No.187655

シャマナシャマナSS「クレーンズ・ビレッジの昼休み」

akiさん

「処女はお姉さまに恋してる」でブレイクしたパソゲーブランド、キャラメルBOXの隠れた名作、「シャマナシャマナ~月と心と太陽の魔法」のSSです。本作品の主人公格ふたりはオリジナルキャラですので、厳密には二次創作とは言いがたいかもですけど。
 実は4年前に、キャラメルBOX様のユーザーBBSに投稿させていただいたものですが、こちらでの練習用に上げさせてもらいます。

 一応「シャマナ」を知られなくても読めるように作ってはありますが、もちろん原作を知られている方がニヤリとできることは請け合いです。(笑) キャラメルBOX様のサイトからは体験版もダウンロードできますし、興味のある方はぜひどうぞ。ちなみにゲームの方は18禁ですので悪しからず……。

2010-12-03 01:14:20 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:726   閲覧ユーザー数:714

 

 あたしの友人、マリシア=ルースは勘が鋭い。

 今日のお昼も、一緒にご飯にしようと弁当の包みを開いているそのときに、彼女は急に顔を上げて、

「……始まる!」

 とつぶやいた。

「フィア、行くよ!」

 緊張した声を発すると、彼女は承諾を得ることもなくあたしの襟首をつかんで、飛ぶように教室を出た。その力はとても年頃の女の子とは思えない。火事場のなんたらとかいう、あれだ。

 ……ああ。あたしのお昼ご飯が。今日は好物の玉子焼きが入ってたのに……学校における、あたしの唯一の楽しみなのに……

 また、お昼抜きで午後の長い授業を受けなくちゃならないのかしら。やるせないようなせつないような、そんなあたしの気持ちなんかおかまいなしに、マリシア――マリーはずんずん廊下を歩いていく。目を宝石のようにキラキラ輝かせて。

 ……また、昼休み恒例の、アレが始まるのだ。

 

 

 あたしの名はフィーシア=クラニス。ここ王立魔法学校の十年次だ。親しい友人からは「フィア」の愛称で呼ばれている。

 この学校に編入してきたのは七年次の時だから、マグランにいるのは三年ちょっと、ということになる。王都とはちがって娯楽施設なんかほとんどないこの素朴な土地は、あたしの性には合ってるんだけど……中には単調な生活を嫌って刺激を求める子もいるわけで、マリーなんかはその典型だ。

 ……で、年頃の女の子が、勉学でなく娯楽でなく、青春を燃焼させるべき刺激を見出せるものと言ったら、そう多くはない。なにはなくても学校であればできるもの、と言ったら……

「恋しかないでしょ、恋!」

 そう宣言したのが、会ったばかりのマリーだった。三年前のことだ。

 マリーは王都の人間ではないけれど、同じ時期に編入してきたという縁と、何より妙に馬が合ったという理由で、会ったその日にフィア、マリーと呼び合う無二の親友となった。その腐れ縁は今でも切れずに続いているわけだけど。

 とにかく転入してきてから三日、獲物を見繕う肉食獣のように目を光らせながら左右をにらみ渡していたマリーは、四日目の朝には早くも音を上げて、

「ダメだわ。この学園にはろくな男がいやしない」

 と、沼のヒキガエルみたいな変な声であたしにこぼした。

 あたしから見たら、真面目で純朴そうな少年も、ちょっとワイルドで頼りがいのありそうな先輩もいて、見た目だってそこそこハンサムな子は多いと思うのだけど。あたしと違ってマリーは美人だし、赤味がかったつやのある髪も、澄んだ翠玉のような瞳も、十分魅力的だと思う。その気さえあれば、恋人の一人や二人、すぐにできると思うんだけどな。あたしがそう言うと、マリーは大げさに手を振って、

「ダメダメ。“そこそこ”じゃだめなのよ。なんかこう、“魂が震える”って言うか、ドカーンと心に響くような人じゃないと」

 ……思い切り贅沢なことをぬけぬけと真顔で言ってのけた。

 ――あ、ダメだわ。マリー、それじゃ多分一生恋できないわよ。

 のどまで出掛かった言葉をようやく飲み込んで、友の将来への不安を苦笑でごまかした次の日に、血相変えたマリーがあたしをつかまえて、

「見つけた!」

 と急くように言ったのには、あたしも心底驚いた。

 ――昨日の今日でしょ。いくらなんでも早すぎやしないかい?

