No.178121

真・恋姫†無双~愛雛恋華伝~ 19:【黄巾の乱】 幽州騒乱 其の五

makimuraさん

文章ドン、更に倍。でも戦闘に入らないという不思議。

槇村です。御機嫌如何。


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2010-10-14 06:07:09 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:4992   閲覧ユーザー数:4017

◆真・恋姫†無双~愛雛恋華伝~

 

19:【黄巾の乱】 幽州騒乱 其の五

 

 

 

 

 

幽州の南部に位置する涿郡、そして漁陽や広陽と接する河間国や渤海。そんな広い範囲に渡って、黄巾賊が集結している。

その数は、およそ30000にも及ぶ。最低でも、という報告を考慮するなら、実際の数はさらに上回るだろう。

 

当初、この30000の勢力と時期を同じくして集結していた、幽州北部の黄巾賊15000との挟撃が懸念されていた。

だがそれも、公孫越及び丘力居の率いる合同軍の働きによりその大多数を討伐。

生き残った者も散り散りに逃げ出し、北部の黄巾賊はほぼ壊滅したといってよかった。

 

残るは、南だ。

公孫越率いる公孫軍は休む間もなく移動。幽州の治府である薊まで行軍し、黄巾賊討伐軍に加わることとなる。

数が少ないとはいえ、精強で名の知れた遼西の軍勢である。烏丸族と共に、幽州北部の黄巾賊を蹴散らしたことも伝わって来ている。彼女らの参加は大いに喜ばれた。

 

公孫越、呂扶に一刀らが討伐軍に組み込まれている間に、遼西からの伝令が到着した。

内容は、北上組であった公孫範公孫続は無事に帰還したというもの。それを聞いて公孫越は思わず笑みを浮かべる。

被害も極少のため急ぎの出征も問題ない、出来る限り早く軍勢を整え薊に向かうとのこと。その数3000。

公孫越はさっそくその件を幽州刺史に報告し、それも踏まえた陣割を要請する。

また加えて、合同軍の中でも先陣を切らせてもらえないか求めた。

北での討伐戦もあり、連戦となる。刺史も驚いていたが、申し出の理由を聞き納得。求めた通りに、公孫軍は先鋒を請け負うこととなった。

先鋒を求めた理由は、遼西からの伝令が伝えた、鳳灯の求めによるもの。

曰く。公孫瓉らの公孫軍本隊が遼西に戻るべく北上している、ならば本隊と連携し黄巾賊を挟み撃ちにしよう、というのが狙いである。

頭数で大きく負けている中、この提案は魅力的に過ぎた。合同軍の取る策の骨格が決まり、それに沿った陣割などが組まれていく。

出征準備の終えた合同軍は一足早く出立し、行軍の道中で、公孫範や公孫続そして鳳灯らの軍勢と合流する。

合計で16000にも及ぶ大所帯となり、幽州合同軍は一路、黄巾賊の屯する地へと進軍していった。

 

ちなみに。行軍中の軍勢と連絡を行き来させるという、責任重大なおかつ忙しないやり取りをやってのけた伝令係数名の奮闘が重要であった。

彼らに対し、黄巾の乱後、お疲れ様という理由から"北郷一刀が腕を振るう舌鼓コース"が振舞われたという。

これを羨む人がかなりの数に及んだというのは余談である。

 

 

 

行軍の最中にありながら、細作や伝令の行き来は激しい。同じく黄巾賊の勢力を目指して北上している公孫軍本隊とのやり取りのためだ。

そんな報告の中に朗報があった。公孫軍とは別に、曹操軍と劉備軍までが加わることになったのだ。その兵数は合わせて16000にもなる。

こうなると、北に16000、南にも16000という数で挟撃することが出来、数字の上でも上回る。

この事実は兵の皆に明るい話題として広がっていった。

 

「劉備は分かるけど、曹操って?」

 

あくまで一般人の一刀は、遼西の外のことに関してはあまり詳しくない。

もちろん"天の知識"としてのものは知っている。だがこの世界における曹操については、最近良く聞くようになった新太守、程度の知識しかない。

 

「商人の旦那衆が、最近良く話してるんだよ。遼西の次は、陳留が盛り上がるって」

「皆さんらしい、たくましい反応ですね」

 

一刀の話を聞いて、鳳灯は、くすり、と微笑む。

 

