No.176217

魏√after 久遠の月日の中で 霞編

ふぉんさん

魏√after 久遠の月日の中で 霞編になります。

横道それてごめんなさい。ちょっと書きたかったのでupです。
ストーリーには関係ありません。時系列は各自の想像でお願いします。

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2010-10-03 19:43:00 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:23173   閲覧ユーザー数:19470

静かな夜。

 

普段ならば動物の声や虫達のさざめきが響くこの場所。しかし今はそれが一切無い。

小川に沿って所狭しと並べられた蝋燭の数々。月明かり以外の光源が、漆黒の闇を照らしている。

無数の丸い灯りが水面に揺れ、その場はとても神妙な雰囲気に包まれていた。

 

「はー。こない時間かかるとは……一刀、頑張ってくれたんやなぁ」

 

小川に隣接する大きな岩に腰を下ろした女性。

さらしを撒いた、凛々しい袴姿。揺れる美しい紫色の髪はいつもと違い、髪留めが無く腰まで伸ばされていた。

彼女は空を見上げる。そこには一際大きく輝く満月があった。

雲に遮られることも無く、己の存在を誇示するかの様に存在する。

蝋燭に照らされた彼女の横顔。それは何処か悲しく儚げに見えた。

 

「……乾杯」

 

誰に言うでもなく、呟くと同時に杯を仰ぐ。

少し奮発した黄酒。いつも呑んでいるお酒より、美味しいはずだった。

 

「なんやこれ……本当に同じ酒かいな……」

 

彼との『ふたりきり』を思い出す。

彼が注いでくれた酒はもっと美味しかったはずだ。

今日奮発して買った酒は、紛う事無く同じ黄酒であった。

何が違うのか……解りきっている。彼が居ない、それだけだった。

 

「…………ッ」

 

並べておいた料理皿から、埃除けの布を取る。

美味しそうな料理の数々。彼女は少し乱暴に食し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どのくらい経っただろうか。

彼女は用意していた酒と料理、全てを食べ終えていた。

 

「……おいしかった…………でもなぁ……」

 

唇を噛み締める。意図していないのに、目尻には涙が溜まってしまう。

 

「満たされへんわぁ……どうしてこんなに寂しいん……?」

 

どんなに美味しい酒を飲んでも。

どんなに美味しい料理を食べても。

どんなに『ふたりきり』を真似てみても。

 

彼女の心の隙間は埋まる事は無い。

その隙間を埋める事ができるのは、唯一彼だけなのだ。

 

心を攻め立てる寂寥。我慢していた涙が、堰を切って溢れてしまった。

 

「かずとぉ…………かずとぉ…………」

 

拭っても拭っても溢れる涙。彼女は愛した青年の名を連呼する。

 

「何で、何でウチに何も言わずに消えるんや……そないウチは頼りないんか……?」

 

未だ爛々とする満月を、睨みながら問い質す。

 

「約束も……守らんで……」

 

彼と約束した、彼女の進む道。

二人で羅馬へ旅に行く道。

その約束は、陰鬱としていた彼女の胸を熱く高鳴らせた。

いつか叶う。そう想い過ごしていった安寧までの日々。

それも彼が消えてしまっては、叶うことは無い。

 

「あほぉ……かずとのあほぉ……はやく……もどってこんかい……」

 

蝋燭は既に消えていた。

月明かりのみに照らされ、さめざめと涙を流す彼女。

彼女は今、『ひとりきり』だった。


 
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