虎琥が偶然見つけて詰所に連れてこられたちび一刀。
さらに詰所に凪、真桜、沙和の三人もやってくる。
三人と一人にとって至福の時間が始まったその時。
詰所の扉が突然破壊され、そこに一刀を追う一人の女性が現れた。
現れたのは春蘭だった。
声は怒りに満ちているようだがその表情は頬に赤みがある。
ちなみに春蘭は今回の鬼ごっこのことは詳しくは知らない。
しかし、それでもちび一刀を追い掛けて来ていた。
「ってしょっぱなから当たったらアカン人やーん!逃げるで!凪、沙和、虎琥!」
「逃がすかぁ!北郷を置いていけぇ!!」
「キャー!?来たのー!!」
「急いで!こっちです!」
春蘭は他人から見れば恐ろしいとしか言いようのない気を発しながら突貫してきた。
それはまさに鬼である。
四人は慌てて詰所の裏から出ようとする。
すると凪は三人から離れ詰所の裏口前で立ち止まる。
「凪!?」
「凪ちゃん!?」
「凪様!!?」
「心配するな!…置き土産だ!」
凪は事前にためておいた気を手に集中させる。
その気を詰所の床にたたきつけた!
「はあああぁぁ!!」
ドン!!!!
「何!?」
叩きつけられた気は周囲を大きく揺らした。
下手をすればその揺れで詰所が崩壊してしまうほどの破壊力だ。
直後、床から土煙が巻きあがった。
その土煙は凪の周囲を覆ってしまい視界がゼロになってしまう。
「チィ!何も見えん!」
「今だ!走れ!」
そのまま凪達は春蘭から逃げることに成功した。
「はぁはぁ…アカン、いきなり死ぬかと思った…」
「まさか春蘭様まで隊長のこと追い掛けてくるなんて…」
「こっこわかったの~!」
「生きた心地がしませんね…あれ…」
「まぁ…ここまでくれば…少しは安心やろ…。しかし隊長は平然としとるな…」
「わう?」
四人は裏路地に入っていた。
警備隊でも把握の難しい所に入っているため春蘭では追いつくことは出来ないだろうと踏んでいた。
が、追撃は緩まることを知らなかった。
「見つけましたよー!春蘭様ー!」
「って季衣!?」
そう、ここは裏路地でも料理屋や屋台の多い場所だった。
普段は時間帯で道が変化してしまうが季衣はその裏路地を知り尽くしている数少ない人物だった。その季衣にかかれば見つかるのは必定だった。
「まさか季衣が春蘭様となんて…」
「クッ…最悪の二人組か!」
「敵に回すとこの上なく厄介な人たちですね…」
「ってそんなことはどうでもいいから早く逃げるの~!」
四人はさっそく逃げようと動きだす。
しかし、
「そうはさせるかぁ!北郷を置いていけー!」
春蘭の猛追が始まった。
なんだかんだ言いながら春蘭はちび一刀と遊びたいようだ。
「ダメなの!このままじゃ…」
「沙和!それ以上いったらアカン!ウチらは隊長を守り通すんや!」
真桜は沙和を必死に励ます。
しかし、後ろから来る気配はその希望すら消してしまいかねない気迫。
鬼が迫っていた。
「…(ザッ)」
「凪ちゃん!?」
「凪!?何しとるんや!立ち止まるんやない!!」
真桜と沙和は立ち止まった凪に声をかける。
すると、凪は二人の方を向くとこう言った。
「…先に行ってくれ。私はここで二人を止める」
真桜と沙和、虎琥の三人は顔を驚かせる。
「何いっとんねん!相手は春蘭様やで!勝てるわけあらへん…!」
「だがここで止めなければ追いつかれてしまう…行ってくれ!」
「嫌なの~!!私達はいつも一緒なの!」
「だが…!」
真桜と沙和は凪を必死に止めようとする。
しかしこうしている間にも脅威は近付いてきていた。
「…行きましょう。お二人とも」
「「虎琥!?」」
二人を促したのは虎琥だった。
その表情には悲しみがみえる。
「凪様の決意…無駄にしてはいけません!」
「ありがとう…虎琥」
「凪ちゃん…」
「…凪、無茶せんといてや?…ウチらは四人一緒に隊長を自由にする権利を手にするんや!」
「ああ!わかっている!」
感動の場面のように見えるも、今回の目的はあくまでちび一刀を自由に出来る権利だ。
純な動機ではないだろう。
そんなこんなしているうちに凪は前方から巨大な圧迫感を感じた。
「…来た!行くんだ!」
「凪様!待ってください!」
「どうした…ンッ!?///」
「おまじないです…」
それは、ちび一刀からのキスだった。
ちび一刀を抱きかかえた虎琥が凪の顔に近付けていた。
