No.164731

真恋姫†無双 魏書 想いは時を超え空を超えて

米野陸広さん

恋姫夏祭り参加作品。第二弾。
第一弾はこちらですよ。http://www.tinami.com/view/162158

さて今回は、暗いよ。

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2010-08-10 12:54:58 投稿 / 全12ページ    総閲覧数:5642   閲覧ユーザー数:4650

……か、……ん、かり……ん。

 

「ん、ん」

 

それは懐かしい声。

もう二度と聞けない声。

私が手に入れ損ねたたった一つの声。

 

しかしその声はどこか悲しそうで、

 

私は気付くと目を覚ましていた。

 

その目覚めはどこか穏やかだった。ただ、自らの頬を一滴、涙が伝わっていたこと以外には。

 

見知った天井。よく知る温もり。ただ華琳が思うに、自らの人生の中で涙とともに迎えた朝は初めてのことだった。

「華琳様、夢見が悪かったのですか?」

「いいえ、秋蘭。なんでもないわ、ただね、昔のことを想い出していただけよ」

「昔、ですか……」

「ええ、もうかなり昔のような気がするわ」

天井を見ている一糸纏わぬ華琳を、同じく生まれたままの姿の秋蘭が眺めていた。華琳の言葉に秋蘭は何も言わずにただ同調する。二人の心にはそれぞれの大きさで穴が開いている。いや、二人だけではない、魏の将全員に言えることであった。

「あいつのことですか?」

「ええ、あいつのことよ」

禁忌となっている名前。魏国内ではその名も真名も付けることを厳禁としている。

北という姓も郷という名も改名させ、北郷姓を名乗ることも禁止した。決して私情から来た政策ではなかった。それほどまでに北郷一刀の政治的影響力は計り知れなかったのである。

朝陽がまだ淡く窓から降り注いでいる。朝議までには時間があるが、覇王である華琳にとってその時間を怠惰にすごすことなどありえなかった。ましてや、いなくなったもののために時間を割くことなど、しては、ならない。

「さて、いい加減想い出にふけるのもやめにしましょう」

「着替えますか?」

「ええ、髪お願いね、秋蘭」

「はい、仰せのままに」

北郷一刀が天の国に帰ってから三年以上の月日が過ぎていた。一刀の成し遂げた三国同盟は確実にこの世界に長期的な平和をもたらそうとしている。問題はもちろん絶えない。しかし、その悩みは人を生かすための悩みである。戦乱の世を生き抜いて来た彼女たちにとって、これ以上幸福なことはないはずだった。

……しかしただ、皆思うのだ。

せっかくの平和だというのにどこか心が晴れない。その理由もわかっている。皆が思うことはただ一つ。

 

なぜ、あいつがいないのだ。

 

魏の時計はまだ動き始めてすらいないのかもしれない。

しかし一日は必ず過ぎていく。そしてまた朝を迎えるのだ。

 

……りん、か、りん。

昨日聞こえた声。だが昨日よりもその声ははっきりと華琳の耳に届いた。

「華琳、もうすぐ会えるね」

「一刀? 一刀なの?」

華琳は自らの耳を疑った。しかしおかしな感覚にとらわれる。自分がいない。意識はあるのに、『その声』も聞こえるのに、『私

 

』というものが見当たらなかった。だが、『ある』ことは間違いない。

全てを覆いつくす闇。その中にあって、華琳は彼の存在をいち早く察知しようとする。しかし、声が聞こえるだけだった。

「もうすぐ、もうすぐだよ、華琳……」

華琳は気付く、ああ、そうか。これは夢なのだ、と。でなければ、三年前の彼の声が聞こえるはずもなかった。それに気付けば、

 

後は早かった。華琳の周りの闇は払われ、一刀の姿はどこにも見当たらなかった。ただ、そこには自分が一人いつも通り立ってい

 

