「……で、ここはどこでしょうか」
見渡す限りの平原。天高く澄み渡る、蒼い空。彼方には水の流れ。
それが彼――北郷一刀が、目覚めて最初に目にした、光景であった。
「……え~っと。たしか、夕べはじいちゃんと道場で話して、で、部屋に戻ってそのまま就寝した、と。……なのに、目が覚めたら知らない場所でした、って……。一体、何がどうなってんだよ?」
目覚めてみれば、広い大地に一人きりな状況。困惑するなというのが、無理というものである。しかも、一刀の着ている服は、寝ていたときのパジャマではなく、自分が通う、『聖・フランチェスカ』の制服。その上、
「……なんで、こんなものまで、ここにあるんだよ」
”それ”は、いわゆる腰の大小。つまり、太刀と脇差。しかも、
「じいちゃんから、免許皆伝と誕生祝にってもらった、”朱雀”と”玄武”じゃないか」
北郷家――。もとは、薩摩の島津家に連なる家柄である。だが、一刀の曽祖父の代に起こった明治維新により、主家から離れて独立せざるを余儀なくされた。その後、武家としては没落し、すっかり一般家庭になりこそはしたものの、その精神――。
―武家の誇り―、
それだけは、絶えることなく、受け継がれてきた。その誇りとともに受け継がれてきた朱雀と玄武は、戦国の世から北郷家に伝わる家宝。代々その当主のみが、受け継いできた代物である。
「……といっても、母さんは跡を継ぐ気なんかさらさら無いって、さっさと親父と結婚して、俺を生んだ。で、その俺にそのお鉢が回ってきたわけだけど」
正直言って、一刀は当初、武の修行が大嫌いだった。それでも、修行を続けてきた理由は、彼の祖母にあった。一刀はいわゆる、おばあちゃん子で、祖母が大好きであった。しかし、その祖母は一刀が七歳のとき、天に召された。……通り魔に殺されかけた、一刀を庇って。
「……あの時の事は、正直覚えてないけど。……それでも、ばあちゃんが俺のせいで死んだのは、紛れも無く事実だし。……それからだっけ。本気で修行を始めたのは……。よっと」
すっく、と。
そこまで一人ごちてから、一刀はゆっくりと立ち上がった。とりあえず、朱雀と玄武を腰のベルトに通して佩(は)く。
「さてと。とりあえず、ここがどこか確かめないとな。……ケータイも財布も持っていない、か。服には乱れもないし、物取りにあったっていうわけでも無さそう、と。……ゆーかい?いや、それこそまさかだよな。うちにあるのは伝統だけ。お金なんか……一般家庭程度だし。……となると、まずは人に聞くのが一番、手っ取り早いな。……と、いうわけで」
クルリ、と。
体を百八十度回転させながら朱雀を抜き放ち、その切っ先を、”自分の背後に立って居た”黒髪の人物の鼻先に、突きつけた。
「ヒエッ!!ちょ!ちょっと待ってください!私は別に怪しいものでは……!!」
「怪しい人が自分で怪しいやつとは、言わないと思うよ?それに、気配を消して、人の背後に忍び寄ったりとか、ね?」
「う」
うめき声を出したのは、黒髪とは別の、一刀の背後で玄武の切っ先を向けられている、栗色の髪の少年――いや、少女である。
「どっちも女の子か。……見たところ、まだ二十歳前って感じだけど。とりあえず、こっちの質問に答えてもらおうかな。……ここってどこだい?見たところ、日本じゃ無さそうだけど」
右手の朱雀で黒髪の人物を、左手の玄武で栗色の髪の少女を、それぞれけん制しつつ、一刀が質問を投げかける。
「……ここは、冀州・平原郡、です。……鄴郡との、郡境に近い場所、です」
「…………は?」
「日本って、どこや?……輝里、聞いたことあるか?」
「……初耳、よ」
「…………へ?」
わが耳を疑い、一刀の思考が一瞬停止した、その瞬間。
『ッッ!!』
バッ!と。
二人が一斉に飛びのき、一刀から一定の距離をとった。
「へえ。……隙が出来たとはいえ、この一瞬で俺からそれだけの距離をとる、か。……只者じゃないね、君たち」
「……そういうあんさんもな。……輝里、あんた、どう思う?」
「そうね。見たことの無い服装に、武器。そして”あの”流星の落下点に居たこと。それだけでも、多分この人がそうだと、思うけど」
一刀に対し、それぞれに武器を構え、警戒をしつつそんな会話をひそひそとする、二人の少女。
「……なあ、こそこそ話してないで、俺にも説明してくんない?……えっと、輝里さん、だっけ?」
「ひえっ?!」
「んなっ?!……貴ッッッ様あああああっ!!」
「うわわっ!?」
一刀が、黒髪の少女の”名”と思しきものを呼んだ、その瞬間。当人は目を見開いて驚き、もう一人の少女は激昂して、一刀に対してすさまじい形相で飛び掛った。
ガキイッ!!
