No.147834

真恋姫無双~天帝の夢想~(潰えた野望)

minazukiさん

洛陽に戻った一刀達が見たものとは?
そして百花は?
一つの騒乱の本当の意味での終焉です。

最後まで読んでいただけば幸いです。

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2010-06-04 23:46:00 投稿 / 全22ページ    総閲覧数:19018   閲覧ユーザー数:15060

(潰えた野望)

 

 洛陽まで張譲達の妨害はなかった。

 華琳の用意していた軍と途中で合流をして一刀達が洛陽の都に着いた時、そこはまるで戦場であるかのように至る所から煙を上げており、兵士、民が倒れており賊らしき男達がはびこっていた。

 霞に賊を討伐させると同時に一刀は恋と一緒に王宮へ向った。

 その途中で董卓軍の生き残りが何人かいたが、全員が重傷を負っていたため話ができなかった。

 

「百花!」

 

 玉座の間を探し、次に百花の部屋に入るとそこは賊に荒らされたように散乱しており、部屋の中央には賊と思われる男達が数人、すでに息絶えて倒れていた。

 

「百花!」

 

 部屋中を探していると、寝台の影から呻き声が聞こえてきた。

 

「誰だ!」

 

 そこに向うと、誰かが寝台を背もたれにして座っていた。

 ゆっくりと近づいていくとそれは徐栄であり、彼女は身体中から血が滲んでいた。

 

「徐栄さん!」

 

 徐栄の肩を掴んで揺らすと、意識を失っていた彼女はゆっくりと目を開けていく。

 

「か……ずと……さ……?」

「そうだよ。俺だよ。一刀だよ」

「かず……と……さま」

 

 一年も離れていないはずなのに徐栄からすれば長い時間会っていないように感じ、懐かしさを漂わせたがすぐに現実に目覚めた。

 

「一刀様、大変です、百花様が……」

「百花がどうしたんだ?」

「連れて行かれました……」

「連れて行かれた?張譲達にか?」

 

 徐栄は何度も首を横に振った。

 一刀から百花を守るように頼まれたのにそれを果たせなかった自分の無力さを呪っているのか、何度も「申し訳ございません」と繰り返していた。

 

「そんなに謝らなくていいよ。徐栄さんが無事でよかったよ」

 

 百花が連れ去られ、徐栄を失っていれば一刀は冷静でいられる自信はなかった。

 それ以上に自分の考えの甘さが今回のような事態を招いたと思うと、自分を許せそうになかった。

 

「とにかく徐栄さんは傷の手当てを受けてくれないか」

「し、しかし……」

「これは命令だ。いいね?」

 

 百花を守れなかったことに対する罪を何一つ言うことなく一刀は徐栄の手当てをついてきている兵士の一人に頼んだ。

 

「それでどこに連れて行かれたかわかるかい?」

「わかりません。突然、そこに転がっている男達がこの部屋にやってきて百花様を連れて行ったのです」

「そうか」

 

 床に倒れている男達をもし張譲が雇い入れたのであれば危険度は格段にあがり、一刻も早く百花を見つけなければ命も危ぶまれた。

 

「北郷様」

「なに?」

 

 そこへ兵士が入ってきて宮殿内を隈なく探したが百花どころか張譲の姿すら見つからなかったと報告をしてきた。

 そればかりか不審なこともあった。

 賊だけではなく宦官や宦官に加担した兵士が至る所で倒れていたというのだった。

「どういうことだ?」

 

 張譲が賛同する兵士だけではなく賊も戦力として招き入れたのであれば宦官達が倒れていることはないはずだった。

 事態がまだ完全に把握しきれていない一刀は首を傾げる。

 

「とりあえず、張遼に賊を討伐したらくるように伝えてくれるかな」

「わかりました」

 

 慌しく走っていく兵士を見送り、一刀は恋と一緒に徐栄を寝台の上に寝かせた。

 

「百花様の御寝台を汚してしまいます」

「気にしないの。汚れたら洗えばいいだけだし」

 

 おそらくここに百花がいても同じことを言うに違いないと思いながら一刀は徐栄の傷ついた身体を綺麗な布で拭いていく。

 

「誰も君を責めたりなんかしないよ」

「一刀様?」

「だから傷を治すことに専念してくれる?」

 

 命があっただけよかったと本気で一刀は徐栄のことを心配していた。

 それが伝わってくるにつれて徐栄はやはり自分を責めずにはいられなかった。

 

「大丈夫。黄巾党は無事に解散することになったし、今頃こっちに皆も向かってきているさ。それに」

「それに?」

「百花には天の御遣いの加護があるから」

 

 そんなことを言っても気休めにもならないことぐらい一刀はわかっていたが、それでも徐栄を安心させるためにはそれぐらいのことは言わなければならなかった。

 

「俺がもっと気を配っていたらこんなことにならなかったんだ」

「そ、そんなことは」

「ないとは言えない。俺達がいなくなっても月達がいれば大丈夫と思っていたから。その油断が百花を、徐栄さんを危険にさらしたんだ」

「一刀様……」

 

 他人を責めるのではなく自分を責めている一刀に徐栄はどう言えばいいのかわからなかった。

 ただ、この人の優しさは他者に対してはどこまでも優しくあるのに対して、本人には決して向けられないのかもしれないと思った。

 

「こんな奴が天の御遣いだなんて笑われるよな」

 

 人一人守れない天の御遣いと知られればその評判は落ちるに決まっている。

 一刀だけの問題ならそれでもよかったが、それに関係している百花の評判まで落とすのは嫌だった。

 

「一刀様」

「うん?」

「百花様はいつも一刀様のことを思っていらっしゃいました。早く戻られることを願うように毎日、夜空に向かって祈っていたのです」

 

 それだけに百花は自分のことを心配してくれていたのだと思うと、一刀はやはり自分が許せなかった。

 

「そういえば月達は本当に馬騰討伐に向ったの?」

「はい。初めは詠殿が華雄様を派遣しようとしたのですが、報告では十万の軍勢なため華雄様だけでは無理だと張譲が申したのです」

 

 数が数なだけに華雄だけを派遣して収まるものでもなく、また細い繋がりながらも月と馬騰は知り合いであり、話し合いによる解決も可能であったために詠はやむおえず董卓軍の中でも精鋭五百を徐栄に与えて百花を守るように頼んできた。

 

「月様達が主力を引き連れて出発なさって五日もしないうちに都に賊が侵入してきて、それの討伐にもいかなければならなくなって……」

 

 そのために五百の兵士は各所に分散してしまい、百花と徐栄の周りには百ほどしか残らなかった。

 そして月のない夜、突然それは起こった。

 その日は妙に蒸し暑さを感じさせていた。

 一日の政務を終えて部屋に戻る百花を見送り部屋の前に直立不動をする徐栄は、いつも以上に周囲への警戒を強めていた。

 王宮内にいる董卓軍は僅か百人しかいなかったが、精鋭なだけあってその守りもほぼ完璧だった。

 

「今日は妙な暑さですね」

 

 一緒に護衛を当たっている兵士達も蒸し暑さに苦笑いを浮かべていたが、徐栄が一瞥するとすぐに表情を引き締めた。

 兵士達の言うことは確かに当たっていたが、そんなことで警戒を緩めるわけにはいかなかった。

 

(一刀様の期待に背くわけにはいかない)

 

 自分を信頼してくれている一刀のためにも、彼が戻ってくるまで百花を命をかけてでも守らなければならなかった。

 そこへ部屋の入り口が開き、百花が顔を覗かせてきた。

 

「徐栄」

「は、はい、何でしょうか?」

「少しお話があるのですが中に入ってもらえますか?」

「し、しかし、私はここの守りがありますゆえ」

 

