河北平定のてこ入れ。
張挙らがそこを訪れたのは、そのためであった。だが、いざ準備が整い、行動を開始しようとした矢先。
”それ”は始まった。
じゃーん、じゃーん、じゃーん。
「くそっ!また来おったのか!!」
張挙の耳に飛び込んでくる、”何度目かの”銅鑼の音。慌てて庁舎の欄干に飛び出す。だが、やはり今回も徒労に終わった。
「おのれ……っ!!人をコケにしおってからに!!」
ダンッ、と。手すりを思い切り叩き、はるか街の外を見やる張挙。緑の草原が広がる、誰もいないその場所を、ただただ、忌々しげに。
『兄貴!!』
「純と弘か。……で、どうだった」
「やはり今回もだ。大急ぎで出陣してみたが、結局、人っ子一人いやしなかった」
「やつら、一体何を考えてやがんだ?銅鑼を鳴らすだけ鳴らしては、あっという間に姿を消しちまいやがる」
「……まともに攻撃してきたのは、最初の一度きり、か。くっ!これではまったく気が休まらん!!」
弟二人の言葉に、張挙はさらなる苛立ちを、募らせる。
その始まりは、この二日前だった。
黒地に白い十字の旗を掲げた軍勢が、平原の街付近に現れ、彼らに対して攻撃を仕掛けてきたのである。だが、その戦力はぱっと見、わずか一万程度だった。
張挙は街に駐屯している十万の兵のうち、三万を、その迎撃に向かわせた。そして、わずか半刻もしないうちに、それを潰走させた。
「官軍など、所詮はこんなものよ」
と、自信満々にそのときは笑った張挙であったが、それから一刻ほどして、再び敵の進攻を知らせる銅鑼が、街中に響き渡った。
またすぐに撃退してやる、と。勢い込んで出撃した彼の弟の張弘であったが、いざ街の外に出てみると、そこには一兵の姿もなかった。
「何かの見間違えだったんだろう」
話を聞いた張挙は、そう判断した。だが、さらに一刻後、三度銅鑼が鳴り響き、今度は次弟である張純が兵を率いて出陣した。だが、結果はやはり同じであった。
そんなことが、ここ二日に渡って、幾度となく続いているのである。
時に一刻、時に二刻、あるときは四刻と。少しづつタイミングをずらしては、”敵”の出現を知らせる銅鑼が鳴り、張挙たちはその都度、慌てて出陣するものの、外へ出ると結局誰もいない。
彼らは、一切気の抜けない状況で、ここ二日、ろくに睡眠を採っていない。兵たちは交代で待機させられるものの、それでも、いざとなれば全軍が動かなければならないかも知れないとあっては、ろくに休めたものではなかった。
それこそが、相手の狙いだということに、まったく気づかないまま、彼らは警戒を続けた。兵たちに、厭戦気分が蔓延し始めていることにも、一切気がつかないままで。
「疑信嘘狼(ぎしんきょろう)の計、ですか」
「疑信、っちゅーのはまあ、なんとなくわかるけど、嘘の狼、ってなんやの?」
一刀にそう問いかける姜維。ここは、平原の街から少しばかり西に離れた、一刀たち鄴郡勢の本陣である。
「子供のころに読んだ、狼少年、って言う物語が、この策の元になっていてね。そこから取ったんだよ」
「……どういう話なんだ?」
と、興味深そうに、徐晃がその物語の内容を、一刀に対して問いかける。
「昔々、ある村に一人の少年がいました。ある日、少年は村に近づいてくる狼の集団を発見し、大変だ、と、村人たちに教えました。で、その時の村人たちの慌てふためく姿が、少年はとても面白かったらしく、それからというもの、ことあるごとに、狼が来たと、嘘をつくようになりました」
と、簡単にそのあらすじを語りだす一刀。
「……なるほど。で、そうやって嘘をついて遊んでいるうちに、誰からも信じてもらえなくなってしまった、と」
「そ。で、そんな時に、今度は”本当に”、狼の群れが来てしまった。……どうなったかは、わかるよね?」
「……そういうことですか」
嘘をついた少年も、彼を信じなかった村人も、ともに狼の餌食になってしまった。確か、そんな感じの話だったよ、と。一刀はそう締めくくった。
「とはいえ、俺たちはうそつき少年そのものになる気は、まったくないけどね。同時に、狼の役もこなすわけだから、さ」
に、と。
口の端を吊り上げ、笑顔を作ってみせる一刀。そんな彼を見た張郃と高覧が、
(……ね、狭霧(さぎり)。とんでもないお人ね、北郷どのは)
(そですね。……うちの姫とじゃ、天と黄河の底ほど、器が違いますね)
(ほんとに。……はあー。なんで”あの時”、あたしはこっちを選ばなかったんだろ。あたしって、不幸だ~)
と、そんな会話を小声で交わしていた。
「で、だ。手としてはまず、最初にわずかの兵でもって、向こうに一当てする。適当にやりあった後、潰走した”ふり”をして、すぐに撤退をする」
