No.164073

月明かりの道 【三】

うーたんさん

三回目です。
ついに合戦が始まります。
三砂さん、大忙しの巻。

2010-08-07 22:09:43 投稿 / 全22ページ    総閲覧数:463   閲覧ユーザー数:449

22

 

 一夜あけた。

 僕は朝からクレッセントホテルに向かった。

 ロビーに入ると、新城さんが居て、こちらを見て小さく手を振った。

「おはようございます。調子はどうですか」

「おはよう。調子は、まあ、わりと良い感じかな」

「柿崎先生を知りませんか?」

「なんか、用事があるから先に行くって言ってたよ」

 むむ、先生が何の用事で先に行ったのだろう。

 新城さんと車に乗り込んだ。

 新城さんは気持ちを制御しているのか、目を伏せて、あまり喋らない。彼女が、すこし体を動かすと体表のすぐ上に気迫のようなものがふわりと動いて消えていく。

 良い気迫ですね。こういう雰囲気を持つ人を僕は嫌いではない。

 ゼンマイが限界まで巻かれて、力を思い切り溜めているような、大馬力のエンジンが静かにアイドリングしているような、そんな空気が車内にあった。

 車は合戦場に入った。

「三砂さん、ありがとう、たすかったよ」

「合戦がんばってくださいね」

 新城さんは僕をみて目を笑わせると、ぐいと親指を立てた。

 僕は合戦場のスタッフルームへ、新城さんは海の方の選手控え室へ別れていった。

 正午からの合戦の開催に向けて、スタッフルームで打ち合わせをした。

 当日の運営スタッフの動きもなかなか良い感じ。

 午前十時に合戦場を開場、お客さんを入れはじめる。

 ほぼ計画通りに人の動きは流れて、トラブルもなく、準備が進む。

 午後十一時から開会式だ。

 偉い人の挨拶が流れる中、僕は一般席に三島氏を案内した。

「良いのですか? 自分は人間ですが」

「かまいませんよ。人の方にも我々の事を良く知って貰うことが、今後のトラブルを防ぐ事になると思いますので。後ろの方の升席ですが、良かったら合戦を楽しんでいってください」

 お隣は禿の団体さんの席だった。

「あら、お隣は人間さんですか」

 十歳ぐらいのかわいい女の子がおばあちゃんみたいな声でそういった。

「おじゃまをいたします」

 三島氏が頭を下げた。

「うふふ。いいんですよ、私なんかも、人間のご好意で生活してる身分なんですから」

「ほう、そうなのですか?」

「私はこのなりでしょう、全国の養護施設を点々として暮らしてるのですよ」

「児童の施設で?」

「はい、厚生労働省の管轄でね。とても良くして貰ってますよ」

 子供ばあちゃんはそういうと柔らかく笑った。

 見た目は子供だが、中身はちゃんとおばあちゃんだな。

「いろんな子供を見ましたよ。かわいそうな子供。お馬鹿な子供。子供達には、なんかおばあちゃんくさい友達とおもわれていますけどね」

「それは、座敷童みたいですね」

 三島氏の目がほころんだ。

 この子供おばあちゃんの事を思い出した。福祉の方で有名な有栖川さんという人だ。

 施設を点々として、子供の中からの福祉の問題を厚生労働省に上げているとか。

 勉強がしたい優秀な孤児に自費で援助をしてあげたりしているそうな。

 見た目が子供なので弱そうに見えるが、実は一昔前の合戦でエースを取っていた武闘派の魔物だ。

 魔物には、こういう生き方もあるのか。

 僕は有栖川さんに三島氏の事をお願いして、一般席を離れた。

 合戦の選手たちは、それぞれの陣に別れて、開始の合図を待っている。

 スタッフルームの大型モニターに海の陣地のルポが、映っていた。

 今大会の中継番組は、地方TV局に勤める魔物の人たちが作っているので、玄人はだしな出来だ。というか、普通に彼らはプロなのだな。

 目を伏せて海を見つめている新城さんがモニターに映った。

 ウーさんがカメラの端でニコニコしていた。

 カメラが山の陣に変わる。

 犬子がカメラの前でピースをして、観客から失笑をかった。

 やめなさいね。

 海岸線に鴎が鳴いて、日が昇り、そして、正午に合戦は始まった。

23

 

