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雪蓮愛歌 第07話

三蓮さん

オリジナルの要素あり

2010-08-17 22:30:48 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:3078   閲覧ユーザー数:2441

 

「…上手くいっているわね。皆、ご苦労」

 

ある晩のことである。

 

軍師が拠点の予想地点を叩き出した後、華琳達の行動は早かった。

 

 

まず二カ所の地点に間諜を出す。

 

同時に、予測地点同士の交通を結ぶ関をあらかじめ厳重体勢においた。

 

 

場所の予想は見事に的中し、同時に怪しい大量の物資を摘発できた。

 

華琳達が叩こうとしている方がどうやら分隊らしく、本隊→分隊の物資の流れの方が多かった。

 

このままだと本隊は、華琳達の拠点に近いものの、叩くか逃げるかを決めなければならない。

 

 

ここまで決して楽ではなく、水面下の戦いは熾烈なものだった。

 

ただ、分隊とのコネクションを確実に脆いものにしていけた。

 

 

「はっ。そろそろ標的を叩く頃合かと」

 

「現在桂花が作戦を立案中です」

 

春蘭・秋蘭が華琳に答える。

 

「そう…。では―」

 

 

「華琳さま~、今内緒話をしていらっしゃいますか~」

 

風が会議室に入ってきた。

 

「あら、風。別に大丈夫よ。どうかしたかしら?」

 

「良い知らせと悪い知らせをもって参りました。どちらから聞きたいですかー?」

 

風がいつもの表情、目を閉じたまま華琳に尋ねた。

 

「どちらにしようかしら?」

 

華琳が視線を姉妹に向けた。

 

「良い方です!!」

 

「いや、姉者。悪い方がよくないか?」

 

意見が分かれた二人を見てふふっ、と笑う華琳。

 

 

 

「じゃあ風はどちらから話したいのかしら?」

 

「話しやすいので良い方から。稟ちゃんから手紙が来ました」

 

「そう、元気にしているのかしら…え、手紙?」

 

どうやって『手紙』を送ったのだろう。

 

 

今、盗賊が跋扈し治安がよろしくない。

 

行商人が手紙を引き受ける様なことも、はっきり言って滅多にないのだ。

 

 

「元気にしているそうですよー」

 

「よくここに辿り付けたわね、その手紙」

 

「稟ちゃん、相当無茶な金額をつんでますねー」

 

 

華琳も気づいていた。

 

この手紙が大金を詰んでもここに届けたかったものなのだと言うことを

 

 

「…で、悪いことの知らせというのは?」

 

「まずこの紙を見て下さい」

 

そういって華琳に紙を渡す。

 

「えっと…鍛冶屋『~』金××、酒屋『~』金××、…これは?」

 

「ツケで買ったそうです。

 

 金額自体は微妙ですが個人が買うには大きいです。無論、全ての店で別人が買っているそうです。」

 

「黄巾党が市場からも調達しているっていうこと?」

 

「証拠はありませんが、たぶんそうでしょうねー」

 

 

 

弓矢とか槍とかの武器と保存可能な食糧や酒。

 

この辺りでそんなものを買うのは自衛団か『略奪するから』という理由しかないだろう。

 

だが資材は微々たるもの。

 

はっきり言って華琳たちから見れば鼻で笑えるものだった。

 

 

 

「よく知らせてくれたじゃない。今からその店に…」

 

「いえ、手配の必要はないのです」

 

「?」

 

 

風の言っていることがその場にいる人間には分からなかった。

 

 

「どういうこと?」

 

「華琳様、風はまだ『これらの店の共通点』を申し上げていないのです」

 

「黄巾党と接触している可能性のある店だろう?」

 

秋蘭が皆の思いを代弁した。

 

 

「ツケでものを買っても黄巾党とは限らないのです。

 

 これらの店は前からツケが溜まっていました。

 

 なので店の方から客に最速を促したそうです」

 

「それで?」

 

「半ば脅迫の状態ですが、皆、○○日くらいに返すと言ったそうです」

 

「それのどこがおかしいのだ?

