No.173087

生き神少娘(ガール)(Kanon舞&佐祐理編)前編

今構想中の生き神少娘(ガール)とKanonとのクロスオーバー第2弾の前編。
今度は舞と佐祐理さんと祐一とちび舞が登場します。
2021年現在とは設定やキャラクターの特徴、および天使の名前が異なる部分がありますが、
当時の設定も楽しんでいただければ幸いです。

2010-09-17 22:02:59 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:717   閲覧ユーザー数:709

 

 

 

雪降りしきるある寒い夜のこと…。

とある高校校舎のとある教室内の机に1人、気配を殺しながら腰掛けている女子生徒がいた。

 

彼女の名は川澄舞。この高校に通う3年生だ。

腰まで伸びている、黒に近い藍色の髪の毛を青の大きなリボンでポニーテール上に束ねているのが彼女の特徴である。

 

舞はこの日も自前の剣を抱えながら制服姿で何者かを待っていた。

 

 

とその時、何者かの強い気配を察知した。

 

“警備員さん?いや…、普通の人間にはない気配……”

 

魔物だ…!!

そう直感した舞は逸る(はやる)気持ちを抑えつつ、剣を握り締めて静かに教室を出た。

 

校舎の階段近くの壁に隠れて、魔物なる者の迎撃に備えて準備を整える。

廊下からは魔物らしき者の足音がヒタヒタと聞こえ、それが舞の隠れている階段に段々と近付いてくる。

顔を少し出して覗いてみると、魔物なるものは大きな鎌らしきものを手に持っている。それ以外のものは確認出来なかった。

 

どうやら魔物は1匹だけ。だけど伝わってくる雰囲気からして、とてつもなく強そうだ…。

夜の校舎内は相当冷え込んでいたが、剣を握る舞の掌はプレッシャーから来る汗でびしょ濡れだった。

 

“大丈夫…。きっと倒せる…”

 

そう自分に言い聞かせて、息を殺して構えながら魔物が自分の攻撃領域に入ってくるのを待った。

 

 

“後3メートル…、2メートル…、

 

 今だ…!!”

 

魔物が自分の攻撃領域に入ったと判断するなり、舞は剣を構えながら壁の陰から飛び出し、そのままの勢いで魔物に切りかかった…。

 

 

舞が校舎内で魔物なる者に切りかかったちょうどその頃、学校に向かって通学路を歩む3人の男女の姿があった。

その中の男女2人が舞の通う高校の制服を身に纏っている。

 

「しかし暦の上ではもう春だってのに、まだ氷点下でしかも雪が降ってるってどう言うことだよ!?」

 

この高校に通う祐一という男子生徒が予想外の寒さに身震いさせながら文句を言う。

 

「あはは♪だけど1月2月に比べたら、大分マシになってきたでしょ?」

 

同じくこの高校に通う佐祐理という女子生徒が祐一に微笑みながら話しかける。

 

「もしかして魔物事件が解決してから身体が鈍っちゃったのかな♪夜来なくなったし」

 

他の2人よりも一回り幼いウサ耳カチューシャをした少女が茶化すかのように楽しそうに祐一に話しかけた。

 

 

「魔物といえば、あの時はゴメンね。佐祐理」

「ううん、もう良いんだよ。“まい”」

 

 

“まい”。

それは10年前に川澄舞が自分の持っている力により作り出した魔物である。

 

かつてはその力を受け入れる事が出来ずに、今の校舎でずっと魔物と戦い続けてきたが、それまでは魔物はほとんど現れなかった。

しかし祐一が転入し、一緒に魔物狩りに付き合うようになってからは顕著に現れるようになった。

そして舞の誕生日には力の暴走から佐祐理を誤って襲ってしまい、入院してしまうほどの重傷を負わせてしまったのだ。

舞はそれにより自虐的になってしまったこともあった。

 

しかし祐一が魔物の正体に気づいたことで、舞は自分の力を受け入れることが出来るようになった。

そしてかつて魔物だったものは、10年前の舞の姿をしたウサ耳カチューシャの少女“まい”という優しい存在となって、

祐一達と一緒に行動を共にするようになった。

 

そしてつい先日、入院していた佐祐理が退院したので、改めて舞のいる夜の校舎に行こうということになったのだ。

 

