No.165359

二十代魔法少女☆あんこ! Boys Life, Blue Love(part2)

part2です

2010-08-13 00:04:30 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:705   閲覧ユーザー数:701

「メシだよメシ」

 バタバタと弁当を広げる祐一を前に、仙介は驚きを隠せないでいる。はてもう一人は休みだったかと視線をやると、窓際の席に瞬が座っているのが目に入った。彼は彼で、特に祐一を誘う風でもなく、隣のクラスの紅星と机を囲んでいる。あ、ゴリラ、いや小橋が加わった。

「なに、ケンカでもしたの」

「誰と?」

 驚くべき速さでエネルギーを補給している祐一。彼の弁当は熟練のメイドさん(52)が

作っていると一部で評判である。

「誰とって、だって」

「いいじゃねーか。え? なに俺と食べたくないの? そういうヤツなの? 尾原さんちの仙介君ってそんな酷い人なの? 泣いちゃうよ俺」

「わかったって、わかった。なんでもない」

 とは言いつつも、傍目から見て祐一の動揺っぷりは明らかである。ケンカという単語が出た時点で、彼は気まずそうに瞬の方を見た。「誰と?」と言ったときも声が幾分うわずっていて、「いいじゃねーか」からは反論させまいとして怒濤の難癖である。とても面倒くさい。深入りは禁物だと、仙介は自分の弁当に箸をつける。

 庵子は三週間ばかり、毎夜街に繰り出して悪党退治に精を出している。これは仙介にとって非常に具合がよろしくない。いくらあの性格であの力を持っていたって庵子は女だ。男でだって危ないのに、心配するなという方がおかしい。あの魔法の力だってサン・ジェルマンという怪しすぎる変態が吹聴する怪しすぎる不思議能力で、全体において怪しすぎる。怪しすぎる、というのはそのまま能力への不審へとつながり、そして庵子の身体的危険性に繋がるのである。つまり、庵子が返り討ちに遭う、という可能性だってありうるのである。幸い、今までのところはなにか問題が起きた、というのはなかったが、これからだって同じだとは限らないのである。

 本人が楽しがっているから積極的には言えないが、危険なことはやめてほしいのであった。タバコでもフカしてくだを巻いている方が安心できるのである。

「……尾原ってこう、目立たない割にけっこう充実してるよな」

「急になに言うのさ」

「いや彼女とかいるし、普通に青春してるって」

 こういうのを真顔で言うので、祐一は扱いに困る。一人でドラマの世界にいるようだ。腹になにか抱えているわけもなく、だからこそ仙介は背筋がむずがゆくなるのだった。

「彼女欲しいんなら作ればいいじゃん。人気あるんだし、女子から」

「はあ?」

 気づいてないようである。

「ばっかお前、そういうのがあったとしてもね、相手が俺のこと好きでもね、俺が相手を好きじゃなきゃ意味無いでしょ」

 言ったきり、祐一は黙り込む。弁当に目を落とし、なにか考えている風だ。自分の言ったことを自分で受け止めようとしている、と仙介は何気なく思う。空気を読むことでそれなりの立ち位置を確保してきた仙介の、雰囲気を察する力は数少ない取り柄である。波風を立てないように立ち回ることこそ彼の真骨頂であり、同時に影が薄い理由でもある。

 だから、普段開けっぴろげに心情を垂れ流す祐一が言葉を選んでいる、という事態を、その正体はわからずとも、安易にほじくりまわしていいようなことではないと捉え、仙介も続きを促したりしない。

 ただし、だ。正体はわからないが、恋愛ごとに関係するものであるのだろうと彼は当たりをつけた。

 それにはおそらく、瞬も関係している。だから離れたのだ。

 面倒くさいことになりそうであった。

 

                   二十代魔法少女☆あんこ!

