夜。何年かぶりに旧友に会った。
宿の一階で共に酒を傾けている。
スズもついてきた。
ご機嫌で小さく卓を叩いて遊んでいる。
「まさか、女づれで旅しているとは思わなかった」
ハヅキはクツクツ笑っている。
「女扱いされたよ。良かったな、スズ」
茶色い髪をかき上げてやると、にっこり笑った。
「ハヅキは変わらないね。いや、顔つきが少し変わったかな」
なんだかうっすらと闇を纏っている感じだ。
「ティエンランにもどったのだろう。どうして、またジンに来たんだ? 例の女捜しか?」
「君に話があってさ」
ハヅキが笑った。腹に一物の笑い方だった。
敏感に察したのだろう。スズが遊ぶのをやめて、わたしの腕に抱きついた。
チリンと音がした。
落ち着かせるため、頭をなでてやる。
「話とは?」
「ここじゃなんだし、ぼくか、君の部屋にいこう」
そしてわたしの部屋でハヅキは言った。
「美貌の女王とその国を手に入れる気はないか」
「ないね」
それならばお前がやればいいじゃないか。
今のこの自由気ままな生活をわたしは気に入っている。
膝の上で、よだれをたらして寝ているネコと、ブラブラ旅をする日常を。
もうすぐあの城へと帰らなければいけないが、用事がすめばまたさっさと抜け出せばいい。
「つまらないな」
ハヅキは落胆するでもなく、ただ笑った。
「ジンの人間は貪欲だと聞いていたのに」
「どうやらわたしは異端児らしい」
まだ、スズも連れず一人で旅をしていたとき。
目の前のこの男と知り合った。
話が盛り上がり、酒場から宿の部屋へと場所をかえてひたすら飲んだ。
「ぼくのね」
赤い顔してろれつの怪しい口調でハヅキが言った。
「妹がティエンランの王なんだ」
「それはすごい」
わたしもめずらしくベロベロだった。
「わたしもこの国の王子なんだ」
「それはすごい」
ハヅキも言った。
いつもはそんな馬鹿げた事を吹聴しない。
だがしかし、この時は心の澱を吐き出してしまいたかった。
きっとこの男もそうだったのだろう。
一通り吐き出してしまえば、似た者同士だった。
家族から浮いたような疎外感を感じて育った境遇。
ただし、その周囲を見下し差別化を図り、挙句の果てには城を抜け出したわたしに比べ、ハヅキは理解者を求めた。
唯一出会った理解者はこの国の女で、その女を探して旅をしていると目の前の男は言った。
「強く思えば願いは叶うんだ。きっとまた会える」
世の中、そんなに甘いものではないと鼻白んだが、なにも言わなかった。
案の定、探し人とは会えなかったようだ。
「美貌の女王とその国とやらは、ティエンランだろう。妹と祖国を売る気か」
「ああ」
ハヅキがゆっくりと笑う。
いやいや、本当に黒くなってしまった。
「ぼくはあの国を滅ぼしてしまいたいんだ」
「そうか」
スズの髪を撫でる。
「だが、それはがんばって自分でやってくれ。人を頼るんじゃないよ」
「可能性のある人物に賭けたかったんだけどな」
肩をすくめた。
「まあ、ティエンランに帰ることはもうないから、何かあったったら声をかけて」
じゃあ、元気で、とハヅキは部屋を出て行った。
ブシュッとスズがくしゃみをしたので、寝台に横たえる。
わたしも横になると、意識はすぐに落ちていった。
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ティエンランシリーズ第六巻。
ジンの無責任王子ヤン・チャオと愛姫スズの物語。
「ぼくはあの国を滅ぼしてしまいたいんだ」
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