 月達がいればその誘いに応じてもいいかなあと思ったが、今は自分ひとりなのだから我慢するべきだと自分に言い聞かせた。

 

「そうですね。徐栄は一人で頑張っているのですし、困らせるわけにはいきませんね」

 

 月達が出陣してからというもの何処となく元気がない百花を不憫に思う徐栄。

 

「徐栄様、ここは私達がいます。少しの間なら問題はないと思いますよ」

「そうですよ。たまには息抜きも必要ですよ」

 

 お節介なことをと思ったが、ほんの少しであれば大丈夫だろうかとあっさりとさっきまでの自分を否定してしまった。

 

「わかりました。ほんの少しでよろしければお邪魔をさせていただきます」

「ありがとうございます、徐栄」

 

 嬉しそうに徐栄を迎え入れる百花に徐栄の表情も柔らかくなっていく。

 

「では頼むぞ」

「お任せください」

 

 自信満々に答える兵士達を残して部屋の中に入っていく。

 入り口を閉めて先に椅子に座る百花の前に礼を取る徐栄。

 そんな彼女に百花は座るように勧めた。

 

「一刀ばかりか月達もいなくなると寂しいものですね」

 

 それは一刀と出会う前の自分に戻ってしまったかのような錯覚を覚えるものだった。

 だが、その時のように何もしないわけにはいかなかった。

 一刀や月達が頑張っているのだから自分も頑張らなければと思っていたが、それでも寂しいさから逃れることはできなかった。

 

「もうすぐ一刀様も月様達もお戻りになります。そうすればまた賑やかになりますよ」

「そうですね。あっ、だからといって徐栄だけでは物足りないなんては思っていませんから」

 

 一刀や月達のことばかりを話して目の前で自分の為に頑張ってくれている徐栄を蔑ろにするつもりなどなかった。

 

「そのお言葉だけで十分です」

 

 本当は抱きしめたいと思っていたが、頑張って言葉を飲み込んだ。

 

「今日はそろそろお休みください。百花様のお休みの間、しっかりと守らせていただきます」

「いつもありがとうございます」

 

 寂しさの中でも徐栄がいてくれたことに感謝をする百花。

 お礼を言って百花が立ち上がり、徐栄も本来の任務に戻ろうとした時だった。

 武将の勘というものだろうか、徐栄は入り口の方を鋭い視線で睨みつけた。

 

「徐栄?」

 

 何事かと百花が問いただそうとするよりも早く、徐栄は腰にさげている剣に手を当てた。

 

「百花様、寝台の陰にお隠れください」

「どうしたのですか?」

「どうやら賊が来たみたいです」

「えっ?」

 

 百花が入り口を見ると、ゆっくりとだが小さな音を立てて扉が開いていく。

 

「何者だ?」

 

 声と同時に鞘から剣を引き抜く徐栄。

 扉はゆっくりと開いていき、やがて一人の兵士が力なく倒れこんできた。

 

「お隠れを!」

 

 百花に向かってそう叫んだ徐栄に侵入者がいきなり斬りつけてきた。

 激しくぶつかり合う刃。

 黒頭巾をして顔を隠しているが間違いなく賊だった。

 

「ここをどこだと思っている。漢王朝皇帝陛下であらせられる劉協様の私室ぞ!」

 

 侵入者を振り払い他にも侵入してくる者達がいた。

 

「誰かいないか!」

 

 怒号に近い大きな声をあげて味方を呼んだが誰もやってこない。

 そればかりか耳を澄ますと悲鳴らしき声が聞こえてきた。

 

「ここからは死んでも通さない。死んでもいいと思う者はかかってこい」

 

 華雄には及ばないものの徐栄も十分に武芸に精通していた。

 侵入者達も彼女の気迫に一歩下がったが、気を取り直して襲い掛かっていく。

 一人目の攻撃をかわしながら二人目に向かって剣を突き刺し、それに勢いをつけてかわした一人目を背中から斬り伏せた。

 

「賊風情が生きて帰りたいなら今すぐに去れ。さもなくはコイツ等のようになるぞ」

 

 ただの押し込みの賊であればそれで怖気づくだろうが、徐栄が相手をしている賊は多少の怯みはしているが、完全に怖気づいているとは言いがたかった。

 三人目、四人目と斬り捨てていくと、後ろから悲鳴が聞こえた。

 

「百花様!」

 

 徐栄が振り向くと賊の一人が百花を後ろから羽交い絞めにして喉元に刃を突きつけていた。

 

「百花様を離せ!」

「徐栄!」

 

 百花の悲鳴にハッとした徐栄だが後ろを振り向く前に背中や腕に痛みが走った。

 

「貴様等!」

 

 斬りつけた者達は瞬く間に斬り捨てられていくが、新たに入ってきた侵入者達に徐栄は身体を斬られていく。

 

「徐栄!」

 

 百花は暴れるが賊に鳩尾に強烈な一撃を受けると意識を失ってしまった。

 

「百花様……!」

 

 身体を赤く染めながらも百花を救い出そうとするが背中を何度も斬られ、無我夢中で斬りかえしたがそれも百花を抱えた男によって蹴りを喰らうと壁に飛ばされそこで意識を失った。

 それ以降の記憶はなく、一刀に起こされるまで徐栄は意識を戻すことができなかった。

 話を聞き終えた一刀は横になって涙を流している徐栄を抱きしめた。

 

「ごめんな」

 

 短くもその言葉に含まれた意味を察したのか徐栄は声を必死になって殺しながら泣いた。

 やがて緊張の糸が切れたのか泣き崩れたまま徐栄は寝息をもらしていく。

 

「ご主人様」

 

 恋が心配するほどに一刀の表情は硬く険しいものだった。

 

「大丈夫だ。それよりも百花を取り戻しに行こう」

 

 徐栄の髪を優しく撫でた後、一刀は兵士に徐栄の治療と護衛を言いつけると恋と共に部屋を出て行く。

 新たに報告にきた兵士からは五百の精鋭のうち生き残っているのは百人足らずと知らされ、負傷者の手当てを第一にするように言いつけた。

 

「恋、すぐに騎兵三千を動かすよ」

「?」

「華琳から貸してくれた軍は洛陽の治安回復に当てる。俺達は何が何でも追いかけるぞ」

 

 応急処置を施されたとはいえ完全に傷が癒えていない一刀だが、そんなことを気にしている時ではなかった。

 

「一刀」

 

 そこへ霞がやってきて残っていた賊の討伐の報告をした。

 そして、宦官の中で生き残りがいるという報告を受けると、それが何処にいるのか問い詰めた。

 

「とりあえず監禁しとる。ただ、張譲達のことをしゃべるかどうかはわからんで」

「吐かせるさ。どんなことをしてもな」

 

 自業自得とはいえ、賊を招きいれた罪と徐栄達を傷つけた罪、何よりも百花を連れ去った罪を考えれば同情の余地などまったくなかった。

 

「あんたが拷問する必要はないで。ウチが代わりしたる」

「それじゃあ、俺の気が収まらない」

「アホ。あんたの手は人を斬ったり苦しませるためにあるんとちゃうやろう。大切な人を守るための手や。汚い役目はウチ等に任せとき」

 

 一刀についていくことを決めた時から霞は彼のためならどんな汚い手を使うことになって一切の躊躇をするつもりはなかった。

 

「わかった。霞に任せるよ」

「アンタは少し休んどきや。ええか?」

「わかった」

「恋、逃げ出さんようにしっかり見張っときや」

 

 恋も理解しているのか頷くと一刀の腕を掴んだ。

 彼女からすればそれが意思表示だったのだが、それ以上に一刀のことを心配していた。

 

