―――これは、一刀たちがまだ呉に居る時の話である。
蓮華もすっかり、一刀に心を許し、そして呉にとってはとても穏やかな日常のある日の物語。
早朝、一刀は自室で寝ていた。
自室と言っても、呉が提供してくれた部屋なので、すべてがすべて自分の物ではないが、それでも一刀にとっては心休まるプライベートルームである。
コンコン、ガチャ
「一刀・・・・?起きてる?」
ひょこっとドアの隙間から顔を出したのは蓮華だった。
ドアの隙間から見える空はまだ薄暗く、太陽もまだ登り切っていない早朝だった。まだ鳥の鳴き声も聞こえない。
返事をしない一刀に、蓮華は首を傾げ、そしてベッドで眠る一刀へと近づく。
一刀は規則正しい寝息を立てながら、すぅすぅと熟睡している。
普段はあれほど怖い一刀だが、こうして髪の毛を下ろして、眠っていると、幼子のようでとても可愛らしい。蓮華はぽっと頬が染まった。
だが、その寝顔を鑑賞するためにわざわざこんな朝早くに来たのではない。
ゆさゆさ
「一刀。起きて?起きて?」
「ん・・・・・あぁ?何だよ、蓮華かどうしたんだよ」
一刀は寝返りをしながら、まだ寝ぼけているような声で聞いた。
「今日は一緒にお出かけ。お出かけ」
「あぁ?そうだったな・・・・昼からでいいだろ?」
「嫌だ。ねぇ行こうよ。昨日ね?雪蓮お姉さまから聞いた、魚のいっぱいいる川を教えて貰ったの。今日は一緒に釣りをして、そこでご飯食べよう。ね?」
目を幼子のように輝かして一刀を揺する蓮華。一刀もさすがにそんな蓮華に強く拒否することも出来ず、仕方がなく起きあがった。
「んじゃ、釣りの準備してくれ」
「大丈夫だよ。昨日の内に全部準備した」
と言って取り出したのは、釣り竿などすべてが詰まっている風呂敷だった。それが二人分。結構な量だ。
「お前一人で準備したのか?」
「うん。楽しみで眠れなかったから、つい・・・・えへへ」
と、頬を染めて恥ずかしがる蓮華。一刀は「偉いな」と言って頭を撫でてやる。
さすがにここまで準備をしてくれた蓮華のために、一刀もいつまでも渋ることは出来ない。一刀はすぐさま着替え、いつも通りに髪の毛をセットし、そして風呂敷二つを抱えて蓮華と共に城を出た。
外はまだ肌寒く、かすかに霧がかかっていた。
だが、その肌寒さがいい目覚まし代わりとなり、一刀はすぐに目がさえた。
風呂敷を二つ両手に持つ一刀のすぐ傍を、蓮華はじーっと一刀を見つめながら歩いていた。
「一刀・・・・・片方持つよ?」
「あぁん?お前が準備したんだから、俺が持って当たり前だ」
「・・・・そぅ」
と少ししょんぼりする蓮華。そんな蓮華を見て、少し不思議に思う一刀。
「そう言えば、お前は釣りをしたことあるのか?」
「(ふるふる)」
「俺もあんましらねーぞ?」
「大丈夫。釣り糸を垂らして、後は魚を待つだけ」
「確かにその通りだけどよ・・・・魚が来なかったら、つまんねーぞ?」
「ううん。一刀と一緒なら何でも楽しい」
「そうか?」
「うん。一刀は楽しい?」
「さぁな」
「・・・・・けち」
「うっさい」
「素直じゃない」
「お前が素直過ぎるんだよ」
「一刀がそうした・・・・・責任とってくれる?」
「責任とってるだろ。こうしてお前と遊びに出掛けてやってるし」
「それだけじゃない。これからも、ずっと一緒にいてくれないとやだ」
「約束できねーな」
「・・・・けち」
「はいはい」
「ばか」
「はいはい」
「すけこまし」
「はいはい」
それから一刀は、蓮華の罵倒の言葉を穏やかな顔で聞きながらし、ただひたすら「はいはい」とだけ呟いた。
蓮華もそんな一刀に怒るわけでもなく、むしろこのような無駄な会話が出来ることがとても嬉しく思っており、ずっと一刀とそんなことを繰り返していた。
