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雪蓮愛歌 第08話

三蓮さん

オリジナルの要素あり

2010-08-28 08:11:52 投稿 / 全10ページ    総閲覧数:3085   閲覧ユーザー数:2282

 

「くそっ、次から次に!…」

 

魏のある兵士のつぶやきである。

 

 

 

分隊とはいえ、『魏の外史』通り襲いかかる黄巾党は3000人。

 

無論、この兵士は『外史』と言われても分からない。

 

 

夏侯元譲の部隊に配属され、何度と戦から生き返ってきた。

 

規律は厳しく報償は高いとはいえ命がけの仕事だ。

 

だがそれでもこの仕事を続けた、続ける価値を見いだしていたからだ。

 

 

 

「~部隊は一度体勢を立て直せ!!!!」

 

 

 

部隊長の声が戦場に響く。混沌としたこの場で、生き残るための標の如く。

 

その声に合わせて、殿をつとめながら自分も一度下がろうとした。

 

だが、

 

 

「おら!!!!!!!!!!」

 

 

3人の盗賊に絡まれて、槍の先端を地面に押さえられた。

 

やられた、もう自分は敵の間合いに入っている。

 

そう意識した、敵の狂乱した叫びと共に、蛮刀を振り下ろされる光景が目に焼き付いた。

 

兵士は死を覚悟した…

 

 

「借りるわよ」

 

 

耳元で声が聞こえた。

 

借りる?はて、死神の宣告にしてはずいぶんと風変わりだと思った。

 

次の瞬間、自分の槍が後ろに『吸い取られて』いった。

 

そして、『ブンッ!!』と風を切る音が耳元で聞こえると…

 

 

「ギャー!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

目の前の自分を殺そうとしていた兵士が、自分の槍に貫かれていた。

 

その盗賊の左右にいた兵士の顔がゆがんだ。

 

時間にして普通の人間では表情をかろうじて変えられる刹那の間だった。

 

だからこの後、その二人がどうしようとしたかは分からない。

 

自分が瞬きをする間に、その二人の最後の悲鳴が聞こえたからだ。

 

いつの間にか、目の前に赤い何かがある。

 

 

この時、兵士はようやく先の声がこの人の声だったこと、

 

そして両肩にほのかな重みが一瞬加わったことを認識した。

 

 

「よく踏ん張った。撤退急げ、早く!!」

 

槍が兵士に放り投げられた。

 

兵士は無意識にその槍を受け取り、声通りに反射的に走り出した。

 

 

走りながらその兵士はようやく何が起きたのかを理解したのだ。

 

最近現れた噂の食客は、まず自分の槍を後ろからとって一人目に投げつけた。

 

続けて自分の肩に両腕をつけて前に宙返り、二人を一気に切り捨てたのだと…

 

 

「ふぅっ、いっちょあがり…じゃないようね」

 

雪蓮は今となっては懐かしい感覚、『疲労』を感じていた。

 

義勇軍の信頼を得られず、華琳の立てた裏作戦が実行されることまでは想定通りだった。

 

だが、魏の援軍が想定よりも遅い…。

 

あの華琳が理由もなしに遅れることはあり得ない…ということは、

 

「本国で何か起きたわね…」

 

嫌なことは立て続けで起こってしまうのよねー。

 

 

 

「あー、こんなときにせめて冥琳か祭がいてくれたらなー♪」

 

人は失ってから初めて気づくとはよく言ったものである。

 

所詮、自分の前の職業などお飾りか一本の剣。

 

自分に何度も『多くの人が支えてくれているから』と言い聞かせてきた。

 

実際にそう振舞ってきた。

 

が、現実に窮地に立たされれば、頭での理解とは一風変わった『味』が見えてくるものである。

 

 

実際、雪蓮はその特権、『強化された身体』をかつて無いほど有効利用していた。

 

小隊への伝令、殿、突撃、春蘭が決定を下す際の補佐…。

 

『私の足は二本よ!!』と言ってやりたいわらじの数であったのだ。

 

 

ただ、『最大限に利用』というと聞こえはいいが、正しくは『チートしてもカツカツ』だった。

 

雪蓮という人間はズルをしなくても、体力が常人を超えている。

 

なにせ朝まで酒を飲んでも(祭を二日酔いにさせても)、続けざまに農作業を日中できる。

 

それをこの度、さらにパワーアップさせているのだ。

 

 

「…おや?次の挑戦者ね…」

 

びびって逃げてくれれば良いのだが、連中は数の脅威をしっていた。

 

策も下地もなければ、訓練された兵士が一人いるよりもチンピラが五人いる方が強い。

 

残念ながらこれは事実だ。だから連中はいまだに攻め続けている。

 

『外史』では、華琳軍1000人と黄巾党3000人である。

 

が、今回は春蘭の部隊だけで切り盛りしているのだ。

 

目に見えてこちらの数が少ない。

 

 

 

「ぉらあああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」

 

ガタイのゴツイやつが、斧をもって雪蓮に斬りかかってくる。

 