 

 ただツケをどうするかのやりとりでは―」

 

「…風、もしかして」

 

春蘭の言葉を華琳が遮った。

 

「そうです。

 

 この紙に書いている、数十件の、店にツけている客全員が、

 

 『○○日くらいに返す』、

 

 といっているのです」

 

 

 

一件や二件なら偶然もあるだろう。

 

だが、それが数十件続くことなどあるだろうか?

 

 

つまり、この『○○日』という日に何かがおきるのだ、これだけの店に返すアテが。

 

 

 

「ちょっと待ちなさい、○○日って」

 

「はい。分隊は本隊の連絡とは関係なしに、もともと計画を立てていたのでしょう。

 

 もし、その計画通りに襲われたら…」

 

 

 

もう殆ど時間がない。

 

むしろ今すぐにでも出撃しなければ間に合わない。

 

 

 

華琳は一瞬、苦虫を噛み潰したような顔をした。

 

だが稟のこの手紙がきたことに自分の幸運を感じて、冷静になった。

 

それに、作戦そのものの大筋はすでに立ててある。

 

…まだ攻勢でいられる。

 

 

「現在出撃できる部隊は?」

 

「申し訳ありません。現在は春蘭隊しか―」

 

「上等よ。夜行になるから精鋭部隊だけをつれて先行しなさい」

 

「はっ!」

 

「これからは時間との勝負よ。あとは―」

 

アレが起きているといいが…酒を飲んで寝てしまったかしらね。

 

 

 

 

 

「桂花、いるかしら…あら一刀、何をしているの?」

 

桂花を呼びに行くと、何故かそこに一刀がいた。

 

「あ、華琳。

 

 いや突然雪蓮が『ここの店に行って、これだけの物資を調達してきて』って…」

 

 

木片を見ると、どうやら現在不足している物資と店の名前が並んでいた。

 

 

「『ここの店なら、私の名前を出せば夜でも売ってくれるから』って…何かあったのか?」

 

「一刀、雪蓮って一体…」

 

「…ああ。殆ど『勘』で動いているからな、雪蓮は」

 

「勘って…」

 

桂花がうさんくさいような、小馬鹿にしたような声を出した。

 

 

「ただ、外れたことがないんだよ」

 

「はぁ?」

 

「俺は彼女の勘が外れたところを、見たことがないんだよ」

 

一刀が真剣な声でいう。

 

華琳だって普段ならそんな言葉をせせら笑う。

 

「…(どうも本当らしいわね)」

 

「華琳、様?」

 

「桂花、突然だけど作戦を決行するわ。

 

 その木片に書かれた物資を補給して頂戴」

 

「御意」

 

「一刀は見送った後に、物資の補給と兵站の手伝いをして。出来ることで良いわ」

 

「見送り?」

 

「そうよ。

 

 あなたの…一番大切な人のね」

 

…………

 

………

 

……

 

 

 

「物資は最低限で良い。急げ!!」

 

春蘭が指示を飛ばす。

 

早く出撃できるように。

 

出来なければ意味がない。

 

そうでなくては当番の意味が無い。

 

それは、華琳の信頼に応えられないという春蘭にとって最悪の事態を意味するのだから。

 

 

「終わったか!? 選抜部隊以外も作戦通りに動いているな!?」

 

「か、夏侯惇様…」

 

「何だ!?」

 

「一人、自分もついて行くという者…お方が…」

 

「誰だこの非常時に!!」

 

「わ・た・し♪」

 

「雪蓮!?」

 

いつのまにか雪蓮が行軍用に馬を整えて現れた。

 

「作戦では行くのは私だけだ。

 

 夜だからキツいだろう。後で華琳様たちと…」

 

「いいえ。私の勘が春蘭を手伝えって告げているのよ。

 

 それに作戦展開を補佐する人間がいた方がいいでしょう?」

 

雪蓮が副官の方を見る。

 

副官は『わたしにふらないで下さい』という表情になった。

 

そのとき、

 

「お~い、雪蓮、春蘭~」

 

一刀がやってきた。

 

