◆真・恋姫†無双~愛雛恋華伝~
18:【黄巾の乱】 幽州騒乱 其の四
「お疲れさま、恋」
一刀は笑顔を浮かべて、戦場から戻ってきた呂扶を迎え入れる。
さすがに疲れを見せている彼女。俯くほどではないが、一刀の言葉にもうなずきで返すだけだ。
もともとが無口なだけに、その違いも傍目からでは分かりづらい。
だが普通に考えれば、疲れだとか怪我だとか、そんな心配で済むような状況ではなかったのだ。
たったひとりで、数千もの敵の只中に吶喊し、その中心で武を振るい続ける。それがどれだけ異常なことか。
どれだけ頑強な精神を持っていようと、どれだけ経験を積んだ百戦錬磨の手練れであろうと、"普通"でいられるはずがない。
身も心もヘトヘトに決まっている。
ゆえに彼は、一騎当千たる"呂扶"を称えるのではなく、ひとりの人間としての"恋"を労わる。
「恋、ありがとう」
一刀は優しく彼女を抱きとめてやり、頭に回した手に力を込め、撫でる。呂扶も心地よさそうに、目を閉じながら、彼に身体を預けっぱなしにする。
彼は、よくやった、とはいわない。
がんばったな、ありがとう、と、労うと同時に感謝する。
黄巾賊は、自分たちに害を為す者。公孫越が檄を飛ばしたように、温情を与える余地はない。一刀もそう考えている。
だがそれでも、その手で奪っていたのは、ヒトの命。
やらなければいけないことだったにせよ、それを"よくやった"と褒め上げていいものか。疑問に思ってしまう。
ただの言葉遊びだ、といってしまえばそれまでだ。
一刀自身、生き残るために多くのヒトの命を奪ってきた。なにを今更と内心自嘲もする。
理由があれば殺していい、などとはいわない。だがこの時代、ヒトを殺めるには多く理由がある。
そこにあるのは良い悪いではない。許せるか許せないか、だ。
誰でも好んでヒトを殺すわけではない。どれだけの武を誇っていても、ヒトの命を奪うことを目的とする者がいるものか。
一騎当千と呼ばれる呂扶であっても、おそらく戟を振るうたび、その心に傷を負っているだろう。一刀はそんな想像をする。
彼が"現代人"であった名残が考えさせる、見当違いなことなのかもしれない。
それでも、手にかけた命の重さに知らず圧し潰されぬよう、気を配る。自分にも、そして周囲にも。
だから一刀は、呂布だけではなく、戦場から戻ってきた人たちを出来うる限り労わろうとする。
ヒトの命を奪うことに、慣れてしまわないように。
幽州の北に集結した黄巾賊はほぼ討伐し終えたと見ていた。
転戦してきて感じた感触から、今回ほどの規模にまで膨れ上がることはないと、公孫越を初めとして各諸将は考える。
小競り合いはまだまだあるだろうが、規模の大きなものは直近では起こらないだろう、と。
「次は、南ですね」
まったくこれだけの黄巾賊がどこから現れるのだろうか。思わず公孫越は溜め息を吐く。
もともと黄巾賊が蜂起したきっかけは、地方を治める太守に対する反発だ。
ひとつが引き金となり、暴動が各地で発生する。規模はどんどん大きくなっていき、漢王朝に対する不満が連鎖的に爆発していった。
それぞれにつながりはなくとも、行動の根底となるものは同じだ。漢の勢力にあった地には、まんべんなく黄巾賊がいるといっても過言ではない。
「幽州はともかく、他の地方の民はそれだけ、生活に限界に来ているということですよ」
だからといって、他の人間に弓引く理由にはなりませんが。
そんな一刀の言葉に、身を引き締められる公孫越だった。
漁陽と北平の両軍も、幽州南部の黄巾討伐に出向くという。だがその前にそれぞれの郡へと戻り、軍の再編成を行うつもりだと。
それなりに被害も出ている。当然の行動だろう。
では公孫軍はどうするか。
「……このまま南下し討伐に向かう、のは、ダメでしょうか」
公孫越が、やや自信なさげに口にする。
漁陽軍や北平軍と比べ、公孫軍が一度戻るには遼西郡はやや遠い。
戻ってすぐに軍を再編成し、大急ぎで再び出征するとなると、時間も手間もかかる。
その間に状況が悪い方へと向かうとしたら、後悔してもし切れないだろう。彼女はそう考えた。
