「見渡す限り、黒一色だな」
一刀が眼下に広がる光景に、そう感想する。
「顔も黒い布で隠していますね。やはり旗は無いようで」
その隣で体を伏した関羽が言う。
汝南での戦の後、華雄から報告を聞いた一刀は、兵士たちを休ませるため、そして、自身の目で相手を確認するため、関羽と華雄を伴って自ら偵察に出た。
「どうだ二人とも。どこの軍か判るか?」
同じく、一刀の横で伏せる華雄が二人に問う。
「いや」
「私もだ。強いて言えば、曹操どののところの軍勢に似てはいるが、もっとも特徴的な髑髏の装飾がない」
「はずしているだけと言う可能性は?」
華雄が関羽に問い返す。
「ありえないな。それに、兗州はごたごたの真っ最中だし、華琳もいないんだ。ここにいる可能性は低いよ」
関羽に代わり、答える一刀。
「その線でいくと、荊州軍もないか」
「・・・完全に、正体不明、ですね」
その正体不明軍の陣中。
「・・・王双が死んだわ」
黒衣をまとい、鏡の前に座る女性が言う。
「ふん。どうせ力しか能の無い男よ。私たちと同列にいること自体が、おこがましかったのよ」
今度はその後ろに立つ、まったく同じ黒衣の女性が、吐き捨てるように言う。
「・・・それは、彼を選ばれた仲達さまをも否定することにならない?」
「・・・そうね。失言だったわ、訂正する。それより、近くにネズミが三匹ほどいるけどどうする?”あいつ”もそこにいるわよ?殺るなら今だと思うけど?」
ピーーーン、と。立っているほうの女性が、手に持った琴を爪弾き、言う。
「・・・無駄よ」
「何故?」
「あの男、今回はあくまで、この外史の住人よ。正真正銘の、ね」
「つまり、あいつを殺っても、影響は無いと?」
少しむっとする、琴を持った女性。
「まったく無いとは言わないわ。けど影響はうすいわね。だから」
「やつを殺すのは、あくまで過程のひとつに過ぎん」
突如、天幕の中に響く声。
「「仲達様」」
座っていた女性も立ち上がり、二人そろって振り向き、拱手する。
そこには、いつの間にか男が一人立っていた。
やはり、その衣装は漆黒。顔も黒い仮面で隠していた。
「”影”を我々の元に放たれるということは」
「いよいよで?」
「そうだ」
二人に問われてうなずく、仲達と呼ばれた男。
「仕込みはすべて整った。人形も洛陽で動き出す。お前たちも予定通りに動け」
「「御意」」
二人が頭を下げて返事をすると、フッ、と掻き消える”仲達”の姿。
「さてと、久々の戦ね。・・・フフ、今回はどれだけの血が浴びれるかしら?」
ぺろりと、舌なめずりをする琴を持った女性。
「・・・戦か。私はあんまり好きじゃないのだけど」
「殺すより、手玉に取るほうが得意だものね、あなたは」
「だって楽しいじゃない。馬鹿な男どもがいい気になっているのを見るのは」
にやりと笑い、傍に立て掛けてあった戟を手に取る女性。
「悪趣味なことで。・・・では、そろそろいくとしますか、”貂蝉”」
「ええ、いきましょう。”蔡琰”」
天幕を出る二人。
その二人の前には、総勢五万の漆黒の軍勢。
「さあ、皆の者!!出陣のときよ!!」
「われらが精兵たちよ!死をも恐れぬ死兵ども!!思う存分に舞うが良い!!」
一拍おいて、
「「虎豹騎、出陣!!」」
「なんなのだこいつら!斬っても突いても、まったく怯まんぞ!!」
自身に襲い掛かる黒ずくめの兵士たちを、次々となぎ払う華雄。
だが、彼らは怯むどころか、声一つ上げず、味方が倒されても何の反応もしない。
近くにいた兵士が、
「しょ、将軍!味方は完全に押されています!!このままでは総崩れに、ぎゃあ!!」
背後から斬られ、絶命する兵士。
「っ!!貴っ様らあああああ!!!!」
金剛爆斧をふるい、十人ほどを吹き飛ばす華雄。
(一刀、無事でいてくれ。お前が死んだら私は・・・)
そう思考する華雄に、さらに襲い掛かる黒衣の兵士たち。