こんなことをしながら、ようやく一刀たちは雪蓮が言っていた川へとたどり着いた。
確かに水は澄んでおり、魚もたくさん泳いでいた。
一刀たちはすぐさま釣り竿の準備をすると、それぞれ岩に腰かけて糸を垂らした。
「・・・・蓮華」
「ん?」
「こんなに近くにいたら、魚が寄ってこないだろ」
「??なら、私が一刀の膝の上で一本の釣り竿で釣りする?むしろ、その方がいいな」
蓮華は一刀と肩がくっつきあうほどの距離で、にっこりと一刀に笑いかける。一刀は「はぁ」とため息をつきながら、仕方がなく釣りに集中した。
しかし、二人がすぐそばに並んでいることもあり、魚は警戒して全然釣れない。
一刀も飽き初め、蓮華もすでに一刀の肩に頭を寄りかかった状態で、地面に落ちていた葉っぱを折りたたんで遊んでいた。
「がおー」
「ん?」
膝に何かが当たると思ったら、蓮華が葉っぱを折りたたんで作った何かを一刀の膝の上に乗せて遊んでいた。蓮華の鳴き声からすると、何かの動物らしい。
「がおーがおー」
「子供かお前は・・・・」
「がお?」
「いや、気にすんな」
「がお♪」
蓮華はご機嫌に一刀の膝や腿を葉っぱの動物で歩きながら、ご満悦。
一刀もため息をつきながらも、邪魔しないように口を挟まない。
「将軍。ここが何やら膨らんでいます」
「そこはやめろ」
「ふむ。よし、呉の精鋭たちよ!そこに突撃をかけよ!」
「やめろ。頼むから」
「一刀・・・・私はこう見えても呉の王族なのだ。どんな敵にも背中を向けない!」
「呉の王族なら尚更ここには突撃をかけるな。それ以上続けると、帰るぞ」
「うぅ・・・・撤退します」
とぼとぼ、と蓮華の指が一刀の大事な部分から撤退をした。まったく、何をしているのだこいつは・・・、と一刀はため息をついた。
「一刀・・・・お腹すいた」
「んだな。魚も釣れないし、米だけでも食うか」
「米?一刀、準備してたの?」
「あれ・・・?お前が準備したんじゃねーのか?」
「だって、魚を食べるつもりだったし・・・・・」
「魚だけ食うつもりだったのかよ・・・・しょうがない、一度帰って出直すか」
もうそろそろ皆が起き出し、朝食の時間だ。ここに来ていることは斗詩たちに言っていないから、心配させたら悪い。一刀は釣り竿をしまうと、立ち上がる。
横では蓮華が頬を膨らませて一刀を見上げている。
「ぶーぶー」
「文句言うな。こうして遊んでやったし、飯食い終わったら、また来よう」
「はーい」
そう言って、あまり意味がなかった釣り竿の片づけを開始し、そしてまた一刀が風呂敷を二つ持ち、帰り道へと急いだ。
「一刀。片方持つ」
「ん?だから準備してくれたお前に・・・・」
「・・・・・持つったら持つの」
「??んじゃ、頼むな」
「うん♪」
蓮華は一刀から風呂敷を一つ貰い受けると、一刀の開いた手に自分の手を差し出して繋いだ。
一刀が蓮華を見ると、蓮華は少しはにかんだ笑顔を浮かべている。
「お前・・・・こうしたかったのか?」
「うん・・・・・駄目?」
「駄目じゃねーけど・・・・はぁ」
「♪♪」
ご機嫌に手をふる蓮華に、一刀はまたため息をついて、そして一緒に仲良く呉の城へと帰って行ったのであった。
―――一刀たちが呉に居た、何気ない日常の一コマである。
次回には続きますん
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さて、予告通りに番外編です。
何度も言うとおりですが、これは盛り上がるところもなければ、シリアスもありません。まさに意味のない物語です。
なので、記憶喪失物語の蓮華好きな人しかお勧めしません。