No.170106

剣と魔導 8

八限さん

第8話になります。

2010-09-03 20:01:21 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:15645   閲覧ユーザー数:14263

 

 剣と魔導-8

 

 

 

 気が付いた時には、一人で焼け野原に佇んでいた。

 

 首を巡らせて辺りを見渡しても、視界に入るのは炎に焼かれ、廃墟と化した町並みだけ。

 

 大きな火事があったのは間違いなかった。

 

 瓦礫と化した建物の所々からはみ出している、原形もとどめていない黒焦げの物体が、元は人間だったのだとはとても思えなかった。

 

 既に下火になっているだろうに、押し寄せる熱気は肌をあぶり、火災現場特有の真っ黒な煙と、少なからずそこに混じる脂の焼ける臭いが、嗅覚を刺激してくる。

 

 救助が間に合わなかったのは明らかだ。

 

 ひどい、本当にひどい光景だった。聞こえてくるはずもないのに、物言わぬ骸と化した焼死体達の無念の呻きが、辺りに木霊しているようだった。

 

 何故自分はこんなところにいるのか、そんな当たり前のことすらはっきりしないまま、困惑ここに極まれりといった体でフェイト・T・ハラオウンは辺りを見回した。

 

 生きているものは、いない。自分以外は、誰一人。

 

 いや、そんなはずはない。きっとどこかに生きている人がいるはずだ。

 

 眼前に広がる凄惨な光景を振り払うようにしてフェイトが焼け跡に一歩足を踏み出した時、不意に、崩れた建物の影から、小さな人影が歩み出てきた。

 

 それは1人の子供だった。年のころはまだ6つか7つくらいだろうか。

 

 赤い髪をした少年は、心ここにあらずといった様子でふらふらとこの地獄をさまよっていた。

 

 火の勢いが弱まってきていたが、それでもこの子が一人でここから逃げられるはずが無い。

 

 やがて全身から力が抜け落ちるように、少年の体はくずおれ、その体を受け止めようとした腕が抱きとめることもできずにすり抜けたところで、ようやくフェイトは自分が今夢の中にいることに気がついた。

 

 くすぶる煙と灰の中で、瓦礫の上に横たわった少年は茫とした眼差しで天を見上げる。

 

 もう、意識もはっきりしていないのだろう、何かを掴むように、少年は末期の力を振り絞って手を伸ばした。

 

 自分はこの少年を助けることができない。ただ、息絶えるのを見ていることしかできない。

 

 夢の中とは言え、無力感がフェイトの胸をよぎる。

 

 だがそれでも、無駄とはわかっていても、せめて力なく持ち上げられたその小さな手だけでも握り締めたいと、フェイトは手を伸ばした。

 

 だがその手が少年の手を掴む前に、横合いから伸びてきた大きな手が少年の手を握り締めた。

 

 ハッと顔を上げれば、一人の男が小さなその手をしっかりと握り締めていた。

 

 炎に巻かれる危険性も厭わず、生存者を見つけるために、命がけで走り回ったのであろう。身にまとう衣服は炎に炙られボロボロになっていた。

 

 その男は目に涙をためて、ただ一言、ありがとうと言った。

 

 生きていてくれてありがとうと、たった一人でも助けられてよかったと。

 

 ああ、この子は助かるんだと、フェイトが安堵の息を漏らした時、不意に辺りの景色が溶けるように崩れだした。

 

 どうやら夢はこれで終わりらしい。

 

 天に向かって体が引っ張り上げられていくような感覚、意識が覚醒しようとしている。

 

 最後に、崩れていく世界を視野に納めて、フェイトはふと、自身の胸のうちに小さな違和感があることに気がついた。

 

 それは、あの子供を助けた男のこと、彼の生存者を見つけた時の喜びようは、ただの人命救助にしては少しばかり過ぎていたようにも見えた。

 

 そう、まるで、少年を助けたことで救われたのは男のほうであるかのように……

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん…」

 

 軽い呻きとともにフェイトは目を覚ました。

 

