ゴールデンウィークも明けた、うららかなある五月の放課後のこと。
聖應女学院生徒会室で、私・土屋さくらは放心気味に机の上を見つめていた。
机の上には、「辞職願い」と書かれた封筒がある。私の友人で、生徒会会計を務めていた二年の秋山沙織が、ついさっき置いていったものだ。
今年度の生徒会は、三年の会長・皆瀬初音お姉さま、副会長・烏橘沙世子お姉さま、そして二年の書記である私、会計の秋山沙織という陣容で発足していたんだけど……今日、突然さおりんが「部活に専念したい」と言い出したのだ。ほんとに突然。
私に向かって「ごめん」と頭を下げた友に対して、私は何も言うことができなかった。もう、気持ちを翻させることは無理だって、目を見て解ってしまったから。
せっかく、さおりんとは、これから一緒にかけがえのない友情を育んでいけるかも、って期待してたんだけどねえ……。自分の気持ちを持て余して、私は放心するしかなかったわけですよ。ほんと、柄でもないんだけどもさ。
「さくらちゃん……」
初音会長が心配して、私の顔をのぞきこむ。その向こうでは、言葉にこそ出さないけれど、烏橘副会長も心配げな視線を送ってきている。そんなおふたりの顔を見て、私は「いけない」と思ったんだ。
私は小さく苦笑して、「ん」と伸びをしてみせた。無理矢理にでも、自分を奮い立たせるしかない。おふたりのお姉さま方に、これ以上心配をかけるわけにはいかないでしょ。
会長は少しほっとしたみたい。わずかに和んだ顔色が、でもすぐに憂いの色に変わった。
「でも、どうしましょう……」
ほうとため息を吐く。そんな憂い顔も激プリティに見えてしまう私は会長萌えというヤツである。
「そうね。これから各部活動も本格的に始動するし、六月にはエルダー選挙もあるわ。この時期に会計がいなくなるのは正直、つらいものがあるわね」
冷静な副会長の指摘が響く。
そうなのだ。生徒の自主を重んじる聖應女学院では、生徒会は正しく実働機関であり、仕事は山ほど存在するわけで。それをわずか四人で裁くのも大変だというのに、さらに一人が欠けるとなったら……。
だからこれは、私がやらなきゃいけないことだろうね。
「後任人事の件は、私に一任くださいませんか」
私はおふたりに向かって宣言する。友の穴埋めは、同じ二年の私がやるべきなんだ。お姉さま方に甘えるわけにはいかない。
「心当たりはあるの?」
副会長が訊いてきた。ウソを言ってもしょうがないので、私は正直に答える。
「心当たりはありませんけど、ちょっと考えがあるんです。どうぞ大船に乗ったつもりでいてくださいな!」
どんと胸を叩いて見せると、おふたりは顔を見合わせて、笑って頷いてくれた。
最後は元気に大言壮語を吐けて、ちょっと私らしさが取り戻せたし、善しとしておこうかな。
その日はゆっくりおふろに入ってさっさと寝て、一晩ぐっすり眠ったら気分もすっきりした。私のとりえは元気だけだしね。おーし。がんばっていい子をみつけるぞー!