「ワン!」
「…ありがとうございます、隊長///」
「行くで、虎琥!…凪、すまん!」
「ありがとうなの、凪ちゃん!」
「…(コク)」
三人が去るとすぐに季衣と春蘭が現れた。
凪は前もってためていた気を解放する。
「あら?凪ちゃんだ」
「凪!邪魔立ては容赦せんぞ!!」
「承知の上です…。今の私は強いですよ。…あなたをここで止めて見せる!」
「ふん!面白い…でえぇえやぁぁ!!!!」
その瞬間、凪の手鋼と春蘭の剣がぶつかり合った。
春蘭の剛剣を、凪は持ち前の体術で上手くかわしていく。
ここに、譲れない戦いが始まった。
「…ねぇ春蘭様~。何か目的変わってません?それにここ、一応街中ですよ~って聞いてないや…」
凪が春蘭を足止めしている中、真桜と沙和に虎琥は街の中を城に向かって走っていた。
「凪ちゃん大丈夫かな…」
「凪のことは心配すんなって!それよりもウチらはさっさと城に向かうで!」
「…!」
沙和と真桜が走る中、虎琥が突然立ち止まった。
その表情はひどく険しい。
「虎琥ちゃん、どうしたの~?」
「…何か、来ます!!」
虎琥は後ろを振り向いた。それに倣い、二人も後ろを向く。
向いた方向には何もいない。しかし、確かに近づいてくる。
神速と呼ぶべき速度で。
気付けばその姿はもう視界に入っていた。
騎馬を使わせれば魏軍に及ぶものの無い人物が。
「よっしゃあ!!!見つけたでぇ!一刀!!!」
「姐さん!!?」
「霞様~!?」
背後から馬にまたがり向かってくるその姿に二人は驚きを隠せない。
向かってくる霞はまだ人の少ない街を全速力で駆け抜ける。
「お二人とも!早く…!」
「遅い!」
「な!?」
少しの間、足を緩めた結果だった。
僅かの間に霞はちび一刀を抱きいていた虎琥のすぐ横を駆け抜けて行った。
神速を謳う張文遠の手綱さばき。
あっという間にちび一刀を虎琥から奪っていった。
「そ、そんなぁ…」
「ああ~ん…隊長が…!凪ちゃんの犠牲が無駄に…」
「私の…せい…!」
真桜と沙和が、がくりと膝をつき虎琥は顔を下に向ける。
ちなみに凪は死んではいない。
すると、虎琥は一人何か準備をし始めた。
まるで何か準備運動の様な動きをしていた。
「虎琥…なにやっとん?」
「…隊長を奪われたのは私の責任です。行ってきます」
「行ってきますって…。霞様もうだいぶ先に行っちゃったの~…」
「これをお見せするのは初めて…ですね。わが技の奥義、お見せします」
「「…?」」
すると、虎琥は体を深く前に落とした。
前に出した右足には凪ほどではないものの、気が高まっていく。
「前方、障害なし…では!!!!!」
ドンッ!!!!!
「へ…?」
「こッ虎琥ちゃん?どこに…?」
虎琥の姿はもうそこには無かった。
「へっへ~!もうウチの馬には追ってこれんやろ!」
霞はちび一刀を奪って気分がいいのか、馬を軽く走らせていた。
ちなみに、ちび一刀は馬に乗れて気分がいいのか、とても楽しそうにしている。
早い速度で過ぎて行く周囲の光景は今の一刀には興味をそそられるものらしい。
「なんや、一刀も楽しいか?ならお姉さんともっと楽しいことしよか?」
「わん!」
「ああぁもうめっちゃかわええわ~♪」
「なら、もう隊長は返していただけますか?」
霞がちび一刀に頬ずりをしようとした時、自分とちび一刀以外の声が聞こえた。
この場は馬上。その場から自分達以外の声は聞こえないはず、と霞は思う。
そして自分の左側を霞は見た。
そこに、
「この技は疲れるんです…ということで返してください」
先ほど、真桜達の所から消えた虎琥が居た。
「…ってなんで馬に乗っとるうちの横に!?」
虎琥は一歩一歩を強力な脚力と錬った気の力で踏み込み、走る速度を増していた。
その踏み込みのせいか、踏み込んだ足元の土は大きくめくれあがっていく。
巨大な足跡?をつけながら虎琥は脚力のみで馬に乗る霞の隣についた。
なお虎琥の戦闘は速度と手数を重視した戦闘スタイル。
魏の将の中でも虎琥の速度に追いつけるものは限られている。
その速度を全開に生かす戦法に出た。
「返してくれないなら…えぇい!」
「てぇ!?」
虎琥は腰に下げた細身の剣を霞に向かって振るう。
霞も負けじとちび一刀を自身の前に座らせると両手で偃月刀を振るう。
ガキン!!