「曹操さんは陳留の太守となってまだ日は浅いのですが、執っている治世が厳格ではあるものの公正で、民からの評判もいいようです

商人をあまり差別しないこともあって、以前よりも賑わっているらしいですよ」

「ふーん。……"前の世界"と比べても、変わらない?」

「そうですね。今のところ知る限りでは、私の知っている"華琳さん"と違いはありません」

「歴史と一緒に、そこにいる人なんかも変わってくるのかねぇ」

「どうでしょう。歴史に関しては、幽州南部に黄巾賊が集結、ということ自体がありませんでしたから。まったく違う道を行く可能性もありますね。

人については、やはり同一人物がいますから。少なからず変わっていく人もいるんじゃないかと」

「鳳統とか?」

「さぁ? 変わっていく様を見てみたいというのは、少なからずあります」

 

どうなるんでしょうね。

自分のことではあるが他人事、という複雑なところを、鳳灯は微笑むだけで受け入れてみせる。

自分と同じではあっても、彼女は"私"ではない。彼女はそう考えるようになっていた。

 

 

黄巾賊が集結する地点。此処を目指す勢力の中で、一番初めに到着したのは幽州の合同軍。

地元であり距離も一番近かったことから、薊を出発してさして時間がかかることもなかかった。

地形の起伏に隠れるように、合同軍は静かに陣を敷く。南から来る公孫軍らの到着、もしくは状況に変化が現れるまでひとまず待機となった。

 

山間の小高い場所に立ち、身を隠すようにしながら黄巾賊を見下ろす。

これだけの数の"敵"を見るのは、公孫範や公孫続には初めてのことだった。思わず声が漏れてしまう。

 

「……壮観だな」

「数はおよそ三万と聞いていましたが、四万から五万いても不思議じゃないですね」

 

公孫範のつぶやきに、鳳灯が何気なく言葉を返す。その数字を聞いて、すぐ横に立つ公孫続が顔をしかめた。

 

「これだけの人が、朝廷に反発しているんですね……」

「良く思わない理由は、それぞれでしょう。でも、毎日をそれなりに幸せに暮らしていければ、人は案外不満を持たないものです」

「……その"それなり"でさえ、朝廷は与えられていない。ということでしょうか?」

「正確にいえば、与えられない太守や領主を、今の朝廷は御すことが出来ていない。ということでしょうか」

 

その点では、遼西はいい統治が出来ています、と、鳳灯は応える。

 

「その証拠に、これだけの義勇兵が今回の出征について来てくれています。

太守が募った義勇兵の呼びかけに、強引な手法を取ったわけでもなく自然に人が集まってくる。太守に対する信頼がなければ出来ないことです。

普段から搾取に熱心な太守が兵を募っても、誰も助けようなんて思いません。

上に立つに値する人物、というのは、良かれ悪しかれ、普段の言動がものをいうんです」

「遼西にあまり黄巾賊が出てこなかったのも、伯珪さんが普段から良政をしていたおかげ、なんですか?」

「公孫瓉さまだけじゃありませんよ? 範さんも越さんも、武将や内政官の皆さんも、普段から遼西の民のことを考えて頑張っているからこそ、今の遼西の繁栄があるんです」

 

教え含めるようにいいながら、公孫続の肩に手を置く。

 

「もちろん、続ちゃんも頑張っているひとりです。

公孫瓉さまがひとりで治めているわけじゃありません。

仮に続ちゃんが太守になったとしても、ひとりで全部を切り盛りするわけじゃありませんから」

「そりゃそうだ。なにかあるごとに姉さんが出張ってたら、忙しすぎて死んじゃうよ。

やるしかないと思ったら、姉さん、死ぬまでやりそうだし」

 

ふたりの会話に、公孫範が口を挟む。

太守である実の姉に対し、そんな評価をしてみせた。

 

「ワタシの出来ることは、姉さんの代わりにあちこち飛び回るってとこかなー。そうすりゃ姉さんもゆっくり出来るじゃん。

まぁ、武才が追いついてない内からこんなことをいうのもなんだけどさ」

 

まてよ、仕事で机に張り付かせておいて、その隙に追い越せるように頑張るか。

そんな前向きだか後ろ向きだか分からないことを呟く公孫範。

 