 

「そう言えば、舞はまだ魔物を待ち続けているのか?」

「うん、もしかしたら私以外に魔物がいるかも知れないから、それが来たら退治するんだって」

 

祐一の質問に“まい”は答える。

 

「魔物の件はお前でもう終わったんだから、さすがにいないだろ」

「でも舞が言うんだから、もしかしたらいるかも知れないよ?祐一君」

 

魔物の出現はもうないと考える祐一に対し、佐祐理は魔物の出現を信じてる様子だった。

 

ちなみに佐祐理は以前までは“祐一さん”呼ばわりしていたのだが、

魔物事件が解決した後は“祐一君”と呼ぶようになり、年下の男子への敬語もほとんど使わなくなった。

 

「どうだかね~…?」

「佐祐理は舞を信じるよ」

 

そしていつか一人称を“私”に変えようと考えているものの、きっかけが見つからず、いまだに一人称は“佐祐理”のままではあるが…。

 

 

「ま…、ともかく舞のいる所に向かいますか…」

 

3人は校門を通り抜けると、舞のいる校舎へと向かっていった。

 

 

“ガイィィン……!!”

 

舞が振り下ろした剣は魔物と思しき者の鎌の柄に当たった。いや、咄嗟に鎌で防がれた。

 

自身の一撃が防がれるや否や、舞は軽く舌打ちをして魔物から距離を置いて体勢を整える。

 

 

一方、魔物と思しき者は突然の出来事にただ顔を引きつらせるしかなかった。

 

“ビ…、ビビった~……”

 

眼前にいる魔物は焦げ茶色のロングコート、その上に白いケープを羽織り、薄茶色のヒザまでのパンツとロングブーツを着用していた。

そして腰には魔物の持つ鎌の柄に繋がっている全長3~4メートルはあろうかという長い紐が巻かれていた。

どうやら舞と同じ年頃の少女のようで、腰まである茶色の髪の毛を後頭部で束ねている。

 

「い…、いきなり何すんねん!!」

 

鼓動をバクバクさせながら魔物と思われた少女は関西言葉で舞に文句を投げかける。

 

生き神の使いヌイだった。

 

 

「次こそは…!」

「うおあっ!?」

 

ヌイが攻撃態勢を取らないうちに再度ヌイに襲い掛かる。咄嗟の事でヌイはただ鎌で舞の剣撃を防ぐしか出来なかった。

 

「ちょっ…!?ワイの話を聞いて…」

 

ヌイの懇願に耳を傾けず、舞は隙のない攻めを続ける。

 

「なあ姉ちゃん、まずは落ち着いてワイの話を聞いてな」

 

しかし防御していく中で余裕が出来たのか、舞の猛攻を受けながらもヌイは鎌で舞の剣撃をことごとく受け流すようになってきた。

なかなか崩せない相手の意表を突こうと足元にも斬りかかる舞だったが、それすらも軽く受け流された。

 

 

“しかしこの姉ちゃんごっつい強いな~…。もし剣道やっとったらどんくらいまで勝ち進んで行けるんやろか…?”

“ワイと剣道でやりあったとしたら、どんな勝負になるんやろか…?”

 

受け流しながらそんなことまで考える余裕すら出てきた。が、

 

“……って…、今はそんなこと考えてる場合やないやんけ~!!”

 

受け流しながら心の中で思わず自身にツッコミをかますヌイ。

 

 

その一瞬のスキを見逃さず、舞は一気に攻勢に出た。それに思わずヌイは必死に距離を置こうと後ずさりして活路を見出そうとする。

が、やがて廊下の袋小路に追い詰められてしまった。

 

 

「覚悟…」

 

最後の一撃を今にも出さんと、舞は剣を構える。

どうやら決着がつくまで話を聞いてもらえなさそうだ。

 

「しゃ~ないな…。こうなったら少々思い知ってもろた方がエエかな」

 

呆れた様子でそう呟くなり持っていた鎌を彼女の前に掲げ、そして鎌に念の様なものを送り込む。

 

するとヌイの背丈ほどもあった大きな鎌が、舞とほぼ同じ大きさの片刃の刀に変化した。

そして刀を構える。

 

「来い(きい)や!姉ちゃん」

 