 ちらりとそうは思ったけど、アレだけ大見得切ったやつが認めた相手というのがどんな男なのか、興味を引かれたことも確か。彼女の引く手ももどかしく、共に駆け出し中庭に出て、彼女の震える指先をたどって見れば、確かにはっとするくらいの美しい人……でもどこからどう見ても女の子だった。

「女の子だろうと関係ない、あの人こそ運命の人よ!」

 叫んだマリーは、あたしが止めるのも聞かずにその人に駆け寄っていきなり自己紹介をやってのけた。いくらなんでも無茶だよ。相手の女生徒はきっと驚いたに違いない。でも、少しも動揺を見せることなく、あたしたちに柔らかい微笑みを向けてくれた。

 ……それが、二年先輩のサラ=メッケインさんとの出会いだ。

 同じ女の子を「運命の人」と呼ぶマリーの感覚はどうかと思うが、サラさんは同性のあたしから見ても魅力的な女性だ。清楚・優雅・おしとやか・博学・知的と美称をざっと並べてみても、すべて彼女に当てはまる。それでいて誰に対しても優しく、飾らない。……全く女性であるのが惜しい。これで男性だったら、心置きなく友人の恋を応援してあげられるのに。

 とにかくサラさんには、知るほどに好きにならずにいられないような魅力があって、おかげであたしたちの学園生活はずいぶんとうるおいを持ったものになった。そこはマリーに感謝しなきゃね。一度冗談半分に、

「あんたの眼力にはほとほと感じ入ったわ」

 とお礼を言ったことがある。マリーは真に受けて「当然よ。感謝なさい」とか言ってたけど、まったく困ったものだ。友の気も知らないで。

 それから三年、サラさんに対する敬愛の念を薄れさせなかったマリーは、案外身持ちが固いのだろうか。彼女に告白して玉砕した男の数は、両手の指に余るほど……ちょっと大げさかな、まあ片手の指には確実に余るだろう。一途さを貫いているマリーには、ちょっと感心してる。サラさんが生徒会長に選ばれた時なんかは、

「次の改選ではあたしも生徒会役員になってみせる」

 と宣言して、今でも勉学に武道にと励んでいるのだから、恋は本当に人を強くするのね。なんかマリーはますます綺麗になってきたし。

 ……報われない恋だけど、そんな恋を貫くマリーがかわいそうとは、最近あまり思われなくなってきたのだ。ま、それも青春かな、と。彼女の姿を見て、「恋っていいな」とも、素直に思えるようになってきた。……やばいかな?

 すべてが順風満帆に見える生活の中で、唯一億劫なことがあるとすれば……そう、アレだ。

 サラさんは実に優雅なひとだ。誰に対しても丁寧で優しい。ところがその聖女のような風貌が、まるで悪妖精のそれのように一変することがある。日ごろのサラさんからは想像もつかないけど、ある一人の人に対してだけ、彼女は怒りを爆発させることがあるのだ。 サラさんを怒らせるなんて、最早一種の異能と言ってもいいくらいだけど……その人も結構人気のある人なので、二人の喧嘩はふたりだけのことでは留まらず、周りを巻き込まずにはおかない。二人の怒号は本人たちの意思とは関係なく風を生み、騒乱の気を纏って学園内を吹き抜けていく。

 野蛮で愉快な、怒涛のような昼休みが始まる。……始まってしまうのだ。

 

 

 それにしても、ほんのわずかな気配の変化なのに、マリーはよくも気付くものだ。本人は「それが愛よ!」と言うが、それだけの理由ではないのはその嬉々とした表情を見れば明らかだ。要するに、マリー本人が暴れたくてうずうずしているのに過ぎない。

 そんな訳で、こういうときの彼女の勘はよく当たる、というより、外れたためしがない。廊下に出ると、確かに遠雷のようなどよめきが風に乗って伝わってくる。……どうやら覚悟を決めるしかないようだ。

「今日は実習場ね……フィア、こっち!」

 つぶやきながらも、マリーの歩みは止まらない。襟首はもう放してもらったが、あたしはついて行くだけで必死だ。空を翔るように走っていくと、やがて前方に十人程度の歩く後姿が見えた。その中の一人は、言うまでもなくサラさんだ。まっしぐらに走ってサラさんの横に並んだマリーは、歌うように、

「サラさん、加勢します!」

 と声を掛けた。

 その声に反応したのはサラさんではない。サラさんの横に並んで歩いていた女性徒……銀髪黒衣の麗人が、あたしたちの方を振り向いてニヤリと笑んでみせた。マリーの視界には、端からサラさん以外の人間は入っていない。代わりにあたしが幾分引きつった笑いで会釈を返す。