 合戦は始まった、海も山も、攻め手と守り手に別れ、戦い初めている。

 上空のカメラ映像をみると、海側の攻め手は西側から、山側の攻め手は東側から、各陣営に向けて突撃しているようだ。

 ちょうど時計回りに陣が動いていくのがよく見えた。

『どうですか、先生、今回の陣の動きは』

『まだ、教科書通りの戦いですなあ。どちらも探りをいれているという感じですな』

 柿崎先生がなぜだか放送席にいて、解説役をやっていた。

 なんで、そんな所にいるのですか先生。

『今回の見所はどこでしょうか?』

『珠姫合戦での遺恨の残る、ウー対黒狗の対決が見所ですかね。直接対決があれば面白いのですがね』

『カメラで捕らえられたら面白いのですが、他には?』

『あとは、この合戦が初陣の新人さんが沢山いまして、その方々の活躍も見所ですね』

 僕は主会場を車で出て、先観海岸市内に戻った。

 街に人通りが無くなっていて、商店の店員さんが不思議そうな顔で、外を見ていた。

 夜にはまた人通りが戻ってきますからね。

 僕は市内三カ所にある、合戦観戦バーの一つに向かった。

 地下にある広めの観戦バーの中は、魔物の人でごった返していて、すごい熱気だった。

 今ちょうど、初戦のぶつかり合いが始まっているところで、浜辺と草原で魔物達が変化して、戦いを繰り広げている画像が大型ディスプレイに映っていた。

 まだどちらが優勢とは決まっていないようだ。

 観戦バーの店長さんに状況を聞いた。

 特に問題は無いようだ。ただ、ビールの売れ行きが凄いので、追加注文が心配とのこと。

 まあ、なによりです。

 

 本部事務所に戻ると、青柳君が居て、電話で応対をしていた。

「桜庭さん、西会場で迷子だそうです、僕が行ってきます。あ、三砂先輩っ」

「青柳君。家のお葬式の方はいいの?」

「お袋にしかられてしまいまして。もうお前は術も使えるりっぱな魔物なんだから、合戦の仕事の手伝いをしてこいって。そういわれまして、僕もそうだなって思ったんです」

「そうですか、それは助かります。西会場の迷子お願いします」

「はいっ! 行ってきます」

 僕の方を見て、桜庭さんがにっこり笑った。

「問題はありますか?」

「とくにありません。合戦の方は?」

「まだ序盤で様子見ですね。終盤に盛り上がってくると暴れる人も出てきそうですから、警備の手配は先手先手でお願いします」

 はい、わかりましたと返事をして、桜庭さんは掛かってきた電話を取った。

 本部事務所のテレビにも、有線放送で合戦の様子が流れていた。

 山側の攻め手が浜辺を割り、海に入り始めていた。

 海側の攻め手の方が少し優勢か、草原を陣地の近くまで寄せていた。

 事務所を出て、狸の里に顔を出してみた。

 狸の里は観戦バーの指定はなっていなかったが、有線放送で実況を放映しているので、観戦バーに近い。

 店内は魔物の人たちがいっぱいになって、お酒を飲みながら合戦を見ていた。

「あ、三砂ちゃん。なんか飲んでいく?」

「いや、これからまだ合戦だからいい。みんな楽しんでいるみたいだね」

「良い合戦場だって、評判良いよ。みんなまた来たいって」

「それはうれしいね」

 店の中は大盛り上がりで、もう大分酔っている人がいる。

 ひいきの陣営が負けたので、夜の街で大暴れというのは合戦地には付きものだ。

 それに向けて、警備は強化してあるが、貴船さんが死んだ穴は大きい。後で中央と連合に人出を回してもらうよう交渉するかな。

 

「三砂せんぱーいっ!! 飲みましょうっ!! 飲もうよっ!」

「やめときー、先輩は今忙しい時やんかー」

「また後でね、というか、昨日からずっと飲んでるの?」

「寝ましたっ! 路上でっ!」

 路上で寝ないでください。

「恩師はっ! われわれを裏切ってテレビに出てっ!! わたしも出たいーっ!!」

「なにいうてん、酷い酒やなあ、あんたー」

 ちょうどその時、合戦の中継がスタジオに切り替わって、柿崎先生が映った。

『各所の陣地の構造について、先生、教えてください』

『ここに、模型があるね、これを見ながら、説明するとしようか。海、山ともに二カ所の陣地を持つんだ。山側は砦状の第一陣地と防壁状の第二陣地。海側は要塞状の第一陣地とバリアフェンス状の第二陣地。それぞれ性格の違う陣地なんで、どう攻略するかが、勝敗を決めるね』