「そん時、ウチとカズがわずかの手勢とともに、向こう側に潜り込んどく、と」
「(む~)……ほんとに、大丈夫なんですか?べつに、一刀さんまで一緒に行く必要なんて、これっぽっちも、無いと思いますけど」
ジト、と。
そんな視線を一刀と姜維に向け、徐庶が今回の作戦の内容に不満を呈す。
「なんや、輝里。やきもちでもやいとんの?安心しいって。べつに、これ幸いにって、抜け駆けとかしたりしいひんから」
(どっき)
姜維の”抜け駆け”、の言葉に、徐庶がわずかに、その心臓を躍らせる。
「……別に、そんな心配をしてるわけじゃないわよ。……まあ、いいわ。で、その後は、攻めかかる”ふり”だけを、続けていればいいんですね?」
その心の動揺を表に出さないよう、必死になって冷静さを装いつつ、一刀が呈した策の内容を確認していく。
「あとは、連中が完全に油断したころあいを見計らって、中から一刀たちが門を開ける。そして、」
「俺たちは黄巾の首謀者を捕縛、もしくは討ち取って、向こうの連中の士気を削ぎ、外のみんなは混乱の隙を突いて、一気になだれ込む、と」
自分で立てた策の内容確認を、一刀が自分の言葉で締めくくる。
「ですけど、一刀さん?この策には一つだけ、穴がありますよ?もし、連中が痺れを切らせて、全軍で一斉に打って出てきたら、一体どうするんですか?」
と、おそらくは一刀自身も解っているであろう、今回の策の欠点を、徐庶があえてその口にする。
「それについては、張郃さんと高覧さんに頼み、あ、いや、やってもらえたら、なことがあるんですけど」
『何でしょうか?』
「実はですね……」
無駄に終わる事が、本当は一番望ましいんですが、と。そう前置きしてから、二人に”あること”を話す一刀。
それに対し、張郃と高覧は笑顔でこう答えた。
『……それなら、姫に対しても、勝手な出陣の弁明が効きますね』
そして、場面は再び、平原へと戻る。
「……なら、お前たちはどうするというんだ?」
目の前に座る三人の少女に対し、張挙が面倒くさそうに問いかける。
「……ですから、契約を今日限りで、破棄させて欲しいんです」
それに、眼鏡を直しながら答える、張・三姉妹の三女、張梁。
鄴郡での興行に限界を感じた彼女たちは、初めは今後の方針を、ぐらいのつもりで、張挙らの下を訪れた。だが、
「方針は変わらん。郡内で興行を続けて、向こうを徹底的に揺さぶれ」
と、鄴での興行結果を聞いたにもかかわらず、張挙の考えは変わらなかった。
「だったら、もうこれ以上、協力はできません」
と、長女の張角がきっぱりと言い切り、そのご、さきの張梁の台詞へと、繋がったのである。
「……そうか。わかった。なら望みどおり、契約は今日を最後としよう」
『……!!』
張挙のその言葉に、一瞬で喜色をその顔に浮かべる三人。だが、次の張挙の台詞で、その喜色に彩られた顔が、真っ青になって凍りついた。
「ただし、だ。これまでお前たちに、興行費用として”貸した”、総額百万貫。……すべて耳をそろえて返してから、の話だがな」
にい、と。先ほどまでとは一転、凶悪な顔で哂う張挙。
「!!ちょ、ちょっと待ってよ!!今まであんたがあたしたちに出してくれていたのは、あんたらの宣伝を各地ですることへの、”代金”だったんじゃ」
「ああ?そんなこと言ったか?俺は覚えがねえぞ。ほれ、こうして”借用書”も、ちゃんとあるぞ」
と、一枚の紙を三人の前に出して見せる。そこにははっきりと、”金百万を借り受けました”と、張梁の”字で”、書かれていた。
「嘘よこんなの!わたし、こんなもの書いた覚えなんか……!!」
「いい加減うるせえんだよ!ぴーちくぱーちく囀りおって!手前らみたいな顔と歌しか脳の無い女は、せいぜい媚だけ売ってりゃいいんだよ!」
どがっ!!と。
机を蹴飛ばし、そう怒鳴る張挙。その、山賊の本性丸出しの顔で。
『……』
恐怖に支配され、彼女たちは何も言い返せなくなった。ただ、姉妹で抱きしめあい、子リスの様に、ふるえることしか、彼女たちには何もできなかったのである。
無理が通れば道理が引っ込む。
(まさにそんな状況だな)
と。
その一連のやり取りを天井裏から見ていた一刀が、そんな言葉を頭に思い浮かべていた。
(それにしても、乱の首謀者が張角達じゃないとはね。しかも、その彼女達はアイドルかよ。……どーゆう世界なんだよ、ほんとに)
と、つかんだ事実に思わず溜息をつく。
最初の平原への攻撃の際、黄巾軍にこっそりと紛れ込んだ一刀と姜維は、現在別々に行動していた。
(由は今頃、門を開ける準備に入っているころか。さて、黄巾の連中の厭戦気分も、だいぶいい感じになってきてるし、そろそろ頃合いかな……ん?)
