逃げようと立ち上がった一刀だが、寝台に眠る春蘭をそのままにしてもいいものかと躊躇する。
だが、春蘭の側に居続ける事は出来ない。
それに春蘭の側に居続けるという事は、自分が『この外史の一刀』を演じなければならないという事。
それは出来ない。
今の自分が出来る事はここまでだ。
そう思い、眠った春蘭を背に立ち去ろうとした一刀のスーツの裾が掴まれる。
慌てて振り返った一刀の目に映るのは、一刀のスーツの裾を掴む春蘭の細い手。
意識があるような気配は無い。
だが、確かにその手はしっかりと裾を掴んでいた。
手を振り払わなければならない、この場から逃げ出さなければならない。
そう思う一刀が春蘭の手を掴むと、ひんやりとした感触が一刀の手に伝わる。
途端、一刀の頬を涙が伝った。
「・・・あ・・・れ・・・?」
感情が制御できない。
涙がどんどん溢れて来る。
どうしようもない程の悲しみが一刀の胸を襲う。
さっきも感じた異常。
突然沸き起こった猛烈な性欲と同じく、猛烈に悲しさが湧き上がってくる。
『まるで二人分の感情があるみたいな感覚』
────なんだ?
涙を拭いながらも、胸の痛みとは逆に頭の中は冷めていく。
『この外史の一刀』の想いが自分の中に入ってきた瞬間、"戻った"と思った。
まるで"失われた部分が戻ってきた"ような感覚。
ザワリとする違和感と、にわかに始まった頭痛。
ドクン、ドクン、と頭の中で音がする。
(この感覚を・・・知っている?)
違和感から辿った真実。
そして・・・一刀の脳裏に突如浮かんだ、『思い出してはならない記憶』
オレは・・・俺は・・・六年前に・・・この外史に来ている・・・。
違う。
『失われた外史』だ。
<<封印の綻びを確認・自動修復まで20秒>>
それに気付いた瞬間、声が聞こえた。
合成音のような声。
突如、一刀の脳裏にフラッシュバックのように様々な場面が映し出された。
『高校一年の春』
『────との出会い』
『突如現れた占い師を名乗る女』
『二つに割れた鏡』
『戻すために送られた外史』
『凪との出会い』
『凪との逢瀬』
『雪蓮と冥琳との出会い』
『混乱する外史』
『華琳との出会い』
『混迷を深める外史で確かめ合った凪との愛』
『暴走する────』
『崩れ行く外史』
『失われる仲間』
『失われた外史』
全ての元凶は────
元凶は────
「あっははははははははははははははははははははははははははははははははははは
はははははははははははははははははははははははははははははははははははははは
はははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!!!!!!!!!」
────の笑い声が燃える玉座の間に響き、勝利を信じきったその顔が歪む。
すでに凪と二人だけになった俺は、雪蓮から受け取った『南海覇王』をもう一度強く握る。
二人ともボロボロで息も絶え絶えだが、目の前の"敵"を絶対に倒さなければならない。
散って逝った皆のためにも、愛してくれた皆のためにも。
「ダメだよ!!!ダメだよ!!!ご主人様は私のものだよ!!!きゃっはははははははは!!!!」
狂気に満ちた笑い。
────もかなりの力を使い、すでに札は尽きている。
しかし、その目に宿る狂気は衰える所か、ここに来てさらにその純度を増しているような
気配すらあった。
唐突に、笑う────の姿が消える。
次に現れたのは凪の目の前。
焦る俺を嘲笑うように、────は動けない凪の目の前に現れた。
そしてその手に持たれているのは・・・『靖王伝家』
急いで手を伸ばしたが、その刃が俺の腕を貫いてなお、凪の胸に吸い込まれるように突き刺さった。
凪の唇から血が溢れる。
「うああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
絶叫する俺の目の前には────の顔が・・・"満面の明るい笑顔"を浮かべる────の顔が。
「きゃっっっっっっっはははははははははははははは!!!!!!!!!!!!!!これで、これで
ようやく二人だけだねッ!!!!!ご主人様!!!!!あははははははははははははははははは
はははははははははははははははははははははははははははははははははははははは
はははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!!!!!」
────に向かって、ありったけの力を込めて『南海覇王』を突き立てようとする。
ありったけの憎しみを込めた視線に対しても、────の笑みは止まらない。
むしろ、そうされる事が途轍もなく嬉しそうだった。
「殺してやる!!!殺してやるぞ!!!」
「仲達!!!!!!!!!!!!」
<<封印の綻びを修復しました>>
また合成音のようなものが聞こえた。
さっきまでの頭痛はもう無い。
だが、一刀は動けない。
「今・・・見たのは・・・なんだ・・・?オレは・・・?」
理解出来ない。
よろめいた一刀が春蘭の眠る寝台に手を着いた時、春蘭がかすかに目を開けた。
「か・・・ず・・・と・・・?」
掠れた弱い声。その声に、ギクリとする。
まだ意識は覚醒しきっていないようだが、ここで考えている場合じゃないと慌てて立ち去ろうとした
一刀の腕が掴まれる。
振りほどこうとすれば、それは容易く振りほどける筈の力で掴まれた腕。
「ま・・・て・・・くれ・・・」
春蘭の残された瞳から、涙が溢れる。
そしてその声は・・・懇願するような・・・声。
縋り付く春蘭の手を、一刀は振りほどけなかった。
「・・・・・・」
何かを言わなければと思うが、言葉が出ない。
「も・・・ど・・・て・・・きて・・・く・・・れた・・・の・・・か・・・」
答えに詰まる。
違うと言えばいいのか、そうだと言えばいいのか。
「オレは・・・」
一刀の唇が動いた瞬間────
「一刀!!!!」
天幕に飛び込んだ金髪の少女。
一刀の目が見開かれるのに会わせ、その少女の瞳も見開かれる。
華琳が、そこにいた。
お送りしました第45話。
長引く風邪。
うう・・・。
コメ返しはまた後で・・・。
では。また。
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立ち去ろうとした一刀のスーツの裾が掴まれる。
その手を一刀は────