それをひょいっと躱すと、雪蓮はもう一つのマズいことを考えていた。

 

今回、華琳が立てた作戦の配置は、地形的にこちら側が攻撃しやすいものだった。

 

春蘭の部隊は突撃が最大のウリだ。

 

なので、部隊を単独で運用する場合、短時間で敵を殲滅する。

 

その性質を最大限に有効利用できる地形なのだ。

 

 

にもかかわらず、戦場は突破口を見出せず、均衡状態だ。

 

先の長所は、逆に長時間は運用できない事を意味する。

 

つまり、このままでは単純に、数の戦いになる。

 

 

今はまだ、華琳の部隊が来てくれたら、こちらは相当優位に勝利できる状態だ。

 

が、その優位や勝利できる確率は急すぎる早さで目減りしていく。

 

 

「てい」

 

切るのも面倒なので、剣を投げて相手を貫く。

 

便利なのは、一度剣を消せば手元に再度現れるところだ。

 

「…こんな使い方してちゃ、母様や蓮華に怒られるわね…」

 

でも今だけは目をつぶって欲しい。

 

「華琳…一刀…私、もう少し頑張るから」

 

だから早く来て。雪蓮は願いを胸に、そのまま戦場を駆けていく。

 

 

「…どうするんだ…このままだと」

 

「…だがしかしなー」

 

村、正確には義勇軍はどうすることもできなかった。

 

突然始まった戦闘。

 

状況は均衡だが、明らかに先ほど訪れた軍が不利なのは分かった。

 

 

先の軍は、とても強圧的な態度だった。

 

だから拒んだ。自分たちの今まで守ってきたものだから余所は頼らないと。

 

でも今、連中はこの村のために戦っている。

 

一度脅され、その後に助けられ、どうすればいいのか分からない。

 

自分の心が揺れる、心の根底にあるものが揺らす。

 

グルグルの己の中身は繰り返し回るだけだが、時間は関係なく過ぎていく。

 

 

楽進…凪もそんな中の一人だった。

 

場の空気は明らかに停滞して打開できそうにない。

 

自分自身もどう行動したら良いのか分からない。

 

 

『軍の元に我々は行くべきなのか?』

 

 

この問いの答えが出せないのだ。

 

「あかんなー。このままやったら軍が劣勢やで」

 

真桜が額に手を当てて『あちゃー』とポーズをとる。

 

「でも助けにいってもいいかどうかもわからないのー」

 

沙和が本当に困ったときの目になった。

 

 

「…」

 

凪は沈黙を保ったままだった。

 

「そういえばあの軍のお偉いさん、この前竹カゴを売りさばきに行った所やなー」

 

「え?…あー、そういえばそうなのー。

 

 どこかで見たと思えば、服屋で見かけたお姉さんなのー」

 

 

竹カゴ。

 

そのとき、竹カゴという言葉につられて思い出した顔が凪にはあった。

 

見慣れない服を着ていた。確か、州牧の食客を名乗っていた。

 

が、それよりも強烈に印象に残っているのは彼の言葉だった。

 

 

『もし、その州牧様の部下…いや、仲間が窮地に陥ったらどうか助けて欲しいんだ。

 

 君も含めて、皆でどうか困難を乗り越えてくれ』

 

 

…もしかして、この言葉は『今』を指しているのか?

 

だとしたら一体何者なのだろう。

 

しかも『助けてくれ』という言葉だけじゃない。『君も含めて』と自分を気遣っている。

 

 

 

…困難を、どうすべき?

 

何故自分は彼がこんなに気になるのだ?

 

気になる。

 

凪にはどうすべきかということよりも急に彼の言葉が気になり出した。

 

そしてもう一つ浮かび上がってきたことがあった。

 

 

 

 

 

 

 

『もちろん愛してるよ』

 

 

 

彼は平和を愛していると、何のためらいもなく言い切った。

 

 

『絶対に、壊させやしない』

 

 

何故記憶から抜けていたのか不思議なほど、その瞳には強烈な意志が宿っていたはずだ。

 

 

 

ああ…そうか。

 

自分は彼の言葉をとても美しいものだと思ったんだ。

 

どうしてあんなにはっきり言い切れるのか、歪みがないその言葉が。

 

 

…もう一度、彼に会ってみたい。

 

あの人の根本にあるものが知りたい。

 

だってそれは私の心の中で埃かぶってしまった、

 

大切なものであるはずだから。

 

 

「…おい、凪?どこいくねん?」

 

「鎧をとってくる」

 

「凪ちゃん、戦場にでるのー?」

 

 

場がざわついた。

 

「おい、軍を助けにいって、どうなるっていうんだよ!?」

 

村の人間が声を掛けた。

 

何せ凪は義勇軍でも一目置かれた存在だから。

 

「わからない。

 

 別に助けなくても、誰も責めたりはしない。だから無理に行かなくて良い。

 

 ただ、自分の中で気になったことを確かめに行くだけだから」

 

 

「何を確かめにいくねん?」

 

いつになく饒舌な友人の真意をくみ取ろうと、真桜が尋ねる。

 

