望はあの日以来可符香に次々とネガティブな発言をぶつけていった。
しかし可符香は一歩も引かずに…いやそれ以上にポジティブな発言で望の言い分を
全て覆した。
(楽しいですね)
望は自分の出した言葉を可符香に覆されるのにどこか開放感を得ていた。
可符香と接することで自分に今まで無かった物が芽生えていった。
全く正反対の彼らは何故か日に日に惹かれあっていった。
ある日望は職員室であるものを見つけた。
(これは…身上調査書のようですが)
写真は可符香の顔が貼られていた。
名前の欄には赤木 杏と書かれている。
(たしか…風浦 可符香はペンネームでしたよね)
その紙はまとめられた身上調査書の束から一つだけはずされて普段なら気付かないようなところに
しまわれていた。
そこには彼女がずっと隠し続けてきたものが書かれていた。
(幼いころに両親が自殺!?)
望は思わず絶句する。
紙をつかんでいる手が震える。
(たしか風浦さんの身上調査書には保護者の欄が空白になっていた…)
そこで望は理解した。
(何故彼女がペンネームを本名のように扱うのか、それは自分の過去を認めていないからだ)
そして同時に思った。
そんな辛い環境にここまで耐えて、生き延びた彼女はなんて強いんだと。
(私はこんな人生を生きる事が出来る自信が無い…)
真実を知って尚、望には彼女が輝いて見えた。
今までのポジティブはその反動によるものかも知れない、でもそれだけでは無い。
彼女の言葉はどこまでも真っ直ぐだった。
それこそが望が彼女に惹かれていった物なのだから。
(私は何も見なかった…)
その嘘はいつかはバレてしまうかも知れない。
(その時は、私は一歩も逃げずに彼女を受け入れましょう…)
彼女に会う前の望なら迷わず逃げただろう…
だが望は逃げなかった。
(私はあなたを赤木さんとなんて呼ばない、風浦さん…あなたを陰ながら支えましょう)
それが少しでも彼女の負担を消せるなら…
そのころ可符香は誰もいない家の中で一人椅子に座っていた。
「今日も楽しかったなぁ…」
可符香の心は毎日接しているクラスのみんなのおかげでとても満たされていた。
「先生、今日も大変そうだったな」
その中でも一番心の支えになっていた教師の事を思い出す。
望は確かに可符香を助けていたのだ。
それが無意識の行動だったとしても。
彼女が過ごしてきた過去は本当に辛い事ばかりだった。
自分が幼いころに企業が倒産し両親が自殺、叔父が犯罪に手を染め逮捕され、親戚の家を
転々としていた為に友達が出来てもすぐに別れてしまう。
小さな女の子が味わうには辛すぎる孤独。
そして彼女は過去を捨て、高校生になって一人暮らしを始めた。
しかしすぐに忘れられる過去ならば苦労はしない。
一年生のころはそこまで楽しい思い出が無く、なかなかクラスに馴染めなかった。
しかし二年生になってすぐに望と出会った。
それからは彼女の人生は一変した。
厄介なクラスのみんな、厄介な教師、そして厄介な自分。
毎日が楽しくなった、暗かった自分の人生に光が差した。
その中心にはいつも望がいた。
その隣にずっといたいと思った。
だからこそ…
(私の過去を知られてしまってはいけない)
今の関係が壊れないように。
今度一人になってしまったら、耐えられないかもしれないから…
(先生、ありがとうございます…)
小さく呟いて可符香は眠りについた。
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