幸い公孫軍の死者はそう多くはない。怪我人も、重症といえる者はほとんどいなかった。他の軍勢と合流して共同戦線を張れば、数は少なくとも戦力になれるだろう。
遼西郡にも、派兵の要請はいったらしい。だが、北方の黄巾討伐に兵を裂いたためすぐには対応できない、という返事があったという。
ならば、少数であってもすぐさま駆けつけた、という事実は、遼西郡に対する風評もいい方に受け取られるに違いない。
将たちの間でのそんなやり取りを経て。これからの方針が決定する。
公孫越に対して、自分の考えと決定は自信を持って口にしなければなりませんぞ、といった教育的指導が行われながらではあったが。
公孫軍はひとまず、漁陽軍に同行し行軍。そこからさらに幽州治府の置かれる薊へと向かうことにした。
漁陽の細作に依頼し薊へと伝令に走ってもらい、幽州刺史に軍勢を合流させる旨を伝達する。
合わせて、遼西郡・陽楽にも伝令を走らせることも忘れない。
予定外の行動に入るのだ。行く先がひとまず伝わっていれば、なにかと調整も出来る。増援も期待出来るかもしれない。
「でも、いま遼西の兵力って空っぽなんですよね」
「北方の黄巾討伐に、出払ってしまっていますからね」
「鳳灯さんが、南に兵力を避けないって応えたのも、相当苦しかったでしょう」
北上組の公孫範、公孫続たちが陽楽に戻ってきたとしても、そう簡単に出征出来るわけでもない。
改めて周囲の防備などに兵力を割り当て直さなければならないし、強行軍に過ぎて合流前に兵が潰れてしまうこともあり得る。
公孫越のそんな言葉に、一刀もうなずいてみせる。他の将の面々も、そうそう人を割けない現状に頭を痛めていた。
「それならば、我らが遼西の防備役に立ってやろうか?」
丘力居の申し出に、公孫の将たちが一様に驚く。
「ついでに伝令も買って出てやろう。細作よりも我らの馬の方が早いだろうしな」
烏丸の兵が、幽州南部にまで足を伸ばすのはさすがに問題がある。漢側から見れば侵略かとも取られかねない。
同時に烏丸族から見ても、あまり自領から遠く離れるのはよろしくない。
ゆえに、これ以上は公孫軍に付き添うことは出来ないということだ。
ならその代わりに、遼西郡の防備に手を貸してやろうというのが丘力居の提案である。
入れ替わりに今現在防備に当たっている軍勢をまとめ、幽州南部に派兵すればいい。
程なく北上していた軍勢も戻ってくるだろう。その後にまた再編成して派兵を追加する。
無格好ではあるが、時間と兵力を遊ばせておくよりはよほどいい。
「どうだ? 悪くない提案だと思うが」
「はい。あたしは、いい案だと思うのですが」
公孫越は、ちら、と、背後に居並ぶ古参将の様子をうかがう。それを見て、心配は要らない、と丘力居は笑ってみせる。
「将の方々が懸念するのはよく分かる。だが遼西に手は出さんよ。
呂扶の働き振りを見て、喧嘩を売るのは得策じゃないと思い知らされたからな。割に合わん。同盟を組んだ方がよほどいい」
黄巾どもを大人しくさせたら改めて、同盟を組みたい旨を伝えるつもりだ。
その言葉に、公孫の将たちは先ほど以上に驚いて見せた。
こうした思いもよらぬ流れから、遼西郡と烏丸族との同盟がなされることとなった。
これは後に幽州全体にも広がっていくことになる。
幽州の南部に黄巾賊が集結している。この知らせを受けたのは幽州の人間ばかりではない。
黄巾賊討伐のために方々を転戦している諸侯の元にも情報は入ってくる。独自に細作などを放っている勢力ならば、なおさら情報の鮮度は高い。
もちろん、曹操の耳にもその情報は入って来ていた。同時に、幽州北部と烏丸族との国境にも黄巾賊が集まっているという情報も入って来ている。
これを耳にした劉備は、今すぐ幽州に向かうべきだと談判する。
「今、遼西郡に白蓮ちゃんはいないよ!」
友達の故郷が危ない、助けに行かなきゃ。友を思うがゆえに、劉備は半ば本気でそう主張する。
彼女に仕える諸葛亮、鳳統ら軍師も、主とは違った理由で、幽州に向かうべきだと考えていた。