「くっ!全軍退けっ!!無理はするな!!体勢を立て直し、隊伍を整えて後退するんだ!!」
偵察を終え、本陣に戻った一刀たちは、黒ずくめ軍への対応を話し合っていた。
そこへ、その黒ずくめ軍が、汝南方面に進軍を開始したとの報告が、もたらされた。
対応も策も何も決まっていなかったが、仕方なかった。
汝南での戦いで取り込んだ、周倉、陳到の二人の将兵も含めて、敵にあたることになった。
そして、大急ぎで出陣の支度を整えた、その時だった。
「趙雲さん?!何故あなたがここに?!」
一刀たちの下を、以前平原で知り合った趙雲が、突然訪れた。そして、
「柊どの、琥珀殿に、翡翠殿も!その姿は一体?!」
思わず声を上げる関羽。
そう。
趙雲は徐州で留守番をしているはずの、孫乾、糜竺、糜芳の三人を伴っていた。
だがその姿は、着ている衣はボロボロ、全身は傷だらけという状態だった。
「申し訳ありません!!」
孫乾がその場に土下座をする。
「柊さん?!」
「すべては私の責任です!!陳父子を侮った私の・・・!!」
ボロボロと涙を流す孫乾。
「一刀様から頼まれたとおり、陳珪、陳登の父子に、一刀様に協力してくれるよう交渉しました。ですが・・・」
そう、一刀は徐州を発つ前、先に反乱を起こして囚われていた、徐州の名士である陳父子に、徐州のために協力してくれるよう、孫乾に交渉を頼んでいた。
そのとき、孫乾はなぜか肩を落としてため息をついていたが。
「・・・渋りながらも、徐州のためならばと、協力を約してくれました。ですが・・・」
「その三日後です。どこから集めたのか、全身黒ずくめの軍勢を伴い、城を襲ってきたのです」
「黒ずくめの軍だと!?」
「ああ。・・・どうかしたのか?」
驚く華雄に糜芳が問う。
「一刀、まさかと思うが」
一刀のほうを見る華雄。
「趙雲さんには、そこで助けてもらったってことでいいかな?」
「・・・はい」
うなだれる三人。
一刀はその三人の傍に歩み寄り、そして、そのまま三人を抱きしめた。
「か、一刀さま?!」
「一刀さん?」
「一刀?」
「良かった・・・。三人が無事で・・・。ほんとに・・・」
震える声で言う一刀。
それを聞いた三人は思った。
(((一生この人についていこう)))
と。
「「おっほん!!」」
わざとらしく咳払いをする、劉備と関羽。
「そ、そうだ。趙雲さん、三人を助けてくれて、本当にありがとう」
慌てて三人から離れ、趙雲に頭を下げる一刀。
「なに。もともと劉翔殿に仕官するつもりで、徐州に赴いたのです。手土産代わりにはなりましたかな?」
笑顔で言う趙雲。
「十分すぎますよ。・・・歓迎します、趙雲さん」
「星、とお呼び下さい。この趙子龍、我が槍を貴殿にお預けいたす」
そして、許方面から進軍してきた黒い軍団との、戦端が開かれた。
「はあっはっはっは!!これがあの関雲長の実力か!?・・・ふざけてんのか、ごらあ!!」
その美貌からは想像もつかないような、汚い言葉を関羽に向ける蔡琰。
「ぐっ・・・。なんなのだこいつ。呂布や義兄上、いや、それ以上の武だと?」
全身ボロボロになり、肩で息をしながらも、偃月刀を構える関羽。
「ふん。これじゃあ、”月氏琴”を使う必要も無いわね。・・・死んどけよ、弱いやつあよう!!」
剣を振り上げる蔡琰。
「そうはさせないのだ!!」
がきいん!!
蔡琰の剣を弾き飛ばす、一つの影。
「鈴々!!」
関羽の隣には、いつの間にかやって来ていた張飛が立っていた。
「愛紗!無事なのか!?」
「ああ。助かったぞ、鈴々。・・・気をつけろ、こいつ、義兄上以上に強い」
「わかってるのだ。・・・おまえ!!今度は鈴々が相手なのだ!!」
蔡琰に蛇矛を向ける張飛。
「あらあら、可愛いお嬢さんだこと。こんなおちびちゃんが張飛ねえ」
フ。
「え?」
「にゃ?!消えたのだ!!」
「こっちよ」
どがっ!!
