「さ、ここを抜けれれば禁門の内側よ。……どうしたの、姜維ちゃん?さっきから黙りこくっちゃって」
「……」
過日、汜水関で張遼と華雄に一刀からの書付を渡した後、姜維と王淩はすぐさま、帝都洛陽へと向かった。
裏の間道を使ったこともあり、二人は二日と経たずに目的の場所に辿り着いた。しかし、洛陽の街に入ってからというもの、姜維は極端にその口数を減らしていた。それというのも、
「……まるで、”昔”の鄴の街みたいやった。誰も彼も生気のない顔をして、明日っちゅうもんがあることを忘れてしまっとる。街そのものも、およそ”人”が住むところとは思えんもんになっとった」
そう。
かつては漢の都として栄華を誇った洛陽も、董卓の名を借りた張譲による暴政-重税・労役・その他もろもろの略奪-により、完全に荒廃してしまっていた。
二度と見たくなかった光景を、”また”この目で見ることになるなんて、と。
姜維はそうつぶやき、再び押し黙った。
「……気持ちはよくわかるわ。けど、だからこそごしゅ、あ、いえ、北郷さまから受けた策を、しっかりと遂行しなきゃ。……ね?」
王淩は落ち込む姜維の肩を抱き、ウィンクをしつつそう励ます。
「……せやね。落ちこんどる暇はないっちゅうことやな」
「そういうことよ」
王淩の励ましの言葉に、姜維は何とか気持ちを切り替え、目の前にある扉からこっそりと、外の様子を伺う。
「ほんで?ここは禁門の内側の、どのあたりになるん?」
「丁度、後宮の裏側にあたるわ。あそこにある大きな木、あれの天辺が、白ちゃんの私室の丁度窓側なの」
と、王淩が何本か生えている木の内の、ひときわ大きな木を指差し、そう説明をする。
「ほな、こっからは別行動やな。そっちはカズからの密書を陛下に届けて、いつでも”動ける”ようにしておく」
「で、貴女はその間に、協さまと董卓ちゃんを見つけ出す、と。……可能性として高いのは、おそらく……」
「なるほどな。わかった。まずはそっからあたってみるわ。……時間稼ぎのほう、よろしゅうたのんだで?」
「うふ。もっちろん♪」
フ、と。その姿と気配をあっという間に隠し、それぞれに行動を開始する二人。
その頃、後宮内のとある一室では。
「汜水がおちただと?……ちっ、使えん連中だ」
忌々しげにそう舌打ちをする、少年のような外見のその人物――張譲。
「守将のうち、張文遠は虎牢関に撤退。華雄は向こうに、捕らわれたとの由にて」
張譲にそう報告するのは、がっしりとした体躯の初老の男性。
禁軍――皇帝直属の近衛軍を率いる将の一人で、名を董承という。
「ふん。……まあいい。虎牢関には、あの”飛将”が詰めているのだ。そう易々とは落ちはしまい。……それより、”移送”の方はどうなっている」
「八割がた完了しております。後は、明日の出立組を残すのみです」
「ならばいい。……宦官でしかないわしが、大陸の”頂点”に立つためには、絶対的な名分が欠かせん。……そのための”贄”を用意し、下準備も十分にできた。あとは、頃合を見計らって、”天”に御退場を願い、その罪を”贄”に背負ってもらうだけじゃ……機は、熟しつつある」
くく、クハハハハハッ!