「なんだ北郷まで。まさか行くとか言い出さんだろうな!?」

 

「いや、俺にはついて行くのが無理だ。

 

 華琳から雪蓮を見送れというのと、春蘭に作戦概要を伝える巻物を持ってきたんだよ」

 

そういって春蘭に巻物を渡した。

 

「そうか、すまんな」

 

 

「それじゃ、出撃しましょう…一刀、髪に何かついているわ」

 

「え、本当?」

 

「とってあげるから、ちょっといらっしゃい」

 

髪を振り払う一刀を雪蓮が手招きで呼び寄せる。

 

「ああ、ありが、ん――――」

 

「ん―――♪」

 

 

雪蓮が馬の上から立っている一刀にキスをしていた。

 

白馬の王子様が姫に口づけるその構図である。

 

魏の精鋭達に静寂が訪れる。

 

 

「―――ぷはぁ。補充完了♪…じゃなかった、とれたわよ♪」

 

「ちょっ、こ、こんなところで!」

 

 

唖然としている一同。

 

「じゃ、あとで来てちょうだい一刀。ごめんね春蘭。隊に号令をお願いね~♪」

 

「…ああ、春蘭隊、出撃!!!」

 

時が動き出した。

 

馬が走る轟音が響く。

 

 

そんな中、一刀はポカンとその場に突っ立っていた。

 

「おうおう兄ちゃん、色んなもの奪われちまったな~」

 

「ああ、奪われちまった…って!!」

 

 

振り返ると風が馬に乗ってそこにいた。

 

 

「風、いたのか!?」

 

「いましたよ~。お兄さんは雪蓮ちゃんに夢中のようでしたけれど」

 

「いや、そ、そんなことないぞ!!

 

 それより馬に乗ってどうしたんだ?」

 

「寝ぼけるのはもうちょっと後です。

 

 今から雪蓮ちゃんに頼まれた、『お店の方々へのお願い』をしなくてはならないでしょう?

 

 徒歩より馬の方が早いですから、風が馬を操るので乗って下さい」

 

「そ、それぐらい、馬ぐらいのれる!!」

 

「そういってこの前、落馬しかけたところを雪蓮ちゃんに助けてもらったのを忘れましたかー」

 

「うっ!!…」

 

 

一刀が他の外史から受け継げるのは『記憶』のみ。

 

体は外史に迷い込んだ自体の能力から、成長させるしかない。

 

しかも一刀自身、馬に長期間乗らずに乗り方を忘れてしまった事件もあった。

 

 

「平原ならいいのですが、町中だと不安なので~。

 

 華琳様に怒られても良いならお一人でどうぞ~」

 

「すみません、お願いします」

 

一刀は頭を下げるしかなかった。

 

 

「やっぱり風がいてくれて助かったよ」

 

最後の店から二人は出た。

 

予想よりも短時間で物資の手配は終わった。

 

あるモノは持ってきてもらえるように。

 

あるモノは兵士が取りに来る手はずを整えて。

 

雪蓮の顔が利いているというのもあったが、交渉や物資搬入の手段を風は合理的に判断していった。

 

「いえいえ。こんなときですからね」

 

「なんだか、風が俺の軍師って、やっぱり贅沢だな~。なんか御礼を今度するよ」

 

「まぁ、実際お金は華琳様持ちで、働いているのは私と雪蓮ちゃんで、

 

 お兄さんを養っている状態ですからねー」

 

「うっ…スミマセン」

 

一刀が落ち込む。

 

「冗談ですからいちいち落ち込まないでください。

 

 そうですね…じゃあ」

 

『ピト』

 

風が一刀にピッタリくっついた。

 

「雪蓮ちゃんと同じ事をしてください」

 

「しぇ、雪蓮と同じ事って、え、」

 

「んー♪」

 

風が唇を寄せる。

 

「いや、ちょっと、風、まてって」

 

「奥さん、米屋です(ハァハァ」

 

「いけませんわ、私には旦那が…って、何処でそんなネタを」

 

「雪蓮ちゃんが言ってました。天の国ではこうやって口づけを迫るのだと」

 