「なんつー無茶苦茶な…虎琥、こないなもん隠してたんか…」
「あまり使う機会が無かったんで…しかし、今は全力で行きます!」
「あははッ!いいやんけ…。そない言うならかかってこいやぁ!!」
こうして、ちび一刀をかけた馬上の霞とその馬に追いつく虎琥の戦いが始まった。
虎琥は馬上から振り下ろされる偃月刀を手にする剣でいなし、霞は馬上の優位を全開に使って偃月刀を振りおろしてくる。
速度が増すたびに二人の争いは激しくなっていった。
そんな頃、ちび一刀は。
「わうわう!♪」
馬上でのんきに周りの風景を楽しんでいた。
その頃、争う虎琥と霞の姿を眺める姿があった。
城門前に陣取りその手には弓を握っている。門の上には遠くを眺めるようにして大きな円板型の武器を持った少女がいる。
「秋蘭様!霞様と虎琥さんの姿が見えました!兄様も一緒です!」
「そうか…。やはりここで待っていたのが正解だったな」
「はい!」
流琉と秋蘭だ。
二人は霞がちび一刀を追いかけた後、城の門の前で待ち構える策に出た。
目の前ではちび一刀を確保していた霞とそれを追う虎琥が迫って来ていた。
状況は馬上の霞が優勢なのか、虎琥は苦い顔をしながら武器を振っている。
しかし、当の二人は前方に立つ秋蘭の存在には気づいていない。
互いの争いに夢中のようだ。
そして秋蘭は霞と対峙していた時と違い、その手には愛用の弓を手にしていた。
「そろそろか…」
霞と虎琥が秋蘭の射程内に入る。
秋蘭にとって虎琥の存在は策の範疇にはなかったが関係はない。
ただ、ここでちび一刀を手に入れるだけだ。
秋蘭は手にし、弓に矢を番える。その狙いをこちらに向かって走る虎琥と霞に向ける。
「さて、先ずはその素早い動き…止めてもらおうか!」
秋蘭の狂い無い二本の矢が二人を捕らえる。
ヒュン!ヒュン!
「ってうわ!!?(ガキン!)チッ…誰や!!」
「ってえぇ!?(キン!)なっなんですか!?」
二人は飛来した矢をはじいたため動きを止める。
そのまま二人は矢の飛んできた方を見る。
その方には城門前で矢を番えたまま立つ秋蘭の姿があった。
「秋蘭!?」
「秋蘭様!?」
「わう?」
秋蘭は矢を再び放てるように警戒しながら二人の前に立つ。
距離があるせいか、霞や虎琥の機動力を持ってしても秋蘭の方が早く攻撃できるこの状況に二人くぎつけにされてしまい一歩も動けなくなってしまう。
「さて…動けば射る。この距離だ、はずすつもりはないぞ」
「ちッ!この距離は…!」
「これが秋蘭様の…」
霞は先ほどの状況とは違い秋蘭が有利なこの状況のため動けない。
虎琥は出方のわからない秋蘭の弓に動けずにいた。
「霞、先ほどは油断したがこの距離だ。私に優位なのはお前がよく知っているはずだ…。流琉!」
「はい!」
「北郷を保護してくれ。霞、馬から降りてくれ。それと虎琥、動かぬようにな」
秋蘭が流琉に指示を出す。その間も秋蘭の矢は油断なく霞と虎琥を捕らえている。
流琉は城門の屋根から飛び下りると指示通り、霞の馬の上でのんきに寝そべっているちび一刀に近付いた。
「くっそ~!もうちょいやったのに~!!」
「うう…残念です…」
霞と虎琥は流琉の手に渡るちび一刀を見て残念そうにつぶやく。
秋蘭はそんな二人を見て笑みを浮かべながら少しずつ後ろへ下がる。
「さて、では私達は城の中へと「待ったぁああ!!!」…何!?」
「この声は…!」
そこに乱入者が現れた。
乱入者は町にある建物の屋根を伝って城門前、秋蘭達の後ろに飛び降りてきた。
秋蘭と流琉は土煙の舞う中で乱入者を見た。
「…姉者!!?」
「春蘭様!!?」
乱入者は春蘭だった。
「逃がさんぞ!さぁ、北郷を渡せぇ!!」
春蘭は手にした七星我狼を秋蘭に向ける。
そして、春蘭から向かって右側から別の声が大きな音とともに秋蘭達に聞こえる。
ドン!