「それじゃあ頼む。できるだけ早く聞きだして欲しい」

「任せとき」

 

 不敵な笑みを浮かべながら霞は踵を返して去っていく。

 霞の後姿を一刀と恋は見送った。

 

「ご主人様」

「わかっているよ。少しだけ休ませてもらうよ」

 

 気持ちが焦っていても行方がわからなければどうすることもできない。

 彼女達の好意に感謝しながら一刀は廊下に座り込んだ。

 

「恋、悪いけど霞から何か知らせがきたら起こしてくれるか?」

「(コクッ)」

「ありがと……」

 

 ここまでの強行軍で一刀は疲弊しきっていたため、すぐに意識を手放した。

「……ま」

「んっ」

「……じん……さま」

 

 小さな声と同時に身体が揺らぐ感覚に一刀はゆっくりと目を覚ましていく。

 

「……ご主人様」

 

 一番に飛び込んできたのは恋の顔だった。

 

「恋か……」

 

 一刀は手を伸ばして恋の頬に触れると、彼女は心地よさそうな表情を浮かべる。

 

「霞が呼んでる」

「そうか。ありがとう」

 

 ゆっくりと起き上がり、一度だけ背伸びをして歩き出す。

 どれほど時間が過ぎたのだろうか、青かった空が黄昏に染まっていた。

 

「ずっと傍にいてくれたのか?」

「霞が言ったから。ご主人様を見張るって」

「そうだったな。恋も少しは休んだらいいぞ」

「大丈夫」

 

 一刀と同様にほとんど眠ることなくついてきているため、疲労感がないわけがなかったが、それでも恋はそんなものを感じさせなかった。

 

「百花が……皇帝陛下が無事に戻ったら美味しい物を作ってあげるからな」

「(コクッ)」

 

 恋にとってそれは何よりもご褒美なのか嬉しそうだった。

 

「ご主人様」

「どうした?」

「一緒に食べる」

「そうだな。皆で食べような」

「(コクッ)」

 

 そうするためには百花を無事に救い出す。

 一刀の表情は次第に険しくなっていく。

 それを察したのか恋がそっと手を握ってきた。

 強くもなく弱くもない力で握ってくる恋に一刀は宦官に対して高ぶってく憎悪を抑えていく。

 一刀のために圧倒的多数の敵に向かっていく強さとこうして気持ちを察して和らげてくれる優しさを持っている恋がいてくれたことに心の中で感謝をする。

 

「霞にも何かお礼をしないとな」

「(コクッ)」

 

 自分に代わって嫌な役を進んで受け持った霞にも感謝する一刀。

 自分一人ではどうすることもできないことも誰かがいることでそれを代わりに行えば、自然と効率も良くなる。

 特に今のように一刻の時間も惜しい場合にはお互いが協力しなければならなかった。

 

「ご主人様」

「どうした、恋?」

「ずっといるから」

 

 何があろうとも一刀を守る。

 それが恋の生きる道でもあり彼の温もりを手放したくなかった。

 

「ありがとうな、恋」

 

 彼女の大好きな少しだけだが笑顔がそこにあった。

 そしてそんな彼が大切に想う人は恋にとっても大切な人となっていく。

 

「でも、無茶だけはしないでくれよ」

「(コクッ)」

 

 彼の言葉なら何でも受け入れられる、そう恋は思った。

「ようやく吐いたで」

 

 一刀と恋がやってきた部屋は拷問部屋だった。

 霞の表情は険しいものであり、それを物語るように後ろには力なく倒れている宦官と思われる男の姿があった。

 

「死んだのか?」

「よっぽど張譲に恩があったんやろうな。根性だけはあったからな。ウチとしてはもうちょっと早く口を割ると思ったんやけど」

 

 結局のところ、霞は男から百花と張譲の居場所は聞き出せなかった。

 その代わりに何処に向かっているかはわかった。

 

「馬騰?」

「せや。馬騰は漢王朝に忠誠を誓ってる奴や」

「ち、ちょっと待て。馬騰って今反乱を起こしているんだろう?忠誠を誓っているなら反乱なんか起こさないだろう?」

「それについても聞き出したわ」

 

 霞によると馬騰の反乱は黄巾党に乗じたわけでも、本気で漢王朝に歯向かうためでもなかった。

 張譲から都にいる月達、つまり董卓が黄巾の乱に乗じて権力を我が物にしようとしていると密使を送り、それに対して馬騰が百花を助けようと兵を挙げただけだった。

 

「まぁどういう風に言ったかは知らんけど、馬騰も利用されたってことや」

「でもそれだと誤解だとばれたら逆にまずくないか?」

「たぶん、そのために賊を雇い入れたんとちゃうか」

 

 その者達を董卓軍と思わせてその魔の手から張譲が百花を連れ出して、馬騰の力を借りて再び凱旋する。

 そうなれば月達も馬騰と争えば朝敵となるため反抗ができなくなり、言うとおりに動くしかない。

 それを華琳や丁原達にも同じように繰り返していけば、張譲は誰にも害されることなく絶対的権力を手中に収めることができる。

 

「せやけど、一つだけ誤算があった」

「誤算?」

「招き入れた賊が目の前のお宝に目がくらんだんや」

 

 武芸などとは無縁の宦官達はともかく賛同する兵士達も油断から不意に襲われて反撃するのが遅くなり、壊滅的な被害を被った。

 その賊達が残っていた董卓軍とも斬り合いになり、その隙に張譲は自分に忠実な者達、つまり黒頭巾をした者達を使って百花を連れ出した。

 

「あんまりゆっくりもしとれんな」

「霞、すぐに騎兵を動かせるか?」

「無理やな。三日三晩、寝ずに飛ばしてきたんやで?」

 

 霞や恋ですら多少の疲労感を覚えているのに他の者達などいつ眠ってもおかしくなかった。

 そうならないのは一重に今の状況がそれほどまでに緊迫していたからだった。

 

「それじゃあ俺だけでもいく」

「待ちや」

「止めるな。早くしないと百花が」

「だから慌てんでもええ。冷静になりや」

「これが冷静になれるかよ」

 

 カッとなった一刀に霞は何の躊躇いもなく彼の頬をひっぱ叩いた。

 

「目ぇ醒めたか?」

「しあ……」

「あんたかて人や。怒ることやってある。でもな、冷静にならなあかんときになれんかったら、人として過ちを繰り返すだけやで?」

 

 霞は声を荒げることも怒りをぶつけ返すこともしなかった。

 ただ優しく、包み込むように一刀に語る。

 

「半日だけ休ませる。その間にアンタは冷静になりや」

「でも……」

「アンタが焦る気持ちもわかる。でもな、行き先がわかっとるんや。今は冷静になりや」

「……」

 身体の中から怒りが抜けていくように一刀は冷静になっていく。

 

「すまない、霞」

「気にせんでええ。ウチはアンタの為に最善の方法を考えとるだけや」

 

 笑顔を見せる霞に一刀もまた笑顔で応える。

 

「北郷様」

 

 そこへ華琳の用意していた軍を率いている将がやってきた。

 

「賊は全て捕縛、もしくは討ち取りました」

「ご苦労様。えっと」

「楽進と申します」

 

 礼儀正しく礼をとる楽進に一刀は思わず彼女の身体を見回した。

 古傷やまだ新しい傷がいたるところに刻まれており、それはまるで歴戦の将を思わせるものだった。

 

「何か?」

 

 自分の身体に刻まれている傷を見られていることに表情を険しくする楽進。

 

「あ、いや、とにかくご苦労様。かり……曹操さん達が来るまで休みながらでいいから警戒に当たって欲しい」

「わかりました」

 

 楽進は短く答えるとさっさと言ってしまった。

 

