一刀たちが徐州に入ってすでに三ヶ月。
その間、一刀たちは苦労と苦悩の連続であった。
徐州という土地は、もともと名士-つまり、有力豪族の影響力の強い土地である。
ゆえに、新参の一刀たちを快く思わないものがほとんどであった。
それを打開するため、一刀たちはその名士の中でも、特に強い発言力を持つ、孫家と糜家に協力を仰いだ。
勿論最初は、両家とも難色を示した。
いかに皇族の一門とはいえ、それがそのまま信用の証になるわけではない。
一刀と桃香は、政務の合間を見ては、それこそ毎日のように両家を訪れ、時には自分たちの屋敷に招いて、両家を口説いた。
それが二月も続けば、さすがに両者とも気心が知れて来るものである。
孫家の家長である孫乾と、糜家の家長、糜竺・糜芳の姉妹はすっかり一刀と桃香に惚れ込み、気がつけば、全員真名で呼び合う仲になっていた。
「じゃあ、他の名士たちには、義ではなく、利を以って口説いた方がいいと?」
亜麻色の髪の女性、孫乾・公裕-真名を柊(ひいらぎ)に、問い返す一刀。
「はい。われら三名は一刀さまと桃香さま、お二人のその深い御心に感銘を受け、臣下の礼をとりました。ですが」
「他の豪族たちは、人の心の繋がりなどは何の役にも立たないと、豪語するものばかりです」
柊に続いて話す、白髪の、見た目は幼い少女にしか見えない人物、糜竺・字は子仲。真名は琥珀。
「けどお兄ちゃん。利を持って口説くのはいいけど、何を以って利とするの?」
そう一刀に問う、桃香。最近はすっかり、お兄ちゃんと呼ぶのが普通になっている。
「そうだな。まずは、楼桑村から桑の木と蚕を、こっちにいくらか移させてもらうか。・・・さつ、あ、いや、簡雍さん、手配をお願いします」
「心得ました」
五月-簡雍が一刀に返事をする。
一刀が徐州牧になったことで、その臣下である五月もこちらに移っていた。
「あとは・・・、そうだな。翡翠さん、塩の製造ってやってるんですか?」
一刀がもう一人の白髪の女性、糜芳・字は子方-真名を翡翠に問う。
「やってることはやってるが、基本的に塩の売買は、一部の塩商人に抑えられているからな。我々が入り込むとなると、ちと厄介かもな」
この時代、貴重な塩の販売は、二種類の経路に限られていた。
つまり、朝廷直轄のものと、一部の民間人によるものである。
そのどちらも塩そのものの質は、ほぼ同じである。
しかし、実際には民間人の手による塩の売買が、市場をほぼ独占していた。その理由は、値段である。
朝廷直轄の塩には、相場の二十倍という値がついている。勿論これは、売買を管理している者たちが、私服を肥やすためにかけた税のせいである。
一方、民間人による塩は、その半分ほどだ。それでも十分高価であるが、人にとって塩は欠かすことのできないものである。
少々値が張っても、その需要は大きいのである。
「ものが同じであれば、少しでも安いほうに、人の目は行くもの。安く、しかも大量に、生産できるのであれば、我々が食い込むこともできましょうが」
という愛紗。
「今の塩の作り方って、海水を人の手で汲んで、それを地面にまいて、天日で乾かす、だっけ」
「よくご存知で。そのとおりです。なので労力が並みではありませんので、どうしても値が張ってしまうのです」
一刀にそう答える柊。
「ねえ、お兄ちゃん。例の方法、試せないかな?」
「うん。俺もそれを考えてた」
「例の方法、とは?」
琥珀が一刀に問う。
「潮の満ち引きを利用するのさ。干潮時に、潮の引いた所を柵で囲んでおくんだ」
簡単な絵を描きつつ、説明する一刀。
「なるほど。そうすれば再び潮が満ちて、勝手に海水がたまる。後は、再び潮が引いた後に、さらに柵を設けて、今度は水が入らないようにしておけば」
「うん。後はただ乾燥するのを待つだけってこと。これなら、労力はかなり減る」
「ふむ。試してみる価値は十二分にありますな。早速、うちの職人たちにやらせて見ましょう。一月あれば結果は出るでしょう」
一刀が描いた図を懐にしまう柊。
「それにしても、このような方法、どうやって思いつかれたのですか?」
琥珀が一刀に問う。
「実際に思いついたのは桃香なんだけどね。私塾時代の友人で、孫権って子がいるんだけど」
「孫権?もしや、揚州の孫家の者ですか?」
孫権の名に反応する柊。
「あ、そういえば姓が同じですね。何かご関係が?」
愛紗が柊に問う。
「関係も何も、孫家の現当主、孫堅どのは、私のはとこなのです」
「へ?」
「はとこ?ほんとうですか?」
驚く一刀たちにうなづく柊。
「私の母の姉の娘が文台殿の母御です。まあ、実際に会ったことはないのですが」
「・・・あの~。話を戻してもらっていいですか?」
