打ち捨てられた砦に住み着いていた、盗賊の悲鳴が木霊する。夜の闇に炎が揺れ、不気味な影が宙を舞った。
「ひっ!」
息を呑む盗賊の前に、人影が舞い降りる。マントのようにスカートを翻し、眼鏡を光らせて冷たい微笑みを浮かべる美少女だ。
「さんざん悪さをしてきたのでしょう。この辺りで観念しなさい」
「く、来るな! この吸血鬼め! 俺の血を吸う気なのか?」
「男性の血を吸う趣味はありませんよ。私が好きなのは……好きなのは……」
言いながら、美少女は妄想を膨らませる。もんもんとして、カーッと頭に血が上った。太股をもじもじとすり合わせて、くねくねと身をよじる。しかし次の瞬間。
「ああ……ぷはっ!」
「ぎゃー!」
突然、美少女は鼻血を吹き出し、夢見心地の表情で倒れてしまった。
「お、おい。大丈夫なのか? 俺のせいじゃないよな? な?」
狼狽する盗賊が鼻血を流してピクピクしている美少女の残し、その場から逃げようと踵を返した瞬間、闇の中から何かが飛んできた。
「おうおう、どこへ逃げるつもりだよ。大人しく寝てな」
ぼうっと浮かび上がる奇妙な人形がそう言ったかと思うと、盗賊の背後から気配を殺して近寄って来た少女が棍棒で殴りつけて気絶させた。
流れるような金髪の少女は持っていた棍棒を投げ捨て、鼻血の中でもだえる美少女を助け起こす。
「ほら稟ちゃん、とんとんしましょうね。とんとーん……」
「ふ……ふがっ……ふがっ」
首の後ろを叩かれて、美少女の鼻血は止まりなんとか回復した。
「助かりました、風」
「いえいえ、気にしないでください。それより先程、依頼主がこっそり後を付けさせていた若者が、逃げるように帰って行きましたよー」
「では、私の事を知られてしまったのですね……」
「たぶん……報酬は風が一人で受け取ってきましょうか?」
「……いえ。あなたばかりを、奇異の目に晒したくはありません」
「風は別に気にしませんが……そうですね、一緒に行きましょう」
「ええ」
二人は誰もいなくなった砦を後にし、街へと戻った。
そもそものきっかけは、到着した街で宿を取った時だった。宿屋の主人と商人らしき男が、何やら話をしているのが聞こえた。その内容は、近くの打ち捨てられた砦に盗賊が住み着き、何度か荷物を奪われたというものだった。
「近寄らなきゃいいんじゃないのかい?」
宿屋の主人が訊ねると、商人は首を振る。
「連中の行動範囲を外れて回ると、それだけで一日余計に掛かっちまうんだ。普通の荷なら構わないが、急ぎの場合は一日でもまずいんだよ」
風と稟は顔を見合わせ、商人の手助けをする事にした。路銀も少なくなっていたので、渡りに船という感じだったのだ。だが商人は二人をあまり信用していなかったのだろう。盗賊退治に街を出た二人の後を、店の若い者に付けさせたのだ。
二人はそれに気付いていたが、あえて知らん顔をした。今の世の中を考えれば、過ぎる用心というわけではないだろう。しかしそれが、裏目に出てしまった。
「あんた、吸血鬼なんだってね」
盗賊を追い払って戻った稟に向かって、商人は顔をしかめて言った。
「四分の一だけですが……」
稟が答える。それは一般的に、第三世代と言われる者たちだった。
昔、西より現れた一人の吸血鬼がある村の女たちを襲ったことがある。そうして吸血鬼化した人間が第一世代、普通の人間との間に子供を授かり生まれたハーフが第二世代だった。稟のように四分の一だけ吸血鬼の血を受け継いだ者を、第三世代と呼んだ。
普通、吸血鬼はどの世代であっても外見だけではわからない。だが、吸血鬼同士は血が反応するのでわかるのである。稟にとって不幸だったのは、盗賊の中に吸血鬼がいたことだ。仲間たちには秘密にしていたようで、稟の正体をバラすと、混乱している隙にお宝を持って一人逃げてしまった。
「あんたの事を知っていたら、この仕事は頼まなかったんだがね。まあ、約束だから報酬は払うよ」
そう言って商人は、お金の入った袋を乱暴に放り投げた。稟は地面に落ちたその袋を拾い、商人に頭を下げて宿を出た。宿屋も追い出されてしまったのだ。
「すみません、風」
「稟ちゃんが気にすることじゃないですよ。何も悪いことはしていないじゃないですか」