……と、気勢を上げたのはいいけど、まずは候補者をどこから見つけるかが最大の課題だったりするんだよね。
この時期はもう、部活動なり委員会なり所属先が決定して、これからがんばろうとみんなが希望に燃えているわけで。多忙を極める生徒会に勧誘する時期としては、サイアクなんじゃないかな。……まったくさおりんも絶妙な時期に辞めてくれたものさ。
特に二年、三年生ともなれば、お姉さまとしてその存在も重きを成してくるわけだから、自分の一存で進退を決めるわけにもいかなくなる。そんなわけで、私の狙い目はずばり、一年生だ。
新入早々の一年生が生徒会に参加した例は過去にもある。一番身近な例としては、烏橘副会長のお姉さま、可奈子さまがそうだ。沙世子お姉さまとは正反対のぽわぽわな性格だったけど、あれで副会長も務めたんだからびっくりだよね。……姉妹そろって副会長。まさに世襲。
一年生には知人なんていないから、ここは先生に聞くのが一番だろう。特に会計ともなれば、まず第一に計数に長じていることが求められるから、数学の先生に尋ねるのが王道というわけで。
今年の一年生担当の鷹司先生とは知らない仲じゃない。リサーチ相手としては申し分ないっしょ。
そんなわけで、私は朝一の職員室を襲撃して、出勤したばかりの鷹司先生に突撃取材を試みた。こういうのは準備時間を与えない方が、本音を引き出すことができるだろうし。
……結果から言えば、この選択はズバリだったわけだね。最初の最初でビンゴを引いたようなものだった。
「会計だから数学教師の私に、ってわけなの? あいにくだけど、数学の才能があるから事務処理能力が優れている、とは言えないわよ。関係がないとは言わないけど」
一度は素っ気なくそう言った先生だけど、すぐ「でも待って。そうね……」と考えるふうを見せ、やがて意を決したようにひとつの名を口にしたんだ。
「立花さんなんかどうかしら。ちょっと変わった子だけど、頭の回転と手の速さは一級品だと思うわよ」
「……タチバナ?」
ざわっと全身の毛が逆立つ感触が走った。運命的な予感を覚えるときって、そんなものなのかも。
「左近の桜、右近の橘」と言えば、御所紫宸殿の南庭に植えられている一対の樹木として、国語の参考書にも載っている。千年の昔から、共に寄り添いこの世の移り変わりを見てきたパートナーなわけで。
私の名前が「さくら」だから印象的に覚えていたんだけど、ここでその「タチバナ」さんに出会えるとはね。
これはただの直感でしかない。でも、直感って実は莫迦にできないんだ。私とその子は、きっとさおりん以上の仲良しになれるにちがいない。そうに決まってる。
そんな自分の予感に夢中になった私は、すっかり舞い上がってしまったんだ。
他には……と、律儀にも名簿を開いて考えてくれていた先生に向かって、私はいきなり宣言した。
「先生、私、その子にします!」
先生は目を上げると、口をぽかんと開けて呆気にとられた。
「……は?」
「これは運命、そう、運命なんです先生。どうもありがとうございました!」
「……はあ、そ、そうなの。良かったわね……」
答える先生の声が上擦っている。でもそんなことお構い無しに私は脱兎のように職員室を出た。「走っちゃダメよ!」という声が聞こえたような気がしたけど、気にしない。何しろ新しいパートナーが見つかったのだ!
「さくら」と「タチバナ」……うーん。いいじゃない。これは予想外の大収穫よね。早速タチバナさんを訪問してみよう。えーと、クラスは……
タチバナさんのクラスは……
……どこだっけ?
ようやく気付いた。私、タチバナさんのクラス、聞いてなかったんだよ。やれやれだね。
仕切り直しでタチバナさんの情報を色々仕入れた。名前は「立花耶也子」……「橘」って書くんじゃないんだね。ま、いいか。私だって「桜」じゃなくて「さくら」だし。
彼女はこの四月の勧誘攻勢にもめげず帰宅部を貫いているらしい。見上げたもんだわ。生徒会に勧誘するこちらとしては都合がいいけど、一筋縄ではいかないかも。まあそれぐらいの方が落としがいがあるってもんでしょ。
いざ!