『今現在海側が波状攻撃をしかけているのが、山の第二。山側が攻撃を始めたのは、海の第一ですね、先生』

『そうだね、海の魔物は陸に上がっても行動できるけど、山の魔物は海上では行動しにくい、だから、要塞状の第一陣地を目指してるわけなんだ』

 狸の里を出て、僕はホテルオライオンに向かった。

「やあ、どうしました、三砂さん。例の件ですか?」

「いえ、あちらの方は、だいたい決着がつきました。別件です、中央の方に合戦後の警備の人手を貸していただけないかとお願いにまいりました」

「合戦後の警備ですか、何人ぐらい必要ですか?」

「五人ほどお借りできればと、これから連合さんの方にもお願いしようと思っています」

「わかりました、執行部で手が空いている者を合戦後に、委員会本部事務所にうかがわせますよ」

「そうして頂くと助かります」

「あの、差し出がましいお願いなのですが、三砂さんは中央で働く気はありませんか?」

 おや、ヘッドハンティングですよ。

「いえ、その、あまり中央にも連合にも興味がありませんので」

「そうですよね。駄目だとは思っていたのですが、妹様が昨日、しきりに、あなたの実務能力に感心なされていて。執行部に欲しいなあとおっしゃられましてね」

「それは光栄です。ありがとうございます」

「もし、気が変わられたら、私の方までご連絡ください。待遇に関しては最大限の希望を叶えさせていただきますよ」

 山岸さんはにこにこと笑った。

 中央で働けば、ホテルよりはお給料は貰えそうだな。

 でも中央は所帯が大きいだけあって気苦労が多そうだ。

 さて、連合の本部に行くか。

 僕はホテルオライオンを後にした。

 連合の本部があるのは、吉屋という和風旅館だった。

 連絡役の和歌山さんをと玄関で聞いたところ、合戦場とのこと、では、他の責任者をと聞いたら、どうやら、みんな岬の貴賓席にいるようで、誰もいないとのことだった。

 僕は応対してくれた方に礼を言って、合戦会場へ車を走らせた。

 中央と連合は組織の形が違う。

 戦後、労働団体の形に似せて作られた中央は、魔物の団体として新しく、表向きは家を解体して、魔物が個人として参加している形になる。

 各地への侵略を続ける中央に対して、古い家閥が集まって作られたのが、連合だ。つまり反中央で、各派の家がまとまったのが連合と言える。だから、あまり組織としてのまとまりは良くはない。

 

 会場に入った。

 結界を超える独特の気配が抜けると、わっと歓声が耳をついた。

 みんな空を見上げているので、僕も見上げると、山の陣地方向から、砲弾のように鳥が飛んで、海の空軍のど真ん中を貫いて行った。

 観客席中央の大型モニターに、空中映像が映っていた。ちなみに撮っているのも、飛行する魔物の産女の人だ。

『あれは、どういう攻撃なんですか先生』

『あー、面白い攻撃ですね。なるほど、天狗の団扇です。複数の天狗の団扇の暴風にのせて、鳥鬼さんを高速で敵陣に打ち込んだんですね』

 ホバリング特有の上下に揺れる映像に、羽ばたいて帰るオリエの姿が映った。

『あ、もう一発行くようですよ、これは海側には、きつい攻撃ですね』

『元々、海の魔物は空が弱いんですね。逆に山の空の魔物は天狗を始め、かなり充実しています』

 山側の陣地から、また、オリエが風に乗って、すさまじい勢いで海の空の陣を割った。

 オリエの飛んだ後に、くっきりと飛行雲が筋になって発生して白い。

『鳥鬼とは珍しい魔物ですね。新人ですか?』

『相原織絵嬢ですな。里人出の新人です』

『あ、里人出の選手ですか、増えましたね、最近』

『鳥鬼自体は三百年前に途絶えた血筋ですな。専門的には再顕現とよんでおりますな。里人の中に流れた魔物の血が、再び濃くなったり交わったりして、現れる現象ですじゃ。中央のエースの黒狗も里人出ですのう』

 画面に現れた戦況図を見た。

 だいぶ山側有利に動いているようだ。上空のオリエの攻撃で制空権も山が取りそうな勢いだ。

 画面が、山側陣地戦を映し出した。

 牛鬼の群れが、防衛壁型の陣地へ向かって突進していた。

 獣頭の隊がそれを迎え撃っている。

 先頭を切って走っている牛鬼が新城さんみたいだった。なんとなく変化しても雰囲気で分かる。

 異形の体だけど、ダイナミックで美しいな。

 陣地防衛をやると言っていたが、方針が変わって攻撃隊に出されたようだ。

 対する山側の防衛線である、獣頭の動きは鈍い。

 すこし考えて、理由が分かった。

 人を食って上がった戦力を見せると、人狩がばれるからだ。

 馬鹿馬鹿しい限りだな。

 合戦で活躍したいために人狩をしたというのに、実際には使えない力を得ただけだ。

 奴らは、だんだんと力を見せて、時間を掛けて今後の合戦で活躍するつもりなのだろう。

 僕はモニターを見ながら、坂を上がり、岬の貴賓席へ向かった。

24

 