 寝ぼけ眼で辺りを見回し、自分が医務室のベッドの脇に据えられたいすに腰掛けたまま寝てしまったのを理解すると、彼女は軽く伸びをしながら立ち上がった。

 

 昨夜、八神はやてに報告を行った後、怪我の治療で医務室に担ぎ込まれた衛宮士郎とエリオ・モンディアルの看病をしているうちに、眠ってしまったらしい。

 

 ベッド脇にあるテーブルの上の置時計が指し示す時刻は既に朝だった。

 

 カーテンが閉められ、遮光された室内は薄暗いまま音もなく静まり返っている。

 

 耳を澄ませばエリオと士郎の寝息のみが聞こえてきた。

 

 二人とも、容態は安定しているようだ。

 

 ほう、とフェイトは息を一つ漏らし、そして顔に苦渋の色を浮かべた。

 

 初陣に続き、今回の戦いでも自分はエリオとキャロを守ることができなかったという事実。

 

 傍にいさえすれば、二人を危険な目からも守れると六課設立前は思っていた。

 

 だが、二度にわたって苦杯を嘗めさせられた今、そんな考えを抱けるほどフェイトは楽観的ではなかった。

 

 ガジェットドローンのAMFもそうだが、昨夜戦ったあの男装の女の戦闘能力は侮りがたいものだった。

 

 ランク付けをするならば、オーバーSは確実だろう。特筆すべきは高機動と近接戦のスキル。

 

 自身とデバイスのリミッターを解除してようやく五分といった所か。

 

 今後、あの女と交戦状態になった時、エリオやキャロにまで気を裂く余裕などないだろう。

 

 前回や今回は何とかなった。だが、これから先も上手くいくなどという保証はない。

 

 やはり、当人達の強い希望があったとしても、二人を六課に入れるべきではなかったのだろうか?

 

 そんな迷いが、いまさらながらフェイトの中に生まれてくる。

 

 あんな夢を見たせいだろうか? 瓦礫の山に横たわる少年の姿がどうしても、エリオやキャロと被ってしまう。

 

 だが、すでに機動六課は動き出している。いまさら私情でメンバーの変更など許されないだろう。

 

 それでも、二人を外すと言うのであれば、両者の能力が機動六課の任務を遂行する水準まで達していないという理由をつけるしかないが、この場合、自身とはやての管理能力が問われかねない。

 

 本局と地上本部の軋轢はフェイトもよく知っている。

 

 機動六課の立場の微妙さを考慮するならば、今この時期に六課攻撃の口実を与えるような真似は避けるべきだ。

 

 保護者としてのフェイトは二人の安全を考え、執務官としてのフェイトはそれはできないと訴える。

 

 二つの相反する意見の板ばさみにフェイトが陥りかけた丁度その時、突然彼女の眼前にウィンドウが開かれた。

 

「あ、フェイトちゃん起きとったんか、丁度ええ、悪いんやけどちょっと来てもらってもいいかな?」

 

 そこに映し出された人物、八神はやてはフェイトの姿を確認するなり開口一番そう切り出した。

 

「……それは構わないけど、何かあった?」

 

「うん、まあ、今日の…というか昨日のフェイトちゃんの戦闘に関する事で、ちょう聞きたいことがあるんよ。手が空いてるんやったら、こっちに来て欲しいんやけど」

 

 訝しげに問うフェイトに頓着することもなく、はやては矢継ぎ早に捲くし立てる。

 

 よく見てみれば身を包む制服は昨日のまま、そして表情にこそ出していないが、目の下にはうっすらと隈ができている。

 

 どうも、徹夜明けでテンションがおかしくなっているらしい。

 

 そんなはやての勢いに押し切られるように、フェイトは首を縦に振った。

 

 それを確認したはやては『ほな待っとるから全速力でな~』とそれだけ言うとさっさと通信を切ってしまった。

 

 再び静寂を取り戻した医務室の中で、いささか惚けた様で虚空を眺めていたフェイトだったが、耳に入ってきたエリオと士郎の寝息に我に返ると、音を立てないようにそっと部屋の外に出た。

