公孫賛と張飛達が綿竹関を落とした、その翌日。
時はそこまでさかのぼる。
関の中の会議場にて、公孫賛たちの下を、一人の女性が訪れていた。
「李恢、字を徳昂にございます。お目通りいただき、感謝いたします」
「私が公孫賛だ。一応、この関の責任者を勤めさせてもらっている。それで、一体何の御用でしょうか」
「翠と蒲公英、いえ、馬超・馬岱の二将に、面会をさせていただきたく」
「あの二人とお知り合いなんですか?」
拱手をしたままひざまずく李恢に、徐庶が問いかける。
「はい。翠の、孟起の母とは親しく交わっておりました故、あの二人のこともよく存じております」
「そうか、馬騰どのの御友人か。……で、あの二人に用とは、どのような内容で?」
「……亡き杏になりかわり、叱りつけに来ました」
「叱りつけに?」
「はい」
場面は変わって、関の中の一室。
馬超はうなされていた。
それは、悪夢。
あの戦場での光景を、何度も何度も、繰り返し見続けさせられる。
一刀によって、母が討たれる瞬間を。
「おね……しっか……!!」
「う、うう、うあああ!!」
「お姉さま!しっかりして!!」
「はっ!?……たん、ぽぽ……?……そうか、あたしはまた、あの夢を……」
全身にびっしょりと汗をかき、息を乱しながらも、従姉妹の馬岱の顔を見て、馬超はほっと胸なでおろす。
「また、いつもの夢?」
「ああ。……なあ、蒲公英。あたしさ、正直に言うとさ、判んなくなってきたよ。あの時見た一刀が、本当に、本物の一刀だったかどうか」
「……お姉さまも?」
「!…おまえも、か?」
顔を見合わせる二人。
「うん。昨日、あの人に負けて気絶した後、今のお姉さまみたいに夢を見たの。でも、私の夢の中でおば様を殺したのは、一刀さんじゃ無かった」
「あたしは、昨日鈴々に敗れた瞬間だけ、お前と同じ夢を見た。……あれは、一刀じゃなかった。あたしの、まったく知らない奴だった」
昨日の幻視と、今日の夢。その二つが食い違っていることを、互いに語り合う。
この時、二人はある事に気づいていなかった。
昨日までは、二度と呼ぶことは無いと誓ったはずの、一刀と張飛の真名を、呼んでいることに。
がちゃり、と。
突然扉が開けられたのは、その時だった。
「翠、蒲公英。どうだ、体の具合は?」
「……心配してもらわなくても、あれ位でどうにかなるあたしじゃないよ。何か用かよ、白蓮」
「……翠。お前、今なんて……」
「あ?何だよ?名前を呼んだだけだろ?」
「……気づいていないのか?お前、今私の真名を」
「……え?あれ、あたし、何で」
公孫賛に言われ、その事にようやく気づく馬超と馬岱。
「……どうやら、術が解けかかっているようね」
「術?」
「……椿さま?」
「あ!椿さんだ!!」
公孫賛の後ろにいた李恢に、ようやく気づく馬超たち。
「公孫賛どの。ここは、三人だけにしていただけませんか?」
「ああ。二人もその方がいいだろう。話が終わったら、外の兵に声をかけてくれ」
「わかりました」
ぱたん、と。扉を閉めて公孫賛が部屋から退出する。
「……それにしても、二人とも元気そうで何よりだわ。でも、それ以上に情けなさ無いことこの上ないわね」
「……面目ない。母上の仇も討てず、こうして囚われの身になっているなんて。……穴があったら入りたいです」
寝台に腰掛けたまま、馬超はうつむいてため息をつく。
「……何を勘違いしているの?あたしが言っている情け無い、というのはね、そんなことを言っているんじゃないの」
「え」
「私が言いたいのはね、敵にまんまと利用されて、大切なお友達を殺そうとしたことを言っているのよ」
「りよ、う……?」
「……それってどういうこと?蒲公英たち、敵に利用されてなんか……あ」
「蒲公英は気づいたようね。……これから先は、杏の、母親からの叱責と思って聞きなさい」
『母上(おば様)の?』
李恢の言葉に、思わず身を引き締める二人。
「……親を殺されて、大きな衝撃を受けた。それは、当然のことよ。でもね、そこで我を忘れたことが、あなた達の失策。杏が殺された後のこと、何も覚えていないんでしょう?」
「は、はい。……気がついたら、漢中の者に保護されていました」
「覚えていたのは、一刀さんに、おば様が、殺されたことだけ、でした」