た。

「……男一人に、情けないわよ。曹孟徳」

自嘲しながら、瞼を閉じる。彼のすべてをまだ覚えていた。三年前の彼のすべてを、だ。

そこで目が覚めた。お世辞にもよい夢とは言えない。隣ではまだ桂花が寝ていた。朝陽がようやく差し込もうとしている。

また一日が始まる。

今日も彼は隣にいない。

今日は涙を流さなかった。それは恋する女の精一杯の意地だった。

 

華琳の様子がおかしいことは、魏の将全員に伝わっていた。側近である春蘭はもちろんのこと、三羽烏や数え役萬☆妹達の面々にまでそれは伝わっていた。さすがに他国にぼろはでいていないようだったが、いや、その表現は正確ではない。魏の将しか気がつけないのである。

一刀のいたときの華琳と、いなくなった後の華琳の微小な変化を感じ取れるものは魏の将にしかいないのである。他の国の将は主にいなくなった後の華琳しか知らないのだから。

だが、誰もそのことについて何かを述べることはしなかった。何故なら、たとえおかしかったとしても、それは華琳という一人の女性に対する評価だからだ。覇王であり、そして魏の王でもある曹孟徳への評価ではない。曹孟徳が壊れない限り、魏国は回る。

 

そして華琳という女性は少しずつ孤独になる。

自分を一人の女の子として見つめてくれる存在がいないために。

華琳自身がそのことに気付いたのは、ここ最近のことだった。そしてそれはどうにもならないことでもあった。一刀の代わりなど見つけられるはずもないのだから。

 

「やっと会えるよ、明日だ」

しっかりとした意識の中で声が聞こえた。華琳は夢であるとわかりながらもその声に耳を澄ました。

「これだけ呼びかけて、やっと会えるんだね」

「一刀、あなただいぶ声がやつれているわよ」

「ははは、相変わらず厳しいなぁ」

無邪気に笑う彼はそのままだった。あの頃のままの彼だった。

「……明日、会えるの?」

「ああ、きっと会えるさ」

その存在感は何一つ変わることがないのだ。だから、華琳は聞いてしまった?

 

「なんで、いなくなったの?」

 

応えの代わりに彼の笑みが見えた気がした。次の瞬間、華琳の問いをかき消すように、彼の存在は消えてなくなっていた。

しかし、なぜかそれが華琳にとっては不思議と満足だった。

目が覚めた。だが、昨日とも、おとといとも違う、ましてやそれ以前よりもよい目覚めだった。

陽はまだ昇っていない。

「華琳様?」

不思議そうに眼を開く春蘭がそこにいた。

「おはよう春蘭」

「よい、夢でも?」

口内が乾いているのか、少し言葉が途切れ途切れになる。

「そうね、とてもよい夢だったわ。でも、夢は夢。現実ではない」

「はっ」

春蘭はただ頷いた。そのようにして欲しいと彼女が感じたからだ。

「少し汗をかいたわね」

「この季節ですから」

「そうね、贅沢かもしれないけど……朝から湯浴みといきましょう」

「は、はい!?」

驚く春蘭を尻目に華琳はさっさと着替え、浴場へと向かう。

「何しているの、置いていくわよ春蘭」

「まままま、まってください、華琳さまぁぁ」

その日、一刀が消えてから初めて、朝議の時間が遅れた。

 

誰もが今日の華琳を不思議に見ていた。それはそうであろう。どこかいつもと調子が違う。いやむしろ調子が戻ったというべきか

 

。一刀のいる頃の華琳のようだった。

それに感化されてか、珍しく城内はいつもと違う賑やかさだった。まるで一刀がいた頃のように。

春蘭と桂花が喧嘩をし、秋蘭と流琉の料理を季衣が食べ、鼻血を出す稟と話の途中で寝てしまう風の漫才があり、凪は沙和と真桜

 

のサボりをとっちめ、天和、地和、人和は大陸で歌を響かせていた。

しかしそれも長くは続かなかった。そう、段々と皆気付くのだ。

一刀がいないことに。

春蘭と桂花の矛先がやがて向かう所が己同士となり、秋蘭と流琉の作る料理は、誰も止めることなく季衣のお腹に消えていく。り

 

んと風の会話はループををし続け、天和、地和、人和は歌い終わった後に出迎えてくれる人を誰かと勘違いしていたことに気付く

 

だが、それでも華琳だけ様子が変わらないことに皆が不思議に思ってならなかった?