て感じで一年の教室の前に立った私は、受付嬢に向かって「二年の土屋さくらって者だけど、立花耶也子さんはいらっしゃるかな」と声を掛けた。
やがて出てきた女の子は、ひょろっと痩せ型で、ショートカットが特徴的なナイスガイ……じゃなくてナイスガール。少し無表情なところがツボかなあ。うーん、可愛い。
「私が立花耶也子だが……何か用か」
お。ぶっきらぼうな口調もどこかラブリーだね。いい感じ。
「はじめまして。私は生徒会に所属している者なんだけど、ちょっと貴女をスカウトに来たのだよ」
ここは回りくどいのは無しだ。直球勝負でぐいぐい押していくに限る。
当然ながら、余りに唐突過ぎる話題に困惑したのか、タチバナさんは眉根を寄せて「え?」と疑惑の声を発した。
「まあまあ、こんなところで立ち話もなんだし、まずは食堂にでも行かないかい? 昼食くらいならおごるからさ」
「……いや、でも、その」
戸惑うタチバナさんを「まあまあ」と半ば強引にせきたて、私たちは食堂へ場所を移した。
「さあさあ、何でも好きなのを注文しちゃってよ」
食堂の券売機の前で、先輩としての懐の大きさをアピール。タチバナさんは上目遣いにまごまごしてたけど、やがて「じゃ、お言葉に甘えて、ハンバーグ定食を」とぼそっと口にした。
「お。旦那、お目が高いねえ。それ、前会長もお好きだったメニューですよ」
「……そうなのか。ここのハンバーグは美味い」
タチバナさんの口許がわずかにほころんだ。……ふっふっふ。反応は上々。餌付け作戦成功ってとこだね。
私自身はビーフシチューとクロワッサンを頼んだ。トレイを持って席につき、タチバナさんの顔を正面から見つめる。
「改めまして。私は二年の土屋さくらと言います。今期の生徒会で書記を務めてます」
「立花耶也子だ。……と言っても、貴女は私のことを調べた上で来ているようだが。スカウトって、一体……」
「まあまあ。まずはゆっくり食べながら、追々話そうじゃないの」
「そうか。では、いただきます」
タチバナさんはゆっくり手を合わせてからナイフとフォークを握った。なんていうか、仕種が一々リスっぽくて可愛らしいなあ。でも本人に言ったら気分を害するかもしれないので、ここは言わないでおく。
私たちは食べながら、聖應女学院の生徒会の成り立ちから、私の友人が職を辞して欠員が出てしまったことなどを話した。職務に相応の負担がある、ということも、一応知っておいてもらわないといけない。
「でも大変な分、得るところは大いにあると思うよ。会長と副会長のお姉さま方は素敵だし。作業は楽しいし」
「……ふむ」
タチバナさんは真剣に聴いてくれている。集中力、まる。
「で、欠員の補充を早急に行わないといけなくてさ。タチバナさんにぜひ、会計をやってもらいたいと思っているわけだよ。どうかな。私たちと一緒にやってみる気はないかい」
ずずい、という感じで身を乗り出し、目に力を込めて相手を見る。真面目そうな子だし、熱意には弱いっしょ。
案の定、圧倒された、って感じでのけぞったタチバナさんは、しばらく迷っているような様子を見せた。でもその表情が微妙に変わって、やがてふくらんでいたものが急にしぼむように、その肩が落ちた。
「……それは、そんなふうに言ってもらえるのは光栄なのだが。……でもどうして私なのだ?」
「……ん? どうして、って?」
「いや、その……私はまだ一年生で、しかも外部編入だから、この学院のしきたりなどがよく分かっていない。それに、その、なんていうか……お嬢様、ではないから」
「ん? お嬢様……?」
私がおうむ返しに尋ねると、タチバナさんはますます肩をすぼめた。表情も沈んでしまってる。
……ふーん。なんていうか、劣等意識のようなものを持ってるってことなんだろうか。
「まあ、確かに……貴女の立ち居振る舞いはお嬢様っぽくはないかな。でもそれって、貴女が故意にやってるもんだと思ったけど。その話し方とかさ」
むしろ彼女の場合、「お嬢様っぽくない」というのは「規格外」という意味合いが強いような気がする。それはどちらかと言うと、褒め言葉に近いと思うんだけど。
でもその言葉を聞いても、タチバナさんの沈んだ表情は変わらない。
「それは、そうなんだが……でも、全校生徒を代表する生徒会ともなれば話は別だろう。私では、色んな意味で模範にはなれそうもないし……」
「そんなことないよー。貴女でないといけないんだよ。うん」
そこは強調しておかないとだね。彼女にはきちんと自信を持ってもらわないといけない。
「だから、どうして、私なんだ?」
憂いを含みつつも、彼女の顔が上がって私の目を見た。おし! チャンスだ。ここでズバッと感動的な理由を彼女の耳に注ぎ込めば、ぐらついた心は一気にこっちに傾くはず!
私はにっこり天使の笑みを浮かべつつ、机越しにタチバナさんの手を握った。タチバナさんがさっと恥じらいの表情を見せる。オッケー。あと一押し!
待てよ。タチバナさん、じゃ呼び方として硬いな。ここはもっと、親しみのこもった呼び名が欲しい。そうだ!