 貴賓席は新しく建築した建屋だ。

 白木で豪奢に組んである。

 そんなに金かけてどうしますか、と長に忠告したのだが、各家の偉いさんがくるんだからと、長が自腹で立てた。

 まあ、飯坂家で今後の集会かなんかに使うのだろう。

 お金を掛けて立てただけあって、見晴らしは最高に良い、合戦場全体が一目で見わたせた。

 玄関を入ると、飯坂の長のお嬢さんが居た。どうやらお嬢さんは仲居を買って出たらしいな

「あら、三砂さん。どうなさいました?」

「連合の人に少しお話がありまして。和歌山さんはどこの部屋でしょうか?」

「二階の檜の間です。一階は中央、二階は連合さんと別れてますよ」

「そうですか、中央の人もたくさん来ていますか?」

「ええ、御館さま、妹様、ほかに幹部の方がいっぱい。中央の幹部の人は若い人が多いんですよ」

 御館さまも来ているのか。

 檜の間に行くと、人が居なかった。

 見ると露台の方へみんな出ていて、そこで料理を食べながら観戦しているらしい。

「おや、三砂さんじゃないですか。今回は良い合戦をありがとう、みんなよろこんでいますよ」

「ありがとうございます」

 春の日差しに照らされた露台は、海風が心地よく吹いて、良い雰囲気だった。

 広い露台の端に大型モニターが組んであって、何回目かの突貫攻撃をするオリエの姿が映っていた。

「あの突撃はきついね~。鳥鬼も強い強い」

「空が弱いのは海側の伝統みたいなもんですからね。これからうちの家の者がひっくりかえしますよ」

 和歌山さんを見つけたので、目で合図すると、なんだなんだと寄ってきた。

「どうしました? なにか問題でも?」

「いえ、問題は無いのですが、今晩合戦の後で羽目を外す者が出ないかと」

「たしかに合戦後の街は荒れるね。それで?」

「つきましては、連合さんから少し人手をおかし願えないかと、厚かましくもお願いにまいりました」

「そうかい、ちょっとまっててください」

 和歌山さんは、一番海側の卓に行き、威厳のある人と話していた。

 あれが、連合の長の綾倉家の人かな。

 元々連合は、鳳凰の茅野家がトップに立っていたが、後継者を合戦で失い、中央に攻めつぶされた。

 いまは、分家の綾倉家が長として立っている。

「中央の方にも頼んだのかい?」

「はい、快諾して頂き、五人ほど人を回していただく約束になっています」

「そうか、では、連合も五人、夕方に事務所の方へ伺わせようじゃないか」

「ありがとうございます」

 僕は畳に頭をつけて礼をのべた。

 貴賓席の建物をでると、なにげにふうと息をついてしまった。

 外の崖の端に短髪の女の人が立っていた。

 眼下に広がる合戦を見ているようだ。

「獣頭のチームが、帰りの飛行機の予約を入れておりましてね」

 合戦を見下ろしながら、妹様はぼそりと言った。

「何時の飛行機ですか?」

「合戦の閉会式の予定時間。十時ちょうどですわ」

「逃げる気まんまんですね」

「こちらが斉藤を拘束したのがまずかったですわね。気取られたようですわ」

「では、彼らの処分はそちらでお願いできますか?」

 妹様は振り返り、僕を不思議そうに見つめた。

「それでもかまいませんが。なんだかすっきりしないのではなくって?」

「合戦の後始末を放っておいて狩はできません。中央の妹様が確約なさってくださるなら、何の問題もありませんよ」

「ふふふ、良いアイデアがあるのですが、お聞きになります?」

 妹様は強い海風に前髪を揺らし、猫のような目で笑ってこちらを見つめていた。

 なんだか嫌な予感がするな。

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「あら、どうしたんですか、肩を落として」

 本部事務所に戻ると、気持ちが出ていたのか、桜庭嬢にそう突っ込まれた。

 肩も落としたくなりますよ。

「中央の幹部の方に、無理難題を言われました。すこしプログラムの変更を行います」

 僕は、必要な変更点をメモに書き出し、桜庭さんに連絡をお願いした。

 変更点を聞くうちに、桜庭さんもピンと来たのか、目が笑いはじめた。

「そうですか、中央の方は凄いですね」