舞を挑発するヌイの表情は先程より真剣になっていた。が、楽しさから来る笑みも含まれていた。

 

 

自分が攻めていたときより凄みが増している目の前の人物に舞は思わず気圧されそうになる。

逃げたいと思う気持ちも少し芽生えてきたが、それを無理矢理押し殺して魔物と見なした人物の隙を必死に探る。

 

“さあて…、どう来るかな~♪そんで、どう料理したろかな~♪”

 

一方のヌイはそんなことを考えながら、楽しそうに舞の出方をうかがっている。

 

 

時間にしてほんの十数秒間の駆引きである。だが、舞にとってはそれが数分にも数十分にも感じられた。

 

 

“なかなか来んな~…?しゃーない…、こっちから動……”

 

なかなか動かない舞に戦略を変えようとした矢先、ついに舞がヌイを倒そうと斬りかかる。

ヌイからすれば完全に虚を突かれた形ではあったが、それでも慌てることなく、一瞬遅れてヌイも動いた。

 

 

舞は目の前の相手を確実に仕留めるべく、相手が攻撃領域に入ったと判断するや否や、鋭くしかもコンパクトに相手の脳天に狙いを定めて剣を振り下ろす。

しかし舞の動きを予測していたのか、ヌイは舞との距離を縮めながら、振り下ろされた舞の剣の軌道を刀で少しずらしてかわした。

 

「ヌイッ!!」

 

掛け声と共に舞の首元めがけて鋭くしかもコンパクトに刀を振り下ろす。

 

 

 

“ごめん…、皆…”

 

観念した様子で舞は心の中で自分と親しい者達を思い浮かべ、そして瞳を閉じた。

 

そしてヌイの一振りにより、舞の首は刎ね(はね)られ……。

 

 

“――――!??”

 

……ることはなかった。恐る恐る瞳を開けて、首元に視線を移してみる。

彼女の持つ刀は舞の首からおよそ1~2センチメートルのところで寸止めされていた。

現時点では命拾いをしたことになるが、下手に動けば死に直結する可能性もあった為、舞にはどうすることも出来なかった。

 

 

「もうこれで終い(しまい)や、姉ちゃん!大人しう降参しい!!」

 

舞が視線を刃から声のする方に恐る恐る移すと、そこには自身を少し睨み付けるヌイがいた。

 

「ワイは怪しいモンに見えるかも知れんけど、誰か殺したり傷付けるつもりで来た訳やない。

 ただ、ワイらが助けるべき人がおるかも知れへんから来ただけや。せやからこれで終わり。もう終了!

 けど、まだジャマすんなら、今度こそホンマに斬るで…!?」

 

 

その言葉と同時にヌイは刀を更に舞の首へと近付ける。舞はただ威圧感に押される他なかった。

 

何もしないと言ってるんだから、今逆らって犬死するよりは、大人しく降参した方が良いのかも知れない…。

それに魔物と思っていたこの人からは邪悪な感じが伝わって来ないから、あの時みたいに誰も傷つけずに済むかも知れない…。

 

 

「はちみつ…、くまさん…」

 

葛藤の末、口惜しそうにそう呟くと、舞は持っていた剣をカタンと校舎の床に落とした。

ヌイには“はちみつくまさん”の意味が分かっていなかったが、舞が降参したことだけは理解出来ていた。

 

舞の戦意喪失を確認すると、ヌイは刀を舞の首元から離した。

死の危機から解放された途端、舞はヒザから崩れ落ちた。

 

「ちょっとやり過ぎたかな?ゴメンな、姉ちゃん」

 

少し放心状態の舞にヌイは優しく声をかけてやると刀を肩に掛け、そして元の大きな鎌に戻した。

 

 

「さてと…、自殺志願者(ターゲット)探しを続けましょか…、ほな♪」

 

そう呟くとヌイは校舎の中に居る可能性のある自殺志願者(ターゲット)と呼ぶ者を探すべく、再び校舎の中を歩き出した。

 

 

「舞はどうしてるかな~?」

「新しい魔物と戦ってたりして♪」

「まさか~、この辺の魔物はお前だけだろ」

「「あははは~♪」」

 