「そーだよ!兄ちゃんはおとなしく渡してもらうよッ!」
その手に巨大な鉄球を手にした季衣が道を塞ぐ。
「くっ!季衣まで…好機を失ったか…!」
さらには春蘭達の正面、霞達の方から声がする。
「虎琥~!無事か~!?ってなんやこれ!」
「虎琥ちゃん~!ってみんなそろちゃってるの~!」
真桜と沙和も遅れながら到着した。
「お二人とも!…凪様は!?」
「ああ~、凪ならあっちや」
「へッ?」
真桜の指さす方向に目をむけるとそこには凪が立っていた。
春蘭からして左側の建物の屋根の上だ。
その姿は先ほど春蘭を足止めしたせいか、ところどころに怪我が目立つ。
凪は屋根から飛び下りると構えを取る。
「…隊長を渡してもらいます」
「凪!キサマまだ動けたか!」
静かに言葉を選ぶも、その体にはいつでも戦えるよう気が満ちている。
とうとう、この場に魏の武将がちび一刀を得るために集まって来てしまった。
「なんやなんや~…、結局はこうなるんかい!おもろいやないか…。なら…この場で最後まで立っていたやつが勝ちや!」
「いい度胸だな、霞。だが…私の剣が止められるかぁ!!」
「流琉!手加減は無しだよ!」
「兄様はこっちへ、危ないですからね…。いくよ、季衣!!」
「なんや、えらい混沌としとるような…でも構わんわ!凪!春蘭様は頼んだで!こっちはウチと沙和で霞姐さんを抑える!虎琥は秋蘭様や!」
「任せろ!…春蘭様、先ほどのようにはいきません!」
「ふん、何度やっても同じだ!」
「さーいえっさーなの!!」
「なんや、沙和と真桜でウチを止めるんか?…なら最初っから全力で来いやぁ!!」
「わかりました…!行きます、秋蘭様!」
「私の相手は虎琥か…。面白い、この距離で弓が不利だと思うな!!」
一同勢ぞろいした魏の武将達。
ここに、ちび一刀をめぐっての死闘が始まる。
その頃、ちび一刀は…
「わん!」
すでに城の中にいた。
さすがにあれだけの面子がドンパチやっているのだ。
やかましいことこの上ないのは当たり前、もっと静かな所に行こうとしていた。
案の定、外。主に城門前、と比べると中はとても静かだった。
ちなみに外にいる面子はちび一刀が居ないことに気づいていない。
城の中をちび一刀が歩いていると、自分とよく似た頭をしている人物を見つけた。
ちび一刀はその人物に向かって走っていく。
「わう!」
「きゃああ!?ってあんたこんなところで何してるのよ!!」
猫耳頭巾をかぶった桂花だ。
ちび一刀の目にはその頭にあるものは自分のものと一緒ぐらいにしか見えていない。
ちび一刀は桂花に遊んでほしいのか、服の裾に体をすりよせている。
「私は忙しいの!あんたにかまってる暇なんて無いんだから!!ほらあっちいってなさい!」
「わう…?」
桂花はいつも通り一刀をあしらうように言い放つ。
桂花に拒絶されたことを理解したのか、ちび一刀はシュンと頭をうなだれさせる。
「ほら、さっさと行きなさい!」
「…」
「…」
「…くぅ~ん…」
ちび一刀は上目遣いで桂花を見始めた。
若干瞳が潤んでいるようにも見える。
「ううぅ~…そんな目で見ないでよ…///」
「わう…」
桂花は僅かながらも頬を赤らめる。
ちび一刀はそれでもじっと桂花を見つめる。
「うぅ…。…はぁ、わかったわよ、ちょっとぐらいかまってやるわよ…」
桂花はちび一刀の前に腰を落とすと頭を撫でる。
さすがの桂花も小さな子供を邪険に扱うことは出来なかったようだ。
ちび一刀は桂花になでられるとくすぐったそうにする。
「ホントに犬なのね…全くってきゃあ!!///」
「ぺろぺろ…」
「あんた、どこ舐めてるのよ!ってあんッ///」
ちび一刀は桂花の手を舐めだしていた。
桂花は思わず気持ちよさそうな声をあげる。
「…って調子に乗らないの!!やめなさいっての、このバカ犬!!」
「わう…?」
桂花が声を荒く、そう言うとちび一刀はおとなしくなった。
しかし、また怒られてしまったと思ったのか、ちび一刀は再びシュンとなってしまう。
そんなちび一刀を見て桂花はため息をつきながら頭を撫でる。
「悪かったわよ、もう…。普段のあんたなら、こんなことしないんだから…」
「わん!」
「全く…。何で私が…///」
桂花はそう文句を言いつつも、ちび一刀の頭を撫でた。
普段こんな風に子供を撫でたりしないせいか、その頬はうっすらと赤くなっている。