「前代未聞ですよ」

「良いじゃないですか、私は連合の古い体質よりも、開かれた感じの最近の中央の感じが好きですよ」

 もうね、超上級種の龍にとっては、下界の魔物の勢力争いなんかはもう、どうでも良いらしい。

「戦況のほうはどうなっていますか?」

「制空権を取ったので、山側がかなり有利にすすめていますね。あの相原織絵さんは昨日事務所に来た子ですよね」

「そう、なんか無愛想だけど、かわいいよね」

「凄いデビューでした。人気が出そうですね」

「あの空をつんざく突撃は鳥鬼だからこそ出来る技らしいね」

「空の魔物にしては、かなり堅いとか。テレビで先生が、空飛ぶ戦車って言っていましたよ」

 モニターに戦況図が映っていた。

 山側の攻撃部隊が海を割り、要塞上まで進出しているようだ。陣地陥落までもうすぐだろう。

 海側の攻撃部隊は獣頭のチームが守っていた防壁を突破したところで、足止めを食っていた。

 カメラがスタジオに移った。

『海側の動きがありませんね、これはなんでしょうか、現場の吉川さーん』

『はーい、吉川ですー。現在防壁である第二陣地を突破した海の攻撃隊の進行は止まっています』

『なんの攻撃で止まってるか分かりますか? 吉川さん』

『どうやら、百足の家の幻術の模様です。甲州の千束家ですね。幻を見せられているので、同士討ちを警戒して動きを止めている模様ですー』

『幻術ですかー。意外に有効な手段なんでしょうか? 先生』

『百足の幻術は定評がありますな。合戦では同士討ちが怖いので、幻術の気配があると、足を止め、自陣の術者を呼びます』

『あ、今情報が入りました。海側、第一陣地陥落です』

『ふむ、ちょっと早いですな。なにか仕掛けて来そうですな』

『ちょっと、海上カメラを呼んでみましょう』

 カメラが海上のカメラに移った。

 海の上の灯台のような要塞に、何人かの魔物が取り付いて動いている。

 守備側なのか、波間に動かなくなった者が血を流しながら漂っている。

『山側優勢ですね。やはり制空権を取ったのが大きいのですか?』

『うーむ。これは……。うーん、あまり良い手では無いかな。もうすぐ海の第一陣地にウーさんが出ますね』

『あ、出ますか、そうすると、黒狗との激突となりますね』

『海側は賭けにでましたな。黒狗を中心とした、山側攻撃隊を第一陣地上にて全力攻撃して押し返し、反撃にでる手ですな』

『これは、見ている我々にとって、とても面白くなってきましたね』

 

 おっと、テレビに見入っていては仕事にならないな。

 立とうと思った所で、桜庭さんが僕の前にコーヒーを置いてくれた。

「良いじゃないですか。すこしゆっくりしていってください」

「いただきます。でもまあ、あまりのんびりもしていられません」

 電話が掛かってきて、桜庭さんが出た。僕はありがたくコーヒーを口に含んだ。

 ああ、桜庭さんのコーヒーは美味しいですね。

「お礼の電話でしたよ。青柳くんが迷子を熱心に捜してくれたので感激しました、だそうです」

「それは、嬉しいですね」

 だんだん青柳君もしっかりしてきて、頼もしい限りです。

 二ヶ月前に初めて会ったときは、凄く子供っぽかったのですが、やはり、能力が出たのが自信につながったんですかね。

 ドカンと激しい音と共に、ドアが開いた。

 真っ黒な大きな狒々がのっそりと、事務所の中に入ってきた。

 大きな黒い壁が入ってきたような圧迫感があった。

「……殺す……」

 桜庭さんがきゃっと悲鳴を上げて部屋の隅に寄った。

「あなたは、斉藤さんですか? なんですか、昼の街中で変態するなんて」

「お前のせいで、俺は、破滅だ。だが、おまえも殺す……」

 僕は桜庭さんに目で逃げるように示した。

 桜庭さんは恐怖の色を浮かべて小さくうなずいた。

 僕は立ち上がった。

「斉藤さん、すこし寄ってください。事務所の子は巻き込まないようにしましょうよ」

 斉藤さんは、どろりと濁った目で桜庭さんを見ると、あざ笑うようにアゴを振って体を少し寄せた。

 桜庭さんは体を小さく畳むようにして、斉藤さんの大きな体の横を移動した。

 

 瞬間、斉藤さんは腕を大きく振り上げた。

 桜庭さんっ、あぶないっ!