 そう、この麗人こそが、サラさんの逆鱗に触れる名人である、ラビ=ロスさんだ。凄い美人なんだけど、それを感じさせない気さくな人柄で、男女問わず特に下級生から慕われている人だ。「面白けりゃいいじゃん」という考え方が真面目なサラさんとは水と油なのか、二人はことあるごとに衝突している。……でも、衝突がここまで多いと喧嘩と呼ぶのは当たらないのかも知れない。何もかも承知した上で、遊んでいるだけなんじゃなかろうかと思える節が多々ある。

 その証拠に、こういうときラビさんの表情から笑みが失われることはまずない。まあさすがにサラさんは厳しい顔をしているんだけど。今もサラさんは厳しく前方を見つめたまま、

「これは私とラビさんの個人的な問題です。あなたには関係ないから戻りなさい、マリー」

 と正論を吐いた。

 もちろん、そんなことで引き下がるマリーではない。「サラさんの問題ならあたしの問題ですよ」とこれまた真面目な顔ではずかしいことを堂々と言ってのける。その言葉にサラさんの厳しい顔がわずかになごんだ。

 すでに十人以上の集団ができていて、その数はさらに膨張しつつあるのだから、最早本人たちだけの問題ではないことは明白だ。人気の高い二人が並べば、ただ歩くだけで人だかりがついて回る。喧嘩だって自由にはできないのだ。そのことはサラさんも十分分かっているはずで、それでもなお止めようとしないのは、何か別の思惑があるからに違いない。さっきも言ったけど、遊んでいるんだよ。多分。

 一度はマリーを止めたサラさんだけど、もう何も言わなかった。あたしとマリーは当然のようにサラさんの後ろについた。

 足早に移動していく集団は、どよめきも共に運んでいるようで、そこかしこから生徒たちの好奇の視線が投げかけられ、時に駆け寄って集団に加わる生徒もいる。なんかお祭りの行列みたいな感じだ。……まったく。お昼休みなんだからおとなしくごはんを食べていればいいのに。こういう事件には若者の血は騒ぐのだろうか。元気なことだ。あたし一人げんなりした顔をしているわけにもいかないからそれらしい振りはしてるけど、食べたかったな……玉子焼き。

 ともかく、膨張を続ける集団は騒々しく実習場に入った。魔術訓練にも使えるように、半地下に造られた堅牢な広場だ。そこにはすでに何人かの先客がいたのだけど、あたしたちを見ると脇に退いて場所を譲った。

 この時点で実習場に入ったのは三十人ほど。半数は野次馬だ。あとの半数は、それぞれの敬愛する主人を守るべくやる気まんまんで並んでいるナイトたち。ラビさんの横には8人、サラさんの横にはあたしとマリーを入れて7人が立っている。サラさんの方が人数が少ないとは珍しいことだ。変なところで律儀な二人は複数で対決する時にも人数をそろえるから、ふだんであればちゃっかり傍観にまわることもできるんだけど。今日はそうもいかないらしい。

 複数対決と言っても、ルール無用の集団戦闘をするわけではない。ちゃんとルールも決め審判も立てて行うわけだから、どちらかというとゲームに近い。と言っても、使い魔も呼び出して行うそれはだいぶ血の気の多いゲームだけど。前回は球技だったな。

 こういうとき、真っ先に発言するのは大抵の場合、ラビさんだ。今回も、

「玉遊びにももう飽きたな」

 というラビさんの一言で、あたしたちは新しいゲームで勝敗を競うことになった。

 で、「新しいゲームのルールを決める」となると、場はやっぱりラビさんの独壇場となる。まったく、「遊ぶ」ことにかけてはラビさんは天才的な才能を発揮する。……一体いくつなんだか。でも、そんなところがラビさんの魅力であることも否めない。

「今回はより実戦的なやつにしようぜ」

 というラビさんによって、あたしたちは木製の剣を持たされた。練武用として実習場に多数用意されている、軽い木剣だ。まあこれなら当たってもたいした怪我にはならないだろうけど、痛いことには変わりない。さらに、ラビさんは青旗、サラさんは赤旗を持った。

 ルールは簡単。とにかく敵の旗を大将から奪った方が勝ち。木刀で頭を叩かれた場合と、壁か床に背中を押し付けられたら退場となる。そのために、野次馬の中から審判を5人引っ張ってきた。