                    Boys Life, Blue Love

                       part2

 

 その放課後、瞬は彼を待ちかまえていた紅星と帰路についた。祐一はいない。授業が終わった直後、逃げるように教室を飛び出していった。通常、祐一がいない教室に瞬がいなければならない理由はどこにもないのだったが、今は彼がいないからこそ、瞬は残っている。

 

 ここで三日前の話をしておかなければなるまい。物語の始まりを告げた、あの告白の続きだ。教室に五人、外、中庭の茂みにゴリラ一人。

 瞬がどれほどの勇気を必要としたのかを理解できるものはいないだろう。相手が祐一ひとりだとしても想像を絶する告白だったはずである。それが、直接は関係しない、彼のあまり広くないコミュニティのほぼ全員が揃っていた、となれば、筆舌に尽くしがたいほどの恐怖が彼を襲ったはずだ。仲良しグループのうち、誰かに愛を告げることで、そのグループに多少なりとも亀裂が入りかねないのは瞬も理解していた。相手が同性であればなおさらだ。世間的な同意は決して得られない、本来であれば、うちに秘めて墓場まで持って行くべき想いだった。

 それでも、瞬は一歩を踏み出した。読者諸兄が気になることと言えば、その告白に対し祐一がどのような反応を示したかであるはずだが、大方の予想通りというか、彼は逃げ出したのであった。一同が立ちつくし、瞬の言葉と自分の所属する世界の常識をつっつきあわせている間に、はいずるようにして、教室のドアをすり抜け消えた。チキンであった。いや、しかたの無いことであると擁護すべきであろうか。とにかく一つ確実なことがあるとすれば、祐一の行為は、彼の動揺と告白のインパクトを最大限考慮したとしても、思いつく限りで最悪の行動であったといえる。瞬の決意は宙ぶらりんに放置され、一同にはぎくしゃくとしたわだかまりが残った。瞬も責められるべきだろうか。彼の告白はあまりに突然すぎた。なんの伏線もなかった。祐一に隙もなにも与えなかった。誰も予想していなかった。確かに祐一と瞬の仲の良さは学年でも評判で、樹木なんかは陰で「瞬×祐一」をたまに呟いたりしていたが、それもある種ギャグの範疇である。腐っていることをあまり隠そうとしない樹木のセリフを本気にするものなどいなかったのだった。

 そして翌日から、祐一は瞬を避けるようになった。

 

 薫は洗濯する剣道着のズタ袋を抱え、教室までやってきた。瞬がそこにいることを確信していたようで、そして祐一がいないことも予想していたようで、ただ一言、帰ろうと言った。瞬は後ろ髪をひかれながら、それでも校舎から出て、今、二人して住宅街を歩いている。

