虎狼関。
漢都・洛陽に至るための最大の壁。
その前面にて対峙する、二つの軍。
劉北辰率いる西涼軍八万と、袁本初率いる反西涼軍、十万。
両軍はまさに、一触即発の状態にあった。
軍の先頭に立つ一刀を、冷ややかに見つめる少女、賈駆。
(・・・まったく、月も杏さまも、何を考えてるんだか。こんな男に全軍の指揮権を預けるなんて)
話はほんの少し前、虎狼関内部でのこと。
「詠ではないか。どうした、わざわざ虎狼関まで出張ってくるとは」
そういって賈駆を出迎える華雄。
「月と杏さまから劉翔に書状を届けに来たんだけど、霞達はもう?」
「ああ。今頃は白蓮達と合流して、汜水関の後方にむかっているはずだ」
「華雄どの、お客人なのですか?」
そこに姿を現す一人の少女。
「ねねか。丁度いい。すまんが劉翔たちを呼んでくれんか。詠が月さまからの書状を届けにきていると」
「・・・仕方ないのです。少し待っているのですぞ」
そういって部屋を出て行く少女。
名は陳宮公台。なりは小さいが、一応賈駆とともに董卓軍の参謀を務める、軍師の一人である。
「あれもよくやってくれている」
「まあね。・・・最近はちょっと恋にべったり過ぎるけど」
「フフ。まあ、出会いが出会いだ。ああなるのも仕方あるまい」
「お待たせなのですぞ」
ねねが一刀と桃香、愛紗と真紅の髪の少女、呂布-恋を連れて戻ってきた。
「おまたせ。元気そうだね、賈駆さん。相国様たちからの書状ってことだけど?」
「・・・正直、あたしはまだ納得してないんだけどね。・・・いい?読むわよ」
こほん、と、咳払いをひとつして、手の中の書状を開き、読み始める賈駆。
「相国・董仲頴、及びに、大将軍・馬寿成の名において、虎狼関における全軍の指揮権を、劉北辰に一任する」
「・・・は?」
唖然とする一刀。
「なに間抜け面してんのよ。たった今から、虎狼関にいる八万の兵の総大将になる男が」
「すっごいじゃない!お兄ちゃんてば!!」
「さすが相国さまと大将軍閣下。義兄上のことをわかっていらっしゃる」
「頑張れよ、劉翔」
「恋も頑張る。・・・一刀も頑張る」
「恋どの~!ねねもがんばるのですぞ~!」
盛り上がる周囲の者達。
ただ一人困惑する一刀は、
「てか、何で俺?」
と、思わず問う。
「さあ?ともかく、あたしもここであんたを手伝うから、へましたら承知しないわよ?月のいる洛陽に、あんな連中を近づけるわけにいかないんだから」
委任状を一刀に手渡し、そっぽを向く賈駆。
「まいったな、こりゃ」
一人つぶやく一刀であった。
場面は再び虎狼関前。
西涼軍の先頭に立つ一刀が、さらに一歩踏み出す。
「われこそは、董相国、および馬大将軍より、全権を預かりし、劉北辰なり!!袁本初!曹孟徳!居るのであればわが前に進み出よ!!」
一刀の呼びかけに、袁紹と曹操が前に進み出る。
「お久しぶりですわね、一刀さん。相も変わらず、貧乏くさい顔ですこと」
「・・・久しぶりね、一刀」
「・・・・・・・・・・」
だが、二人の言葉にまったく無反応の一刀。
「ちょっと!!自分から出て来いといっておいて、無視するとはどういう了見ですの!?」
「黙れ、袁紹!!」
ビクッ!!