今現在、劉備たちと行動を共にしている者の数はおよそ4000。その半数近くは、かつて公孫瓉の元で募った兵たちだ。
ここで幽州の危機に駆けつけず無視をすればどうなるか。故郷を心配する兵たちが劉備から離れていく恐れがある。
曹操軍から離れてでもここは幽州に駆けつけるべきだと、諸葛亮と鳳統は、劉備に進言していた。
曹操もまた、これに対してどう動くか考えている。
彼女は幽州、ことに遼西郡に興味を持っていた。
治世の良さや町の発展具合など、遼西郡のいい噂を数多く聞く。その流れを受けて、幽州の他の地方もまた同じように発展を遂げつつあるという。
そこまで噂になる、遼西という地。そしてそこを治める公孫瓉を始めとした人材の働き。
よいものを取り入れることに貪欲な曹操にとって、それらを無視することなど到底出来ない。どういったものなのか、一度視察に赴く必要があると思っていた。
そこに、今回の黄巾賊集結の報。一番興味の的である遼西郡からは距離がある。直接なにかの害が及ぶということはないだろう。
だが、あの見るからにお人好しな太守が治める地だ。
彼女以外の臣下たちも似たようなものなら、同じ幽州の危機に黙ってはいまい。
風評にも関わる。
上り調子の遼西郡にとって、自分の土地以外はどうでもいいといった印象を持たれることも避けたいに違いない。
「ここで公孫瓉に恩を売っておくのも手か」
そんな軽い思惑から、曹操も幽州へ向かうことに決める。
こうして、曹操軍と劉備軍は進路を北に取った。
時は移り。場所は遼西郡・陽楽。
「あわっ、丘力居しゃん」
「久しいな鳳灯」
相変わらず噛み噛みだな。
そういいながら無造作にワシワシと、慌てる鳳灯の頭を撫でる。
丘力居と鳳灯。このふたりは既に面識がある。
公孫瓉が出征する前に結ばれた、遼西郡と烏丸族の同盟。これに関するやり取りは、このふたりの主導で行われていた。
「ここにいらっしゃるということは、越さんたちも直に戻られるということですか?」
「残念ながら違う。今のわたしは伝令係なのさ」
丘力居は、公孫軍の伝令として伝えるべきことを鳳灯に伝える。
その内容に驚いた彼女は、即急に内政官や武将格の面々を集めるよう、伝達を回した。
彼女の招集に応えて、さほど時間を置くことなく主要な面子が集まる。
玉座の間に居並ぶ面子を確認し、鳳灯は、まず公孫越らに関する報告をする。
黄巾賊15000と相対した。
それを聞いた面々は一様に顔色を青くさせた。
だが、漁陽軍や北平軍との連携もありその過半を打ち破ったと聞き、胸を撫で下ろす。
一息つく間もなく、公孫越たちは移動。漁陽軍に同行し、漁猟を経由して薊へ。そこから南へ向かうという。
「で。さすがにそこまで付き合うことは出来ないから、烏丸が戻るついでに伝令役を請け負ったってわけさ」
「なるほど、そういうことでしたか」
「あと、公孫越には軽く話をしたんだがな」
現在、遼西の防備を努める兵力を再編成し、南征させる。代わりに烏丸族の兵が遼西の防備に回ろうというもの。
丘力居の提案に、その場の面々は揃って驚く。
公孫越のところでも同じ反応だったな、と、彼女は苦笑を禁じ得ない。
確かに、このところは穏やかになっていたものの、かつてはことあるごとに諍いを続けていた相手なのだ。こんな歩み寄りがなされるとは思いもしなかったのだろう。
「他意はない。呂扶の戦いぶりを目の当たりにして、あれに敵対するのは損だと思ったのさ」
「……なるほど」
信用していいだろう。鳳灯はそう思う。他の諸将たちも同じ考えを得ていた。
今の丘力居の話だけでも、数千の黄巾賊を呂扶ひとりで蹴散らしたというのだ。いかに腕に覚えがあったとしても、出来るならば敵になど回したくないだろう。
「分かりました。ご好意に甘えさせてもらいます」
内政官たちとの軽い話し合いも経て、丘力居の提案を受けることにする遼西郡の面々。
そうと決まれば早速と、武官の面々は席を立ち、再編成の陣割のために退室する。烏丸族の面々にも合流してもらい、必要事項の伝達などに走り出した。