琥珀が脱線した話を、本題に戻そうと口を挟む。
「あ、すいません。で、その蓮華、いや、孫権から聞いていたんですよ、塩の製法を。で、あまりにも非効率だったんで、なんかいい方法はないものかと、みなで話し合った事があるんです」
「で、それを考え付いたのが桃香さま、と」
「うん、まあ」
照れる桃香。
「やっぱりお姉ちゃんは、頭いいのだ」
「そうだな。良い義姉を持てて、我らは幸せ者だな、鈴々」
「も~、二人ともそんなに褒めないでよ~。恥ずかしいよぅ」
『あははははははは』
笑い声がこだまする、室内であった。
それからさらに三ヵ月後。
一刀たちの方策が功を奏し、いくつもの名士たちが一刀に臣従を誓った。
さらに、塩の値が安価で安定したことで、民も一刀たちをようやく認めた。
一部、塩の売買で利益を得ていた者たちが反発し、軍を率いて反乱を起こしたが、所詮兵の錬度が違いすぎた。瞬く間に反乱は鎮圧され、しかも、敗れた名士たちがこれまで貯めこんでいた、かなりの財を民に還元することで、一刀たちの徐州での地位は、完全に安定した。
そしてある日のこと。
一刀たちの下を来客が訪れた。
「カズくん!みんな!ひさしぶり~!!」
「輝里(かがり)!!元気だったかい!?」
そう、幽州で別れた輝里こと、徐庶であった。
「約束どおり、カズくんの力になりにきたよ!カズく、いえ、劉北辰さま。この徐元直。劉翔様にお仕えすべくまかりこしました。ぜひ、ご陣営にお加えくださいませ」
うやうやしく跪く輝里。
「もちろん。みんなも良いよね?」
「もちろんだよ!!輝里ちゃん、よろしくね!!」
「私も異論はありません。徐庶どの、その知、期待させていただきます」
「鈴々も大歓迎なのだ!!」
「私は孫公裕です。よろしくお願いいたします」
「糜子仲。よろしくです」
「その妹、糜子方だ。よろしくな」
輝里に挨拶をする一同。
「改めまして、私は徐庶元直。真名は輝里です!この真名、皆さんにお預けします!!」
そう言って、礼をする輝里であった。
「・・・と・こ・ろ・でェ。ね~え、カ~ズくん。例のや・く・そ・く、なんだけど」
顔を上げ、そう言いながら一刀にとことこと近づく輝里。
「約束?・・・・・・ちょっとまて、まさかそれって」
「そ!今度会ったら、カズくんのお嫁さんにしてくれるっていったよね?」
「まてまてまて!!俺はそんなことは一言も言ってないぞ!!お前が一方的に言っただけだろが!!」
「え~?そ~お?じゃあ、あらためて」
ぎゅっと。
一刀に抱きつく輝里。
「カズくん。あたしをカズくんのお嫁さんにしてく、ほえ?」
「・・・・・・・・・」
輝里が一刀の表情の変化に気づく。
そして後ろを振り向くと、そこには。
「カーガーリィーチャーーーーン?」
「ナーニーオーシーテーマースーカー?」
すごい形相の、桃香と愛紗がいた。
「ト、トウカオネエチャン?アイシャサン?メガ、メガコワイデスヨ?」
一刀から離れ、じりじりとその場を離れようとする輝里。
「「ニガスガーーーーーーーー!!ゴンンンンノ、マセガギィィィィィ!!!!」
「イヤアアアアアアアア!!!!」
逃げ出す輝里と、それを追いかける桃香と愛紗。
「・・・アイシャゴン降臨なのだ」
「というか、あの標的って、女子もなるんですな」
「・・・さらば輝里。君の事は忘れない。どうか安らかに」
手をあわせる一同であった。
「たああすけてええええええええ!!!!」
あとがき
さてさて。
十四話でございますよ、と。
いかがでございましたでしょうか。
オリキャラが一気に三名登場です。
全員、正史で劉備の陣営に加わった人ばっかです。
で、作中の塩に関することなんですが、
実際にそういう風だったかどうかはわかりません。
世界中どこの国でも、当時塩は貴重だったでしょうから、
こんな風になっててもおかしくないよなーと。
妄想の結果でございます。
もうひとつ、孫家について。
すいません。謝ります。
妄想大暴走です。
実際にはまったく関係ない両・孫家ですが、ここではこんな関係にしました。
後々のための伏線のつもりです。
どう関係してくるかは、はるか先のことですが。
あと、輝里が正式参戦です。
キャラ的には、蒲公英とシャオを足して二で割ったような子だと、思ってください。
例の徐州三人組についても、そのうち紹介したいと思ってます。
それでは、また次回にて。
コメント、(できたら支援も)お待ちしております。
それでは~。
Tweet |
|
|
133
|
11
|
追加するフォルダを選択
刀香譚十四話です。
徐州に入った一刀たち。
そこに待ち受けていたのは、名士という壁。
続きを表示