「一刀、どないしたんや?」

「えっ?」

「だってさっきの子をじっと見てたやろ?」

「う、うん……なんでもないよ。それよりも、追撃の準備をしないとな」

 

 楽進のことを考えるのはやめて一刀は追撃の準備を二人に頼んだ。

 

「準備はウチがするわ。アンタはもう少し休んどきや」

「でも、霞だって休まないと」

「アンタより丈夫なつもりや。だからあんたは気にせんと休み」

「でも、霞は女の子だし」

 

 一刀の言葉に一瞬、霞は鋭い視線をぶつけた。

 

「アンタ、ウチ等を侮辱しとんかい?」

「そ、そんなことはないよ」

 

 この世界に来て一刀が知っている武将が女の子になっていてもその実力までもが変わっているとは思わないが、それでも男と女ということを考えてしまう。

 

「たしかに俺は霞達に比べたら弱い。いや、比べることすら失礼に当たると思う。でも、俺に休めって言うなら俺だって霞や恋に休めって言うよ」

 

 どう弁解しようとも彼女達を侮辱しているつもりはなかった、

 霞は軽く息を漏らすと、今度は柔らかな視線を向けた。

 

「おおきにな。ウチ等のことを考えてくれているのに侮辱されたように思えたんや」

「それは俺の言い方が悪かっただけだから。すまん」

「ええって。そやな、ウチも少し休むわ。恋も少し休みや」

 

 いつまでも気にすることなく霞は一刀の提案を受け入れた。

 そして三人が部屋から出て歩いている最中に、霞はこんなことを言ってきた。

 

「でも、ウチ等のことを女やて見てくれるのは嬉しいわ」

「だって霞や恋は可愛いし、男とは違ってそのなんていうか、安心できる?」

「なんやそれ?」

 

 おかしそうに笑う霞。

 

「まぁそれでもおおきにな」

 

 小さな声で霞はそう囁いたため、一刀には聞こえなかった。

 翌朝になって、一刀は楽進に洛陽の治安回復を任せると騎兵三千と霞と恋を率いて百花と張譲を追うため出発した。

 

「楽進さん、徐栄のことも頼むよ」

「お任せください」

 

 素っ気無く答える楽進に見送られて馬を走らせた。

 半日ほど走らせて霞が先遣として何人かを偵察に派遣してはと提案をしたため、一刀はそれを受け入れた。

 そして偵察隊が戻ってくるまで馬を休め、一刀達も一休みを入れた。

 

「馬騰のところに逃げ込むにしても、正面からだと月達がいるから迂回しないとダメだろうな」

「せやな。かというても、迂回したところで足が遅くなるだけやし十分に追いつけると思うで」

 

 霞の根拠は的を射ていた。

 一刻ほどして偵察に出ていた兵士の一人が戻ってきて人馬らしい足跡を見つけたと報告してきた。

 ただし、その場所は馬では到底進めない場所であり、馬が無残な姿となって横たわっていたことも報告された。

 

「よし、そこへ行こう」

「せやな」

「誰かに騎兵を率いてもらって張譲達がやってくる場所へ先回りしてもらおうか」

「それがええわ。そこのアンタ。軍を率いて先回りしとき」

 

 部隊長らしき男にそう指示を与えると、騎兵三千は指定された場所へ移動を開始した。

 

「さて、ウチ等は三人でいくで。アンタはそこまでウチ等を案内しや」

「はっ」

 

 何人いようとも霞と恋がいれば問題ないと確信していた一刀は頷いた。

 兵士を先頭に馬を走らせる一刀達。

 

「一刀」

「何?」

「ウチ等が雑魚を片付ける。でも、肝心なとこはアンタがけじめつけや」

「ああ」

 

 言われるまでもなかった。

 霞や恋の力を借りても最後には自分の手で百花を救い出さなければ意味がない。

 

「月達は大丈夫だろうか」

「なんか言うた?」

「あ、いや、なんでもない」

 

 出発前に月達にも知らせを送ったため、上手くいけば何らかの手を打ってくれるだろうと思った一刀は馬を飛ばしていく。

 だが、事情の知らない馬騰がもし月達を攻めたてるようなことがあればそれも難しくなる。

 

「どちらにしても俺達がどうにかしないとダメだな」

「一刀」

「うん?」

「最後まで諦めなかったら何も心配はあらへん」

 

 一刀が何も迷うことなく前を突き進むことができるようにするのが自分達の役目なのだと霞は笑顔を向ける。

 

「頼りにしているよ」

「任せとき♪」

 

 彼の為に持てる力を捧げる喜び。

 それは恋も同じだった。

 

「ご主人様、守る」

「ありがとうな」

 

 二人と話をしていると不思議と不安が和らいでいく。

 そして問題の峠にやってきた。

 案内をしてきた兵士にここで待っているように言いつけて三人は馬を下りて険しい山道を歩いていく。

 

「道ができているってことはここを今までも通り道だったのかな?」

「たぶんこれは張譲達がこうなることを予測していたんやろう。その準備を前からしていたと思うで」

 

 道自体、荒いところが多いがそれなりに人が通れるぐらいの整備は施されているところを見ると霞の言うとおりなのだろうと一刀は思いながら進んでいく。

 

「それにしても」

 

 こんな道の先に百花がいると思うとゆっくりなどしていられなかった。

 霞が先頭に立って周囲を警戒しながら進み、後ろには恋が続いている。

 

「二人は慣れているんだ」

「そうでもないで。ウチ等はどこでも動けるように教えてもろただけやし」

「へぇ~」

 

 改めて彼女達は凄いなあと思いながら一刀は前に進む。

 

「一刀も鍛えたいならいつでも付き合うで?」

「ははっ。霞に鍛えられると強くなれそうだな」

「無事に戻ったら鍛えたるわ」

「おいおい、俺は一応、けが人だぞ?」

「そんなの酒呑んだら治る」

「それはただ単に霞が呑みたいだけだろう?」

 

 一緒に行動をしている時、何度か「酒が呑みたい」といっていたことを思い出した一刀はからかうように言うと、霞もまんざらではないようで小さく笑った。

 

「まぁそんなことよりも今は目の前のことを片付けなあかん」

「そうだな」

 

 気を引き締めなおす一刀。

 すべては無事に解決した後のことであり、今は百花を無事に連れ戻すことに集中した。

 

「護衛は何人いるんだろう」

「何人いてもやることは変わらんで」

「そうだけど」

「安心しいや。そんなに数はおらんと思うから」

 

 なぜと言いかけた一刀に霞は動きを止めて静かにするようにと無言で語った。

 

「いるのか?」

「この先に三人や。しかも隠れとる」

「よくわかるよな」

「ウチは耳がええねん」

 

 冗談ぽく言いながらもその表情は真剣そのものだった。

 

「恋」

 

 霞の声に恋も無言で頷いて音を立てずに脇道を進んでいく。

 

「アンタはここにおりや」

「ああ」

 

 下手に動いて彼女達の足を引っ張るわけにはいかないため、言われたとおりに影に隠れる。

 霞は姿勢を低くしてゆっくりと音を立てずに前に進んでいく。

 その周辺に緊張感が漂っていくのが一刀にも伝わってきた。

 ある程度、進んだところで霞は身体を起こして一気に疾走していくと、両脇から黒頭巾をした者達が剣を振りかざしながら彼女に襲い掛かっていく。

 霞は飛龍堰月刀を両手で素早く持ち、二つの刃を柄で受け止めた。

 そしてそれを薙ぎ払いながら攻撃に転じて瞬く間に二人の胴を斬り払った。

 そこへ三人目の黒頭巾をした者が霞の後ろから飛び出てきた。

 

「霞!」

 