 僕は慌てて狒々との間合いを詰めようとしたが、間に合わないっ。

 狒々の顔に野卑な笑みが浮かんだ。

 僕は意外な物を見ていた。

 桜庭さんが、邪悪な感じに、微笑んでいた。

 くにゃりと、軟体動物のように桜庭さんの腕が伸びて、狒々の腕に絡みついた。

 伸び上がるように桜庭さんは狒々にその身を巻き付かせて、大きく割れた口で狒々の喉元に噛みついた。

「ぐああっ!!」

 狒々の目が大きく見開かれた。

 のど元の桜庭さんを突き離そうと振り上げた手が途中で力を失った。

 狒々の体が痙攣して、音を立てて床に倒れた。

 口から泡を吹き、全身が細かく揺れ、唐突に動きを止めた。

 みるみるうちに狒々の質量は小さくなり、気が付くと中年男が紫色に変色した肌をあらわに倒れていた。

 桜庭さんは何事もなかったようにニッコリ笑って、口元をハンカチで押さえていた。

「毒ですか?」

「蛇は油断した者の足下から這い上がって噛みつくものなのです」

 すごいな、強いと言っていたのも嘘では無いようだ。

「死にましたか?」

「狩らせてもらいました。日中、街中で変態するような破廉恥な人は、私、嫌いなんですよ」

「お芝居が上手いのですね」

 桜庭さんは、にっと笑うと、それについては返事をせずに、電話を取り上げ、処理班に連絡を入れた。

 うーん、魔物っぽくて、かっこいいなあ。

26

 

 斉藤さんの遺体を処理した。

 合戦などの魔物のイベントがあると、街でも死者が沢山でる。魔物同士の諍いであれば、警察などの介入は一切無い。

 死んだ方の負け、というシンプルなルールが通っている。

 今回も、魔物の死人が八件ほど出ていた、斉藤さんで九件目だ。

 縁者などが居ない死体の場合は、どこかで、切り刻まれて埋められるらしい。

 合戦での死者なども同様だ。

 とりあえず、今回は中央の山岸さんに一報しておいた。

 どうやら縁者がいるそうなので、引き取りに来るそうだ。

 監禁場所から逃がして申し訳ありません、と丁重に謝罪された。

 さて、事務所を桜庭さんにまかせて、また見回りだ。

 

 狸の里に入ると、大歓声が狭い店内で反響していた。

 モニターには、海の第一陣地が映っており、山の部隊が、変化したウーさんと戦っている所だった。

 みんな立ち上がって、モニターを見て歓声を上げていた。

 そろそろ、合戦もクライマックスらしいな。

 ここで、ウーさんか犬子が負けると決着が付きそうだ。

 ひときわ素早く動く黒い狗が、第一陣地上を高速で走り、ウーさんめがけて飛び込んでいった。

 ウーさんはいったん海に潜って、その攻撃を避けた。

 海上で動きが止まった犬子が、ウーさんに海中に引きずり込まれた。

 おお、くそ、海中のカメラは無いのか。

 犬子が浮かび海面を飛び上がった。その後を高速で水中を羽ばたくウーさんが追う。

 昔に比べて、犬子の水の中の動きが格段に良いな。誰か水妖の人に動きを習った感じだ。

 犬子がウーさんに捕まる! という瞬間、高空から鳥鬼が急降下して、犬子の肩をつかみ上昇した。

 大柄な黒狗の体が一瞬で小さくなり、鳥鬼の背後に回り込むように乗った。

 オリエの負担を軽くするために、犬子が変態をといたようだ。スエットスーツがぶかぶかになっていた。

「あ、天狗の隊がなんか落としたですよっ」

 なにか荷物のような物が第一陣地の上へ投下されていった。

 荷物の中から出して着替えている人がいる。

 魔物用アクアラングだった。

 良く作るなあ、そんな需要の薄い製品を。

 犬子もトンボを切って陣地に飛び降り、再変態して、アクアラングをつけているようだ。

 ウーさんは獲物を狙うサメのように、陣地の周りを回遊しているのが上空のカメラから見えた。

 うーむ、合戦の続きが気になるが、仕事仕事。

 吉池に手を振って、狸の里を後にする。

 だんだんと日も暮れかけていた。本陣戦に手間取らなければ夜の前に決着が付くかな。

 