「それで」

 しばらくの雑談で前フリをした後、薫は切り出した。

「念のため確認したいんだ。本気だよな」

 「そのジュースでいいの?」と間違えてもおかしくない、軽いノリであった。薫なりの気の利かせ方だろうか。瞬はほんの少しため息をついてから、答える。

「やっぱり、言わない方がよかったかな」

「後悔してるのか」

「してる。でも言わなきゃ、それで後悔してたと思う」

「……まあ俺は、男相手は経験ないけども、その気持ちはよくわかるつもりだよ」

 彼もまた、修羅場多き青年である。

「勘違いすんなよ。別に相談に乗ろうとかいう思い上がったこと考えてる訳じゃないんだ。ちょっと聞こうと思っただけだ。なあ瞬。恥ずかしいこと言うけど笑うなよ」

 パシパシと両手で頬を叩き、薫は深呼吸をする。

「俺は女を好きになる。いや、性別なんかじゃなくて、誰か一人を好きになる。ライクじゃなくてラブな。そうすると、まず目の端でそいつを追っちまうんだ。常に視界に入ってないと不安なのさ。話してる相手が同性であれ異性であれ、そいつが何を話題にしてるのかが気になるんだ。どういう仕草で髪をかき上げるのかを知りたいんだ。そしたら、今度は声が聞きたくなる。話したいのはそうだけど、それよりも声が聞きたいんだ。だから何かしら用を作ってそいつの近くを通る。金魚って言葉をどんな風に発音するのかをこの耳で聞きたいんだ。笑ってるときに、真面目なときにどんなトーンで話すのか。このあたりでマスをかくのをやめる。なんか知らんが後ろめたさが性欲を上回る。触れてはいけない神聖なものに思えてくる。その辺でようやく気づくんだ。ああ、俺ってこいつのことが好きなんだなって。そしたらどうしても話したくなる。でも焦って、自分の恋心に気づかれてヒかれたらどうしようってなる。ああ女遊びの赤星さんね、またまたって感じで受け流されるのも嫌に決まってる。それでも勇気を出して声をかけるわけだ。それが好意的に受け取られて、たまに名前なんか呼んでくれても見ろ、もう舞い上がっちまうわけだね。そんで友達になると、次は欲しくなるわけだ。そいつが誰と話していても気になる。異性だったらなおさらだ。俺の隣に置いて、首輪でもつないでおきたいわけだ。そうでなくとも、その他有象無象と話しているときでも、一番大事なのは俺であって欲しいんだ。そのためにはどうすればいいかっつぅと、まずは恋人にならなきゃならん。カレシカノジョでなくて、恋人にな。その方法は、まあ、今の日本じゃ告白するしかないわけだ。それを確実に成功させようとしたら、そりゃ並大抵の努力じゃダメだわな。大事なのは相手への印象と、そう、タイミングだと俺は思うよ。どういうときに自分の気持ちを伝えればいいのかなんてわかんねぇけど、それでも決めなきゃならない。だけど、そういった諸々の困難を乗り越えてもだな、最善を尽くしたとしても、ごめんなさいの可能性はもちろんある。その理由は、友達以上に見えないとか他に好きな××がいるとか、理不尽だが覆せそうもないことだ。よくあるよ、そういうの。その一言で、もういくら欲しいと思っても、そいつは自分のものにはならない、どころか、これっきり疎遠になって、友達から知り合いまで格下げされる可能性もある。そいつを好きなままいるのに、距離はむしろ友達だった頃より離れる……どれだけ苦しいって、口で言えるようなもんじゃない」

 五分。実に五分である。時たま考え込んだり、一つ一つを思い出しながら喋り、口を閉じて「以上」と目で合図するまで、五分もかかった。

「どうだ。ヒいたか」

 瞬は静かに首を振った。

「ヒけよそこは。言わせんな」

「ありがとう」

 ん? と薫は二度瞬きをした。

「大丈夫だよ、俺は。覚悟とか、全部できてるつもりだよ」

「そうか、じゃあ、一つだけな」

 立ち止まった薫の顔は、一転して――一転して、それまでの軽いノリが失せていて――そして、

「それじゃ絶対、ふられるぜ」

 頭をぶん殴られたようだった。なぜなら……薫は、まさに瞬を励まそうとしていたのではないか?

「告白してそれで終わりだ、後は相手次第だって、そりゃ無い。そんなのは許さないからな」

 薫はまるで責めるように、言葉尻を強く、突き刺すように声を出す。

「ふられた時の覚悟なんかしてんなよ、もともとその確率が九割なんだ。いっとくが、お前と祐一の縁が切れるのを喜ばない人間は結構いるんだ。そりゃ確かにお前ら二人の問題かも知れないが、ダメでしたハイですむと思うなよ」

「夜に出歩かないこと」

 夜、マンションの廊下で庵子は言った。一応家に連絡は入れているがすでに九時を回っている。ちょっとばかし遅すぎやしないかと仙介は時計を見る。

「私の部屋から送ってあげる」

 仙介は露骨に嫌そうな顔をした。転送魔法を食らったのはこの短い期間で三度あるが、未だに慣れていない。これから慣れることができるのかもわからない。とにかく気持ち悪いのだ、いつの間にか違う場所にいるというのは。