 一刀の声と同時に恋が同じように出てきてその者を方天画戟の一撃で討ち取った。

 その後も少人数で襲ってきては霞と恋の連携によってすべて倒され、ようやく開けた場所に辿りついたが、そこで霞がまた動きを止めた。

 影から様子を伺うとそこには張譲が黒頭巾をした者達と共に立っていた。

 

「ここを超えれば黄河に出る。そうすれば船を使って馬騰の勢力圏まで行けば全てが上手くいく」

 

 ここまで追ってが来ていることを知らないのか、張譲は上機嫌だった。

 

「一刀、アンタは皇帝陛下を探しや。ウチと恋でアイツ等を片付けるから」

「わかった」

「恋、裏から回って挟み撃ちや」

「(コクッ)」

 

 だが、恋が動くよりも早く一刀は張譲がの影から口を布で塞がれ後ろに両手を縛られいる百花の姿を見つけてしまった。

 それまで冷静さを保っていた一刀の感情が一気に爆発をし、張譲達の前に躍り出た。

 

「百花!」

 

 一瞬のことだったため霞も止めることができなかった。

 

「っ!」

「これはこれは、誰かと思えば天の御遣い殿ではございませぬか」

 

 それまでほとんど精気が失われていた百花が彼の姿を確認すると立ち上がろうとしたが黒頭巾の一人に抑えられた。

 そしてわざとらしく張譲は一刀に声をかけた。

 

「張譲さんほどの宦官がどうして都じゃなくてこんな山の中にいるのか教えてもらってもいいかな?」

 

 怒りを必死に抑えながら冷静に話をする一刀はゆっくり腰に下げている七星の剣に手を添える。

 もちろん張譲からまともな回答など得られないことぐらいは一刀もわかっていた。

 

「まぁあんたが何処で何をしようと関係ないよ。用事があるのはあんたの後ろにいる女の子だけだからね」

 

 勢いよく七星の剣を鞘から引き抜くと黒頭巾の者達も一斉に剣を抜いていく。

 それを合図に何処に隠れていたのか、続々と黒頭巾をした者達が現れてきてその数は二十人を超えていた。

 

(おいおい、こんなにいるのかよ)

 

 数の多さに驚きながらもこれぐらいであれば何とかなると自分に言い聞かせた。

 

「儂の思い通りに動かぬ天の御遣いなど不要。この場で死んでいただこう」

 

 張譲の言葉には一切の温かみなどなかった。

 黒頭巾の者達は一斉に一刀に襲い掛かっていく。

 

「霞!」

 

 頼れる仲間の真名を叫ぶと霞が勢いよく飛び出してきて瞬く間に二人を切り捨てた。

 

「アンタなぁ、もうちと策っちゅうもん考えや」

「次から気をつけるよ」

 

 霞の登場によって怯みが生じた。

 それは戦場において自分を危険に晒すことだった。

 

「何をやっておる。さっさと始末しろ!」

 

 張譲の言葉に従うよりも黒頭巾は一人、また一人と霞の両手、片手と自由自在に操る飛龍堰月刀によって倒れていく。

 その光景を見て危険を感じた張譲は百花を前に押し出し、黒頭巾の一人がその首筋に剣を当てた。

「そこまでにしていただこうか」

 

 半分ほど倒したところで一刀と霞は動きが止まった。

 

「彼女を離せ!」

「それは無理ですな」

 

 形勢が逆転したと思った張譲は冷ややかな笑みを一刀と霞に向ける。

 

「武器を捨てていただきましょうか」

「っ」

「さもなければ皇帝陛下にはここで死んでいただくことになりますぞ」

 

 張譲にそんなつもりがなくとも彼女に傷をつけることぐらいはやってしまう。

 一刀とすればどうするべきか悩んだが他にいい方法がない以上、従うしかなかった。

 

「わかった」

 

 一刀の手から七星の剣が、霞の手から飛龍堰月刀がそれぞれ捨てられた。

 

「物分りの良い御遣い殿でございますな」

「あんたに褒めてもらって嬉しくもなんともないけどね」

「そうでしょうな。まぁここで死んでいただきますゆえ、せめてもの心づくしと思っていただければよろしいでしょう」

 

 一刀と霞をここで始末すれば全ては思い通りになる。

 天の御遣いがいなくなったところで張譲には何も不利益になることなどなかった。

 

「あのさ、いくつか死ぬ前に教えてもらえないかな?」

「何をですかな?」

「どうしてそこまで権力を欲しているのか。それにそんなに権力を握りたいのであれば自分が皇帝になればいいのに、どうしてそうしないのか」

 

 一刀がこの世界にやってくる前後、黄巾党の反乱を起こさなくてもその気になればいくらでも完全なる権力を手に入れることはできたはずだった。

 それがなぜこのような実力行使に出たのか一刀にはわからなかった。

 

「全ては漢王朝のためと申しておきましょうか」

「漢王朝のため?皇帝や民のためではなく?」

 

 それはどういうことなのかと一刀は続けようとしたがそれより先に張譲が話を続けた。

 

「漢王朝のためにはたとえ陛下がお亡くなりになろうが利用するまで」

「王朝のためなら彼女や罪のない人達を巻き込んでいいのか?」

 

 傀儡の皇帝や弱き者達に対する傲慢な態度。

 黄巾の乱を起こしたことでさらなる悲しみや憎しみが生まれようとも、張譲にとっては漢王朝存続のためなら些細なことでしかなかった。

 

「小僧にはわかるまい。どれほど漢王朝を思っておるか」

「わかりたくないね」

 

 臆することなく一刀は張譲に大声を浴びせた。

 

「漢王朝のためなら何を犠牲にしてもいいなんて考えは間違っている。そんな王朝なら滅んでしまった方がいい」

 

 一刀から意外な言葉を聞いた百花は自分の耳を疑った。

 それは百花自身がやっていこうとしていること全てを否定するように聞こえたからだった。

 

「でも、そうしないために彼女は頑張ろうとしている。あんたと違って何かを犠牲にしてではなく、全てを包み込むようにな」

「そのような戯言が通じると思うか」

「それを支えるのが臣下じゃないのか?」

 

 自分勝手な思想を他人に押し付けてはならない。

 たとえそれが受け入れられなくとも暴力などによって無理やり叶えようとしても誰もついてこない。

 策を弄してもその真意を知ってしまえば誰も従わなくなる。

 だからこそ、一刀は百花には誰からも愛される皇帝になってこの国を平和で豊かな国なるよう協力を惜しむつもりはなかった。

 やはり一刀は自分の味方なのだと百花は何度も心の中で頷いた。

「少しおしゃべりが過ぎましたな」

 

 感情の篭らない丁寧な言葉に戻った張譲は百花の口を塞いでいる布と手首を縛っている布を解いた。

 

「さあ、皇帝陛下。これから天に帰られる御遣い殿に最後のお別れの言葉をかけてさしあげましょう」

 

 ほんの少し前に押し出されるように百花は久しぶりに見る一刀の顔を懐かしく思った。

 

「一刀……」

「帰るのが遅くなってごめんな」

「いいえ。そんなことは……」

 

 こんな形でなければ今すぐにでも抱きつきたい。

 いや、今だからこそ抱きつきたかったが腕をつかまれていてそれすら叶わなかった。

 それ以上に自分のせいで一刀が危険な状況にいることが辛かった。

 

「そうだ。戻ったらみんなでご飯を食べようか。俺が作ってあげるって約束しただろう?」

「一刀……」

 

 このような状況になっても一刀は百花に対していつもどおりの話をする。

 

「一刀、すいません……」

「百花?」

「私のせいで一刀に迷惑ばかりかけています」

「まぁそうなるかな?」

 