「自分の根源…どうして、義勇軍に入ったかっていうことだ」

 

凪はそのまま鎧をとりにいった。

 

 

「凪ちゃん、どうしちゃったのー?」

 

「わからんなー。なんかあったんやろうな」

 

真桜と沙和の二人が、彼女の後ろ姿を見る。

 

「でも、ええ言葉や。

 

 最近忙しかったから、心を亡くしかけとったんかもしれんなー」

 

そういうと、真桜は手元の工具箱に蓋をした。

 

「沙和、ちょいうちも付き合ってくるわ。沙和はどうするー?」

 

「二人が行くなら、行くのー」

 

よく誤解されるが、沙和には自分がないわけではない。

 

二人に何処までも付き合っていきたい。自分たちは三人で一つだということを固く信じている。

 

例え地獄に行くと二人が言っても、何のためらいもなくついて行けるというだけだ。

 

「あー、ウチら三人、ちょいと行ってくるわ。

 

 皆はとりあえず賊の侵入だけはそなえといて。

 

 長老、たのんますでー」

 

 

まるでちょっと散歩に行くような感覚で、何のためらいもなく凪について行った。

 

 

彼女たちの『ためらいのなさ』も、義勇軍に強烈な印象を与えただろう。

 

だが彼らが棒立ちになってしまった最大の理由はある言葉だった。

 

『どうして、義勇軍に入ったの?』

 

そして彼らは…。

 

 

「ぐぇっ、ちょっち休憩してもいいかしらー?」

 

「ほ、北郷伯符様、どうぞこちらに、むしろ休憩してください!!」

 

死にかけのカエルの様な声を出して(どんな声か分からないが)、雪蓮が本陣に戻ってきた。

 

ちなみに、春蘭の部隊は突撃を繰り返すために数個の小隊に分けられているのだが、すでにどの隊も最低3度は突撃をしていた。

 

 

雪蓮が休憩用の椅子、ちょっと工夫されて砂浜のベンチみたいになっているのだが、そこに寝転がった。

 

「雪蓮、無事なのか!!!」

 

春蘭があわてて雪蓮の元に駆け寄る。

 

それもそのはず、戦が始まって今まで一度も本隊の陣営で会っていなかったからだ。

 

「無事じゃないわ~、あー、お酒か一刀もってきて欲しいー」

 

「…まだ冗談がいえるのか、貴様」

 

「本気よ~。それより、作戦の転換がいるんじゃないかしら?」

 

「…そうだな」

 

雪蓮と春蘭がシリアスな顔になる。

 

今はこちらに被害がでていない。

 

だが、じり貧で在ると言うことは事実、このままでは本来の任務も果たせない。

 

「しかも連中、まるで屋敷の雨漏りみたいだから、心配なのよねー」

 

隊列の重要さを理解していないので、本隊に数人で無謀にも突っ込んで切る事が何度もあった。

 

無論、春蘭の部隊に損害はでない。

 

が、もしすり抜けて村に侵入してしまったら…義勇軍がいるものの、ちょっと心配だ。

 

 

 

「春蘭、」

 

「分かっている」

 

自分の腕に絶対の自信がある。

 

だがこうまで初期値が違えば、勝てるはずがない。

 

私の腕が落ちたと己の主は嘆くだろうか、分からない。

 

だが民衆を死なせたらひどく嘆く、これは事実だ。

 

 

 

 

「と、いう訳で逃亡の準備をするよう村に伝えて頂戴。

 

 現状が見えているから、今度は首を縦に振るでしょう」

 

 

村人を華琳の拠点の方角に逃がす。

 

そのための準備を前もってしておかなくてはならないのだ。

 

 

「さて、もう一度しばいておきましょうか?」

 

「雪蓮が行くなら、私も行く」

 

「あら、まだ隊を休ませないといけないでしょう?」

 

「無論隊は休ませる。

 

 まったく…最近たるんでいて、直属もだらしない。私単機で行く。部隊全体の尻を叩きにな」

 

 

念のために確認するが、無論たるんでいるわけでもないし、春蘭も真剣にだらしないとは思っていない。

 

ついてきて欲しいとは思っていたが…。

 

その時である。

 

「夏侯惇様!義勇軍から、戦闘を手伝いという者が」

 

「どれくらいだ?」

 

「…三人でして…」

 

「三人?話にならん!!だが撤退の計画を進めるために…」

 

「ちょっと待って!」

 

「雪蓮?」

 

「その三人、女の子よね?」

 

「え、はい…」

 

「ちょっと春蘭も来て頂戴。すこし席をはずすわね」

 

「え?ちょっとおい!!」

 

副官に任せて二人は中央を離れた。

 

 

 

「どうしたんだ、急に」

 

「いや、私の予想通りだったら、上手くいくかもしれないわ」

 

そういって春蘭を引っ張っていく雪蓮。

 

そして凪達を見つけた。

 

「あなたたちが義勇軍の人ね?」

 

「はっ、楽進と言います」

 

「李典ですー」

 

「于禁なのー」

 

 

やはりこの三人組だった。

 

