「おーっほっほっほ! おーっほっほっほ!」
「な、なんだ!?」
本殿に足を踏み入れた俺達を出迎えたのは、耳障りな高笑い。
その笑い声をもっか全力全開で発している人物は、金髪縦ロールの女の子で、優雅に足を組み装いを凝らした椅子に腰掛けていた。
多分、あれが玉座ってやつだろう。そして、それに腰掛けている人物ということは……。
「袁紹さま、任務報告のため顔良・文醜の両名、ただいま帰か――」
俺の見立て通り、金髪縦ロールが“河北の雄”と謳われた袁本初その人らしい。
俺の知っている三国志の袁紹とのイメージと、目の前の金髪縦ロールが、あまりにもかけ離れていることに俺が驚いている間、
斗詩が一歩前に進み出て、警邏の報告しようとしたが、
「ああ、そんな堅苦しい前置きはいいから、さっさと要点をおっしゃい」
ばっさり切り捨てられた。
「顔良さん、あなた賊どもの住処を発見したそうですわね? お手柄ですわぁ。
これで、私の領地を荒らす害虫どもを一斉駆除できますわね」
「あ、ありがとうございます。賊の拠点については、後ほど図面を用いまして詳しく報告させていただきます」
俺を連行するときに、あの三人組の後を部下の何人かに追わせていたようだが、うまくいったんだな。
「それと袁紹さま。こちらの方が、書簡でも少し説明しておいた北郷一刀さんです。
彼を私達の元で保護したいんですけども……」
斗詩が俺の方に振り向く。
いよいよか……。こんな、かしこまった場に出たことないから、緊張するなぁ。
(え~っと、“本日は謁見の場を設けて頂き――”)
事前に考えておいた台詞に抜かりが無いかを確認し、俺は口を開いた。
「本日は謁け――」
「誰ですの? そこの下男は?」
「「え゛?」」
袁紹さんの言い放った一言に、俺達三人は同時にフリーズする。
あ、あれ? ひょっとして、俺のことちゃんと伝わってなかった?
「あ、あのぉ~? 袁紹さま、私が出した書簡、ちゃんと読んでくれましたか?」
「馬鹿にしてますの!? ちゃんと“賊の拠点を発見”と書かれているのをわたくし、読みましたわよっ!」
「その続きは?」
斗詩が恐る恐る尋ねる。
「続きぃ? そんなの書いてありましたかしら?」
「はぁ……。書いてましたよぉ。頼むから、都合の良い報告だけ抜粋して読む癖やめてくださいってば」
それはまたずいぶんと器用な癖ですね。
なるほど、それで俺の事を知らなかったのか。……けど、下男って。
「文ちゃん、ちょっと姫に説明してあげて」
「あいよ」
賊の三人組に襲われている俺を助け、俺が未来から人間だということを猪々子が説明する。
最初こそは真面目に聞いていた袁紹さんだったが、未来人の件の辺りから、微妙に表情が変わってきた。
「―って、わけなんですよ。分かりましたか、姫?」
「……はぁ~」
猪々子の説明を一通り聞いた袁紹さんは、深く長い溜息を吐き、
「文醜さぁん、ちょっと、こっちにいらっしゃ~い」
猪々子を手招きした。
「はぁ……、なんスか?」
手招きされた猪々子が、袁紹さんに顔を近づけたその瞬間、
「ひゃあ!?」
袁紹さんは猪々子の両頬をムンズと掴むと、横に思いっ切りひっぱり始めた。
「火急の用件があるからと言うから、無理やり予定をずらして、謁見の席を設けたというのに……、なぁにぃが、“未来から来た人間”ですぅってぇ!?
いい年して! そんな阿保なことを言うのは、この口!? この口ですのっ!?」
「い、いひゃい! いひゃいれす、うぇんしょうしゃまーー!!」
猪々子の頬が上へ下へと、あらゆる方向に引っ張られている様を、俺は呆然と見つめていた。
「あ~やっぱり、こうなっちゃったかぁ……」
「な、なぁ斗詩」
眉間に皺を寄せ、小さく頭を振る斗詩の服の袖を引く。
「どうしました、一刀さん?」
「あ、“あれ”が袁紹さんなの?」
「はい。“あれ”が私達の主、袁本初さまです」
あ、あれが……。猪々子と斗詩の言っていた“スゴイ”の意味が、だんだんと分かってきたぞ。
こりゃ、“スゴイ”としか表現の仕様がないわ。
“そういうことなら、こんなに身構えなくても大丈夫かな?”とか言ってた、数分前の自分を殺してやりたいです。
話しかけるの、めちゃめっちゃ怖ぇぇ! どうする? どうすんの俺!? 今から菓子折りか何か、買いに行った方がよくないか!?