一刀の怒気のこもった声に、身を縮める袁紹と、対照的に微動だにしない曹操。
「本来であれば謀反人として即座に討ち取るところ!!されど昔のよしみに免じ、此度の反乱に対する釈明の機会を与えよう!!申したきことあれば申すがいい!!」
「反乱、ですって?何をおっしゃっていますの?私達は洛陽にて帝を傀儡とする、董卓さんと馬騰さんの討伐の勅を頂いているんですのよ!そうでしょう、華琳さん!?」
「・・・ええ、そうよ」
袁紹の言葉に頷く曹操。
「ならば曹孟徳よ!その勅が本物である証を示せ!そしてそれを、そなたに届けしはどこの誰かも!!」
「答える必要はないわ。一刀、裏でいろいろ仕掛けをしているみたいだけど、全ては無駄なことよ」
曹操がさらに一歩前に踏み出す。
「おそらく今頃、汜水関に別働隊が回ってるのでしょう?再度占拠するために。でもあそこは孫文台が一万五千の兵で守ってるわ。落とすのはかなり困難よ?」
にやりと笑う曹操。
「ちょっと華琳さん!!どういうことですの?!私は聞いていませんわよ!!」
「そ、そうじゃ、そうじゃ!なぜ妾たちに何も言わんのじゃ!!」
袁紹の従姉妹である袁術も、隣に立つ腹心の張勲にしがみついたまま、曹操を責める。
(言っても仕方ないからだろうな)
頭の中でそう思う一同。
その二人を無視し、曹操は話を続ける。
「一刀、私を止めたいのなら、まず力を見せなさい!この曹孟徳のひざを屈したければ、言葉ではなく、己が力を以って!!」
一刀にそう言い放ち、その目を見据える曹操。
「良いだろう!ならば我ら大義の軍の力、身を以って味わうが良い!!」
一刀が腰の靖王伝家を抜き放ち、そのまま天へ掲げる。
「我ら劉翔隊は、正面の曹操軍に!華雄隊は袁紹軍!関羽隊は袁術軍へ!全軍、抜刀!!」
「麗羽!袁術!何をしているの!こちらも戦闘体制を!!」
「そ、そうですわね!お話は後でゆっくりと聞かせていただきますわよ、華琳さん!」
自陣へと戻る袁紹と袁術。
「春蘭!あなたは一刀を抑えなさい!秋蘭は季衣と流琉を連れて、呂布の足止め!」
「「御意!!」」
そして、
『全軍・・・・・・かかれーーーー!!』
戦いの幕が、切って落とされた。
前曲が激しくぶつかりだしているころ。
反西涼軍の後曲にいる、陶謙軍と孔融軍の陣。
「始まったようだな」
緑の装束をまとった男、孔融が言う。
「ふむ。それにしても西涼の者達は強いの。異民族相手に戦い続けてきただけはある」
今度は、水色の装束の初老の男性、陶謙が、感心したように言う。
「それは認めるがな。所詮は田舎ものの集まり。気品のかけらも無いような者が、相国や大将軍になるなど、許されんわ」
忌々しそうに言う、孔融。
「・・・気品、のう。果たしてそんなもの、本当に必要かの。あの高祖とて、最初は田舎の県令だったではないか」
「・・・それはそうだが・・・。まあ、なんにせよ、この戦の後のことを少しは考えておかねばな。・・・どちらが勝つにせよ、だ」
孔融がそういったときだった。
「申し上げます!!」
兵士の一人が、二人の元にやってくる。
「何事か?」
「は!汜水関の門が開き、孫の旗の軍勢が出て参りました!!」
「なに?孫堅が?・・・どういうことじゃ?」
「おおかた、もっと功がほしくなったとか、そんなところだろう。所詮は田舎もの。底が知れて居るわ」
かかか、と、笑う孔融。
「そ、それが、旗は一つだけではありません!二つの「張」と「馬」、そして「公」の旗も共に出てきております!!」
「な、なんじゃと!!」
「孫文台め!!まさか寝返っておったのか!!もしや、関に残ったのはそのためか!!」
動揺する二人。そこに、馬蹄の音が、確実に近づいてきていた。
場面は再び前曲。
「つありゃーーーーー!!」
「なんの!!」
ギイン!!と、金属のぶつかる音が響く。
「よくもまあ、片目でこれだけ戦えるもんだ。感心するよ、夏侯惇」
つばぜり合いの状態のまま、一刀が相手に言う。
「ふん!貴様如きに褒められたところで、嬉しくもなんとも無いわ!!この夏侯元譲、華琳さまに歯向かうものは全て、この七星餓狼で切り刻んでくれる!!」
ガキイン!!と、再びの金属音と共に、距離をとる両者。
「なるほど。華琳はいい人材に巡り会えたもんだ」
「貴様如きが、華琳さまの神聖な真名をよぶな!!華琳さまが穢れる!!」
夏侯惇の言を聞いて、にやりと笑う一刀。
「華琳」
ぴくっ。
「華琳、華琳、華琳、華琳、華琳、華琳(以下続く)」
「きっ・・・!!貴っ様ああーーーーー!!」
曹操の真名を連呼する一刀に、怒り心頭となって突っ込む夏侯惇。
「・・・この位のことで我を忘れるか。まだまだ、未熟だな」
振り下ろされる七星餓狼を軽々と避け、そして、
「ふっ!!」
どごっ!!