 特に百花を責めるわけでもない一刀だが、彼女がこの状況を作り出したのは自分だと責めているように見えた。

 

「でも好きでこうしていることだし迷惑だなんて思ってもいないよ」

 

 彼女を助け出すためにここまで追いかけてきた。

 迷惑など一刀からすれば思いもしないことだった。

 

「一緒に帰ろう、百花」

「一刀」

 

 涙を流してはいけない。

 流してしまえば一刀を困らせてしまう。

 必死になって我慢する百花。

 

「そろそろよろしいですかな?」

 

 そこへ張譲が二人の会話を打ち切るようにして間に入ってきた。

 

「これで思い残すことなく天に戻られますな」

「悪いけどそれはまだ無理かな」

 

 武器はなくとも身構えることはできる。

 霞も隙を伺っているため一言も発することもなかった。

 

「往生際が悪いですぞ」

「諦めが悪いだけさ」

「ならば始末せよ」

 

 二人を囲む黒頭巾達は一斉に向かってくる。

 

「そろそろええやろう」

「だな」

 

 二人はこの時を待っていた。

 百花の近くには張譲と黒頭巾が一人。

 

「今や、恋!」

 

 大声を上げる霞。

 時間にしてほんの一瞬だった。

 百花の腕を掴んでいた男は何の抵抗もすることなく、天から舞い降りた赤毛の少女によって踏み倒れた。

「えっ?」

 

 何が起こったのか、正確に理解できたのはおそらく一刀と霞だけだった。

 そしてその一瞬の空白を霞は見逃さなかった。

 足で蹴り上げた飛龍堰月刀を片手で摘むと動きを止めた黒頭巾達に向かって斬り込んでいく。

 一刀も七星の剣を拾って真っ直ぐ百花の向かっていく。

 

「百花!」

 

 黒頭巾達の攻撃をかわし百花のところへ辿りつく。

 それを入れ替わるように恋が一刀に後ろから斬りかかろうとしている黒頭巾達の前に立ちはだかり、多人数相手にまったく怯むことなく受けては反撃をしていく。

 

「百花」

「一刀」

 

 何も迷うことなく一刀は百花を抱きしめ、百花も一刀を抱きしめた。

 久しぶりに感じるお互いの温もり。

 特に百花はこの瞬間をどれほど待っていたことだったか。

 

「ただいま、百花」

 

 彼の一言が彼女の心の中まで響いてくる。

 

「おかえりなさい、一刀」

 

 もっと気の利いた言葉はなかっただろうかと後日、月に相談したほどこの時の百花は他に言葉が出てこなかった。

 だが、状況をもう少し見るべきだった。

 

「きさまぁぁぁぁぁあ!」

 

 雄叫びとともの百花を抱きしめていた手に激しい痛みが襲った。

 張譲が隠し持っていた小剣が一刀の手に突き刺さっていた。

 

「一刀!」

 

 痛みに耐えながら一刀は百花を自分から突き放した。

 その反動で突き刺さった小剣は手のひらを貫き、七星の剣で張譲を払おうとしたが痛みと完全に回復しきっていない体調が重なり、簡単に弾かれて手から離れていった。

 

「貴様だけはここで死ね!」

「このっ」

 

 力の限り振りほどくと小剣は手から抜かれ、一刀と張譲は互いに後ろへ倒れこむ。

 そして一刀が立ち上がろうとした時、瀕死の黒頭巾の一人が後ろからしがみついてきた。

 

「こ、この」

 

 振りほどこうとしたが最後の力を振り絞っているのか、黒頭巾が落ちてそこから男の不敵な笑みを浮かべて離そうとしなかった。

 

「一刀!」

「ご主人様」

 

 霞と恋もそれに気づいて救いにいこうとしたが、生き残りの黒頭巾達によってその行く手を阻まれた。

 

「どきや!」

「邪魔」

 

 二人は力の限り黒頭巾達を斬り捨てて一刀の元へ走っていくが、それよりも早く張譲が両手で小剣を握って怒りと憎しみに満ちた形相で一刀に向かっていく。

 

「しねぇぇぇぇぇぇえ!」

 

 誰の邪魔もなく目の前の天の御遣いを亡き者にできる。

 一刀は最後まで諦めるつもりはなかったが目の前に迫ってくる張譲と小剣をかわすことができなかった。

「ダメぇぇぇぇぇえ!」

 

 悲鳴に近い声と同時に張譲の腹から刃が生まれた。

 

「な……に……?」

 

 何が起こったのか張譲にはわからなかった。

 口から溢れ出る鮮血。

 それを止めることができない張譲はそのままゆっくりと小刻みに震えながら振り返ると、そこには両手で七星の剣を握っている百花の姿があった。

 

「へ……い……ぁ……」

 

 それが張譲の見た最後の光景であり言葉だった。

 二、三歩、ゆっくりと前に進み一刀のすぐ傍に倒れた張譲。

 後ろからしがみついていた男も精魂尽きたのかそのまま倒れた。

 

「百花?」

 

 死屍たる二人から視線を目の前の百花に向けると、彼女は身体を震わせていた。

 その表情も何かに怯えるかのようにただ七星の剣が背中に突き刺さっている張譲の姿を見ていた。

 

「百花」

 

 痛みに耐えながら立ち上がった一刀は百花に近づいていく。

 やがて手が届く距離までいき手を伸ばすと、百花はゆっくりと一刀の方を見た。

 

「かず……と……」

 

 今、自分が何をしたのか理解し始めた。

 理解するにつれて取り返しのつかないことをしたかのように百花は震え続ける。

 

「かずと……」

「百花」

 

 一刀はもう一度、彼女を抱きしめた。

 そこで百花は限界を迎えた。

 

「かずと……かずと……かずと……」

 

 幼い子供のように一刀にしがみつき、自分がしたことから逃れるように泣きじゃくる。

 生まれて初めて人を殺したという恐怖感が彼女に纏わりついていた。

 

「もう大丈夫だから」

 

 安心させるように優しい口調で声をかける一刀だが興奮と恐怖によって大混乱をしている百花を落ち着かせることはできなかった。

 

「かずと……かずと……かずと……」

 

 ただ彼女にとってかけがえのない者の名前を何度も口にするだけだった。

 涙と嗚咽が入り混じり、一刀も今、離してはダメだと感じ取ったため動くことなく彼女をただ優しく、そしてここにいるぞと感じさせるために強く抱きしめた。

 

「一刀」

「ご主人様」

 

 全てを片付けた霞と恋がやってくる。

 

「二人ともありがとうな」

「ウチ等よりもまずはそっちを先にどうにかせなあかんで」

「(コクッ)」

 

 自分達以上に一刀を必要としている少女を霞達は温かく見守った。

 

「恋、ウチは下に降りてくるからその間、ここでいてくれるか?」

「(コクッ)」

 

 霞はここに救援隊を連れてくるために駆け足で下山していった。

 残された三人はその場から動くことなく、ただ静かに霞が戻ってくるのを待った。

 一刻半ほどして霞は兵士を連れて戻ってきた時、百花は一刀から離れることなく身体を震わせていた。

 

「ほなアンタ等、そのへんのもんを全部片付けるで」

 

 霞は一刀に代わって次々と指示を与え、兵士達もそれに従い骸を引きずっていく。

 

「張遼様、これはいかがなさいますか?」

 

 それは張譲の亡骸だった。

 霞は一刀の方を見て彼にそれをどうするか問うか悩んだが、独断で下に持っていくように指示を与えた。

 

「それと、都に戻ってすぐにコイツの部屋を押さえるんや。ええな?」

「はっ」

 