「徹頭徹尾間違っている!!大体、雪蓮だってそんなネタ知っているはずが…」

 

「何でも、『カン』の『オンナ』と書いて『オトメ』と読む二人組から教えてもらったとか」

 

「や~つ~ら~か~!!」

 

「お兄さん」

 

風が真剣な表情になる。

 

 

「風はお兄さんの軍師なのに、お兄さん専用なのに、してくれないんですか?」

 

 

このとき、脳内の天使(華琳)と悪魔(雪蓮)が一刀のなかでグルグルとした。

 

「どうして私が悪魔なのよ~、ブーブー!!」

 

「他の外史を見直して来なさいな。一刀、心に決めた人がいるんでしょう?」

 

 

そ、そうだ、俺には心に決めた人が!

 

 

「えー、口づけくらいやっちゃいなさいな!

 

 他の外史でもうやることやっちゃってるでしょう?今更よ♪」

 

「やることって…はぁ。一刀。あなた、そんなのでいいのかしら?」

 

 

いくない! で、でも…

 

 

「だいたい、華琳なんて壮絶なるハーレム状態じゃない。

 

 説得力がね~」

 

「私は華琳じゃない、天使よ!

 

 …そりゃ、ハーレムよ。ええ、ハーレムばんざいよ!!

 

 でも魏のルートでは私のためのルートって言われるくらい、一刀を愛していたでしょう?」

 

 

そ、そうでした…

 

 

「それに比べてしぇ…悪魔はどうなのよ。

 

 あなた、冥琳っていう『正妻』がいたじゃない!」

 

「うぐっ!」

 

 

そういえばー。

 

 

「それなのに今回『秘術で蘇った』とかいう訳の分からない理由で、冥琳捨てて、一刀の正室扱いよ!?

 

 しかも手品のように出し入れできる魔法の剣と、驚異の身体能力付き?

 

 どこまで一刀に良いとこ見せたいのよ!?」

 

「捨てたっていうのとは違う状況じゃない!

 

 けど、それは…でもほら、逆に華琳が秘術で蘇ってもびみょ~じゃない!?」

 

 

あー、華琳って完全に王様って感じで戦士っていうイメージではないよな。

 

 

「だから私は天…もうどうでもいいわ。

 

 しつこいようだけれど、外史を見直してらっしゃいな!

 

 私、自分のルートでちゃんと前線で戦っていますー。

 

 かっこいいじゃない、『絶』がパッとでてきたら」

 

「でもあの時、桃香が受け入れられなくて逆上しているでしょ?

 

 一刀があの時いなかったら、みっともなく敗北しているわよー。

 

 自分であれだけ桃香に啖呵きっておいて、馬鹿みたいに一人突っ込んでまけるのよ?」

 

 

それは言ってはだめだ~。

 

 

「それを言ったら、あなたはもっとひどいじゃない!!

 

 呉ルートをご覧なさい!!

 

 前触れも無く許貢のなんちゃらに暗殺されているじゃない。

 

 自分の国のルートで死ぬとかありえないわ、結局妹の踏み台にされているじゃない!!」

 

「踏み台!? 今踏み台って言ったかしら!!?

 

 大体あのシーン、覇道を焦って、たった数人の暴走を止められずに全てをおじゃんにする、

 

 華琳様の一番おマヌケなシーンじゃない!!!」

 

 

いかん、なんだか電波が…。

 

 

「お マ ヌ ケ ですってー!!!!!!!

 

 他のルートでは曹魏の規律は大陸一なのに、あのルートだけ調練が甘いとかいう後付けの理由じゃない。

 

 『呉』なんて、結局『蜀』とよってたかってじゃないと『魏』を倒せないでしょうに。

 

 私をマヌケ呼ばわりするなら、せめて『呉』単体で『魏』に勝ってから言えば?」

 

「ふん、一刀がいなけりゃ勝つことができないクセに。

 

 言っておくけど、呉は一刀がいなくても、ちゃんと最後に勝利するもんね」

 

 

 

今俺の脳内では、

 

天使(死神の鎌『絶』を装備)と、

 

悪魔(金色の剣『南海覇王』を装備)が

 

空間をグルグルしながら戦っている…凄い構図だ。

 

 

 

「どうしてそんなことがいえるのよ!!一刀がいる国が全部勝っているじゃない!!」

 

「漢 ル ー ト ♪」

 

「…」

 

「あれれー、知らないなんて言わせないわよ♪

 

 あっさり数クリックで赤壁、負けているじゃない」

 

「あんなの無効よ、む こ う!!!