当のちび一刀は黙って頭を撫でられている。その表情は気持ちよさそうだ。
「わふ…♪」
「ったく…」
その時、桂花の横顔は普段一刀に見せることの無い横顔だった。
が、しかし。
そんな穏やかな空気を壊す大声が響く。
「ああー!?桂花様が兄ちゃんと一緒にいるー!」
「「「「「「なにー!!!!!!!!!!?」」」」」」
「季衣!?ってあんた達まで!?どこからわいてきたのよ!?」
「ううぅー…!」
どうやら、外で争っていた面々が戦っているうちに城門の中に入って来ていたようだ。
いいとこ取り(?)をしてしまった桂花に対し全員が怒気を隠さない。
その面々の怒気にちび一刀もおびえたように唸る。
そうこうしているうちに桂花にじりじりと少しずつ、春蘭達が近づいてくる。
「桂花ぁ!ウチらが争っとるうちに隠れて一刀といちゃいちゃしとって…いい度胸やなぁ!」
「おとなしく北郷を渡せぇ!!」
「桂花…動くなよ。狙いが外れる…」
「霞に春蘭!?秋蘭まで!?ちょッちょっと待ちなさいよ!!ってあーーー!!!?」
桂花が春蘭達に酷い目にあわされている頃、ちび一刀はいち早くその場から離れていた。
あんな集団で怒気を発しながら突撃してきたら誰だって逃げるだろう。
おそらく、熊でも虎でも。
結局ちび一刀は動物らしく身の危険を察知し、城の中深くに逃げていた。
「わう…」
ちび一刀は立ち止まるとため息をつくかのように鳴いた
途中までは楽しかったが全員揃ったところで誰もかまってくれないし、遊んでたら邪魔されたし…と言ったところだろう。
そろそろ眠い、というようにあくびを一つ。
「ふぁ…うー…」
だがちゃんとしたとこに隠れないとゆっくり寝ることも出来ない。
あの様子だと簡単に見つかってしまう。
どこかゆっくりできるところを見つけなければ…と考えているのか、ちび一刀はしきりにあたりを見回している。
すると、ちび一刀にある部屋が目に入った。
そこはおそらくこの城の中で最も静かな空間だった。
そして、そこでは一人の少女が本を手に読書をしていた。
「…わう!」
ちび一刀は一声鳴くとそこに向かって走って行った。
「…」
ペラ…
華琳は仕事の合間に一人自室で本を読んでいた。
そばにはいくつか本が積まれている。
内容は孫子から韓非子まで様々だ。
「ふう…。誰も来ないわね…」
華琳は一言ため息をつくとつぶやくように言った。
今回ちび一刀を確保、連れてくれば一日自由にする権利を皆には与えていた。
桂花はいざ知らず、ほかの武官の面々は躍起になるだろうとは睨んでいた。
しかし、未だに誰も来ない。そんなに手こずっているのだろうか、と華琳は思う。
「まぁ…子供とはいえ、犬と変わらないんだから…」
前回の春蘭や凪達がああなった時のことを考える。
あの時ですら部屋一つが全壊、庭は荒れるなどなど。
あの後、しっかりと凪と春蘭それに一刀の給料から修理代を差し引いておいたが。
今回は子犬の一刀だからそんなことにはならないだろう、と華琳は考える。
ふと外を見る。
静かな部屋に風が吹き込んでくる。
「ふう…ホントに誰も来ないわね…。ちょっと暇ね」
と、華琳がつぶやくと、
「わん!」
と鳴り響く犬の声。
いや、違う。と華琳は考える。
この声はよく知っている人間の声だ。しかも男の声。
そうなるとこの場で犬の様な声を出す男と言えば…、
「一刀…。ここまで一人で来たの?」
「わん♪」
入口の隅からちび一刀が頭だけ出してきた。
そのまま辺りを警戒するように鼻を鳴らし、耳を立てている。
そして誰もいないことを確認したちび一刀は顔を華琳に向けた。
上目遣いで、
「…(じーッ)」
「…どっ、どうしたのよ?そんなに見つめて///」
上目使いのちび一刀に華琳はほんのりと頬を染めた。
華琳はちび一刀に聞くも返事が返ってくることもなくじっと見つめてくる。
そんなちび一刀の視線に何か気付いたように華琳はため息をひとつついた。
「ほら、そんなところにいないで中にいらっしゃい。」
「わん!」
華琳はちび一刀の前に腰をおろし、頭を優しく撫でた。
その声はいつもより柔らかく優しい。
その声を聞いたちび一刀は、嬉しそうな表情を浮かべ華琳にすり寄ってくる。
華琳はわからないだろうが、その甘え方は今までの誰よりもずっと強かった。
「ふふッ…こんなに甘えて…。本当にあなたは一刀なのね」
じゃれるちび一刀を華琳は優しくあやす。