「……ややぴょん」
優しく呼びかけると、ややぴょんはきょとんという顔になった。
「………………ぴょん?」
「貴女でないといけないんだよ。なぜなら……」
そこで私は大きく息を吸い込み、さらに満面の笑みと共に、ダメ押しの一声を放った。
「私が「さくら」で、貴女が「タチバナ」だから!!!!!」
周り中からスタンディングオベーションが沸き起こらないのが不思議なくらいの、劇的なシチュエーション。しかもこれ以上ないくらいの運命的な理由を聞かされて、あふれる感動に頬を染めない女子があるだろうか、いやない。
……はず、なんだけど、その言葉を聞いたややぴょんの表情は固まったまま、しばらくの沈黙。やがて二・三度瞬きをしたあと、彼女はぽかんと口を開けて、
「………………は?」
と間の抜けた声を発した。
……チッ。まさか、ややぴょんともあろう者が「左近の桜、右近の橘」を知らなかったなんてことが……だが目の前のこの間抜け面は、そのあり得ないことが現にあり得てしまったことを雄弁に物語っている。
解説が必要な時点で、感動は半減以下だけど、ここは仕方がない。
「だ、だからね。ほら、京都御所の紫宸殿の前庭に、桜と橘が植えられているのだよ。千年の昔から、その二本の木はずーっと隣同士で立っているわけ。「左近の桜、右近の橘」と言って、とーっても有名な樹木なのだよ」
「……知っている」
「……へ? な、なんだ、知ってたのかい。じゃ、なんで……」
なんだかややぴょんの肩がまたすぼまってきた。でも、なんか沈んでいるような感じじゃないなあ。肩の辺りがふるふる震えているように見える。それに、なんだろう、このゆらめいているものは? ……黒いオーラ?
「………………そ」
「ん?」
「…………そん、な、」
「……?」
「そんなふざけた理由でえええっ! 生徒会役員を決めるんじゃなああああああああい!!!」
ガチャン! ダン! ドンガラガッシャン!!
……食堂中に、怒れる猛獣の如き咆哮がとどろきわたった。
ちなみに咆哮と同時に響いた擬音は、皿の鳴る音、机を叩く音、蹴った椅子が勢い余ってぶっ倒れる音である。
「あきれ果てた! 生徒会に推挙されるからには、もう少しマシな理由かと思ってみれば! それからぴょんとはなんだ。人の名前を、本人の許しも受けず勝手に改変するんじゃない!」
口角泡とドミグラスソースを飛ばしつつ、ややぴょんは私に向かって指を突きつけ弾劾するや、くるりと踵を返して食堂から出て行こうとし……途中で気がついたように引き返してくると、自分のトレイをひったくるように持って返却口へ。そのままこちらも見ずに大股で歩き去ってしまった。
やっぱり真面目なんだなややぴょんは。なんて、変なところに感心している場合じゃない。
……やっちゃったかな。なぜだか解らんけど。
大騒動は当然食堂中の注目を集めたわけで。水を打ったように静まり返る室内で、無数の視線を浴びた私は「はは……」と乾いた笑いを放つしかなかったわけですよ。
その日の放課後、生徒会室に行ってみると、すでに来ていた副会長が「さくら、貴女一体なにしたの?」と眉をひそめて聞いてきた。淑徳を旨とする聖應女学院の生徒が、衆人環視の中雄叫びをあげるなんて、確かに前代未聞の椿事だろうしね。すでに学院中に噂が飛び交っている。
「いやー、はは。どうもやっちゃったみたいです」
「やっちゃったみたいって……それで済むことなの?」
こういうところ、お堅い副会長は融通が利かないと思う。別にどうということはないと思うんだけど、でもここは逆らわないでしおらしくしておこう。
「明日にでも、また謝っておこうと思います。でも話してみて分かりましたけど、あの子はいい子です。絶対会計にスカウトしますんで」
「……そう。分かったわ。でも、これ以上トラブルになるようなら、私たちが出るしかないわよ。覚えておいて」
「はい。お任せくださいな!」
そんな微妙にずれた会話があって、次の日の昼休み、私は再びややぴょんのところを訪ねた。
昨日の今日だし、まだ憤慨しているかと思ったら、意外にもややぴょんは開口一番、