 

 大体、この一刀は『他の3つの外史で雪蓮だけを死なせた』一刀でしょう!?

 

 それって、貴方自身が特別である証そのものじゃない!!

 

 それを自分で否定してどうするのよ!?」

 

「きぃー!!!

 

 本編とは関係のないメタ会話で生真面目に設定案をすりあわせてこないでよ!!」

 

 

あのー

 

 

「先に設定で煽ってきたのそちらでしょう!?

 

 …私たち、何の争いをしていたのかしら。

 

 そう、一刀。一刀が今女の子に口づけを迫られているから、それについてだったわ」

 

「だ・か・ら、一発ブチュッとやっちゃえばいいのよ♪」

 

「だ・か・ら、アンタの夫(仮)じゃないのかっていっているのよ!!」

 

「うーん、『呉ルート』でも散々言ってきたからなー」

 

「…嫉妬深いクセに」

 

「そりゃー、他の子にのめり込んだら―」

 

「のめり込んだら?」

 

「落とすわ」

 

 

落とす!?落とすって、何を!!??

 

 

「けっ、これだから『呉』の人間は…「自分のモノ」っていう概念にすぐ執着するくせに」

 

「あっれー、嫉妬に狂って自分の部下に一刀とのいちゃつきを全て報告させるイベント合ったでしょう?」

 

 

もういいっす。結局俺は、

 

 

「「自分できめなさいよ、この節操なしの三国一の種馬!!」」

 

…はっ。

 

かずと は いじげん から もどってきた。

 

時間はそんなに経っていなかったらしい。

 

風が目を閉じて変わらずに一刀にもたれかかっている。

 

色々思うことも、これまでの自分を見ればある。だけど、

 

 

 

「…風、ごめん、それはできない」

 

「…そうでしょうね」

 

 

 

風が目を開いて一刀から離れた。

 

「これで雪蓮ちゃんへのネタが減りましたねー」

 

「兄ちゃん、男だったら一発やっとけよー」

 

宝譿もしゃべって茶化した。

 

「ネタって…まぁいいや。

 

 それじゃあ、戻ろう」

 

「あ、お兄さん、その前に」

 

「ん、何かな?」

 

『チュ』

 

 

止める暇すらないほど、風が一刀の頬にキスをした。

 

ふわっとした感覚が、軽く残っている。

 

 

「もうちょっと気合い入れたほうがいいですよー。

 

 …はいりましたか?」

 

「はい、はいりました」

 

 

…………

 

………

 

……

 

 

「だから、違うといっている!!!!!」

 

 

春蘭の怒声が村に響いた。

 

夜を徹して例の村にたどり着くことが出来た。

 

運が良いのか、いまだに盗賊には襲われておらず、華琳が指示した作戦を展開出来る状態だったのだ。

 

早速、春蘭とその副官、雪蓮は村の長老(有力者)に今回の作戦を説明、したのだが…。

 

 

「我々は中央の官軍とは違う、州牧の曹孟徳の軍だ!!!」

 

「それがどうしたというのじゃ、信用できんものはできん」

 

「くっ、どうして!!…」

 

 

今回の作戦は村人の協力が不可欠だった。

 

村人に『村』ごとかりて待ち伏せ、軍人を迎撃に有利な地形に配置しておいて…という内容だ。

 

無論、戦争後の生活諸々の保障はちゃんと考えての作戦だが、問題が起きた。

 

村人が協力してくれないのだ。

 

そもそも『官軍』と『魏軍』の区別を付けるのが村人にとって難しい。

 

