No.163804

月明かりの道 【二】

うーたんさん

二回目でーす。今回の課題はページ切りであります(^^)

2010-08-06 22:26:18 投稿 / 全12ページ    総閲覧数:487   閲覧ユーザー数:484

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「なんですか、これ?」

 中央公園に入道雲のような、濃い煙のような物が乗っていた。

 近くに寄ると濃霧のような、だが水分の感じはしない。

 焦げ臭いような、触ると細かい粉が手に付きます。

 ……灰?

 野次馬の人や、消防車なんかがやってきて中央公園のまわりでわいわいと騒いでいました。

 とりあえず見ていてもしょうがないので、ハンカチを口に当て、灰の雲の中に入ってみました。

 うわあ、先が全く見えない。

 魔物の超感覚を使っても、なんか、上手く歩けない。

 濃霧の中のようで、五メートル先も見えません。

 凄いな、なんだろう、青柳君の能力なのか?

「青柳君! どこですか?」

 かすかに泣き声が聞こえた。青柳くんのすすり泣きだ。

 そっち方向へ歩く。

 だんだんあたりが明るくなって、灰が薄くなって来た。

 風が吹いて、やっと、薄く視界が効くようになった。

 辺り一面、灰で真っ白ですよ。その中で青柳君だけに灰がついておらず、倒れている女性の胸からの血だけが真っ赤だ。

「どうしたんです?」

「い、いきなり暴走族みたいな奴らに襲われて……」

 奴らか。ここに居たのか。

「奴らが雅子さんを殺して……。僕も殺されそうになって……」

「この灰は、青柳くんの能力ですか?」

「……初めて使えました。死の恐怖は強いですね……」

 すごいね、煙幕弾いらずの能力だ。

「この人は?」

 僕は女の人の前にひざまずいた。

 灰に包まれて、何かの彫像のようになっている。

「従姉妹の青柳雅子さんです。僕よりもずっと灰坊主の血が濃い人だったのに……」

 僕はあたりを見回した。

 一面の灰で真っ白だったが、僕たち以外に人影は見あたらない。

「暴走族の魔物?」

「はい、あれは獣頭でした」

 青柳君はかがみ込んで泣いた。

 奴らの狙いは青柳君?

 僕が奴らを追っているから、牽制のために青柳君を狙ったのか?

 では、次は事務所か?

 いや、それにしては……。

 なぜ、青柳雅子さんだけを殺した?

 見せしめのため?

 青柳くんの灰はサラサラと風に混じっていき、溶けるように薄くなり、消えていった。

 灰……。

「事件性の物ですか? 三砂さん」

 三島氏が警官を連れて現れた。

「はい、一応魔物がらみです。奴らが出たみたいなのですが」

「奴らが!」

「なぜ、彼と彼女が襲われたのかが、不鮮明です」

 救急隊員が彼女の遺体を担架に乗せ、運び出していく。

「彼女の相談ってなんだったのですか?」

「それが、よくわからなくて、相談が始まる前に奴らが……」

「奴らは相談させたくなかった?」

「わ、わかりません。どこかの家に能力を貸してたんだけど、怖くなったとか、言ってました」

「灰坊主の能力?」

 合戦で煙幕張る仕事を頼まれていたのか?

「どうして、どうして、こんな事に……」

 青柳君はぼろぼろと涙をこぼした。

「とりあえず、泣くのは後にしましょう。悲しい時は動く事です。必要な所に連絡をしましょう」

「は、はいっ。おばさん、泣くでしょうね……」

 灰坊主の彼女は、暴走族魔物の家に雇われていた……。

 煙幕役としてか?

