「……で?貴方は汜水に残るっていうのね?」
「ああ。”ここ”への一番乗りで、十分に功と名声は立てさせてもらったからね。残りの手柄は、皆さんに譲らせてもらうよ」
そう返答を返した一刀に、ふ~ん、と。なぜか疑わしげな視線を、曹操が送る。
ところは、汜水関内のとある一室。
先の戦いで、一刀たちの手により”ここ”を落とした連合軍は、次の攻略目標である、虎牢関攻めの軍議を、現在この場で行っていた。
「華琳さん?北郷さんがそうおっしゃっているんですから、ここは遠慮なく、後曲に回っていただこうじゃありませんか」
「そうじゃそうじゃ。今度は妾たちが大活躍をする番じゃ。のぅ、七乃?」
「はい~。わざわざこんなところまで出張って来て、なんの成果も挙げずに帰ったんじゃあ、名門の名が廃りますものね~」
袁術のふりに対し、その女性――彼女の懐刀というべき存在の張勲が、微妙な言い回しでそう答える。
「張勲さんの言うとおりですわ。名門たる私たち袁家の力、皆さんにたっぷりと見せて差し上げますわ!お~ほっほっほっほ」
張勲の台詞の中の、”名門”という言葉だけに反応した袁紹が、呆れる周囲の視線には一切気づかず、誇らしげに高笑いをしてみせる。
「……なら、明日は麗羽たちが先陣ってことでいいんだな?」
「もちろんですわ。白蓮さんたちの出番は、無くなってしまうでしょうけどね。お~ほっほっほっほ!」
「……はあ。じゃ、今日はこれで解散とするか」
「そうね」
それぞれにため息をつきつつ、部屋から出て行く曹操、孫堅、公孫賛。その後に続き、いまだに高笑いを続けている袁紹と袁術を一瞥した後、一刀も徐庶と共に部屋を出る。そして自分たちにあてがわれた部屋へ、その足を向けようとしたときだった。
「……あの!……すこし、よろしいでしょうか?」
『え?』
その背後から二人を呼び止める声がし、一刀と徐庶がそちらへと振り向く。そこにいたのは劉備と馬超、そして初めて顔を見る、黒髪の少女だった。
「……何か、御用でしょうか」
「……北郷さんに、どうしても、お聞きしたいことがあるんです」
自分に対し、厳しい表情を向ける劉備たちの瞳を見て、一刀は一瞬で、三人の言わんとしている所を理解した。
(……”あの事”、なんだろうな。多分)
「……いいですよ。ここじゃあ何だし、少し、場所を変えましょうか」
劉備たちに背を向け、一人歩き出す一刀の後ろに、徐庶が無言で続く。その後を、劉備たちもまた、ゆっくりとついていく。
そうして向かった先は、関の屋上であった。太陽がそろそろ、西の地平に隠れようとしているその時刻。関の屋上に立った五人を、その夕日が赤く照らし出す。
先に話を切り出したのは、一刀の方であった。
「……聞きたいことっていうのは、いつかの”皆殺し”の件ですか?」
『!!』
皆殺し、と。一刀自身の口からはっきりと出たその言葉に、劉備たちはもちろんのこと、徐庶も思わず、その身を固くする。
「……認めるん、ですか?すべて、”事実”だと」
「貴女のいう”事実”っていうのが、どんな噂に基づいたものかは知りません。だから、俺が言えるのは一つだけです。……あの時のことは、今でも後悔はしていない。それだけです」
「一刀さん……」
劉備たちの方へとその視線を転じつつ、その彼女の言葉にそう返して見せた一刀を、徐庶は悲しげな瞳で見つめる。
「……なら、あれも全部事実だっていうのかよ?泣いてすがる”賊じゃない”女子供まで、全員一人残らず斬ったっていうのも?!」
「ッ!!……なんですって?」
馬超が発したその言葉に、徐庶は思わず、すさまじい形相を向けてにらみつける。
「落ち着いて、輝里。「でも!!」いいから!……そんな”尾ひれ”まで、噂についているんですね。で?あなた方はそれを信じている、と?」
