないものだ。

  予想はしていたけど、男の情報と僕が組み込んだ情報が拒否反応を起こした。

  結果、男は醜い大男に変貌して、街中を暴れ回った。

  まぁそれはそれで見ていて面白かったけど、あれではただの暴走、命令なんて聞いてはくれやしない。

  今回の結果を踏まえ、今後の研究に生かす事にしよう。

  そういえば、あの時偶然にも一刀君を見つけてしまった。

  そしてあの力、どうやら僕達より先に、南華老仙から無双玉を受け取ってしまったようだ。

  面倒な事になったけど、それもそれで面白そうだ。

  何にせよ、この事を祝融達に報告しよう。

 

  ○月×日

  祭さんの協力もあって、僕の研究は順調に進んでいた。

  だけど、ここでまた困った問題が生じた。

  先の実験の結果から、ただ適当に情報を組み込んだだけでは拒否反応を起こしてしまう事が分かった。

  なので、その人間の形を成している情報を調べあげて、そこにカチリとはまるように核の情報の型と量などを調整した。

  ぴったり一致するようにすれば、これで僕に忠実な強化人間の出来上がりのはずだった。

  確かにその考えは正しく、問題は無かったのだが、一体作るのになんと1日以上も掛かってしまうのだ!

  ぐえ~~~!!これでは意味がない!何か別の対策を講じる方がいいかもしれないな~。

 

  ○月×日

  数日かけて考えた対策。

  それは核と人間の間に電気を通さない絶縁体の様なモノを噛ませることで解決した。

  まず核をこの絶縁体に組み込み、これを通して人間と核の情報をリンクさせる。

  すると拒否反応を起こす事無く忠実な強化人間となる。

  絶縁体として作ったのが、影篭(かげろう)だ。

  見た目は全身真っ黒黒助な蛸な感じで、これはこれで愛嬌があって可愛いかったりする。

  影篭はこの外史の人間の形を成しているものを一度情報に変換してから、そこに核の情報を混合させる。

  そして、再び人間の形へと再構築させる。

  僕は今まで氷を直接水蒸気にしようとしていた。

  けれど、影篭を使う事で、氷→水蒸気から、氷→水→水蒸気という感じになるわけだ。

  これを実現させるなんて、僕はひょっとして天才?

 

      祭(ー。ー)フゥ<天才?変態の間違いじゃろう?

       

                        ですよね~♪>\(^▽^)/女渦

 

  ○月×日

  困った事が起きた。一匹の影篭が逃げ出してしまったのだ。

  捜索のために僕は急いで強化人間数体を放った。

  もし何処かの人間に拾われて茹で蛸にされたら敵わない。その前に早く捕まえないと。

 

      祭(゚ー゚)ニヤ<茹で蛸にしたら上手いのかのう?

 

                   影篭はたこじゃないって!・・・似てるけどさ>(-。-;)女渦

 

  その矢先、この近くに孫権ちゃんが来ている事を祭さんが教えてくれた。

  折角なので、試作品として作った強化人間「颯(はやて)」を彼女の元に仕向けた。

  念のために、祭さんにも行ってもらった。

  颯の活躍は僕の想像以上だった。

  攻撃、防御、機動性、指揮系統、戦闘においては十分な能力を発揮していた。

  とはいえ、実践投入にはまだ調整は必要だろう。

  だけど、彼女達の戦闘で得られたデータを組み込めば、最強の強化人間部隊を作る事は可能だ。

  嬉しい事はもう一つあった。それは一刀君だ。

  最初は誰と思ったけど、彼が一刀君だと気付いた時、僕はあまりの嬉しさに発狂してしまった。

  この手で殺したはずの彼が僕の前に現れたんだ。

  それはつまり、もう一度あの時の快感を味わえると言う事だからね!

  そしてあの力、間違いなく無双玉を埋め込まれているね。

  きっと、どうにかして一刀君の死体を回収、無双玉を使って、仮の生を与えられているのだろう。

  でもそれは僕には美味しい話である事に変わりはないさ。

  力を手に入れた彼を殺す、それはきっとあの時以上の快感だろうからね。

 

  ○月×日

  祝融から「颯」が欲しいという連絡が入った。

  先の実戦で得られた戦闘データを基に更なる改良を加えて開発した、「颯・改」を完成させた直後だった。

  何でも、五胡の中に混ぜて洛陽に侵入させたいっていうから、僕は颯・改に擬態機能を追加した上で彼女に送り届けた。

  折角だから伏羲の所にも送った。

  余計な事をしやがって、なんて悪態をついていたけど、それなりに使ってくれているようだ。

  ツンデレなんだな、彼は。

 

          女渦ヤレヤレ ┐(´ー`)┌       

         

                         (-_-メ;)テメ・・・伏義

 

  ○月×日

  久し振りに顔を見にきたら、祝融が僕に愚痴をこぼしてきた。

  何でも伏羲が「彼女」に頼んで、勝手に無双玉を作らせたらしい。

  別にいいじゃない、とか言ったら、伏義にも似た事を言われたと、さらに愚痴をこぼす始末。

  僕達、分身はある意味では無双玉、そのものと言ってもいいだろう。

  そこに無双玉をもう一個上乗せするって、彼も無茶をするな・・・。

  そんなに一刀君にやられたのが悔しかったのかな?

  話題を変える為に、前に送った颯・改の感想を聞いてみた。

  「まぁ・・・、あなたにして良くやった方ではないですか?」

  全く、どうして僕の周りにはツンデレしかいないのかなぁ~。

 

  ○月×日

  伏義から連絡が来た。

  成都に来い、ただそれだけだった。

  成都。確か蜀では蜀軍と正和党が暴れているらしい。

  伏義も自分の立てた計画が順調にいっているようで、破竹の勢いに乗っているようだ。

  感情を集めるなら、争わせ、戦わせる方が効率は良い、というのが彼の結論のようだ。

  ここは一つその勢いに乗る事にしよう。

 

  ○月×日

  颯・改を引き連れて成都に向かっている途中、家出中の影篭が見つかったという報告を受けた。

  更に、孫策ちゃん達が僕達を追いかけて来ている、という報告も入った。

  僕は孫策ちゃん達の方を祭さんに任せ、影篭を捕まえに行く事にした。

  久しぶりに彼女達に会えるからか、祭さんは嬉しそうな顔をしていた。

 

  ○月×日

  ようやく影篭を捕まえた。

  ついでに面白いモノを拾った。彼女達はこの外史における主核。

  当然、その辺のモブ人間とは段違いの情報量だ。

  彼女達を颯に仕立て上げれば、他の比では無い事は明らかだ。

  僕は一足先に研究所に戻って調整に入った。さて、どんな風にしようか?

 

  ○月×日

  にわかに信じられなかった。

  伏義が倒されたことを祭さんから教えられた。しかも、倒したのはこの外史の一刀君だ。

  成程、祝融が懸念していたのも今なら納得がいく。

  まだ力をコントロールしきれていない状態でありながら、伏義を倒してしまうなんて大したものだ。

  そんな彼に僕は興味が湧いた。

  祭さんには別の事をして貰って、僕は成都に行こう。

  いやー、こんな楽しい気分は久しぶりだな。ゾックゾクしちゃう。

  さぁて、楽しいパーティーをしにいこう。

 

 

第二十章~還らぬ者への鎮魂歌~

 

 

 

  于吉の話では、どうやら建業と涼州で大変な事が起きているようだ。

  孫策達は呉に、俺達は魏へと急ぎ戻る事となった。

  俺は最初、女渦の事もあって呉に行こうと考えたが・・・。

  「女渦はもう一人のあなたに任せておけばいいでしょう」

  と干吉に諫められ、その上華琳の痛い視線を受けてしまった。

  それは置いといて、この時、劉備の提案で関羽・黄忠を孫策達に、馬超・馬岱を俺達に同行させる事となった。

  

 

  ―――ここは呉の都、建業。

 呉の中心だけあって普段は人で賑わい、たくさんの物資が流通する。

 だが、今はそんな活気のある姿は無く、通りには人の姿は勿論、犬猫動物の姿も無く、ただ闇から闇へと移動する

 不穏な影のみが見受けられる。街の人間達は外から出ず、家の中でぶるぶると恐怖に震える事しか出来なかった。

  

  ―――街の外・・・

 

  「おい!早く衛生兵を呼んで来い!!」

  「い、痛ぇ・・・うぅ・・・」

  「しっかりしろ!傷は浅いぞ!」

  街の外では呉軍が建業の街から脱出してきた負傷兵達を治療するべく陣を展開していた。

  「亞紗!薬が足りないの!そっちにまだ余っている!」

  「・・・駄目です!城から運び出せたものはもうほとんど・・・!」

  「そんな・・・。まだ怪我している人達がいるって言うのに・・・」

  小蓮は事態の深刻さに困惑する。こんな時、姉様達がいてくれたら・・・そんな弱音をつぶやく。

  「小蓮様!」

  そこに颯爽(さっそう)と現れたのは明命であった。先の暴動事件で負傷した腕はすでに完治し、

 以前の様に動き回れるようになっていた。

  「西の方面にて砂塵を確認しました!」

  「旗は!?」

  「旗は孫!雪蓮様かと!」

  「・・・お姉ちゃん!」

  