「あわ、範さん、なにも能力の多寡で役割が決まるわけでもないんですから」

「そうですよ範ちゃん。そんなことをいったら、鳳灯さんがいる限りあたしのやることなんてないままになっちゃいます」

「あわわ、続ちゃんけひてしょんなことは」

「鳳灯? なにも続相手にまでそんな噛まなくても」

「範ちゃん、あたしにまでってどういうことですか」

 

じゃれ合いのように、公孫範と公孫続が互いに喚き合う。その間で鳳灯があわあわと取り乱す。

距離が離れているとはいえ、黄巾賊の屯する陣地の程近くである。声を上げるのは危険極まりない。

程なく、声を聞きつけた一刀に引きずられながら自陣に連れ戻され、呂扶の拳骨を喰らい半泣きになる公孫範と公孫続。

さらに公孫越の説教を喰らい、涙目になる姉と従姉妹だった。

 

 

合同軍の大将格は、名目上、幽州刺史である。だが実際に軍勢を指揮するのは公孫軍だった。

作戦立案もそうであるし、一番兵を動かすのに長けているのが公孫軍だというのもある。

なにより、現在の幽州各地にある軍勢の在り様がそもそも、遼西のものを手本としているのだ。刺史が指揮権を譲るのも無理はないだろう。

 

姉妹の順番を考えれば、大将の位置に座るのは公孫範が適当なのかもしれない。

だが、この合同軍の参加を決め、他軍との交渉をし取りまとめていたのは公孫越である。

情報のやり取りや折衝をするにしても、公孫範はまだ自軍以外に顔が知られていない。

すでに顔の知れた者の方がなにかとやり易いだろうし、兵たちも付いて来易いだろう。

理由も種々ありながら。合流した公孫軍の、すなわち幽州合同軍の総大将の位置に、公孫三姉妹の末妹である公孫越が座ることとなった。

 

 

 

そんな知らせを受けて、公孫瓉はなんともいえない面映さを感じていた。

分かりやすくいえば、顔がニヤけて仕方なかった。

 

「おいおい、越の奴が16000の総大将だよ。幽州の合同軍だぞ? 私だってそんなことやったことないのに」

「伯珪殿、随分とご満悦のようですな」

「ご満悦ってなんだよ。妹に抜かれたようなものだぞ? それを喜ぶ奴がどこにいるっていうんだ」

 

趙雲の指摘に、言葉だけは憤ってみせる公孫瓉。だがその口調と表情は隠せていない。

そんな姿を微笑ましく見やり、関雨が言葉をかける。

 

「ふふ、素直に喜べばいいではないですか」

「え、そうかな。

……そうだよな、喜んでいいことだよな。妹が認められたようなものだものな」

 

彼女の言葉に、もう堪えられなくなったのだろう。身体いっぱいを使って喜びを表してみせる公孫瓉。もう、ひゃっほーい、という感じで。

その姿は、とても太守とは思えないほど無邪気なものだった。

 

「これでもう、後進の心配はないということですな。いやはや、とうとう伯珪殿も隠居ですか」

「え?」

「確かに、いろいろと気苦労もされていたようですからなぁ」

「いやいや、ちょっと待て趙雲」

 

さっきまでの喜びようはどこへやら。自分の去就にまで急展開した話に、公孫瓉は待ったをかける。

 

「人を年寄りみたいにいうな! 私はまだまだ現役だぞ!!」

「減益?」

「現役だ!」

 

言葉の響きに不穏なものを感じた公孫瓉は即座に突っ込む。

というか気苦労をしているとしてもその理由の大半はお前だ、という突っ込みに、趙雲以外の大多数がうなずいている。

普段の言動が表れているといえよう。

 

「隠居後はどうされますか。華祐殿のように武を極めんと修行に明け暮れますか。

……それとも、北郷殿と一緒に、料理屋でも営んでみますか?」

「んなっ!」

「はぁっ?」

 

懲りずに掻き回そうとする、なんとなくの思いつき。だが趙雲のそれは思いの外、爆弾発言でもあった。

想像もしなかったことだったが、一瞬想像してしまったのか公孫瓉は顔を赤くさせ。

自分の気持ちを再確認したばかりの関雨は、自分以外の者が一刀の隣に立つという連想に反応してしまう。

ふたりのそんな反応を確認できただけで、趙雲は満足した。

このネタはもっと違うところで活用しよう。そう考えて、彼女はやや強引に話を変えることにする。

 