 学校が終わり、仕事が終わり、庵子とスーパーに寄った帰りである。一つずつビニール袋を抱え、その中には食材やらアルコール飲料やらが詰め込まれている。

 庵子は不思議なことに、あまり日常生活に魔法を使わない。夜のパトロール中と、それが終わって寝る時に時間を止めるくらいだった。つい先日、実は日中でも問題なく魔法が使えると知ったときに変態に問いかけた(力で)際は遠慮無く楽しんでいたが、それ以外では、特に夜は家に帰る仙介は魔法を使うところをほとんど見ない。

 部屋に入ると変態がいた。庵子の定位置である壁際デスク、その丸椅子の上でガラムをフカしていた。初対面の時以来、気に入ってしまったようである。

「お帰り、あんこ君、仙介君」

「不法侵入だわ」

「マァ待ちたまえよ。どうやら連日の不審人物の正体がわかりそうなので伝えに来ただけだ。不本意ではあるが、伝えたらすぐに消える」

「不審人物?」

 初耳だった。庵子は苦虫を噛みつぶしたような顔でビニール袋の中身を冷蔵庫に入れている。

「そろそろ仙介にも言っておいた方がいいと思って」

「うむ。君にも是非聞いてもらいたい話だ」

 なんの話やらわからない。庵子にビニール袋を渡し、仙介はクッションに座った。ガラス張りのテーブルに載っていたセーラムから一本、つまみとる。見なかったことにしてもらいたい。庵子はベッドに腰掛ける。おもむろに変態はガラムをもみ消すと、冷蔵庫まで歩いてビールを取り出した。まだ入れたばかりで冷えていない。

「あんた、自分の家かなんかだと思ってない?」

「現代のビールは、これはこれで楽しめる味だ。あいにくと通貨を持っていないものでね、勘弁してくれないか」

 円を持たずにどう生きているのか不思議だ。そもそもどこに住んでいるのか。まさか天井裏に潜んでいるわけでもあるまいが、確認すべき事項だと庵子も仙介も心に留める。

「さて、仙介君はまだ何も知らない状態なので……最近、妙な病気が流行っていると言っておいた方がいいかね」

「病気?」

「心配で心配でたまらなくなる病気だ」

「は?」

 声を上げたのは庵子だった。彼女も初耳のようである。

「人が人を襲う、という事件が多発している。他の悪漢と違うのは、全員、被害者の親しい知人であったり、襲う際に『敵意』がないという点だ。性別も関係なく、あんこ君が懲らしめた数は男性10名、女性13名。わずか五日間でだよ……」

 変態の続けるところ、『加害者達』の共通点がさらに見つかった。

「彼らは一様に、恐れている」

「なにを?」

「よい質問だあんこ君。私も不思議だった。彼らは恐怖におびえているのに、なににおびえているのか、それがさっぱりわからなかったのだよ。だが、マァ安心してくれたまえ。なにか、と言うのを見つけたのだよ」

「だからあんたを叩き出さないでいるんじゃないの」

「話の腰を折るのはやめたまえ。何事にも段取りというものが必要なのだよ……さて、彼らが恐れているものだが、特定のなにがしか、というわかりやすいものではなかった。彼らを一通り調べた結果、彼ら身の回りで起こること全てに不安を感じているようなのだ」

 だからなんだ、と仙介は突っ込みたくなる。それを庵子が代弁する。

「不安って、そんなんであんなおかしくなるわけないでしょう」

「そこだよ、あんこ君」

 変態は片眼鏡をクイとあげると、いつになく真面目に(いつも真面目な顔なのだが、そうは見えない)続ける。

「人の手が入っている。わかりやすく言えば、これまでの加害者達は実は被害者だったのだよ。何者かに催眠だか暗示だかをかけられて、周りで起きることや自分の未来、人間関係から隣の老人の生死など、五感や感情から認識する全ての『起こること』について心配で心配でたまらなくなるのだ……それがどれだけ当人にとって負担となるかは、まぁわからんにしても想像するくらいはできるだろう」