  「シャオ!!」

  「雪蓮姉様!!」

  蜀から急ぎ帰還した雪蓮の元に小蓮が駆け寄っていく。雪蓮は馬から降りると小蓮に近づいた。

  「ごめんさい・・・。またあなたに面倒を押し付けちゃったわね」

  「ううん、そんな事はいいの。それより蜀の方はもういいの?」

  「ええ、桃香達と正和党のいがみ合いはもう終わったわ。だから今度は私達の番よ。だからシャオ、

  何があったのか、私達に教えてくれるかしら?」

  「うん、分かった」

  そう言って、小蓮は事の一部始終を雪蓮達に伝えた。

  事の発端は数日前・・・、いつもと変わらない平穏な日。何の前触れもなく異変が起きた。

 正体の分からぬ、武装した黒ずくめの者達が街に現れた。彼等を捕らえるべく、雪蓮達が万一のために

 残していた兵士を連れ、小蓮、明命、亞紗は街に向かった。しかし、彼等の抵抗に苦戦を強いられる事になり、

 小蓮達は兵達を連れて街の外へと脱出せざる得なくなったのだった・・・。

  「・・・成程、でもこの様子だとまだ何かあったようね?」

  一旦話を聞くのを止めると、雪蓮は辺りを見渡す。至る所に傷の治療が出来ずにいる負傷兵が横たわり、疲弊し、

 休んでいる兵士達もいた。その上で彼等の士気がひどく下がっている事は誰が見ても分かった・・・。

  「そ、それは・・・その・・・、えっと・・・」

  雪蓮に指摘され、言うか言うまいかと迷いながら言葉を濁す小蓮。明命も亞紗も雪蓮から目をそらし、余所余所しい

 態度を取る。そんな彼女達を見て、雪蓮は悟った様にこう言った。

  「祭がいたのね」

  「「「・・・!!」」」

  三人の表情が一瞬に驚きへと変わる。それを見た雪蓮は確信した。

  「やっぱり、敵の中に祭がいたのね?」

  雪蓮の疑問に答えず、俯く小蓮。

  「・・・敵の総大将が死んだはずの祭殿であった。それが兵の皆さんに大きな動揺を与える事となりました」

  沈黙する小蓮に代わり、亞紗が答える。

  「軍の指揮系統は混乱・・・、もはや私達ではそれを収められない状況にまで陥ってしまいました」

  「さらに、向こうにはまた異様な姿の兵士が・・・」

  亞紗の説明に続く様に、今度は明命が喋る。

  「その身を白銀の鎧で包まれ、背中には六つの羽を生やした・・・、その、何て言えばいいのか分かりませんが、

  その常人離れの攻撃に私達ですら歯が立たない始末・・・」

  「だから、小蓮達は軍を連れ街の外へと脱出せざる得なくなった」

  「「・・・はい」」

  気まずそうに、答える亞紗と明命。

  「・・・っ!」

  俯いていた小蓮が突然雪蓮に抱きつく。

  「シャオ?」

  「・・・何で?」

  雪蓮の腹部に顔を埋めていた小蓮の顔が出てくる。その目には涙が・・・。

  「何でなの姉様、何で・・・?何であの祭が、こんな事をするの?」

  「シャオ・・・」

  涙目の妹の疑問、雪蓮は答えられなかった。

  代わりに妹の頭を優しく包み込むように抱いた。

 

  

  「・・・・・・ぁあ・・・」

  「気が付きましたか?」

  「・・・・・・、どれ、くらい、寝、ていた?」

  「・・・二日と十二時二十七分十九秒間」

  「・・・動ける、時間が短・・・く、寝る・・・時間が長く、なっている。外史の動き、は?」

  「どうやら言語機能にも影響が出ていますね。呉と魏で外史喰らいの分身が動きを見せました。

  呉の建業で黄蓋が現れたようですね」

  「・・・そう、か。彼女が、そこにい、ると・・・言う事は、奴もそこ、にいる・・・な」

  「行くのですか?」

  「・・・・・・」

  「・・・失礼、愚問でしたね。しかし、まだ動かないで頂きたい。あなたに埋め込んだ無双玉に外史の情報を

  補充している所です。もっともたかが知れていますがね」

  「・・・それを、注ぎ終わ・・・れば、あとど、れくらい・・・動け、る?」

  「・・・全力で戦えば、数日は持たないでしょうね」

  「あま、り・・・時間は、無いな・・・」

  「ええ、ですので大事に使って下さい。あなたの孫権殿を注いでいるのですから」

  「・・・?」

  「もっとも、文字一個分程度ですがね。せいぜい大事に使ってください」

  「・・・・・・・・・」

 

  

  「じゃあ愛紗、紫苑、よろしく頼むわね」

  「ああ」

  「えぇ、こちらこそ」

  軍の編成を終え、雪蓮は愛紗、紫苑に改めて協戦を頼む。

  一方、蓮華は彼の、朱染めの剣士の姿を見つけようと周囲を見渡すが何処にもいない。

  今回は来ないのだろうか。そんな事を頭に過ったが、蓮華すぐさま否定する。

  祭が女渦と繋がっている以上、彼が動かないはずがない。

  「彼は必ずここに現れるはず・・・」

  この時、蓮華は心の中で一つの覚悟を決めた。

 

  そして作戦会議の場。そこでは冥琳が先行して話を進めていた。

  「不幸中の幸いか、連中はこの建業の街の中から出てくる様子は無い。しかも入って来いと言わんばかりに、

  城壁の門も開いたまま・・・」

  「罠・・・でしょうか?」

  思春が冥琳に尋ねる。

  「祭はそんな事をするような人間じゃないわ。きっと、私達が来るのを待っているのよ」

  と雪蓮が代わって答えた。

  「恐らくはそうだろうな。我々が祭殿の考えが分かるように、その逆も然り」

  「どういう意味ですか?」

  冥琳の最後の言葉が理解出来ず、紫苑は尋ねる。

  「向こうもこちらの考えが分かっていると言う事だ。恐らく、それを見据えた上でこちらと戦う気だろう」

  「・・・油断は禁物、という事か」

  と、愛紗は最後にまとめる感じで言う。

  「祭殿の性格からして、籠城戦は展開せず、街に入って来た我々を真正面から潰しにかかるはずだ。

  しかし、そこに一つまみの隠し味を加えているはずだ・・・。先程、明命が言っていたのがそれなのだろう」

  「背中に羽を生やすという・・・、鳥人の類のものかしら?」

  先ほど明命が言っていた事を思い出すように、蓮華は口に出して言う。

  「・・・ここまで来たら、何が出てきてももう驚かないわよ」

  普通に聞けば、眉唾物の話・・・なのに、自分達はそれをすんなりと受け入れているこの状況に雪蓮は皮肉を

 込めて、けらけらと笑う。

  「聞けば剣も槍も矢も効かないと聞く。下手をすれば祭殿以上に厄介な相手なのかもしれない」

  「では、その者が現れた際は如何なさるのですか?・・・投石機、破城門兵器を使うのですか?」

  おおよそ人に対して使うもので無いものを明命は提示する。

  「そんな物を街中で使えば、街は大変な事になりそうだな・・・」

  と、首を横に振りながら答える冥琳。

  「街の中にはまだ住民の人達がいる事ですしねぇ~。まずは住民の避難を優先するべきだと思いますよ?」

  と冥琳の横で補佐していた穏がそう述べる。

  「街中の様子は今どうなっているの?」

  「何度か斥候を放ったのですが、いまだ誰一人として帰って来てません」

  雪蓮の疑問に明命は否定的な返答をする。

  「・・・・・・駄目ね」

  そしてぽつりと呟くと、席を立ちあがった。

  「こんな所でくだくだと話していても仕方が無いわ」

  そう言って、雪蓮は今すぐに進軍する事を促そうとする。

  「それでも、もう少し対策を練ってからでも・・・」

  雪蓮の短絡的と思える判断に対して、愛紗がそれを言葉で制止する。

  「そうね。・・・でも街の皆がまだあの中にいるのよ。策を練っている間に連中に襲われたりしたら・・・」

  その言葉に焦りや迷いは無く、むしろ冷静な口調で愛紗に返答する。

  「・・・そうか。なら、私はもう何も言いはしない」

  「ありがとう、愛紗」

  「・・・・・・」

  そんな勝手な事を言う雪蓮を、黙って睨む冥琳。無論、雪蓮もその視線に気付く。

  「分かっているわ、冥琳。でも・・・、私は」

  「・・・皆まで言わずとも、あなたが何を考えているのかぐらい分かっているわ。

  ・・・祭殿の本心を知りたいのでしょう?」

  そして雪蓮は瞼をゆっくりと閉じ、溜め込んでいた空気を吐き出した。

  「・・・きっと、まだ信じていたいのね。私が・・・、それとも私達が?」

  「ふっ・・・、そうだな」

  そして、しばしの沈黙。

  「・・・行きましょう、皆。祭が待っているわ」

  雪蓮はその沈黙を破り、会議の場を離れる。

  そこに居合わせていた者達は彼女の後を追うようにその場を去っていくのであった。

 

  軍編成はすでに完了し、開かれた街の城壁門の前に待機する兵士達の前に雪蓮は立っていた。

  「全軍!これより我々は自分達の街を敵の手から取り戻すべく、我々の街・・・建業へと進軍する!

  皆も知っているように、あの祭が敵の総大将・・・、でも思い出しなさい!祭は二年前のあの日、赤壁の

  海の上で・・・、死と引き換えに呉の礎となった。奴は祭の姿と名を騙った偽人だ!祭の誇りある死を

  汚し、祭の愛したこの国を脅かす輩を・・・、絶対に許すわけにはいかない!皆のその武にて、祭の誇りを

  守るぞっ!!」

  「「「「うぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!」」」」

  雪蓮の檄に兵士達は呼応するように、天に向けて地響きにも似た雄叫びを上げ、手に持った武器を高らかに掲げた。

  「孫呉の兵(つわもの)たちよ!その勇気を奴等に見せつけよ!そして、死を恐れるな!その手で我々の国を

  取り戻すのだ!」

  雪蓮は南海覇王を鞘から抜き、その切っ先をこれから自分達が向かおうとする先に向ける。

  「全軍、進軍開始っ!!!」

 

 

  「はぁああああああっ!!!」

 

  ザシュッ!!!