一方の祐一達3人は数分前まで舞が魔物と見なしていた者に戦いを挑んでいたことなど知る由もなく、冗談を交わしながら舞のいる校舎の中へと入っていった。

 

「さてと、舞のところに…」

「あ…♪舞だ~」

「あ、ホントだ~♪」

 

佐祐理と“まい”が嬉しそうに声を出した。どうやら舞が3人を迎えに来てくれたらしい。

佐祐理の視線の先にポニーテールと白いケープを纏った(まとった)少女の後ろ姿があった。

 

「……?」

 

他の2人とは反対に怪訝(けげん)そうな表情を浮かべる祐一をよそに、

 

「舞~♪」

 

と、佐祐理と“まい”は嬉しそうにその後ろ姿に向かって走り出した。

 

 

「おかしいな~…、自殺志願者(ターゲット)どころかさっきの姉ちゃん以外、誰もおらへんやんか~…」

 

同じ頃、1階でヌイが少し困った様子で辺りを見回していた。

 

15分ほど前、ヌイは自殺志願者(ターゲット)らしき雰囲気を偶然通りかかったこの校舎の中から感じ取っていた。

 

彼女の言う“自殺志願者(ターゲット)”とは、自殺を考えている、あるいは自殺をしようかしまいか迷っている人間のことを指している。

その者の自殺を未然に防ぐ事が生き神の使いである彼女の主な仕事である為、その者を思い留まらせるべく屋上から校舎内に入ったのだが、

校舎内を注意深く探し回ったものの、どういう訳か自殺志願者(ターゲット)らしき者を発見できなかったのだ。

舞と戦う前はもちろん、決着がついた後もありとあらゆる場所を念入りに確認したにもかかわらず、である。

 

「もしかしてさっきの姉ちゃんを自殺志願者(ターゲット)と間違えたんかな~…?」

 

思い返せば、舞からは自殺志願者(ターゲット)から放たれる雰囲気はなかったが、それとは別の不思議な雰囲気が感じられた。

もしその勘違いが事実だとしたら、とんだ無駄足になってしまったようだ。

 

 

「ああ~…、ミクちゃんからド突かれてまう~…」

 

ここで口に出したミクとは彼女の相方で、ヌイと同じ年頃と思われる少女で天使の使いであり、

ヌイが様々な状況でボケをかますごとにハリセンやら格闘技(わざ)やらでツッコミをかますのがミクの主な役割である。

 

どんな状況であれ、身体を張ったボケで思い切りツッコまれるのは嫌いではなかった。

が、意外と疲れるので出来ればあまり喰らいたくはないのだ。

 

バツが悪そうに頭を掻き毟り(かきむしり)ながら、校舎を出ようと踵(きびす)を返そうとしたその時だった。

 

 

「舞~♪」

 

後ろの方から誰かが嬉しそうに走ってくる音がした。佐祐理とまいだった。

思わず振り向くと佐祐理が抱きつこうと自分の方に走ってくるではないか。

 

「うおあっ…!!?」

 

咄嗟(とっさ)に避けようとバランスを崩したところに佐祐理が抱きついてきたものだから、

ヌイはどうすることも出来ず、そのまま“べっしゃああ~ん……!!”と押し倒されてしまった。

 

 

「アツツ…」

「ああっ、ごめんね舞~」

「いっ…、いきなり何すんねん!?」

 

痛みと息苦しさから思わず佐祐理を怒鳴ってしまうヌイ。

舞に襲われたさっきとは違うものの、今度はいきなり押し倒されたものだから堪った(たまった)ものではなかった。

 

 

“あれ…?この感覚…、どこかで…”

 

舞と間違えて抱きついたヌイから、佐祐理は何か懐かしさの様なものを感じ取る。が、それが何かは分からなかった。

 

「佐祐理、この人舞じゃないよ…」

「え…?ああ、本当だ!!ごめんなさい!!」

 

“まい”の指摘でヌイの顔を確認した佐祐理は、薄暗いながらも舞とは別の人物と分かり、慌ててヌイから離れた。

校舎内が薄暗かった他、後ろ姿が舞と似ていたこともあって、どうやらヌイを親友の舞と勘違いしていたようだ。

 

「次から次へと一体何なんや?」

 

ムスッとした様子でヌイは床から身体を起こした。

 

 

「佐祐理、私という者がありながら、よくも目の前で…」

「舞!?」

 

その直後、佐祐理がヌイに抱きつく所を目撃していた舞が階段を下りてきた。その表情は嫉妬心から目が据わって(すわって)いた。

 

 

“ゲッ、さっきの姉ちゃん!?”