 

 理由はどうあれ、怪我人の枕元で騒ぐのはよろしくない。

 

 そういえば。と、フェイトはふとホテル・アグスタの件を思い出した。

 

 なんでも、厳重な警備体制を強いていたにもかかわらず賊の侵入を許し、金庫からオークションに出される予定だった品が盗まれたらしい。

 

 現場検証のため、なのは達スターズ分隊とシグナムは現地に残っているという。

 

 それでは、総指揮官であるはやてに眠る時間などなかっただろう。

 

 はやての話が何なのかはわからないが、用事を片付けて少しでも早く休ませてやったほうがいい。

 

 自分のことはその後で考えればいい。ひとまず自分をそう納得させると、フェイトははやての元へと向かうため、廊下を足早に歩いていく。

 

 その途中で、フェイトはふと、自身の掌に視線を落とした。

 

 治癒魔法によって既に傷はふさがってはいたが、横に線を引くように僅かに肉がもり上がっている。

 

 衛宮士郎の身を起こした時に付けられた傷の跡だ。

 

 彼の、体から生えていた剣によって。

 

 傍で聞いているものがいれば一笑に付してしまいそうな話だ。

 

 人間の体から剣が生える。次元世界広しと言えど、そんな事例は聞いたことがない。

 

 大体、生物である人間の体からどうやって無機物である剣を生み出せるというのか。

 

 考えるだけ馬鹿馬鹿しい話。あれはただの見間違い。本当はこの掌の傷は彼に突き刺さっていた破片で切ったものなのだ。

 

 そう結論付けられれば話は簡単だろう。

 

 だが、ただの破片で、バリアジャケットを纏っていた自分が傷を負うことなどありえない。

 

 加えて、ただの切り傷であるはずなのに、シャマルの治癒魔法をもってしても傷跡が残ったこともおかしい。

 

 医療のエキスパートであるシャマルですら、その不可解さに首を捻っていた。

 

(I am the bone of my sword.……だったっけ)

 

 あの、身の毛をよだたせる奇怪な剣を取り出したときの、士郎の詠唱。

 

 体から剣が生まれる。とでも訳するのだろうか。

 

 そうであるならば、あるいは……

 

 とにかく、彼が目を覚ましたら、ホテルに結界を張った不審者達との関係とあわせて問い詰めなくてはならない。

 

 そちらについては、自分が受け持とう。はやて達にばかり負担をかけさせるわけにはいかない。

 

 ウン。と、気合を入れるようにフェイトは一つ頷くと隊長室に向かって歩き出す。

 

 ただ、結論を先に言ってしまえば、そんなフェイトの決意が実を結ぶことはなかったのである。

 

 現実は自身の思うようには動いてはくれない。例えば、今回の場合は予期せぬ第三者の登場によって。

 

「失礼。フェイト・T・ハラオウン執務官ですか?」

 

 そんな問いかけを受けたのは、機動六課の玄関を通りがかった時だった。

 

「はい。そうですが…?」

 

 名前を呼ばれ、反射的に振り向いた先に一人の女性が立っていた。

 

 青い制服を隙なく着込み、切れ長の瞳が眼鏡の奥から冷たくフェイトを射竦めている。

 

 地上本部の人間、しかも佐官だ。

 

 フェイトの略式の敬礼に、返礼を返したその女性はこちらに歩み寄ってきた。

 

「朝早くに失礼します。八神はやて二等陸佐に至急取次ぎを願います」

 

「……ご用件を伺ってもよろしいですか?」

 

 胡乱気な表情を浮かべたフェイトの問いかけに、その女性、オーリス・ゲイズはわずかに首を引くような所作をすると、口を開いた。

 

「先のガジェットドローン侵攻事件の重要参考人として、次元漂流者、衛宮士郎を招致します。参考人の身柄を至急引き渡していただきたい」

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、衛宮士郎の身柄を確保するというドクターの方針に変更はないのだな?」

 

「ええ、そうよ」

 