 

  「ッ!?!?」

  敵を薙ぎ払う雪蓮。そしてまた彼女の前に新たな敵が現れる。

  「相変わらず、きりがないわね!」

  愚痴を零しながらも、雪蓮は剣を振る事を止めない。

  彼女の目に映るは、建業の城。

  雪蓮を筆頭に他の武将、兵士達も街の中央を駆け抜けていくが、それを阻むべく前に立ち塞がる傀儡達。

  幾度も苦戦を強いられて来た彼女達だが、今の彼女達は自分達の国を守るその強い意志の元、その時以上の気概を敵兵達に見せつけていた。

  人は成長できる、その成長の向かう先が確かであるのならば。

  どんな困難が待ち受けようが、それを乗り越えようとする意思があるのであれば 

  「・・・っ!?」

  進む雪蓮の目の前に突き刺さる、一本の長槍。

  そこに別の影が降り立つ。

  それは何かに身を包まれた、まるで継ぎ目だらけの繭にも見える。

  そして、その継ぎ目だらけの繭がゆっくりとほどかれていく。

  それは繭ではなく、無機質の六枚の羽。

  そこから現れたのは白銀の鎧に身を包む女であった。

  女は目の前に突き刺さる長槍を地面から引き抜き、鮮やかに振り回した。

 

 

  「こいつね、明命が言っていたのは!」

  明命が言っていた事を思い出す雪蓮。

  応竜の背中から生える羽達は、まるで意思がある様に雪蓮に襲い掛かる。

  「な・・・っ!?」

  雪蓮は咄嗟にその羽の先端を避ける。

 

  ザシュッ!!!

  「ぐぎゃああっ!?」

 

  ザシュッ!!!

  「ぶばはっ!!」

 

  ザシュッ!!!

  「がぁあっ!?!」

 

  羽の鋭利な先端が六人の兵士を貫く。

  兵士の一人が手から得物である剣を落とすと同時に羽は引き抜かれ、応竜の背中へと戻っていく。

  雪蓮は応龍の攻撃を掻い潜り戦場を駆け抜ける。

  「生憎、そんな芸当も見慣れているのよね。・・・はぁあああっ!!!」

 

  ガギィイインッ!!!

 

  雪蓮の放った斬撃が応竜を捉える。

  だが、身に纏う白銀の鎧がその刀身を弾き、雪蓮の腕を痺れさせた。

  「・・・確かに、これは厄介だわ」

  雪蓮は痺れが残る右腕を左手で擦りながら呟く。

  そんな彼女に向かって、応竜は背中の一枚の羽を伸ばす。

  「ふっ!」

  弓で放たれた矢のような速さで襲い掛かる羽の先を紙一重で避ける。

  そのすれ違いざまに羽を叩き斬ろうと南海覇王を振り下ろすも、ゴムの様な弾性を有する羽は斬れなかった。

  「何なの、この感触!?全然、斬れない!!」

  羽が有する弾性の反作用が南海覇王に跳ね返る。当然、雪蓮の腕も一緒に跳ね返された。

  「ち・・・っ!?」

  仰け反る程の反動に体勢を崩す雪蓮。そこに容赦なく別の羽の先が襲いかかる。

  「はぁっ!!!」

 

  ガギィッ!!!

 

  そこに颯爽と現れた思春によって羽の先端はいなされ、雪蓮までの軌道が変わる。

  「へやぁっ!!!」

  その隙を狙い、応竜の死角へと潜り込むと同時に明命が斬りかかる。だが、他の羽が明命の動きに対応して応戦する。

 

  ガギィイッ!!!

 

  「くっ・・・!」

  明命の攻撃は応龍の一枚の羽に受け止められ、もう一枚の羽で明命を払い除ける。

  「きゃあ!」

  明命の小さい体が宙へ吹き飛ばされるも、猫のように体を捻らせ無事に着地する。

  「はぁああああああっ!!!」

  愛紗が渾身の一撃を放つ。

 

  ガッゴォオッ!!!

 

  応竜は持っていた長槍で愛紗の青龍偃月刀を受け止める。

  「ぐ、はぁっ!!」

  愛紗は再び仕掛けていく。だが、応龍も長槍で応戦する。

  この時、愛紗に妙な違和感が走る。

  様子をみるため、愛紗はやむなく長槍を強引に跳ね除け、応龍から距離を取った。

  「ふっ!」

  愛紗の後方より紫苑が矢を三本連続で放つが、羽によって防がれ、本体に届かなかった。

  「姉様!」

  「雪蓮!」

  「蓮華!冥琳!」

  雪蓮の元に蓮華と冥琳が駆け付ける。それを見た愛紗は雪蓮達に言い放つ。

  「雪蓮殿!ここは我々に任せ、あなた方は早く総大将、黄蓋殿の元へ!」

  「愛紗・・・あなた」

  「雪蓮、ここは彼女の言う通りにするべきだ!」

  「・・・分かったわ。行くわよ!」

  雪蓮は蓮華、冥琳、親衛隊を引き連れて祭がいる城へと急ぐ。

  「皆さん!この周辺の住民の避難は完了しましたぁ!」

  そこに住民の避難を進めていた穏が駆け付ける。

  完全ではないが、愛紗達がいる区域に住民はいない事を報告しに来たのだ。

  だが、逆にこの区域から応竜達を出してはいけないという警告でもあった。

 

  

  「はぁっ!!」

  「へやぁっ!!」

  「でやあああっ!!!」

  思春、明命、愛紗の三人同時攻撃を応竜は六枚の羽で身を守る。

  無機質でありながら、そのゴムの様な弾力性を持った羽にその三人の一撃は吸収され、三人の得物は跳ね返される。

  三人の攻撃をいなすと応竜は六枚の羽をはばたかせ上空高く跳躍する。

  舞い上がった応竜は六枚の羽を伸ばし、三人に攻撃を仕掛ける。

  「来るぞ!散れっ!!」

  愛紗の掛声と同時に一ヵ所に固まっていた三人は別方向へと散っていく。

  伸縮自在の羽達はそれぞれ二枚ずつ一人一人を追撃する。

  思春は二枚の羽の動きを見極めながら、緩急ある動きで羽の先を回避する。

  屋根の上に登った明命は屋根から屋根へと飛び移る。

  その際、足甲の裏に手を忍ばせ、そこから苦無状の刃を二本取り出すと応竜に投げる。

  二枚の羽はそちらを優先的に追跡して叩き落とす。

  愛紗は他の二人のように遠くへと下がらず、敢えて前へと突き進んでいく。

  当然、二枚の羽が愛紗に襲いかかる。

  紫苑の放った二本の矢が愛紗の横を風を切って飛んでいく。

  二枚の羽は愛紗からその二本の矢へ標的を変え、矢二本を叩き落とす。

  愛紗はその二枚の羽の合間に入り込み、そのまま応竜の本体へと近づく。

  「でぇえええいっ!!!」

  応竜の胸の中央を貫く様に、青龍偃月刀を突き立てる。

 

  ガッゴォオオオッ!!!

 

  鈍い金属音が響き渡る。

  偃月刀の切っ先がその白銀の鎧を捉える。

  その一撃によって鎧を砕くことは出来なかったが応竜を大きく吹き飛ばす。

  伸びていた羽達も応竜の元へと戻っていく。 

  応竜は両足で地面を削り、体の勢いを殺しようやく停止する。

  「はぁ・・・、はぁ・・・、はぁ・・・」

  警戒しながらも、愛紗は乱れた呼吸を整える。

  眼前の敵に対して、やはり妙な違和感を拭えずにいた。

  得物である長槍の扱い方、その身のこなし、他にも戦いの最中に見せる取るに足らない仕草。

  愛紗には見覚えがあった。

  決定的だったのは、応竜の一つ眼が愛紗を捉え、長槍を両手に持ち構えた瞬間だ。

  「・・・その構えは!?」

  応竜の長槍の構えを見た愛紗はその姿を別の人物と重ねる。

  長槍の二つに別れた切っ先が先端から螺旋状に巻き付き、一刃の槍へと変貌する。

  龍は六枚の羽を大きく羽ばたかせた。

  「愛紗さん!」

  「・・・っ!?!?」

  紫苑の掛け声にはっと我に返る愛紗。  

  羽を同時に幅かせた瞬間、応竜の背後で強烈な突風が発生。

  その突風を背に受け、応竜を愛紗達に向かって一気に加速させた。

  「ぐぅうううっ!!!」

  応竜の突進を寸前で回避した愛紗。

  だが、愛紗を討ち損ねた応竜は急停止出来ず、風の如く建業の大通りを刹那で駆け抜ける。

  応竜の突進から発生する衝撃波によって大通りに残っていた兵士達は悉く遥か上空へと吹き飛ばす。

  通りに面していた家屋はその衝撃波で倒壊、その破片も上空へと舞いあげた。

  「愛紗さん、大丈夫ですか!」

  愛紗の元へ急ぎ駆け付ける紫苑。

  「・・・今の動き。私は知っている。あれは・・・、まさか!」

  「愛紗さん?・・・愛紗!!」

  呆然とする愛紗。介抱してくれる紫苑の声でようやく我に返った。

  「す、すまない・・・」

  「本当に大丈夫?もしかして、胸の傷が開いてしまったの?」

  紫苑は愛紗の身を案じる。見たところ、胸の辺りに出血した様子はなかった。

  そも、愛紗が今回の遠征に参加する事を桃香は当然、他の重鎮達も反対した。

  塞がってはいたものの、姜維に斬られた胸の傷は深く、傷の手当てをしていた医者・華佗からも絶対安静と言いつけられていた。

  だが、その言いつけを反故し、周囲からの反対を押しのけて愛紗は強引に遠征に参加したのだ。

  どれだけ諫めても考えを改めない彼女の身を案じて、桃香は紫苑にも今回の遠征を依頼した。

  本当であれば他の将を派遣できれば良かったものの、先の反乱の影響でここに割ける程の余裕が蜀にはなかったのだ。

  「いや、傷の方は問題ない」

  「ですが、本当であれば・・・」

  「紫苑!」

  身を案じる紫苑に対して、愛紗は申し訳程度に声を抑えて彼女の言葉を遮る。

  「奴は、星だ」

  「・・・まさか、そんな!」

  「だが、間違いない。戦ってみて確信した。あの白甲冑は星だ!」

  「愛紗、上だっ!!!」

  思春の声。そして、愛紗達に突如かかる影。

  愛紗達はその場から急ぎ離れると、そこに応龍の攻撃が降って来る。

  地面は容易に砕け散り、砕けた土片が愛紗達に飛んでくる。

  「星!お前は星ではなのだろう!!」

  槍を構え直す応竜に向かって愛紗は彼女の真名を叫ぶ。だが、応竜は愛紗の言葉に耳を傾けなかった。

  「皆、お前を心配していたのだぞ!!