無論、若者は何人か華琳のいる拠点に行ったことがある。

 

だが、歳をとれば行くことも難しく、その違いは「だからどうした」で済まされてしまう。

 

しかも彼らは義勇軍を独自に配置している。

 

それは高貴な人間の抱く大義のためではない、

 

『そうしなければ死ぬから』という人として極限の理由だ。

 

 

今まで助けてくれなかったのに、ここまでやって生きるのを頑張ってきたのに、

 

どうして突然『中央』から訳の分からない連中がやってきて指示を出すのだ。

 

 

村人の抱く思いはいたって普通だ。

 

だが、それでは村人を助けることが春蘭たちにはできない。

 

義勇軍では限界があることを知っているからだ。

 

 

「…やむをえんか」

 

春蘭が最後の手段に出ようとした。

 

すなわち、脅迫である。

 

剣で脅し、軍で威圧して村人をとりあえず安全な別の場所に移動させる。

 

義勇軍の協力は得られないが、それでも義勇軍抜きの作戦展開のほうがマシだ。

 

村人には恨まれるかもしれない。

 

だが、このまま村人を見捨てることは春蘭はできなかった。

 

なにより、華琳の命令に背くことは被害が膨大にでることと同義、春蘭はそれはしっていた。

 

それだけは避けなければならない。

 

 

「待ちなさい、春蘭」

 

「雪蓮…」

 

「ちょっち一度外に出ましょう。ごめんね~、長老さん」

 

雪蓮は春蘭と副官をつれて外に出た。

 

 

「おい、手を放してくれ」

 

「あら、ごめんなさい」

 

雪蓮が春蘭の手を放した。

 

「どうして止めた」

 

「そりゃ、まずいからよ」

 

「まずい?作戦が展開できのだぞ?」

 

「だから、あのまま剣で無理矢理脅しても、余計状況が悪化するだけよ。

 

 村の人達は中央に対して相当の不信感を抱いているでしょう?」

 

「我々は!!」

 

「そう、私たちは中央の連中とは違う。

 

 …けど、それを言ったところで理解しろっていう方が難しいわ。

 

 彼らは、何もしてくれない中央に頼らずにここまで頑張ってきたんですもの」

 

「…じゃあどうするのだ」

 

「春蘭、今回の作戦を覚えているかしら」

 

「だから、先に兵を配置して盗賊を迎撃するのだろう?」

 

「違うわ。

 

 迎撃した後に、義勇軍に、魏に協力してもらう所までが作戦よ。

 

 だからもし、春蘭のやり方で盗賊に勝利したところで、義勇軍の信頼が得られるかしら?」

 

「…」

 

「春蘭が義勇軍の立場だったら、無理矢理言ってくる連中を、信頼する?」

 

「…しない」

 

段々と頭が冷えてくるのを春蘭は意識していた。

 

 

「でしょう?」

 

「…わかった。雪蓮の言うことは分かった。

 

 だがどうする、これでは作戦が…」

 

 

それでも何かを飲み込めない。

 

 

 

「ねぇ春蘭、あなた、巻物を読んだ?」

 

「巻物?ああ、あの北郷が持ってきた奴か?

 

 あれはだが、当初の作戦の…」

 

「やっぱり…読んでないでしょう~」

 

「春蘭様、こちらに」

 

副官が巻物を差し出す。

 

 

…………

 

………

 

……

 

 

 

春蘭は剣を持ち、荒野を見ていた。

 

時は夕暮れ、黄昏時。

 

音が遠くから聞こえてきた。

 

影に隠れるか、隠れないか微妙なその姿。

 

だが春蘭の目は決してその影を逃す事はなかった。

 

話は少し遡る。

 

 

 

「ああ…やっぱり、決めた通りの作戦がかいてあるじゃないか」

 

「『最後まで』、読みなさい」

 

「…ん? 『協力が得られなかった場合の非常時における作戦』…こんなの見たことが無いぞ!!」

 

なぜ華琳がわざわざ巻物で作戦を渡したのか。

 

 

作戦の立案は桂花を中心になされる。

 