 あまりに変態が真面目なので……仙介は、その言葉の意味を半分も理解できていなかったが、口を挟むのははばかられるような気がして……

「待って」庵子にはお構いなしのようだ。

「また腰を折るのかね、君は」

「でたわ。被害者さんとやら。すぐ近く」

「ちょうどいい。仙介君、見てみるといい。私とともに隠れていよう」

「え? いや、その、俺は」

「すぐに終わる」

 

 路地。庵子が男の二人組にのしのしと歩いていく。その様子を、仙介とサン・ジェルマンは物陰からのぞいている。

「襲われてるのは?」

「仙介君。先ほども言ったが、むしろこの時点ではみな被害者だ。いま、彼ら二人の心の中では、様々な不安が渦巻いているだろう」

「二人?」

「そうだ」

 男二人。二人ともスーツ姿で、そのクセ鮮やかな金髪に坊主である。どうやらホストか、そうでなくてもその類の連中のようだ。顔は二人とも青ざめていて、なにごとか話しこんでいる。

「な……なあ、もうダメだって」

「バカ、ここでやんなかったら……」

 二人の異様なことは、しきりにあたりを見回して、眉を八の字に垂らした今にも泣きそうな顔をしていることである。なんだか時たま腕のあたりが痙攣しているようでもある。頭を抱えたり、爪をかじったりと忙しそうだ。話し声も、だんだんと聞き取れない嗚咽のようになってくる。

「最初、彼らは心の奥底に芽生えた不安感など気にしてもいなかっただろう。なぜなら、人は常に不安を抱えているものだからだ。しかしその不安感が意味もなくふくらみ、無視できなくなるほどに頭を支配し、なにをしていてもつきまとい、際限なく成長していくとすると、どうかね」

 男達はついに悲鳴会話法に目覚めたようであった。お互いにつかみ合わんばかりの威勢で叫び声を上げているが、体は逆に離れてゆく。逃げ出したいのか、それとも飛びかかりたいのかよくわからない、異様な光景ではある。

「こんばんわ」

 話に割ってはいる庵子。男達は弾けるように彼女と距離を置き、慌てた様子で懐からナイフを取り出した。

「あ、やばいってあれ!」

「静かにしたまえ。あんこ君にとってナイフなど笹の葉みたいなものだ。それよりも彼らの様子だ。おかしいのがわかるだろう。例えば、目の前にいるのは少し背は高いが、どう見ても自分より弱そうな女性だ。人数にも分がある。にも関わらず、彼らはナイフすらまともに持てていない」

 変態の言うとおりであった。始めはしっかりとナイフを握っていた手が見る間に震えだし、取り落としそうになって両手で握りしめなければならないようだった。寒いのか、庵子に恐怖を感じているのか、体はガタガタと震えだし、いつ膝から崩れてもおかしくないようである。

「立つことすらおぼつかない、と言うのが契機だ。ストレスが体をむしばんでしまう。まだ例は少ないが、発症するまでの時間が長いほど、進行は速い。彼らなどその典型だな。そして、ある特異点を迎えると、」

「ぎゃあああああああっ!」

「グワアアァァアアアッ」

 耳をつんざく雄叫びである。人間のものとも思えぬほどの怒声が空気を震わせ、思わず仙介が両耳を塞いだ直後、男二人が勢いよく庵子へ飛びかかった!

「アンっ!!」

「黙っていたまえ」

 ぎゅうと頭を押さえつけられる仙介。庵子は先ほどから微動だにせず、後ろ姿なので表情はわからないにしろ、落ち着き払っているようだった……しかし、相手は我を忘れた獣二匹なんだぞ。

「s・pどfsrp!」

 指を突きつけて、唱える。庵子の首へ届きかけていた男達の腕が、そして男達自身が、べちゃ、となにかの冗談のように地面にたたきつけられた。まるで急に重力が強くなったかのような方向転換であり、どうやら男達は気絶してしまったようだった。

 