「昨日は突然大声を出したりして済まなかった。せっかくおごってもらったのに、お礼も言わなかった。済まない」
と謝罪の辞を述べた。……うーん、やっぱりややぴょんは真面目なんだなあ。可愛い。
「いいっていいって。私とややぴょんの仲じゃないさ」
「……言っておくが、その理由を認めたわけじゃないぞ。それから昨日も言ったが、ややぴょんと呼ぶのはやめろ」
「うんうん。分かってる分かってる。それで今日も食堂に行くかい? ややぴょん」
「……お前、全然人の話を聞いてないだろう」
そうあきれ顔で言いながらも付いてくる辺り、ややぴょんにも何か引っ掛かるものがあるってことなんだろう。まだまだ結構脈ありって感じだね。
「今日もおごろうか?」
「いや、いい」
そう言うとややぴょんは自分で券売機のボタンを押した。今日もハンバーグ定食だ。
「ふーん。よっぽど好きなんだね」
「まあな」
ややぴょんは軽く相づちを打ってトレイを持った。私は今日はカルボナーラにしておこう。
「しかし、貴女も大概お嬢様らしくないな」
席に着いたややぴょんは、私の顔をまじまじと見つめながら言った。
「んー、まあ、その自覚は大ありだけどー、でもどうして? 昨日も言ってたけど、何かこだわりでもあるのかい? ややぴょん」
「だからぴょんはやめろと……ああもう。……こだわりって言うか、ここはお嬢様学院だろう」
「それはそうなんだけどね。何百人と集まった中には、そりゃ個性というものもあって当然でしょうよ。みんながみんな判で押したようにお嬢様ばかりだったら、第一面白くないっしょ」
「面白いか面白くないか、という問題ではない気がするが。しかも生徒会ともなれば、全校生徒の模範とならねばならない立場だろう。そういう意味で言えば、貴女は、なんと言うか、その……」
ややぴょんは困惑したように言いよどんでしまう。……ああ、なるほど。そういうこと。
「私は不真面目すぎるかい? はっはっはー」
「……自分で認めるか。これでも遠慮して言わないでいたのに」
「ややぴょん。どうやら貴女は、「お嬢様の呪縛」にかかっていると見えるねえ。「聖應のお嬢様たる者、こうあらねばならない」と心の中に理想の型を作り上げて、そのとおりにならない自分に失望しているわけだ。違うかい?」
「……」
私がずばりと指摘してみせると、ややぴょんはふと押し黙ってしまった。図星ということだろうけど、沈んだ表情は見られない。ただ素直に私の言葉に耳を傾けている感じ。
「でもね、お嬢様かどうか、なんて、この際問題じゃないのだよ。もちろん役員としては、仕事ができることが求められるけど、でも私に言わせれば、それも二の次だね。肝心なのはそこじゃない」
そこで言葉を切って、スパゲティをくるくるフォークで巻き取って口に放り込む。
「……ふぁんふぃんなのはふぁ」
「……食べてから言え。待ってるから」
「もぐもぐ。ごくん。……肝心なのは、やる気とそれから、……家族になれるかどうか、だと」
「……家族」
「チームと言ってもいいかな。でも家族と言うのが解りやすいかも。……たった四人の、しかも一年間だけの家族だけどね。本当の意味で家族になれたら、ひとりひとりの力は一しかなくても、四人が集まればそれが十にも二十にもなる。仕事ができる、って、つまりそういうことだと思うんだよ」
「……それは、確かに正論だと思う」
ぽつりと答えたややぴょんは、考え込むように自分の皿を見つめている。
最後の一巻きを口の中に放り込んだ私は、ややぴょんが食べ終わるまで窓の外を見つめながら待った。まだ昼休みが終わるまでには時間がある。
「ちょっと外を歩かないかい? 今日はとってもいい天気だしさ」
誘いかけるとややぴょんは黙って立ち上がった。
外は快晴だ。中庭の方へ歩いていくと、木々の間を渡る風がさあっと爽やかさを運んできてくれる。私は「んー」と伸びをした。でもややぴょんは黙ってうつむいているままだ。
彼女の中で、何か葛藤が起こっている。それが何かは私には解らない。……でも、解らなくても、伝えられることはきっとあると思うんだ。
「そんなにお嬢様が気になるんなら、なおさら生徒会に来たらいいと思うよ。私はともかく、お姉さま方はおふたりとも、とっても素敵な方だしさ」
