No.151787

「絶望、希望、私、貴女」第五話:エイプリルフール

getashさん

4月1日のお話。

2010-06-19 23:33:06 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:938   閲覧ユーザー数:929

 

4月1日、嘘をついてもいい日

望はこの日ほど無意味なものはないと思っていた。

「世の中、嘘ばっかりですよ!」

その言葉にクラス全員が望の方を見る。

「この世界は大半が嘘で出来ています、しかも殆どが悪意の嘘です」

「そんな嘘を一日だけでも許していいわけがありません!」

奈美は熱弁している望から目を離し、可符香に聞く。

「先生、どうしたの?」

「昔のトラウマでも思いだしたんじゃないかな」

「そうかもね」

奈美はいつもの事だと割り切った。

(でも、そろそろ誰か止めてくれないかな)

いつもなら何かしら人が来るなり、クラスの人が話を逸らしたりなどするはずなのだが

今回は望の話を止める人はいなかった。

運が悪く千里は用事があって学校には来ていないし、可符香は止める気がなさそうだ。

「何か今回はえらく調子が良いですね、気分が良いですからずっと言っていましょう!」

(うえ~そんなぁ~)

「では久しぶりに……絶望した!悪意の嘘だらけの世の中に絶望した!」

望の話は本当に6時限目まで続いた…

 

 

放課後…

望はとてもご機嫌だった。

まぁあれだけ言えば当然だろう…

望は教室のドアを開ける。

「おや、風浦さんまだいたんですか?」

「あっ、先生」

彼女の顔はいつもの笑顔。

「どうしたんですかこんな時間まで」

「先生こそ教室に何のようですか?」

質問に質問で返される。

「私はこの教室に鍵をかけに来たんですよ」

望の答えに可符香は笑いながら言う

「今日はエイプリルフールなのでそれを嘘か本当か見分ける方法はありませんね」

望は呆れたように言う

「嘘も何も私はここにはそれしか用事はありませんよ」

「それも嘘かも知れませんよ?」

「ぐっ……」

可符香の言葉に振り回される望。

(この子は一体何をしたいんでしょうか…)

困っている望を見て、可符香は満足そうに笑う。

「さぁ、私達の言葉には嘘か本当かの境界があいまいになっています」

「まぁ…そうなりますね」

望は頷く事しかできない。

「この日以外に言った言葉は嘘も含めて全てを本人が責任を持たないといけません」

「エイプリルフールとは自分の言った言葉を背負わなくてもいいと言う日なんですよ」

可符香の言葉に望は少し興味深い表情をする。

「つまりあなたは嘘が許される日ではなく、言葉その物の責任を放棄できる日だと言いたいんですね」

「はい、そうですよ」

望の答えに可符香は頷く。

「ここで本題です」

可符香は望を見つめる。

「私は、先生が好きです」

「はっ?」

望は硬直する。

「一体どういうことですか?」

「私は今の言葉に責任は持てません」

「何だそういうことですか…びっくりしました」

望はホッとしたが少しがっかりする。

「先生、少し時計を貸してください」

「…? いいですよ」

望は可符香に腕時計を渡す。

「只今時間は8時です、残り4時間しかありませんね」

可符香は望に腕時計を返す。

「先生はこれからどうしますか?」

「早く、今日が終わって欲しいのですぐに寝てしまうかも知れませんね」

あいまいな返答、それ以外の言葉は言えなかった。

「それはもったいない、こんな素晴らしい日なのに」

望は可符香に質問する。

「では、私はどうしたら良いでしょうか?」

「先生は自分のやりたい事をしたらいいと思いますよ」

可符香は望を見つめる。

「現に今日、先生の言葉を邪魔する人は出てきませんでした」

「つまり何を言ってもいいんですよ」

望は授業での事を思い出す。

たしかに望を止めるものは何もなかった。

「ああどおりで、では先生も好きな事言っちゃいましょうかね!」

「そうです先生どんどん言いましょう!」

 

望と可符香は教室で好き勝手に言いあった。

それを止めるものは誰一人いなかった。

だが楽しい時間はすぐに過ぎるものである。

望は腕時計を見る。

「もうすぐ11時になりますね」

「そうですね、そろそろ帰らなきゃ」

立ち上がる可符香を見て望は言う

「家まで送りますよ、こんな夜中に一人は危険ですから」

10時59分

「その言葉に先生は責任持てないんじゃありませんか?」

11時

望は笑いながら言う

「大丈夫です、ちゃんと責任持ちますよ」

「そうですか、ではお言葉に甘えて…」

望は可符香を送っていくことにした。

 

 

話をしながら望と可符香は暗い夜道を歩く。

「ここが私の家です」

「ほう…ここが」

一人で住むには少し広い家だった。

(この子はこの家にたった一人で…)

「風浦さん、たまにここに遊びに来てもいいですか?」

「えっ?」

可符香は急に言われて少し驚く。

「駄目ですかね…」

そう聞く望に可符香は微笑んで言った

「先生が、来たいなら良いですよ」

「本当ですか」

望は笑う。

「では、今日のところはこれで…」

「はい、先生おやすみなさい」

「おやすみなさい、風浦さん」

望は可符香の家に背を向けた。

「先生!」

急に呼ばれ望は振り返る。

「大好きですよ!」

可符香はそう言ってすぐに家に入っていった。

望は腕時計を見る。

「まだ、11時半ですか…」

小さく呟いて学校に戻っていった。

 

 

望は帰ってきてすぐに寝てしまった。

甥の交が構ってほしそうだったが、疲れていたので仕方ない。

「なんだよ望のやつ…」

交は不機嫌だったが望の腕時計を見て不思議そうな顔をした。

「望のやつ、なんで1時間遅れた腕時計してるんだ?」

霧がそれを聞いて首をかしげる。

「変だね授業の時はちゃんと時間通りだったのに…」

「誰かが悪戯で遅れさせたのかもな」

「そうかもしれないね」

その会話は寝ている望には聞こえなかった。

 

 

エイプリルフールは不器用な人達を後押しする日なのかもしれない。

不器用な少女が出したなけなしの勇気…

「先生、大好きですよ!」

 


 
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