「敵の巧妙なところはそこよ。杏を討てるほどの者が、貴女たちだけは見逃した。なぜか」
「……あたし達と、一刀を、同士討ちさせる、ため」
こくり、と。馬超の言葉にうなずく李恢。
「どんな術かまでは見当がつかないけど、あなた達二人を気絶させたか何かした後、その記憶の一部を消し、そして書き換えた」
「私達が、漢中で拾われたのも、一刀さんたちが益州を侵略しようとしてるって言う、その情報を流したのも、もしかして」
「おそらくはね。……随分、遠回りな、手の込んだ二虎競食の計だわね」
馬超と場岱は、ただ、黙りこくるしかなかった。
それも仕方のないことだった。
何者かの陰謀にまんまと乗せられ、それに気づくこともないまま、大切な友らを仇と憎み、そして、昨日に至っては、とんでもないことを宣言してしまったのだ。
真名の返上という、とんでもないことを。
気がつけば、二人は大粒の涙を流していた。
後悔なんていう、そんな生ぬるい言葉では表現しきれない、様々な想いのこもった涙が。
まるで、何かを洗い流すかのように、いつしか二人は、大声を上げて泣き始めていた。
その声に驚いた公孫賛や張飛達が、慌てて部屋に駆けつけても、二人は延々と、涙を流し続けた。
それこそ、涙がすべて、枯れ果てるまで。
それから数日後。
公孫賛に連れられ、成都の一刀たちと合流した馬超たち。
だがその中に、李恢の姿はなかった。
是非協力を、という公孫賛の言葉に対し、李恢はただ、静かに首を振った。
「私はすでに隠棲した身。今後も影に徹し、皆様を裏から支えたいと思います故」
そう、にっこりと笑顔で。
それを聞いた一刀は、
「……そか。残念だな」
「絶対応えたいね、そうやって支えてくれる人たちに」
「そうだな」
劉備と笑顔を交わすのであった。
なお、馬超と馬岱の二人は、正式に一刀の配下に入ることとなった。
あの涙が全てを流しつくしたのか、もう、例の悪夢を見ることは無くなった。
綿竹関において、公孫賛と張飛に言ったあの言葉に関しても、二人は土下座をして許しを請い、取り下げさせてもらう事が出来た。
後日、馬超はこう語った。
「その日からだな。やっと、安心して眠れるようになったのは」
と。
母を討ったのが、実際には誰だったのか。そして、自分達に一刀を仇と思い込ませた、その術者は誰なのか。
二人がそれを知るのも、おそらく、そう遠くないであろう。
李恢は最後に、二人にそう語った。
自信は無いが、確信はある、と。最後に添えて。
<あとがき>
あ、さて。拠点の恒例あとがきです。
「はい。司会進行の輝里です」
「同じく由や。今回もよろしゅう」
さて、と。ようやくこれで、拠点は終えれたわけですが。
「でも、結構書いてないことがあるんじゃない?」
「せやな。袁家と孫家のその後とか、魏のこととか」
袁家と孫家については、最終章で少しだけ語るつもりでいます。魏に関しては、本編に絡む重要な話ばっかりなんで、拠点からはあえてはずしました。
「で?最後のプロットはもう出来たわけ?」
まだです(きっぱり)。
「・・・・・・あんたな」
「開き直ればいいってもんじゃないですよ?」
というか、エンディングはもう出来てる。大筋も大体組みあがってる。
「ならほとんど出来てるんじゃ?」
細部調整がうまくいかんの。それと、仲達と五神将の正体も、二通りあるうちのどっちにするか、結論が中々でない。
「・・・優柔不断」
(ぐさっ!)・・・だから、次の投稿まで少し時間がかかるかもしれません。気長にお待ちいただけたら、嬉しいです。
「学園祭は?参加するんでしょ?」
・・・内緒。君らもうかつなことしゃべらないようにね。
「へーい」
では、今日はここまで。
「コメント、たくさんお待ちしてますね」
「支援もぽちっと、押してやってくれると、作者が喜ぶんで、一つよろしゅうにな」
それではみなさん、
『再見~!』
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さて、刀香譚最終拠点シリーズ、第五弾です。
これが、刀香譚における最後の拠点となります。
今回も前回同様、どたばたは無しです。
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