「我が名は夏侯惇、この部隊の指揮官だ。

 

 その、気持ちはうれしいのだが、三人ではな…」

 

春蘭が気遣って言う。

 

 

「失礼ながら戦況は不利とお見受けいたします。

 

 村人の安全のために、もし退却戦をされるのであれば我らをお使いください」

 

「うちら、ちょっとだけすごいで?」

 

「そうなのー」

 

三人が答えた。

 

 

「ねぇ、」

 

雪蓮が割り込んだ。

 

「どうして三人だけで来たの?別に、他の人と同じでも良かったんじゃないかしら?」

 

「それは…よく分かりませんが、自分の根源があったからです」

 

「根源?」

 

「はい、義勇軍に入り、何度も防衛を繰り返してきました。

 

 その理由は、人のために何かをしてあげたいという思いでした」

 

凪は答える。

 

「でもそんな日々がずっと続いて、それを忘れかけていて。

 

 しかし先日、そちらの食客の方とお話する機会がありました。

 

 絶対に平和を取り戻す、壊させやしないと、とても強い意志の方でした」

 

「北郷のことか?」「多分ね」と二人。

 

 

 

「あの強い意志が…私は気になっています。

 

 できればもう一度お会いして、話をしてみたいとも思いました。

 

 ただ、そのために、今、ここで、村を守りたいのです。

 

 自分の根本にあったものを貫くため」

 

 そうでないと、あの人と話せないような気がして…と凪。

 

「やっぱ、他人任せというのも変やしな」

 

「私も自分の手で平和を守る手伝いをしたいのー」

 

 

 

「そう…」

 

「なにかをさせてください。

 

 させて下さらなくても、もちろん私たちは戦いに行きます」

 

「…あなたたち三人じゃ、無理じゃない?」

 

「それは…」

 

「あー、ちがう、そうじゃなくて」

 

ふりかえってごらんなさい?

 

 

 

義勇軍が武装してこちらに向かってきていた。

 

「皆から信頼があるのね、あなたたち」

 

「皆…」

 

凪が驚いた顔になる。

 

義勇軍からは「俺たちも戦う」や「軍だけに任せるのは変だ」など、先の空気が吹っ飛んでいた。

 

士気揚々とはこのことか。

 

 

結局、根本にあったものは平和を愛した心なのだろう。

 

ただ人だから、ちょっと忘れることもあっただけで。

 

 

 

「だが雪蓮、今からでは無理だろう」

 

何のために春蘭の軍が義勇軍と先に話をしたか?

 

軍は知らない軍と隊列を組むのが非常に難しいからだ。

 

逆に自滅することすらあるのだ。

 

 

 

「義勇軍が協力してくれるなら、撤退も上手くいくだろうから―」

 

「ねぇ春蘭、ちょっとそれ、悔しくない?」

 

「悔しいに決まっている!」

 

「だったら、勝ちに行きましょう」

 

雪蓮があっけらかんという。

 

 

 

「本気か!?雪蓮なら見知らぬ軍の共闘がいかに難しいか分かるだろう!?」

 

「そうね、本当に『見知らぬ軍』なら難しいわ」

 

雪蓮がほほえむ。

 

 

 

 

「これが華琳の言いそうな、『英雄同士の戦い』なら私でもためらうけどね。

 

 でも相手は悪行三昧の盗賊だし…」

 

「…天の知識か?」

 

「正確には『外史の知識』かもね。

 

 まぁ、どちらでもいいわ。全力でズルをすることにしましょう」

 

 

さて、今一度現状を振り返ることにしよう。

 

春蘭隊(と雪蓮)は稟の手紙から作戦展開のために夜中に出立している。

 

おおまかではあるが、到着したのは次の日の早朝。

 

義勇軍との交渉は日中に。

 

そして日没前に合戦を始めている。

 

この時代、時計がないので誰も正確に時間など計っていない。

 

 

春蘭隊は機動力が半端ないが、夜行なのでスピードが落ちる。

 

上の要素からこの速度が大体馬で飛ばした場合の平均だとする。

 

 

華琳たちは夜中に準備をして朝に出立する計画を立てている。

 

徹夜で作業したため出発までに休憩がいる、大規模で移動するため行軍に所々休憩がいるなどの諸処の要素がある。

 

なので、春蘭たちの隊より遅れるのは確かだ。

 

が、日没までに着くという話なら華琳たちの軍は昼前に出ればギリギリ戦場に突貫できる…はず。

 

 

無論、春蘭の部隊が心配なのでそれよりも華琳は早く出撃したかった。

 

何せ、華琳達には何時敵が襲ってくるかなど分からないからだ。

 

 

仮定の要素が多いけれど、要は華琳たちが到着していないことはあり得ないのである。

 

 

では何かあったのか?