一刀の二刀と、少女の、脇差によく似たその短刀が、激しい火花と金属音を撒き散らして、ぶつかった。
「い、いきなり何するんだよ?!」
「なにもかにもあるかい!!輝里の真名を勝手に呼びよってからに!!その生っ白いそっ首、ウチが叩き落したるわ!!」
凄まじいまでの”殺気”。少女の瞳からは、それがはっきりと、一刀には感じ取れた。
「え?え?え?ちょ!ま、まなってなに?!俺、そんなに悪いことしたわけ?!」
わけがわからず、必死に問いかける一刀。だが、少女はその力を込めることを、やめようとはしない。と、そこに。
「由!ちょっと待って!!剣を引いて!その人、多分”真名”のことを”知らない”のよ!!貴方!訂正して!今言ったことを、早く!!」
「え?え?なに?何が何やら」
「いいから早く!訂正してください!」
黒髪の少女が必死に叫ぶのを見て、一刀はともかく叫んだ。
「わかった!!訂正する!訂正するよ!!」
「……ちーと、納得いかんけど、ま、しゃーないか」
その台詞を聞いた栗色の髪の少女が、武器とともにその殺気を引っ込めて、一刀から離れる。
「……あんさん、ほんまに”真名”のこと、知らへんのか?……輝里。やっぱ間違い無さそうやな」
「……どうやら、そのようね。……大変、失礼いたしました。ぶしつけではありますが、まずは、お名前を伺っても、宜しいでしょうか?」
「……一刀。北郷一刀、だよ」
「……姓が北で、名が郷、字が一刀、ですか?」
「いや。姓が北郷で、名が一刀。字ってのは無いよ。……で、君らは?さっきのは名前じゃないのかい?真名、とか言ってたけど」
「これは、重ね重ね失礼を。……私は、姓を”徐”、名を”庶”、字を”元直”と、申します」
「…………はい?」
わが耳を疑う、その弐。
「ウチは姓を”姜”、名を”維”、字は”伯約”や」
「…………マジデスカ」
二人の自己紹介を聞き、一刀は唖然とした。その名前は、一刀もよ~く、知っている名前であった。
「……あの、どうかしましたか?」
ひょい、と。
うなだれる一刀の顔を、徐庶と名乗った黒髪の少女が覗き込む。
「え?あ、あ~、いや、その。なんと言っていいか……」
そのコバルトブルーの瞳にどきりとしつつも、一刀はあることを質問することにした。そう、彼の中で、ほとんど確信に変わりつつある、その”事実”を、確認するために。
「あの、さ。……とりあえず、聞きたいんだけど。今って、後漢朝の時代……だったりする?皇帝は、劉宏さま?それとも」
「……はあ。確かに、今は漢王朝の御世です。今上帝も、劉宏様ですが。……それが?」
「………………あ~~~~~」
がっくりと。
全身の力が抜けて、その場に座り込む一刀。
「ちょっ!大丈夫か、あんさん!!」
「しっかりしてください!”御遣いさま”!!」
「…ハ、ハハ、ハ。……も、ほんとに、一体、何が、どうなってるんだあーーーーっっっ!!」
んだあ、んだあ、んだあ……。
広大な平原に拡がる一刀の声。
そして、帰ってくるのは、こだまのみであった。
ちょうどその頃。
大陸南部は、荊州南郡の街、長沙にて。
『~~♪』
「……いい、歌だな」
「ああ。……なんかこう、胸に染み渡るような」
「歌い手たちも可愛いじゃないか。……おれ、惚れたかも」
街中の街頭にて、大勢の群集がその一角に集い、三人の少女が歌うその歌声に、聞き入っていた。
『~~~♪』
少女たちが、一区切り歌い終わる。すると、群集から盛大な拍手と歓声が沸き起こる。
「いいぞー!姉ちゃんたちー!」
「とってもよかったよー!」
「もう一回!もう一回!」
さらに続くその声援。辺りは、一種異様な空気に、包まれる。
「みなさーん!どーも、ありがとー!」