 三軒の実況バーをのぞいて行く。

 どこも、大盛況のようだ。ビールが切れてしまってとのマスターの問い合わせに、仕入れ先を教えた。

 まったく、みんな良く飲むなあ。

 最後のバーに着いたときには、第一陣地上の、犬子対ウーさんの決着がついていた。

「どっちが勝ちましたか?」

「黒狗さあ。やっぱり半端じゃねえよな」

 テレビの画面には元の姿に戻ったウーさんが、気絶してぷかぷか波に浮かんでいる姿が映っていた。

 変態した犬子が首筋を捕まえて、第一陣地の方へ引っ張っているのが見えた。

 どうやら水中の激闘の末に、ウーさんの仮面が落ちて、変態が解けたらしい。そういや、初めてウーさんに会った時も、仮面を流して全裸で途方にくれていましたっけね。

「なんだ、黒狗め、ウーをかみ殺さねえのか、丸くなったもんだ」

「まあなあ、只の遊びの合戦だしよ。またウーと戦いたいんじゃねえの?」

「こいつは山の勝ちだな、ちえ、賭がはずれたぜ」

「俺はだいぶ儲けたな。ちょっとおごっても良いぜ」

「へへ、そりゃありがてえ」

 海側の最大の切り札が落ちたので、あとは、戦力をまとめて、敵本陣を突くだけだ。

 本来は海側の攻撃に使うべきだったウーさんの隊を防衛に使ったので、彼女が負けたらもう、合戦の行方は見えたというものだ。

 山側に攻め込んだ海の攻撃部隊も、進軍が鈍っていた。そろそろ突進力切れな感じがある。

 これは海側の作戦ミスだね。

27

 

 あとは消化試合みたいな物だった。

 防衛のための人数を残して、山側本陣の兵が動いた。

 モニターには、天狗が兵隊を担ぎ、第一陣地に運んでいる姿が映っていた。

『天狗隊が兵を輸送していますね、珍しい光景です』

『ははは、ヘリボーン作戦ですな。先の空の突撃といい、魔物用アクアラングといい、中央の軍師は面白い事を考えますね』

『海側は発想に負けたという事でしょうか』

『いやあ、今回は作戦ミスと言うべきでしょう。一見、海のエースが海で待ち受けるというのは有利に思えますが、攻撃隊の突進力が落ちるんですな。たとえ黒狗が負けていても、山側防衛線で膠着状態になったはずです。最初の陣立てでは、ウーさんは攻撃隊に入ってましたから、急な作戦変更があったみたいですな』

『観戦している我々にとっては、両陣営のエース同士の激突は見応えがありましたが、兵法としては良くない、という訳ですね』

『そうですね。また、海側の個々の部隊の動きは良いのですが、連携がとれていない部分が目につきました』

 ほどなく海側第一陣地に、山の兵力が集まり、フェンスウォール状の海側第二陣地も大部隊により蹂躙されて落ちた。

 山側への攻撃部隊が撤退してきて、本陣を固め始めているが、陥落するのに時間はかからないだろう。

 事務所にもどると、中央と連合から警備のお手伝いの人たちが来て待っていた。

 地図を見ながら担当ブロックを割り当ててお願いし、治安維持に向かってもらった。

 さて、合戦も大詰めだし、合戦の運営も、もう一踏ん張りだ。

「暴漢が来たんですって? 惜しかったなあ、僕が居れば灰坊主の能力で撃退したところだったのに」

 青柳君がコーラを飲みながら、笑って言った。

「狭い事務所で灰の煙幕張られたらかないませんよ。しばらく仕事ができなくなります」

「面白い能力だけど、使い処がむずかしいわね。でも、合戦中の戦法に組み込めるかも。今度知り合いの軍師さんに使えないか聞いてみるわね」

「本当ですかっ! おねがいします。僕、一度合戦に出てみたいんです」

 合戦出場は魔物の家に生まれた男の子の夢だからね。

 ちなみに、僕は合戦の出場経験は無い。

 