   というか、何だその恰好は!?いくらお前でも悪趣味にも程があるぞ!」

  愛紗は応龍に呼びかけ続ける。

  しかし、知らんと言わんばかりに応竜は愛紗に襲いかかる。

  「くそっ!!」

  間髪入れない槍による連続攻撃を愛紗は偃月刀で凌いでいく。

  「くそ、止せ、やめるんだ!!私はお前を助けるために!!」

  無理を通して、この地に来た理由、目的が目の前にいる。だが、肝心のそれは愛紗の声を無視し、刃を向ける。

  「愛紗さん!」

  愛紗を援護するべく紫苑が矢を放つ。

  だが、矢は背中の羽が叩き落とし、さらに羽の先が紫苑へと襲いかかる。

 

  ザシュッ!!!

 

  「きゃあっ!」

  「紫苑っ!?・・・星、貴様ぁあああああっ!!!」

  羽の先端が弓を持つ腕を捉え、紫苑は堪らず悲鳴を上げる。

  愛紗は怒りを露わにして青龍偃月刀を振りかざして応竜に飛び掛かる。

  だが、感情に任せた愛紗の攻撃が届くより先に彼女の脇腹を応龍の羽が捉える。

  「がはぁ・・・っ!!」

  骨が軋む音。羽で殴られた愛紗は吹き飛ばされ、通りの家の石壁に叩きつけられた。

  「が、・・・がは・・・!」

  背中を強打し、呼吸が出来ず動けない。

  とどめ刺す機会。しかし応竜は動かず、愛紗とは別の人物の登場に警戒していた。

 

 

  戦場と化した建業の城下に降り立つ。

  傀儡兵と呉の兵士達が入り乱れるの中、倒すべき存在を見つける。

  そして地に足をつけ、愛紗、応竜達の前に現れたのは。

  「朱染めの剣士、またお前か・・・」

  その場に駆け戻って来た思春が思わず零した言葉。

  応龍は倒れている愛紗に背を向ける。彼女はいつでもやれると判断したのであろう。

  愛紗よりも先に、優先して倒すべき相手を朱染めの剣士と判断したのであった。

  朱色の外套を纏う朱染めの剣士。

  右手には細身の片刃剣を握られている。

  両手で握り直すと、応竜に立ち向かって行く。為すべきことを為すために―――。

 

  「あれが朱染めの剣士なのですか?」

  「わぁ、本当に朱色に染まってるねぇ!」

  初めて朱染めの剣士を見た明命と小蓮の目は彼に釘付けであった。

  「あの・・・、今は戦闘中なのに・・・」

  そんな二人に亞紗は呆れていた。

 

  

  一方で、先行する雪蓮、蓮華、冥琳達は城内に入っていた。

  「もう、城に入れたのはいいけど、何なのよ!あの敵の数は!?」

  「ここは敵の本陣、何ら不思議な事では無いでしょう!」

  親衛隊を引き連れ、自分達の倍以上の敵から逃げつつも、愚痴を零す雪蓮を蓮華は横目に受け流す。

  「・・・・・・」

  そしてもう一人、冥琳は何かを考えている。

  「周喩様、このままでは追いつかれてしまいます!」

  そこに後ろから付いてくる親衛隊の兵士が一人が叫ぶ。

 そして冥琳は一つの決心を付けた様に、親衛隊の兵士達に言った。

  「お前達、この私に命を預ける覚悟はあるか?」

  彼女の言葉に首を横に振る者はそこにはいなかった。彼女が言おうとする事を彼等は瞬時に理解した。

 親衛隊の兵士達は冥琳の合図に合わせ急停止からの反転、後方から追撃する傀儡兵達の迎撃態勢に入った。

  「冥琳っ!!」

  冥琳の勝手な行動に思わず立ち止まる雪蓮と蓮華。

  「ここは我々で食い止める!!あなた達は祭殿の元へ!」

  「無茶言わないで!あなた達だけであの数を相手に出来るわけ・・・!!」

  「待って下さい、姉様!」

  声を荒げる雪蓮に蓮華は口を挟む。

  「蓮華っ?」

  「奴等を倒してもすぐに増援が来ます。奴等を街から追い払うには総大将を、祭を倒す以外に手は無いはず!

  ならばここは冥琳に任せ、一刻も早く祭を!」

  「蓮華様、あなたは・・・」

  いきり立つ姉を上手く説得させる蓮華を見て、何かを感じた冥琳。蓮華は冥琳の方に顔を向ける。

  「冥琳、ここはあなた達に任せていいのね?」

  それはこれまで見た事のない、蓮華の凛々しい姿。

  それを見た冥琳は一瞬頬を緩めるも、すぐにきりっとした軍師の顔に戻る。

  「行け、雪蓮!走るのです、蓮華様!」

  「ええ!行きましょう、姉様!」

  冥琳の言葉に従うように、その場を後にして駆け出す蓮華。

  そんな妹と親友を交互に見ながらどうしたらいいのか迷っている雪蓮。

  「あぁ、もう分かったわよ!行けばいいんでしょ行けば!冥琳、頼んだわよ!」

  やけくそ気味に妹の後を追いかけるのであった。

  二人の背中を見送る冥琳。 

  蓮華の背中を見つめながら何かを悟った。

  「・・・もしかすれば、蓮華様が王になる日は近いのかもしれないな」

 

  

  ガゴォオオオッ!!!ガゴォオオオッ!!!ガゴォオオオッ!!!

  応竜の背中に生える六枚の羽が朱染めの剣士に次々と襲いかかる。

  剣士は舞い踊るかのように体を捻り、跳び跳ねて羽攻撃を回避する。

  今度は槍による連続突き。剣士は捻りを加えた宙返りで躱しながら、黒刀の片刃剣で槍の攻撃を叩き落とす。

  剣士は地に足をつけると、亡くなった兵士の手から一本の剣を取り上げた。

 

  ザシュッ!!!

 

  兵士の死体を応龍の羽が容赦なく貫く。

  朱染めの剣士は身を屈め、羽を躱しながら地面を転がる。

  そこに別の羽が次々に襲い掛かる。

  先程死体を貫いた羽が彼にめがけて死体を投げる。

  「・・・ッ!!」

  朱染めの剣士は躊躇なく死体を一刀両断する。

  胴体を真っ二つした直後、その間を縫うように羽が剣士に襲い掛かる。

  だが、剣士はすかさず横に避けると左足を頭まで上げ、そのまま羽を踏み潰す。

  そこに先程拾った剣を逆手に持ち、踏み潰している羽をその場に刺して固定した。

  「・・・!?」

  応龍は羽を戻そうとするが完全に固定されて戻すことが出来ない。

  朱染めの剣士はまた落ちている剣を拾い上げると、三枚の羽が同時に襲いかかる。

  朱染めの剣士は家の壁を背後にして三枚の羽を待ち構える。

 

  ザシュッ!!!

 

  今度は羽三枚をまとめて家の壁ごと剣で刺し貫く。

  朱染めの剣士は南海覇王を鞘から抜くと応竜に向かって一直線に駆ける。

  応竜は迎撃するべく残り二枚の羽で攻撃するも、朱染めの剣士はそれを地面にねじ伏せる。

  立ち止まる事無く一気に近づく。

  「ふんッ・・・!」

 

  ガッゴォオオッ!!!

 

  応竜は彼の放った突きを長槍で防ぐ。

  反撃に転じようとするが、固定された四枚の羽が動きを制限していた。

  その時、背中の羽を固定している鎧の一部が開き、六枚の羽が応竜の鎧から一斉に外れた。

  「見て!あいつの羽が取れたよ!!」

  小蓮が声を上げて皆に教える。

 

  ギィイイインッ!!!

 

  耳を刺すような鋭い金属音。

  朱染めの剣士から距離をとると応竜は長槍を両手に持ち直し、星と同じ構えをとった。

 

  

  宮殿の大きい扉がゆっくりと開く。

  宮殿内は物音一つせず静寂に包まれていた。

  雪蓮と蓮華が宮殿に辿り着くと剣を取り、慎重に、細心の注意を払って周囲を警戒する。

  歩くたびに二人の足音が響き渡る。

  「祭、居るのでしょう!隠れていないで出て来なさい!!」

  雪蓮の声が何重になって響く。

  「「っ!」」

  何処からともなく飛んできた二本の矢。

  雪蓮と蓮華は剣で叩き落とし難を逃れる。

 天井の上。闇の中から矢を放った張本人が二人の前に降り立った。

  「やっと帰ってきたか。ひどく遅いので途中で討たれてしまったかと心配しておったぞ」

  「「祭っ!」」

  二人が揃って眼前の人物の真名を叫ぶ。

  「なんじゃあ、冥琳はおらんのか?

  あぁ、そうかそうか。お主らのために捨て駒に成り下がったか、下らん真似をしおって」

  「・・・・・・」

  雪蓮はひどく不気味な感覚に襲われる。

  こうして改めて祭と対峙すると、目の前の人物が祭とは別の、得体の知れない、異様な何かに思えて訳が分からなくなる。

  「何じゃ、その化物でも見るような目は?