「うぅ~う、酷い目に遭ったぁ」
袁紹さんのいともたやすく行われるえげつない行為から解放してもらった猪々子が、赤みが増した頬をさすりながら、こっちに戻ってきた。
「まったく! つまらないことに時間を割かれてしまいましたわ。
猪々子は罰として、今日中に今回の警邏の報告書をまとめること。いいですわね?」
袁紹さんはそう言いつけると、玉座から立ち上がった。
「えぇ!? 今日中って、もう日が傾きかけてますよ!?」
猪々子は抗議するが、
「今日中に い・い・で・す・わ・ね?」
「……はい」
袁紹さんの艶然とした微笑みが、それをさせなかった。
「じゃあ、わたくしは部屋に戻りますわ」
え、これで謁見終了? 俺、何も話してないよ。
「ちょ、ちょっと待ってください! 袁紹さま!!」
部屋に戻ろうとする袁紹さんを斗詩が呼び止めた。
「斗詩さぁん、まさかあなたも、この下男が未来から来た人間とか言い出しますの?」
「そうじゃなくてですね。えっと、麗羽さまは最近市井で噂になっている、管輅の占いをご存知ですか?」
“レイハ”って、袁紹さんの真名か?
(“レイハ”は禁句っと……同じ轍を踏むほど、アホじゃないぞ俺は)
「管輅ぉ~? あの、大陸一(笑)とかうそぶいている占い師の管輅のことかしら?
確か……、“天より飛来する流星は天の御遣いを乗せ、乱世を鎮める”とかどうとか」
“天の御使い”とはまた、なんともぶっ飛んだのが出てきたな。
こんな時代だから、そんな不確かなものにすがりたくもなるんだろうが……。
しかし、そんな嘘臭いものを今持ち出して、斗詩のやつどうするつもりだ?
俺は斗詩が放つ次の一手を期待半分、不安半分で見守る。
「そうです。その占いです。実は――、
一刀さんが、その天の御遣いなんですっ!!」
なるほどぉ、俺が天の――、って、え? 今なんとおっしゃいましたか。
俺が天の御遣いって? 冗談を言う時はTPOをわきまえないと、場の空気を凍らせるだけだけなんだぞ、斗詩?
だいたい、そんな突拍子も無いこと言い出したら、斗詩も袁紹さんにつねられるんじゃ……?
「な、なぁんですってぇーーー!?」
ウソやん……。
ちょ、信じちゃったよこの人。未来人はアウトで天の御遣いはセーフって、どういう基準なんだよ?
「ちょっと、そこのあなた! 今、斗詩が言ったことは本当ですの!?」
「え!? あ、いや、あの、そのぉ」
袁紹さんに問いただされたが、どう答えたものかと俺が焦っていると、
「……」パチパチ
斗詩がウインクで俺に目配せしている。
(話を合わせろってことか)
「あ、はい。本当です。私が天の御遣いです」
我ながら胡散臭せぇ~。天の御遣いとか、怪しい新興宗教の教祖が自称しそうな肩書きじゃん。
「ふ~ん? で、天の国というのは、どこにありますの?」
「えっと……それは、ここから南東に向かって海を渡――痛だぁぁっ!!」
日本の場所を言いかけた瞬間、足の甲に鋭い痛みが走り、俺はもんどりをうった。
「何を身悶えているの、あなたは?」
「麗羽さま、あれは彼の持病のようなものですから、気に無なさらないでください」
「あら、そうなの? なら、さっさとおっしゃい」
俺は見た。俺の足の甲を高速で踏み抜く斗詩の足を……。
(うぅ……もっと、それっぽいこと言えということですかぁ?)
「わ、私は、この星から遥か彼方にある、M78星雲からこの地上に降り立ちました」
足の甲の痛みに耐え、目尻に涙を浮かべながら、光の巨人の出身地を答えておいた。
「えむななじゅうはちせいうん? それはどこにありますの?」
どこにあるんでしょうねぇ? 俺も良く知らないです。
「え~っと、あっちらへんですかね?」
適当に天井を指差しておいた。さすがに、これは無理があったか?