すると、ちび一刀はだんだん眠くなって来たのか、顔を洗う仕草をしながら華琳にすり寄っていく。
「一刀?…眠いのね。なら…、よいしょっと」
華琳は眠そうにする一刀を抱き上げると椅子に座った。
「ほら、ゆっくり眠りなさい。…風が気持ちいでしょ?」
「わふ…すー…」
「ふふ…(チュッ)。おやすみなさい、ちっちゃい一刀…」
華琳は瞳をつぶろうとする一刀の額に唇を落とす。
そのままちび一刀は華琳の腕の中で眠りに着いた。
その寝顔は母親の腕に抱かれて眠る子供そのものだった。
そして、華琳の表情も…
「可愛い寝顔ね…。私も…、子供が出来たら…」
華琳はそうつぶやくと、ちび一刀の体温の心地よさに浸りながら目をつむった。
「皆さん!静かに…!」
「流琉の言うとおりだ。しかし、どこにもいないと思ったら華琳様の所にか…」
華琳の自室から少し離れた位置。
そこに魏の将の面々が集まっていた。
ちなみに稟、風以外は全員ボロボロになっており顔に青あざ、擦り傷、服は破れるが当たり前となっている。
面々は小声で華琳達の様子を遠くで見守っていた。
「秋蘭様。と言うことは…」
「まぁ、だろうな…今日は華琳様の所に人はやらぬようにしよう」
「ふん。仕方ないわね…」
そう言う秋蘭に桂花が答える。
その姿は酷くボロボロになっている。おそらくさっき春蘭達に襲われたせいだろう。
「おや、北郷が一緒に寝ているというのに…いいのか桂花?」
「しょうがないでしょ…!あんな表情されたら…///」
「ふふッ、そうだな」
秋蘭は華琳と一刀の方を見ると微笑んで答えた。
その隣では…
「ちぇーッ…せっかくちっちゃい一刀を堪能できるかと思たのに…」
「まぁまぁ…霞ちゃんいいじゃないですか~。その代わり元に戻ったお兄さんで遊べばいいのですよ」
「華琳様…///」
霞に風、稟の三人だ。
霞はちび一刀自由権を手に入れられなかったことを残念そうにしている
風は残念がる霞にフォローを入れている。
稟は華琳とちび一刀の寝顔を見て顔を赤くしていた。。
「なんや~風は悔しくないんか?」
「風と稟ちゃんはしっかり堪能したので~。ね、稟ちゃん?」
「そっそんなことは…ブー!!」
「もう稟ちゃんてば~、お兄さんとチュー出来たのがそんなに嬉しいですか?風は羨ましいです」
「ふがふが…」
「稟、ええーなー…。ウチはゆっくりできんかったし…」
キスしたことを思い出したせいか、稟はいつも通りに鼻血をふき、風と霞は羨ましそうに稟を眺めた。
さらにその一団の最前列には、
「…///」
「…///」
「春蘭様?凪?…どーしたんや?」
凪と春蘭が眠る華琳とちび一刀を凝視していた。その表情には嫉妬と羨望、さらには抑えきれない感情があふれている。
「きっと隊長と華琳様の寝顔にみとれちゃってるの~」
「まぁあんな感じで寝とられたら~そらぁなあ…///」
「ですね…///」
「だよねー。兄ちゃんは可愛いし、華琳様まるでお母さんみたいだし!」
「ほんとそうなの~///」
その二人を楽しそうに眺めるのは真桜、沙和、季衣に虎琥の四人。
「あっそうだ…!」
突然、虎琥が小さく声をあげた。
「真桜様…ちょっとお願いが…」
「虎琥?小声でどないしたん?」
「かめら?でしたっけ?あれで…撮ってみたらどうですか?///」
それから二日後、一刀は何とか元の姿に戻ることができた。
「…(じーッ)」
「どうしたんだ、春蘭?何か俺に用か?」
戻ってからずっと魏の将の面々は、一刀に対して似たような視線を向けることが多かった。
どれもがとても残念そうな、もったいない、といった視線だ。
一刀を見るたびにため息までつくものも現れた。
特に凪、霞、春蘭、秋蘭は強い視線を向けてくる。
「なぁ…華琳。俺、何かしたか?」
「さぁ?覚えがないのなら気にしても仕方がないのでは?」
「う~ん…そうかなぁ…」
ちなみに一刀は今回のことを覚えていなかった。
軍師の面々と華琳の見解では一刀が御使いと言う異質なとこが関係しているのではという見解だ。
さらに、門の前で争った面々はそろって減給が言い渡された。
理由は器物損壊等々。
被害は門の破壊、城に続く階段の破壊、近くの家々の全壊から半壊、あたりの道は穴だらけに周囲の刀傷と辺りに刺さった矢など様々だった。
この事が華琳に知れた時、華琳は武官を全員集め怖い笑みを浮かべながらの長時間説教となった。
「なぁ、北郷…」