  ・・・いや、ある意味ではそれが正しい反応か、くくく!」

  「そう。やっぱり、あなたは祭ではないのね」

  「そうじゃな。策殿が知る、という意味であれば」

  「ったく、相変わらず分からないことばかり言ってさぁー。

  というか、いくら別人だからって雰囲気変わり過ぎじゃない?」

  「何を言う、元から儂はこんな感じじゃろう!」

  「えー、そうだったかしら?」

  「何と!その目は節穴であったのか。策殿は儂のことを何も分かっておらなんだか!」

  「そうかもね。

  そして、あなたがどうしてこんな真似をするのかも・・・ね」

  「こんな真似?わしの愛するこの国を襲った事を言っておるのか」

  「分かっていて、やっているのね」

  「それが何か問題でも?」

  「問題だらけだから私達がここにいるよ!」

  「祭、もう止めて!あなたは女渦に利用されているのよ!」

  「・・・は。何を言っておるのじゃ?」

  「え・・・?」

  蓮華の叫びにも似た説得。だがら祭はさっさと肯定、適当に流した。そんな振る舞いに蓮華は困惑するしかなかった。

  「何を驚いておるのですか?

  どうも蓮華様は誤解しているようなので断っておきますが、儂は別に騙されてはおらんし、術で操られてもおらん。

  儂は自身の意思で女渦の手となり足となり、今ここにおるだけじゃ」

  祭の言葉を聞いた蓮華の顔が一瞬にして青ざめる。

  「・・・何を言っているの、祭?

  あなたの言うことが、まるで分からない!

  この孫呉を愛していたあなたがこの国を!民達を!その想いを!

  どうしてそんな簡単に傷つけ、踏みにじるの!!

  ちゃんと説明して、祭!!」

  蓮華の両目から大粒の涙が零れ落ちる。それを見た祭は目を閉じ、そして軽く一息をついた。

  「蓮華様・・・」

  「祭・・・」

  「マジでうざいのぅ」

  「・・・・・・え?」

  祭の口から発せられた予想外の言葉に蓮華は理解できず思考が停止する。

  祭はそんな彼女を露骨に卑下する目で見ている。

  「ただ生真面目なだけならまだしも・・・。

  そんな甘々で浅はかな小娘の言葉なぞ、耳にするだけだけでも反吐がでそうじゃ!!」

  そう言うと、祭は蓮華にピンと伸ばした一指し指の先を向ける。

  「逆に聞くぞ小娘よ。お主はこの儂の何を知り、何を理解しておるというんじゃ?

  自惚れるな、孫仲謀!お主如きに語られる程、儂は並み程に生きておらんわッ!!!」

  「ぅ・・・っ!」

  祭の放つ威圧感と言葉の重みに蓮華は怯み、後ろへと引き下がってしまう。

  「この外史はまもなく外史喰らいに削除される。これはもう決定事項だ!!

  ・・・ならばせめて、どうせ消えるのであれば!

  せめて、この孫呉だけは私の手で滅ぼしたいッ!!

 それが・・・それこそがこの国に一生を捧げ、死してなおもここに存在する。

  この儂に出来る唯一の愛情だと、どうして分からんのじゃ!?」

  「・・・ふざけんじゃないわよっ!!」

  「ね、姉様!?」

  雪蓮の腹の奥底から吐き出された低音の怒声。

  隣にいた蓮華はびくっと体が震えた。

  「黙って聞いていれば好き勝手言って・・・。

  消されるから自分の手で滅ぼす?それが愛ですって?

  あー、まさかあなたがそんな戯言を言うなんて思いもしなかったわ!」

  「なんじゃと・・・!」

  雪連は獣の様な目で祭を睨みつける。

  「祭・・・、いえ木偶人形!

  私達の国、孫呉は母様が・・・そして今まで散っていった数多の英霊達の血肉を糧にこの国は成っている!

  人形風情が愛せるほど軽々しいものではないわ!!」

  「儂の血肉もまたその礎となったがの・・・」

  「黙りなさいっ!!」

  雪蓮は南海覇王の切っ先を祭に突きつける。

  対して、祭は呆れたようにやれやれと首を横に振る。

  「はっきりと分かったわ。あなたは私達が知っている『黄蓋公覆』でない!!

  私達の『敵』だって事がっ!!!」

  「・・・ならその敵である儂をどうなさるつもりか?」

  「決まっている!

  これ以上、私達の『黄蓋公覆』の誇りを汚させないため、あなたをここで斬るっ!!!」

 

 

  羽をもがれた応竜と対峙する朱染めの剣士。

  「待て、・・・待ってくれ。その者は・・・がふっ!」

  青龍偃月刀を杖代わりにして、愛紗は胸を押さえながら立ち上がる。

  先の攻撃を受けた際に胸の傷が開きかけ血が滲み出す。

  そこに容赦なく襲いかかってくる傀儡兵。

 

  ザシュッ!!!

 

  「ッ!?!?」

  だが、思春の背後からの一撃に切り捨てられる。

  「油断するな。敵はあれだけではないのだぞ!」

  「あぁ・・・、世話を掛けた・・・」

  「とは言え、あの男の介入で戦況は大きく変わったと言ってもいいだろうが・・・」

  そう言って、思春は朱染めの剣士の後ろ姿を見る。

  「大丈夫、紫苑?」

  小蓮は負傷した紫苑の側で心配する。

  「えぇ、傷は浅いからすぐに止まるわ」

  心配そうに見ている小蓮に自分は大丈夫である事を伝える。

 

  ガッゴォオオオッ!!!

 

  彼女達をよそに再び動き出す応竜と朱染めの剣士。

  先に攻撃を仕掛けて来たのは応竜であった。

  六枚の羽を失ってなおその槍捌きは健在だった。

  対して、朱染めの剣士は二つの剣を駆使する。

  互いに臆せず距離を詰めて競り合う。

  剣士が放つ斬撃を穂の部分で受け止めると、応龍は穂先を滑り込ませるように突きを放つ。

  剣士は上半身を仰け反らせ、突きを紙一重で回避する。

  応龍の攻撃は続く。突きを放った直後、槍を振り上げ、仰け反る剣士に振り下ろす。

  剣士は仰け反った体勢を更に仰け反らせて後方転回、後ろへ下がり距離をとる。

  振り下ろされた槍は地面を叩き、柄の部分が大きくしなる。

  応龍はその反動を利用して上空へ飛び上がる。

  朱染めの剣士の体が青い炎に包まれると、応龍がいる上空へと瞬間的に移動、黒刀にて横凪ぎを放つ。

  応龍が振り下ろした槍と黒刀が衝突して互いに弾かれる。

  朱染めの剣士と応龍は大通りを挟んで家屋の屋根に着地する。

  そして、二人は大通りを挟んだまま屋根の上を駆ける。

  機を伺い、屋根の瓦を蹴り、再び上空で交差する。

  応龍が横水平に振り回した槍を剣士は剣ではなく、足で蹴り払う。

  そして、今度は二本の剣を重ねて斬撃を放った。

  

  ガゴォオオッ!!!

 

  斬撃をまともに喰らった応龍は地面に急落下する。

 

  ドゴォオオオンッ!!!

 

