No.198120

剣帝✝夢想 第二十一話

こんにちは、へたれ雷電です。ようやく終わりにさしかかってきました。本編はもう残り五話もないでしょう。これが終わればヨシュア編を終わらせる予定です。

2011-01-27 16:22:53 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:3602   閲覧ユーザー数:3315

第二奇襲部隊として、先発の呉の軍の後ろで息を潜める蜀の軍は緊張に包まれていた。この奇襲、失敗すれば魏の混乱を招くどころか、士気を上げさせ足並みをそろえさせるきっかけとなってしまうかもしれない。そう考えると、手に持った得物を握る手に思わず力が入る。緊張している自分を自覚しながら愛紗は隣で涼しい顔をしている華苑に視線を向けた。

 

 

「…?どうした愛紗?」

 

 

愛紗の視線に気づいたのか、華苑が訝しげな顔で問いかけてくる。

 

 

「いや、華苑は緊張していないのか、と思ってな。随分と冷静な顔をしているようだからな」

 

 

「緊張か…していないと言えば嘘になる。だが、私にできるのは蜀の民の笑顔を、そして兵たちを一人でも守るためにこの戦斧を全力で振るうことのみだ。私は頭のいい方ではないからな。難しいことはすべて朱里や雛里に任せたほうがうまくいく、そう思っているだけだ」

 

 

薄く笑みを浮かべてそう言い放つ華苑を見て、愛紗は、初めて会ったときと比べ、随分と変わったものだ、と心の中で呟く。初めて会ったときは敵同士。直接刃をかわしたわけではなかったが、第一印象はただの猪武将というものだった。それが今では、あのときの荒々しいまでの力強さはそのままに、自分を律するということを覚え、そして愛紗でもそう簡単には勝てないほどの腕前にまで成長していた。大きな転換点はレーヴェとの戦いでの敗北だったのだろうか。あの一戦が彼女をここまで変えた、強くした。そこに愛紗は少しばかりの羨望を感じながらも、後方に控える、第二襲撃部隊の方へと視線を向けた。その中には周りの小型船よりも少しばかり大きい船の姿が確認でき、その両舷には、見慣れぬ、大きな箱のようなものが積まれていた。

 

 

「ところで雛里よ。あの蒲公英の船に積まれている箱はなんなのだ?主は『ヤマアラシ』などと言っていたが…。それに蒲公英はあれがなんなのか知っていたようだが…」

 

 

同じく、愛紗たちとともに後方を見ていた星が雛里に問いかけた。

 

 

「あれは兵器開発研究部が考案した新兵器です。詳しい内容は教えられませんが、蒲公英さんの船から赤い発煙弾が放たれたら即座に後退してください。巻き添えを食らってしまったら大変ですから。このことは呉の人たちにも通達していますからそこは安心してください。それと、蒲公英さんが知っているのはよくあの部署に出入りしているからで、彼女を特別扱いしているわけではないので…その…」

 

 

「ああ、そんなことは言わなくても分かっている。おおかた、研究部の兵士たちに焔耶を効率よく罠にはめるためのものでも考案してもらっていたのだろう。そのついでに兵士たちから新兵器の話を聞いたのだろう?」

星が悪戯っぽい笑みを浮かべ、雛里に確認を取るが、雛里はそれが当たっているのか、少しひきつった笑いを浮かべた。

 

 

「そろそろ時間になるだろう。各自持ち場に移ろう。雛里、奇襲の合図はよろしく頼むぞ」

 

 

そんな感じで会話をしていると、愛紗が場の雰囲気が僅かに動いたのを感じ、声をかける。同じくそれを感じていた星と華苑は頷くとそれぞれが持ち場である船へと戻っていく。そして、各自がはっきりとわかる合図が出るまで曹魏の軍勢を見据えていた。

 

そして…東南の風が…吹いた。

 

 

「関羽将軍!曹魏の軍より火の手が上がりました!風向きの影響もあり、次々と火が移っています!」

 

 

愛紗が火の手が上がるのを確認すると同時に、双眼鏡を使って様子を窺っていた兵士から報告を受ける。愛紗はそれを見ながら短く返事をすると、まずは呉の軍が奇襲をかけるために動くのを見送る。そして、それにそう間をおかずに、雛里の乗っている船から赤の発煙弾が二発打ち上げられた。

 

 

「合図か。よし、これより我々は魏軍に対して奇襲をかける!全軍、進めぇぇぇぇっ!!」

 

 

愛紗の号令とともに、船団がゆっくりと動き始め、徐々に速度を増し、最後には全速力で混乱している魏軍へと突っ込んでいく。そしてボウガンや弓、そしてときには接近戦にまでもちこんだ敵の船で敵兵を切り倒していく。そのとき、ふと視線を向けた先で、愛紗は一つの光景を見た。見てしまった。

 

 

それは、大声で、孫策や周瑜たちとの再会を喜び合っているのであろう黄蓋に向かい、弓を向ける一人の兵士の姿だった。レーヴェとの訓練で鍛え上げられた直感で悟る。あの矢が放たれれば間違いなく当たる。そして黄蓋の命を奪うと。そして、黄蓋も、孫策も、それこそ愛紗以外の誰もその危険に気づいていなかった。