 

もしかして、さっきの仕返しに来たのか?それとも嫉妬から自分を始末しに来るのか?

舞の動向に思わず固まってしまうヌイだった。

 

「ごめんね~、舞。佐祐理この人を舞と勘違いしちゃって…」

 

固まるヌイをよそに、笑顔ながらも少し悪びれた様子で顔の前に両手を合わせて、佐祐理は舞に詫び(わび)を入れた。

そんな佐祐理に舞はムスッとした様子でポカッとチョップを入れるとプイッとそっぽを向いてしまう。

 

どうやら舞はそれで気が済んでくれたらしく、ヌイはホッとした。

 

 

一方の佐祐理は頭を痛そうにさすりながら、舞と間違えたヌイの方に改めて視線を動かして、彼女の特徴を確認してみる。

白いケープとロングコートとブーツとポニーテール、そして腰に結ばれている長い紐とその先で繋がれた大きな鎌。

 

“この人の白いケープと大きな鎌…。それにこの感じどこかで…”

 

初めて見たはずだったヌイの特徴と彼女から放たれる雰囲気。

にもかかわらず、佐祐理は朧げ(おぼろげ)ながら彼女から懐かしさの様なものを感じ取った。

どうやら彼女と、あるいは彼女に似た者と過去に何かあったらしい。が、今はそこまでしか佐祐理には分からなかった。

 

 

「もしかして舞のお姉ちゃんか妹だったりして…♪」

 

今のやり取りを見て、ふとした出来心からか“まい”が嬉しそうに茶々を入れる。

 

 

ヌイは今の“まい”の言葉を聞いてそう言えばと、さっき戦っていた舞について思い返してみた。

 

“言われてみればワイとこの姉ちゃん、似てる所がいくつかあったかな~”

 

起き上がって、改めて舞の顔をしげしげと眺めてみる。そこには鬼気迫っていた時とは違った舞の新たな一面が見えた気がした。

舞はそんなヌイをうっとうしく思ったのか、ヌイにもポカッとチョップを入れた。

 

「いっつ~…」

 

舞のチョップが想像以上だったのか、頭をさすって痛みを和らげようとする。

ただ、相方のミクがかます突っ込みと同じくらい悪い感じではなかった。

 

 

“そうだ♪ワイもこの姉ちゃんをからかったろ♪”

 

頭をさすりながら、ふとした出来心が浮かび上がってきた。

 

「この痛みは…、そうや…、思い出した…」

 

と呟いた。

 

 

「アンタは昔、ワイと生き別れた…。そうや、

 姉ちゃああ~ん!!会いたかったで~!!」

 

自分は舞と幼い頃に生き別れた妹だという設定で、ヌイは舞の胸に飛び込んだ。

 

「え…、舞に生き別れた妹さんが…」

 

声の震わせ方、涙の流し方や表情など演技が完璧だった為に、佐祐理も思わずそれを信じてしまった。

 

一方、ヌイに抱きつかれた舞は予想もしなかった展開に混乱したのか、ヌイの頭をポカポカとチョップし続けた。

 

 

「ちょっ…、ちょっとしたジョークやねん…!堪忍してな~」

 

怒涛(どとう)のチョップの嵐にヌイは軽いノリながらも謝るしかなかった。

 

「あははは~」

「舞~、もうその辺にしたら~?」

 

いつの間にか意気投合していた(様に見える)ヌイと舞の漫才を佐祐理と“まい”は楽しそうに見ていた。

 

 

“!???”