  応龍が地面に墜落した結果、地上の傀儡兵達を巻き込み、更に地は抉れ、轟音と共に砂塵が巻き上がる。

  遅れて朱染めの剣士も地上に着地する。

  その直後、砂塵を切り裂いて応龍が剣士に向かって突進していく。

  剣士も合わせて応龍に向かって駆ける。

  応龍は剣士に突きを放つ。剣士は黒刀で槍の穂を捉えると正面から受け止めず、滑らせるように受け流す。

  応龍の槍の間合い、さらに剣の間合いの内側に入ると、朱染めの剣士は全体重を左足に乗せ、応竜に当て身を放った。

  白銀の鎧は如何な攻撃をも受け付けない。だが、衝撃までは受け止める事は出来ない。

  当て身をまともに喰らった応竜は後方へと吹き飛ばされ、建物の石壁を破壊した。

  崩壊した石壁に近づこうとする朱染めの剣士の前に愛紗が立ち塞がる。

  「待て、待ってくれ!奴を殺さないでくれ!」

  朱染めの剣士は足を止める。

  「奴は・・・星は、私の仲間なんだ!!」

  「・・・・・・関係、ない」

  だが、剣士はそう吐き捨てると愛紗を自分の前から退かす。

  「・・・待て!」

  愛紗は自分の横を過ぎ、応竜へと近づこうとする剣士の右腕をとる。

  そして、剣士は再び足を止める。

  「邪魔、する、と殺す、ぞ」

  「殺してくれても構わない。その代わり彼女を助けてくれ。頼む・・・、お願いだ」

  自分の命を引き換えにしてでも仲間を助けたい。

  そこにいたのは誇り高い武人、関羽雲長ではなく、かけがえのない仲間の身を案じ、懇願する少女だった。

 彼女には仲間を救うための術を知らない。だから、それを知るであろう唯一のものに頼るしかなかった。

  「・・・・・・」

  朱染めの剣士はなにも言わない。少しの沈黙を挟み、今まで見向きもしなかった愛紗の方に顔を向ける。

  「・・・わか、った」

  その言葉に愛紗の曇った顔に希望の光が指し込む。

  「っ、本当か!」

  「・・・時間を、稼げ。一瞬で良い、から、あれの動きを、・・・封じろ」

  剣士の言葉の意図は分からなかった。しかし、愛紗はそれで十分だった。

  「わかっーーー」

  「何を勝手に進めているのだ」

  だが、そこに思春が口を挟み、愛紗の声を遮った。

  何が気に喰わないのか、ひどく不愉快な顔で朱染めの剣士を睨みつける。

  「し、思春殿!こんな時に喧嘩をしている場合では無いかと!」

  思春を思い止まらせようと明命は説得を試みるも、肝心の彼女は聞く耳を持たなかった。

  「勝手に現れ、勝手に戦い、勝手に去り、そして今度は勝手な事を言う貴様は一体何様のつもりだ?」

  そして彼の首筋に鈴音の剣先を押し当てる。その瞬間、それを目の当たりにした者達の間に緊張が走った。

  「思春!?」

  小蓮が声を上げるも思春は動じない。無論、朱染めの剣士も動じない。

  「そんな貴様だ。お前がいた世界の蓮華様にもさぞかし苦労を掛けたのだろうな。

  違うか、北郷一刀・・・!」

  思春の怒りの根底が垣間見える。

  思春自身、朱染めの剣士の剣士について十分に理解しているわけではない。

  だが、彼の身勝手な振る舞いに振り回される自分、否、蓮華の心情を、そして、別の外史の蓮華の心情を思うと我慢せずにはいられなかったのだ。

  「・・・ふっ、ははは・・・」

  そんな思春の内心を知ってか知らずか、自分の首筋に剣先が押し当てられているにも関わず、剣士は掠れた笑いをこぼした。

  「っ、何が可笑しい!?」

  「・・・、同じ、だ」

  「は?」

  剣士は思春の方を見る。

  「向こう、の君と・・・同じこと、をしている・・・からね」

  「な・・・っ!?」

  思いもよらぬ言葉。思春は剣を引き、自分の表情が彼から見えないように首巻きで顔を隠す。

  「・・・全く、こんな時に何を言うのだ貴様は!?」

  怒っているようではあるが、見方によっては照れ隠しのようにも映る。

  そして首巻きで口元を隠したまま明命を横目に見る。

  「幼平」

  「は、はい!」

  「あれの動きを私達で封じる、良いな」

  「・・・はい、分かりました!」

  「ならば!」

  「行きます!」

 

 

  家の中より壊れた壁を押し退け、応龍は再び姿を現す。

 

  チリンーーー

 

  鈴の音が聞こえる。

  応龍の真上より現れた思春が逆手に持った鈴音を振り落とす。

  「ふんっ!!」

  思春が放った斬撃を長槍で受け止めると、応龍は彼女を弾き返す。

  だが、思春は体を捻り、一瞬滞空してから再度仕掛ける。

  「せやぁっ!!」

  同時に明命が低姿勢より間合いを詰め、思春の攻撃に合わせて魂切による横凪ぎを放った。

  二人の同時攻撃。

  応龍は的確に対応し、彼女達の攻撃をいなしていく。

  「はぁあああっ!!!」

  思春は地上に着地すると地面を蹴り、もう一度攻撃を仕掛けるが、またも応龍にいなされてしまう。

  「えぇいっ!!」

  思春の斬撃を受け流した直後、応竜の右横より明命が鎧の隙間を狙って横薙ぎを放つ。

  だが、明命の一撃を応龍に躱される。そんな明命に応龍は槍技を放とうとする。

  「どこを見ている」

 

  ガチィイインッ!!!

 

  その前に思春が応龍の背後に一撃を放つ。

  その白色の鎧に傷はつかなかった。しかし、応龍は体勢を崩して前のめりになる。

  「まだです!はぁあっ!!」

  そこにすかさず明命が応龍の頭部に飛び廻し蹴りを放つ。

  明命の蹴り技をまともに喰らい応龍は吹き飛ぶ。

 

  ガチィイインッ!!!

 

  今度は明命と思春が同時に斬りかかる。

  鎧と剣がぶつかる時に鳴る金属音が二重に重なって響く。

  そして、応竜に反撃の隙を与えまいと間髪入れぬ連続技を重ねていく。

  二人の連携に応龍は翻弄される。

  その体には鉄製の鎖が何本も巻き付けられていた。応竜に攻撃する際、二人が巻き付けていたのだ。

  「今だ!!引けぇ、お前達ぃっ!!!」

  思春の号令に合わせて少し離れた場所から呉の精鋭達が鎖を引っ張る。

  鎖が伸びきった瞬間、鎖は複雑に絡み付き、応竜は拘束され動身動きがとれなくなった。

  当然、応竜は必死に抵抗する。そして、精鋭達も敗けまいと手の皮が剥けようとも力の限り鎖を引いた。

  拮抗する二つの力。

  その合間に朱染めの剣士が入り込むと、応竜に右拳を叩き込んだ。

 

  ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!

 

  一瞬の静寂を切り裂く轟音。

  剣士の右拳から青白色の炎が放たれ、応龍を瞬く間に包み込み、炎は建業の城下を突き抜けていく。

  応竜の肌に密着していた黒い膜状のものが鎧の隙間から溶け落ち、光の中へと消えていく。

  そんな中、応竜の背中に必死にしがみつく一つの影。

  その影こそ応竜、もとい星を操っていた張本人、影篭だった。

  その影から数本の触手が光の外を飛びだし朱染めの剣士に襲いかかる。

  朱染めの剣士は右腕に左手を乗せる。

  「終わり、だ!」

  そして両腕に力が込められた瞬間、炎の威力が加速的に増大する。

  影篭はついに星の体から引き剥がされ、炎の中へと消えていった。

  「「「・・・・・・」」」

  そこに居合わせていた者達は揃って口を開けたまま、声を発する事もできずただ唖然としていた。

  影篭が消滅し、その場に残ったのは裸体の星のみ。彼女に意識はなく、そのまま地面へと倒れる。

  さすがそのままにしておくのは気が引けたのだろう。朱染めの剣士は外套を脱ぐと、星の体に掛ける。

  「・・・星!」「星ちゃん!」

  星の元に駆け寄る愛紗と紫苑。

  「ん・・・」

  「ほっ。良かった、息がある」

  紫苑の言葉に愛紗は安著した。

  「私だけでなく、星も助けてくれるとは・・・お主と北郷殿には助けられてばかりだな。

  一体どう礼をすれば・・・、いない?」

  礼を言おうと、愛紗は彼の姿を探すもどこにも無かった。

  「あれ?今そこにいたはずですが・・・」

  そう言いながら、明命も彼の姿を探す。

  「全く・・・、本当に人の話を聞かん男だ」

  やれやれと呆れる思春、そしてここからよく見える建業の城に目をやる。

  「蓮華様・・・」

 

 

  「がはっ・・・!」

  「姉様!」

  蓮華は雪蓮を支える。

  「・・・ふぅ」

  そんな二人の姿を見て、祭は二人に聞こえるようにわざと大きな溜息を吐いた。

  「失望しましたぞ、御二方。

  二人掛かりだというに、この儂に遅れを取るなど・・・随分とふ抜けてしまったようですな」

  「何、ですって・・・」

  「戦を忘れ、あまつさえ自分の爪を研ぐのも忘れた怠惰!

  その程度で儂等と対等に戦が出来ると思うた浅慮!

  ・・・はッ、片腹痛いにも程があるわ!

  所詮は与えられた役割を演じるだけの道化に過ぎぬということ・・・お?」

  祭が何かに気づく。

  何処からともなく、朱染めの剣士が現れたのだ。

  「あなたは・・・!」

  蓮華は複雑な顔で剣士を見る。

  「おぉ!やっと来たな!

  丁度、小娘どもの児戯に付き合うのも飽きていたのだ。

  お主なら、退屈せずに済むかものう・・・」

  「・・・・・・」

  朱染めの剣士は無言のまま、腰に帯刀した剣に手をかける。

  だが、彼の喉元に雪蓮の南海覇王が突きつけられている。

  「下がりなさい。あれは私の獲物!勝手な横槍を入れるなら承知しないわよ!!」

  雪蓮は横目に剣士を睨み付ける。

  「・・・・・・」

  対して、朱染めの剣士は何も言わない。

  数秒の沈黙のあと、彼は剣から手を離すと数歩後ろへと下がっていく。

  「蓮華、その男が妙な動きをしないよう見張ってなさい」

  「・・・はい」

  雪蓮は蓮華から離れると、再び祭と対峙する。

  「何をしておる。儂はもうお前さんに興味はないんじゃが?」

  飽いた玩具を押し付けられ、些か不機嫌な祭。だが、不機嫌なのは雪蓮も同じだったようだ。

  「黙りなさい。あんたのお喋りはもううんざりなのよ。死人に口無し。

  私の手でもう一度あの世に送り返してあげる!!」

  「まったく。弱い者ほどよく吠える」

  そう言いながら、祭は二本の矢を弓で同時に放つ。

  だが、二本の矢を雪蓮は一振りでまとめて払い落とした。

  「お喋りが過ぎると弱く見えるわよ、祭」

  「ふんっ!言う事だけが達者でなはなぁ!!」

  祭は雪蓮との間合いを一瞬で詰めると雪蓮に肘鉄を叩き込んだ。

  「姉様!!」

  思わず雪蓮の元へ駆けようとする蓮華だったが朱染めの剣士に止められる。

  「俺を、見張って、いるじゃ・・・なかった、か」

  「ぅぐ・・・」

  全くの正論にぐうの音も出ない蓮華。

  「・・・大丈夫さ」

  「え?」

  「彼女なら、大丈夫」

  失語症のような発音障害を患っていたはずの朱染めの剣士。

  だが、この瞬間だけ自然に言葉を発したのは蓮華の空耳だったのか。

  肘鉄を受けた雪蓮だったが、すんでのところで受け止めていた。

  雪蓮の手を払い除けると、祭は後ろへ下がりながら弓を引いて矢を乱射する。

  「そんな小細工!!」

  雪蓮は飛んでくる矢に向かって前進する。

  南海覇王で矢を叩き落とし、臆せず突き進む。

  「はあああああああああっ!!!」

  南海覇王を両手にとり祭に振り下ろした。

 

  ガッコォオッ!!!