悦に浸り、高笑いをしてみせる張譲に、董承は深々と頭を下げ、礼をして見せる。……伏したその顔に、かすかな笑みを浮かべて。
そこに、
「失礼します。陛下が張譲様をお召しにございます」
「何?……珍しいこともあるものだ。まあ、いい。少しぐらい話を聞いてやるか。……ではな、董承。準備はしっかりと頼むぞ」
「ははっ」
パタン、と。
扉が閉められ、張譲と董承が室内から出て行く。静まり返る室内。そこに、
「……よっ、と」
スタ、と。
誰もいなくなったその部屋に、一つのの影が天井から飛び降りてきた。―――姜維である。
「……にしても、ちょお、びっくりやな。まさか、禁軍の将軍はんまで張譲と繋がっとるとはな。しかも張譲のやつ、とんでもない事ゆーてなかったか?……いや、それは後で、カズに伝えればええし、お嬢を助け出せば、それで何の心配もなくなるこっちゃしな。……さ~て、と」
ぐるり、と。室内を見渡す姜維。室内の調度品は、どれもこれもが一級品の品ばかりではある。だが、それ以外は特に目立つようなものはない。
「ふ~む。王淩はんがいうように、一番怪しいんはここやと思たけど。……とくに代わり映えはせえへんし……。にしても、民から搾り取った銭を、こんなしょうもないもんに使うとるんかい。胸糞悪いったらないで……ん~?」
と、彼女の目が一つの花瓶に止まった。それは、一見どこにでもある、ごく普通のもの。
だが、それがかえって、”不自然”であった。
「他のんに比べて、これだけ安物やん。なにかあります、言うてるようなもんやで。……ん~と……こう、かな?」
ぐるり。
持ち上げようとして、持ち上がらなかった”それ”を、姜維は左右に一回づつ回してみた。すると、
ごごごごご。
「……大正解、ってな♪」
本棚の一つが”壁の内側”へと吸い込まれ、そこに階段が現れた。
「さ~て。……ここにおらなんだら、後は正直探しようが無いけど……」
一歩一歩、ゆっくりと暗闇の中へと降りていく。その先には、石畳の通路があり、まっすぐ奥へと伸びている。そしてその左右には、頑丈な鉄格子のついた牢があり、そのうちの一つに、彼女達は、いた。
「……お嬢!」
「へう!?え……由、さん……?」
「ああ、ウチや。助けに来たで。……え~と、この型の鍵なら、ここを…こうして…うし」
ピーン、と。
いともあっさりと開く、牢屋の錠。
「よっしゃ、逃げるで二人とも。詮索その他は後回しでな」
「……わかりました。殿下、さあ」
「あ、は、はい」
一方で、張譲の向かった劉弁の執務室では。
「張譲、いい加減これ位にしておいたらどうじゃ?汜水関はすでに落ちて居るのだろう?連合軍がここまで来るのも、もはや時間の問題であろうが」
しかめ面をする張譲に対し、劉弁は”あえて”強気な態度に出ていた。姜維が妹と董卓を救出するまで、彼の注意をひきつけておく。そのために、彼はこれまで言えずにいた、張譲の行動に対する非難を、これでもかという位に立て続けに口にした。
「……陛下。臣は初めに申しましたな?口出しは一切無用、と。……それをお忘れでございますか」
ギロリ、と。
その邪悪な視線を劉弁に向け、張譲はあくまでも”臣下らしく”、丁寧な口調で、そう言葉をつむぐ。
「忘れてなぞおらん。……それに、よくよく考えてみれば、妹と家臣一人の命”程度”で、宦官ごときの軍門に下ったのが、そもそもの朕の失策よ。……一番優先すべき者たちのことを、”つまらぬ私情”で見捨ててしまったことがの」
「?!……本気で、おっしゃっておいでで?」
「無論」
「……ッ!!」
賭け。
それも、一世一代の大博打だったと。後に彼はこのときのことを、一刀にそう語って見せたと言う。
「では、どうなさるおつもりで?」
「……素直に罪に服せばよし。さもなくば、”天の怒り”が、そなたの身に落ちるだけよ。……朕が何もせずとも、な」
「ふっ。……天の怒り、ですか。……いいでしょう、今のはただの”はったり”と思っておきましょうぞ。……しかし、”二度目”はありませんぞ?よろしいですな?……では」
そう吐き捨てて退出していく張譲を、劉弁は冷ややかな目で見送った。そして、
「……彦雲。これぐらいで、”時”は十分、稼げたかの?」
「おそらく。……名演技でございました、陛下」
スウ、と。それまで誰もいなかったはずのその空間に、王淩の姿がゆっくりと浮き上がってくる。
「戯れはよせ。……特に芝居をしたと言うわけでもないしの。七割がたは本気だったしな。……さて、と。これでこの後は、”外”へ出ればよいのじゃな?」
「御意。”待ち合わせ”の場所には、彼女らもすぐに辿り着きましょう。(……禁軍が邪魔することは無いでしょうし)移動手段も、かの地に待機しておりますゆえ」
「わかった。……では、案内を頼む」
「はっ」
すっと立ち上がり、窓のほうへと歩みだす劉弁。そしてバルコニーへ出ると、王淩が彼の体をヒョイ、と抱き上げた。……いわゆる、お姫様抱っこという形である。
「少々強行軍になります。……お覚悟の程を」
「わかっておる。……それにしても」
「?」
(あやつにとっては、皇帝である朕も、役者の一人に過ぎんというわけか。……ふふ。本当に面白いやつじゃ、北郷一刀という男は)
王淩に抱えられたまま、そんなことを考えつつ、暫く会っていない一刀の顔を思い出し、劉弁はその頬をほんのりと染めて、クスリと笑った。