 霞にとってその行動自体、意味はなかったが一刀や百花には意味があるかもしれないとしてそう指示を付け加えた。

 その間にも恋が二人を守るように立っており、一刀と百花もその場から動こうとしなかった。

 

「一刀」

 

 だが、このままここにいても意味がないため霞は下山しようと声をかけた。

 

「俺もそうしたいけど」

 

 今の状態の百花を歩かせるのは少し酷だった。

 

「アンタが背負って降りたらええやん」

「あ、あのな、俺も一応手負いなんだけど」

「そんなん理由にならんで。それとも、アンタは他の男に背負わせてもええんか?」

 

 霞の意地悪な言葉に一刀はそれを想像したが、あまり気分のいいものでもなかった。

 それに百花は一刀以外の男に背負われることを嫌がるかもしれない。

 散々考えた挙句、一刀は自分の身体に鞭を入れることにした。

 

「百花、とりあえず戻ろう。ここにいても仕方ないし」

「……」

「それに都にいた賊とかはすべて捕まえている。あとは君が戻ればいいだけだ」

「……」

 

 ゆっくりと離れようとするとそれにすがるように百花はしがみついてくる。

 

「そろそろお腹も減ってきただろう?」

「……」

「というよりか俺のお腹が減っているんだけど」

「……」

 

 冗談も通じない。

 このまま日が暮れて夜になってもいるとなればさすがに危険度が増えていくことになる。

 明るいうちにせめて山を降りておけばすぐに都に戻らなくてもどこかで一晩を過ごすほうがまだマシだった。

 何度も説得を続けるが百花は決して首を縦に振ろうとはしなかった。

 

(参ったな)

 

 万策尽きた一刀は霞や恋に助けを求めたが、恋はただ見守るだけで霞はわざとらしく横を向いて兵士達に指示を与えたりしていた。

 

(自分でどうにかしろか?)

 

 ため息しか出ない一刀は仕方ないと思いつつ百花の肩を掴んで勢いをつけて引き離した。

 

「あぅ……」

 

 いきなり剥がされたことに驚く百花に一刀は笑顔を作った。

 

「百花がここにいたいのであれば一人でいたらいいよ。でも、俺達は都に帰るから」

 

 そう言って立ち上がり彼女に背を向けて歩き出そうとする。

「いや……」

 

 小声だったそれは一刀にも聞こえていたがあえて聞こえないフリをして歩いていく。

 

「いやです……。いかないでください」

 

 一刀に置いていかれるという恐怖が彼女を立たせ後を追いかける。

 それを確認すると一刀は振り返って彼女を抱きしめる。

 

「どこにもいかないよ。俺は君の傍にいるから。でも、ここからできるだけ早く去りたい」

「わ、私も一緒に……」

「うん?一緒になに?」

 

 いじわるをしているように思ったがきちんと彼女の意思を伝えてもらわなければ芝居を打つ意味がない。

 

「私も……一刀と一緒に都に戻ります……」

 

 なんとか言いたいことを伝えると一刀の制服を握っていく。

 

「よく言えました。それじゃあ帰ろうか」

「……」

 

 小さく頷く百花の髪を優しく撫でる一刀は霞達に下山をすることを伝えた。

 寄り添うようにして百花は一刀と一緒に歩き始める。

 

「一刀」

「うん?」

「いえ……」

 

 完全に恐怖心が消えたわけではなかった百花だが、それでも彼女が感じる優しくて温かなものが少しずつだがそれを溶かしていく。

 

「そうそう。黄巾党の方は上手くいったよ」

「そう……ですか……」

「まぁ俺一人ではどうすることもできなかったけどね」

 

 霞や恋、華琳や丁原達がいてくれたからこそ上手くいった。

 彼女達にはいくら感謝をしてもし足りないぐらいだった。

 特に霞と恋は一刀の臣下になったばかりかこうして百花救出までも一緒にきてくれたことは嬉しくて仕方なかった。

 

「そうだ。都に戻ったら会わせたい子達がいるから会ってもらえないかな?きっと百花も気に入ると思うよ」

「……」

「百花?」

「……」

 

 返事もなくなりどこかふらついている百花に気づいた一刀は彼女の肩を揺らすと、力なく前へ崩れ落ちていく。

 

「百花!」

 

 慌てて彼女を支え間一髪のところで地面にぶつかることは避けることができた。

 絶望的な状況から解放されたことで緊張の糸が切れたのか、百花は気を失っていた。

 

「よほどアンタと会えたことが嬉しかったんやな」

 

 事態に気づいた霞と恋は一刀達を優しく見守るように立っていた。

 

「そうだったら嬉しいよ。でも、このまま都に戻るわけにはいかない」

「せやな。とりあえず皇帝陛下を背負って下まで降りるしかない」

「結局そうなるわけね」

「嫌なんか?」

 

 そんなわけはないと即答して一刀は百花を背負う。

 その身体が思っていたよりも軽いことに気づいた一刀は落ちないようにしっかりを背負った。

 連れ去られてから救出されるまでたった一人で頑張っていた彼女を起こさないように気をつけながら一刀は下山した。

「これは……」

 

 下山していくと人馬の音が聞こえてきた。

 黄昏の輝きに照らされてそこにあったのは董の旗印だった。

 

「月?」

 

 一刀達を出迎えたのは紛れもなく月本人だった。

 

「一刀様」

 

 こちらも久しぶりに見る月の笑顔に一刀は懐かしさを覚えた。

 

「久しぶりだね」

「はい。一刀様もお変わりなく嬉しいです」

「月も変わらず可愛いよ」

「へぅ~……」

 

 夕日に当てられてか、それとも別の意味で赤くなったのか月は照れくさそうにする。

 

「まったくこんなときにボクの月をなに口説いているのよ」

「詠」

 

 本気で呆れているかのようにため息を漏らしながら詠もやってきた。

 

「まったく。でも今回はボクが文句を言うのはここまで」

「どういう……」

 

 理由を聞く前に月と詠は膝をついて一刀に対して謝罪をした。

 

「ゆ、月?詠まで、どうしたんだ」

 

 状況がさっぱりわからない一刀に月は申し訳なさそうにこう言った。

 

「この度、皇帝陛下がこのような仕儀になったこと申し開きもございません。どのようなご処遇にも甘んじてお受けいたします」

「同じく賈詡文和。甘んじて罰を受けます」

 

 二人は一刀と交わした約束を守れなかったことを気にしていた。

 無事に百花を救い出したからよかったが、もし無事ででなかったら月と詠は死んで詫びようとまで考えていた。

 

「二人とも立ってくれるか?」

「一刀様……」

 

 二人は戸惑いながらも言われたとおり立ち上がる。

 

「それについては俺の方からも謝らないといけない」

「ど、どうしてですか?」

「そ、そうよ。アンタは何も悪くないわよ」

「いや、俺が悪いよ」

 

 月達が自分の信頼を裏切ったとは思っていなかったが、彼女達に責任を押し付けてしまったような罪悪感が一刀の中にはあった。

 

「俺がもっとしっかりしていれば月や詠達に苦労をかけずに済んだと思うと、申し訳ない気持ちで一杯だよ」

 

 もし罰せられるのであれば彼女達ではなく自分だ。

 それだけに甘い考えだったと後悔する一刀に月は首を横に振った。

 

「一刀様こそ何も悪くはありません。百花様のために一生懸命になって考えています。それに比べて私達は……」

 

 張譲の策に乗せられて都を留守にしてしまった。

 その結果がこれだ。

 最悪の事態だけは避けられたがそれでも月の心には自分のせいだという思いがあった。

 