 七時四十三分、海側の本陣を陥落させて、合戦は山側の勝利で終わった。

 黒狗姿の犬子がポールにするする登って、海の本陣の旗を引き下ろす姿をモニターで見ていた。

 桜庭さんがポンと両手を打った。

「さて、終会に向けて行きましょう。三砂さんは用事があるので、私、桜庭が閉会式に向けての指揮を引き継ぎます」

「宜しくお願い致します」

「閉会式の予定は八時半に繰り上がりました。じゃ、青柳くんは西地区の治安維持の指揮をお願いね」

「やっぱり桜庭さんは、テキパキしていますね」

「三砂さんは、早く会場に行って準備してください」

「三砂先輩は何するんですか」

「内緒です」

「きっとびっくりするわよ」

「気が重いですよ」

 嘆いてもいられない、僕は車を合戦会場まで走らせた。

 そろそろ街には魔物さんたちが出始めていた。

 あんまり羽目を外さないでくださいね、みなさん。

 合戦会場に着いたが、閉会式まで少々時間がある。選手の控え棟でものぞいてみるかな。

 山側の選手控え棟に近づくと、外からでも宴会をしているのが分かった。

 ドアを開けると、みんな浮かれてビールかけをしていた。

「あ、さんにいっ」

 犬子はタンクトップ姿でテーブルの上に腰掛けて、ビールをがぶがぶ飲んでいた。

「ウーさんに勝てましたね、おめでとう」

 犬子は苦笑した。

「いやあ、あれはウーの自爆でさあ。水流でお面外れてやんの、勝てたとは言えないよ」

「そうだったんですか」

「また戦おうって約束したよ、うーうー言っててよく解らなかったけどねー」

「ところで、何ですかその手は」

 犬子の手のひらが真っ黒になっていた。

「ああ、手形欲しいって言われてさ。私は力士じゃないんだけどねえ」

 と、言っているうちにも、選手の人がサイン帳を持ってきて、犬子にサインをねだっていた。

 うひひとか笑いながら、犬子は雪だるまみたいな変なイラストを描いて『イヌコ』とサインをいれた。

 

 部屋の奥で、オリエが天狗さんたちとビールのかけ合いをしていた。

 僕に気が付くとオリエはぱたぱたと寄ってきた。

 近寄ると、とてもビールくさい。

「ミスナ、凄く楽しかった。良い合戦をありがとう」

 オリエは細い手を僕に突きだした。僕はその手を握った。

 細くて冷たい手だった。

「そうですか、それはなによりです。オリエさんも大活躍でしたね、下で見ていましたよ」

「ありがとう、ミスナの言うとおりに殺すつもりで突っ込んでいった。でも死人はでてないようだ。いったとおりだったよ」

「お役に立てて嬉しいですよ」

「ほんと良い合戦だったよ。また来年もやらねえかね」

 天狗のおじさんが僕を見て笑って言った。

「開催が決まったら、また尽力させて頂きますよ」

 部屋の隅で獣頭チームが固まって黙っていた。

 そこだけ温度が何度か低い感じだ。

 獣頭チームのリーダーらしい、爽やかな感じの若者が、山岸さんにくってかかっていた。

「どうして、帰っちゃいけないんですか、飛行機のキップが」

「まってまって、そう、急ぐ事もないじゃないですか、閉会式までは居ないとね。切符の方も無駄になったら執行部で買い上げるから、大丈夫」

 リーダーが僕の視線に気づいて目を見開いた。背中を少し曲げてこちらを睨む姿は、暴走族の時の奴そっくりだった。

「ああ、三砂さん。良い合戦でした。ありがとうございます」

 山岸さんが僕を見つけて駆け寄ってきた。

「みなさんにご紹介します、このかたが今回の合戦の総責任者の三砂さんです。素晴らしい合戦をコーディネイトしてくれた三砂さんに拍手を」

 山岸さんは如才ないな。きっと狸とか狐とか狢の変化系だな。

 僕は軽く片手を上げて、万雷の拍手を受けた。

 みんなに喜んでもらったみたいで、嬉しいね。

 ホテルでのイベント開催とか集会の手配とかを成功させた時の充実感と同じものだな、と僕は思った。

 海側の選手棟は、しんみりしていた。

 あちこちに集まって、反省点なんかをぼそぼそと語り合っていた。

 新城さんはパイプ椅子に座って、目を閉じてじっとしていた。

「合戦はどうでしたか?」

「ああ、まあ、ぱっとしなかったね。幻術使いが手強くて、足止めくってる間に終わってしまったよ」

「甲州の百足は有数の手練れですからね」

「あなたが、合戦総責任者の三砂さんですか、お世話になりました、牛鬼隊の茨城です」

 おお、牛鬼隊の隊長さんか。古武士みたいな風格の人だ。

「このたびは残念な結果になってしまって」

「いやいや、合戦ですから、勝ったり負けたりしますよ。反省したり、技量を見つめ直したりしながら強くなるものです」

 茨城さんはニッコリ笑った。

 いいな、僕はこういう侍みたいな人が好きだ。

「三砂さん、術師のいい人しらない? 新城家でだれか雇ってたら、また違ってたと思うんだよ」

「連合の連絡がよくありませんで、本部から術師を回して貰えなかったので新城さんはおかんむりでしてな」

 ああ、連絡が途中で途絶えたのかな。

 術師と聞いて、あの騒々しい狐の二人を思い出した。

 あの二人なら、百足と匹敵できるかもしれないな。

「良い人をしっていますよ、柿崎先生の教え子で、京都の笹城家の人です。打ち上げの席でも呼んであげてください」

「へえ、笹城家っていったら術の名門だ。さすが、顔がひろいね」

 まあ、彼女たちは、術は凄いですからね。性格とかは色々ありますが。

 僕は新城さんに笹城さんの電話番号を教えた。

 

――月明かりの道【四】へ、つづく――

 


 
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