  

  だが、その一撃は弓によって受け止められる。

  しかも、その弓にはすでに矢が引かれ、矢の先端が雪蓮の眉間を捉えていた。

  「終わりじゃよ」

  矢の尾を摘まんでいた祭の手が離れる。

  「・・・っ!」

  祭の目が丸くなる。雪蓮に放ったはずの矢が何故か彼女の左手の中にあった。

  矢が顔面を穿つ前に素手で捕らえたのだ。

  あの近距離で為した雪蓮の異常な反射神経に祭はにやりと笑う。

  「それでこそ!」

  祭は懐から苦無状の刃を取り出し、雪蓮の脇腹にその切っ先を放った。

  だが、雪蓮は左手に取った矢の鏃で苦無を握る祭の手を刺した。

  「ちぃっ!」

  反撃が不発に終わり、祭は急ぎ距離をとった。

  手の甲に刺さった矢を抜き、再び矢を放とうとする。

  だが、すでに雪蓮は前に飛び出し、間合いを詰めていた。

  「祭!!はぁあああああああああっ!!!」

  それは虎の咆哮に似た魂の叫び。

  雪蓮は祭に突きを放った。

 

 

  南海覇王は祭の首筋にを捉え、矢は雪蓮の眉間を捉える。

  雪蓮と祭はその状態で膠着する。

  「・・・あなたと戦っていて少し分かったわ」

  「・・・・・・」

  雪蓮は心に思った事を敵の祭に吐露する。

  祭はその声にただ黙って聞く。

  「あなたは私達の知っている祭とは違う。でも、それだけの事。

  やっぱりあなたは『黄蓋公覆』、『祭』よ。

  たった一つの譲れない信念のためならば命を捨てる覚悟を辞さない。それが『黄蓋公覆』、『祭』だって、私ようやく思いだしたわ」

  「・・・・・・」

  祭はなお黙って聞いている。

  「私には正史だの、外史だの、外史喰らいだの、正直よく分からない。けれど、あなたがこの国のために今も戦っている」

  「・・・・・・」

  「その証拠にあなたは街の皆には危害を加えなかった。

  あいつ等にそうさせない様、あなたが抑えていたのでしょう?

  この国を襲って私達にあんな事を言ったのだって、私達に戦う覚悟を確かめるため。

  あなたは私達の敵となることで私達を守ろうとしていた。どう、間違っている?」

  自分の推論を言い終えた雪蓮は祭から南海覇王を下ろす。

  「所詮、儂は人形・・・あ奴の指示に従い、演じるだけの人形じゃ。そんな儂の思いなど意味はなさん。

  人形に心は無いのじゃからな」

  そして、祭も引いていた弓の弦を緩め、矢と弓を下ろす。

  「否定はしないのね」

  「・・・分かっていても、受け入れられない事はあるさ。

  だが、分かっているからこそ何をしたところでこの先の結末は変わない。

  その事実を肴に、儂はここで嘆くほかにないのだ」

  何処か悲しげで、しかし何処か淡い希望を求めている。そんな複雑な表情で淡々と語る。

  「あら、らしくないことを言うのね?」

  「ならば、勝てると思うておるのか?」

  「・・・・・・」

  嫌味を返した途端に返された問いに、雪蓮は眉を潜め黙り込む。その沈黙を祭は解答と解釈した。

  「その沈黙が答えじゃ。分かってるなら、さっさと受け入れ、酒を吞みながら最後を迎えるべきじゃ」

  「・・・そうね、それもいいかも」

  「ね、姉様!?」

  雪蓮の言葉に耳を疑い、蓮華は思わず声を出すが、朱染めの剣士に制止されすぐに口を閉じる。

  「でも、やっぱり無理ね。

  何もしないで殺されるのを待つほど、私はそこまで物分かりが良くないわ。

  だから、最後の最後まで抗うわ。例え滅ぼされるのが私達の運命だとしてもね!」

  雪蓮の覚悟を決めた回答に祭は呆れた様子で溜息をついた。

  「はぁ~・・・、馬鹿じゃ馬鹿じゃと思っておったが、ここまでとは・・・」

  「悪かったわね!・・・けど、あなただってこちら側にいたのよ」

  「じゃな、確かに、ふははっ・・・!」

  「あははははは!」

  そして二人はどっと笑い出す。

  蚊帳の外いた蓮華と朱染めの剣士はただ呆れるしかなかった。

  「まぁ・・・、あの男がそちらにいるのならば・・・」

  祭は朱染めの剣士の方を見ると彼は顔をそむける。その反応を見て祭はまたけらけらと笑う。

  「祭、教えて頂戴。奴は・・・、女渦は何処にいるの?」

  雪蓮は祭に問うと、祭は笑うのを止める。

  「・・・あやつと戦うのですかな?」

  「えぇ、勿論。それとも、さっき言った事・・・もう一度言った方が良いかしら?」

  「いや、それはもう遠慮する。

  ・・・じゃが、少し良い雰囲気になったからと言って勘違いしてはいかんよ、雪蓮殿。

  儂はそちらに寝返るつもりは毛頭ないぞ」

  「え?」

 

 

  『祭さん、聞こえる?』

  祭の頭の中だけに女渦の声が響く。

  『聞こえておる、どうした』

  『うん、悪いけどもう少しだけ時間を稼いでおいて欲しいんだよね』

  『まだ傷が治っておらんのか?』

  『いやぁ、傷の方はもういいんだ。ただ、霊亀の起動に手を焼いていてさ。

  赤い方の一刀君に気付かれたくないから、もうちょっと派手にやってね。影篭を送ったから、上手く使って頂戴』

  『ふぅむ。食糧として、ではないか。あれに包まれるのは正直好かんのだが、まぁ良い。

  わざわざ送ってくれたのだから使わせて貰おうかの』

  『・・・ごめんね、祭さん』

  『なんじゃ?お主がまっとうに謝るなんて、何か変なものでも取り込んだか?

  あれほど拾い食いなどするなと言うたであろう』  

  『あっははははははっはぁああああああ!!!相変わらずの毒舌ぅ!!でも確かに。それは違いない!

  じゃあ、よろしく頼んだよ!!』

 

 

  「・・・先程も言った通り、儂は女渦の人形。あやつの命令に従い、動くだけの存在。

  だから、あやつに行け、と言われれば行く。戦え、と言われれば戦う。それが今の儂の在り方じゃ」

  「祭、一体何を言っているの!?」  

  「寝ぼけるな、孫伯符!!儂は依然として敵であると忘れたか!!

  ・・・ここから先は手加減せん。すでに覚悟は出来たのだろう!ならば、それを証明するため、死ぬ気で儂を倒してみせよ!!」

  宮殿の天上より一つの影が雫のように滴り、祭の頭上に影が落ちていく。

  影は溶け、瞬く間に祭の身体を包み込む。

  「な、何よあれ!?」

  理解が追い付かない雪蓮達。

  影はゴムの様な質感と光沢感を放ち、祭の身体に張り付く。

  その豊満な肉体を強調した傀儡兵の素体が呆然とする雪蓮に右拳を放った。

  放たれた打撃は間に入った蓮華の剣で受け止められる。

  「姉様!!」

  「くっ!!」

  我に返った雪蓮はすかさず祭に反撃する。

  だが、祭は俊敏な動きで蓮華を蹴り飛ばして雪蓮の放った斬撃を躱す。

  「きゃあああっ!!」

  「蓮華!!」

  雪蓮は急ぎ蓮華の元へ駆けつける。

  対して祭は二回、三回と地面を蹴って雪蓮達から距離を取る。

  祭が体勢を立て直すと、周囲に白色の装甲が前触れもなく出現する。

  装甲が次々と祭の身体に結合・装着されていく。

  一方、祭とは別に組み上げられるものが存在する。

  細かい部品が複雑に入り組み、その上から大きな部品がはめ込まれ、瞬く間に巨大な武器が作り上げられる。

  祭だったそれは最後に着物を適当に羽織り、武器を左手に取った。

 

 

  

 

  傀儡兵・霊亀に換装された祭。左手に取ったそれは巨大な弓だった。

  右腰に携えるのは長槍に匹敵する程の巨大な矢を収めた矢筒。

  矢筒から取り出すのは長槍と見間違う巨大な矢。

  霊亀は弓の発射口に矢を装填、一気に弦を弾く。

  弓幹をしならせ、雪蓮達に狙いを定めると躊躇いなく矢を放った。  

  放たれた矢は衝撃波を発生させ、周囲の物質を削り取りながら飛んでいく。

  

  ガゴォオオーーーッ!!!

  

  槍のような矢を片刃の剣で叩き落とす朱染めの剣士。

  剣の刀身からは青白い炎が立ち、剣士は右手に取った南海覇王と合わせて二刀流の構えをとる。

  「・・・これ以上、やらせ、ない!!」

  朱染めの剣士は身を屈めると床を蹴り、霊亀との間合いを詰めて斬りかかる。

  だが、霊亀は矢筒から取り出した槍のような矢で斬撃を防いだ。

  剣士の剣を払い除けると、今度は巨体な弓を振り回す。これだけ大きいのだ、殴るだけでも致命傷になるだろう。

  「・・・っ!」

  剣士は南海覇王でこの振り回し攻撃を受け止めるが、その身体は後方へと吹き飛ばされる。

  霊亀は矢を装填せずに弦を弾く。

  その瞬間、弓幹の内臓された八つの砲身内から光が漏れ、八つの光線が発射された。

  この光線には指向性があり、不思議な軌道を描きながら朱染めの剣士に飛んでいく。

  剣士は光線の軌道を見極めながら、横へ避け、しゃがみ、身を捻って躱していく。

  霊亀は何度も弦を弾き、光線の矢を連続で撃つ。

  指向性を持つが故に、あらゆる方向から光線が剣士に飛んでいく。

  「・・・くッ!」

  光線が剣士の左側の蟀谷辺りを掠めていく。

  眼帯としていた布が切られ、これまで隠されていた剣士の顔がついに露となる。

  「北郷、・・・一刀」

  剣士の顔を見て、蓮華は確信する。

  于吉から事前に話を聞いていたが、朱染めの剣士は北郷一刀その人であった。

  違いがあるとすれば、眼帯でも隠しきれなかった傷痕は左目にも及び、その目は完全に潰れている。

  「なーんだ、やっぱり兄弟じゃない」

  隻眼の北郷一刀を見て、雪蓮は思わずそう呟いた。

  「キリが、ない・・・!」

  剣士は宮殿内を駆け抜けていく。光線から逃げつつ、躱していった。

  宮殿の支柱を駆け登り、剣士が通過した後に光線が次々と刺さる。

  威力を失うと消滅し、そこには穿った後が残るのみだった。

  天井に到達すると剣士は柱を蹴り、体を捻りながら再び霊亀に接近、南海覇王による斬撃を放つ。

  「はぁ、ーーーッ!!!」

  

  ガッゴォオオオッ!!!