 

あってしまったのだ…非常に残念な話だが。

 

 

「みんな、準備は整ったわね?」

 

「はっ。すべて完了しました」

 

 

徹夜で準備をした華琳達に疲れの色は見えていなかった。

 

人間、なせばなるモノだ。

 

普段厳しい訓練をしてきた成果を叩き出すことができた。

 

自分の軍としては当然である、と表面はそんな空気だが、内心は仲間が付いてきてくれることをうれしく思っていた。

 

 

「では…あら、秋蘭がいないわ?」

 

己の左右である彼女がいないのはおかしい。まして彼女の性格を考えれば…。

 

「さっき兵士に呼ばれて、駆けていったぞ」

 

そういえばなにやら慌てていたな、と一刀。

 

「…何かあったのかしら?」

 

 

「華琳様!!!!」

 

ちょうどその時、秋蘭が戻ってきた。

 

「秋蘭、何かあったの?」

 

戻ってきたことに安堵しつつ、秋蘭の顔が明らかに普段とは違った。

 

例え、春蘭が訓練で兵士を何人もしばらく使えなくしてしまっても、ここまで頭の痛そうな顔をしない。

 

「華琳様…お耳を、」

 

「……………………………………はぁ?!!!!!!!!!!!!!」

 

そして華琳も、しばらく放心状態になった後、滅多に出さない声を出していた。

 

「華り―」

 

「一刀、先に兵の整列しているところで待機してもらえるかしら?」

 

「…分かった」

 

 

 

秋蘭の方をちらりと見ると、目を閉じて頷いていた。

 

一刀は知っていた。

 

他の外史でも、華琳に半ばやつあたりの形で怒鳴られたことがある。

 

だがそれはまだ華琳の怒りは頂点ではない。

 

彼女のメーターが吹っ切れたときどんな声色になるか。

 

一刀は数える程しか聞いたことがないし、二度と聞きたいとは思わない。

 

が、まさに今だった。『冷たい』のだ。それしか言えないほど。

 

 

 

「…風」

 

「おや、お兄さん。先にここに来るように言われましたか?」

 

魏の兵士達が整列していた。私語など彼らにあるはずもなく、その体勢は一切乱れがない。

 

「ああ。まずいぞ…華琳が一番怒っているときの声だった。俺も数える程しか聞いたことがない。

 

 何をやったら華琳をあそこまで怒り狂わせることができるんだ?」

 

「…使者が来ました」

 

「使者?どこからの使者なんだ?

 

 袁紹?…まさか孫家?」

 

「いえ…チョウテイからです」

 

「チョウテイ?なんか聞いたことのない勢力だな…いや、おい、まさか…」

 

「はい。お兄さんが呆けてしまうのも分かります。

 

 『朝廷』から、『中央』からの使者が『今』になってきたのですよ」

 

「…今になってか。『外史』よりも遅いな…。

 

 まてよ、それくらいとっとと皮肉を言って追い返せば良いだろう?」

 

「それができないのですよ」

 

 

 

風の話はこうだった。

 

朝廷からの使者が来るのは別にどうでもいい。

 

が、そのやってきた使者というのが華琳よりもお偉いさんだったのだ。

 

このご時世、上の階級ならば中央で働くなりすればいいのに、わざわざここまで観光気分らしいのだ。

 

もちろん、百数十人という手下をわざわざ連れてである。

 

名義では華琳は朝廷の臣下なので、階級には逆らえない。いくら崩壊し掛かっていてもだ。

 

 

「なんでそんなお偉いさんが…確か董卓は登場していないし…」

 

「要はまだ権力が通用すると思っている『勘違いさん』が

 

 『誰が偉いか分かっているよね?』と、わざわざ言いに来たのでしょう。

 

 最近の華琳様の功績はすばらしいモノですしね。

 

 権力者は自分は派手に見せびらかしたいし、ちょっと出た杭を全力で打ちたいのですよ」

 

「まずいな…最悪だ」

 

「最悪ですか?そういえばお兄さんは他の世界の華琳様をご存じでしたね」

 

「ああ…その記憶からみて、そいつの首がふっ飛んでもおかしく無いくらいには」

 

「今首を飛ばすと謀反扱いですよ。

 

 いくら勢力が衰えたと言っても、『今』はまずいです」

 

「…だよなぁ」

 

「あの、北郷様…」

 

その時、秋蘭の部隊の副官が話しかけてきた。

 

「秋蘭の副官さんだよね」

 

「はっ。夏侯淵隊副官であります。

 

 本来、出撃前の戦闘以外の会話は厳禁でありますが…大変申し訳ありません。よろしいでしょうか?」

 

「分かった…じゃあ、俺が『無理矢理』話しかけたことにしよう。

 

 どうしたの?っていっても、想像がついてしまうけれど…」

 

規律違反は死罪もありえるから一刀はそうした。

 

「はっ。現状は…最悪です。

 

 戦場においては数日待機ということもありえるのですが、

 

 指定された時、しかも全軍出撃の時に曹操様がいらっしゃらないのは…」

 

 

曹操軍の規律は厳しい。これはとても有名な話である。

 

それ故に軍を動かす精度は大陸でもトップクラス、報償も高い。

 

しかし、それだけでは軍はここまで強くならない。

 

軍人が魅力を感じる要素に、華琳が『約束を守る』ことに関しては絶対だというものがあるからだ。

 

