黄蓋の火計が始まったころ、華琳は本陣で冷静にその報告を受け取っていた。
「さてと・・・そろそろ黄蓋がこちらを裏切る頃ね。いや、元々味方ですらなかったからその表現は相応しくないか・・・」
床机から立ち上がった華琳は馬を曳いてこさせると、それに騎乗する。
「これより樊城を目指して退却する。かねてよりの申しつけ通り追撃する敵勢から逃げすぎず、追いつかれぬように行軍せよ!」
『御意!』
撤退する魏軍は華琳・季衣の率いる本隊と親衛隊が先頭を行き、春蘭・流琉・沙和の部隊が殿を請け負っていた。
「かかれーっ!曹操を逃がすなっ!」
「甘寧隊に遅れるなっ、趙雲隊続けっ!」
追撃部隊は周喩が指揮を執り、部隊の先鋒はそれぞれ甘寧と趙雲。2人は競うように春蘭率いる魏軍に攻めかかっていた。
「突破を許すなよ!魏軍の名に賭けてでも敵を押し返せっ!」
春蘭の檄が飛び、兵たちはそれに応える様に雄叫びをあげて勇を振るう。しかし目を放すと作戦を忘れて自ら突撃しそうになる春蘭の手綱を秋蘭に代わって握るのは流琉と沙和の役目だ。
「むむぅ・・・あれくらい蹴散らせないのか!こうなったら私が―――」
「だめですよ春蘭様!作戦が台無しになっちゃいます!」
「今回の作戦は、勝つ事じゃなくて華琳様を無事に逃がす事なの!春蘭様、押さえてなの~!」
2人の必死の制止に作戦の趣旨を思い出したのか、不満げにもごもご呟きながら指揮に専念しなおした。その甲斐あってか、追撃部隊を一時撤退させることに成功した。しかし―――
「申し上げます!曹操様の本隊、張飛・馬超率いる蜀軍の奇襲を受け苦戦中!」
「なんだとっ!?」
そこに飛び込んできたのは、最悪の報告だった―――
「曹操っ、どこなのだー!出て来て鈴々と戦えー!」
「涼州での借りを返す時が来たぞ!この錦馬超が相手だ!」
あえて樊城まで遠くなる狭い山道を退路に選んだ華琳だったが、そこは諸葛亮の知謀が上回った。張飛・馬超率いる伏兵が縦に伸び切った魏軍本隊の横腹を襲ったのである。
「まずいわね・・・兵が混乱してしまっているわ」
思わぬ展開に唇をかむ華琳。大軍の弱点は機動力が低い事と、この様な細い道での攻撃に弱い事である。
「皆、落ち着きなさい!馬超と張飛の軍は小勢、体勢を立て直して撃退せよ!」
総帥の喝に落ち着きを取り戻した兵士たちは徐々に蜀軍を押しだし、春蘭の援軍も追い付いてついには張飛らを撤退させた。
「鈴々!悔しいがここまでだ。一度退くぞ!」
「むむぅ~・・・曹操!首洗って待ってるのだー!」
捨て台詞を残して退く2人。しかし、彼女達はこれから次々と退路に現れて魏軍を苦しめる事になる。
魏軍の退路には黄河程の大きさはないが、渡らなければならない大きな川がある。撤退を見越してあらかじめ橋を架けていたのだが、その橋に騎乗姿で佇む老人と兵士の姿があった。
「さて・・・小娘どもがこの橋を渡るまで、頑張らねばのぅ・・・」
曹子孝―――『曹魏の盾』と称される老人が連合軍の前に立ちはだかる―――
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赤壁合戦編9話です。『恋姫夏祭り』に投稿したかったですが、ネタが浮かばずに断念しました・・・