「無関心の災厄」 -- 第三章 サイプレス
prologue 真実のプロローグ
この扉を開けてしまえば、きっと、オレの日常は灰燼と帰すだろう――そんな事は分かっていた。
分かっていてオレは一歩踏み出した。
だから、ここから先の物語はすべてオレの責任なのだ。
大丈夫、覚悟はこれまで何度もしてきた。
大丈夫、日常はこれまでもないに等しかった。
大丈夫、大丈夫。
何度も、何度も自分に言い聞かす。
約束時刻の3分前、約束の桜崎駅南口にはへらへらとした笑顔の男が佇んでいた。
制服でなくカジュアルな私服に身を包んだオレのクラスメイトは、遠くからずっとオレの方を見ていたようだ。学校から直接駅に向かって坂を真っ直ぐ下ってきたオレの姿をいったいどのあたりから視認していたかというのは聞きたくもない話だが。
目の前まで近寄って初めて、夙夜はオレに話しかけた。
「おはよう、マモルさん」
「ああ、おはよう夙夜」
これまでは気付かなかったが、コイツはこういうところに非常に気を使っていると思う。
ちゃんと、人間として会話しておかしくない距離まで近づいてから、普段人間が目の前の相手に話しかけるくらいの声量でオレに話しかけている。普段夙夜が大きな声を出して遠くの人に呼び掛けるこそをしなかったり、遠くから呼んでも返事しなかったりするのは、その辺の加減が難しいせいなんだろう。
そうやって生きていくのがどれほどじれったい事なのか、オレには見当もつかない。夙夜にとってみれば、他の人間なんて、オレから見た、年を取って視覚聴覚が弱くなった人間よりもずっと会話が困難なイキモノだろうから。
それでも、人間のフリをするケモノは嬉しそうに笑う。
「ねえねえ、俺の方がマモルさんより早いのって珍しくない?」
「……オレの覚えてる限りでオマエが待ち合わせに間に合ったのは今日が初めてだよ」
「そうだっけ?」
「事実だ。本当に珍しい限りだよ。ヤなことでも起こらなきゃいいけどな」
はあ、と一つため息。
すると、夙夜はへらりと笑った。
「大丈夫だよ、マモルさん」
その言葉で、オレの中の緊張は少し薄れる。
「そうだな」
――大丈夫、隣にコイツがいるんだから。
オレはまだ何も知らない。
先輩たちによって名づけられていく登場人物たちの役割を。
『無関心の災厄』――香城夙夜
『名付け親《ゴッドファーザー》』――篠森スミレ
『無表情美人』――白根葵
『災厄の伝道師《エヴァンゲリスト》』――望月桂樹
そして、オレは『口先道化師』柊護。
これ以上にまだ必要な人間は多数いて、出番を待っているにもかかわらず。
人口過密な舞台の上に、次々とみな乗り込んでくる。
だからオレが舞台から降りる道なんて、とっくに閉ざされていたんだぜ?
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オレにはちょっと変わった同級生がいる。
ソイツは、ちょっとぼーっとしている、一見無邪気な17歳男。
――きっとソイツはオレを非日常と災厄に導く張本人。
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