「にゃあっ!!」
突然背後に現れた蔡琰に、吹き飛ばされる張飛。
「鈴々!!」
「くっくっく。・・・さ、それじゃあ姉妹仲良く、逝っときな!!」
「あらあら。そんな怖い顔しちゃだめよ?かわいい顔がだ・い・な・し・よ?」
一刀と対峙するは貂蝉。
「・・・お姉さんこそ。美人なのにやることがえげつないね」
息を乱しながらも、貂蝉に対して笑ってみせる一刀。
貂蝉は一刀に対して、わざと致命傷を与えず、ちくちくと傷を負わせていた。
「お褒めいただき光栄だわ。お姉さんお願いがあるんだけど、その首、自分で落としてくれないかなぁ?そうしてくれたら、お姉さんうれしいんだけどな」
にっこりという貂蝉。
「・・・やなこった」
「そう。それじゃあ仕方ないわね。・・・死になさい」
笑顔から一転、冷徹な表情になって言う貂蝉。
そこへ。
「お兄ちゃん!!」
「!!馬鹿!来るな桃香!!」
駆け寄ってくる劉備を制止しようと、大声を張り上げる一刀。
「ふーん。あれがこの外史の劉備ね。・・・くす。良い事思いついちゃった」
ふっ、と。
貂蝉の姿が掻き消える。
「「え?」」
と、一刀と桃香が思った瞬間、
ガシッ!
「キャアッ!!」
背後から黒鎧の兵士に、羽交い絞めにされる劉備。
「何!?いや!放して!!」
劉備がもがく。しかし、一向に振りほどけない。
「クスクス。だめよ、劉備ちゃん。おとなしくしてないと。でないと・・・」
ビリリリィィィィィ!!
「い・・いやあああああ!!!!」
劉備の服を真っ二つに引き裂く。
「桃香!!」
「あらあら、かわいい声。それに、きれいな胸。クス。ねぇ、劉翔ちゃん?あなた、この娘が欲しくない?・・・もちろん、”妹”としてじゃなく、”女”として」
「「!!」」
「だって、劉翔ちゃんてば、実の兄妹なのにこの子を「黙れ!!」・・・!!」
貂蝉の言葉を、大声でさえぎる一刀。貂蝉は思わず気圧される。
「それ以上ぬかすな。・・・殺すぞ」
「お兄ちゃん・・・」
(この人、今なんて言おうとしたの?お兄ちゃんがあたしを・・・?本当に?)
ほぼ全裸の状態で敵に捕まっているのに、喜色を顔に浮かべる劉備。
その時だった。
どおおおおおおーーーーんんんん!!!
突然、大地が揺れた。
「なに?!」
貂蝉の気が、わずかにそれる。
「!!このおっ!!」
劉備が、兵士を背負い投げで貂蝉の方に投げ飛ばす。
「な!しまった!!」
体制を崩す貂蝉。
「桃香!!」
「お兄ちゃん!!」
互いの元へ駆け寄ろうとする、一刀と劉備。
「おのれぇ!よくも私の美しい顔に!!二人そろって死ねぇええええ!!!!」
ブオンっ!!
先ほどまでとはうって変わって、鬼女のような形相で、二人に向かって戟を投げる貂蝉。
「あぶない!!」
「え?きゃ!!」
戟をよけた弾みで、傍を流れる川のほうへ倒れこむ一刀と劉備。
そして、
ガラッ。
「「え?」」
がらがら、どどおおおおんんん。
「うわあああああ!!」
「きゃあああああ!!」
二人の乗った地面が崩れ、そのまま、川の中へと落ちていった。
「ちっ!!・・・まあいいわ。・・・それより、よくも邪魔してくれたわね、この偽者が」
「あ~~ら。ご主人様を守るのが、私のす・べ・て・だもの。当然でしょ?・・・さて、やるのかしら?」
「冗談。筋肉だるまと取っ組み合う趣味は無いの。じゃね」
すう、と。
それだけ言って消える貂蝉。
「・・・懲りない人たちね、ほんと。・・・ご主人様、桃香ちゃん、生きてなきゃ、駄目だからね。仲達を止められるのは、あなたたちだけなんだから」
その後。
徐州軍は黒鎧の軍勢、虎豹騎によって壊滅。
将たちも行方知れずとなった。
それから数日後。
洛陽で、元十常待筆頭、張譲によってクーデターが勃発。
皇帝劉弁、相国董卓、賈駆文和の三名が死亡。
劉弁の妹である協は、禁軍将軍・曹操の手により、兗州へと逃れた。
また、涼州においても、大将軍・馬寿成、長安太守・慮植の二人が、匈奴の者たちによって討ち死にした。
洛陽にいた馬騰の子、馬超と、その従姉妹・馬岱の二人は、洛陽からの脱出後、行方不明となった。
時に漢の黄平三年。
時代は混迷の渦へと、巻き込まれていくのであった。
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刀香譚、十八話です。
いよいよなぞの軍勢とぶつかる一刀たち。
その正体は?
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