「この状態ではまともに生活できないのでね。一度私の方で預かるようにしている」

「怪しいことしてないの?」

「仙介君、君はもっと素直な子だと思っていたがね……まあ、我々の目的はこの町と世界の平和だ。もし私が悪行に走れば、あんこ君が見逃すまい」

「よくわかってるじゃない」

 変態は男二人を抱えてどこかに消え、二人が庵子の部屋に戻ったタイミングでまた現れた。

「というわけだ仙介君。百聞は一見にしかずという。彼らは心配しすぎた結果ああなる」

「信じにくいんだけど」

 今度も言ったのは庵子だった。

「しかしそうとしか考えられんのだからしかたあるまい。重要なのは次だよ、諸君。通常の人間であればここまで常軌を逸したことにはならないが、もう一つ彼らには共通点がある」

「心配事があるとか?」

「七枷高校の生徒か、その近親者だ」

「あの……ね、千ぃちゃん。BLっていうのは現実とは違ってね」

 栃木樹木の部屋に突然の来訪者があり、誰かと思えば千都であった。部屋にズカズカ上がり込むなり、盗聴器などの有無を確認してから切り出したのである。

「BLについて教えて」

 もちろん、先日の出来事がきっかけであろう。グループ最古参の祐一と瞬の次に古いメンバー。彼女には瞬を好きだった時期があった。いつのまにか霧散してしまったようであるが、かわりに友人としての絆は深まったようで……だから、冗談で色仕掛けなど、瞬か祐一か大樹にしかしないのであった(薫にしないのは、冗談のまま抱かれそうだから)。

 だからつまり、あの告白は彼女にとっても衝撃的なものだったのだ。今にもグループを壊しかねないシロモノだ。

 あまり頭はよくない。なにか対策を立てなければと考えて考えて、その結果がこれだろう。樹木も千都自身とは古いつきあいである。この位は読める。

「うわ……これホント? なにやおい穴ってこれ尻×××……」

 描写するのは避ける。とにかく脇目もふらずBLパロディマンガを読み進める千都があまりに熱心なので、心配になった樹木は声をかけざるを得なかったのだ。それが一行目である。

「あくまでね、頭の中の妄想をね、好きなように弄ってるだけだからね」

 遠慮気味に言葉を選ぶ樹木に千都は気づかない。あえて千都の頭脳を擁護すると、フィクションが現実とは別物だと言うことくらい彼女もわかっている。しかしあまりに突飛な世界で、彼女にはそういった生身の知り合いもいない。だから頼るのが自然と、創作とはいえ男性同士の恋愛によく接している樹木になったのだった。思いついたら即行動なあたりも千都の特長である。

 千都がようやく顔を上げたときには日を跨いでいた。集中の持続力もこれまた彼女の特徴だった。途中から樹木は声をかけるのをやめて、一緒に同人誌を読むことにしたようだった。彼女の家には、すでに母親を通して連絡がいっていた。明日休みだし、泊まってもらうわ、的な。

「え、あれ? 今何時?」

「1時。夜のね」

「それって午後ってこと?」

 何を言いたいのかわからないが、午前だと樹木は訂正した。慌てて部屋を飛び出そうとする千都の鞄を引っ張って、その辺のことは根回しがすんでいるのを伝える。

「あ、あはは、ゴメンね、ホント」

 座布団に座って頭を掻く千都。高校に上がってからは一度もなかったので、かなり久しぶりだ。

「でね、聞いてなかったみたいだけど、BLって現実とはね、違って」

「読んでてわかったよ、うん。こんなスムーズに進むわけない」

「……そう。難しいの、きっと、とても」

 樹木は頬に手を当ててため息をつく。眼鏡を外してテーブルの上において……そして、自分の冗談が、もしかしたら瞬を傷つけていたのではないかと、後悔しているのだった。

「七枷の関係者って、どういうこと?」

 七枷高校。言うまでもなく現在仙介少年が通っている高校である。S県七枷市にあるので県立七枷高校という。もちろん、祐一や瞬、その他の生徒が通っているのも七枷だ。

「例えば今日の二人は七枷の一年二組に所属する祭戸るち、という少女の双子の兄だ」

 あれ、双子だったのか、と仙介はどう反応すればいいのかわからない。

「その他にも、昨日の関係者は自身が生徒。平日の夜中にあの派手な服を着ていたということについては、あまり言及はせんがね。一番最初もそうだ。女性の方は生徒。男性は三歳年上の大学生の彼氏だった。二年三組の霧崎真名子という。覚えはあるかね、仙介君」 確かに、彼女がしばらく前から家出している、という噂は聞いていた。学校も休んで、塾にも行かず、まるっきり消息不明のようだった。