激昂する徐庶を制し、あくまでも冷静に、そう問い返しつつ、一刀が三人を見渡す。その目に宿った感情は、哀れみ。
「では、事実は違うというのですか?三万近い、”無抵抗な”賊を、殲滅したこと自体も」
『……はあ~』
その黒髪の少女の台詞を聞いた瞬間、一刀と徐庶は大きく嘆息した。
「な、なんですか?その大きなため息は?」
「……人のことをどうこう責める前に、まずはもう少し、情報をしっかりと集めて、自分の耳で確かめるようにすべきですね、貴女たちの場合は」
「……だから、事実だけ、教えておきますよ。……あの時、俺たちが”狩った”のは、二千人の無辜の民を、無慈悲に殺戮し陵辱した、けだもの以下の餓鬼、三万だけです」
冷徹に。何の感情も込めることなく、一刀はきっぱりと、あの時の事実を語ってみせた。
「……ま、せん……」
「ん?」
「それでも!私は認められません!同じ人間である以上、言葉で何とかできた可能性は十分にあったはずです!たとえどんな理由がそこにあろうと!私は、貴方たちのしたことを、絶対に認められません!」
一刀が口にしたその”事実”を聞いたうえで、それでもなお、劉備は一刀たちの行為を否定した。キッ、と。嫌悪感を隠そうともしないその瞳で、一刀をしっかりと見据えながら。
「……それならそれでもいいさ。……最初にも言ったけど、俺はあれを後悔していない。それだけだ。……話は以上です。いくよ、輝里」
「はい」
劉備たちをその場に残し、一刀と徐庶は関の中へと戻っていく。
「…………」
「桃香さま……」
唇をかみ締め、その背を黙って見送る劉備。そしてその彼女の後ろで、馬超はこんなことを考えていた。
(……あいつ。何であんな悲しそうな目をしてんだよ……。あ~くそ!なんであたしは、こんなに馬鹿なんだよ!)
と、一刀の想いを、理解できそうでできない自分に、もどかしさを感じていたのであった。
一方その頃虎牢関では、汜水関から”撤退”してきた張遼から、三人の少女が”ことのあらまし”を聞かされていた。
「……つーわけや。まあ、ちっとした手違いで、華雄が向こうに残ることになってもうたけどな」
華雄が予定外の”捕虜”になってしまったことは、張遼に続いて虎牢関に撤退してきた、華雄隊の兵たちから、そうなった経緯についてすでに報告をうけていた。
「しかし霞どの。本当にその北郷という男は信用できるのですか?……詠はどう思うのです?」
ベレー帽のような帽子をかぶったその少女――陳宮、字を公台が、張遼から聞かされた”一刀の策”に、当然のように疑問を持って、同席していた賈駆に意見を求める。
「……ボクは、信用してもいいと思ってる。アイツは確かに、油断のならない色欲魔の下半身男だけど、月も、それに陛下も、アイツを心底信用してるわ。……ならボクたちは、月と陛下を信用するだけよ」
一刀ではなく、董卓と皇帝を信用するのだと。陳宮に対しそう答えてみせる賈駆。
「……賈駆っちもええ加減、素直やないな」
「……どういう意味よ?」
「べっつに~。……ほな、このまま北郷の策に乗るっちゅうことで、ええんやな?」
じろりと自分をにらむ賈駆の視線に、そっぽを向いてとぼけつつも、張遼はあらためて、ほかの三人に確認を取る。
「……ええ。まずは明日、迫りくるであろう連合軍の先鋒を、恋とその部隊で徹底的に痛めつけてやればいいわけよね?」
「せや。多分、先陣切って出てくるんは、二つの袁家やろな」
「……霞は、何でそう思う?」
先陣を務めるであろう勢力を、袁紹と袁術の両者と読んだ張遼に、紅毛の少女が素直に質問をする。
「そら目立ちたいからや。……汜水は北郷の手であっさりと落ちたからな。名門を自負して気位ばっかり高いあの二人のこっちゃ。……そんな行動に出るんは、童でもわかるこっちゃで、恋」