 青柳君を引っ張るようにして、僕らは事務所に戻った。

「灰坊主って、どんな魔物ですか?」

「はい? うちの家系ですか?」

「はい、煙幕の能力だけですか?」

「灰坊主は、囲炉裏の灰を蹴立てると出る魔物で、転じて、灰を使って色々する家系です」

「灰を」

「はい、煙幕とかが主ですよ」

「あら、変化系のなにか在りませんでしたか?」

 桜庭さんが、紅茶を青柳君の前に出しながら言った。

「あー、なんか在ったかもしれません……。僕の家、血が薄いので、本家筋の彼女なら、他の能力持っていたかもしれません。ああ……」

 雅子さんの事を思い出したらしく、青柳君はまた泣いた。

 桜庭さんが、青柳君の肩に手を置いて、慰めていた。

「変化系?」

「たしか、どこかの古文書で良く化けると書いてありました。うちの家の祖との戦いの話だったんで覚えているんですよ」

 桜庭さんの家系は大蛇だから、百足と戦った時の話かな。

「また、先生の所で詳しい話を聞いてきます。ここに襲撃があるかもしれません。どなたか頼んでおきましょう」

「不要です。こう見えても、私、結構強いですよ」

 桜庭嬢はニッコリ笑った。

 そうですかと桜庭さんに言った後、僕は外に出て、犬子に電話して、来て貰う事にした。

 犬子が居れば大丈夫だろう。念のためだ。

 しばらく待っていると、犬子とオリエと中学生ぐらいの女の子がやってきた。

「きたよー」

「事務所でお茶でも飲んでいて」

「なにか荒事があるのか?」

 オリエが聞いてきた。

「わからない、とりあえず桜庭さんにお茶を貰ってお菓子でも食べていて。ホテルオライオンのケーキが冷蔵庫にあるよ」

「おお、あのケーキは美味しいね。さ、行くよ、オリエ、麻美」

 麻美と呼ばれた中学生は初変態前かな。大人しそうな子だ。

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 狸の里に逆戻りした。

 まだ、僕の居た席にはエビスのコップが置いてあった。

「おかえりなさーーいっ!」

「ただいま」

「どうしたのかね。なにやら外がさわがしいが」

「中央公園で襲撃がありました」

「ほお」

「奴らが、灰坊主の女性を殺したのですが、灰坊主の能力はなにか知りませんか?」

「主に煙幕じゃな」

 やっぱり煙幕しか無いのか。

「桜庭嬢が変化系の能力があったと言っていましたが」

「ああ、そうそう、思い出したわい、どの家系でも天才的な個体がたまに出るんじゃな。灰坊主の家系でも一人、変化の天才が出た事があったんじゃな」

「変化は自分ですか、他人を変化させる事などは?」

「ふむ、ちょっと待っていなさい。助手に資料を当たらせよう」

 柿崎先生はそういうと、電話をかけ始めた。

 ちょっと、笹城さん、しなだれかかってこないでください。

「そうかそうか、ありがとう。なるほど」

「わかりましたか?」

「屍衣という能力じゃ。死骸を焼いた灰を使い、死人になりすます事が出来るそうじゃよ」

 なーるほどね。

「暴走族を食べ、死骸の一部を焼いて灰にしたのじゃろう。ネタが割れればたいした事では無いのう」

「ありがとうございました」

 人狩をする馬鹿な奴らだから、そう凝った事をしてないとは思っていたが、そういう事だったのか。

 証拠固めをしないといけないが、どうするかな。

 僕は三島氏を狸の里に呼び出した。

 三島氏は入って来るなり、酒を飲んでいる子供の姿にぎょっとしたようだ。

「あれは、魔物ですか?」

 彼は、禿の団体さんの方を指さして聞いた。

「禿と言いましてね、初変態の時点で体の成長が止まった魔物なのですよ」

「そうだったんですか。それで、何か? 事件の進展でも」

「大体、犯人の特定は終わりました。証拠固めをしたいのですが、県警の方に動いて貰えますか」

「おお、本当ですか、ありがとうございます。県警で出来ることなら何でもいたします」

「銀行口座の確認をお願いできますか? 青柳雅子の口座にどこから振り込まれているのか、それでほぼ敵の家名が特定できます」

 口座の特定は三十分も掛からなかった。

 電話で確認をした三島氏が、振り込み元のサイトウジュンイチという名前を挙げた。

 そうですか、中隊の監督自ら選手の人狩に協力でしたか。

19

 