 

 

「黄蓋殿~~っ!?後ろだ!!狙われている!!」

 

 

だからこそ叫んだ。力の限り。しかし、それよりも早く、矢は放たれていた。放たれてしまった。

「祭~~っ!!」

 

 

孫策は周瑜を連れて、いち早く黄蓋の救出へ向かっていた。そして、敵に向かって弓を射っている黄蓋を認めると、大きく声を上げる。それに気づいた黄蓋は、周りからある程度敵を一掃し、ひとまずの安全を確保すると振り返り、応えた。

 

 

「策殿!うまくいきましたぞ!」

 

 

「黄蓋殿、大役お疲れ様です」

 

 

ある程度の距離まで近づいたところで周瑜が声をかける。それをきくと、黄蓋はからからと笑った。

 

 

「なに、久しぶりの身体の芯から熱くなるような作戦じゃ。それに、色々と言いたいことも言えたしの」

 

 

「なに、それはお互い様でしょう」

 

 

「確かにな」

 

 

そう言いあい、三人は笑いあう。もちろん、その間にも警戒は怠っていなかった。そのはずだった。しかし、魏の夏候惇がその目を奪われたように、見えない悪意、いや、一般兵の功名心というものはときとして残酷なまでに、格上の相手に対して牙をむく。

 

 

「黄蓋殿~~っ!?後ろだ!!狙われている!!」

 

 

そして関羽の切羽詰まった声が聞こえた。訝しげに振り向き、そしてその先で見た。本来なら、一般兵程度の腕では届かないであろう距離から弓を放ったあとのままの姿で立っている一般兵だった。そしてその矢はまっすぐにこちらへ飛んできている。だが、反応できない。飛んでくる矢が黄蓋の目にはやけにゆっくりに見えていた。そして黄蓋は目を閉じた。背後では孫策と周瑜が何か言おうとして、何もいえていないのが分かる。

 

 

(すまぬ…)

 

 

黄蓋は弓が自分の身体に刺さる瞬間を覚悟した。だが、近くを何かが通るような感触のあと金属同士がぶつかるような甲高い音がする。そして誰かが自分の前に背を向けて立つ気配。恐る恐る目を開けてみると、そこにはやや小柄な黒髪の少年が、短刀よりももう少し細く短い刃物を両手の指に四本ずつくらい挟み立っていた。おそらく、その手に持った短刀で矢を撃ち落としたのだろう。

 

 

「危ない所でしたね、黄蓋将軍」

 

 

少年は口元まで引き上げられた布によるややくぐもった声で口を開いた。

 

 

「お主は…?」

 

 

「僕…私はレオンハルト様直属の隠密部隊で隊長を務めさせていただいている影といいます。レオンハルト様の命により、黄蓋将軍がここに偽りの投降をしてからずっと護衛をしていました」

 

 

「儂を…じゃと!?気配すら感じんかったぞ!?」

 

 

「気づかれない、それが私の仕事ですので。黄蓋将軍たちは今すぐここから一度お退きください。もう少しすれば、空から無数の刃が降り注ぎます。それでは私は自軍に戻りますので」

 

 

影はそう言うと走り出し、船から飛び出ると、虚空に身を躍らせる。そして腕から何かを射出すると別の船にその先を引っかけ、そして引き寄せ飛び移る。それを幾度か繰り返すと、愛紗の船へと降り立った。

「関羽将軍、ただ今戻りました」

 

 

「おお、影か。よくやった。それに言っているだろう、愛紗と呼んでもいいと。お前の働きは誰もが認めているのだから」

 

 

「…了解しました、愛紗殿。それより、そろそろ合図があると思うので後退の準備を」

 

 

影がそういうのと同時に白の発煙弾が二発打ち上げられた。それが意味するところは一時後退。おそらく、新兵器というものが使用されるということだろう。それを確認すると愛紗は指示を出し、急いで後退を始める。すると、前進する蒲公英たち第二奇襲部隊とすれ違った。

 

 

 

「…合図が出たね。よーし、みんな前進するよ!『ヤマアラシ』の安全装置は解除していつでも発射できるようにしといてね。それじゃ前進!」

 

 

蒲公英の合図で若干大きい船がゆっくりと動き出す。それに合わせて桔梗や紫苑たちの船も動きだす。そして、愛紗たちとすれ違うと前進を止め、蒲公英の指揮する部隊の船だけが魏軍に対して船の腹を見せるという無防備な姿をさらけ出した。しかし、その船には、見慣れない大きな箱が幾つも斜めに上を向くように乗せられていた。

 

それを見た魏軍の兵士たちはそれを嘲笑いながらも好機だというように態勢を整えようとした。更なる地獄が待っているということを知らずに。もし、曹操の下に『ヤマアラシ』の情報の少しでもあれば、軍師が気付き、後退を進言しただろう。しかし、その情報はなかった。だから、なにかあるとは知りながら、魏の軍師たちはまずは態勢を整えることに力を注いだのだった。

 

 

「『ヤマアラシ』発射準備用意!」

 