「まぁ伯珪殿のウキウキは置いておくとして。

布陣としては、越殿を大将に据えるのは悪くないでしょう。範殿はむしろ、前線において士気を鼓舞する方が向いていそうですしな。

強いていうなら、いざというときの思い切りに欠ける気もしますが」

「……それは確かにあるな。まぁ今回に関しては、鳳灯が付いてくれてるみたいだし。

決断する思い切りっていうのも、軍師役が横に付いてくれれば解消できると思うんだよな」

 

なにがウキウキだよ、と、突っ込みつつ。突然真面目になった趙雲の言葉に、公孫瓉も表情を改め思うところを返す。

華祐もその言葉を受け、鳳灯が勉強会を開いていることに思い当たり、その点に触れる。

 

「なるほど。続殿に軍師としての教えを施しているのは、その辺りのことがあるのでしょう」

「だろうなぁ。

続の奴も、範や越に振り回され続けてるし。重し役としては経験豊かだからな。

これに知識と経験が重なれば、うまいこと皆を支えてくれると思うんだよな」

 

妹と従兄弟。三人が並んで遼西を治めている姿を想像して、公孫瓉は再び表情を緩ませる。

……いかん、こんなことだから隠居だとか弄られてしまうんだ。彼女は表情を引き締める。

だが、そんな変化を趙雲が見逃すわけもなく。

 

「おや、振り回しているひとりに伯珪殿が入っていませんが」

「私は振り回してなんていないぞ? そんな大人気ない」

「まぁそういったことは、当人は多く自覚出来ないものですからな」

「気分悪いな趙雲」

「まぁまぁ」

 

これまたいつもの通りの、趙雲が公孫瓉を弄るやり取り。その間に関雨が立ち取り成してみせる。

関雨から見れば、自分も日頃から弄られる立場にある。他人がそれをされているのも、あまり気分がよろしくないといったところだ。

とはいえもちろん、趙雲も本気でいっているわけはないし、公孫瓉もその辺りは分かっていい返している。じゃれ合っているような物だ。

そんな間に割って入ればどうなるか。

 

「自覚といえば。関雨殿も、胸の内のなにかに気付かれたようでして」

「ほう、一体なにに気付いたんだ?」

「は?」

 

必然的に、標的が替わる。

弄る相手が関雨に変更される。おまけに公孫瓉まで弄る側に参加し出した。

突然のことに慌てながら、助けを求めて周囲をうかがう関雨だったが。

いつの間にか華祐はその場から立ち去っていた。

 

「かゆうーーーーーーっ!」

「ほう、想い人は華祐殿であったか」

「なんだと、同性か。いや、当人の好みにどうこういうのはよろしくないな」

「さすが伯珪殿。分かっていますな」

 

戦前の舌戦もかくやという勢い。とても、戦を前にしたやり取りとは思えなかった。

 

 

 

幽州勢の、どこかゆとりを感じるやりとりと相反して。

助力の一勢力である曹操軍。行軍の最中であっても、曹操は絶え間なく細作を動かし、情報の収集に明け暮れていた。

結果、この討伐戦そのものには不安を感じられなくなった。

曹操軍と劉備軍、そこに公孫瓉らの軍勢が終結すれば、その数は16000にも及ぶ。そして同数の軍勢が、幽州の合同軍として北からやって来る。

策もなにもない黄巾賊を、総数で上回った軍勢が挟み撃ちにするのだ。余程の油断がない限り負けるとは思えない。彼女はそう思っている。

だが、油断はしない。逐一状況を報告させ、意識して情報を最新のものにしていく。

そんな情報の中のひとつ。

南下してくる幽州合同軍。その大将に座る、公孫越の名に関心がいく。公孫瓉の妹だというが、曹操はこれまでにその名を聞いたことがなかった。

 

「桂花。その公孫越という者、合同軍を率いるほどの経歴を持っているのかしら」

 

桂花、と真名を呼ばれた少女・荀彧。曹操軍の軍師を勤める彼女は、主の問いに対し知る限りを答える。

 

「報告の限りでは、大規模な軍勢を率いるのは初めてのようです。

この少し前に、幽州の北に集結した黄巾賊を、烏丸族と共同戦線を張り討伐しているとのこと。その数は一万強だとか」

「へぇ」

 

数ばかりの烏合の衆とはいえ、いざ万を超えるほどの黄巾賊を相手にするとなれば厄介なこと極まりない。

それを討伐しているのだから、少なくとも無能ではないのだろう。と、曹操は評価する。

 