 

佐祐理達が楽しそうに笑っているその後ろでは、祐一がキツネにつままれた様子でその光景を眺めていた。

 

「なあ皆…、盛り上っているところ悪いんだが…」

 

怪訝(けげん)そうな表情で祐一は佐祐理達に恐る恐る声をかけた。頭の上にはハテナマークがいっぱい浮かび上がっている。

 

「どうしたの?祐一くん」

 

祐一の声に皆が振り返る。

 

 

「そこに…、誰かいるのか…?」

 

少し引きつった表情で疑問点を口にする。

 

祐一の視野には舞と佐祐理と“まい”の3人しかおらず、ヌイという少女は何処にもいなかった。

その為祐一には、3人が見えない何者かとコントをしているか、あるいは3人が祐一をからかって演技をしているようにしか見えなかったのだ。

 

 

「はあ…、これがヌイって人なのか…」

 

佐祐理がスケッチしてくれたヌイのイラストを見ながら、祐一がヌイがいると思しき空間に目をやった。

目の前の佐祐理と舞との距離が1メートルくらいあるので、どうやらそこにヌイという者がいるらしい。

 

「要約するとこの人は“生き神の使い”とやらで、自殺を考えてるターゲットってヤツを助ける為にここに来たんだと…?」

「なんだって♪」

「本当かな~…?3人して俺をからかってるとかじゃないよな?」

「ぽんぽこたぬきさん」

 

狐につままれた様子で3人を見つめる祐一。

4人がヌイと出会ってからおよそ15分が経過していた。

が、祐一だけがその姿を認識できない為、怪訝(けげん)な気持ちから未だに解放されなかった。

 

“仕方ない…。いたらいたでそれで良いし、いなかったらいなかったで最後まで騙されてやるか…”

 

こうなったらと祐一は気持ちを切り替えて、ヌイ(がいると思しき方)に体を向けた。

 

 

「で、さっきアンタは魔物と間違われて舞に襲われたらしいけど、怖くはなかったのかい?」

「いや~、死ぬか思て(おもて)ホンマにビビったわ~♪この姉ちゃん問答無用って感じでいきなり斬りかかってくるんやもん。

 どうやら最後までワイの話を聞いてもらえなさそうやったから、思わず本気出してもうてな~♪」

「って、少し笑いながら言ってるよ♪」

「まあ、それで大人しう降参してくれたからホッとしたわ~。下手したら最悪の結果になっとったかもしれへん。

 止むを得んかったとは言え、姉ちゃん殺しとったら後味悪うなってもうたやろからな~…」

「だって♪」

 

祐一からの質問にヌイが答え、ヌイの言葉を聞く事も出来ない祐一の為に、“まい”がその一字一句を祐一に伝える。

 

「そう言えばヌイの言うターゲットは見つかったの?」

「いや~、それがワイの勘違いらしうてな~。どこにもおらんかった。まあ結果的には良かったんやけど…」

「なんだって。結構ホッとしてるみたいだよ?」

 

今度は“まい”がヌイに質問を投げかけ、ヌイの返答を佐祐理が祐一に伝えた。

 

「生き神っていうのも、結構大変そうですね~」

「まあ色々と…」

「しかしあの舞を降参させたって事は、相当強いんだな」

「日々の訓練の賜物(たまもの)ってヤツや♪

 けどそれ以外にも、自殺志願者(ターゲット)を賭けて“死神の使い”ってヤツと戦う事もあるからかな~。

 かなり手強いヤツもおるし、悪魔なんかもおったら余計に厄介やったりするし…」

「へえ~。よく分からんけど、かなり修羅場くぐり抜けてんだな」

「どうでも良いけど、ヌイの関西弁って何か少しウザイかな」

「はちみつくまさん」

「グハッ…!!?」

「そんな事言うなって、“まい”。舞も追い討ちかけるなよ」

「ぽんぽこたぬきさん」

「シクシク…。もうグレたる~…」

「あははは~♪」

「ところで“はちみつくまさん”とか“ぽんぽこたぬきさん”って何や?」

 

“まい”達の通訳を通した見えない相手との会話とあって、祐一は今までにない不思議さを感じながらも、

次第にイメージが湧いてきたのか、通訳を通したヌイとの会話は問題なく出来る様になってきた。

その一方で舞は会話に加われず、たまに“はちみつくまさん”と“ぽんぽこたぬきさん”くらいしか口に出せなかったが…。

 

 

“生き神…。そうだ、ヌイさんと同じ格好をしてたあの人も『生き神』って名乗ってた…”

 

5人での会話が進む中で、佐祐理の中に封印されていた記憶も徐々に蘇って(よみがえって)いった。

確か、部屋に一人閉じこもっていた時に、生き神と名乗る者が佐祐理の前に現れたのだ。そこまで佐祐理は思い出した。

 

“あれ…?でもあの人は、何で来てくれたんだろう…?”