あまりの不自然さに興味を抱いたか、風は声をかけた。

 

「華琳様は、あの方に会ったのですか~?」

と。それはとっぴもない問いであったが、華琳の答えもまたとっぴであった。

「いいえ、風、これから会いに行くのよ」

 

そうですか、と言い残し風は華琳の傍を離れた。風の目に華琳はどう映っただろうか? 狂者か、はたまた恋に盲目な一人の女の

 

子か。

夜の帳が落ちる。空には月が昇った。風はいつものように天へと昇った一刀を思い出すように城壁に上った。

「漢の国土には二つの広大な河が流れています。しかし、空にはそれよりも更に長い河が流れていますねぇ」

誰ともなしにつぶやいた言葉は光害に脅かされることなどない夜空へと向けられた。天の川である。

「でも、あの方と華琳様との間には、もっと大きな河が流れているのだと、風は思うのですよ」

私ではないのも残念ですが、と付け加え今日も風は空を見上げる。

 

「ああ、やっと会える」

彼の声はもううわ言のようだった。

ただただ、一人の名前を呼んでいた。おそらく最愛の人の名を。

「なぁ、華琳。やっと君の傍にいける」

その台詞を何度つぶやいたことだろう。

一人の男は、最後の命の灯火を燃やそうとしていた。

「かずピー……」

その灯火を、最高の友人が見守っていた。

 

華琳は今日誰も閨に呼ぶことはしなかった。今日は一人の女の子でいたかったからだ。

「ほんと、たった一人の男に振り回されるなんて……」

思わずにやけてしまうのはこらえきれない。思い立ったが吉日、華琳は早々に布団へともぐりこんだ。

疲れは日々の仕事が運んできてくれる。眠りはそれに伴って、だ。ましてや、戦時中にいつでも眠れる身体を作るのは基本でもあるのだ。そんな時代に生きる華琳にとって、ここで寝てしまうことはたいしたことではなかった。

今日ついに二人の間に橋がかかる。

その橋は、永遠に語り継がれる伝説となるのだった。

「一刀?」

ふと、意識を起こすと華琳はまたあの夢の中にいた。だが、いつもと異なりそこには一つ橋があった。

「これを渡ればいいのかしら?」

思案に暮れていると、橋の向こうから聞きなれた声がした。

「かりーん!」

「一刀?」

思わず、確認するように声をあげる。視線を先へ向ける。そこには一人の男がいた。

忘れもしない、白のきらきらと光る服。中の上くらいの顔立ち。少しばかり頼りない身体つき。それでも、辛いときに必ず傍にいてくれたあの温もり。

間違いなく一刀だった。

二人は思わず駆け寄り、橋の真ん中で抱きしめあった。

お互い声に出すものは何もない。ただ自分達の存在の境界線がなくなってしまうくらい、きつく、強く、抱きしめあった。

「馬鹿ぁ」

涙が華琳の目からこぼれていた。

「ごめん」

「ん、なん、で、いな、……くなった、ん、りした、のよ」

「ごめん」

「……ばかぁ」

再会を喜びながらも、その待ち望んでいた胸の中で小さなこぶしを何度も何度も叩き付けた。

「華琳……」

既に一刀は、覇王ではなくなっている少女を戸惑いもなく受け入れていた。自らが犯した罪もそれに対する罰も既に受けたからだ。しかしそれはあくまでも魏国に対してのもの。一人ひとりの女の子に対してのものではない。もちろん華琳に対しても。