「また、たったひとりで黄巾賊数千を相手取った将がいる、という報告もあります」

 

荀彧の言葉に、片眉を上げ反応する。馬鹿馬鹿しさ半分、興味深さ半分をもって。

 

「報告といっても、伝聞でしかありませんので正確さは疑問です。

たったひとりで黄巾賊の群れに吶喊し、その将の元に数千が襲い掛かるもこれを撃破。

乗じて公孫軍が雪崩れ込み、混乱する黄巾賊が更に恐慌する、という状態だったとか。

その吶喊した将が、公孫軍の兵を鍛え上げているとのことです。名を、呂扶、と」

「りょふ、というと。噂に聞く天下無双、と呼ばれる輩のこと?」

 

曹操は初めて口を挟む。彼女の表情はすでに、真剣さと、興味深さとに変わっていた。

 

「天下無双と噂される呂奉先とは別人のようです。ただ、姓も字も同じで、名の文字が"扶"。ここが違うだけとのこと。

遼西周辺では、"遼西の一騎当千"などと呼ばれているとか」

「なるほど。幽州北での働きが本当であれば、そう呼ばれるのもおかしくないわね」

 

呂扶、ね。まだ知らぬ武将の名を口にしながら、曹操は考えに浸る。

 

「……その呂扶は、幽州の合同軍に加わっているのかしら?」

「はい。北での戦いと同じく、先鋒に立つとのことです」

「そう」

 

曹操は、これ以上考えるのをやめた。考えを深めるには情報が少なすぎる。

幸い、すぐ目の前で戦いぶりを拝めるのだ。どの程度のものか、興味は尽きない。楽しみにするとしよう。

そんなことを考えながら、彼女はほくそ笑む。

 

だが、また別の考えが脳裏に浮かび上がる。

それは考えというよりも、疑問。

遼西にいるという、天下無双と同じ名を持つ、呂扶。

同じく遼西で客将になっている、関雨。

そして、彼女らと同じ名前の者が存在するという事実。

彼女は考える。

関雨の顔や身形は関羽と同じ、瓜二つだった。ならば呂扶と呂布も、外見が同じということはあり得るだろう。

名前の同じ人間がいる。これはいい。

顔の同じ人間がいる。これもまぁあり得ないとはいえないだろう。

だが、顔も名前も同じ人間が、同じ時期に、同じ地域に現れるなどあり得るのか。

 

「……なにか意味があるのかしら」

 

それとも考えすぎ?

曹操はひとり、思い悩む。

 

 

 

 

同じ頃。曹操軍と行動を共にする劉備一行。

進軍する中で、劉備は思い悩んでいた。

この大規模な討伐戦を引き起こした切っ掛けは、自分たちなのではないか、と。

 

自分が兵を募らなければ、ここまで大きな規模にはならず、小規模なうちに黄巾賊の対処が出来たのではないか。

公孫瓉の下を離れる際、劉備たちは義勇兵を募った。その数は2000人にも及ぶ。決して少ない数ではない。

そのせいで、遼西の兵力を削ってしまい、黄巾賊に対する対処に、後手を踏ませてしまったのではないか。

要らぬ争いを起こしてしまったのではないか。

 

彼女の抱いているそれは、傲慢な考えだ。

もちろん自分でも分かっている。それでも、考えずにはいられなかった。

自分の、自分たちの力だけで人を集められたのなら、公孫瓉を頼ることもなかったろう。

友人の優しさに甘えて、大切な領民を義勇兵として連れて行くこともなかったかもしれない。

劉備が夢を形にしたいのならば、世に出て起ち上がるいい機会だと背中を押してくれた。そんな友人の好意を仇で返してしまったかもしれない。

挙句、今の彼女は勢力としても不十分で、曹操軍の厄介になっている。

彼女が率いる勢力は、現在6000ほど。この数も、もともとは10000近い数だったという。疲弊した兵を一度帰還させ再編成をした上での数なのだから、実質連れていた兵力は倍以上の差があったのだ。曹操と自分を比較して、また肩を落とす。

 

自分たちは、弱い。なにかを為すには力が足りない。

ならば、どうするか。彼女は考える。理想主義を地で行く劉備も、さすがに現実を見る。

彼女自身に、誇れるほどの武や知はない。だが、誰よりも高く掲げる理想がある。そして、その理想について来てくれる仲間がいる。

仲間を増やそう。

もっと本気で、もっと熱心に、皆が悲しい思いをしなくて済むような世界を実現させるよう、説いて行こう。

誰でも、好んで戦おうという人はいない。自分たちの考えに賛同してくれる仲間は、きっといる。

 