「なるほど、よっく分かりましたわ」
……なんだろ。こんな咄嗟に出た嘘をあっさり信じてもらったからか、良心が痛むわ。
「ちょっとあなた、こちらに来なさいな」
袁紹さんに手招きされたが、俺も頬をつねられるのかと思い、行くかどうか躊躇していると、斗詩が“いいから早く、行けっ!”と、目で訴えている。
一見、優しそうだけど、斗詩って案外怖い……。
ビクつきながら袁紹さんに近づく。すると彼女は、何をするわけでもなく、ただ俺を見ているだけだった。
いや、凝視すると言ったほうが良い。頭のてっぺんからつま先まで、まとわり付くような視線を感じる。
(まるで、値踏みでもしてるみたいな見つめ方だな。……それにしても、袁紹さんって)
ものすっごい美人。
遠目でも分かってはいたが、こうやって間近でみると顔のパーツ一つ一つが整っていて、アンティークドールみたいだ。
しかもプロポーションは、あの斗詩を上回る破壊的なモノをお持ちでいらっしゃる。
こんな美人に見つめられる経験なんて、今まであるわけもなく、なんだか落ち着かないな。
「ふむ、まぁギリギリ及第点をあげてもいいでしょう」
「は?」
居心地の悪い沈黙を突き破ったのは、袁紹さんの一言だった。
及第点。つまり合格ということだが……。
俺は、袁紹さんが言わんとすることが理解できないでいた。
「及第点ということは、私はこれからどうなるんでしょうか?」
「鈍い人ですわねぇ。我が袁家があなたを保護してあげようと言っているのよ」
え、マジで? 俺、何もしてないけどいいの?
「あのぉ、どういう内訳で、及第点をもらえたんでしょうかね?」
いきなり保護してもらえると言われても、寝覚めが悪いので詳しく知っておきたかった。
「そうですわね。あなた単体なら落第点間違い無しですけども――」
評価の解説の初っ端から飛び出した、情けない容赦ない言葉の刃が胸に突き刺さる。
まさかの、俺という人間の全否定。だったら、どうやって及第点もらえたんだ?
袁紹さんは、言葉の暴力で俺が早くもたたらを踏んでいるのを気にも止めず、解説を続ける。
「その珍妙な服との合わせ技で、どうにか及第点というところですわね」
珍妙な服って……。
「この服のことですか? そんなに変かな?」
猪々子達にも言われたけど、俺からすれば彼女達の服装が珍妙なわけだが。
「そんな服、初めて見ましたわ。生地は一体何を使っているのかしら? 絹とは違うようですけど」
(……気になるファッションについて、身を乗り出して聞いてくる辺りは、現代の女の子とあまり変わらない気がする)
袁紹さんの女の子らしい一面を垣間見て、少し親近感が湧いた気がした。
「これは、ポリエステルという繊維を使って織った服です」
「ぽ~りえすて~る? 初めて聞く名前ですわね」
「絹と似てるんですけど、作り方が絹とはだいぶ違うんですよ」
「ふ~ん?」
よく分からないって顔しているな。俺も石油から作るぐらいしか、知らないしなぁ。
だが、そのよく分からないポリエステル製の制服のおかげで俺は助かるらしい。
ありがとう! 服職人達っ! ……あ、この制服のタグに“Maid in Chaina”って付いてるの見たことあるな。
……なんとも皮肉な。
「ついでに具体的な点数も、言ってあげましょうか?」
「……言わなくていいです。お願いだから、言わないでください」
「あら、残念」
袁紹さんは残念がっているが、どこの世界に制服の心象が、自分よりもどの程度優れていたかを詳しく知りたい人間がいるんだ。
「まぁ、とにかく。我が袁家のような名門に保護されることを光栄に思いなさい。孫の代までなら語り継いでもよろしくてよ?」
「そ、それはどうも……」
元の世界に戻れたとしても、誰も信じないだろうなぁ。三国志の袁紹に保護してもらったなんて言っても。
「そういえば、まだあなたの名前を聞いてませんでしたわね?」
「麗羽さま、そこはまず自分から名乗るのが礼儀なのでは?」
斗詩が横から口を挟むが、
「だまらっしゃい! 面倒を見てあげるのだから、むこうから名乗るのが礼儀でしょうが」
袁紹さんに一喝されてしまった。
「いいよ斗詩。袁紹さんの言うとおり、この場は俺から名乗るのが礼儀だよ」
斗詩にそう答えた瞬間、
「くぉーーらぁっ!! わたくしの部下の真名を、なに勝手に呼んでくれていますの!?」
袁紹さんのすさまじい怒号が、俺に向かって飛び、鼓膜が震える。
「ひぃ!?」
俺が“斗詩”と真名を呼んだことに対して、酷く激昂している。
(袁紹さん本人の真名を読んだわけじゃないのに……。これもアウトなの?)
「猪々子、この無礼者の首を刎ねなさいっ!」
もうやだこの国……。
Tweet |
|
|
31
|
0
|
追加するフォルダを選択
第8話の前篇です。
ついにメインヒロインがキタ―――(゜∀゜)―――!!!
脳内BGMはモチロンあの曲で。
続きを表示