『この時間に出撃する』と言ったとき、彼女は絶対にその時間に出撃する。

 

決して時間を無駄にしない、待機の時間などは契約通りきちっと行われる。

 

だから、こんな風に整列させたまま放置させておけば、華琳の信頼が失われていくのだ。

 

「時間を指定しておいて、こないのか」と。

 

 

 

「うぐっ、作戦を聞いているから先に出るのは…まずいよな」

 

「選抜だけでなく、一般兵も出撃するのでそれは無理かと。

 

 士気の問題もあります」

 

「じゃあせめて秋蘭を呼んで精鋭部隊だけを動かすのは」

 

「お兄さん。これはあやふやなのですが…

 

 朝廷の儀礼が決まっていて、そこに秋蘭ちゃんたちも参加して色々やらなくてはならないのです」

 

 

 

おーまい、がっ!

 

 

 

「…どうして今なんだ」

 

「残念ですけど、使者の方はかなり空気の読めない人間らしいですね」

 

 

そのとき、隊列のある所から声が上がった。

 

まだ新兵で、数度しか出撃したことのない者達から不満の声が上がり始めたのだ。

 

まずかった。精鋭部隊はなにも影響を与えないだろうが、一般兵の間でも雰囲気が広がるだろう。

 

 

「…いってくる」

 

「お兄さん、まって!!」

 

 

一刀は走り出した。

 

 

だって知っていたから。

 

彼女がどれだけ『今』と『未来』を大切に思ってきたか。

 

どれだけその身を粉にしてきたか。

 

それを今、ここで壊してしまうのは絶対にダメだ!!

 

 

「どうするんですか!?」

 

「普段役立ってない、『天の御遣い』の名でごり押しする!」

 

「本気ですか!?相手は…」

 

「分かっている!」

 

「…お兄さん」

 

「分かって、いるんだ!!」

 

 

一刀は華琳の下に走った。

 

『そこをどけ!!!』と必死の形相で走る一刀に、官吏や兵は道をあけた。

 

ほぼ反射的だった。

 

普段、あんなに優しそうな(実際何人かは一刀の気さくな部分をしっているのだが)、彼が言葉遣いも乱暴に駆けていくのだ。

 

これは天変地異が起こったか、今の彼は周りをそう思わせた。

 

おかげで一刀は兵に拒まれることなく、華琳の下にたどり着いた。

 

 

応接の間。普段は『上』にいる彼女は『下』で臣下の座る姿勢でいた。

 

『傀儡の…帝の命でここまできたが…』

 

『しかし、こんな田舎でもうまい酒はあるのですね~』

 

『はっ。夏侯家のもう片側も、位無くとも手に入りそうですなぁ』

 

『その身があれば』

 

はっはっはと笑うのは、段上にいる男とその取り巻き。

 

中心にいるのは典型的な貴族体型の人間だった。ゆったりした服が効果的ですね、はい。

 

 

…華琳の顔にもはや色は無かった。

 

ただでさえその顔が美しい。

 

 

『やっぱり人形のように綺麗だね、俺が言っても仕方ないけど』と彼がポロリとこぼしたその台詞。

 

酒の席、ただ一度しか言われたこと無いけれど、今でも彼女は覚えている。

 

 

故に今、青天井の彼女の怒りが普段の『正』の美しさを『負』のそれへと変えているのだ。

 

知性が、覇王の風格が、今の彼女をふれてはいけない者だと魅せる。

 

別に特別なものを持つ人間である必要はない。

 

ただ、命知らずの彼らは目が曇りすぎて、禁忌の光すら通さなかったのだろう。

 

 

そんな中、なにやら外が騒がしくなった。

 

もしかして、とも思ったが風がいるのだ。大丈夫だろう。

 

しかし…。

 

 

 

「『バタン!!』曹孟徳様!!!!!!!!」

 

「かず―」

 

「御無礼をお許しください。火急の要でございます。

 

 唯今、早馬が城に戻り、御味方が大変不利との報告がございました。

 

 どうか、指揮をお願いしたく申し奉ります!!!!!!!!!!!!!」

 

 

華琳には分かっていた。

 

無論早馬が云々のくだりは嘘だと。おそらく待機中の兵の士気で何かあったのだろうと。

 

そして周りの人間が動けないからこうしてやってきたのだ。

 

 

この男のことだ。

 

どうせ私が積み上げてきたものを『大切なモノだ!!』とか言ってこんな事をしたのだ。

 

…ほんとうに、バカ…。

 

 

中央の高官が視線を向けた。

 

「お主、名を何という?」

 

「はっ、北郷『誰に口をきいているこの無礼者!!!』」

 

笑いが起こる上の段。

 

その後もやれ格好が変だの知性がないだのと言葉を交わす。

 

 

こうなってしまう予感が、どこか一刀にはあった。

 

中国の歴史を見ても、外に対する名付け方をみればどういう国かが分かるからだ。

 

くそっ、どうすればよかったっていうんだ…。

 

 