「……どうせ、北郷の入れ知恵なんでしょ?その判断も」
「う。……ま、まあ、細かいことはええやん!……ええ時間稼ぎ相手になるんは、間違いのないこっちゃで」
賈駆のツッコミにとぼけながらも、そう言って返す張遼。
「ま、そうなんだけどね。……だから恋?壊滅させない程度に、たっぷり痛めつけてやって頂戴」
「……ん」
こくり、と。賈駆に小さくうなずくその少女。
世に、万夫不当の飛将軍とうたわれし、紅の神将こと、呂布。字を奉先であった。
そして、その翌日―――。
袁紹軍と袁術軍を先鋒に、連合軍は一路、虎牢関へと進発した。相も変わらずの、その高笑いを響かせながら。
そして、その”報せ”が、汜水関に残った一刀達に届けられたのは、それから丸一日ほどしてからだった。
「負けましたか。やっぱり」
「うん。それはもう、見事なほどにボロボロにされたらしいよ。真紅の呂旗を掲げた一万ほどの部隊に、両袁家の五万が、いいようにあしらわれたってさ」
それはその日の昼ごろ。勢い込んで虎牢関に攻めかかった両袁家の軍勢であったが、関から出てきた、自分たちのわずか五分の一の部隊によって、その戦力の半数以上を失った。しかも、あと少しで袁紹と袁術が討たれてしまうという、ところまで追い詰められ、ほうほうの体でどうにかこうにか、逃げ出したとのことであった。
「真紅の呂旗、か。噂に聞く飛将軍、呂奉先だな」
「ああ。間違いなく”恋”だな」
と、徐晃の推測を肯定したのは、建前上は、北郷軍の”捕虜”となっている、華雄その人である。とはいえ、実際には自由に行動できるようになっているし、監視も当然の如くついていない。あくまでも、連合勢をごまかすための方便である。
そういったわけで、他の勢力がいない今は、”客将”として、一刀らの軍議に参加をしていた。
「……世界が違っても、やっぱり呂布は呂布、か。……さて、残った曹操さんたちはどう動くかな?」
「そうですね。おそらく、呂布さえ抑えれば何とかなる、と。そんな結論に落ち着くかと」
「となると、劉備さんのところの関羽さんと張飛さん。あとは馬超さんあたりを、呂布さんにぶつける、といったところでしょうか」
「まあ、十中八九、そうなるだろうね。……さて、と」
司馬懿と徐庶の意見にうなずいた後、一刀がおもむろに立ち上がり、脇においておいた朱雀と玄武をその手でつかむ。
「……行きますか?」
「ああ。そろそろ頃合だろ。……由からの連絡も、もうじき来る頃だろうしね。大芝居の第二幕、上げに行こうとしようか」
「はい」「……はいです」「了解だ」
徐庶、司馬懿、徐晃の三人が、一刀に対して拱手しつつ返事をする。それを見た一刀は、今度はその視線を華雄に向け、
「華雄さん、貴女は」
「むろん、ついて行くぞ。……ただ待っているのは性に合わん。それに」
「それに?」
「……いや。すまん、なんでもない。……よし、月さまをお迎えする舞台、整えに行こうじゃないか」
何かを言いかけて止めた華雄を、一刀は一瞬いぶかしんだが、深くは追求しなかった。どのみち、華雄にもついて来てもらうつもりではあったし、”機”はもう熟しつつある。少しでも、時間は惜しかったから。
「それじゃ、輝里。君は先に、本隊の袁紹さんに、これから合流する旨を伝えておいてくれ」
「御意にございます」
頭を下げ、部屋を出て行く徐庶。
そして、先行した徐庶に続き、一刀たちもまた汜水関を出て、先行している本隊と合流すべく、虎牢関を目指して進軍を開始した。
だが、本隊と合流した一刀たちを、思わぬ事態が待ち受けていた。
袁紹と袁術がいる、本陣の天幕に入った一刀が、そこで見たのは、縄で縛られ、猿轡をかまされた姿で、兵士に両側から槍を突きつけられている、一人の少女の姿―――。