ややぴょんが顔を上げて私を見た。……いや、ちがうな。これじゃない。
「……でも、さっきも言ったけど、お嬢様かどうかなんて、きっとどうでもいいんだよ。ややぴょんにとっても」
それは本心だ。まだ二日しかややぴょんとの付き合いはないけど、それは断言できると思う。
「例えば私なんか、まだ会って二日だけど、それでも貴女とは仲良くなれそうな気がするんだ。それは貴女がお嬢様だからとか、お嬢様っぽくないからとか、仕事ができそうだからとか、そういうんじゃないと思う。もちろん、貴女がタチバナだからでもないよ」
ややぴょんはじっと私の目を見つめている。その真剣な眼差しを感じた瞬間、なんだか私は、この子のことがちょっとだけ解ったような気がした。
私は向き直って、彼女の目を正面から見つめ返した。……多分、こんなふうに正面からぶつかってくれる人を、この子は求めていたんじゃないのかな。そしてそれは、実は私もそうなんだ。
「最初は確かに、それが大きなきっかけだったんだけどさ。でも今はちがう。貴女の言動を見て、これから一年、この子と一緒にやりたいって思った。それはウソじゃない。だから貴女は、もっと自信を持っていいんだと思う」
さおりんとは、私は良い関係を築けなかった。でも、この子となら……ややぴょんとなら、きっとできる。
あくまで直感だ。でも、直感は莫迦にできないんだよ? ややぴょん。
「だから、これから一年、私たちと一緒にやらないかい? ……いや、そうじゃないかな。一緒にやりましょう、お願いします、だね」
私は一歩進んで、ややぴょんに向かって右手を差し出した。ややぴょんはじっと私を見つめていたけど、やがて口許をわずかにほころばせ、同じく一歩進んで、そっと私の手を取った。
そう、それはひとつのきっかけ。本当に大切なものは、そこから紡ぎ出される物語の方なんだろう。
でも、きっかけがなくては、何も始まらないんだ。
その日の放課後、生徒会室にややぴょんを連れて行ったら、初音会長と副会長は歓声を上げて迎えてくれた。
……いや正確に言えば、「ありがと~」と歓声を上げたのは会長で、副会長は「そう、よろしくね」と冷静に対応していたのだけどね。こんな時くらい、素直に喜びを表現してもいいと思うんだけどねえ。
でもややぴょんの反応は面白かったなあ。副会長から冷静な対応をされた途端、背筋をぴーんと伸ばして「は、はいっ!!!」と最敬礼でもしそうな勢いで返事してたし。……ややぴょん、「デキる女萌え」ですか。
「これからよろしく! これで私たちは晴れて姉妹だね! ややぴょん」
「……やっぱりダメだ。そのぴょんには物凄く違和感を覚える。その名で呼ぶのはやめてくれ」
「なに言ってんのさー、ややぴょん! これ以上にややぴょんを的確に言い表した呼び方なんて、他に絶対ないって。断言するよ、ややぴょん!」
「……くっ! わけが解らない上に、どさくさ紛れに三回も言ったな! ……もうお前を姉とは認めない。お前など、つっちーで十分だ。つっちー。いい感じに小物臭がして素敵だろう」
「おおお。さすがややぴょん。やっぱデキる女はちがうねえ」
「……皮肉も通じないのかお前は……」
私たちの微笑ましいやり取りを、初音会長はにこにこと、副会長はあきれ顔で見守っている。これが私たち、聖應女学院第百十二期生徒会。これから一年間の、新しい家族だ。
「やーやぴょん!」
「わっ! つっちーくっつくな!」
空は快晴、五月晴れ。私たちの前途も、この空のように澄み渡っているってことで!!
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おとボク2コンテスト応募作品です。
生徒会の元気娘コンビ、ややぴょんとつっちーの馴れ初めを妄想してみました。
しかし、一万文字制限かなりキツいですねえ。尺に収めるために、物語の改変に苦労させられましたが、おかげさまでいい勉強になりました。お楽しみいただければ幸いです。
最後のイラストとサムネは、ユズミナ様の素敵な絵を拝借いたしました。ユズミナ様、この場を借りて御礼申し上げます。(^^)