 僕は話を詰めるために、飯坂家の屋敷に足を運んだ。

 庭に回ると、縁側で長がげっそりとした顔であぐらを掻いて酒を飲んでいた。

「宴会終わっても、まだ飲んでいるんですか」

「まーなー、もめ事の方はどうだい、収まりそうかい?」

 僕はかいつまんでこれまでの事情を報告した。

「そうか、まー、合戦前に馬鹿な事するやつは何時もいるよな。で、どうするんだ、お前さんが狩るのかい?」

「簡単に狩れればいいのですが……」

「狩っちまいな、狩っちまいな、最近の魔物は色々めんどくさくていけねえ。人狩するような奴は気が付いた奴が狩る、それで良いじゃねえか」

「彼らは中央の選手ですし」

「まー、気にするな、中央がねじ込んできてもはね返してやんよ」

「できれば、長に中央の長と会談して頂き、善後策を協議していただきたいのですが」

「めんどくせえ。おまいさんが行って相談してきてくんな」

「長……」

 もー、仕事してくださいよ。

「良いじゃねえかよ。あと二三年すれば、おめえさんが次の飯坂の長だ。ちょっと早いだけの話だってよ」

「よしてください、ご子息がいらっしゃるじゃないですか」

「はん、魔物の長が世襲なんかしねえって、おめえさんも知ってるだろ。その土地に居る魔物で、一番の大物の魔物が魔物の世間を仕切る、それがしきたりだぜ」

「僕は大物なんかじゃないですよ」

「そう思ってるのは、おめえさんだけだよ。まあ、責任は全部俺がもつから、好きに決めてきてくんな。俺は寝る」

 そういうと長は、一升瓶を抱えてごろりと横になりまぶたを閉じた。

 まあ、アレだよな、狢の大将の言うことなんか信用しちゃだめだよな。

 長は変身の術まで使える、血の濃い大狢だしさ。

 僕は飯坂の家を後にして車に乗り込んだ。

 ホテルオライオンに着くと、妹様が出迎えてくれた。

「お待ちしておりました」

「これはご丁寧に」

「お姉様がお待ちです。どうぞ」

 エレベーターに乗って最上階、スイートルームに僕は通された。

 一歩部屋に入った瞬間、強い腐臭がした。

「ベットルームへどうぞ、お姉様はここの所、具合が悪くて……」

 ベットルームの天蓋付きベットにベールが掛けられていた。

「すいませんねー。別に貴人に対する御簾というわけじゃあないんですよー」

 ベットの上の小さな人影が、のんびりとした口調でそういった。

「病みついて、醜くなっていますんでー。こんな風な事で失礼いたしますよー」

「いえ、高名な青龍さまのご尊顔を拝し奉り光栄至極でございます」

 青龍さまが、ぷっと吹き出した。

「別に普通の人ですから、そんな時代劇みたいな事を言わなくてもいいんですよー。歳も小娘ですしー」

「いや、まあ、その、礼儀というものもありますし」

「いえ、それよりも、このほどは中央の物が、飯坂家の支配地に対して無礼な真似をいたしまして、誠に申し訳なく思っていますー」

「そんな、勿体ない。そこでです。かの物を狩りたいのですが、合戦の選手でもあります。合戦後に狩るようにいたしますか?」

「そうですねー、どうしましょうかー」

 今回の合戦は、だいたい同じぐらいの戦力になるように、綿密にメンバーの力を計ってある。

 獣頭のチームが抜けると、まず、山側の勝ちは無くなるだろう。

 御館さまは妹さまを呼び、いろいろと聞いていた。

「わかりましたー。では、合戦はそのままやっていただきたいですー」

 まあ、当然だね。人狩でのパワーアップの方は後で色々言われそうだが、まあ、それも選手の自由なので、基本は問題ないはずだ。

「で、もしも中央が勝った場合、反則負けにしてください」

「!!」

 えええっ。

「だ、大丈夫ですか、暴動とか起きませんか?」

「元々中央は『人との共存をはたす』とか、綺麗なスローガンを立てていながら、裏では汚い手を一杯使ってまいりました。去年から支配が私たちに変わったんですが、もう、そろそろ、スローガンどおりの団体にしたいと思うのですよー」