 

ただ肝心な部分が未だに思い出せず、疑問点の解決まではもう少しかかりそうであった。

 

 

「なあヌイさん、ところで質問があるんだが良いかい?」

「何や?」

 

楽しく会話が展開されていた中で、突如シリアスな表情になった祐一がヌイがいる(と思しき)方に視線を向ける。

 

「アンタの事は見えないけど、今のアンタの姿とか声とか表情は大体想像がついてきた。

 だけどまだイメージが湧かない部分もあるんだよな…。だから頼む。

 俺にアンタのスリーサイズを教えてくれないか?」

「はい?」

 

今の祐一の発言にヌイの表情が笑顔ながらも一瞬フリーズした。一瞬遅れて3人もフリーズする。

 

「あははは~♪祐一君たらエッチねえ♪」

「祐一のスケベ♪」

「スケベ…」

 

すぐにフリーズから解放された舞、佐祐理、“まい”の3人は、今の質問に“メッ”と説教のつもりで祐一に軽くチョップをかました。

 

「良いじゃん別に。減るもんじゃないし、更に明確なイメージが湧けば会話がもっと楽しくなるだろうしさ」

「まあ、せっかくやから教えたるわ」

 

そう言うなり、ヌイは“え~と確か…”と額に掌を置いたり、腕を組んだりして考える素振りを見せた。が、やがて…、

 

 

「きゃ~♪やっぱ恥ずかしうて、教えられへんわ~♪あんさんのスケベ~♪や~ん♪」

 

と顔を少し赤らめてヌイはオーバーにぶりっ子を演じながら恥ずかしがる。

そのドサクサでヌイは舞の腕を掴むと、舞の腕を使って祐一にチョップをかました。

ちなみに突然の事だったにもかかわらず、ヌイに捕まれていた舞の手はどういう訳か、普段誰かをチョップする時のポーズになっていた。

 

「イテテ…。舞、何もそんな本気にならなくても良いじゃんか…」

 

頭を痛そうにさすりながら、祐一は舞を見た。

祐一にはヌイの姿が見えていない為、舞が思い切りチョップをかました様にしか見えなかったのだ。

 

 

「あはは♪祐一君がスケベな事聞くからだよ」

「それに今のは舞じゃなくてヌイだよ。ヌイが舞の腕でチョップしてたんだよ」

「本当かな~…?」

 

頭をさすりながらヌイがいると思しき空間を祐一は見つめる。

やはり見えないので、3人して自分をからかってるんじゃないかという気持ちが再び湧き上がってきた。

 

 

「私は魔物を斬る者だから…」

 

そう呟くなり、舞は持っていた剣を再び抜いてヌイの方を向いた。

どうやら自分の腕を使ったヌイのチョップが気に食わなかったらしく、彼女の周りには殺気のオーラが漂っていた。

 

舞のただならぬ殺気に、ヌイの顔が見る見るうちに青ざめていく。

 

「え~と…、もしかしてご立腹でっか…?」

 

引きつり笑いを浮かべ、後ずさりしながら舞に恐る恐る質問した。

 

「はちみつくまさん…、覚悟…!」

「ヒイイイ~…」

「あははは」

 

その言葉と共にヌイと舞のドタバタがまた始まった。

ちなみに祐一からは舞が一人芝居をしているようにしか見えず、ただ呆気に取られた様子でそれを眺めるしかなかった。

 

 

「うう…、ちょっとしたジョークなのにひどいねん…。シクシク…」

 

舞とのドタバタの後、ヌイの体はタンコブやらバッテンの絆創膏やらでかなりボロボロだった。

その横では舞がそっぽを向いている。プリプリはしていたものの、とりあえずは気が済んだようだ。

 

 

「なあ“まい”。2人のケンカはもう終わったのか…?」

 

舞の気が治まったらしい事を確認して、祐一は恐る恐る“まい”に質問した。

 

「うん、もう終わったみたいだよ」

「そうか…。

 なあヌイさん、疑問に思ったことがあるんだが聞いて良いかい?」

「何や?」

 