 

  朱染めの剣士の全体重を乗せた渾身の一撃。

  対して霊亀はその弓を豪快に振ると、弓に備わる刃で南海覇王の刀身を捉え、同時に弦を引く。

  弓に装填されていた巨大な矢が剣士に放たれる。

  剣士の体が青い炎に包まれた瞬間、その姿を消し、矢は彼の残像のみを貫いた。

  次に朱染めの剣士が姿を現したのは霊亀の右背後。死角であり、防御が薄い部分に片刃の黒刀で斬りかかる。

  だが、それは霊亀も理解しており、矢筒から一本の矢を取ると、そのまま黒刀を受け止める。

  霊亀は巨大な矢を槍代わりにすると朱染めの剣士に槍技を繰り出す。 

  片手のみで操るため攻撃方法は限られるも、霊亀の槍捌きに剣士は絶好の機会を奪われる。

  「くぅ・・・!」

  朱染めの剣士は二本の剣で霊亀の攻撃を凌ぐ。

  「でやぁ!!」

  黒刀で矢の先をいなすと、剣士は霊亀の右手を狙った回し蹴りを放つ。

  蹴りが入り、霊亀は槍として利用していた矢を落としてしまう。

  「・・・・・・!」 

  焦ったのか、霊亀は慌てて弓を横水平に振り回す。

  朱染めの剣士は左から襲ってくる巨大な弓を体を捻らせ飛んで躱す。

  躱して着地するともう一度体を捻って霊亀から距離を取ると同時に南海覇王を下から上へ切り上げる。

  南海覇王から放たれた青白い炎が衝撃を伴って地を走る。

  霊亀は避けるべきところを敢えて立ち向かう。

  接触する瞬間、炎が放つ衝撃に合わせて飛ぶ。衝撃が着物をなびかせ、華麗に舞うと弦を弾き、再度光線を撃った。

  「は、ぁああああああ!!!」

  二本の剣を床に刺し、剣士の周囲に炎の壁を発生させ、霊亀が放った光線を遮る。

  壁が消失すると、剣士は二本の剣を振り、炎の刃を霊亀に放つ。

  霊亀も巨大な弓に矢を装填、弦を引いて矢を撃つ。

  矢は炎の刃を消し飛ばし、朱染めの剣士を狙って飛んでいく。

  

  ガギィイッ!!!

 

  「ぐ、ぐぉ、オオオオオオ・・・ッ!!」

  再び、矢の先端を今度は片刃の黒刀と南海覇王の刀身重ねて受け止める。

  二つの金属が衝突し、火花が散る。

  奥歯を噛み締めて耐える。

  「ぐぅ、だ、ぁあああッ!!!」

  覇気と放った青白い炎を発露させて矢を上に弾いた。

  瞬間、剣士の体が炎に包まれると、上に弾かれた矢の元へ瞬間移動する。

  矢を手に取ると、地上の霊亀に狙いを定めて振りかぶる。

  「はぁあああッ!!!」

  剣士から放出された炎を矢に移し、渾身の投擲をする。

  炎に包まれた矢は燃やし尽くされ、矢があった場所に青白い光が置換される。

  光は加速し、霊亀の体を貫いた。

 

 

  瞬間、少しの間を置いて霊亀の起点に爆発を起こした。

  爆発によって、装着していた白色の鎧と弓が砕け散っていく。 

  そして、爆発の衝撃は宮殿全体にも及んだ。

  「きゃあああっ!!!」

  「こっちよ、蓮華!!」

  衝撃に巻き込まれないよう、負傷した蓮華を守りながら雪蓮は支柱の後ろへと隠れる。

  床の石畳は砕け散り、支柱にヒビが入り耐久性を失ったものは次々と自壊していく。

  雪蓮が隠れていた支柱にヒビが入り、背筋が凍った。

  「くっ、あいつやり過だわ!」 

  扉は破壊され、粉々に砕け散り、破片は衝撃とともに吹き飛ばされていく。

  宮殿の外で戦っていた冥琳達の元にも衝撃の影響が及んだ。

  「はっ、伏せろ!!!」

  急ぎ親衛隊の兵達に指示を出す。

  その直後、青い炎を乗せた衝撃波が彼女達の眼前を駆け抜け、傀儡兵達を瞬く間に飲み込んでいった。

  再び宮殿内に場面を戻す。

  霊亀に起きていた現象。先程の応龍と同様のものだった。

  黒い膜状のものが炎に焼かれ祭の体から溶け落ちていく。

  炎の熱さから逃れんと、一匹の影篭が祭から離れ逃れようとするも、すでに手遅れだった。

  影篭の体は炎に焼き尽くされて間もなくこの世から消滅した。

 

 

  十数秒の爆発と衝撃は収束し、そこに残るのは無防備の状態となった祭。

  朱染めの剣士は南海覇王を両手で握り締めて振り上げる。

  「や、止めてっ―――!!!」

  咄嗟に蓮華が叫んだ瞬間、朱染めの剣士はすでに行動を完了していた。

 

 

  ザシュウウウウウウウッッ!!!

 

  おびただしい鮮血が天に向かって飛び散り、束ねられていた髪がほどける。

  南海覇王は祭の血に濡れ、またそれを握る一刀もまた彼女の血に濡れていく。

  「祭ーーーーーーっ!!!」

  思わず叫んでしまう雪蓮。

  先程まで殺し合っていたはずなのに、にもかかわらず。

  祭を見た瞬間、何か大事なモノを失ってしまう喪失感が彼女を支配する。

  「ぁ・・・、ぁあっ・・・ぁあ」

  祭は死んではいなかった。

  すでに体から血という血が抜け出てしまったはずなのに、それでも彼女は死んでいなかった。

  祭は何かを探すように両手を前に伸ばして前に数歩。

  その先には朱染めの剣士が立っていた。

  全身を彼女の返り血に濡れる、かつて北郷一刀だった男。

  足取りおぼつかずとも、祭は彼の両肩を掴んだ。

  「はぁ・・・、・・・はぁ・・・、・・・はぁ・・・」

  肩で呼吸をするも血が足りないせいで彼女の顔がみるみると青白く変貌していく。

  だが、祭は残った力を振り絞り口を開いた。

  「なぁ・・・頼みが、ある。・・・この儂を・・・黄公覆を、討った男の顔を・・・見せては、くれぬか?」

  それに答える義理は無かった。

  だが、懇願する祭の想いに答え、朱染めの剣士は彼女の目の前に自分の顔を差し出した。

  祭の視界は霞み、それでも顔をしっかりと見ようと両手で顔の輪郭をなぞるように確かめる。

  彼の顔を見る間、苦しいながらも祭は嬉しそうであった。

  朱染めの剣士はそんな祭を無表情で見つめ返す。

  「・・・ぉぉ、ぉおお!これが・・・わしを討ち取った男の顔・・・か。

  あの小儒が・・・何と、良き男に・・・なりおって・・・からに」

  それは成長した子供の姿を見る親のような優しい目。

  「・・・右も左も分からぬ・・・ひよっ子だったくせに、・・・こんなに立派になりおって。

  なぁ・・・北郷よ」

  その時、祭の目から一筋の涙が流れ落ちる。

  「祭・・・さん」

  この時、朱染めの剣士は初めて彼女の真名を呼んだ、二度と言うまいとしていたその名を。

  「・・・・・・」

  残っていた血が出尽くした瞬間、祭から力は失い、朱染めの剣士に体を預ける。

  「あぁ・・・お主で・・・良かった・・・。後は・・・任せるぞ・・・。

  た、のんだぞ・・・、雪蓮、さまと・・・、蓮華・・・、さま・・・を・・・・・・」

  そう言い残し、祭はゆっくりと目を閉じていく。

  祭の体は瞬く間に黒く塗り潰され、足元から消滅していく。

  祭の残滓とも言える黒い粒子が周囲に拡散し、その内の一粒が蓮華の右手に乗る。

  そして、体温で溶ける雪のようにその粒子は消えてしまった。

  それは最初から祭がここに存在しなかった事にしようとしているようであった。

 

 

  ―――なれるかなぁ?

 

  ―――なってみせろ。そして、わしを使いこなしてみせるがいい

 

  ―――俺が・・・祭さんを?

 

  ―――ああ。期待してるぞ。未来の大都督よ

  

 

  ―――国に返す、か・・・

 

  ―――ん?何か言ったか?

 

  ―――ううん、何も。祭さんがそう言うなら、頑張ってみようかな

 

  ―――ほう。頼もしい事を言ってくれるではないか

 

 

  これは、誰かの記憶の断片。

  それは朱染めの剣士が祭を通じて思い出したものか。

  それとも散り際に祭が思い出したものか。

  誰にも分からなかった。

 

 


 
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