「北に向かっていた範さんたちも、あと数日で戻って来られるようです。後発組として、可能な限りこちらも組み込みましょう」
公孫範からの伝達も数日前に届いていた。
兵たちの疲労度にもよるが、いま陽楽にいる兵を出征させた後にすぐさま、軍の再編成を行う必要がある。
範さんと続ちゃんは、戦場の恋さんは見ておいた方がいいかもしれない。なら私もついて行った方がいいかも……
これからの対応に、あれこれと思いを巡らす鳳灯だった。
そして、遠征に出ている公孫軍本隊。
遼西郡陽楽からの伝令は無事に合流しており、現在の状況を公孫瓉らに伝えていた。
「北に15000、南に30000か。挟まれたな」
「いや、れっきとした軍勢ならまだしも相手は黄巾賊。それぞれが連携して動いているとは考えづらいですな」
「それもそうか」
趙雲の言葉に、公孫瓉はうなずいてみせる。
とはいうものの、実際に挟み撃ちにされる危険もある。気分のいいものではない。
「北の勢力に関しては、鳳灯に任せておけば平気だと思います。呂扶も借り出されたようですし」
「そうですな。あやつひとりいれば、それくらいであれば凌げましょう」
付け加えるように、関雨と華祐が"問題なし"と太鼓判を押す。
呂扶の実力は、公孫瓉も趙雲も理解している。
だが仮にも万を超えた相手に対して、彼女一人でなんとかなるとは普通は思わない。
だが付き合いの長いふたりがそういうのならば、なんとかなるのだろう。それでも、不安を覚えるのは無理からぬことだ。
「まぁ、丘力居たちも混ざるなら、そう妙なことにはならないか」
「それもそうですな」
戦場に立つ呂扶の姿を見たことがないふたりにしてみれば、きちんと実力の程を知っている丘力居の方が把握しやすい。
公孫瓉と趙雲がそんな考えに落ち着いたのも、無理からぬことだ。
「伯珪殿。ならば、我らは南側の黄巾賊の討伐に当たりましょう」
「そうだな。薊にも討伐隊が集められているようだし、うまくいけば挟み撃ちに出来るだろう」
「では薊に伝令を走らせましょう」
「あぁ、頼む」
こうして、公孫瓉、趙雲、関雨に華祐らも、幽州南部へと行軍を開始する。
幽州南部に展開する、黄巾賊約30000。
これを包囲するかのように、討伐軍が集結する。
幽州の治府に集まった、公孫軍を始めとした合同軍約16000。
南から幽州へ向けて進軍する、曹操軍6000と劉備軍4000。
そして公孫瓉らの公孫軍本隊6000。
各々思惑を持ちながら、黄巾の乱の山場は、幽州南部にて展開される。
・あとがき
またひとつ、書きたいシーンが浮かびました。
槇村です。御機嫌如何。
一度、テキストデータが消えました。呆然。
消えたテキストを思い出しながら復元していたら、まったく違うものになりましたよ?
まぁいいや。
今回に限らないのですが、書いているうちに、もっと先に展開するであろうストーリーを思いついたりします。
そういうのはぜひとも書いてみたいシーンでもあるので。
そこに向けて、途中のお話を組み立てているという面もあります。辻褄を合わせながら。
で。
またひとつ、いやふたつか、シーンが頭の中に出てきまして。
想像して見ると、ラストシーンっぽい展開に。
……そこまで、書き続けられるのだろうか。
時間はかかるでしょうが、なんとか、続けて行こうとは思っております。
書くのが辛くならない程度に、かつ時間がかかり過ぎない程度に。
いろいろと書き込みもいただき、ありがとうございます。
皆様の書き込みが切っ掛けで、ふとなにかを思いついたりもしております。ありがたや。
でも、槇村が書こうとしていた内容そのままを、「こうなるといいなぁ」みたいに書かれたときは心臓がビートを刻みます。
超高いBPMで。
……追いつかれる。(進展が遅いせいだろ)
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まだまだ続くよ黄巾の乱。
槇村です。御機嫌如何。
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