 両陣営は東西に分かれてそれぞれ壁際に整列した。

「……何か言いたいことはないかね」

 とラビさん。

「ありません。さっさと始めましょう」

 サラさんがそっけなく応じると、ラビさんは大げさに肩をすくめて見せる。

「つれないなあ。この際だから『ここで会ったが百年目、親の仇よ覚悟しろ』くらい言ってみなよ」

「……誰が!」

 吐き捨てたサラさんは、さっと左手の赤旗を振った。同時にサラチームの前衛4人が猛然と駆け出す。いつの間にかゲームは始まっていたらしい。先手必勝ということだろう。ちなみにあたしとマリーは後衛の3人の中にいる。

 ラビチームは一拍遅れる形になったわけだけど、ラビさんにあわてる風は見えなかった。

「きたぞ、みんなひるむなよ」

 と士気を鼓舞した後、すうと大きく息を吸い込んで、壁も震えるほどの号令を発した。

「かかれ!!」

 ……なるほど。これがやりたかったんだな。なんというか、ラビさんらしい。

 その証拠に、号令を発したラビさんはこぶしを握り締めてその余韻に浸って……は、いなかった。

 なんと彼女は、かさばる青旗をものともせずに、他の7人と一緒に猛然と走り始めたのだ! このままでは、サラチーム前衛の4人は敵の全員とまともにぶつかることになってしまう。

「わはははは。大将旗が動いてはいけないというルールはなかったよな」

 ラビさんの嘲弄がひびく。こっちは完全に意表を衝かれた。……まずい!

「前衛、そのままつっこめ! サラさんはここにいてください。フィア、行くよ!」

 マリーが叫んで走り出した。そのときには、前衛とラビチームとは戦闘に入っている。マリーは左回りに迂回して、ラビチームの側面に突っ込むつもりだ。

「三人固まって突っ込む。離れるな!」

 そういう彼女の肩に、いつの間にか使い魔――ホルンといい、大鷲の姿をしている――が載っていた。

 前衛4人のうち、すでに3人が倒れていた。向こうはまだ1人しか退場していない。人数に余裕のある向こうは、急速接近するあたしたちを認めると一斉にこちらに向き直った。視界の隅に移動する青旗が見える。

「……あ!」

 ラビさんが1人を連れて、たった1人で赤旗を持つサラさんに襲い掛かったのだ。

「フィア、よそ見するな!」

 マリーの叫びで我に返ったあたしは前方の相手に集中した。あたしの剣術はせいぜい人並みだけど、マリーは剣術も魔術も一級品だ。あたしはマリーの脇を固める形で前進する。

 ホルンが衝撃波を放ち、マリー目掛けて襲い掛かってきた2人のうち1人を吹き飛ばした。残り1人と3合打ち合ったマリーは、いとも簡単に相手の頭を叩くと、さらに前進して態勢を立て直したばかりの相手の頭を打ち据えた。あたしともう1人は、相手の攻撃を退けるので精一杯だ。その間に、前衛の最後の1人が退場させられた。これでこっちは3対3。

 その間に、実習場内にどよめきが起こった。いつの間にか野次馬の数が増えている。ざっと見ても50人は下らない。おお……という津波のような喚声に顔を上げると、サラさんが使い魔――ラフネアルを呼び出したところだった。

 魔力光がきらめき、ラフネアルを中心として風が起こった。凄まじい勢いでラビさんたちに襲い掛かった気の塊は、2人の動きを一瞬止めた。特にラビさんは旗を吹き飛ばされそうになって、あわてて地に伏せ、死に体となる。サラさんは素早く動いて、動きの止まった相手の頭をポンと打った。と同時にラビさんの使い魔を呼ぶ声が響く。

「ヴァラシーズ! 結界!」

 サラさんとラビさんの魔力は伯仲している。共に使い魔を呼び出した2人はにらみ合い、互いに隙を見出せずに対峙していた。

 それらをすべて見ている余裕は、あたしにはなかった。こっちはこっちで大変なんだから……マリーのおかげで何とか3人を倒したけれど、こっちも1人をやられた。残ったのはあたし、マリー、サラさんの3人。向こうはラビさん1人。

「ラビ=ロス! おとなしく旗を渡しなさい!」

 叫ぶマリーの声音に、こみ上げてくる笑いが混じっている。追い詰めた、と感じたのだろうか。何だか血に飢えた吸血鬼みたいだ。形勢不利と見たのか、小さく舌打ちしたラビさんは踵をめぐらして駆け出した。

「逃がすか!」

 素早くマリーが後を追う。だがその素早さがあだになった。あたしとサラさんの反応は一拍遅れて、足の速いマリーとの距離が開いた。それを計算していたであろうラビさんは、ぎりぎりまでマリーを引きつけておいてさっと体を入れ替え、見事にマリーの剣に空を切らせた。