劉備は自らを省みて、自分の胸にある理想を新たにする。

 

 

 

関羽は内心、穏やかではなかった。

自分の主であり、敬愛する義姉でもある劉備が、なにか思い悩んでいる。

その表情は、気がかりがあるといった軽いものではない。思いつめている、といった方が適切ではないか。

彼女は幾度となく、劉備に話しかける。その度に、なんでもない、大丈夫だからと、大丈夫とはとても思えない笑みを返されていた。

しかし。

 

「愛紗、お義姉ちゃんがなにか吹っ切ったのだ」

「あぁ」

 

張飛が周囲に聞こえないように、小声で囁く。

関羽もまた、言葉少なにそれに同調してみせる。

 

「ねぇ、愛紗ちゃん」

「はい」

 

劉備が、なにかを決心したかのように、張り詰めた表情を見せていた。関羽は知らず、緊張してしまう。

 

「黄巾のみんなは、太守の悪政が不満だったから、武力蜂起したんだよね?」

「すべてがそうとはいいませんが、蜂起した切っ掛けはそうです」

「じゃあ太守が、治める人が民のことを考えてしっかりしていれば、こんなことは起こらないのかな」

「……おそらくは、そうだと思います。

事実、白蓮殿の治める遼西は大きな諍いも起きずに栄えています。それに触発されてか、幽州全体が活気を帯びているとも聞きます」

 

関羽の言葉に、劉備はしばし思考を巡らせる。

その姿は普段の彼女からはうかがい知れないほど、真剣なものだった。

 

「例えば、なんだけどね。

例えば、私がその太守の立場だったとして。

みんなが不満を溜めないように政治をして、みんな仲良く笑っていけるように訴え続けていたら。

……この先にいる黄巾の人たちは、私たちの遠征についてきてくれるような、仲の良い、町の人になってくれたのかな」

 

あくまで、もしも、の話だ。

だが、関羽は夢想する。これから討伐されるであろう、そしてこれまで討伐してきた黄巾賊が、桃香様の下で平和に暮らしていたのなら?

確かに、あり得たかもしれない。関羽の知る義姉、劉備が心を砕きながら治世を行っていたのなら。

互いを思いやる民に溢れた町だったかもしれない。黄色い布など巻かなくとも、穏やかな生活を過ごせていたかもしれない、と。

 

「桃香様……」

「私、頑張るよ。もっとたくさんの人を幸せに出来るような、そんな立場になってみせる」

 

だから、これからも私を助けてね。

そういって、劉備は関羽を、次いで張飛を抱きしめる。

 

「お義姉ちゃん、もっとえらくなるつもりなのか?」

「そうだよ、もーっとえらくなって、みんなみんな、幸せにしてみせちゃうんだから」

 

張飛の手をとりながら、ぶんぶんと無邪気に振り回す劉備。だがその笑顔にはどこか、頼もしさのようなものを感じられる気がする。

少なくとも、関羽の目にはそう映っていた。

 

彼女が掲げて見せたものは、相変わらずな理想。

だがその想いはさらに強固なものとなる。

 

 

劉備軍の軍師である、諸葛亮と鳳統。ふたりはこの討伐戦について、そして幽州合同軍を率いる鳳灯について、考えを巡らしている。

 

「ねぇ朱里ちゃん。鳳灯さんのこと、覚えてる?」

「うん、雛里ちゃんにそっくりな人だよね。白蓮さんの内政官をやってる」

「あの幽州合同軍の軍師として、参加してるんだよね」

「うん……」

「凄いよね……」

 

鳳統は溜め息を吐く。半ば憧憬、半ばは自分を省みた思いから。もちろん、かの鳳灯が数年後の自分の姿だとは想像しようもない。

 

「これだけ大規模な軍勢を動せるんだから」

「雛里ちゃんだったら、どうする?」

「私だったら……」

 

鳳統は考える。あごに手を当てみるも、すぐに首を振ってしまう。

 