 

「…準備完了しました!」

 

 

蒲公英の声に部下が応える。それを確認すると、その胸に大きく息を吸い、大声で命令を発した。

 

 

「『ヤマアラシ』発射!」

 

 

それと同時に、部下たちが一斉に箱についていた蓋を外し、箱の横についていた棒を引っ張った。すると、破裂音が幾つも響き、辺りに異様な匂いと煙が充満する。それと同時に風切り音がし、なにかが無数に魏の艦隊へと放たれた。

「今のうちに態勢を整えるんだ!動けるやつは艪を握れ!まずは陣形を整えるんだ!」

 

 

魏の武官の一人が声を張り上げ、部下を、同僚を叱咤する。なぜ、敵が退いたのかは知らないが、これは好機だ。そう思っていた。そんなとき、何かの破裂音が聞こえた。そして、何事か、とそちらを見たとき、その武官の体中に柄のついていない、刀身だけの剣が突き刺さっていた。そして、周りの兵士たちにも。運よく助かった兵士たちは、まるで『ヤマアラシ』のように剣だらけになった仲間を見て顔を青ざめ、そして、我先にと水の中へ飛び込んでいた。そしてその間にも剣の雨は降り注ぎ、最前線にいた敵兵たちを串刺しにしていく。そして、剣の雨が降り止むと、今度は火の雨が降り注いだ。

 

 

 

「華琳様!?」

 

 

「何事だ!」

 

 

先手を取られた。それも致命的な先手を。黄蓋という獅子身中の虫を抱きながらも、全てをたたきつぶそうと言ったその矢先に。曹操はそう感じていた。そして、その中でもなんとかして態勢を整えなければ、と。そう思っていた矢先に荀彧が青ざめた顔で報告をしに来た。

 

 

「蜀の新兵器と思われる兵器により、最前線にいた部隊がほぼ全滅しました!春蘭たちは無事のようですが、これ以上の戦闘は不可能です!」

 

 

「どういうこと!?」

 

 

「はっ!報告によれば、敵のほうから破裂音がしたと思えば、空から無数の剣が降りそそぎ、兵たちを串刺しにしていき、それを見た兵士たちは我先にと水の中へと飛び込んだようで…。その混乱をついて、敵の弓矢部隊と、似た装備の部隊により、無事だった船にも火がつけられ、更に混乱を!敵の本隊も動きを見せているようです。華琳様!撤退を!」

 

 

荀彧の言葉に曹操は悔しげに顔を歪ませる。蜀の新兵器、それを聞いて頭に浮かんだのはあの男。自身も高く買い、武でいえばそれこそ誰も勝てぬだろうと思い、目の前で一度は正体不明の男に敗北した男。どうやって、というのは今考えても仕方がない。彼が、そんな兵器の作製を可能とする術を知っていたのだろう。(実際は一人の兵士が考案したものだが)そして曹操は手を固く握りしめると、絞り出すように声を出す。

 

 

「撤退する。全軍に撤退命令を出せ!」

 

 

「御意!」

 

 

荀彧が駆け去っていくのを見ながら、曹操は敵本隊、レーヴェがいるであろう場所をじっと睨みつけていた。

「…曹操が逃げていくな」

 

 

「ああ。思ったよりも早く、そして敵の被害も大きくすることができた。そこはお前たちの新兵器のおかげだな。あんなものを使われたらと思うと…ぞっとする。あれはお前の発案か?」

 

 

敵が串刺しになっているのを直接見たのだろう、周瑜が一瞬だけ身を震わせ、レーヴェへと問いかけてくる。

 

 

「いや、考えたのは部下の一人だ。オレはそれを実用できるように助言してやったにすぎん。さてこのあとはどうする?少しでも敵兵を脱落させるために、動ける中から追撃部隊は出すとして、他はこのまま追撃というわけにはいかないだろう?」

 

 

「ああ。今回、予想以上に兵を減らすことができ、かつ我々の損害も少なく抑えられた。逆に、向こうは再び立ち上がれるようになるまで二月以上は確実だ。そして追撃でも少しは時間を稼げるだろうな」

 

 

周瑜は現在の状況を冷静に評価する。そしてその後を孫策が続けた。

 

 

「私たちは一週間で態勢を整えて、曹操を追撃する。レオンハルトたちはどうする?」

 

 

「オレたちも国境の城に戻り、一週間で態勢を整えよう」

 

 

「そうですね。じゃあ、一週間後にまた会いましょう」

 

 

そして桃香は孫策に向かって手を差し出した。それを見た孫策は顔を緩めるとしっかりと握る。

 

 

「雪連よ。あなたとレオンハルトになら、託してもいいわ」

 

 

「私は桃香です」

 

 

「…親しいものはレーヴェと呼んでいる。好きに呼ぶといい」

 

 

「それじゃ、桃香、レーヴェ一週間後、また会いましょう」

 

 

「はい!」

 

 

そうして蜀と呉は一度別れ、追撃を完全なものとするために国へと戻る。次の戦、それこそが最後の、本当に最後の戦になるだろうという確信を抱きながら。

 


 
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