「がはっ!!」
靖王伝家の柄を、思い切り夏侯惇のみぞおちにくらわす一刀。
「華琳さま・・・。もうしわけ、ありま、せ・・・」
ドサッ、と。
その場に倒れる夏侯惇。
「曹操軍が将、夏侯元譲!劉北辰が捕らえたり!!」
一刀の声は、少し離れた場所で、馬上の人となっていた曹操の耳にも届いた。
「春蘭がやられたの?・・・相変わらず、剣の腕は確かみたいね。・・・桂花、秋蘭たちは?」
曹操が、自身の後ろに控える少女、荀彧に問う。
「・・・先ほど、彼女の旗が降ろされるのを確認しました・・・」
「そう。・・・仕方ないわ。我々も前に出る!!直ちに進軍を・・・!!」
「た、大変です!!」
「何事か!!」
後方から駆け寄ってきた兵に、荀彧が問う。
「後曲の陶謙軍、および孔融軍が、「孫」、「馬」、「張」、「公」の旗の軍勢に急襲され、壊滅!!孔融さまは、討ち死に!陶謙様も、捕らわれたとのこと!!」
「・・・なんですって?」
愕然とする曹操。
(孫堅が寝返った?どうして?一刀たちが何かした?だとしたらいつの間に、どうやって?)
「か、華琳さま・・・」
「え?」
荀彧の声で我に返り、正面を見る曹操。
そこには、
「・・・華琳」
「一刀・・・」
一刀が曹操のすぐ傍まで来ていた。
「華琳さま!!」
荀彧があわてて曹操の前に出る。
「・・・やってくれたじゃない、一刀。いつの間に孫堅を篭絡したの?」
「・・・汜水関の時さ。華雄さんに、孫堅にあてた手紙を届けてもらったのさ」
「・・・そう。一騎打ちの間にこっそり忍ばせた、と。けど、あの孫文台が簡単に寝返るとはね。どんな悪知恵を使ったわけ?」
あくまでも冷静に問う曹操。
「たいしたことは書いていないさ。書いたのも桃香だけど。『孫文台には、反乱軍にあえて参画し、うちから崩す役目を任す。汜水関にて、こちらの手勢と合流すべし』それだけさ。あ、一応陛下にも承認の印は押してもらったけどね」
「・・・ふ、ふふふ。ふはははは」
「か、華琳さま?」
突如笑い出す曹操。
「あはははははははは!!この曹孟徳をこれほどまで出し抜くとはね。・・・どうやら私の認識が甘かったようね。・・・で、私をこの後どうする気?打ち首にでもする?」
「・・・」
「それとも、一生あなたの慰み者にでもするのかしら?」
「・・・それを決めるのは俺じゃない。洛陽に居られる陛下たちだ。おとなしく来て貰おうか、曹操孟徳」
あえて、姓名を呼ぶ一刀。
「いやだ、と言ったら」
「力ずくになる」
にらみ合う一刀と曹操。
しばらくして、馬から下りる曹操。
「華琳さま?」
「桂花、あなたも馬を下りなさい。そして私の旗を降ろしなさい。・・・私の負けよ、一刀」
曹操が降伏してまもなく、袁紹と袁術も、それぞれ華雄と愛紗に捕縛された。
虎狼関の戦いは、こうして終結した。
西涼軍の勝利を以って。
翌日、
一刀たちは残兵をまとめ、洛陽へと、帰還の途についた。
みな、晴れ晴れとした表情であった。
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刀香譚の十一話、後編です。
虎狼関戦、決着です。
では、どうぞ。
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