「対黄巾賊、っていうことなら、もう策なんて要らないよ。

挟撃するように、これだけの軍勢を集めて配置できただけで、もう軍師の仕事はお終い。

そこまで持ってくる方法、バラバラなところにいた勢力を一箇所にまとめる手段が、私には思いつかない」

「でも、結果的に32000も兵力が集まったからいいけど、こんなに散り散りだった勢力を集めようとするのは無理がないかな」

「多分、その都度その都度細かく情報を組み立てていたんだと思う。

鳳灯さんが把握している戦力と、自分の権限で動かせる兵力の多さ、それらが今どの位置にあって、動かそうとしたらどれだけかかるのか。

そういったことが全部分かっていて、動かせると判断できたからこそ、幽州を遠く離れていた白蓮さんたちの軍までなんとか動かそうとした。

無理そうだと思っても、実際には伝達は伝わったし、そのやり取りで黄巾賊と同数の兵力で挟み撃ちが出来るようになったよ。

……私と違うところは、頭の中に描いた策を形にするための手段があることだと思う」

「相手を挟み撃ちにしよう、という策は誰でも考えられる。それを実際の形に出来るかどうかの違い、っていうことかな」

 

ふたりは考えを巡らし、会話を交わす。自分たちと鳳灯、それぞれの違う点はなんなのか、その違いを埋めるにはどうすればいいのか。

 

「私たちには、力がない、っていうことに行き当たっちゃうね」

「うん。一番の違いは、勢力としての地力の違いだね」

 

諸葛亮の言葉に、鳳統は何度目か分からない溜め息を吐く。

 

「あとは、判断を下してからの行動が速くて的確だったんだよ。状況で変わってくる伝達も、問題なく伝わってる。

それを正確に伝えようと思ったら、将や兵の人たちと信頼関係を築けてないといけない」

「指示がうまく伝わらないし、伝達の速さも変わってくるしね」

「そう。それも指示を出す軍勢が大きくなればなるほど、伝わり方は遅くなるし、正確さも欠けて来る。

しかも距離が離れているなんて、きちんと伝わるかどうかなんて分からないよ」

「そういうところも、きちんと伝わる、っていう素地を、鳳灯さんは公孫軍に作り上げているってことだよね」

「うん……」

 

鳳統は思う。

先を読みつつ、現状に対応しながら、立てた策を形にして動かしていく。顔や風貌は同じでも、ひとつひとつこなしている内容量が自分と違う。

約4000の、しかも常に固まって動いている劉備軍でさえ、親友である諸葛亮とふたりでなんとか動かせているかという具合なのだ。

その力量に、憧れもするが、同じくらいに悔しい気持ちも沸き起こる。

 

「知識、ううん、情報を持っていても、それを有効に使う手段がないと、なにも出来ないね」

「そうだね。……うん、手段がないと、なにも」

 

鳳統と、諸葛亮。ふたりの気持ちは、かつて水鏡塾を飛び出した頃と同じものになっていた。

志はある。役に立てるべき知識もある。

しかし、それを有効に使う手段が不十分だった。まったくないわけじゃない。だが、当たるべき規模に見合う力がない。

他の勢力を頼っても、自分たちが主導権を持てるほどの地力がなければ思うように動けないのだ。

 

「道は遠いね……」

「そうだね……」

 

主とともに夢見る理想。そこに至るまでには、彼女たちにはまだまだ足りないものが多すぎた。

 

 

 

 

ひとつの地点に向けて、それぞれの勢力が、そして名高い将の多くが集結する。

目的は、黄巾賊の討伐。

すべては、自分たちに関わるすべてのものの平穏のため。それを脅かす者ならば、経緯はどうあれ容赦はしない。

覚悟を決め、思いを割り切り、そして幾ばくか思惑も交えながら。

 

これまでにない規模の大討伐戦が行われる。

 

 

 

・あとがき

さすがに長引きすぎだと思う黄巾の乱。

 

槇村です。御機嫌如何。

 

 

 

 

本当は、今回でオールスターな討伐戦を終わらせて、次回で事後処理を書いて黄巾の乱終了、といきたかったのですが。

戦闘すら始まりませんでした。

おかしいな、なぜこんなことに。

 

最初はやたら難産だったのですが。

戦闘に入るのを諦めた途端、あれよあれよと文字数が増えていき。気がつけばいつも以上の量に。一万文字超えたよ?

おかしいな、なぜこんなことに。

 

でも槇村的には、結構満足です。(読む人のことを考えようぜオレ)

 


 
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