「ちぃたちは、張三姉妹といいまーす!」
「……よろしくお願い、します」
ペコリ、と。
深々と、群集に向かって頭を下げる三人の少女。そして、中央に立つ桃色の髪の少女が、まぶしいほどの笑顔で、人々に語り始める。
「私たち、今はしがない旅芸人ですが、いずれは、”この歌”で、大陸一に、なるつもりです!」
「だからもし、その一翼を皆さんが担ってくれたら、ちぃたち、これ以上嬉しい事はありません!!」
「……なので、今後とも、よろしくお願い、します」
その左右に立っていた二人も、その笑顔を人々に向ける。と、
『わあーーーーっ!!』
さらに大きな拍手と歓声が、街路に響きわたる。
「それじゃあ、もう一曲行くよー!でも、そ・の・ま・え・に♪いつものやつ、いってみよーか!」
中央の少女の声と同時に、彼女たちの周りを、黄色い布を体の各所に身につけた男たちが、一斉に取り囲む。何人かは、その手に大きな板を掲げて。
「じゃあ、いっくよー!みんな大好きー?!」
『天和ちゃーん!!』
「みんなの妹ー?!」
『地和ちゃーん!!』
「……とっても可愛い」
『人和ちゃーん!!』
街の大路は、更なる盛り上がりを見せる人々で、埋め尽くされた。そしていつの間にか、ほとんどの若い男たちが、その体の一部に、黄色い布を巻きつけていた。
この時、彼女たちは夢想だにしていなかった。
まさか自分たちの活動が、大陸全土を巻きこむことになる、歴史上最大の農民反乱を勃発させる、その引き金になることなど。
『それじゃあ、みんな!盛り上がっていこー!!』
少女たちは歌い続ける。
長女・張角。
次女・張宝。
三女・張梁。
苦難にあえぐ人々が、希望の光を彼女たちに見出した。それが、四百年続いた漢王朝に、滅びの時を告げる、最初の動乱の、切欠となった。
そう。
その時は確実に近づいていた。
彼女たち、張三姉妹の、その歌声とともに。
『黄巾の乱』
その勃発の、三ヶ月前のことである。
『(歌で)天下を取るぞーーーーっ!!』
『ほあーーーーーっ!!』
~続く~
「はいどうも~!恒例、あとがきコーナーで~す!進行は私、輝里と」
「ども~!由やで~!よろしゅうな~!」
「さて、北朝伝、改訂版の二話目ですが」
「うちらとカズの出会いのシーンやね。ま、知らずに真名を呼んで怒られるんは、恋姫の定番っちゃあ、定番やね」
「ですね。作者ももうちょっと、ひねればいいものを」
「その作者は?」
「次の話の執筆で忙しいって。あと、バイトもあるし、なかなか進まないって、ぼやいてた」
「あっそ。ま。せいぜいがんばってもらいまひょか」
「で、あとは例の三姉妹、登場ですね」
「よう考えたら、旧作でも、前の刀香譚でも、出番無かったな。あの三人」
「そーね。ま、単に作者のど忘れでしょ。それを言ったら、南蛮勢も出てないわけで」
「・・・言い出したらきり無いな」
「ですね。ちゃっちゃと次回予告、行きましょうか」
「ついに出会った、私たちと一刀さん。これから鄴へと帰還します」
「そして、そこに待ち受けるは、赤い髪の鬼!」
「武に生きることしか出来ない、そんな不器用なあの人に、一刀さんはどう接するのか?」
「そして、うちらが持ちかける、ある”計画”。カズは?そして、ウチらの運命は?」
「次回、『真説・恋姫演義 ~北朝伝~』。序章・第三幕」
「『運命胎動』に、」
『ご期待ください!』
「各種コメントやツッコミも、ぎょーさん頼むで?ほんなら」
『再見~!!』
Tweet |
|
|
142
|
23
|
追加するフォルダを選択
北朝伝、改訂版二作目をお送りします。
一刀、輝里、由。その三人の出会い。
そして、大陸動乱の最初の切欠となった、
続きを表示