彼女は魏の筆頭軍師だ。その才覚はどんな軍師が後に入っても座を譲り渡す事はないだろう。

 

既にあまたの作戦展開において最も合理的な手法を見せてきた。

 

また、中央にパイプをもち、人物の性格を適格に見抜く。

 

だが、華琳はそれ故に桂花の弱点を見抜いていた。

 

 

彼女は『合理を優先できない状態の人間の思考』を扱うのが苦手のだ。

 

 

今回の作戦も

 

 

「義勇軍が協力することにメリットしかないから協力するだろう」

 

 

という考えの上に立案していた。

 

確かにメリットしかない。

 

ただ、華琳はそこに穴があるような気がしてならなかったのだ。

 

合理的思考と人の心の底に抱く気持ちは、常に前者が優先するとは限らない。

 

 

また華琳は、現在不信感を抱かれているのが中央だけでは無いことを知っていた。

 

無論、中央は嫌われている。

 

だがその機に乗じて名乗りを上げる者も、すべて『救世主』とは限らないのだ。

 

当然、悪政を行えば、嫌われる。

 

故に、華琳はどんな成果を上げたところで「果たして私に不信感を抱かれていないか?」ということは必ず確認した。

 

 

しかも、『天の御遣い』の言葉もある。

 

無論、華琳が信じ切ったわけではない。

 

ただ、今までの戦いは言葉通り、かなり厳しいものだった。

 

念入りに手を打っておいても損はない、そう考えていた。

 

 

だから華琳は一刀に聞いたのだ。

 

「あなたの記憶で、村が襲われた時、私たちはどうしていた?」

 

と。

 

一刀は、

 

「大規模の賊に襲われている知らせを聞いた。

 

 秋蘭・季衣が徹夜で行軍し、そのあと本隊が追いついた」

 

と答えた。

 

つまり、一刀の記憶でも村に助けに行ったのは『既に襲われた後』という緊急時だ。

 

 

「襲われていないとき」と「襲われているとき」では後者に助けに行けば信頼を得やすい。

 

逆に、前者のときに何かを言ったところで、信頼を得られるとは限らない。

 

 

これは、もしかしたら穴にならないか?

 

欠陥を気にしだしたら何もできないが、どうも問題が起きそうと華琳の直感が告げていた。

 

だから、華琳は自らの忙しい業務の合間にちょこっとずつ考えていたのだ。

 

 

「この字、かなり速記で書いてあるけれど…誰のか分かるでしょう?」

 

「…華琳様だ、華琳様しかいない」

 

後ろの方に、速記で書かれた文字の量は、かなりのものになる。

 

普段の字と比べれば、汚いとしか言えない。

 

それでも力強くハッキリかかれていた。この文字を読む者の事を考えながら書いたのだろうか…。

 

 

 

作戦を春蘭は読み終わり、巻物を副官に渡した。

 

「華琳様は…やっぱり凄いな」

 

「ええ、凄いわ。いつだって部下のことも考えている…他にも色々考えなくちゃいけないのに」

 

「…私は、まだまだ未熟でしかないのかもしれないな」

 

 

 

この時、春蘭が何を考えていたのかは分からない。

 

ただ、先ほどの何かを燻らせた顔ではなく、真っ直ぐな表情だった。

 

 

 

「春蘭、妹いるよね」

 

「ああ、秋蘭がいる…どうした、今更」

 

「実はね、私にも妹がいるのよ」

 

「…今の孫家の当主、だったか」

 

 

突然雪蓮が話をふってきた、何故か妹について。

 

 

「正確にはもう一人、末っ子がいるんだけれど、それはおいといて…

 

 いやね、実際、私はいつもだらしなくて、妹に怒られてばかりだったわ。

 

 妹の方がしっかりしていてね」

 

「…そうなのか」

 

「私は、言うなれば戦いのための王だった。

 

 内政とかさっぱりだったし、好き勝手やってたわ」

 

「私も、政は苦手だ…。秋蘭に任せっきりだ」

 