 ラボの1フロアで一堂に会した姉妹達の居並ぶ中、確認のために発せられたチンクの問いかけに頷いて答えたのはナンバーズⅠ番ウーノだった。

 

 そんな長姉の言葉を聞いたチンクの表情が僅かに硬くなる。

 

 昨夜の失態を思えばそれも無理からぬ事であった。

 

 かの人物を確保する絶好の機会を水泡に帰してしまったのだ。交渉と武力二つの手段を用いた上でなお。

 

「機動六課面倒なところにかくまわれているな…」

 

 ポツリと漏らしたチンクの呟きには僅かながら苛立ちが込められていた。

 

 そんな、少女の様子に意外なものを見た様子でクアットロが片眉を上げた。

 

 普段、冷静沈着で常に妹達の手本たらんとするこの少女がそのような態度を取るとは珍しい。

 

 興味津々とチンクを眺めるクアットロは、とても会議に参加しているという自覚などなさそうに見えたが、その実他の姉妹達の表情の変化、会話の内容まで委細漏らさず掴んでいた。

 

 そうでなくては、後方支援型など勤まらない。

 

 例えば、苦々しい表情で今正に口を開こうとしているトーレ姿も例外ではなかった。

 

「……場所もそうだが、この男の能力も未だ未知数だ。そちらも何とか解明せねばならん」

 

 トーレの視線は居並ぶ姉妹達ではなく、宙に浮かんだモニターに据えられている。

 

 つられて、チンクもそちらへと視線を移した。

 

「砲撃の威力は推定Cランク。笑えない冗談だ」

 

 苛立たしげに漏らしたトーレの呟きは、チンクの内心も同時に吐露するものだった。

 

 モニターに映し出されたそれは、衛宮士郎の奇怪な能力の中でも特に際立ったもの。

 

 昨夜の作戦、その最後の詰めで大番狂わせを起こしたあの奇怪な剣だった。

 

 結界を薄紙のように引き裂いていった魔弾、彼女達の内蔵センサーを元にはじき出されたその魔法ランクは推定C。

 

 当事者である二人でなくとも首を捻りたくなるような話だ。彼女達の展開した結界はSランクの砲撃、それも結界破壊の効果のあるような魔法でなければ砕けないほどの頑強さを誇っている。

 

 射撃型魔導師の通常弾程度の威力しかもたない砲撃では、傷一つ付けられない。

 

 それほどの結界が、豆鉄砲にも等しい一撃で易々と打ち抜かれるとは、どう考えてもおかしいではないか。

 

 無意識のうちに、チンクは腕をさすっていた。

 

 両者が対峙する中、忽然と現れた捻くれた剣と、そこに込められていた一瞬にして肌を粟立たせたほどのおぞましい魔力。

 

 あの魔弾の正体が、ただの豆鉄砲であったなどとはとても納得することはできない。

 

 ちらりと横を見てみれば、トーレもまた難しい顔をして腕を組んでいる。

 

 考えていることは同じようだ。

 

「やっぱりあれっスかね。トーレ姉達のセンサーが故……な、なんでもないッス」

 

 冗談を口にしようとしたウェンディは、言い終える前に、前言を撤回した。

 

 流石に、般若の形相をしたトーレを前にして続きを口にできる程の勇気は、彼女にはなかった。

 

「調整は完璧だった。故障などありえん。それにこのデータは私とチンクのセンサーに記録されたものを基にして作成されているのだ。二人を揃って全く同じ数値を出すような故障があるとでも言うのか、お前は?」

 

「め、滅相もないッス」

 

「それじゃ、ホントの所はどうなの? ドクターの解析結果待ち?」

 

 顔を青くして、小動物のように震えているウェンディが流石に気の毒になったのか、割り込むようにしてディエチが口を開いた。

 

「…まあ、それが一番確実ではあるが、な」

 

 トーレ自身もいつまでもウェンディを相手にするつもりはなかったのだろう。怒りの余韻を僅かに滲ませながら、腕を組む。

 