「輝里!……袁紹さん?これはどういうつもりです?」
「どうもこうもありませんわ!いいですか、北郷さん?!お友達の命が惜しくば、貴方が呂布の首を取って来なさい!一万人を一人で倒せるような貴方なら、その位造作もないことでしょう!?」
呂布への恐怖―――。
それが、袁紹を凶行に走らせた。あろうことか、味方に対して、人質をとっての、有無を言わさぬ命令――いや、脅しという暴挙に。
「貴様!それが義を掲げた連合軍の総大将がやることか?!」
「う、う、う、うるさいですわ!下っ端はおとなしく、総大将の命に従っていればいいのですわ!さあ、北郷さん?ご返答は?!」
袁紹の目は、完全に逝ってしまっていた。もはや、誰の言葉をもってしても、彼女を止めることはできないであろうほどに。
「……わかった。俺が呂布の首を取れば、それでいいんだな?」
「ふむむっ(一刀さん)!」「一刀さん」「一刀!」
くるりと、袁紹にその背を向け、天幕を出て行こうとする一刀。そして外へと出ようとしたその瞬間、ぴたりとその足を止め、
「……一つだけ、言っておきます。輝里にもし、髪の毛一筋でも傷をつけたら……俺が、呂布以上の恐怖に、なって差し上げますから」
そう言い残し、一刀は天幕を出た。
つばを飲み込む徐庶たちと、地面にへたり込んで、失禁している袁紹を残して―――。
~続く~
さて、いつものあとがきコーナーですが。まずは最初に、ごほん。せーの、
『明けまして!おめでとうございま~す!』
「新年おめでとうございます。徐庶役の東乃(とおの)輝里です」
「おめっとさ~ん!姜維役の南(みなみ)由やで~」
「明けましておめでとう。徐晃役、北深(きたみ)蒔だ」
「あけまして、おめでとうございます。司馬懿役の、乾(いぬい)瑠里です」
そして、作者こと、say、改め、狭乃(はざまの)征でございます。
まずは、これをもって新年の挨拶とさせていただきます。今年もなにとぞ、この「真説・恋姫演義 北朝伝」を、よろしくお願いいたします。
ではあらためて、今回のお話。
「とりあえず、劉備さんとの口論から始まりました」
「口論ていうか、むこうが一方的にいうてただけな気が」
「基本的に、人徳さんはどこでもあんな感じですから、仕方ないです」
「そういうことだな。だからあえて何も言うまい」
そーですね。では、つぎ。
「W袁家、毎回あんな感じですね(笑)」
「ま、しゃーないやろ。カズの修正でもはいらん限り」
「で、その結果が”あれ”ですか」
「殺れるもんなら殺りたかったがな」
・・・さすがに殺っちゃあだめです。・・・オシオキイベントを待ちましょう、ってことでw
さて、そんなかんじで次回は。
「いよいよ始まる、虎牢関での激闘!」
「呂布に当たるは関羽・張飛・馬超の三人。そして、また他方では」
「・・・張遼さんも、戦いをはじめます。お相手は、さて?」
「そして、佳境に入った戦いに、一刀が突然乱入!」
はたしてその結末やいかに?!次回、真説・恋姫演義 北朝伝。
「第二章・第六幕、『飛将刀劇』」
どうぞごきたいくださいませ!
「ほんなら、いつもどおりのコメントその他、お待ちしてるでな~」
「ま、気が向いたら支援もポチッと押してあげてください」
「それではまた次回にて、お会いいたしましょう!」
『再見~!!』
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皆様、明けましておめでとうございます。
say改め、狭乃 征でございます。
本年、一発目の北朝伝。
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