「まぁ、全てあげてもいいのだが時間がかかる。問題は、七枷の生徒が関係しているということだ」

「まさか……生徒の中に、その、暗示だかをかけたヤツがいるっていうの?」

「わからん。かもしれんし、教師かもしれん。まるっきりの勘違いというのもなきにしもあらずだが、とにかく七枷が関係している可能性は非常に高い。そこでだ、仙介君。君にある程度探ってもらいたいのだ」

「は?」

 珍しく、庵子と仙介の声が重なる。

「私もあんこ君も、なかなか学校には入りづらい。そもそも学校はなにかと理由を付けて異物を排除しようとする性質を持つものだ。部外者が入り込んで、的確に情報を得られるはずもない。ともすれば、中に協力してくれるものを……」

「だめ、絶対だめ」

 変態の言葉が遮られる。

「私がなんとかするわよ。仙介は、もしなにか兆候を見つけたら絶対にそいつには近寄らないで。注意するために今日は呼んだんだから」

「しかしね、あんこ君。こればかりはどうにも」

「ちぎられたいの?」

「……フウム。しかたがない。諦めるとしよう。仙介君、今の言葉は忘れてくれたまえ」「いや、学校で危険も無いだろうし、別にいいけど」

「だめったらだめ」

「アンが手伝わせてくれない」

「君、それはだね、決して君を信頼していないのではなく、むしろ大事に思っているからこそ危険に近づけたくないと言うことなのだ。だがしかし、それだけひ弱そうに思われているのも確かだろうが」

 意外と仲のいい二人である。

「うるさいわね! そんな、人に暗示をかけるようなヤツなんて私だってゴメンよ! さっさとあんたが正体突き止めたら遠くの遠くから燃やしちゃうから近づくなって言ってんの!」

 

 深夜、コンビニで夜食を買った瞬は、今日の勉強が果たして何時間で終わるのかと頭を痛めている。眠くならない、というより眠れない。祐一に任せたいという心と裏腹に、このままではダメなのではないかという得体の知れない焦燥感で妙に興奮しているのがその理由である。何度か電話しようとして、結局諦めた。どうせ明日は休みなのだから、寝なくても大丈夫なはずだ。親はすでに眠ってしまっているし、そう、腹が減らないようにすれば辛くはない。

 住宅街にぽつんとたっているコンビニから遠ざかると、急にあたりは静かになる。街頭もまばらに、明かりのついてる家もなく、たまに犬のほえる声と、猫のうなり声。秋であれば虫がよく鳴いているが、今は冬の真っ盛りだ。静かなもので……瞬は違和感を覚える。あまりに静かすぎる。コンビニに入る前に吹いていた風も消え、犬の声も消え、猫の声も消え、もちろん虫は鳴いていない。遠くを走る車も無く、終電間近の電車の音も聞こえない。不気味なほどに一帯が静まりかえっており、思わず瞬はコンビニを振り返る。

 そこにコンビニが無いのを見て取り、思わず声を上げそうになって、そういえば角を一つ曲がったことに思い当たる。

 

 

 

「クルクルクル」

 

 

 

 突然、耳元で笑い声が、

 

 

 

「キミ、とてもいいもの、持ってそうじゃないかい」

 

 

 

 いなかったはずだ。

 

 

 

 誰もいなかったはずの、すぐ目の前に、

 

 

 

「クルクル、見ぃつけた!!」

 

 

 

 

 

 何者かが、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                              <続く>

 

 


 
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