そこまで思考したその時、あわただしく部屋に近づいてくる気配を、一刀は感じ取った。
「失礼します!敵勢がこちらに近づいて来ております!」
『何だと?!』
(……は?)
その黄巾兵の言葉に、それぞれ、違う意味で驚く張挙と一刀。
「さっきまでの連中が、本格的に攻めてきたってのか?!」
「いえ!先ほどまでの者たちとは、その旗が違います!旗は、紫の『董』旗です!」
「紫の董旗……だ?まさか、涼州の董卓か?!」
(董卓……!?董卓って、”あの”董卓か?!……なんでここで出てくるんだよ?)
兵の報告に対応すべく、張挙達は慌てて外へと出て行く。取り残された張角たちは、ただただ呆然と立ち尽くす。
一刀は、突如起こった事態にどう対処すべきかを、その頭をフル回転させて考え抜く。
そうして出した結論は。
「……よしっ!」
スタッ!!
『!?』
天井裏から、その室内へ降りることだった。
「だ、誰よ、あんた!?」
当然のように動揺する三姉妹。その彼女らに向け、一刀はにっこり、笑顔でこう言った。
「俺は北郷一刀。……君たちを、スカウトしに来たのさ」
~続く~
はい、あとがきコーナーでございます。
「・・・あの、さ。作者さん?何かぶってんの?”それ”」
あ、これ?前回の話についてた王冠。これで四つ目。や~、やっぱ嬉しいね~。王冠つくと。俄然やる気も出るってもんだ!はっはー!
「・・・王冠ついた・・・て。ケツから数えたほうが早い程度の癖に」
ぐさっ!
「まあまあ、由さん。めったに無いことなんだし、好きに喜ばせておきましょうよ。昨日、大台一歩手前の年になったもんだから、それごまかそうとしてんのよ」
ぐさぐさっ!
「な~るほど。誕生日なのに誰も祝ってくれる人が居らんかったから、無理にめでたそうにしてんやな」
ぐっさーーーーーっ!!・・・・・いいもん。どーせ、どーせ。ふんふん。
「あ。すねた」
「じゃ、そんな作者はほっといて、次回の予告と逝きましょうか」
「さて、黄巾の乱もついに終結の時を迎えます」
「突如現れた董卓軍により、カズの立てた策は水泡に帰してしまうのか?」
「そして、天和さんたち張・三姉妹の運命は、果たして?」
「次回、真説・恋姫演義 ~北朝伝~ 第一章・第五幕」
「『黄演終劇(後編)』に、ご期待ください!」
・・・コメント等、お待ちしてます・・・すんすん。
「それでは皆さん」
『再見~!!』
(おまけ)
ぐしぐし。
「・・・いつまで泣いてるのよ?」
だ~って~。
「・・・だってやあらへんっての。・・・ほれ」
・・・なにこれ?
「一日遅れやけど、ハッピーバースデーや。・・・みんなからやで?感謝しとき?」
・・・あおーーーーーーん!!
「うわ!また泣き出した!!」
「今度はうれし泣きかいな。・・・ほな、みんないつものとこで待っとるさかい。とっとといくで?打ち上げと、さく、あいや、”おとはん”の誕生日会をかねてな」
・・・ぎゃおーーーーーーーんん!!!
「はいはい。車待ってるから。涙拭いて。ああ、もう。ほら、父さんてば。泣かないの」
ふぎゃおおおおおおんん・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
フェードアウト(笑)。
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北朝伝、黄巾編の第四幕です。
やっぱり三部に分けることと相成りました。
で、まずは中編でございます。
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