「か、ずと……」

こぶしの動きが止まり、すっぽりと一刀の身体のうちに収まった華琳は視線を自分を見下ろす一刀に向けた。

自然と唇が重なった。

三年という長い長い年月。ずっと、逢う瀬を待ち望んでいた。たとえ今この瞬間が夢であったとしても、華琳はその温もりを本物だと信じていた。

「ん、ちゅ、なんで、ん、れろ、りゅっ……もっと、もっとはやく……ん、っあ」

顔が一旦離れた。

「ごめん、でもこれが限界だったんだ」

一刀の口から苦々しく言葉が吐き出される。

「一刀! もう私の傍を離れないで」

華琳自身それが無茶な願いだとわかってはいた。しかしそう願わずにはいられなかった。この男を愛してしまったから。

「俺はずっと傍にいたよ」

「うそ!」

「嘘じゃないよ、本当にずっと傍にいたよ。目には見えないかもしれない。耳には聞こえないかもしれない。手では触れられないかもしれない。でも、おれと華琳たちが作ってきた平和は、これからもずっと傍にある。そうだろ?」

一刀のいいたいことは華琳にはよくわかった。しかし聞きたい言葉はそんなものではないのだ。

「私は貴方が欲しいの! 一刀! 北郷一刀、貴方が欲しいのよ!」

二度と離すものかときつく華琳は一刀の身体を抱きしめた。

「どんな平和があってっも、どんなに優れた将がいても、あんたが、一刀がいなくちゃ私の理想は……」

「華琳」

諌めるような口調だった。事実諌めていた。

「そんなこと口にしていいものではないよ、わかっているだろ?」

 

華琳は思う、ああ、どうして私はこうまで弱くなってしまったのだろうか?

 

「君は、魏の王なんだから」

 

でも今は、一人の女でありたいのよ、一刀。

 

「だから、今日だけは君を愛するよ」

「え?」

まるで自らの心が通じたかのような一刀の台詞に、思わず驚きを隠せない華琳。

「時間が、ないんだ。今、このときだけ、俺は君を全力で愛そう」

一刀は強引に再び華琳の唇を奪った。そして華琳はその愛に溺れるように流されていった。そこにいたのは曹孟徳でも、華琳でもない。愛に飢えた一匹の獣だった。

一刀の言葉が耳に入らないほどに、理性がとろけるほどに……。

「ねぇ、一刀。私だけじゃ不公平よ。他の子たちにも同じく接しなさいよ」

衣服をはだけた二人は既に二三度果てた後だった。

「……んー、俺もできればそうしたいんだけどね」

「え?」

「あーあ、せっかくの夜なのに、神様とやらもあまり雅じゃないね」

「どういうこと? 説明なさい、一刀」

自分の理解できないところで話が進んでいることに納得がいかない華琳は、一刀の腹の上に乗っかるような状態になった。

「よかったよ、もういつもの華琳だ」

「一刀! 誤魔化さないで」

「……もう、俺はそちらの世界には戻れない」

「……そう」

衝撃ではあった。しかし想像はしていた。それにこれは夢なのだ。夢と現実は異なることを当たり前だが華琳は理解していた。

「何年も、何十年も探した。でも、帰る方法なんて見つからなかった。当たり前だよな、これたことが奇跡なんだ」

「……何十年?」

華琳にとってはそちらのほうが衝撃的な単語だった。

「時間の進みが違うんだ、ああ、不公平だよな。華琳たちは綺麗なままなのに、俺だけ老いぼれていくんだぜ」

少し自虐的な笑みを浮かべる一刀。

「でも、今は……」

「華琳の知っている俺が見えてるはずだよ。そしてそのように振舞っているはずだ。華琳だけの俺がね」

二人の間にしばしの沈黙が下りた。

「一刀、私を見くびらないで欲しいわね」

「え?」

「私は私、どれだけの時が私たちの間を隔てていようと、貴方を見間違えたりするものですか」

「華琳、でも」

「いいから、今の貴方をみせなさい」

有無を言わせない、言葉。そのとき一刀は思った。俺はこんな女性に愛されて幸せだと。

「わかったよ、ただ腹の上から下りてくれるか」

「ええ」

華琳が一刀の上からどくと、少しずつその身体が変貌していった。

まずはだけ脱げていた服が変わっていく。聖フランチェスカの制服とは異なるその服は、いわゆる甚兵衛だった。

そして一刀の身体は見事なまでに別人であった。

みずみずしい肉体はその艶張りを失い、皺を寄せ合っている。頬の肉はなくなり全体の印象としても小さくなった印象を受けた。見るからに筋力も失っている。足は骨に皮が張り付いているようで、腕はそのままつねれば皮膚が伸びそうだった。髪はもうまばらほどにしかなく、全てが白かった。