「何だ、春蘭?」
春蘭が一刀を呼んだ。
「子供になれ!///」
「…はい?」
「いいから子供になって私にナデナデさせろ!///」
「いや、意味がわからんし…。子供なら街にも…」
「つべこべ言うな!ナデナデさせろ!///」
「いや…だから、って華琳も何か言ってくれ!」
春蘭は突然わけのわからないことを言いだした。
わからないのは一刀だけだが…
一刀は突然のことに華琳に助け船を出す。
すると華琳は楽しそうに笑いながら、
「春蘭、いい方法があるわよ」
「何ですか!華琳様!?」
「子供を作ればいいのよ」
「って華琳!?」
さらに突拍子もない発言に一刀は華琳につっこみを入れる。
「よし!北郷、子供を作るぞ!」
「って春蘭さん?意味わかってんですか!?」
「意味?何だそれは?」
「ダメだ…!わかっちゃいない!!」
事の真意をまるっきり理解していない春蘭は勢いで行動し始める。
ただ本人は何をすればいいかわかってないようにも見える。
そうこうしていると、
「姉者!その話、聞き捨てならんな!」
「抜け駆けは許さんで!!」
「春蘭様…それだけは…!」
「って秋蘭、霞、凪!?どこから!?」
秋蘭達が乱入してきた。
皆手には武器を持っており、さっそく臨戦態勢に入った。
「何だ!邪魔をするというなら!!」
「って春蘭!!?」
結局、四人は庭に飛び出すと争いを始めた。
「ふふッ。元気な子達ね」
「こうなったのは華琳のせいだろう」
「あら、本当に私のせいだと思う?」
「…?」
「わからなければいいのよ…。全く…」
「ホントにわからん…」
華琳はやれやれといったふうに肩をすくめた。
対して、一刀は首をかしげるだけだった。
とある日の城の一室…
(こそこそ)
人目につきにくい、この部屋の前に稟と桂花が出来るだけ気配を消しながら訪れていた。
何かやましいことがあるのか、部屋の前に立つと周囲を見回し人がいないことを確認する。
「…(スッ)」
部屋の前に立つと戸をリズミカルに叩く。
すると部屋から返事が返ってきた。
「…犬」
声の主は真桜だった。
小さな声で何故か「犬」という言葉を掛けてきた。
「…猫」
桂花が意味のわからない「犬」と言う問いかけに返事を返す。
すると真桜が戸を静かに開けた。
どうやら合言葉のようだ。
「桂花様に稟様か。…誰にも見られとらんようやな」
「大丈夫よ」
「対策は万全です」
真桜は二人以外に周囲に人がいないことを確認すると二人を部屋に招き入れた。
部屋の中は喚起がされてはいるもののほとんど真っ暗。
ろうそくだけが光をともしてある。
桂花と稟は部屋の中に入ると暗がりに浮かぶ別の人物の姿を確認した。
「おお!桂花に稟ではないか!」
「なにしに来たんや?」
「ここに来るとなると…一つだろう?」
「そうですね…」
四人は桂花と稟の視線に気付いたのか二人の方を見る。
「春蘭に秋蘭じゃない」
「霞殿に凪殿まで…」
桂花は若干嫌そうな顔をし、稟は苦笑いを浮かべる。
と、その二人の後ろで真桜が声をかけた。
「まぁ考えることは一緒やな…」
考えることが一緒。
そう。ここに集まっている面々、皆同じ思いでこの場に来ていた。
「それでは真桜。話はわかっているな?」
秋蘭が真桜を見つめてくる。
「ふっふっふ…わかってますってば~。じゃあ行きましょか~」
そう言って真桜は自身の背後から十枚ほどの紙の様なものを取りだした。
しかし、それはただの紙ではなかった。
少なくともここに集まった面々にはただの紙ではない。
そこにはあの日の光景が映っていた。
犬耳をつけた小さな一刀と椅子に座り、それを抱きかかえる母の面影を見せる華琳の姿が。
「「「「「はぁ~///」」」」」
真桜以外の全員がそろって幸せそうなため息を流した。
皆がふやけた顔を赤らめ、稟に至っては若干鼻血が出ている。
そう。この写真はあの時に撮影されたものを真桜が現像していたのだ。
「かわいいなぁ~///」
「ああ。ホントだな、姉者///」
「ああーもう一刀かわええわぁ。ああぁん~抱っこしたい~///」
「…(じー)」
「ああ…華琳様の美しい寝顔…!///」
「かっ華琳様が…一刀殿と…///」
春蘭は写真を見るとあっという間に顔を崩し、秋蘭は写真と春蘭の表情を交互に眺めている。霞は写真を見ると少し悔しそうな表情を浮かべるも、すぐに笑顔になる。
凪はじっと写真を見つめたまま微動だにしない。若干息が荒いが。