「…そういえば曹操、お主、天の御遣いが云々と噂になっておったな」

 

「はっ」

 

『そんなモノを登城させよって』『何が魅力的だったのでしょうな』と好き勝手言った後にこう続けた。

 

 

 

「お主、何という名だったかな?」

 

「…」

 

「許す、口を開け」

 

「はっ、私『北郷です、―殿』」

 

 

 

華琳が横から口を挟んだ。

 

この時代、『真名』という習慣があるほど名前は大切なものだ。

 

今ですら、この男の声を聞きたくない。

 

が、華琳は絶対にこの男から『一刀』という音を聞きたくないのだ。

 

その音だけは、喉をふるわすことすら許したくない。強い意志があった。

 

 

 

「北郷、お主、道化をもって生業とする類では無いのか?

 

 そこに連れの道化もおろう」

 

 

 

そういって風を指さした。

 

宝譿がきっとふざけていると思ったのだろう。

 

 

「この前、芸で皿を回してみせるものがあったな。

 

 何せ天の御遣いを名乗るぐらいだ。回せ」

 

 

そういって左右の控えに何かを投げさせた。

 

 

それは白磁の容れ物だった。

 

坪型で、蓋が付いている。模様は無くシンプルだが、美しい。

 

華琳が夏侯姉妹と市をうろついていたときに、骨董ものを扱う出店で見つけたものだ。

 

華琳は思った。雪蓮はとても酒が好きなはず。

 

日頃世話になっているし、値段のわりに良い年代物ものだったので手土産にしたのだ。

 

雪蓮に差し出すと、彼女がたいそう喜んだ。

 

 

別に彼女に、恋人に抱くような情があるわけではない。

 

それでも、友と呼べるかわからないが大切になりつつある者だ。

 

その笑顔が彼女をとても明るい気持ちにさせてくれたことを覚えている。

 

 

だから、その器は特別なものなのだ。

 

値段が付ける順番とかじゃない、親愛の証なのだ。

 

ただ、目の前の連中が際限なく酒を飲んでいくせいで器が足りなくなってしまった。

 

宴を催してもここまで下品には飲まないだろう。

 

 

 

そして、その器は、一刀の左下に控えていた風の方へ飛んでいった。

 

一刀か、風か、どの方角に投げたのだろう?そんなことはわからない。

 

 

足を付いた体勢だったので風はよけられない。

 

しかも不意を突いたように投げられたのだ。

 

だから一刀は、その軌道が見えている自分を幸運だと思った。

 

 

風をかばう一刀。

 

その容器は『見事』に一刀の側頭部を直撃した。

 

力の入り方がこういう時は見事だ。そう皮肉を言いたくなるほどだった。

 

器は反射し、高官と華琳との間の辺りに数度はねた後に、着地した。

 

そしてぐるぐると勢いを殺すように、コマのように回り、そのまま止まった。

 

 

側頭部からは血が流れていた。

 

当たり所が悪かったのか、一刀は気絶していた。

 

幸いに胸は上下していたが。

 

 

「おや、流石に都の新しい芸は出来ぬか」

 

「伝わるまでに時間が掛かるでしょう。ただ、元々無能だったら、何も出来ませんな」

 

笑う官吏。

 

 

特別な素養は何一ついりません。

 

ただ、危険だと思ったら避けてください。

 

それはとても恐ろしい姿を見せます。

 

それはとても恐ろしい声を出します。

 

あなたは危険だと思えばそこに近づかなければ良いのです。

 

え、分からなければどうすれば良いのか、ですか?

 

闇討ちをされるようなことは絶対にありません。

 

だって、恐ろしいそれは、どんなに隠しても隠しきれないのですから。

 

 

 

華琳は立ち上がった。

 

なるほど、ここまでくると体が勝手に動くのか、と。

 

 

今中央と絡むとやっかいだからこうして茶番に付き合っている。

 

何故理解できない。他の私より位の高い奴がここにこない理由を。

 

おまえのその場所は、足場どころか、「砂の楼閣」であることに。

 

 

 

最も合理的な方法を、私は選び続けているだけ。

 

今とて、彼女たちが持ちこたえるのと、朝廷と事を構えるので、天秤が微妙に傾いただけ。

 

嗚呼、甘い顔をした私が間違いだった。

 

もう少し感情を出しても、合理性を無視してもべつに良いだろう。

 

だって、私ならいくらだって修正が効くのだから。

 

せめて、この覇道を邪魔する障害ならよかった。

 

 

 

部屋の脇に控えている秋蘭の近く、壁に装飾品がかかっている。

 

我々武将が、その心の片隅だけを常に戦場に置いておけるようにと。

 

飾りの弓矢だ。

 

普段武器を入れさせている業者が、私のためにとくれたものだ。

 

見る分には美しい。模様・宝石が飾られている。

 

が、使いにくいのだ、とても。

 

あの職人のことだ。

 

武器は装飾品になるほど美しいものもある。だが、その本質は装飾品ではない。

 

そのための戒めの意を込めているのだ。

 