「一刀……、あ、なた」

「もう、六十八なんだよ、華琳」

しかし変わらないその瞳、声は掠れているものの、それを忘れることはなかった。

「病は患っていないんだけどね、もう寿命らしいんだ」

華琳は一刀の手を握り締める。

「一刀、ごめん、なさい……。あなたに、まさか、生きながらにして死を与えていたなんて」

華琳は一刀が華琳の世界へ変える方法を探し続けたことに対して謝罪しているようだった。

「泣くなよ、小さな女の子」

「一刀」

「俺は、ずっと幸せだったよ。先の見えない人生だった。でも目指すものがあったから、俺は生き続けることができた。その人生に後悔はないよ」

「でも……」

華琳は二の句が告げないでいた。これ以上彼になんと言えばいいのかわからない、ただただ、一刀の手を強く握った。

「だからさ、華琳。君も生きながら死なないでくれよ」

その無邪気な顔はいつもの一刀のままだった

 

「華琳、今日さ」

もう一刀から手を握り締めてくることはなかった。

「うん」

だからこそ華琳は一刀の手を強く握り締めていた。

 

「俺の国では七夕なんだ」

起き上がることもできないのだろう。ただ寝そべる一刀は虚空を見上げつぶやく。

「うん」

だからただ、華琳は一刀の言葉に同意した。

 

「その日に、いつも天の川にさえぎられていた天空に輝く二つの星が出会うことができるんだ。その星を、織姫と彦星っていうんだよ」

一刀はその星に自分達を重ね合わせていた。時空の流れを超えてようやく出会えた二人だったから。

「うん」

華琳は同調する。一刀の体温が冷めていくのを感じていた。

 

「一年に一回、星の動きの関係でその二つの星は出会うことを許されるんだ」

ああ、俺は死ぬんだなぁ。ただそう悟る。

「うん」

また自分の前からいなくなるのか、この男は。華琳は涙を溜めてただそう思う。

 

「だからさぁ、華琳」

「うん」

「俺が死んでも、また一年後の今日ここで会おう」

「うん」

涙を留めることはできなかった。華琳の涙は頬を伝い腕を渡って、その老いた身体へとしみこんだ。

「華琳、愛してるよ」

「……私も、よ、一刀」

「最後に、華琳に、逢えて、嬉しかった」

そして華琳は目を覚ました。

涙は流さない。生きると決めたのだから。今この瞬間を。

まだ陽は昇らない。外に出ると、空には満天の星空があった。

「この空の向こうに一刀がい、るのかしら?」

覇王の呟きは天へと吸い込まれていった。

 

一刀と交わした約束が彼女に活力を与えたのかどうかはわからない。

だが、その約束をすることのできた一刀の最期はとても幸福に満ち溢れていたものだったに違いない。

享年六十八歳。

北郷一刀は再び天へと帰っていった。

生涯自らの故郷に帰ることだけを望み、ただひたすらに生きてきた。

しかし虚しくも、それはかなわず、年月が過ぎた。

彼の葬儀の際、遺品として一緒に燃やされた短冊がある。

そこには一言、ただ一言。

 

「華琳に逢いたい」

 

と、あった。

余談だが、この二人の逸話は後世に伝わり、御遣いの伝説として語り継がれる。

天の御遣いは、時の皇帝と相思相愛であったが、天帝によって御遣いは天へと返されてしまう。

二人は離れ離れにされてしまうが、七月七日にだけ天帝によって皇帝は魂を星に預け、逢うことを許されたのだ。

その思いのあまりの強さに、時の皇帝はお隠れになった今でも魂を星に変え、御遣いと逢瀬を重ねているという。

そのためか、七月七日が雨に見舞われることはまったくなかったという。


 
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