「だからね、奇妙な話だけど、死んでしまった後私は妹に何を残せたかなー、って考えるのよ」

 

「何を…残せたか…」

 

 

雪蓮がパッと剣を取り出す。

 

今蓮華がこの世界での本物を持っているはずのその剣を。

 

 

「もちろん、民を、領地を、孫家を残したとか、あるかもしれないけれど、

 

 そうじゃないのよ。

 

 結局、私が妹に残せたものは『先陣に立つ姿』だけだったわ」

 

「そんなことは、ないのではないか?」

 

「いいえ。でもそれを一番、残してあげたかった。

 

 モノとか言葉とか…残せるものはいくらでもあったかもしれない。

 

 けど私が残したかったものは『人のあり方』だったから」

 

「あり方…」

 

「ぐるぐる考えても良い。それも大切なこと。

 

 けど今はその時じゃない。

 

 どうせ全体を見ること、操ることなんて逆立ちしたって華琳に勝てないわよ。

 

 でも、あなたに今できることがあるでしょう?」

 

「…あり方を、示すこと」

 

「そう。魏のあり方を示しなさいな。

 

 華琳の例の裏作戦、どう考えたって配置が村にこちらが見える配置よ」

 

 

 

この配置、見えない場所に置くことも出来たはず。

 

なぜわざわざこの配置にしたのか、春蘭は疑問に思ってはいた。

 

 

 

「そうだな、それは私にできる。

 

 いや、私にしか出来ないことだ!」

 

 

私は曹孟徳の剣だ。

 

民を愛し、平和を愛し、私を愛したあの人の剣だ。

 

そのための覇道を必死になって駆け上がる、あの人の大剣でありつづけるんだ。

 

 

 

 

春蘭はただ静かに待った。

 

何度も経験してきたこの間を。

 

 

「夏侯惇将軍、敵影、確認しました。数は想定通りです」

 

「各員は?」

 

「作戦通り、配置につきました」

 

「わかった。号令まで待機」

 

「はっ」

 

 

 

いつも彼女は血の気が多い。

 

だが、今回の戦闘前の高揚感は、静かに、グッとくるものだった。

 

確かに、村の人間を説得することが自分には出来なかった。

 

作戦を一番合理的に遂行出来なかった。

 

でも、そこで自分は腐りたくない。

 

例え言葉では伝わらなくたって、

 

示すのだ。

 

人の心に。

 

曹魏のあり方を。

 

あの人のあり方を。

 

この身、この剣をもって、全身全霊で示すのだ。

 

 

「…良い顔つきね。道理で、一度たりとも、アナタに勝てなかったわけだわ」

 

雪蓮が隣に立った。

 

「なぁ、その話、何度聞いても思うが、本当なのか?」

 

「そりゃ、今はちょっとズルしているからね」

 

 

敵の行進する音が段々と大きくなっていく。

 

 

「今度、『ダメなお姉ちゃん同盟』でも組みましょうか?♪」

 

敵がデタラメに討ってきた矢を、二人が叩き落とした。

 

「…私はダメなんかじゃない」

 

敵は騎馬と歩兵の混成隊だった。

 

所詮盗賊、その辺りは洗練されていなのいだろう。

 

明らかに先に走りすぎな数人をたたきのめし、その体を敵の方へ投げてやる。

 

『ブン!!!!!!!!!!』

 

 

「いや…」

 

「どうしたの?」

 

「…やっぱり、組もう。その同盟」

 

 

春蘭が照れたように言った。

 

が、すぐに真剣な表情に戻ると、敵をにらみつけた。

 

「止まれ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 我が名は曹孟徳の大剣、夏侯元譲!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 人に悪行を働く愚か者ども、

 

 この先を通りたくば、その首を置いていけ!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

一瞬ひるむが、聞こえてきたのは女の声。

 

先ほどのは何かの間違いだろう思い、盗賊はそのまま突っ込んできた。

 

「…そうか。

 

 ならば大地に還るといい!!!!!!!!!!!!!!

 

 全軍、突撃!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

今、『自分にできること』のための戦いが始まっていった。

 


 
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