真面目な表情で祐一はヌイがいると思しき空間に言葉をかけた。

 

 

「あんたの事が見えてるのは舞と佐祐理さんと“まい”だけなんだよな?」

「らしいな~」

「舞と“まい”に見えて、俺に見えないのは何となく分かる。

 舞と“まい”には不思議な力があるからその影響だと思ってるんだ。けど、何で佐祐理さんまであんたの事が見えてるんだ?」

「そこや!!それはワイも不思議に思うとったところや!!」

「だって。ヌイも知りたがってた事みたいだよ?」

 

祐一からの質問にヌイはそう返し、その答えを“まい”が祐一に伝える。

ヌイ自身も佐祐理が自分の事が見えてる理由に心当たりがなかった様だ。

 

一方、会話に積極的に参加していた佐祐理は祐一のヌイへの質問を境にだんまりになってしまった。

 

「そこの2人は別として、ワイらの姿が見えるんは自殺志願者(ターゲット)しかおらへん。

 見た感じやと佐祐理さんは自殺志願者(ターゲット)やなさそうやしな~…」

「って、こんなポーズしながら言ってるよ」

「そこまでしなくても良いよ。別に止めないけど…」

 

腕を組んで首をかしげがら、ヌイはそう答え、“まい”もそのマネをする

 

「あ…、けど佐祐理さんが自殺志願者(ターゲット)になってた時があったら、見えるのも頷ける(うなずける)で…!」

「だって。頭にこんな感じで電球マークが浮かんでたよ」

「へえ~、そうなのか~」

 

ただ他に該当する事があると分かるなり、ヌイの表情がすぐにひらめき顔に変化し、“まい”もそれをマネして祐一に伝えた。

 

 

とその時、祐一はかつて佐祐理から聞いた彼女の過去の話を思い出し、それと関連しているのではないかと気付いた。

 

「待てよ…、そういえば佐祐理さんは……」

「はちみつくまさん、祐一」

 

そしてヌイと祐一達との会話を耳にしていた舞が会話に加わる。

 

「佐祐理には…」

「待って、舞」

 

ここで口を閉ざしていた佐祐理が事情を話そうとする舞を制止した。

 

「ごめん…、佐祐理」

「違うの、舞。もう少しであの時の事を思い出せそうなの。だからもう少し考えさせて…」

 

そう言って、当時の出来事を必死に思い出そうと佐祐理は俯いた(うつむいた)。

 

 

“自殺…。ターゲット…。そうだ…、一弥…”

 

祐一の質問を境に佐祐理の心の奥底に封印されていた生き神なる者と会った時の記憶がだいぶ引き出されてきた。

 

一弥とは、佐祐理の幼い頃に死別した弟のことである。

佐祐理が自殺志願者(ターゲット)として生き神を目の当たりにしたならば、彼が死んで自殺を試みたあの時しかない。

 

ただ、まだ思い出せてない部分もあるので、全ての記憶のピースが揃うまでは口に出来なかった。

 

“そうだ!あの時と同じ状況にしたら全て思い出せるかも…。よし…!”

 

そう呟くなり佐祐理は顔を上げ、ヌイの方を向いた。

 

「ちょっとごめんなさい、ヌイさん」

 

そして自身の顔をヌイの胸に埋め(うずめ)、そして抱きしめた。

 

 

「ちょっ…、佐祐理さん。ワイにはミクちゃんというモンが…。いや、ワイにそんな趣味は…」

 

突然の佐祐理の行動にヌイは錯乱状態に陥り、そして舞はそんなヌイへの嫉妬心と敵意を再び露わ(あらわ)にする。

ちなみにヌイの事が見えない祐一は、佐祐理が見えない何かを抱きしめている様にしか見えなかった。

 

“この感じ…。そうだ、あの時あの生き神さんは確かに佐祐理に手を差し延べてくれたんだ…”

 

ヌイの感触を肌で実感したことにより、佐祐理はかつて生き神なる者に助けられた時の事を全て思い出すに至った。

 

 

忘れもしない一弥の死。

確か彼が亡くなって数日後の、悲しみにくれていた当時の佐祐理がたった一度だけ自殺を試みた時の事だった――――――――

 


 
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