桂花は華琳の幸せそうな寝顔にうっとりし稟はさっそく妄想が飛躍してきたのか、片方から垂れていた鼻血が両方になっている。
「ええやろ~♪って稟様、鼻血掛けんといてな。汚れるから」
「ああ、すみませんッ」
真桜につっこまれ稟は手拭いで鼻を押さえた。(すぐに真っ赤になってしまったが)
「では…。ここに集まっとる方々はこの写真がほしいために来とるはずや…。だけどタダッちゅーわけにはいかん!ウチかてこの写真作るのに結構金も時間もかけとるんや!それ相応の代価はいただくで…!」
つまり売りさばく気でいるのだ。
しかもその写真は仮にも上司二人の写真。(一人は犬耳をつけ小さくなっているが)
「たぶん華琳様に見つかればえらい面倒なことになる。隊長に見つかれば間違いなく華琳様のとこに連絡が行く!だから秘密裏に連絡してこの機会を得とるんや。…この宝、無駄にはしたくないやろ!せやろ!?」
当然だろう。間違いなく華琳にとっては恥ずかしい写真に違いない。
「「「おう!」」」
真桜の問いかけに集まった面々が声を一つにする。
今の面々は固いきずなで結ばれようとしている。
目の前の宝のために。
「それでこそ魏の将や!やったら…この値段でどうや!」
「「「「買った!!!!!」」」」
即決だった。ちなみに、値段は安くは無いとだけ言っておこう。
「あッ。ちなみに焼き増しも受け付けとるで」
「五枚くれ!」
「六枚頼む」
「八枚や!!」
「じゅっ十枚…」
「「二十枚!!!」」
「何ぃ!?ならば私は二十五枚だ!!」
「いい度胸じゃない!あんたなんかに負けないわよ!三十枚」
「三十一枚!」
何故か競りのように増えていっている。
というかそんなに持っててどうするんだと尋ねたくなるとこだ。
と、そんな風に次第に枚数が増える中、真桜は妖しい笑みを浮かべる。
「ふっふっふ~。追加料金は後でいただくで~♪」
後日。
同時刻…
「ねぇ、風?」
「おや?何ですか華琳様~?」
「最近、稟と桂花に春蘭がみずぼらしい格好になってるような気がするのだけれど…」
「さぁ何でしょう~?風にはわかりません~」
「…あなた、何か知ってるでしょ?」
「ぐ~…」
「寝るな!!」
どうやら買い占めた結果、散財してしまったようだ…。
ちなみに秋蘭、霞、凪は限度は守ったらしい。
「なんか最近真桜って羽振りいいな…」
警邏の休憩中、一刀はボソっとそんなことをつぶやく。
「気のせいやって隊長~気にしたらアカン!」
「そっそうですよ!真桜はしばらく倹約していたんです!」
「そっそうなの~アハハハッ」
「そうかぁ…?それに最近侍女の人たちにも見られてる気が…」
「…真桜?」
「…真桜ちゃん?」
「…何や二人とも~、可愛いお顔が怖いで~…ハイ、スミマセン」
どうやら侍女にも売りさばいているらしい。
そんなこと華琳と一刀が知る由もなかった。
一刀編後編完成です。中編を作っている最中、どこで話を分けるか悩みましてある程度作ったうえで中編を更新させてもらいました。
さて、今回はちび一刀君をめぐる争いがクライマックスでした。
面々の戦闘シーンをもう少し細かくしたかったですが、そんなすると話が延々となりそうで…申し訳ありませんがカットさせていただきました。
電○文庫のと○るとかホラ○ゾンのように書いてみたいですが無理です。話が終わりません。
ということであくまで視点はちび一刀中心でいきました。
結果ですが…華琳様の大勝利でした。
前回のコメントに桂花は?とか華琳が…というコメントをいただきましたがこんな風にさせていただきました。桂花はちび一刀に対してそんな気はないつもりですが実際は可愛がっていたりとツン度が低めになってます。かといってデレてる感じもしない、って感じでしょうか。
華琳は最初からこういう風に持っていくつもりにしていました。子を持つことを考える華琳というのにしてみました。まぁ華琳の一人勝ちです。
ということで獣耳シリーズ一刀編終了です。
今度からは萌将伝の方をベースにした話も書いていきます。
では誤字等ありましたらどうぞ!
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完成しました!がえらく長くなった気がします。
これで一刀編終了です。読んでいただけると嬉しいです。
※10/2リクにより後日談をのせました。