 ディエチの言った解析とは衛宮士郎のコートのことだ。

 

 先の戦闘において、ウェンディが持ち帰った士郎のコートにいたく興味を示したスカリエッティは、コートが手元に届くや否や その解析のために研究室に閉じこもってしまったのである。

 

「問題はそれがいつになるか、だ。お嬢様の件もある」

 

 チンクの発言にトーレが渋面を作り、ウーノが僅かに顔を曇らせた。

 

 彼女達のもう一つの頭痛の種。それが昏睡状態に陥ったルーテシアだった。

 

 リンカーコアが極度に衰弱している事以外突き止められた事実はなく、原因も治療法も見つけられないまま容態は好転も悪化もせず、ただ生体ポッドの中で昏々と眠り続けている有様だった。

 

「先の転送事故から既に七日が過ぎた。ゼスト殿とアギト殿を押さえておくのもそろそろ限界だろう。この辺りで一つ、何か成果を挙げておかないとどう動かれるかわからん」

 

 こうなってくると、衛宮士郎の存在をゼストたちに伝えてしまったのは失策だったかもしれない。

 

 先走られて単独交渉をされた挙句、万一にもこちらの機密が漏れてしまうようなことになれば、笑い話にもならない。

 

 組んだ二の腕を指で叩きつつ、トーレはクアットロへと向き直った。

 

「実際の所、どうなのだ? 回復の目処は立たないのか」

 

「ん~、難しいですねぇ。リンカーコアが衰弱している理由がまったくの不明なんです。せめて原因がわからないことにはどうにも」

 

 お手上げだ。と、クアットロは首を横に振って答える。

 

「そうだな、ならばまず……」

 

 本来ならば、己も加わるべきであろうトーレとクアットロの会話を耳に入れつつ、チンクは彫像のように身じろぎもせず、じっとそれを眺めていた。

 

 それは、傍から見れば妙な、だが、彼女自身にとってはある意味当然の理由によるものだった。

 

 そんな彼女らしからぬ素振りに気付いたのだろう。ウーノが、チンクの立つ壁際まで歩いてくると、居並んだ。

 

 長姉のその行動に気付いていたチンクだったが、敢えて何も言わず、他の姉妹達の会議に耳を傾けていた。

 

 そこに加わる気分にはどうしてもなれなかった。彼女の胸のうちにわだかまる言いようのない靄のようなものが、どうしても少女をその気にさせなかったのである。

 

「……衛宮士郎の能力のことがそんなに気になっているの?」

 

「まあ、それもある…」

 

 だからだろう。ウーノの問いかけに煮え切らない返答を返したのは。

 

 案の定、怪訝な表情を浮かべたウーノへ視線を向けることもなく、逆に顔を少しうつむかせていたチンクはやがて、ポツリと口を開いた。

 

「上手く言葉にすることができないのだが、あの男の能力だけを警戒するのは間違っているような気がするのだ」

 

 それは、彼と面と向かって、言葉を交わし、さらには刃まで交えた彼女だからこそ覚えた違和感だったのかもしれない。

 

-俺は自分のために他の誰かを犠牲にすることなんてできない-

 

 彼女の提案を一蹴した時の士郎の言葉だ。

 

 チンクとてⅤのナンバーを与えられ、姉として、そして妹として姉妹たちの仲立ちをし、世話を焼いている身である。

 

 彼の台詞が、自分と親しいものや、家族を天秤に掛けられた時に出た言葉だというのならば、彼女も納得することができた。

 

 だが、彼はほとんど無関係といってもいいミッドチルダの住民のために、現状においてほぼ唯一といってもいい帰還の術を知る機会を棒に振ったのだ。

 

 それは、聞くものが聞けば、何と気高い自己犠牲の精神よ。と、彼を褒め称えたかもしれない。

 

 だが、仮にそんな言葉を聴かされたとしても、彼女は彼の行動の動機として納得することなどできなかっただろう。

 