 何をどうやったのか分からないが、マリーの体が鮮やかに一回転した。また野次馬の間からどよめきが上がる。そしてあたしが気付いたときには、ラビさんの不敵な笑みは目前にあった。

 あたしの剣技なんて、ラビさんにかかったら児戯そのものだ。あたしの剣は軽く巻き取られてはじかれ、あたしの体はマリーと同じように一回転して床に叩きつけられた。ラビさんには、あたしの後頭部に手を回して受身を取りやすいように気遣う余裕すらあった。

 ラビさんの綺麗な顔が触れるくらい近くにある。

「君、可愛いね。今度2人だけで遊ぼうよ」

 言うと、ラビさんはあたしの頬にキスをした。野次馬の中からきゃあっと黄色い声が上がる。あたしが驚いたころには、もうラビさんの体はあたしから離れていた。

「いやあ、やっと2人きりになれたね。サラ。……優しくしてね」

「……まったく、あなたは馬鹿ですか。それほどの腕を持っていながら真面目に学業に取り組まないなんて」

「いやだよ、サラお嬢さん。遊びのない青春なんて、棺桶の中の人生と変わらないじゃないか」

「問答無用ですね。あなたと私は平行線。お互いが交わることは金輪際ないということです」

「そういうこと。……じゃあそろそろ決着つけようかい」

 ……言葉だけ聞いたら悲愴な訣別宣言なのだけど、まったく緊張感に欠けるのはなぜだろう? 「決着をつける」とか言いながら、2人の闘撃の音はなかなか起こらないし。

 だがついに、2人はそれぞれの使い魔の名を呼び、魔力を増幅させ始めた。急激に膨張した魔力の塊がはじけようとした、その時……

 実習場の中に、大きく予鈴の音が鳴り響いた。と同時に審判の声が上がる。

「それまで。今回の対戦は引き分け。戦績累計ラビ5勝、サラ3勝、引き分け87回」

 その声と、おそらく100名近くは集まっていたであろう野次馬のため息を、あたしは床に転がったまま呆けたように聞いていた。

 

 

 ……こんなことが週に2度は起こるのだからたまったものではない。だが不思議と先生たちから「やめろ」という声が上がらないのは、怪我人がほとんど出ないので「遊びの一種」とみなしているからなのだろう。で、サラさんやラビさんがそれを狙っている節は大いにある。血の気の多い生徒たちは、2人の対決のおこぼれに預かって鬱気を発散できるし、野次馬たちも「いい見世物だ」というわけで気晴らしになっているだろうから……お昼ご飯の食べられないあたしはいい迷惑なんだけど……ああ、玉子焼き……

 「100人」と言えばこの学園の生徒の半数にあたるわけで、年若い彼らはやはり刺激に飢えているのかも知れない。

「あたしもまだまだだね。ラビ=ロスにあんなに軽くあしらわれちゃうなんてさ」

「……うん」

 床に叩きつけられた時、マリーはちょっと背中を痛めたらしい。瞬間気を失っていたそうだから、その後ラビさんがあたしに何をしたかは見られていないようだけど……知ったらきっと卒倒するに違いない。

 あたしは自分の「カムリ」という使い魔――イルカの姿をしている――を呼び出して、マリーの手当てをしながら歩いていた。授業が始まるまで、もうあんまり間がない。

「もっともっと力をつけて、サラさんのお役に立てるように頑張らなくちゃ」

「……うん」

「……フィア」

「……うん?」

「悪いね、こんなことにつき合わせちゃってさ」

「……ううん」

 あたしは首を横に振った。……ほんとは半分は悪いと思ってるんだけどね。でも、自分の気持ちに対してものすごく真っ直ぐなマリーが、とてもまぶしく見えることも嘘じゃない。……あたしも負けずに頑張らなきゃって、素直にそう思えるのだ。

「もう授業だね。……またお昼を食べそびれちゃった」

「そうね。……おなかすいた」

 はは……と笑いかけたときに本鈴が鳴って、あたしたちをあわてさせた。

「いけない! 急ごう、フィア」

「背中は大丈夫?」

「うん、もういいよ、行こう!」

 叫んだマリーは快足を飛ばして走り出した。あたしも負けじとついて行く。

 

 

 ……相変わらずの昼休み。何の変哲もない昼休み。でも、もう二度とは訪れない、たった一度の昼休み。

 玉子焼きの代わりに、さてあたしのおなかには何がつまったのだろうか?

 

 
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