「陛下?」
「……なんでもない。ほれ、急ぐのじゃろう?早う行くとしようぞ」
「あ、は、はい!(……もしかして、白ちゃんもライバルなのかしら?……複雑だわ~)」
劉弁に急かされ、夜の闇へとその身を躍らせつつ、王淩はそんなことを考えていたのであった。
それとほぼ時を同じくして、禁門を通り抜けて街の外を目指す、一台の馬車があった。
「……にしても、うまく行き過ぎやな。外に出るまで誰にも会わんかったし、外に出たらご丁寧に馬車まで用意してあるし」
張譲の部屋の隠し部屋から、目的の二人を助け出した後、姜維は予想していたのとはまったく逆に、拍子抜けするほどあっさりと、簡単に二人を連れて建物を抜け出すことに成功した。
しかも、わざわざすぐ目に付く場所に、二頭立ての立派な馬車まで、用意がされていたのである。
何かの罠か?と疑いもしたものの、今という機を逃がすわけにもいかず、姜維は意を決して馬車に二人を乗せ、禁門へと向かった。正直、そこが一番の難関だと思っていた。だが、実際そこに着いてみると、本来居なければならないはずの警備の兵が、一人も居なくなっていたのである。
「由さん、これって一体、どういうことでしょうか?」
と、馬車の中にいた少女の一人が、姜維に疑問の声を投げかけるも、
「……理由はわからへんけど、ここで戻るわけにいかんのも事実や。……このまま行くで、お嬢。殿下も、ええですね?」
「はい。お任せします」
「よっしゃ!。ほな、いくで!」
覚悟を決め、姜維は一気に馬車を走らせ、門を抜けて街へと出て行く。
しかし結局、何事も無く街の外へも抜け、王淩たちとの合流地点へと、馬車は走っていった。
それを、洛陽の城門から見つめている、二つの人影があったことに、彼女達は一切気づくことは無かった。
「どうやら、うまく脱出されたようで。……ま、禁軍の兵達には、休みを与えておきましたしな。これで、よろしかったのでしょう?師徒どの?」
「よい。……”あれ”も、陛下を連れて出て行ったしの。……本来ならば、こんなことは決して許されぬことじゃが、漢室を守るためには、時にはこういった事も仕方あるまい」
人影の片方――董承の言葉に対し、眉をひそめながらそう語る、もう一つの人影。
白髪頭の、小柄なその人物は、自身の、少し長めのあごひげをさすりながら、その視線を後宮の方へと移す。
「張譲め。宦官ごときにこれ以上、漢の名を汚させてなるものか。……謀反を企んだ者には、相応の処罰をくれてやらねばな」
「まったく、まったく」
「漢はわしが守るのだ。司徒であるこのわしが、この王允が、何をしてでも必ず、な」
くっくっくっく。
低い声で笑うその老人――王淩の叔父であり、漢の司徒たる王允、字を子師。
わずかばかりの狂気の光を、その暗い瞳に宿して。
そしてその日の翌日、しかも夜遅くになって、張譲はようやく、人質がいなくなった事に気づいていた。……さらに、皇帝までいなくなったと知ったときには、完全に茫然自失としていたという。
~続く~
さ~て、今回も恒例、あとがきのこーな
「はいみなさ~ん!由やで~!あとがき担当のゆ・い・ちゃん!やで!」
ど、どうしたの、あれ?
「・・・前回のあとがき、るりちゃんが代理で出たでしょ?あ、輝里ですー。ども」
あ~・・・。つまり、ここの出番が無くなるかもしれないと、そうおもってんだ。
「・・・そんなこと無いと思いますけどね。あ、その瑠里です。ども」
「て、んなこといいながらまたおるやんか!なんで?!」
・・・・こそこそ。
「・・・・き・さ・ま・か#・・・このえろおやじがーー!!」
やめ、まて、よせ!ぼうりょくはんた、アッーーーーー!!
「という二人は放っときまして、今回のお話」
「劉協殿下も董卓さんも、無事に救出とあいなりました。・・・ちょっと簡単すぎる気もしますけど」
・・・あたたた。えっと、それについては、王允絡めたらそういう流れになっちゃたんです。
「初めはうちとちょー・・・やない、王淩はんとで、きったはったの大活劇!な筈やったのに」
「あいかわらず、ころころかわりますね。・・・それはともかく、こうなったっていうことは、道筋はもう決まったんですよね?オチとか」
まあ、いちおう。
「・・・だから、もっとしっかりとプロットをやね」
「・・・やっぱ馬鹿ですね」
はう。
「さて、次回は再び、一刀さんたちの視点に戻ります」
「汜水関を落とし、意気上がる連合軍。次なる目標は虎牢関」
「そこにて立ちふさがるは、万夫不当の飛将軍!」
はたして、連合軍の運命は?そして、劉弁たちはどこへ向かったのか?
「次回、真説・恋姫演義 ~北朝伝~、第二章・第五幕」
「『飛将 闘劇』(仮)」
「期待してやってください」
年内の投稿はこれにて終了。次回は年越しの後になります。みなさま、来年もこの駄文作家を、末永く、生あったかい目で、見守ってやってくださいませ。
それでは皆様、よいお年を!
『再見~!!』
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二章の四幕、公開します。
人質二人を助けるため、洛陽に潜り込んだ由達。
はたして、無事救出となるのか?
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