 異世界に飛ばされるという、管理外世界の人間にとっていわば青天の霹靂ともいう事態に直面した人間が、しかも、直前に時空管理局が彼の出身世界を捕捉してないという事実を知ったばかりの状態であったというのに、あの時、自分の提案を跳ね除けた彼の態度の中に、二度と故郷の土を踏むことができないかもしれないという恐れも、自身の選択が本当に悔いのないものであったかという迷いも、少女は微塵も感じ取ることはできなかったのだ。

 

 彼の中に確実にあったと言えるものといえば、それは迷いなく、真っ直ぐな、そしてチンクにはその本質を見極める事のかなわなかった自己犠牲のように見える何がしかの想いであったいうことだけだ。

 

 ましてやこれが即答である。

 

 衛宮士郎という人間の持つ価値観を、彼女が計りかねるには十分すぎる理由であった。

 

 チンクが己のうちにわだかまる感情の正体が、未知のものに対する畏怖を含んでいると自覚していなかったのは幸いだったのかもしれない。

 

 ただ、今彼女の横に立ち、ポツリポツリと言葉を漏らしていく妹の一挙一動を委細漏らさずとばかりに、見つめるウーノが、看破し得なかったかは定かではないが。

 

 長姉の視線に気付くこともなく、チンクの言葉は続く。

 

 確かに、自分達の調査していた洞窟の内部で遭遇した衛宮士郎は、そこに何があるのか知っている様子だった。

 

 彼の協力を取り付けられれば、ルーテシアの治療に有益な情報を得られるかもしれない。

 

 だがしかし、今仮に士郎がこのスカリエッティラボにやってきたとしても、うまく事が運ぶとはチンク楽観視はできなかった。

 

 むしろ、ルーテシアと自分達の関係を悟られれば、事態は悪化するかもしれない。

 

 そこで一度と言葉を切ったチンクは、自身へと視線を注ぐ姉へと顔を向けた。

 

「衛宮士郎の世界の人間で、他に協力者となりえそうな者はいないのか?」

 

 何も、衛宮士郎ただ一人にルーテシアの治療の望みを託す必要はないのではないか? と、見上げてくる妹へ、しかしウーノは首を横に振ることで答えを示した。

 

「確かにそれも選択肢の一つではあるわ。けれど、お嬢様の件は別にしても、ドクターは衛宮士郎の身柄を欲しているの」

 

 残念だけれど。そう言外に含めたウーノの言葉に、チンクは知らず落胆の念を覚えていた。

 

 そんな彼女の胸中を知ってか知らずか、続けてウーノが口にした言葉はチンクを少なからず当惑させた。

 

「ただ、こちらから仕掛ける必要はないかもしれないわ。上手くいけば、私たちは座したまま、彼の身柄を得ることができるのだから」 

 

「それは、一体どういうことだ?」

 

 すかさず聞き返したチンクに、しかしウーノは答えず、さらに畳み掛けるように言葉を紡いだ。

 

「全てはドクターがお決めになることよ。例え貴方が彼を忌避しても、ドクターが望むのならば私たちは衛宮士郎をどんな手を使っても引き入れる。戦えと言われれば躊躇ってはならない。だからこそ」

 

 今のうちに、覚悟を決めておきなさい。と、そう言い捨ててウーノは去っていった。

 

 後に残されたチンクは一人、その言葉を噛み締めつつ俯く事しかできなかった。

 

 邂逅より一夜。当事者達が十分な休息すら得られないうちに、事態は再び動き出していった。

 

 

 

 

 

 剣と魔導-8   終

 

 

 

 どうも、こんにちは。八限です。これにて既存の投稿分は終了となります。

 

 さて、最近はPSPでFate/EXTRAをプレイ中ですが、赤セイバーやキャス狐を放置して、

 真っ先に男主人公、アーチャーコンビでクリアしてしまいました。

 後半のデレを見て、女主人公でプレイするべきだったかと軽く後悔したり。

 EXTRAネタも取り入れてみたいけれどそれは難しいだろうなと思ったり。

 次回の更新は小話-2になります。

 それでは失礼いたします。

 


 
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