風はいつもの優しい顔で、微笑んだ。頭に宝譿という人形を乗せた『人形遣い』のこの少女だけが、稟の唯一の理解者だった。
宿屋を追い出されたので、今夜の寝床がなくなってしまった。野宿も考えたが、ちょうど隣町までの定期馬車が出発するところだったので、風と稟はそれに乗ることにした。しかし――。
「悪いけど、乗せられないよ。他のお客さんに迷惑だからね」
すでに稟のことは街中に広まっているのだろう。乗車拒否をされ、二人は途方に暮れた。
「仕方ないですね。まあ、野宿するのは初めてじゃないですし、大丈夫ですよ」
「……」
風はいつもの調子で明るく言うが、稟の表情は暗い。そうしてトボトボと歩き始めた時、不意に声が掛けられた。
「あの……」
振り向いた二人の前に、一人の男が立っていた。白いピカピカした服の若者だ。どこかの貴族だろうか。
「何か用ですか?」
少し前に進み出て、風が訊ねた。男は人の良さそうな笑みを浮かべて、自分の後ろにある幌馬車を示しながら言った。
「もしよかったら、この馬車に乗って行かない?」
「えっ?」
驚いた二人は、思わず顔を見合わせた。こんな風に声を掛けてくる者は、二人で旅をしていて初めてだったからだ。
「さっきの定期馬車に乗るつもりだったんだよね?」
「ええ、まあ……」
「なら方向は同じだよ」
どうしたものかと風と稟が考えていると、男はそれを何か勘違いしたようだった。
「あっ! 大丈夫。俺ひとりじゃなくて、ほら!」
男は言うと、幌馬車から顔を出す女の子を指差した。
「俺以外は全員女の子だから、その、問題はないし」
目の前の男が何を心配しているのか気付いた二人は、思わず吹き出してしまった。どうやら自分たちの不安は、杞憂だったようだ。
「ありがたく、乗せてもらいます」
「そっか! 俺は北郷一刀、よろしく!」
「私は郭嘉、こっちは程立です」
揺れる馬車の中で、一刀は正座をさせられていた。目の前には腕を組んで仁王立ちの、詠がいる。
「あんたはね、自分の置かれている立場ってものをもう少し考える必要があるのよ!」
「でも、困っている人を放っておけないじゃん」
「別にそれは構わないわ。ボクが言いたいのは、無闇に名告らないでってこと」
あっさりと風と稟に正体を知られてしまい、詠はカンカンだったのだ。
「少し驚きましたが、別に言いふらす気はないので安心してください」
「変に隠すよりも、堂々としていた方がいい場合もありますしねー」
端っこで肩を寄せ合う風と稟が、一刀に助け船を出す。
「それよりも、私のような者を乗せて構わないのですか? 知っているのでしょう?」
「ああ、街の人が吸血鬼だとか言ってたね」
「吸血鬼は嫌われ者です。かつて多くの人を襲ったことがあり、それが今も語り継がれているのです」
「郭嘉さんは襲うの?」
「私は吸血鬼と言っても四分の一だけなので、別に血を吸いたいとは思いません」
「なら問題ないよ」
「えっ?」
「昔、悪い吸血鬼がいた。でもだからって、すべての吸血鬼が悪いわけじゃない。人間だって同じだもんな。悪い奴がいればいい奴もいる。それだけだよ」
稟は言葉もなく、一刀の屈託のない笑みを見つめていた。
「お兄さんはおもしろいですねー。さすが、天の御遣いと言われるだけあります」
「そうか? 自分じゃわからないけどなあ」
一刀は不思議そうに首を傾げる。
「あんたは変な奴よ」
「変態なのです!」
「妙なこと言うなよ!」
「一刀……いい人」
「そうです、ご主人様はとても立派な方です!」
詠と音々音が落とし、恋と月が持ち上げる。それはいつもの光景だった。それをどこか楽しそうに、風と稟が眺めている。
「こういう雰囲気は、初めてです」
「……よかったですね、稟ちゃん」
「ええ……」
軽快な馬の足音のように、二人の心も弾んでいた。
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恋姫の世界観をファンタジー風にしました。
ギャグっぽくしようと思ったのですが、なんだかシリアスな感じになりました。おいおいと、この辺りは補足していきたい気分です。
楽しんでもらえれば、幸いです。