 これまでの中央はきれい事を並べるだけで、各地への進行進出が激しく、意外に武闘派な組織だった。

 確かに去年、彼女に支配権が移ってからは、ソフトムードな感じで、越境侵略事件は起こっていない。

「中央が変わった事を、こういうイベント系の合戦でもみせませんとねー」

「ご英断、と思います。連合側の態度も軟化することでしょう」

「どうかしらねー。連合さんも色々ですしー」

 笑いを含んだ声で、御館様は言った。

 スイートルームの応接室で、僕は妹様と色々と話を詰めた。

 なるほど、実権は妹様にあると聞いたとおり、彼女はなかなかの実務家だ。

「狩りはあなたお一人で? こちらからも誰か出しますか?」

「一人でやりますよ」

「獣になった獣頭五人相手に一人でですの? よほど御自信があられるのね」

「合戦の始末は委員会がつけますので」

「では、中央として県警の方へ謝罪にまいりますわ。連絡の方を教えてくださいまし」

「本当ですか、それは助かります」

 中央の幹部が謝罪に行けば、県警の態度も軟化するはずだ。

「あと、砂犬の知人に問い合わせをしましたけど、こちらで処理するならば、県警からの要請があっても、特に動く気はない、合戦後に考える、とのことですわ」

「そうですか、それは何よりです」

 僕は心底ほっとした。

 しかし、魔物の偉いさんは砂犬の知人までいるのか。

「砂犬も赤羽大戦の再現は嫌でしょうからね」

 戦後の混乱期に、東京の赤羽で警察と魔物の家との小規模衝突があった。

 最初はほんの小さなもめ事だったのだが、色々な行き違いがあり、砂犬が介入し、途轍もない大規模な武力衝突となった。

 中心となった魔物の家は消滅。人側、砂犬側にも莫大な被害があった。

 たしか、柿崎先生の処女著作が、赤羽大戦のルポタージュだったはずだ。

20

 

 三島氏に連絡を入れて来て貰い、妹様に引き合わせたあと、僕は事務所へ戻った。

 とりあえず、もめ事は片がついたと言ってもいいだろう。

 事務所の中に犬子は居なくて、桜庭さん一人だった。

「あれ、犬子はどうしました?」

「遅くなりましたので、帰ってもらいましたよ。彼女たちは合戦の選手ですので」

 不用心な。まあ、何も無かったようで、杞憂でよかった。

「犬子さん、よく食べますね、冷蔵庫の中が空っぽになりましたよ」

「禿の人って、体にしては沢山たべますよね、新陳代謝が高いのかな?」

「人狩の方はどうなりましたか?」

「ほぼ片づきました。合戦後に奴らを狩ります」

「合戦後に呼び出す感じですか? 逃げてしまいませんか?」

「狩り手から逃げたら事実を認めた事になり、どっちにしろ彼らは終わりです」

 狩られた場合は、それを撃退しなければ、明日はない。逆に言うと狩り手を撃退さえ出来れば、やってない、と抗弁することができる。

 魔物の正義は力なので、勝てば、意外に何でも横車が押せる。

「狩り手は犬子さんですか?」

「僕がやります」

 桜庭さんが大丈夫ですか? という目で僕を見た。

「大丈夫、僕も意外に強いのですよ?」

「では、今度合戦で刃を交えてください」

「良いですね、機会があれば」

 もちろん、僕も桜庭さんも合戦の事務屋で出場はしないので、そんな機会はないだろう。

 僕は書類をチェックして、合戦の準備を確認した。

 よし、どこも遅延している部分はない。

 あとは、明日の開催を待つだけだ。

「本当に桜庭さんにはお世話になりました」

 僕は桜庭さんに頭を下げた。

 この三ヶ月、彼女の働きがなかったら、こんなに立派な運営は出来なかったろう。

「いえいえ、三砂さんも初めてにしては素晴らしい運営で、さすが、プロのホテルマンと思いました。色々勉強させて頂きました」

「大きなイベントは初めてで、ここまで来ると、色々反省点がでますね」

「まだまだ、合戦が終わるまで気はぬけませんよ」

「これは一本とられましたね」

21

 

 サクサクと砂を踏みしめて、海岸を家へと向かう。

「うー」

 ウーさんが今日は中世の狩衣のような、巫女服のような格好で浜辺に居た。

 僕に気が付くと、ウーさんは大きく手を振った。

「こんばんわー。今日はお散歩ですか?」

「うーうーっ」

 ウーさんは激しくうなずいた。

「明日の合戦、がんばってくださいね。応援していますよ」

「うー」

 ウーさんは邪気のない感じでニッコリと笑った。

 そして拳を突き出した。

 うーん、何のポーズですかそれは。

 とりあえず、僕も拳を突き出してみた。

 ウーさんは僕の拳に自分の拳をとんと当てた。

 そして、ウーさんはいきなり狩衣をはだけると、するりと全裸になって、海の中に走りこんだ。

 お面を付けて、鳥のような、鯨のような、エイのような姿に変態し、水しぶきを高く上げて、海へ飛び込んでいった。

 彼女は、何度も何度も波を蹴立てて空中に飛び上がりながら、沖合に向け泳いで行った。

「ウーさんも人前の変態に対して、まったく羞恥心がないよね」

 

――月明かりの道【三】へつづく――


 
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