私にモノをいうのは何かとまずいから、こうして暗に忠告を刻んでいるのだ。

 

 

普段から華琳はお気に入りの『装飾品』としてそれを見ていた。

 

だが今、もう一つ感謝すべきことが出来た。

 

なんてふさわしい『武器』なのだろうと。

 

しかも、同じくして立てかけられている矢は三本なのだ。

 

 

私は秋蘭の顔を見た。

 

ああ、ひどい顔をしている。何をやったらこんなになるのだ。

 

だが瞳を見れば、私と彼女が同じモノであることが分かる。

 

なんだ、口を開いて命ずる必要すらないのか。

 

 

 

この私の、曹孟徳の部下であるならば―

 

 

いや、夏侯妙才という存在であるならば―

 

 

さぁ、あなたなら、私が瞬きする間に終わらせられるでしょう。

 

 

あの壇上の連中は、飾り物が好きらしいから。

 

 

その虚飾をもって屠殺しろ。

 

 

 

そして秋蘭が弓に手を掛けようとした。

 

おそらく、このままでは連中が秋蘭の方を向くことはない。それまでに三発、射抜き終わっている。

 

そのとき、

 

 

 

「よせ、秋蘭!!!」

 

 

 

一刀が止めたのだ。

 

周りは一体、何がおきたかわからない。一刀の声に静まりかえる。

 

一刀が起き上がる、頭を打ち付けたショックで今だ頭がフラフラだった。

 

一刀が礼の姿勢をとる。

 

 

「言われた通りの、私の芸はご満足頂けぬでしょうか?」

 

「何を言う、芸などしておらぬではないか?」

 

「回してから言わぬか」

 

 

 

空気を読まない、どこまでも、どこまでも。

 

が、

 

 

 

「いいえ、投げて頂いたその壺を頭で受けて、回してから止めたのです」

 

 

 

確かにそうだ。一刀の頭に当たった壺は、地面に跳ね返った後に『回って』止まっている。

 

 

 

周囲はポカンとしてしまった。無論、一刀とて狙ってやったわけではない。

 

 

「どうか、私の芸で満足がいただけたなら、曹操様を指揮へと行かせて下さい!

 

 彼女を待っている人がいるのです、お願いします!!」

 

 

怒りを抱いても良いはずだろう。何故今だ頭を垂れる。血を滴らせながら。

 

一刀はフラフラになりながらも必死に訴えかける。

 

 

「か…ず…」

 

「すまん、持ちそうにない。俺も連れて行ってくれ。荷台でかまわない―」

 

そういって一刀は気絶した。

 

 

「ふ、ふふ、ふふふ…天の御遣いの芸は楽しまれましたか?」

 

高官は言葉を失ってしまっていた。

 

笑ってみせたが、華琳は俯いてその表情が見えない。

 

「そうですか、秋蘭、衛生兵を」

 

「私が運びます」

 

そういって秋蘭が一刀をおんぶした。

 

振り向くこともなくその場を去る秋蘭。

 

 

「しかし残念です。御遣いはもう一人いて、そちらの方は芸を披露できずに。

 

 それではこれにて失礼します。風」

 

 

華琳が風を連れて立ち去ろうとした。

 

 

「なっ、何が御遣いだ!!!!!!!!!!!」

 

冷静さを取り戻したのだろう、高官が声をあげる。

 

 

「帝の命で来たこの私に、あんな偽物の奴、しかもくだらないでたらめまで!!!!!!!!」

 

 

「…申し上げたい事が三つほどございます。

 

 

 一つ、ご自身で『傀儡』とバカにされていたのに、その威を借られるのですか?

 

 失礼ながら、帝の臣下ならば酒の席といえどいってはならぬはず…。

 

 

 

 二つ、彼が仮に偽物だったとして、それがどうかしましたか?

 

 それでも彼は、この乱世で、すこしでもよくしようとあがき続けているのです。

 

 そして着実に成果を上げています。

 

 

 そして、三つ―」

 

 

「うるさい!!曹操、貴様、」

 

高官が立ち上がり、段を下りてくる。

 

 

「帝は傀儡となってしまうだろう、あなたのような奴がいる限り。

 

 だから、あなたが殺されたところで、傀儡の帝は敵をとるわけではない」

 

 

次の瞬間、壺にヒビが入った。

 

そして、まるで何かに押しつぶされたかのように炸裂した。

 

物理的に、何も無い状態からひび割れて、こんなに遠く破片が飛ぶことなどあり得ないだろう。

 

だがもっと不思議な事が起きていた。

 

 

 

「しかしもし、もしも彼にこれ以上手を出してしまったら―」

 

 

 

『ピシ』

 

 

吹き飛んだ破片は、華琳と高官の両側に飛び散った。

 

が、破片は器用にも高官の右頬だけを切り裂いた。

 

傷は浅いが、高官が右手を当てると一本の赤い線が手に写った。

 

 

 

「あなたは、泰山府君よりも恐ろしいものをみるだろう」

 

 

 

華琳は立ち去った。

 

頬以外は真っ白になってしまった高官は、その姿を眺めることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 
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