「ですからどのような罰もお受けします」

「ゆ、月じゃあなくボクに罰を与えてよ。ボクがアイツの策に気づいていたらこんなことにならなかったんだから」

 軍師としてのプライドを傷つけるには十分すぎるほどの老獪さを含んでいた張譲の策を見抜いていながらも阻止できなかった自分を責める詠。

 そんな二人を一刀は責めるつもりなどまったくなかった。

 だが、このまま許しても彼女達が納得するわけでもなかったため、念のために霞に意見を求めた。

 

「普通なら斬首刑やな。命令無視したんやし」

 

 霞からすれば月達がしっかりしてくれていればこんなことにならなかったと言っているように聞こえたが、本心では彼女達の苦労を理解していた。

 それでも表向きには厳しいことを言うべきだった。

 

「それはやりすぎだと思うぞ」

 

 なぜならば一刀なら良い方法で上手く収めてくれると期待していたからだった。

 

「じゃあどないすんや?」

「とりあえず今、俺達に必要なことを董卓達にしてもらおうか」

「それは?」

 

 誰もが一刀の方を見る。

 

「このまま都には戻れない。それにまず皇帝陛下の手当てと休息。できれば目覚めた時に湯に入ってもらいたいからその準備。あと何か食べ物を頼んでいいかな?」

 

 それは罰というものではなかった。

 

「一刀様……それでは罰になりません」

「そうよ。斬首刑でも文句は言わないわよ」

「いいや。俺が言ったことを寸分違えず実行して欲しい。これは大将軍としての命令だ」

 

 内容がどうであれ大将軍としての命令とあればそれに従わなければならない。

 月と詠は戸惑いながらもその命令を受け入れると早速準備に取り掛かった。

 

「霞や恋も今日は休んでくれよ」

「命令かいな?」

「もちろん。その代わり明日からはまた頼むよ」

 

 数千という軍勢に守られているのであれば安心して眠れる。

 本格的な疲れや傷を癒すまでいかなくとも、今日一日の疲れぐらいは取れるはずだった。

 

「しゃあないな。アンタがそう言うなら従うわ」

「(コクッ)」

「正直に言うとな、ウチもそろそろ限界やねん」

「恋も……」

 

 黄巾党の終結時の騒動から今日まで休みという休みを取っていないだけに、ようやく緊張の糸が切れそうで安堵の表情を浮かべていた。

 

「やっぱり無理していたじゃないか」

「悪かったわ。まぁ今日はゆっくり休ませて貰うわ」

「そうしてくれ」

 

 霞は本気で眠いのか遠慮なく欠伸を繰り返し、恋も眠たそうな表情を浮かべていた。

 

「一刀様」

「うん?」

「すぐに天幕を準備しますのでそちらでお休みください」

「そうさせてもらうよ。後のことは頼んでいいかな?」

「はい。お任せください」

 

 彼等が安心して眠れるように配慮するぐらいは月としてはして当たり前だと自分に言い聞かせた。

 そしてそんな自分を責めることなく接してくれている一刀に月は感謝とは別の感情が生まれつつあった。

 

「それから馬騰さんには今回のことを話しましたら軍を引くと。あと、百花様にご迷惑をおかけしたことを心からお詫び申し上げますと」

「そうか。大事に至らなくてよかった」

 

 どのように月が馬騰に話したか気になったがそれよりも極度に襲ってきている睡眠という敵にそろそろ負けそうな一刀だった。

 その夜。

 一刀は手当てを終え百花の眠る寝台の隅でうつ伏せになって眠っていた。

 月と詠に頼んで百花についている汚れなどを落としてもらい、服も着替えさせてもらったためいつもの眠っている時の百花がそこにいた。

 

「んっ……」

 

 ようやく気が付いたのか百花はゆっくりと目を開けていく。

 

「ここは……」

 

 薄っすらと蝋燭の灯りが一つだけついている中で百花は顔を横に動かすと一刀の寝顔を見つけた。

 

「一刀?」

 

 声をかけても反応がなく、かわりに一定のリズムで肩がゆれていた。

 ここ数日の疲れからか起きる気配がなかった。

 

(一刀……)

 

 改めて一刀が傍にいてくれることに安心感を覚えた百花は手を伸ばして彼の髪を何度も撫でる。

 待ち望んでいた温もりがそこにあった。

 毎晩のように一刀が無事で帰ってきてくれることを祈った甲斐があった。

 

「一刀、起きてください。眠るならこの中で眠ってください」

 

 いくら初夏に近いといっても夜はまだ肌寒い。

 何よりも一刀の温もりを持って全身で感じたかった。

 

「起きてください」

 

 何度か呼びかけると寝ぼけた顔をして起き上がった一刀は一度頷くと、制服を脱いで寝台の中に入っていく。

 そして百花を抱きしめるようにして再び眠った。

 いきなり抱きしめられ驚いたがそれも最初だけで、後は彼の温もりが伝わってくる喜びで溢れていた。

 

(温かい……。一刀の温もりがここに)

 

 寂しかった日々がまるで嘘のように心の中まで温かなものが流れ込んでくる。

 

(一刀にもっと触れて欲しい。もっと感じていたい)

 

 我慢していた分の反動というべきものが百花の中を駆け回る。

 不安にさせた一刀に罰と称して無茶なお願いをしてみたくもなる。

 今なら誰にも邪魔をされることはない。

 そう思うと百花は身体を少し動かして一刀の顔の位置に自分の顔を移動させた。

 こぼれ出る一刀の吐息。

 

「寂しかったんですよ」

 

 そう言って一度目の口付け。

 

「もう会えないのかと思いましたよ」

 

 二度目の口付け。

 

「でも、一刀はいつも私を助けてくれます」

 

 三度目の口付け。

 自分の前に現れてからというもの、一刀の存在はすでに友人の領域では収まりがつかなくなっていた。

 今回の一件でそれがより強く感じられた。

 

(私は一刀が好き……。一刀が大好き)

 

 友人としてではなく愛する者として一刀を近くに感じている自分がいることに気づいた百花はそれを打ち消すことはしなかった。

 

「大好きです、一刀」

 

 四度目の口付けは今までの中で一番長く、そして溢れんばかりの愛情がこもったものだった。

 唇を離すと百花は再び彼の胸の中に顔を埋めていきそのまま睡魔に後のことを任せた。

 翌朝。

 月と詠、それに霞と恋が天幕の外から声をかけたがいつまでたっても反応がないため中に入ると、一刀の腕の中で肩まで肌蹴ている百花の姿を見つけた。

 それぞれの反応といえば、月は真っ赤になり、霞は面白そうに眺め、恋は不思議そうに首を傾けていた。

 その中でただ一人、拳を握って肩を震わせる詠。

 

「な、な、な……」

 

 まさに火山が爆発する寸前。

 

「なにやってんのよ!さっさと起きなさい!」

「うわっ!」

「きゃっ」

 

 慌てて飛び起きる一刀と百花はその後、詠の遠慮のない説教を仲良く正座をして聞く羽目になった。

 そして後日、百花にだけは何度も謝り、一刀には月をできる限り近づけさせないようにしたが失敗ばかりをしたのであった。

(あとがき)

 

 というわけでこれで天帝夢想の第一部は次で一応完結です。

 二話ほど間を挟んでいよいよ本格的な乱世へと突入の予定です。

 それにても今作の一刀は序盤でよく斬られたり刺されたり(二回ほどですが)しますねぇ。

 自分で書いておきながら驚きです。

 

 少し駆け足かなと思いつつも何とか張譲の野望を阻止することができた百花と一刀。

 さてさて今後はどうなることやら。

 

 というわけで次回もよろしくお願いします。

 

 後余談ですが、萌将伝の華雄の説明文、もう少し書いてもいいんじゃないかな~と思ったりしています。あのままだと真名が出るのか不安ですね。ある意味でかわいそうですね。(うんうん)


 
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